★googleなどの検索で本ページにアクセスすると、目次が表示されないことがあります。
 その場合は、お手数でも 朔風社Topページを開いてから本ページへアクセスしてください。


1.イントロダクション


 テンカラ。この響きのいい呼び名は、日本の山村に古くから伝わる毛バリ釣りの異名、すなわ
ち正式名称ではないけれど広く通用している名前です。

 谷川でイワナ・ヤマメ・アマゴ(以下、「魚」と略称)をより多くより確実に釣るため、職漁者や杣
(そま)人らが編みだしたこの釣法は、山村の過疎化・消滅という社会現象を背景に、昭和40年
代以降、渓流釣りを趣味とする平地の人々に受け継がれ、道具・技術面での改良・普及が図ら
れてきました。その結果、いまでは全国にたくさんの愛好者が生まれ、テンカラは釣りの世界に
確固たる地位を占めるにいたりました。

    

 さて、テンカラ専一の渓流釣り師は、自分たちのことを「テンカラ師」と称します。世間的には、
これはヘンな名前です。なぜなら、テンカラなる言葉のもともとの意味や由来は、確かな文献・
資料が見つからないため謎に包まれたまま。誰ひとり知らないのです。

 さらにヘンなのは、「テンカラ釣り師」の「釣り」を省いて「テンカラ師」と名乗っていること。「師」
などと公言すると、世人には「なにを偉そうに……」と皮肉られるのが落ちですが、ご当人は世
間におもねる気など毛頭ないのですから致し方ありません。

 さあ、ここで「師」という称号のよってきたるところを押さえておきましょう。そのこととテンカラの
技法を覚えることに何の関係があるのかと思われるかもしれませんが、じつは大いに関係があ
るのです。上達のコツを会得するための鍵が、そこに隠れているのです。

 では、鍵とはなにか。直観力、読み、反射神経、視力、集中力、体力――など、もろもろの特
質が絡み合った、それは「技(わざ)」と呼ばれる意識・動作のことです。テンカラはまさしく技の
釣りであって、高価な道具を買い揃えたり該博な知識を詰め込んだりすればどうにか釣れる釣
りではありません。

 思い起こしてください。かつての日本の武術や工芸は、おしなべて技に支えられてきました。
技こそ命と肝に銘じていた人々は、なによりも技を磨くことに日々精進したのです。

 
 技を身につけるには、まず、その基礎となる「型(かた)」を学ばなければなりません。型は書
物だけで修得できるものではなく、師弟関係を通じて伝授されるものです。師匠が示してくれた
型を自分の目で見、自分の体で覚え、それを再現することができるように意識と動作を鍛えな
ければなりません。

 テンカラの技もまた同様です。古くは職漁者からその縁者へ、杣人の父から子へと、実地指
導により授けられてきました。そして今日でも――師匠と弟子のあいだには、もはや上下関係
などありませんが――人から人へという伝承の仕方は基本的に変わっていません。

               
                むかしの素朴な毛バリ(年代不明)。左は山梨、
                静岡、神奈川各県の山地で、右は関東地方全
                域の山々で人から人へ伝授されてきたもの。

 「そんなの、わずらわしい」ですって? そういう面がいくらかあることは否めません。でも、親
から子へ、前の世代から後の世代へ、自分から見知らぬ人へ、見知らぬ人から自分へ、なにか
大切なものが伝わっていくって、素晴らしいことではありませんか。

 いま「テンカラ師」を自認する人々は、その大多数がなんらかの形で師弟関係をもった経験
があるはずです。かつては誰かに教えられ、いまは誰かに教えているかもしれません。そして
わが師匠の師匠、そのまた師匠へとたどっていくと、後で紹介する巨匠たちに繋がる可能性
さえあります。かくして「テンカラ師」という呼称は、脈々たる伝承のなかで自ずと生まれてきた
と思われます。

 朔風社編集部は、これからテンカラを始めようとしている方々に、草の根を分けてもよい師匠
を探しだし、その人に教えを請うようお勧めします。先達がたどってきた道を同じようにたどるこ
とが、基礎づくりにはもっとも有効だと信じるからです。
  
 師匠はまず、テンカラとはどんな釣りかを簡単に説明したうえで、毛バリやライン・リーダーの
作り方を実演してくれるでしょう。それから1日か2日、渓へ案内して、テンカラの釣技をあなたの
目の前で見せてくれます。まさに百聞は一見にしかずです。

 

 次はあなたが竿を振る番。その前に師匠は、どの流れの筋に毛バリを打ち込んだらよいか教
えてくれます。下の写真のように、岩に囲まれて、流れが深く緩やかになる絶好のポイントです。

