外伝1「ユイカとシンジの親子で四方山話」

作・ヒロポンさま

 


 

晴れた水曜日。午後の四時。日はまだ高い。二人は自分たちの通う中学校の制服に身を包んでいる。普段どおりの学校の帰り道。

その公園をまわって帰ろうと言い出したのは、何時ものようにユイカの方だった。

 

「ちょっと回り道していこう」

 

彼女の母親とは違って、控えめな口振り。上目遣いの目線。

目元は父親の血が濃く出たのか、とてもやさしげで、いいながらシンジの上着のすそを握る手つきも初々しい。

しかし、茶色がかった髪の毛と、すっきりとした鼻筋、繊細でシャープなあごのラインは母譲り、初めての対面で、夕日に照らされてたたずむ彼女を見て、シンジが見間違えたように、全体としての雰囲気は、やはり母親似だ。

自分の妻(籍はまだ入れていない)となった人の若かりし日々を彷彿とさせる娘の提案を、十四歳にして恐妻家として知られる碇シンジが断れるはずもなかった。

 

「そうしようか」

 

シンジの返答に嬉しそうに微笑んだユイカは、強引にシンジの腕に自分の腕を絡ませると、公園の入り口に向かって歩き出した。

シンジは、苦笑しながらも、ユイカに引きずられるようにして公園に歩みを進めていった。

 

 

生い茂った枝枝の隙間から射し込んだ光が、二人の歩く道に美しい文様を作り出している。

ユイカは、その光の斑点をわざと踏みしめるようにして、飛び飛びに歩いていた。

ひとぉつ、ふたぁつ、みっつと、差しこむ陽光の残滓をなぞるようにして足を運んでいくその後ろ姿を、後に続いて歩くシンジが優しく見守っている。

最初は、ギクシャクした親子の仲だったが、今はお互いに自然に振る舞えるようになっていた。

最近では、アスカが嫉妬するほど二人の仲はいい。実際、端から見た二人は、初々しい中学生のカップルにしか見えなかった。今の二人を見て親子だと思う人間は、まずいないだろう。

 

「あっ」

 

小さく声を上げて立ち止まり、シンジの方を振りかえるユイカ。

それ以上辿っていくための斑点が、適当な場所になかったらしい。

お互いに眼をあわし、訳もなく微笑みあう二人。

なんだかくすぐったくなるような時間の流れ。シンジは、自分が、かつてないほどの幸福の中にいる事を、今再び自覚した。

 

 

「ねぇ、パパ、レイおばちゃんの家に行ったことある?」

 

突然の質問

 

「だめだよ、ユイカ」

 

即座に言葉を返すシンジ。

その言に、ユイカは少し頬を膨らませて「はーい」と答えると、再び問うた。

 

「じゃあ、言い直すね。ねぇ、シンジくん、レイおばちゃんの家に行ったことある?」

 

碇家の約束事その一、人前では、パパと呼ばないこと。

同級生である二人が、親子であることは、常識ではありえない。秘密を守るためには、それなりの対応が必要なのだ。

 

「ないよ」

 

簡潔に答えるシンジ。しかし、その語調には、どうしてそういう事を聞くのかというニュアンスが、漂っていた。

 

「ほら、あれがおばちゃんの家」

 

公園の外側。木々の間に見える白亜のマンションを指差して、ユイカが言う。

 

「へぇー」

「今は、多分留守だろうけど」

「よく行くの?」

「うん、・・・でも、最近は行ってないかな。」

 

そういいながら、再び歩き出すユイカ。質問自体にたいした意味はなかったらしい。シンジはその横に並ぶと、前々から頭に在ったちょっとした疑問を、ユイカに対して問い掛けた。

 

「ユイカ、前から疑問だったんだけど、どうしてレイがおばちゃんなのに、リツコさんが、おねーさんなの?」

 

