written by FUJIWARA


 

The Next Generation of  "NEON GENESIS EVANGELION"

第11話 新たなる適

 

 

 

「みんな、グラスの準備はいい?」

生ビールがなみなみと注がれた大ジョッキを掲げて、ミサトはにこやかにいった。

ちなみにジョッキを持つのは彼女だけである。

そのほかはワインやオレンジジュースだ。

 

 

……冬月司令、リツコにリョウジ、鈴原君にヒカリちゃん、マヤちゃん、日向君、青葉君。それからレイ。うん、全員揃っているわね。

 

 

全員の姿を確認したあと、ミサトは満面の笑顔で声をはりあげる。

「じゃ、かんぱーい! おめでとう! アイ!」

その声とともに一斉にグラスが合わさって、涼しげな音があちこちで響いた。

場の中心にいる薄い紅茶色の髪をした少女は、さかんに頭を下げながら次々と差し出されるグラスに自分のグラスを合わせていた。

 

 

「アイ君、よくやってくれた」

カチン。

「アイさん、よくがんばったわね。さすがだったわ」

カチン。

「アイちゃん。君の活躍、ちゃんとこの目で見せてもらったよ」

カチン。

「アイちゃん、ようやった。おめでとうさん」

カチン。

「私、勝ったことなんかよりも、アイちゃんが無事に戻ってきたことが一番嬉しいわ」

カチン。

「私、感動しちゃいました!」

カチン。

「さっすがシンジ君とアスカちゃんの子どもだよな! なあ、シゲル!?」

カチン。

「ああ、すごかったな、マコト!」

カチン。

 

 

「ありがとうございます。……ありがとう……」

恥ずかしそうに顔を赤くして、それでも嬉しそうにアイはいちいち声をかけてくれる人たちにいった。

最後に蒼銀の髪をした女性がアイの前に立って、オレンジジュースの入ったグラスを差し出す。

「アイ」

レイはそれだけしか口にしないが、アイにとってはそれだけでじゅうぶんだ。

レイの優しげな微笑みが、アイの心を温かくする。

「ありがとう、ママ!」

アイは最高の笑みをみせて、自分のグラスを合わせた。

カチン。

 

 

 

激しい戦いが終わったばかりのネルフ総本部、作戦発令所に近い一室。

本来ならトウジとヒカリが持参したお弁当を食べるだけだったのだが、申し合わせたように幹部クラスが1人、また1人と集まってきて、即席の戦勝パーティーが開かれていた。

中央にでん、と置かれたテーブルの上にはヒカリ特製のサンドイッチやフライドチキン、ジャケットポテトなどの軽食をはじめ、ネルフの食堂から取り寄せた料理が所狭しと並べられている。

立食形式で、全員立ったままで飲んだり食べたりしている。

「んぐんぐんぐんぐんぐんぐ……ぷっはぁ! やっぱ勝利のあとのビールは最高ねぇ!」

ミサトは大ジョッキを一気にあけ、サンドイッチをつまむ。

「あら、美味しい! さっすがヒカリちゃん!」

「あ、ありがとうございます」

「このフライドチキンも美味しい! ビールに合うわぁ! ……ほらほらヒカリちゃん。全然飲んでないじゃない。だめよぉ、若いうちはもっと飲まなきゃ!」

「あはは……」

ようやく空にしたワイングラスにビールをなみなみと注がれて、ヒカリはただ乾いた笑いをたてるしかない。

「ほらあ、リョウジィ。あんた、なに白い顔してんのよ」

「おいおい、一応まだ仕事中だぞ……?」

「うっさいわねぇ〜。大の男が細かいこと気にしてんじゃないわよ!」

「ちょっと、ミサト。あなた、テンション高すぎるわよ」

さすがにリツコはミサトに注意する。

「いいのいいの。それよりリツコ、あんたも飲んでないじゃないの! きょうみたいなおめでたい日にはどんどん飲まなきゃ!!」

そういってミサトは、リツコのワイングラスにもビールを注ぐ。

中身がまだ入ったままのグラスに。

「ちょ、ちょっと、あなた、何してくれるのよ!?」

「ワインとビールのカクテルって最高なのよん!」

「ちょっと司令! この酔っぱらいに何とかいってあげて下さい!」

「まあまあ赤木君。今日はそんな堅苦しいことはなしだ」

謹厳実直で知られる冬月コウゾウも、ワインで顔を真っ赤にしていた。

 

 

 

「……ふふ。いつものミサトさんだ」

アイはサンドイッチをつまみながら、ミサトの様子を笑顔で見つめている。

この一週間、ほとんど笑顔を見せなかったミサトが心の底から喜んでいるのを見て、アイはとても嬉しくなる。

(これが本当のミサトさんなんだよね)