 何投目かにそこへうまく毛バリが着水した直後、水中でキラッと魚影が光るかもしれません。そ
の魚を毛バリで掛けるのは、たぶん無理でしょう。そこで魚がでると予想していないので、合わせ
が利かないのです。眺めていた師匠は、その原因と対策についてあれこれと丁寧にアドバイスし
てくれるはずです。もうそれだけで、テンカラの第1歩は確かなものになります。


        流れを読む。ポイントを見定める。少し上手に毛バリを打ち込み、流す。
        魚がいれば2、3秒以内に水面にとびだす。毛バリの周辺でキラリ光る
        もの、または魚体そのものが見えたらすかさず竿をはね上げ、合わせ
        なさい――師匠はこんなふうにアドバイスしてくれるはずです。

 「けれど自分の周囲にテンカラ師なんていない」「よい師匠を探せといわれても、そんなコネは
ないし…」と落胆しているあなた、そうです、貴兄のためにこの入門篇をお届けしています。
 
 「友人知人やその知り合いにもテンカラ師はいない」という人のほうがはるかに多い。それが
現実であるなら、やむをえません、次善の策として、ふつつかながら当編集部が「師匠役」をお
引き受けします。よろしければ「弟子入り」してみてください。むろん、本物の師匠のように手取
り足取りとはいきません。でも、よい師匠なら必ずそうするように、肝心なところにマトをしぼり、
目に見えるように、くわしく、分かりやすくお伝えします。

 餌釣りになじんできた方はとくに、入門後しばらく、これといった釣果が得られず、悩ましい日
日をおくることになります。ほとんどすべてのテンカラ師が経験してきた、それは「通過儀礼」に
ほかなりません。やがてこの釣技を自由自在に扱えるようになったとき、いつのまにか雲が晴
れて、テンカラという言葉の響きを心地よく感じるはずです。


2.これがテンカラだ 

「その一瞬のために」 まず、2枚の写真を見てください。左はテンカラ、右は餌釣りをし
ている人の立ち姿です。それぞれ、竿を伸ばして魚を釣り上げようとしていることに変わりはあり
ませんが、姿勢つまり身構えがずいぶん違います。

 
 テンカラのばあいは通常、振り込まれた毛バリが水面に着水した直後、ないし数秒以内に、
それを餌とみて魚が跳びついてくる可能性があります。魚は毛バリに異状を感じてすぐに吐き
出してしまいますから、すかさず合わせないと魚をハリ掛かりさせることはできません。それゆ
え、釣り人はやや前かがみになって即応体勢をとっているのです。

 テンカラにはいろいろな
 技法がある。毛バリを水
 面に浮かしたり、沈めた
 り、動かして誘ったり。
 そして早合わせ、遅合わ
 せ、誘い合わせ、など。

 だが、もっともエキサイテ
 ィングな技法は、毛バリ
 を狙ったポイントの上手
 へ打ち込み、跳びだした
 魚の影や閃きをとらえて
 すばやく掛ける早技だ。
 

 
 毛バリに食らいつき、早
 合わせで掛けられたア
 マゴ。


 テンカラの場合、毛バリ
 はおおむね、魚の上あ
 ごに掛かる。

 餌釣りのばあいと身構えが違う理由は、もう一つあります。いわゆるポイントが餌釣りよりもは
るかに多いうえに、それらを次々と攻めて次の瀬へ、次の淵へと速いテンポ(餌釣りの倍以上
の速さ)で遡行するのがテンカラの常態ですから、(アタリを待って)岸辺にじっと立ちつくしてい
る暇はありません。

 テンカラ師のなかには、ほとんど前かがみにならず、「待ち」に近い姿勢で水辺に突っ立ってい
るかのように映る人もいます。これは、魚が「いつ・どこから出てくるか」についての読みができて
いて、しかも自分なりの釣り方・合わせ方を身につけている熟達者のなせる業です。初心者がそ
の真似をするとまるで合わせがきかず、地団駄を踏みっぱなしになります。

 ともあれ、テンカラに特有の身構えは、毛バリで魚を掛けるという釣法に応じて自然につくられ
ていくものです。魚が出るか、出ないか。出るとしたらその反応は水面のきらめきか乱れか、魚
体そのものか――合わせをくれるその一瞬にテンカラ師の意識は集中し、傍(はた)から見ると
ひどく張りつめた雰囲気を感じさせます。