シンジは、レイのところで多少言いよどんだ。かつての綾波レイは、現在では碇レイと名乗っている。戸籍上の彼の姉(シンジがサルベージされる前は、シンジの妹という扱いだった。シンジがサルベージされて、MAGIUによって戸籍の書き換えが行われた後には、実際の年齢差にあわせて、姉という扱いになっている)。しかし、シンジはいまだに、レイのことを名前で呼ぶことに少なからず抵抗を覚えていた。照れくさいのである。

 

「うーん」

 

シンジの質問に考え込むユイカ。

 

「叔母さんだから。」

 

説明が足りないと思ったのか、すぐに言葉を重ねる。

 

「パパの妹だから、私の叔母さん。・・・・違うかなぁ?」

 

違う−つまりこの場合、そういう筋合いで、レイのことをおばちゃんと呼ぶのは間違っているのかと、ユイカは、問うているのである。

 

「違わない。でもレイは、まだ二十代だし・・・・」

「ママなの。」

「へっ?」

「ママが、こう呼びなさいって教えてくれたの。ほかにも事ある毎に、『これからママは、お仕事だからレイおばちゃんのところに行きましょうねー』とか、『レイおばちゃんが、自転車かってくれたのよ。お礼を言いなさい、レイおばちゃんに』とか、やたらとそういう風に言うものだから、そういう呼び方が染み付いちゃって・・・・」

 

そこまで言って立ち止まると、地面を見詰めながら、考え込むようにする。

 

「そうよね、おばちゃんもまだ二十八歳だものね。・・私、今まで、悪い事してたのかなぁ」

 

少し心配するように、父親の顔を見詰めるユイカ。

シンジは、優しく笑いかけて、口を開く。

 

「そんなことはないよ。気にすることはない。綾・・レイは、そんな事気にするような子じゃない。・・でも、やっぱり、おねーさんって呼ばれる方がうれしいんじゃないのかなぁ。レイさんっていうのでもいいと思うけど。」

「そうだね。今度からそうする。でも、身についちゃっているから、意識してないとまた、おばちゃんって呼んじゃうかもしれない。」

「むりしなくてもいいよ。呼びたいように呼んであげればそれでいいと思う。」

「うん。でも、なるべくこれからは、レイさんって呼ぶことにする。」

 

−それとも、レイ母さんがいいかなぁ

 

自分の叔母の照れる顔を想像しながら、ユイカはそう考えた。

 

 

「それで、リツコさんの方は?」

 

一人考えに浸っていたユイカに、再び問い掛ける。

 

「あぁ、それはねぇ、マヤさんがそう呼んでたの。」

「マヤさんが?」

「正確には、おねーさまって呼んでたの。」

「おねーさま」

 

なんだか変なものを飲み込んだような顔で、シンジが問う。

 

「そう、おねーさま」

 

しれっと答えるユイカ。

 

「私が小さい頃、ママの仕事が忙しいときになんか、レイおば、じゃなくってレイさん、うーん、これも違う・・うーん、そう、レイ母さんかな、やっぱり。・・そのレイ母さんの所とか、リツコおねーさんのところとか、あとミサトさんのところなんかによく預けられたんだ。」

 

シンジの顔を見ながら話を続ける。

こうやって、人と目を合わせて話すことを苦手とするシンジであったが、自分の娘となると話しは別らしい。

 

「でね、リツコおねーさんとマヤさんって、一緒に住んでるのよ」

「そっ、そうなの」

「そう、住んでるのよ。でっ、私は、よくリツコおねーさんのところに預けられたんだけど、マヤさんがね、部屋の中ではリツコおねーさんのことを、『おねーさま』って呼んでたの。それがなんだかうつっちゃったみたいで、私もリツコさんのことを、りつこおねーさまって呼ぶようになってたの。」

 

ちーっと、シンジの背中に汗が流れる。

いかにうぶで鈍感なシンジといえども、ユイカの話を聞いていれば、リツコとマヤの関係など容易に想像できる。

自分は、もしかして聞いては行けないことを聞いているのでは・・・

 

