エヴァ
■ お泊まり ■
act.08
―― 夜明け、醒めやまぬこころ ――
作・えむえすびーむ

   エーン、エーン。
   女の子が泣いていた。
   大粒の涙を流し、泣いていた。
   周りの子供たちは囃したて、声を揃える。
   ヤーイ、アカ毛、アオ目、白人、外人、あっちいけー。
   心ない仕打ち。
   謂われのない仕打ち。
   女の子は虐げられ、泣いていた。
   女の子と子供たちのあいだに男の子が入ってきた。
   男の子は女の子を虐げる子供たちに拳をあげる。
   喧噪ののち、子供たちはいなくなった。
   女の子はまだ泣いていた。
   男の子は女の子と手をつなぎ、その場所から彼女を連れ去る。
   男の子は女の子の手を引き歩く。
   その道は、女の子のよく知っている道だった。
   自分の家への道。
   優しい母親のもとへ帰る道。
   女の子は手を引かれ歩く。
   やがて家につき、玄関の扉が開く。
   母親が迎えた。
   女の子はまた泣き出した。
   母親に抱かれる安堵から、安らぎの処に戻れた嬉しさから。
   女の子は、男の子を見る。
   悲しいとき、辛いとき、男の子はいつも家に連れ戻してくれる。
   女の子は男の子の名前を呼んだ。

      「 しんじぃ。 」



アスカは目を覚ました。
瞳に涙が溜まり、視界が滲んでよく見えなかった。
瞼を強く閉じ、涙を流してからまた瞼を開ける。
視界がはっきりとしてくる。
見慣れぬ天井にすこし驚いたが、すぐシンジの家のリビングで寝たのを思い出す。
 …そうか、あたしシンジと、、、、。
目頭が熱くなっているのがわかる。
 …あたし泣いていたんだ。
 …なんかへんな夢見ちゃった。
幼いときの記憶。
日本に来た当初、よくイジメめられたことがあった。
まわりの皆と違う容姿、蒼い目、白い肌、髪の毛は今よりもっと紅かった。
そしてたどたどしい日本語。
コミュニケーションがうまくとることができなかった。
そんなときシンジがかばってくれた。
アスカは横を向いた。
隣でシンジが俯せなりこちらに顔を向けて寝ている。
すこし枕が高すぎるせいか、首が妙に曲がっているように見える。
 …こんな姿勢で寝て首痛くならないのかしら。
しかしシンジは安らかな寝息をたたえていた。
シンジが隣りにいる。
そのことにアスカは安らぎを感じる。
 …あんたはあたしのそばにいてくれるのね。
アスカは起きようとした。
が、シンジ側の手の感覚がなく動かせず、上体を起こすことができない。
アスカは自分にかかっている毛布を払う。
シンジ側の手はシンジの手と握り合って、シンジの腕がアスカの腕に乗っていた。
アスカの腕が下敷きになり、血の巡りが悪くなって感覚がないようだ。
 …もう、シンジったらぁ。
アスカは反対の手でシンジの手を離し払いのけた。
下敷きになっていた腕にが血が巡りはじめ熱くなりビリビリと痺れだす。
「あ、いたっ、あっつぅぅっ。」
アスカは手の感覚が戻るのを待ち、そしてゆっくりと身体をおこした。
窓からはやわらかい明かりが入り込んでいる。
時計を見る。
 …まだはやいけど、もう日が昇る時間ね。
アスカは辺りを見回した。
布団の周りには脱ぎ捨てた衣類やタオルが散乱している。
布団のシーツも乱れ、あちこち捲れたり皺がよっている。
昨夜のことがアスカの脳裏に浮かび上がる。
 …あたし、シンジとしちゃったんだ。
昨夜が初めてではない、しかし身体を重ねる気持ちよさを昨夜初めて知った。
そしてそれに溺れてしまった。
アスカは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
シンジの方を見る。
毛布を払いのけたとき、シンジの方も捲れシンジの半身が見える。
下着もつけていない全裸であった。
シンジの裸身、それを見たとき、アスカはこんどは耳たぶまで熱くなっていくのがわかった。
アスカはシンジの身体を毛布で隠し、視線をシンジからはずした。
自分の身体を見る。
もちろん全裸である。
そのとき自分の腰の下にタオルが敷かれているのに気づいた。
そのタオルは大きい染みができていた。
そして、股間の周りにも糊のような残滓がこびり付き、肌を突っ張らせていた。
身体中もなにか汗のようなべたつく汚れを感じる。
シンジとした行為の証しが自分の身体に残されている。
そう思うとまた顔が熱くなってくる。
恥ずかしさで思考が混乱していく。
その感情をなんとか抑えようとアスカは別のことを考えようとする。
 …お風呂、はいろ。