ミサトは副司令なんかよりも、気のいいお隣さんで親友の母親という役柄がぴったりだと、アイは思う。

 

 

「勝ったことがそんなに嬉しかったのかな」

「……いいえ」

アイの独白を、隣でグラスを傾けていたレイが否定した。

「勝ったからだけじゃないわ。加持副司令は、碇君とアスカが弐号機の中で元気でいたことが嬉しくて仕方がないのよ」

「パパとママが……」

 

 

量産機の精神攻撃に敗れそうになったアイをシンジとアスカが助けてくれたこと。それをミサトとリツコの前で話したとき、ミサトは大粒の涙を流しながらアイを抱きしめて、シンジとアスカの名前を繰り返した。

そのことをアイは思い出す。

「碇君とアスカは、加持副司令にとっては弟と妹のようなものなのよ」

「だからミサトさん、あんなに喜んでいるんだ」

「そう。あなたが私にとって大切な絆であるように、あの人にとっても碇君とアスカは何よりも大事な絆なの」

「あ、そうだ。あのね、ママ」

アイはふと思いついてレイに訊ねる。

「パパたちと別れる前、知らない女の人もいたの。あれ、誰だったのかな……?」

アイが意識を失う前に見た知らない女性。

父や母よりもずっと大人で、髪は母と同じ金髪。優しそうな声と笑顔が印象的な女性。

あれは一体、誰だったのだろうか?

 

 

 

「おそらくそれは、アスカのお母さんね」

いつの間にか、リツコがワインの入ったグラス片手に隣に立っていた。

どうやらワインとビールのカクテル(ミサト特製)は捨ててしまったらしい。

「惣流・キョウコ・ツェッペリン。アスカの母親であなたのおばあさんにあたる人よ」

「あ、そういえば」

アイは弐号機の中で両親が話していたのを思い出した。

 

 

『ずっとここから、アンタを見守っていたわ。あたしと、シンジと、ママの3人で』

『……そういやお義母さんは?』

『アイに”おばあちゃん”って呼ばれるのが怖いんだって』

 

 

「そういえばママたち、そんなこといってた」

シンジとアスカの言葉を、リツコに教えると、リツコは納得したように頷いた。

「あなたのおばあさん……、惣流・キョウコ・ツェッペリンさんも昔、起動実験中に弐号機に取り込まれてしまったのよ。魂だけね」

そしてリツコは持っていたグラスをテーブルに置いて、真剣な表情になる。

「レイ」

「……何でしょうか」

「アイさんと2人っきりで話がしたいの。ちょっと外してくれない?」

「……分かりました」

 

 

 

レイがトウジとヒカリの方に歩いていって、アイとリツコは2人きりになる。

リツコに対するわだかまりはもうないが、それでも冷たい感じのするこの白衣の女性には居心地の悪さを感じてしまう。

そんなアイに構わず、リツコはどこからか椅子を2つ持ってきて腰掛けた。

「アイさんも、お座りなさいな」

笑顔のリツコにアイは少し安心して、指し示された椅子に腰掛ける。

リツコはテーブルに置いてあったワインを取ってひとくち飲み、いった。

「ねえアイさん。シンジ君とアスカに戻ってきてほしい?」

突然の質問は、アイを絶句させた。

 

 

「戻ってこれるんですか……?」

数秒固まったあと、アイは小さな声でリツコに訊ねる。

「おそらくね」

そういいながらも自信ありげなリツコに、アイは即答する。

「戻ってきてほしいです!」

「そのためならアイさん、あなたどんなことでもできる?」

「パパとママが戻ってくるのなら、あたし、何だってやります!」

はっきりした口調で宣言するアイに対して、リツコはもう一度笑顔を見せた。

「分かったわ。あなたの言葉、覚えておくから。もしシンジ君とアスカのサルベージが始まったら、あなたにも協力してもらうわね」

「サルベージ……?」

聞いたことのない言葉に、アイは戸惑う。

「そう、サルベージ。救助とか治療とかなんて意味があるけど、ここではLCLやコアに取り込まれてしまった魂の再構築を意味するわ。簡単にいえばシンジ君とアスカをこの世界に戻す作業のことよ」

「そんなことができるんなら……、いますぐ……!」

興奮して椅子から立ち上がるアイを、リツコは押しとどめた。

「落ち着きなさい、アイさん。サルベージは安易に行うものではないの。慎重に慎重を重ねないといけない作業なのよ」

「でも……」

「サルベージが始まったらあなたにも協力してもらうから。それだけいまはいっておくわ」

すっとリツコは椅子から立ち上がった。

「それじゃあね」

呆然とした様子のアイを残して、リツコはパーティー会場をもあとにして化粧室に向かった。

ドアを開く前、レイが椅子に座ったままのアイに歩み寄るの視界に入って、リツコは小さく笑った。

 