「それでね、ある日、みんなのいる前で、リツコさんのことをリツコおねーさまって呼んだのよ。そしたら、リツコさん、すっごく慌てて、私の手を引っ張っていって、暗い部屋に連れ込んだの。そして、私の目をじっと見て、『いい、ユイカちゃん。おねーさまじゃなくっておねーさんと呼びなさい。いいわね。』って、すごく静かな声で、にっこりと笑いながら言ったのよ。私、なぜだかしらないけどすっごく恐くなって・・・・」

「それで、おねーさん?」

「そう、それからずっと、おねーさんって呼んでるの。」

 

シンジの想像は、今や確信となっていた。

 

「あの時のリツコおねーさんの顔、今でも時々夢に見る」

 

ユイカが、遠い目をして呟く。

シンジの脳裏に、ユイカを襲うリツコのヴィジョンが浮かび上がる。

シンジは、ユイカの手をぎゅっと握り締めた。

 

−ユイカは僕が守らなくちゃ

 

手の中に在る柔らかい感触に、決意を新たにする、碇シンジ十四歳であった。

 

 

 

公園を逍遥する制服姿の二人。

どこをどう見ても、仲のいい恋人同士にしか見えない二人は、見慣れた回り道をゆっくりと、歩んでいくのだった。

 

 

おしまい

 


またまたヘボイものを書いちゃいました。

初めての三人称なんで、いつにも増してヘタイです(当社比)。

 

みゃあさん、これで質問にお応えできたでしょうか(笑)。

少しでも喜んでいただけたなら、幸いです。

それと、ここまで読んでくださった方、お付き合いいただいて、ありがとうございました。

 

それと、遅れ馳せなから、5000HITおめでとうございます。

なんか、まとまりのない文章ですが、そういうことで(どういうことやねん)

 

ヒロポン


 

みゃあと偽・アスカ様(笑)の感想らしきもの。

 

みゃあ「わーい!またヒロポンさまが送ってくれました!しかも前回の質問の回答付き(笑)こんなにみゃあを喜ばせてくれるなんて…ヒロポンさま、師匠って呼んじゃいますよ(笑)」

みゃあ「みゃあのくだらない質問にまじめに答えて頂き、なおかつこのような形で見事にまとめてしまうとは…もう感服して声になりません(なってるって)」

アスカ様「ちょっと……、ヒロポン。なんであたしが出てこないわけ?」

みゃあ「ありゃりゃ。アスカ様やっぱり何だかんだ言ってもこの小説に出演したいんですねっ!しかも『もっとシンジくんとらぶらぶにさせろ!』とおっしゃりたいんでしょう!!」

アスカ様「な……そっそっ、そんなわけないでしょっ!相変わらずのーみそが腐ってんじゃないの!?」

みゃあ「だって…自分の娘にやきもち焼くくらいですから…(くすくす)」

アスカ様「(真っ赤)だ、誰がやきもち焼いてるってのよっっ!」

みゃあ「(にやにや)あ〜、そうですか、ふ〜ん、そ〜お、なるほどねぇ」

アスカ様「もっ、もう嫌ああああああああああ!!(真っ赤っか)」

みゃあ「あ〜あ、うずくまっちゃいましたよ。アスカ様って案外うぶなんですね(笑)」

みゃあ「さて、読んでいるみなさま。これは何度確認しておいても良いことですが、ヒロポンさまの作品は最高です!そう思ったら伝言板に感想を書き込みましょう!投稿作家の方は(みゃあもだけど)みんな感想を待っているっっ!」

みゃあ「次回のヒロポンさまの励みになるよう、感想お願いしますm(__)m」

 

P.S.マヤが「おねーさま」と言ってるのには爆笑でした。その後のリツコの反応も。三人称だって、とってもお上手ですよ。

次も転げ回りたい(笑)、みゃあでした。 

  


読んだら是非、感想を送ってあげてください。

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