written by FUJIWARA


 

The Next Generation of  "NEON GENESIS EVANGELION"

第8話 

 

 

 

「エヴァンゲリオン弐号機、リフトオフ!」

レイの指令を受けて弐号機がゆっくりと、10年ぶりに歩き始める。

ズシーン、ズシーンと懐かしい足音に、発令所にいるメンバーの顔がほころぶ。

ふらつきのないしっかりした足取りに、少しレイは安心して心の中で呼びかけた。 

(……アイ、がんばって)

 

 

「ウォォォォォォーン」 

 

 

弐号機の姿を認めた量産機は一声、咆吼すると、翼を畳んで地上へと降り立った。

小さな兵装ビルを間に、赤い巨人と黒い巨人が対峙する。

は虫類を思わせるフォルム、ニヤリと笑っているような量産機の姿に、一瞬アイは背筋にぞくっと寒気が走るのを感じる。

恐怖ではない。

イヤなもの、気持ち悪いものを見た、という嫌悪感。 

「あんなヤツに、負けないんだから!」

少し震える声で、アイは自分にいい聞かせた。

 

 

さきに動いたのは、量産機だった。

量産機は突然その身を震わせると、弐号機に向かって赤色の光線を放つ。

「こんなものっ」

先手を奪われたアイだったが、すかさず、上空にジャンプして交わした。 光線は弐号機の背後にあったビルに突き刺さり、見事に融解させてしまう。

跳び上がった弐号機に向けて、再び光線を放つ量産機。

アイがATフィールドを展開すると、光線はオレンジ色の壁に阻まれて四散した。

着地する弐号機。

「落ち着いてるわ……、その調子」

レイの声も弾む。

「いいわよ、アイちゃん!」

「がんばれ!」

発令所の面々も、歓声をあげてアイの戦いを見守る。

 

 

 

「アイちゃん、なかなかやるやないか。さすがシンジと惣流の娘やな」

発令所の隅でスクリーンを通してアイの戦いぶりを見守っていたトウジは、嬉しそうに隣に立つ妻に声をかける。

だが、ヒカリは固い表情を崩さない。

「勝ち負けなんてどうでもいいわ。無事に帰ってきてくれればそれでいい」

心配げな声でいったあと、歓声をあげながらアイの戦う姿を見つめる発令所のメンバーに目を向けて眉をひそめる。

「でも、あの人たち、映画でも観てる気になってるのかしら。あの中ではアイちゃんが必死で戦っているというのに……」

憮然とした妻の声に、トウジはなだめた。

ヒカリと違いトウジはネルフに何年もいるから、発令所の雰囲気も分かっている。

彼らは決して戦いを面白がっていたり、楽しんでいるわけではない。

何があっても悲観的にならず、常に明るくするのが彼らネルフの信条なのだ。

彼らはあれで、アイのことを心配し過ぎるほど、心配している。

だからトウジには、足を震わせるミサトも、タバコを逆さにくわえるリョウジも、中身のなくなったコーヒーカップに何度も口をつけるリツコの姿も容易に見て取ることができた。

(みんな心配でたまらんのや。それを隠そとして、あんなに明るくしてるんや)

トウジは固く手を握りしめて、スクリーンを凝視した。

 

 

 

 

 

「ふう、危ない危ない。むやみに飛び上がるもんじゃないよね」

エントリープラグの中でアイは胸を撫で下ろした。

母の形見のプラグスーツのおかげか思ったより身軽に動けたので、少し調子に乗ってしまったようだ。

「気をひきしめていかないと」

アイは呟く。

 

 

弐号機は左肩からカッターナイフ状のプログレッシブナイフを装備した。

刃が光る。

「敵のATフィールドを中和しつつ、近接戦闘……」

アイはミサトにレクチャーされたことを口に出して繰り返しながら、量産機に向けて肉迫し、腕めがけてナイフを一気に振り下ろす。

自らもATフィールドを展開して中和しているから、アイの攻撃が阻まれることはない。

 

 

ブシャアアッ!

 

 

斬りつけられた量産機の腕から、赤色の血液が飛び散った。 たまらず一歩、後ずさる量産機。

そこへすかさず、アイは強烈な後ろ回し蹴りをたたき込んだ。

量産機は後ろへ吹き飛び、兵装ビルの一つにたたきつけられる。

そのまま動かない量産機。

 

 

 

「ふふん。ま、こんなもんね」

エントリープラグの中で、アイは笑みを浮かべた。

気分が高揚してくるのを感じる。

エヴァ弐号機と同じ真っ赤な血が噴き出すのを見て、アイが持つ、わずかな残虐な気持ちが疼く。

「これだけじゃ、許さないんだから……!」

もっと懲らしめてやりたい。

もっとひどい目に遭わせてやりたい。

完膚無きまでに、叩きのめしてやりたい。

一瞬、アイは我を忘れた。

第3新東京市を、レイを守るために戦っていることを忘れた。

いまのアイの心を占めているのは、戦いを楽しむこと。

そんな感情が、一気にアイの顔に浮かび上がって、愛らしいアイの顔を、醜く変貌させた。

 

 

 