「リズムに乗って」 「ポイントが餌釣りよりもはるかに多い」のに、テンカラ師は「餌釣りの
倍以上の速さで遡行していく」と前に述べました。「ほんとうだろうか。どうしたらそんな芸当がで
きるのか」と疑問をもった方がいるはずです。さらに、餌釣り師のなかにはテンカラ師顔負けの
スピードで釣り上る方もいないわけではないので、一概に「倍以上の速さ」なんて言えないと指摘
する声も聞こえてきそうです。

 たしかに個人差があります、餌釣り師だけでなくテンカラ師にも。ですから、双方の遡行速度
を厳密に比較調査することはできません。しかし双方の遡行スタイル、単位時間あたりの遡行
距離などを勘案すると、平均的には、「倍以上」という形容がけっして誇大な表現でないことは明
らかです。

 テンカラ師と一緒に釣ったことがある人(餌釣り師)は、次のような場面を鮮明に記憶している
はずです。――二人で渓へ降りて、さあ仕度をしようとザックから竿や仕掛けをを取りだしてい
ると、テンカラ師はもう淵尻を狙って竿を振っています。はじめは互いに先を譲りあい、しばらく
釣り上っていきます。が、餌のついたハリが流木に引っかかってハリスが切れてしまい、仕掛け
を作り直しているとテンカラ師がさっと前にでます。ようやく新しい仕掛けができて、ふと上流に
目を向けると、先行したテンカラ師の姿が小さく見えるではありませんか。わずか数分のあいだ
に数十メートル以上も引き離されてしまったのです。


  そのテンカラ師が餌釣り師のミスに乗じて先行した
 のは事実ですが、ここで一気に引き離そうとしたわけ
 ではありません。双方の距離があいた最大の原因は
 ひとえに、先行したテンカラ師が同行者に気兼ねする
 ことなく、ほんらいのリズムで軽快に釣り上ったことに
 あります。

  テンカラ師の遡行のリズムとはどんなものなのか、
 それについてもう少し詳しく説明します。

  竿をはね上げてラインを後方に伸ばしたら、すかさ
 ず竿を前方に振り、ラインを目標方向へ伸ばして、先
 端に付いている毛バリを目標点へ着水させる――こ
 の素早い動作を振り込みまたはキャスティングとい
 います。

  また、振り込みの後半、つまり後方に伸びたライン
 を前方へ振って毛バリを目標点に着水させることを
 ち込む
とか打つといいますが、テンカラ師は「打つ」
「(竿を)はね上げる」「打つ」という一連の動作をよどみなく繰り返していきます。

 そして、打ち込んだ毛バリを流す距離はかなり短く、場所によってはピン・ポイント(連打)、ふつ
うは数十センチから1メートル、長くとも2メートルぐらい(個人差があります)。狙いをつけたそれら
のポイントへ続けざまに2、3度毛バリを打ち込み、そうしながらも次のポイント、次の瀬・淵を視
野に入れて移動していきます。

 一連の動きが止まるのは魚を釣り上げたときか、周囲の枝葉に毛バリを引っ掛けてしまったと
きぐらい。それ以外は足と腕をフルに使い、ほとんど無駄な動きをせず、流れるように川を上っていきます。

 このようなテンカラの基本動作について、当編集部の大師匠である桑原玄辰氏は、「リズミカ
ルに打つ、歩く。つまりリズムに乗って遡上するのがテンカラの真骨頂だ」と述べています。

 洋画家である桑原氏は、著書『テンカラの技術』(朔風社刊)のなかでそのありさまを臨場感溢
れるイラストで描いているのですが、ここでは写真(イメージ)を用いて解説します。


       アルファベットの記号は振り込むときの立ち位置(ただしA、Bは写真に
       映っていない、もう少し下手)。黄、緑などの線は、それぞれの色で示し
       た立ち位置から毛バリを流すコースを示す。白の点線は遡行ルート。
       
 テンカラ師は、たとえば位置Cにいるとき、すでに上手のD、Eの辺りまでをポジショニング(位置
どり)しています。そしてD(赤)に移ったら、すぐさま赤のコースに毛バリを打ち込みます。E、Fに
移ったときも同様です。上空が開けているなら、移動するさい竿・ラインを素振り(スウィング)して
いるので、新たな立ち位置に移るやいなや打ち込む態勢に入れるのです。


   
   桑原玄辰・著
  『テンカラの技術』
    朔風社・刊


 テンカラ師がみせる一連のリズミカルな動きは、落差のある比較的
幅の狭い渓流に合致した釣り道具と、それに見合った釣り方に支えら
れています。

 具体的にいえば、日本の大部分の渓流では竿の長さが3~3.6mぐら
い、ラインの長さは竿と同じぐらいかやや長め、リールは不要、毛バリ
はそれらしいものでよい、といった簡素な道具立てでテンポよく釣り上
るのがいちばん理にかなっている、ということです。