アスカはのろのろと立ち上がり、シンジの部屋に置いてある自分のバッグから着替えとタオルを持ちバスルームに向かう。
脱衣場に着替えとタオルを置き、そして、なにげに鏡に写った自分の身体を見てアスカは驚いた。
首筋から胸、腹のいたるところに赤い染みのようなものがある。
強くキスされたところが鬱血したようだ。その跡は下腹部の陰毛のすぐ上にもあった。
しかも左の乳房にはくっきりと歯形がついていた。
 …シンジが身体中にキスしたんだ。
 …こんなとこにもついてる。
 …おっぱい噛まれたんだ。
 …恥ずかしい、、、。
乳房を噛まれたときのことを思い出すことができなかった。
アスカは自分の腕を抱いた。
アスカは後ろからされてそのあとはよく覚えていない。
しかし、なにか強い痛みを感じたような憶えはある。
そのときに噛まれたのか。
 …あたし、シンジにされちゃったんだ、、、。
また思い出すと恥ずかしさで思考がそこでぐるぐると廻りだし、ますます顔に血流が集中していくのがわかる。顔だけではなく身体中も熱くなってきた。
アスカはよろよろとバスルームに入り、バスタブの蛇口を開け、バスタブにお湯を張る。
お湯が勢いよく蛇口から噴き出しバスタブに溜まっていく。
アスカはただそれをボーッと見ていた。
頭に思い浮かぶのは昨夜のこと、シンジに抱かれ求め合った。
まだ身体の中にシンジの温もりが残っているように思える。
そう思うと身体が火照っていくような感覚をアスカは感じた。
 …ああん、もうだめだめ!
アスカはその思考から逃げるようにバスタブから離れ、熱いシャワーを頭から浴びた。
 …いつまでボケてんのアスカ!
頭から全身に熱い飛沫が降り注ぐ。
そして乳房についた歯形にお湯があたると、滲むようなチクチクとした痛みを感じた。
たいした痛みではないが、アスカはことさら大声を上げ気持ちを奮い立たせる。
「痛っ!もうシンジったら、変なことしないって約束したのに、噛みつくなんてホントにヘンタイだわ!」
身体中の汚れをおとしていく。
いつもなら丁寧に洗う髪も指を立てて乱暴に洗い流す。
「あいつ、あたしがわけわかんなくなってるあいだヘンなことしたんだわ!きっとそうよ!」
アスカは怒りにまかせて声をあげシンジをなじった。
怒っていなければ別な感情に流されそうになるのをアスカは怖れた。
「ホントにエッチでスケベでヘンタイなんだから!」
「バカシンジの奴ぅ!」
ひととおり身体を流し、バスタブにお湯も溜まったのでアスカは湯に浸かった。
噛みつかれた乳房がまた少し痛んだ。
「もう、シンジのバカァ!」
アスカはなおも怒りを奮い起こそうと声を荒げ大声をだす。
「ホント男ってヤーね、ホントにケモノよぉ。」
「はじめちゃうと、もう自分のことしか考えないんだから!あたしがわかんないと思っていろんなことしたんだわ!ヘンタイシンジーッ!」
「こんなにキスマークつけて、、、あ!腕にも!ああ!脚にも!!」
「こんなとこつけたらどこにも出られなくなっちゃうじゃない!」
「あいつ、なに考えてんのよぉ!」
「バカシンジー!もうしてやんないんだから!」
ひととおり、シンジの悪口をいいおえると静寂が訪れる。
いままでのシャワーや蛇口から噴き出すお湯の音も無くなり、シンとした空気が広がる。
聞こえるのはときおりする、水のしずくが落ちる小さな音だけ。
そして体もお湯の心地よい暖かさに包まれ、荒ぶる心も解きほぐされていくように思えた。
「シンジのバカァ、、、。」
怒りを持続させることができない。それはほんとうに怒ってはいないから、、。
あたりを見回す。
黒ずみひとつないきれいに手入れされたバスルーム。
シンジの母ユイは仕事で家事まで手が廻らないだろうから、シンジが洗っているのだろう。
 …もう、こういうところはマメなんだから、、、。
 …そういえば小さいときシンジと一緒に入ったっけ。
 …さすがにもう一緒にバスタブには入れないわよねぇ。
 …あ、シンジは『湯船』って言ってたっけ。
ふたりで湯船に入り、一緒に数を数えた。
幼いときの楽しい思い出。
幼いときから隣りにいたシンジ。
いつのまにかシンジがいるのがあたりまえのように思っていた。
空気のような存在。
幼なじみ。
そのシンジを男として見るようになったのはいつからだろうか。
シンジとの関係を如実に意識するようになったのは綾波レイが来てからだ。
 …転校生のせいだ。あいつが来たから、、、。
アスカは自分のようにシンジと親しくする綾波レイが許せなかった。
綾波がシンジに声をかける、いや近づくだけでアスカの心は穏やかでなくなる。
 …ほかの女がシンジと親しくするのはイヤ、、、。
理由なき憎念が沸き上がる。
いや、理由はわかっていた。ただ認めたくなかっただけ。
アスカはふと、その感情を口にした。
「・・・あたし、嫉妬していたんだ、、、。」
