written by FUJIWARA


 

The Next Generation of  "NEON GENESIS EVANGELION"

第14話 初

 

 

 

ジオフロント内ネルフ総本部、第7ケイジ。

身動きもせずにたたずむエヴァンゲリオン弐号機の隣にある大きな特殊ベークライトの塊。

その塊から、ずるっ、ずるずるっと、まるで音を立てるかのようにベークライトが溶け落ちていく様子を、アイは呆然とした面もちで見守っていた。

その隣では金髪、白衣の赤木リツコが腕を組みながら、そんなアイの様子を興味深げに見つめている。

(やっぱり、驚いているようね)

アイの青白い顔を見て、心の中でリツコは呟いた。

(初めて目にするエヴァ初号機。無理もないかしらね)

やがて特殊ベークライトが完全に溶け落ち、初号機がついにその全貌を表した。

紫色を基調にしたカラーリングの、鬼のようなフォルムの巨人。

初号機からアイがまず感じたのは、弐号機とはまったく違う、とてつもない威圧感だった。

見上げているアイを、まるで押し潰そうかとするかのような。

それから、例えようもない恐怖感。

初号機の瞳が妖しく輝いた気がして、アイは思わず目を背けた。

「……これが初号機」

震える声で、アイは呟く。

声を出すことで少しでも恐怖感から逃れようとするかのように。

「そう。これがエヴァンゲリオン初号機。かつてあなたのお父さん、碇シンジ君が乗って、幾多の使徒を殲滅した私たちネルフ最大の切り札よ」

「それに今度はあたしが乗れ、というんですか?」

「ええ」

「本当に?」

「本当よ」

「でも……」

「大丈夫。あなたと初号機のシンクロテストは成功したでしょう?」

アッサリというリツコに、アイは目の前が真っ暗になったような錯覚さえ、覚えた。

(こんな凄いものに、あたしなんかが乗れるわけない……!)

アイは脚を震わせながらそう思う。

初号機の凍結が13年ぶりに解除されることが決まり、そのパイロットとして選ばれたのはアイだった。

 

 

 

 

 

それが決まったとき、ネルフ幹部の間では激論が戦われたことまではアイは知らない。

「アイを初号機に乗せる!? マジなの!?」

アイを新たな初号機パイロットとして教育する、そのリツコの提案にまず反駁したのはミサトだった。

「ええ。ミサキちゃんも弐号機とシンクロできることが分かったことだし。……駒はなるべく多く揃えておくのが鉄則よ」

リツコは断言する。いつもながら自信にあふれた口調だ。

「……アイは駒なんかじゃないわ」

冷たい声が、レイの口から漏れた。

リツコはフッと小さく笑ってから、

「ごめんなさい、駒というのは失言だったわ。でも、起動可能なエヴァがもう1体増えれば、私たちの戦力は2倍、3倍になるのよ。そうじゃなくって、ミサト?」

「それはリツコのいう通りよ。でも、初号機はサードインパクトの恐れがあるからって……!?」

「それは心配ない。アダムと融合した碇はすでに亡く、ロンギヌスの槍も失われた。人類補完計画は頓挫し、もはやサードインパクトを起こそうにもその手段はない」

フィフスの少年もいないしな、と最後に心の中だけで冬月は付け加える。

ミサトは口を閉ざすと、じろりと会議室にいる面々を見回した。

会議室に詰めているのは全部で8人。ミサトのほか、冬月総司令、赤木副司令、加持特殊監察部長、日向作戦部長、青葉作戦副部長、伊吹技術開発部長、そして、元零号機パイロットの綾波レイである。残る1人、元参号機パイロットの鈴原トウジは所用で出席していなかった。

ネルフの方針などを決定する幹部会議のこれがメンバーだが、これとは別に、総司令、2人の副司令、特殊監察部長の4人だけで構成される最高幹部会議も設置されている。

「作戦部としての意見を申し上げますと、碇アイさんを初号機パイロット、加持ミサキさんを弐号機パイロットとすることは戦力増強の面からも有効と考えられます」

「再びゼーレが襲撃してきたときにも、作戦立案の幅が広がりますから」

日向マコト、青葉シゲルも相次いで意見を述べた。

一方、技術開発部は、反対の立場をとった。

「技術開発部としては、碇アイさんの精神状態が若干不安定なことが気がかりです。精神汚染の心配もあります。従って、まだ時期尚早と考えます」

固い口調でいう、伊吹マヤ。

「ま、シンクロテストだけでもやってみればどうですか?」

それは加持リョウジの意見。おなじみの軽い口調だった。

「アイを危険な目に遭わせることだけは許せません。絶対に反対です」

綾波レイは、きっぱりと宣言した。

 

 

 

ミサトは考え込んだ。

賛成意見が多いが、少ないながらも反対意見も出ている。会議は全会一致が基本原則だから、紛糾するときは副司令の権限で会議を結論づけることができた。

すなわち、作戦立案をはじめエヴァの運用、パイロットの選出、教育などの分野ではミサトの意見が、一方、数々の実験やテスト、整備計画、パイロットのケア、その他ネルフ本部のハードウエアに関する事項ではリツコの意見が優先された。

