E.W020.4

「・・・ん？」
目を覚ましても真っ暗闇の中という状況に、はて、と考えるシンジ。
規則正しい生活と、かなり正確な体内時計がいつもの起床時間を告げているというのに、
まるで真夜中のように暗い。
その殆どを黒一色に塗りつぶした部屋の中で、ふと目をやった枕元の時計の文字が、
蛍光色の緑色でわずかに黒をはね除けていた。
文字と同じ光を放っている針が示す時刻は、やはりいつもの起床時間の午前６時、
いや、ほんの少し前か。
「そうか、家じゃなかったんだっけ。」
寝起きで働き始めたばかりの頭が自分の置かれた状況を把握する。
ムクッと身体を起こしたシンジは、ベッドに腰掛けるようにして扉の方へと顔を向けた。
感じ慣れた気配がこちらへと向かって来ている。
鍵を外す音、次いで扉を開く重々しい音。
そしておそらくは廊下の電気の光だろうそれが、闇に慣れたシンジの目を暗ませる。
「あ、シンジ君。」
「おはよう、マナ。」
「起きてたのなら電気ぐらいつければいいのに。」
「今起きたばかりだから。早起きだね、マナ。」
「これから早朝訓練なの。といっても、ちょっとした準備運動みたいなものだけど。
　それで、昨日は言ってなかったけどシンジ君も一緒にどうかなって。
　確か、朝のジョギング、してたよね。」
そういう彼女は既に昨日と同じ作業着姿だ。
まあ、こんなところにパジャマ姿で現れる筈もないが。
「今日はさすがに無理かと思ってたけど、ちょうど良かった。お願いするよ。」
「うん。あ・・・、じゃあ、私、外で待ってるね。着替え、ここに置いておくから。」
なにか突然に慌てて外に出るマナ。
どうしたんだろうと一瞬考えるが、自分の格好を見てすぐに納得がいった。
Tシャツにトランクスだけ。
しかも男特有の朝の生理現象付き。
「あ～、見られたよね・・・・。」
さすがにこれは制御不可能なものであるのだが、彼女に見せるには刺激が強すぎるようだ。
第三新東京市のマンションや実家では、自分の部屋のあったせいかあまり意識した事はなかったが。
「いくら男の数が多いっていっても、こういう事は気を付けなきゃいけないな。」
自分に言い聞かせながら、渡された服を手に取って着替え始めた。