「……アイ」

そのとき、アイの耳に冷たい口調のレイの言葉が突き刺さった。

その言葉に、アイはぴくっと身体を震わせる。

レイがアイを叱るときの、普段のレイからは全く想像できない冷たい声と、突き放すような冷淡な視線。

いっそ怒鳴ってくれた方が100倍は有り難い、温かみの欠片もない声と視線。

アイの最も嫌いなもの。

その瞬間、アイは頬をぶたれたかのような感覚を覚えた。

そしてそれだけでアイはレイの言いたいことが分かり、戦いを楽しんでいる自分を恥じて赤面した。

「ごめんさない、ママ」

 「……いいのよ。油断はしないで」

厳しかったレイの表情が、ふっと柔らかくなるのをモニタで確認して、アイはほっとする。

「エヴァ量産機にはS2機関が搭載されているから自己修復ができるわ。だから、復活できないくらいのダメージを与えるの」

「うん! 行きます!」

吹き飛んだ量産機に向けて再びアイは走り寄り、倒れたままの量産機の胴体めがけて跳び蹴りを放つ。

「くらえっ」

すかさず今度は頭部にプログナイフを突き立てる。

激しい弐号機の攻撃に、なすすべのない量産機。量産機の血が噴水のように飛んできて、弐号機を汚した。

「ウォォォォォォーン」

量産機は再び咆吼をあげたが、それはアイの耳には苦しげな叫びのように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのころ、同じようにエヴァ同士の戦闘を見守っているモノリスは、我知らず、憎々しげな表情を声に浮かべていた。

「エヴァンゲリオン弐号機。忌むべき存在だな」

「いや。驚くべきは碇アイだ。能力がこれほどまでとは……」

「つい先日までは満足に弐号機を起動することもできなかったというのに」

「碇アイの自我が強大している。この3日の間に何が起こったのだ?」

「それとも血か。初号機パイロットと弐号機パイロットの血」

「感心しておれん。このままでは量産機はなすすべなく敗れてしまうぞ。我々には量産機は、まだあの1体しかないのだからな」

「何、心配はいらん」

01、と刻印のあるモノリスから、落ち着いた声が漏れる。

「ほう」

「どういうことだ」

「あのエヴァ量産機は特殊でな。直接的な攻撃だけでなく、パイロットに対する精神的な攻撃も可能なのだ。かつての第15使徒のようにな」

「おう」

「碇アイが持つトラウマを少なからず刺激してやれば、もうパイロットとしては役にたたん。無様に敗れ、ネルフも壊滅する。……くく。碇アイにネルフの面々め。浮かれた気分でいられるのもいまだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倒れたままの量産機にアイは決断した。とどめをさすならいまだ、と。

「……よし!」

だが、プログナイフからソニックグレイブに持ち換え、一気に振り下ろそうと身構えたそのとき、量産機はいきなり翼を広げて空中に飛び上がった。

そのまま停止する。

「んもうっ。こっちは飛べないのにい!」

「アイ、気をつけて」

注意を喚起するレイの声にアイが動きを止めたとき、突然量産機は眩い閃光を身体中から放った。

「きゃっ、何!?」

 

 

 

「あれは!?」

ミサトの脳裏に蘇るのは、ネルフアメリカ第1支部の最期。

あの閃光が放たれた瞬間、辺り一面が焦土と化したこと。

ミサトは思わず目を閉じて、足を踏ん張った。

だが、予想された爆発は起こらない。

悲鳴も聞こえてこない。

何だか拍子抜けした感じがして、ミサトがスクリーンに再び目をやったとき、ミサトは思わず呻いた。

エヴァンゲリオン弐号機、赤い巨人が地面に倒れていた。

「アイ!? どうしたの、アイ!?」

半狂乱になったレイの声が、ミサトに突き刺さった。

 

 

 

 

 

「い、いやっ! 何!?」

エヴァ量産機が放ったその光を見た瞬間、アイは思わず叫び声をあげた。

何かが自分に覆い被さってくるような圧迫感。身体全体を不快な感覚が包む。

「何、これ……、気持ち……悪い……」

激しい吐き気といままで体験したこともないような頭痛がアイを襲う。

アイは必死になって助けを求めた。

「助けて……、気持ち悪いよ! 助けて……、ママ!」

発令所との回線を開いてひたすら叫ぶが、どうしたのか全く反応がない。表示はちゃんと回線がつながっていることを示しているのに、何の音も聞こえてこない。

「気持ち……、悪い……、ウェェェ……」

LCLの中で、アイは激しく嘔吐する。

涙や汗、唾液などパイロットの身体から出るものはすぐさま排出され、自動的にLCLの浄化が行われるシステムになっているので、吐瀉物がいつまでもエントリープラグ内に残ることはない。

だが、容赦なく続く激しい頭痛と嘔吐に、アイは次第に意識がなくなっていく。

立っているのもおぼつかない。

「だめ、倒れちゃ、だ……」

精神力を振り絞って何とかこの状況を打開しようとするが、手足を動かすことさえ、ままならない。

 

 

ズドドドーーーン!

 

 

アイは、弐号機が地面に倒れて轟音をたてるのを聞いた。

倒れた、と思う間もなく、アイの意識はブラックアウトした。

「助けて……、お父さん、お母さん、助けて……」

最後の呟きを残して、アイは深い闇の中へ落ちていった。

 


<2000.08.07>