 

 

化粧室を出たあと、リツコはパーティー会場に戻らず、会場から少し離れた場所にある展望室でぼんやりしていた。

滅多に人がこないこの展望室は、MAGIの中と並んでリツコのお気に入りの場所だ。

ネルフ総本部でも最も高い位置にあるこの展望室からは、ジオフロントを一望できる。

もっとも、ジオフロントにもすっかり夜の帳が降りていて、リツコの視界に入ってくるのは外周を走るリニアトレインの光だけだ。

普段はジオフロントに納められている兵装ビルも、いまは全てが地上に上がっていた。

そうしてリツコが真っ暗な外を眺めていると、人の気配がしてリツコの隣に誰かが座る。

隣を見ると、ミサトが缶ビールを手にして、リツコと同じように外を眺めていた。

先ほどまでの陽気な姿からは想像できないような真剣な顔で。

どうしてここが分かったのか、などと野暮なことはリツコは聞かない。

 

 

 

「ねえ、リツコ、私さあ……」

しばらくしてから、ミサトは話し出す。

「シンジ君とアスカが戻ってこれなくても、別にいいんじゃないかなって思ったりもするんだ……」

「どうして?」

リツコはそれだけを口にする。

「そりゃあ、最初は2人に戻ってきてほしいと思ったわ。でもさ、あの子たちは弐号機の中で幸せに……、かどうかは分からないけど、少なくとも元気で暮らしてるわけでしょ」

「アイさんの話だとね」

「うん。アスカもずっと会いたかったお母さんに会えて、幸せかもしれないしね」

「何をいいたいの、ミサト?」

リツコは問いかけたが、リツコ自身、ミサトが何をいいたいのか分かっていた。

「多分幸せなあの子たちを、また私たち大人のエゴでこの辛い現実の世界に呼び寄せてもいいのかなって」

ミサトは空になった缶ビールをぐしゃり、と握りつぶして言葉をつなげる。

「大人になってしまったレイや鈴原君とは違い、シンジ君とアスカは多分エヴァを起動できるわ。もし万が一、また敵が攻めてきたらあの子たちにエヴァに乗って貰う必要が出てくるかもしれない」

それだけいってミサトは押し黙る。

しばらく静寂が2人の周りを包んだ。

「ミサトのいうこと、分からないでもないわ……」

「さっきあんた、アイにサルベージのこと話してたでしょ?」

意外な感じがして、リツコは少し目を見開いて親友を見つめる。

「酔っぱらっていた割には、さすがにミサトね」

「ふふん。元作戦本部長をなめんじゃないわよ。……アイは何だって?」

「……いますぐサルベージやってくれって」

「ま、予想できる答えね」

「確かにサルベージはやろうと思えばいますぐにでもできるわ。でもそれにはアイさんの力が必要なのよ。だけど下手をすれば、アイさんは命を落としてしまうことになる」

「アイをサルベージの触媒として使うつもりでしょ?」

リツコは黙って頷く。

「アイを触媒にして弐号機のコアに直接働きかける。ただし、下手をすればシンジ君とアスカは戻ってこないばかりかアイさえも魂を失ってしまう。昔のあんただったらアイのことなど気にせずにサルベージ作業したでしょうね」

皮肉ともとれるミサトの言葉に、リツコは苦笑した。

「安心しなさい。サルベージはまだ行わないけど、行うときは必ず成功させるわ」

「……飲みなさいよ」

突然、ミサトは隠し持っていた缶ビールをリツコに差し出す。

すでにぬるくなっていたが、リツコは笑顔でそれを受け取った。

 

 

 

「それはそうと、ミサキちゃんは? パーティー会場にはいなかったけど?」

「ちょっち遅れてるみたいね。6時までにおいでっていっておいたんだけどね」

辺りを見回してミサトはいう。そして声を低くして、

「ミサキ……。あのこと承知するかしら?」

「信じられないけど、ミサキちゃんは新しい適格者の可能性があるわ」

リツコも声を小さくしていった。

「でもどうしてミサキが弐号機にシンクロできるの!? 弐号機には何の関係もないのに」

「まったく不明。……推測はできるけどね」

「何よ、それ」

「内緒」

悪戯っぽくリツコが微笑んだとき、突然背後から少女の甲高い声が響いた。

 

 

 

 

 

「ああ、お母さん! こんなとこでまたビールなんか飲んで!」

ミサトとリツコが振り返ると、展望室の入り口に、少女が1人、腰に手をあてて立っていた。

加持ミサキ。

加持リョウジとミサトの愛娘でアイの親友が、ぷんぷんと頬を膨らませていた。

 


<2000.08.11>