もっともZ計画を発動したときのように、総司令である冬月が超法規的に意見をまとめることもあった。

そしてミサトは、基本的にはアイを初号機パイロットにすることには反対である。

が、その気持ちが揺れ動いているのも事実だ。

ゼーレの襲撃は、あの黒い量産機だけで終わったわけでは決してない。

いつ再び、第3新東京市に牙を剥くか分からない。

それに備えるため、日向や青葉、リツコがいうように戦力を整えておくのは基本である。

新たに加わるのが初号機なら、ネルフの戦力はとてつもなく増大する。それはミサトの目から見ても魅力的だった。

「リツコ、ちょっち聞きたいんだけど……」

ふと思いついて、ミサトは訊ねた。

「アイって初号機にシンクロできるの?」

「それは分からないわ。だけど、初号機に眠る人物を考えると可能性はゼロではないはずよ」

「初号機に眠る人物、ねえ……」

その言葉にミサトは頷いてから、一つの案を指し示した。

「取りあえず、シンクロテストだけおこないましょう。テストプラグに初号機のデータを回して、それでやってみてちょうだい。もしもアイが高いシンクロ率を出したときは……、そのときはそのときよ」

ミサトは再び思い返す。エヴァ初号機に眠る、その人物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

碇ゲンドウと碇ユイ。

すなわち、シンジの両親だった。

 

 

 

 

 

こののちアイと初号機のシンクロテストは実施され、テストプラグながらもアイは60パーセント近くのシンクロ率を出した。

もちろんシンジほどではなかったがその数値はリツコをはじめとする賛成派を驚喜させ、そのまま実際に初号機に搭乗しての起動実験をおこなうまでになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしていま、アイはアスカの形見である赤いプラグスーツを身にまとい、初号機のエントリープラグにいる。

凍結が解除されていく様子をケイジで見守ったあと、アイはすぐにプラグスーツに着替え、エントリープラグに入ることを命ぜられた。

まだ実験は開始されていないが、相変わらずアイは脚が震えるのを感じる。

 

 

 

凍結が解除される前、アイはミサトとリツコから初号機についての多少の知識を与えられている。

実戦用に開発された量産型の弐号機とは違い、初号機は試作段階のテストタイプでしかない。しかし、その戦闘能力、回復力、強靱さは弐号機をもはるかに凌駕すること。

活動限界状態から、3度動いたこと。

S2機関をその身に取り込んでからは、有線で動く弐号機とは違い活動限界はなく、そのうえ少々のダメージはあっという間に回復すること。

ただし、その余りの強大さのため、サードインパクトを起こす恐れがあること。

そのため永久凍結状態だったこと。

(サードインパクトを起こす可能性のある初号機なんかに、どうしてあたしが乗らなきゃいけないの!?)

アイは心の中でだけ訴えかける。

授業で習ったセカンドインパクト。

サードインパクトがどんなモノかは分からないが、人類史上最大の災害といわれるセカンドインパクトと大して変わりがないだろうことは容易に想像がつく。

だから、ミサトやリツコの説明はアイを絶句させ、激しく恐怖させていた。

 

 

 

 

 

『アイちゃん。準備はいいかな?』

伊吹マヤの声が聞こえてきてアイは我に返った。

リツコとは違い、いつも優しげに話しかけてくれるマヤが担当だと分かって、アイは少しだけ心が落ち着くのを感じた。

「準備できて、ます……。あの……、伊吹さん……?」

『どうしたの、アイちゃん?』

「ママ、そこにいますか……?」

『……いるわ』

しぱらくして、いつもと同じ落ち着いたレイの声が聞こえてきてアイは安心した。

『アイ、私はここにいるから。大丈夫、落ち着いて』

「……うん」

『それでは初号機起動実験、開始します』

少し興奮した感じのマヤの声がして、アイはレバーを握りしめて目を固く閉じた。

 

 

 

『実験開始、LCL注水』

アイの足下からわき起こってくる、オレンジ色の液体。

(パパとママが守ってくれたから、あたしはあの敵に勝てた。じゃあ初号機は誰があたしを守ってくれるの? 初号機の中には誰がいるの?)

目を閉じたまま、アイは考える。

『神経パルスがちょっと不安定ね。アイちゃん、心配ないから落ちついて』

「はい」

『実験はセカンドステージに移行します。第2次コンタクト、開始』

(弐号機の中に人の魂があるのなら、初号機の中にもあるはずだよね……?)

『アイちゃん、落ちついて』

なおもマヤが呼びかけてくる。

が、次第にアイはそのマヤの声も耳に入らないほど考え込むようになっていた。

(弐号機の中にはパパとママがいた。ママのママもいた。じゃあ、初号機は……?)

そこまで考えたとき、アイはハッと気づいた。

(あとあたしに関係する人って、パパの、パパとママ!?)