Evangelion The World

第弐拾・四話　子供達の夏休み　その４

異なる戦場の子供達

富士山の北側に位置するこの施設の由来は、前世紀を四半世紀程遡る。
元々ここはどこかの企業がなんらかの研究機関として作り、使い続けて来たらしい。
それが2nd-Iを境に当時発足仕立ての戦略自衛隊に払い下げられたということだ。
その折、もしくは2nd-Iのせいか当時の資料は今では完全に失われ、
その研究内容を知る事はできなくなっている。
ただ確かな事は、現在の使用者達の目的にここはぴったりであるという事。
やや老朽化が目立つとはいえ、しっかり作られたコンクリートの壁には未だヒビ一つなく、
また研究設備も充分に整っている。
もちろん当時の機器のままでは役に立たないので、時折新しいものへと換えていってはいたが。
そして最も都合が良いことに、ここで寝泊まりする為の生活環境が用意されているのだ。
長期に渡る研究を支える為のものだったのか、一般的なホテルや国民宿舎レベルの快適さはある。
つまり、訓練所というイメージからは程遠い快適さを得られる場所だったりするのだ。
さて、そんな訓練所を舞台に、少年兵達の一日が始まる。
シンジも参加した早朝の軽い運動が約半時間、それから朝食へと移っていく。
前身という故あって広くきれいな食堂の窓際のテーブルに、
ムサシはケイタやマナ、そしてシンジを伴って陣を取っていた。
「それじゃあ、いただきます。」
いつもどおりに行儀よく手を合わせて挨拶をするシンジに、自然と３人も習ってしまう。
「それにしても、意外に普通っていうか、健康的な生活だね。」
「まあな。仮にも訓練所、俺達を使い潰すようなまねはしないさ。」
やろうと思えばいつでもできるくらい簡単だけど、と笑うムサシ。
その割には、起きてからこれまでの流れもそうだが、
目の前にある食事もシンジにそういう感想を持たせるに充分なものがあった。
こういった場所ではNervも同じでセルフサービスが当たり前となっている。
メニュー自体はオーバー・ザ・レインボーと同じく、日ごとに決められたもの一種類なのだが、
その内容は決して貧相なものではない。
成長期である彼等の年令に合わせそれなりの量が用意され、また栄養のバランスもとれている。
味の方もなかなかのものだ。
ただ流石にお付きのコックはいないので、当番制になっているのだが。
「まあ、こんな生活ができるのも、今の三島隊長あってのものだけどね。」
「そんな感じの人だね。それにしても、相変わらずだね。」
ケイタが程よく焼けた魚を不器用に毟っているのを見て、
シンジは味噌汁を啜りながら苦笑いを浮かべる。
そんな彼の格好はムサシ達と同じ作業着姿。
そのせいなのか、昨日来たばかりと言うか、誘拐された当事者とは思えない程に場に溶け込んでいる。
今朝、顔を合わせた時には少し残っていたギクシャクとしたものも今は消え、
すっかり転校前の四人へと戻っていた。
「で、この後のスケジュールは？」
「私達は午前は基礎的な勉強。これでも中学生だから。」
どういう理由があるにせよ、義務教育は確実に受けさせられる。
そうでなければ普通の子供を装って他の学校に潜入するなどできない。
また、そういった役目以外にも、正式な隊員になる為には高校卒業レベルの教育は必須。
そうでなければ本当に人を殺すだけが専門の、使い捨てのコマを生産する事になるのだ。
「一部高官にはそれで良いなんて言うのもいるらしいけど、
　隊長には今迄に優秀な隊員を育て上げたって実績があるからな。
　本部の方では大半が現状維持を黙認ってところさ。」
全面的な容認といかないのは、国際法に違反しているからであり、実質としてはそれである。
「だからなのかな。逸見さんて隊長第一みたいなところがあるでしょ。」
「まあね。俺達と似たようなもので三島教室、トライデント中隊の前の名前だけど、
　その発足当時からのあの人のやり方を見ているからね。
　それに、彼女は隊長に直接拾われてるし、そのせいもあるんじゃないかな。」
「お前等、何他人の過去をあっさりと喋ってる。」
噂をすれば影とはよく言ったもので、いつの間にかトレイを持った逸見タキが、
不機嫌そうな顔で側に立っていた。
「・・・ったく、部外者に名前を教えるだけでも厄介だってーのに。
　それに碇、お前何余裕かましている。
　立場上はどうだか知らんが、実際の状況ってのを理解しているのか？」
１６～７にしては高めの身長に、短く無造作に切られた髪、女らしさを一切感じさせない口調。
シンジとは逆の意味で中世的な魅力を持つ少女である。
可愛いよりもかっこいいという方が似合うタイプの彼女に、シンジは珍しく不適な笑いを見せた。
「碇家の血筋を甘く見ない事だよ。この程度の逆境を抜けだせない様じゃあ、一人前は名乗れない。」
「言うね。さすが『魔王』の息子だけはあるってことか。
　その余裕、いつまでもつか見せてもらうよ。」
「あ、タキも一緒に食べない？」
言って立ち去ろうとする彼女をマナが呼び止める。
「場所が一杯一杯だろ。次の機会にさせてもらう。」
「そう？じゃ、お昼は一緒にね。」
「なあ、ちょっと訊きたいんだけど。」
「なんだ？」
「もしかして、『魔王』ってシンジの親父さんの事か？」
ムサシの問いに、何を言っているんだお前は、という顔をするタキ。
「他に誰がいる。Nervの総司令として強権を振るうあの男は、
　今迄もかなりの無茶を押し通して来たらしいじゃないか。
　あの外見もある。そんなあだ名を付けられてもおかしくはないだろうが。」
「いや、僕達会った事無いし。」
私も、とケイタにマナが続く。
「私も資料でしか見た事はないが、ありゃマフィアのボスと言っても通用するな。」
「そうなのか？」
「そういう事を実の息子に訊ねないでよ。」
つい確認してしまうムサシに対して、なんとも言い難い顔で肩を竦めるシンジ。
それもそうだ。
肉親であり、ある意味見慣れている人間に、早々客観的な感想は出せないだろう。
「会ってみないと解らない、か。」
彼や実家の人達からは想像もつけられないまま、ムサシは味噌汁を啜った。