 …転校生にシンジを取られたくないからシンジと寝たのかな。
 …そうかもしんない、、、。
 …そうだとしたら、、、あたし、いやらしい女だ、、、。
 …でも、わかったの。シンジがそばにいると安心する。
 …シンジに同じ処にいてほしい。
 …シンジを感じていたい。
 …転校生が来て、あたし気づいたんだ。
 …あたし、シンジが好きなんだって、、、。
昨夜から何度この気持ちを確かめただろうか。
自分自身気づかなかった、いや、ほんとうはわかっていた。
ただ気付かないようにしていただけ。
 …転校生が来て、、、。
「転校生、、、綾波レイかぁ、、、。」
アスカは呟いた。
 …あいつ、なんでウチの学校に来たんだろ。
 …シンジのいとこなのに、シンジも知らなかったっていうし、
 …ユイおばさまも来るの知らされてなかったみたいだし、、、。
 …親と離れてあいつだけこの町に来たってのもなんかヘン。
 …なんでだろ。
 …でも、ほんとにあいつ、ユイおばさまにそっくりよねぇ。
 …実はユイおばさまの隠し子だったりして、、、。
 …バカね、そんなことないか。
 …シンジも、あいつのことになると一生懸命だし、、、。
 …ああもう、腹が立ってきた。
「バカシンジ、あたしのことが好きならほかの女にチヤホヤするな!」
 …きっとあれシンジのヤツ、ユイおばさまに『レイちゃんの面倒を見るのよ』なんて言われているんだわ。
 …でなけりゃあ、あのシンジがあんな甲斐性みせないわ。
 …もう、ユイおばさまもよけいなことするんだから。
 …ほんとにシンジってマザコンよね。
シンジのことを想う。
いつも、どこか頼りない印象のシンジ。
自分から主張や意見を言うことは好まず、その場の雰囲気に流されているように見える。
ときどきその態度に苛立ちを感じるときもあった。
「まあ、しょうがないわね、あれがシンジなんだもん、、、。」
 …シンジは弱すぎる。
 …シンジはやさしすぎる。
 …でも、、、それがシンジなんだもん、、、。
 …なんで、あんなへなちょこなやつ好きになっちゃったんだろ。
 …きっと、いつもそばにいたからだ。
 …あたしを見ていてくれていた。
いつも一緒にいてくれるシンジ。
自分のことを好きと言ってくれる。
そのシンジが抱きしめてくれた。
自分のことを愛してくれた。
互いに求め合った。
互いに感じあった。
シンジと、男と裸で抱き合う悦び。
初めて知った女の性の快楽。
お腹の奥から沸き上がる熱く堪らない疼き。
それをシンジが満たしてくれる。
シンジと激しく絡み合い、貫かれ、注ぎ込まれれ、行為に耽り、そのために自ら痴態を曝し、シンジを煽動した。
自分の欲望を満たすためにシンジを誘惑したのだ。
 …あたし、すごいことしちゃった、、、。
シンジに、男に抱かれる心地よさ。
 …シンジ、男なんだ、、、。
華奢そうに見えてもその体つきは自分と全然違っていた。
堅い手足、引き締まった筋肉。
苦しいくらいに抱きしめられる力。
昨夜のシンジはまさに“雄”だった。
そしてそのシンジに激しく求められ、抗えずされるがままに応じた。
 …ううん、逆らえなかったんじゃない、逆らわなかったんだ、、、。
途中から、どうなったか思い出せない。
ところどころ記憶が繋がらないところがある。
何度も絶頂を迎えたような憶えはあるが、実際どうしたかわからない。
 …気持ちよすぎてわけわからなくなるなんて、、、。
 …あたし、すごいスケベなのかもしれない。
アスカは自己嫌悪した。
 …どれぐらいしちゃったんだろ。
自分の股間にこびりついていた夥しい残滓、あれはシンジと自分のモノであろう。
シンジに何度もされたような憶えがある。
朧気に思い出すのはシンジに激しく責められ喘ぎ狂ったこと。
堪らない快感。
そして気をやってしまう、あの瞬間。
 …この前まで痛いだけだったのに、、、。
 …あんなに気持ちいいなんて、、、。
 …あたし、すごいいっぱいされたんだ、、、。
アスカは下腹部に手をあてた。
 …安全日のはずだけど、、、。
 …赤ちゃんできちゃったかも、、、。
また顔が熱くなる。こんどは身体の芯まで熱くなっていくように思える。
そして、お腹の奥も疼きを感じる。
止められないこの感情。
淫らな想いが沸き上がる。
心が火照りだす。
女の悦びを知ってしまった。
その誘惑に引き込まれ溺れそうになる。
いままでなかった感情に惑わされる。
シンジと抱き合いたい。
そして悦びをあたえて欲しい。
自分の中の“女”が理性を引き剥がそうとする。
「ああん!もうダメ!!」
アスカはその淫靡な情念に抗うようにバスタブから勢いよく出て、シャワーのコックを捻り、こんどは冷たい水を全身に浴びる。
 …鎮まれ、アスカ!
 …もう夜はお終い!
 …もうもどるの。
 …普通にもどるの。
 …シンジとはまたいつか抱き合える。
 …だからそれまで普通でいるの!

(つづく)