エヴァ
■ 『マグマダイバー』その後 ■
〜 温泉宿にお泊まり 〜
act.02
―― 宴〜アスカの決意 ――
作・えむえすびーむ


「なんかいつもよりひどくない?」
アスカは腕組みをして自分の足下に横たわる物体を見て嘆いた。
その物体は酒臭い臭気を放ち、だらしなく四肢を広げ、ときおりうめき声をあげボリボリと自分の胸元を掻いていた。
「そ、そうかな、、、。」
シンジはその物体を庇う言葉を見つけられず曖昧な返事をする。
「まったく、これで保護者ヅラされたんぢゃあたまんないわよ。」
「ははは、、、はぁ、、、。」
その物体、葛城ミサトは畳の上で大の字に仰向けになり酔いつぶれて寝てしまっていた。
普段であれば、酔っぱらうと勝手に自室に戻り布団に潜るのだが、今日ばかりはそうはいかない。ここにはミサトの部屋はなく、寝るための布団もまだ敷かれてはいない。
ミサトの醜態はふたりとも見慣れてはいたが、改めてそのだらしなさに溜息を漏らす。
浴衣姿というのに褄先は捲れ太股を露わにし、襟元もはだけ、今にも乳房が見えんばかりである。
そのミサトに日頃『女は慎ましくおしとやかにしなきゃダメよ。』と云われていたアスカは、この理不尽さに憤りを感じていた。
しかし、その隣にいるシンジはちょっと違ったようである。
ミサトのその乱れた姿は思春期を迎えた年頃の男の子には少しばかり刺激的すぎた。
シンジは目のやり場に困り、顔を赤くして俯くことしかできずにいる。
だが、男の悲しい性、シンジの視線はチラチラとミサトの胸元に向けられる。
そんなシンジを見てアスカの憤りは増すばかりである。
 …まったく、男ってエッチでスケベなんだから!
その怒りの矛先はシンジに向けられた。
「シンジ!ボケーッと突っ立ってないであんたはテーブルの上片づけて、その食器を下げてきて!!」
「え?う、うん、わかった。」
シンジは突然指図され驚いたが、アスカの語気に気押され云われたとおり食器の片づけにかかりはじめる。そんなシンジを見てアスカは次に足下のミサトを睨んだ。
「次はこの酔っぱらいね。」
アスカはふたりの間に入りシンジからミサトが見えない様にする。
自分が気になる男の子が他の女に色で惑わされているところなんか見たくない。
シンジのスケベ心も許せないが、ミサトのだらしなさはもっと許せない。
「ほらあ!ミサト、起きなさいよお!」
ミサトの耳元で大声をあげる。
その声にミサトのまぶたが重々しく開けられていく。どうやらミサトの脳神経を覚醒することに成功したようだ。
「ん〜っ、ああ、アスカァ。」
しかしその声は呂律が回っておらず、開けられた瞳もどこか虚ろであった。
「もう!そんなに酔っぱらってどうすんのよ!起きなさいよ!」
アスカは文句を云うがヌカにクギ。
「シンちゃんはぁ?」
酔っているミサトはアスカの怒声も関知せず、視界にいないシンジの所在を聞いてくる。
アスカはまたひとつ溜息をつき、泥酔したミサトに何を云っても無駄であることを悟る。
 …こんな悪酔いする女ははやく寝かした方がいいわ。
「今片づけしてるわよ。ほら、布団敷くんだから邪魔だからどいてよ!ほんと、だらしがないんだからぁ。」
「ん〜!わたしを抜け者にしてシンちゃんと何する気よぉ。」
アスカの顔がボッと赤くなった。
「な!なに云ってんのよお!」
「キスより先はわたしの許可が必要なんですからねぇ。」
酔った人間にかなうものはない。まさにセクハラオバサンと化したミサトにアスカは耳まで赤くしながら怒鳴りちらした。
「バ、バカなこと云ってんじゃないわよ!!」
「ははは、ミサトさんかなり酔ってるね。」
「シンジ!なに見てんのよ!とっとと片づけて!」
「ご、ゴメン。」
シンジは慌てて食器の乗ったお盆を持ち立ち上がった。
ミサトの視界にシンジが現れ、するとミサトが、
「あ〜っ、シンちゃん、わたしのビールどこ持って行く気〜っ。」
と、立ち上がったシンジの足首を掴んだ。
「あ!うわああ!」

ドンガラガッシャーン!

タイミング悪く(良く?)足を押さえられ、シンジはバランスを失いお盆を持ったまま尻餅を突くように仰向けに倒れてしまった。
「シンジ!」
「イテテテッ。」
「シンジ!大丈夫?!」
「う、うん、なんとか、、、。」
シンジの周りには皿や食器類が散らばりシンジもお盆の上の食べ残しや飲み物を被ってしまった。
「ありゃあ〜、大丈夫?」
元凶の酔ったミサトはシンジにまるで他人事のようにのたまわる。
アスカの怒りはついに臨海に達し、あらん限りの声を部屋中に響かせた。