午前一杯の基礎学習が終われば昼休みになる。
その後、昼食を含めて一時間の自由時間を挟んで、兵士としての訓練が始まるのだ。
義務教育の課程を終えた者はここで訓練の選択があり、技師系統などの専門職を選んだ人は、
ここからそれぞれの技能訓練へと向かう。
その他の者達は戦闘訓練が課せられ、銃器、弾薬、爆発物の扱い、そして格闘術を学んだりする。
敷地の南側、森の側の開けた広場が訓練場として使われ、
年長者の特に格闘戦に長けた者達が後輩を指導していた。
隊員として銃器の扱いに長けていなければならないのは当然であり、
どんなに鍛えたとしても素手より銃の方が格段に有利な状況にたてる。
しかし彼等は常に銃器を携帯できるわけではない。
時にはナイフ一本で潜入する任務を与えられたりもするのだ。
そういった場合などには、どうしても格闘戦の技能が必要となる。
無論、成長の過程にある彼等が訓練を受けた大人と正面から戦っても、そうそう勝てるものではない。
身体の大きさはリーチの長さや攻撃力に直結する上、完成された肉体は充分に鎧の役を担うのだ。
だからこの訓練も、どこか将来に向けてのものという色合いが強い。
そしてまた、他にはない特色がここの隊にはあった。
「はっ！」
タキの繰り出した突きを受け、相手の少年がガードの構えのまま吹き飛ばされる。
この普通でない攻撃力こそが隊の特色である『気功』だ。
三島ヒデジが隊長になって以来、彼は自分の学んだ気功を訓練生達に伝えていっていた。
少しでも子供達の生存確率を高めようという願いからのものだ。
当然個人差というものがあり、誰もが大人に対抗し得る力を発揮できるわけではない。
彼女はそれだけの素質を持っていた方というわけだ。
因みに今相手をしていたのは指導する後輩ではなく、手合わせする同輩である。
何かと血の気の多い印象のある彼女だが、訓練を装って無意味なしごきをするまねは絶対にない。
そういったけじめはしっかりとするタイプなのだ。
タキに対抗できる程じゃあないが、彼も結構実力のある方なのである。
「さあ、ウォームアップ終了。メインにいくとするか。碇！相手してもらうぞ！」
あまり口は良くないけど。
「おい、アイツは？」
気合い満々でこちらを向くが、残念ながらシンジはいない。
「まだ来てない。」
「まだぁ～？」
午後の格闘訓練に参加できると聞き勝負を約束した時、
昼食後に３０分程昼寝をするから遅れるとは言っていたが。
「もう一時間になるんじゃあないのか？」
「まあ、あいつの習性みたいなもんだし。」
「知るか。浅利、呼んでこい。」
「え、ぼくが？やだよ。あいつ寝足りないと不機嫌になるんだ。」
滅多にない事だが、不機嫌なシンジはどうも扱いに困る。
狂暴化するとか特別冷淡になるとかはなく、ただ半目になって表情が消えるのだ。
が、いつもが微笑みを絶やさない印象があるだけに、それだけで周囲の雰囲気がどんよりと沈む。
正直、アレは居ずらい。
「もう３０分はオーバーしてるじゃあないか。
　まだるっこしい。浅利、案内しな。私が叩き起こしてやるよ。」
「わかった。でも、案内って言っても、すぐそこだけどね。」
言って指差したのは広場の側、自分のすぐ後ろにある木の上。
見上げると、太い枝に座り幹を背もたれにして目を閉じているシンジがいる。
「いつもながら器用だよな。」
「ほんとほんと。お～いシンジー、下りてきなよー。もう一時間経ったよ。」
反応無し。まだ眠っているのだろうか？
「おい、碇！さっさと下りて私と勝負しろ！」