『A10神経、接続します』

瞬間、アイは激しい嘔吐感を感じて思わず口元を手で押さえた。

 

 

 

 

 

「……何、この感じ!? 嫌ッ……!」

 

 

 

 

 

あのとき、弐号機に乗って黒いエヴァ量産機と戦ったときに感じたあの嘔吐感と同じ。

「い、いや、いや、いやああああ!」

たまらずアイは悲鳴をあげた。

もうあんな思いは二度としたくない。

ガチャガチャとコントロールレバーを狂ったようにアイは動かし続ける。

「いや、イヤぁ!」

頭を抱えて苦しむアイ。

回線を開いて発令所に呼びかけてみるが、何の応答もない。

そんなアイの脳裏に、何かのイメージが、意識もしないのに浮かび上がってくる。

そのイメージは、紛れもない綾波レイだった。

「……ママ!」

包帯でぐるぐる巻きにされて、ベッドに横たわっているレイ。

真っ白なプラグスーツを着て、月をバックにして立つレイ。

制服を着て、歩いているレイ。

エントリープラグと思われる空間の中で、うっすらと微笑んでいるレイ。

「ママ……? ママだよね!?」

薄暗い部屋の中で、1人膝を抱えて座るレイ。

涙を流すレイ。

片目だけに包帯を巻いた、制服姿のレイ。

そして、LCLとおぼしき液体の中で、浮かんでいる裸のレイ。

どのレイも若い。恐らく、いまのアイと同じくらいの年齢だろう。

そして最後にアイの目の前に現れたレイのイメージは、いまと同じ、大人の成長したレイの姿だった。

 

 

 

 

 

「ママ……?」

アイはレイに向かって呼びかける。だが、レイは穏やかな笑みを浮かべたまま何もいわずにじっとアイを見つめている。

「ママ、じゃない……?」

アイは呟いた。

よく見るとレイではない。

髪と目の色だけが違っていた。レイは青みがかった銀髪の、紅色の瞳の持ち主であるのに、目の前の女性は鳶色の頭髪と、茶色の瞳。

「ママじゃない。でも、ママとそっくり……。誰? 誰なんですか!?」

白衣のポケットに手を突っ込んだまま、アイに向けて微笑みかけてくる女性。

「こんにちは、アイちゃん」

その女性はゆっくりとした口調で、いった。

「こうして見ると本当、アスカちゃんにそっくりね。だけどシンジの面影も少しあるかしら?」

「……えっ?」

明らかにレイとは違うけれど、レイと全く同じ声、口調、仕草に、アイは戸惑ったように呟いた。

「ママ、じゃないですよね」

「ええ、私は碇ユイ。レイちゃんじゃないわ」

自分のことをユイ、というその女性。アイは耳にしたことがあった。

「碇ユイって……、パパのママなんですか……!?」

「ええ、そうよ」

「じゃあエヴァ初号機の中にいる人って……」

「私と、その夫」

ユイは簡潔に、それだけをいう。

「じゃあパパのパパはどこに?」

「あの人、恥ずかしがっちゃって出てこられないみたい。ま、そこがあの人の可愛いところなんだけど」

クスッとユイは笑った。

「あの……、初めまして。あたし、碇アイです」

「分かっているわ、もちろん」

もう一度、ユイは笑った。

だが、アイが覚えているのはそこまでだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アイ、アイ!」

遠くで誰かが自分の名前を呼んでいる。

アイはゆっくりと目を開いた。

アイの目の前には、見覚えのある、ネルフ本部の医務室の天井が広がっていた。

「アイ……、アイ!」

アイは首だけを横に向ける。そこには必死でアイの名前を呼ぶレイの姿があった。その背後には、ミサトとリツコと、マヤ。

「ユイさん……?」

アイの呟きに、リツコはサッと顔を青ざめたがアイは気づかなかった。

「アイ、大丈夫!? しっかりして!」

アイが目を覚ますとみるや、ミサトが枕元に駆け寄ってきて叫んだ。

「ミサト、さん……?」

「よかった! アイ、心配しちゃったわ!」

心底ホッとしたように、ミサトはいった。訳が分からずアイがレイに目を向けると、レイは落ち着いた口調で教えてくれた。

「初号機の起動実験中、あなたは精神汚染を受けたの。初号機が暴走して、実験施設を半壊させたわ。電源をカットして初号機を止めたんだけど、パイロットのあなたは意識不明だったの」

「アイちゃん、もう3日も寝ていたのよ?」

泣き笑いのような笑顔で、マヤが応じた。

「み、3日!?」

アイは呆然と呟いた。

「ええ、ずっと集中治療室にいて、ここに運ばれてきたのはついさっきだったの」

「ところでアイさん。あなた、さっきユイっていったわよね? それって、碇ユイさんのことね!?」

ふいにリツコが口を挟んだ。

「え……、は、はい……!」

そのときのリツコの表情は、アイもゾッとするほど冷たいものだった。

「赤木さん、……碇ユイさんって、パパのママなんですよね?」

「あなたには関係ないわ」

ピシャリ、とそれだけをいって、リツコは病室を飛び出していく。

「なに怒ってんのかしらね、リツコったら?」

そんなリツコを見て呆れたようにミサトはいったが、その問いには誰も答えなかった。

 


<2000.11.08>