「こぉのお!酔っぱらい!!!」





「どうもすみませんでした。」
「はいはい、まあ、あまり気になさらないで。怪我をされなくてよかったですね。温泉のほうも夜中まで開けておりますんで、どうぞお入りになってごゆっくりお休みください。」
「はい、ありがとうございます。」
アスカは旅館の主人に深々と頭を下げた。
旅館の主人がニッコリと笑みを浮かべながら部屋を出て行き、部屋にはアスカと部屋の隅で爆睡しているミサトが残った。

アスカは、シンジが倒れ割れた皿やグラスや散らかしてしまった残り物を片づけるとき、旅館の主人を呼び事情の説明し手伝ってもらい、残り物を被ってしまったシンジに怪我がないことを確認すると、汚れた浴衣を着替えるよう自分の部屋に戻した。
そして片づけも終え、旅館の主人にもさがってもらったのである。
 …誰のせいでこんな苦労してんのよ!
アスカは憎々しくミサトを睨んだが、当のミサトはそれは安らかに寝息をたてていた。
このまま思いっきり蹴飛ばしてやろうかとも考えたが、大きい溜息をひとつついて布団を敷き、ミサトを寝かしつけることにした。
「ほら、ミサト、こっちの布団で寝てよ!」
酔った大人を自分ひとりで布団に移動させることは大変だが、肌も露わにしているミサトをシンジには見せたくなかった。
別にミサトの貞操を守るためとかというわけではなく、ただ、シンジがミサトの肌に鼻の下をのばしているところなんかみたくなかったからである。
 …まったく、男って、どの女でもいいのね!
先程のシンジの赤ら顔を思い浮かべると沸々を憤りのような感情がわいてくる。
 …ホント!男ってエッチでスケベなんだから!!
ときどきおこる感情。
シンジの傍に女がいるとき、シンジの視線の先に女があるとき、胸の奥が苦しくなりどす黒い情念がわきあがる。シンジが許せなくなる。その女が憎くなる。
シンジを想うときの暖かい感情とは明らかに違う熱い醜い感情。
 …シンジに他の女が近づくのはイヤ。
 …シンジが他の女を見るのがイヤ。
 …シンジがあたし以外の女を思うのはもっとイヤ!
ふとアスカはその感情がなにか気づいた。
 …あたし、嫉妬しているんだ。
なぜ嫉妬する?
そんなのはわかっている。
シンジはアスカにとって、もうそういう存在になっていた。
「あぁあ!」
アスカはまた溜息をつく。
 …なんであんな奴、気になっちゃうのかしら。
シンジにあまり男らしさは感じられない。
でも、シンジが傍にいると安心する。
同い年の男に対してこんな感情を持ったことはいままでなかった。
そして最近ではシンジのことを想うようになってきた。

   『…願わくば、シンジも私に想いを寄せていてほしい。…』

 …シンジの気持ちが知りたい、、、。

「ン、ガー。」
ミサトにイビキにアスカはハッと我に返る。
「シンちゃぁん〜、、ダ〜メよぉ〜、、アスカとぉ〜は〜、、、」
ミサトの寝言にアスカはまた顔を赤くする。
「もう!寝てても、あたしをからかうつもり?」
アスカはまたまた深い溜息をつく。
 …そういえば、シンジどうしたかしら?
汚れた浴衣を着替えるよう部屋に戻してから音沙汰無い。
アスカはシンジの様子を見に、シンジが泊まる部屋に向かった。


ドアをノックする。
「シンジ、入るわよ。」
ドアノブを廻しドアを開け、もう一度名を呼ぶ。
「シンジ。」
しかし、気配は感じられなかった。
部屋に入るがやはりシンジはいなかった。
部屋の片隅にはシンジのスポーツバックが置いてあり、その横に先程まで着ていた汚れた浴衣がきれいに畳んで置いてある。
 …何処行ったのかしら?
部屋の隅に置いてあるタオル掛けにタオルがなかった。
 …ああ、お風呂ね。
顔や頭にも汚れ物をかぶったので洗いにいったのだろう。
ふと、アスカの脳裏にミサトの言葉が浮かんだ。

『でもチャンスじゃない。』

そう、確かにチャンスである。
この旅館の泊まり客は我々だけのはず。
ミサトは泥酔して寝てしまっているからシンジとふたりきりになれる。
これをチャンスと呼ばずなんと呼ぶ。
シンジの気持ちを確かめるにも、自分の気持ちを伝えるのも、、、。
降って湧いたこの状況にアスカは決意する。

アスカはまた自分たちの部屋に戻り、自分のバックから赤いタオルを持ち出した。
パタパタと草履を鳴らしながらアスカは浴場に向かった。
ここの浴場は男湯と女湯が隣同士になっていて、それぞれに露天風呂がある。
『ゆ』と書いた暖簾のある浴場の前まで来て、『男湯』の札が掛かっている入り口を覗いた。
脱衣所には誰もいない。
あらためて入り口の廊下の方を見渡し誰も見ていないことを確認してアスカは『男湯』の暖簾をくぐった。
風呂場の方に人の気配がする。
脱衣所の棚には浴衣とパンツが畳んで置いてある。シンジのものだろう。
アスカは手早く浴衣を脱ぎ、持ってきた赤いバスタオルを身体に巻いた。
そして自分に言い聞かせるように、ひとり呟いた。

「アスカ、いくわよ。」


< つづく >