すると、ようやく目を覚ましたかのように、ゆっくりと身体を捻って顔を下に向けた。
「あと５分～・・・・。」
言うとまた元に戻ってしまう。
「５分じゃあない！・・・ったく、無理矢理引きずり下ろしてやる。」
タキは少し呼吸を整えると助走無しでジャンプ、地面から２Mはある一番下の枝に飛びつき、
懸垂をする様に身体を上げる。
後は手近な枝から枝へと今の応用で登っていくだけ。
あっという間にシンジのいる枝迄辿り着いた。
「なんだ、ちゃんと起きてるじゃあないか。まだ寝ぼけているかと思ったぞ。」
「アレだけ煩くされたら、眠ってられないよ。」
言ってる割には、眠たそうに半目でタキを睨んでいる。
「だったら、とっとと下りてこい。もう３０分オーバーだ。」
「連中の検査やら実験やらでまだ疲れが残ってるんだけど。」
「そんなもの、ただの気疲れだろ。身体を思いっきり動かせば吹っ飛ぶ。」
さすがにタキだけあってあの視線もものともしない。
「いつもながら強引だな。」
「そうだね。」
まあ、単にあの目で見られるのに何も感じないだけの話だろうけど。
「解ったよ。先に下りていて。すぐに行くから。」
「二度寝するなよ。」
念押ししたタキは、登って来たルートを逆に辿る様にスルスルと下りてくる。
「早いね。」
「時々訓練代わりにやってるからな。」
なんでもない事のように言って彼女が上を見た時、シンジはまだ動いていなかった。
「おい！蹴り落とすぞ！！」
「焦らない焦らない。もう下りてくるから。」
今にももう一度登りそうな勢いのタキをなだめて止める。
「なんで解る。やっぱり二度寝してるんじゃあ。」
「してないって。ほら、動き出した。」
下からの催促に押されたようにようやく身体を起こしたシンジは、
まるで階段を下りるみたいにホイホイと枝を飛んで下りて来た。
猫の血が混じっているにしてもあまりに人間離れした身のこなし。
それに唖然とする周囲をよそにタキは、
「やっと来たな。こっちだ、来い。」
シンジの腕を引っ張って広場の中央へと連れ出した。
「さあ、チルドレンの実力、見せてもらおうか。」
向かい合って立ったタキの顔には、お気に入りの玩具を前にしたどこか子供のような、
無邪気な笑みが浮かんでいる。
「嬉しそうだな。」
「シンジもね。」
眠りを邪魔されたにしては、晴れやかないつもの顔つき。
タキの闘志に応えるように精悍な目つきで対峙している。
「なあ、ケイタ。」
「なに？」
「なんで解った？」
いやに真剣な顔でこちらを見据えてくれるムサシ。
「な、なにが。」
「さっき、シンジが起きるのがさ。
　あいつが身体を起こす直前に言ってただろ。」
「そう、だったっけ。」
「ちょっとタイミングが良すぎるような気がしてさ。」
そこで話は中断という事らしく、視線を広場の方へと向けるムサシ。
余り言いたくないのを察してくれたのだろう。
徐々に高まっていく２人の気迫。
気の充実とともについに動きだし、打ち合いが始まった。
タキもシンジも気功の扱いはかなりの技量の持ち主で、シンジの実力に疑問を持っていた他の連中も、
身体の一部がぶつかる度に気の火花を飛び散らせる戦いに引き込まれていく。
ムサシも先程の疑念を忘れて見入っていた。
（ごめん、ムサシ。）
ケイタも羨まし気にその戦いを見ながら、心の中で小さく幼馴染みに謝る。
自分の見たものは、別にことさら秘密にしなければならないわけではないと思う。
ただ、見たという事実とそれに附随するものは、まだ彼女には教えるべきじゃないような気がする。
いや、もしかしたら、
（まだ、言うだけの自信がないのかも知れない。）