 テンカラだけではありません、山野で生き抜くために生みだされた
技(わざ)や術(すべ)は、その素朴さゆえに「遅れたもの」とか「スマー
トでない」とみられがちですが、しかし知る人ぞ知る! それらはことご
とく合理的な考えに貫かれています。

 自然条件に合った無駄のない・無理のないやり方にこそ学ぶべきこ
とは多いのです。


「シンプル・イズ・ベスト」
 
この句を思い切って意訳すると、「あってもなくてもいい
ものは、ないほうがいい」となります。「なくてもいい」ではなく「ないほうがいい」のです。あれもこ
れもと取り揃えることに執着するのでなく、ほんとうに必要なものだけを持ち、それを上手く使っ
て心地いい暮らしにつなげる――というライフ・スタイルを、この句はズバリいい表わしています。

 テンカラの大本になる考えもまた「シンプル」、つまり「簡素であること」の一語に尽きます。道
具にしても技法にしても単純で無駄がなく、実用本位にできています。

 細分化され複雑化した現代社会にあって、わたしたちはもはや、釣りという趣味においてすら
簡素であり続けるのは容易ではありませんが、逆にいうと、そのような社会に生きているからこ
そ、せめて釣りだけは単純明快で自分の手が届くものであってほしい。そう願う釣り人にとって
テンカラは、ややハードルは高いけれど、もっとも理想的な釣りの一つといえるでしょう。

 さて、抽象論はこれぐらいにして、より具体性のある話に移ります。毛バリに的をしぼります。

   
    
    テンカラの毛バリ。
    もっともオーソドッ
    クスなタイプ。
   
     

    
  左は標準的な形(基本
  型)、右は傘を逆さまに
  開いたような形の逆さ
  毛バリ。
 
 
 テンカラとその毛バリについては、この釣法がほとんど体系化されないまま今日に至っている
こともあって、さまざまな立場から、とくにフライフィッシング愛好者からいろいろなことがいわれて
きました。

 いわく、「テンカラは(水生昆虫の)“カゲロウの釣り”ってよくいわれるけど、テンカラの毛バリ
はカゲロウには全然似てない」「だいいち水生昆虫の分類がぜんぜんできていない」 「毛バリを
ちょこんと投げて沈めて釣るだけだから、テンカラなんて餌釣りみたいなものだ」 「テンカラの毛
バリは、餌になる水生昆虫を模写せずに、いい加減に作られたものばかり」 「あんな毛バリ、日
本では通用しても海外ではまるで使えない」等々。

 ベテランのテンカラ師は、そんな話を聞いたら笑ってこう応えるでしょう。「カゲロウの羽虫そっ
くりに毛バリを巻いてるわけじゃないんですよ。分類ができていない? する必要がないからしな
いんです。まぁ、個々の虫そっくりに毛バリを作らないといけないとか、いま羽化している虫に似
せた毛バリを使わないといけないなんて思うのは、いわば毛バリ依存症というビョーキですよ」

  「昔は毛バリをぐんと沈めて釣る人、地域が多かったようです。でも今は水面で釣るか、水面
下2、3cmのところで釣る人のほうがはるかに多い。でもね、毛バリが沈むのにまかせたって、
いいじゃないですか。餌釣りみたいに深く沈めたってかまいません。釣り方は十人十色、臨機応
変、それがテンカラの面白いところです」

  「テンカラの毛バリには頭も脚も尻尾もありません。その意味では、いい加減といわれても仕
方ないけど、細かいところを省略したほうが特徴が鮮明にあらわれるってことがあるでしょう。ま
ぁ、なにかの虫にしっかり似せた毛バリじゃないと魚をだませない、釣れないなんてテンカラ師は
だれも思ってません」

 そして当編集部は、「海外では通用しない」というお話にきちんとお答えします。落差のある岩
石の多い渓流では特に、テンカラの毛バリは海外でも威力を発揮します。落差のあまりない川
でも、底石の多いところや水面が波立っているところなら十分に通用します(そもそも、渓流の
タイプを日本と海外に二分するなんて間違ってます)。


    底石が多く大岩も散在するヨーロッパ・   NZ南島には様々なタイプの川がある。
    アルプス(イタリア側)の川。          ここは岩だらけの山岳渓流。

 一方、流れの幅が20mを超す大渓流ではたしかに使いにくいけれど、使いにくいのはテンカラ
の毛バリではなく竿とラインです。流芯から対岸までのポイントに毛バリがなかなか届かないから
です。また、小砂利や砂で埋まった(岩がほとんどない)川底を透明な水がすべるように流れる、
のっぺりした川では、テンカラの毛バリも竿もラインも――5m以上の長いラインを取り付けたとし
ても――相当に使いにくいといえます。

