目の前で、ルート20の鋼鉄の扉が閉まりゆくのを――――ミサトは、微笑みながら見送った。
少年の顔が、
見えなくなった。
……とても、
寂しくて、
切なくて、
微笑んだ…。
Past Stage-01「World is lost.-1 すれちがい」
やがて、下降音が遠ざかっていく。
愕然とした顔をしていた少年…。
愛すべき少年。
そう、確かに。
最後の瞬間、彼女は彼を愛していた。
たとえそれが、刹那の愛であっても…。
彼女がいつも、肌身離さず身につけていた、銀十字のペンダントも…今はない。
彼に託した。
全ては彼に――――。
耳鳴りを感じる。
ミサトは、自分の掌を見下ろして……そこに、血塗られて、震える指を見出した。
トン…
ひんやりとした無機質な壁の感触が、急速に低下してゆく体温には、なぜか熱く感じられた。
「R20」の刻印が、次第に紅く染め上げられていく。
【シンジ君…】
【シンジ君…なんのために、ここまで来たの?】
【駄目よ逃げちゃ。お父さんから…何よりも、自分から】
【乗りなさい】
【我慢なさい、男の子でしょ】
【発進!】
【これが、使徒迎撃要塞都市、第3新東京市。私たちの街、そして、あなたが守った街…】
【(あの使徒を倒したというのに…嬉しくないのね)】
【ひとつ言い忘れてたけど…あなたは人に褒められる、立派なことをしたのよ。胸を張っていいわ】
【おやすみ、シンジ君…がんばってね】
【そんないいかげんな気持ちで乗ってたら、あっという間にあの世行きよ】
【なに寝ぼけたこと言ってんのよォ!あんたはそれでもいいかもしんないけどね、そんなに簡単に死んでもらっちゃ困るのよ!!】
【あなたは大切なパイロットなのよ。もう自分ひとりの体じゃないんだからね】
【エヴァ初号機、発進!】
【バカ!弾着の煙で、敵が見えない!】
【あ〜〜〜も〜〜〜、なにモタモタしてんのよ!】
【どうして私の命令を無視したの?】
【”すみません”で済む問題じゃないわ】
【私はあなたの作戦責任者なのよ。あなたは私の命令に従う義務があるのっ!】
【わかる?!】
【あなたみたいに中途半端な気持ちで乗られるのは、こっちも迷惑なのよ】
………。
ミサトは、もう一度、自分の血塗られた手を見た。
そして……わずかに顔を歪めた。
「ゴメン、ね…………シンジ君」
ズ……ズズ……ッ……ドッ。
ミサトの視界の中で、天地が逆転していた。
もう、耳鳴りさえも聞こえない――――。
「結局……最後まで、あなたに……」
別れしなの、泣きそうな少年の顔が、瞼に浮かんだ。
それでも、少年は立ち上がってくれた。
自分たち大人の論理に振り回されながら、
精神と身体をすり減らせながら。
「ごめんなさい……」
自分の声が、次第に遠ざかっていく。
四肢の感覚とともに……。
死は恐くない。
そんな風に思っていたのは間違いだ。
恐い。
恐くて、
寂しい。
ひとりぼっちは、寂しい。
消えたくない……。
「ペンペン……」
あの子にすら、すがっている自分を思う。
「加持君……あたし……これで良かったの、かな」
答えてくれるはずのない男に向かって、ミサトは呼びかける。
最期まで、思いを伝えられなかった。
爆音が、遠く轟く。
「……シンジ君……死なない……で」
彼女の意識が消え去る瞬間に、そこには、蒼い髪の少女が立っていた。
立っているというのは、正確ではない。
透き通る身体を幻影のように揺らめかせながら、紅い瞳の少女はそこにいた。
レ………イ……?
そう………生きていたの……
よかった……
ドグオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンンンン!!!!!
そこで、ミサトの意識は四散した。
彼女の身体とともに。
………加持君………もう一度だけ……あいたかった
(つづく)
■注:このエピソードは、本編とは違ったサーキットの上を流れています。この続きは、Past Stage-02へ続きます。
ご意見・ご感想はこちらまで
(updete 2001/02/08)