「で、初戦は負けってわけね。」
「う、うるさ・・・。」
「あー、今喋らないで。」
口を切り、下顎に痣を作っているタキを、マナは呆れ顔で手当てをしている。
病院等でお馴染みの、独特と言っていい消毒薬の匂いのする医務室。
一応大人が責任者につくとはいえ、殆どの場合彼等が当番制でここに就いている。
訓練所という場所柄から他と同じく設備が整えられている上、
人体の構造や簡単な医療技術は必修事項として教え込まれる為、
かなりの重傷を負わない限り子供達自身が治療行為を行うのだ。
マナはトライデントの事故で内臓を傷めてから激しすぎる訓練は外される事が多く、
気功の扱いが群を抜いて上手い事も手伝って、最近はこちらにいる事が殆どだった。
ただ、何故か一番彼女にお世話になっているのは、隊の中で１、２を争う強さのタキだったりする。
「はい、いいよ。」
そのせいか、この光景もすっかりお馴染みとなっていた。
「それにしても、思いっきりやられたみたいだね。」
昼休みにシンジと戦う約束を取り付けていたのは見ていたし、
ここにいても気のぶつかり合いの余波が感じられた程ではあったが、
まさかほんの数分とはいえ、気を失って担ぎ込まれてくるとは思わなかった。
それは彼女が強いという事に加え、シンジがそこ迄手加減抜きにやるとは予想しなかったからだ。
「で、どうなったの？」
「渾身のストレートをガードで弾かれて、カウンターにジャンピングアッパーを食らった。
　隙だらけの所にってのもあるが、思いっきり気が乗ってたからな。」
最初の内は相手の実力を知る為と、そこそこ加減はしていたが、
戦っている内にどちらも夢中になり過ぎたらしく、最後の方は完全に真剣勝負と化していた。
「しかし、元々様子見だったとはいえ、かなり本気を入れてやったんだが、
　予想以上に強いな、あいつは。
　気功に関してはあんたとタメを張れるんじゃないか？」
言いながら、彼女は余り悔しそうには見えない。
自分の事故後、それまでの露骨なライバル視するのを止めたとはいえ、
負けず嫌いであるのは相変わらずだったのだが、
今の彼女はむしろ強敵の存在を歓迎しているような感じを受ける。
「油断大敵ね。
　3rd-Cという称号がどれ程のモノか知らないけど、碇家の、あの財閥の跡取りなんだよ。
　伊達や酔狂で英才教育を受けてるわけじゃないんだから。
　大体、私の気功ってシンジ君と同じ、碇家由来なんだもの。」
「何！？初耳だぞ、それは！！」
「そりゃそうよ。言う理由なんてなかっただし。」
「それも、そうか。あ～～～～、くそ。納得いった。
　マジに油断大敵じゃないか。」
驚きから一転、まさにやられたといった風に天を仰ぐ。
その時、医務室の扉がやや遠慮がちにノックされた。
「はい。」
「シンジだけど、入ってもいい？」
「どうぞ。」
「お邪魔します。逸見さんの具合、どう？」
入って来たシンジは、予想どおり心配そうな顔をしている。
同レベルの相手に真剣勝負となれば礼儀として手を抜く真似はしないが、
女の子の顔に痣を作ったともなれば罪の意識無しに済ませられないのが彼だ。
それにしてはここに来るのが遅いのが少し気に掛かる。
本来なら自分でここ迄運んで来そうなものを、実際にタキを運んだのはケイタだった。
そして一緒に来なかったばかりか、手当ての終わった今頃ようやく訪れるとは。
まあ、それはそれとして、ここでは滅多に向けられる事のないシンジの顔に、
柄でもなく照れているのか逆に慌てるタキ。
「べ、別に大した怪我じゃあない。」
「でも、女の子の顔を殴って、傷迄つけたんじゃ・・・。」
「こっちが挑んだ勝負だ。このくらい覚悟の上だ。」
少し覗き込むような彼の目から顔を背ける彼女は、珍しく年相応の少女らしさがあった。
「今日のところはお前の勝ちだ。だがそれは私が油断していたせいでのものだ。
　明日こそは勝たせてもらう。」
一応勝ち気を装ってはいるが、マナには女の子扱いされるのに慣れていないタキが、
盛大に照れまくっているが丸解りだったりする。
（タキがここ迄照れるなんて、すっっごく珍しい。）
貴重なものを見たと得した気分にもなる。
しかし一方で少々心配な事もあった。
「そう簡単には負けないよ。」
いつもの様に、にこやかに返すシンジ。
小さな子供のような無邪気さに加えて、以前より精悍さが増した彼の笑顔に、
タキは思わず顔を赤らめてしまっている。
小学校高学年の頃から結構な数の女の子を隠れファンにしていったそれを受けて、
恋愛事には無縁の彼女が平気でいられるかどうか。
何しろシンジにの心には、既に一生の誓いを立てた相手がいるのだから。

「ふ～～～。」
割り当てられた部屋に戻ったシンジは、ベッドに腰掛けると深く溜め息をついた。
体力には自身がある方だし、伯父に散々旅行へと連れ回されたせいか、
環境の変化にもそう戸惑う事はない。
だが、さすがに今回のようなパターンでは、多少の疲労感を感じずにはいられないらしい。
そのままごろんと仰向けに倒れると、ジッと天井を見つめる。
（どんなところかと少し身構えていたけど、結構良いところじゃない。）
それは場所や環境だけではなく、そこにいる人々もである。
非常時はどうなのか知らないが、日常レベルでは今日１日見ただけでも、
人道的で真っ当な居心地の良さを感じられた。
銃器の扱い等、言い切ってしまえば効率の良い人殺しの訓練もあるわけだが、
それに関しては自分の刀術もそういった側面がある。
大事なのはそれを制御する心であり、そちらの教育も徹底されていた。
また、隊長がそうだからなのか、その下についている大人達も、
子供達に対してまともな対応をしている。
（問題なのは、あの研究者達だね。）
こちらを見る目が完全に実験動物に対してのそれと同じなのだ。
使徒襲来のすぐ後あたりに派遣されて来たようで、
自分が誘拐されるより前迄はここの隊員を対象に気功の研究をしていたそうだ。
入浴中に話を聞かせてもらったのだが、実験に付き合った隊員の殆どが同じ感想を持ったらしい。
しかも戦略自衛隊の上層部がらみの連中らしく、三島隊長にすら偉そうな態度をとるという。
おかげで隊員達から胡散臭がられ、タキにいたっては完全に敵視している。
（どちらにせよ、得体の知れないのは確かだな。
　僕がA.T.Fを自分で展開できることも、初めから知っていたみたいだったし。）
あのJ.A暴走時の写真を見て、ではなく。
（とにかく、これからの為に情報はできるだけ集めてもらった方が良いよね。）
そちらの方はあの昼休みに手を打っておいた。
早速明日にでも動くという事だ。
脱走の手段も、もしかしたら随分と楽になるかも知れない。
あと第三新東京市に残して来た人達のことだが、自分の無事は明日伝えてもらえるとして。
（アスカ、レイ。）
優しいあの少女達が、心配の余り体調を崩していないだろうか。
「・・・・・寝よう。」
考えても仕方ない。
そちらの方もあの人達に任せるしかないのだ。
今は精神と体力の消耗を避け、いつでも行動を起こしておけるようにしておかなければならない。
電気のスイッチを切り、再びベッドに横になる。
真っ暗闇の中、シーツに丸まりながら目を閉じる。
「・・・アスカ。」
若干の寂しさを小さなつぶやきに漏らしながら。

To be continued

あとがき

またしても期間が開いてしまいました。
おひさしぶりです。
ここ数話、少々構成を変えたり何なりで遅れがちですが、
次はもう少し早くなりそう。

さて今回訓練所の一日をお送りしましたが、
多分に創作部分が混じっているので、ご了承ください。
次回はNervサイドへと移ります。
では、また。
かのっちでした。

２００４年７月８日