   
   岩が見当たらない緩やかで平板な流れ。 底石がないわけではないが非常に少ない
   アメリカ東部のバッテンキル川。
       アイルランド南部の広くて平らな川。 

 ともあれ、日本の大部分の渓流のように流れが速く変化に富んだ川では――季節や時間帯に
もよりますが――魚たちは餌をより好みしてはいられません。むしろ、すぐ近くに流れてきたり飛
んできたり浮上してきたりした餌のようなものなら、跳びついていったん口にくわえ、なにか異状
を感じさせるもの(異物)以外は飲み込むのが、かれらの日常的な捕食の仕方です。

 魚たちがこのようにして捕食する餌の代表格が、カゲロウ・トビケラ・カワゲラなどの水生昆虫
の幼虫や蛹(さなぎ)です。これらの虫は気温・水温が上がる時季、水中や水面や陸上で羽化し
て成虫となり、空を飛翔したり、卵を産むため水面へ降りてきたりします。魚たちはもちろん、こ
れらすべての成長段階にある昆虫を水中、水面下、水面で捕食します。


      羽化したカゲロウ         トビケラの成虫         カワゲラの成虫

 テンカラの毛バリは、これらのレベルのなかで主に水面直下および水面にいる羽化した水生
昆虫を模して作られている、と考えられていますが、両方を見比べてみれば一目瞭然、本物と
は似ても似つかぬものです。しかも、テンカラの毛バリは虫の頭、尻尾、触角などを表現してい
ません。表現しているとみられる胴(ボディー)と羽(ハックル)の色・模様にしても、実在するど
んな虫を模したのか見当もつきません。結局、写実主義の観点でみればいかなる種類の水生
昆虫の成虫(あるいは亜成虫)にも似ていないのです。

 ところが、写実をしりぞけて直感的・感覚的な印象でとらえたとき、すなわち印象主義の観点
でみれば、この評価は逆転します。込み入ったものを省き、羽と胴だけの簡略な形にして、水
中から水面を(魚が)みたときのシルエット(影絵)を強調することで、テンカラの毛バリは「羽の
はえた虫らしいもの」であることを瞬間的にアピールするのです。

 譬(たと)えを用いて説明しましょう。山の小道を歩いているとき、すぐ前方に蛇がいると気づい
てドキッとして足を止めます。灰褐色の細長いものが身をくねらせ、地べたに横たわっているで
はありませんか。が、目を凝らしてよく見ると、なんとそれは使い古した縄の切れはし!――と
いった経験を、渓流釣りのベテランならだれもがお持ちでしょう。

     

 縄にはむろん蛇の頭も尻尾も銭形の斑紋も縞模様も付いていません。なのに歩いていた人
は「蛇!」と錯覚したのです。なぜでしょう。それらしい太さのものが身をくねらせて横たわって
いたこと、そして、その人がそんな風に横たわっている蛇をかつて目撃した経験があるからで
す。瞬間的に蛇の印象を与えるには、それで十分。さらにいえば、もしその縄がくねくねと動き
だしたら、その人は「うわっ!」と叫んで後ずさりするかもしれません。

 テンカラ師はしばしば、竿を操作して水面にある毛バリを動かしますが、その狙いは上に述べ
たことと同様です。蛇がくねくね動くように「虫が生きているさま」を演出することで、魚が反射的
に摂食行動を起こすよう刺激しているのです。

 さて、ここまでは人と魚とが似たような感覚をもっていることを前提に論を進めてきましたが、
生物としての互いの感覚は実はかなり違っています。たとえば視覚の働きをみると、魚の視野
は人よりもはるかに広いけれど、ものがはっきり見えるほどの視力はないらしく、その一方で魚
は側線という、人には想像もつかない超感覚器を備えています。

 したがって、魚を人になぞらえて考えることはすべて想像にすぎず、せいぜい「中(あた)らずと
いえども遠からず」。まだまだ、科学はその深層をつまびらかにすることができません。そうした
限界を踏まえたうえで、最後に、テンカラの毛バリを作る(「巻く」といいます)ときの核心につい
て、お話します。

 流れが速く変化に富んだ渓流では、魚たちは餌のようなものを反射的にくわえ込むと前述しま
した。その「餌」はカゲロウ、トビケラ、カワゲラの成虫、幼虫だけではありません。トンボ、ユスリ
カ、ブユといった他の水生昆虫も含まれます。さらにバッタ、アリ、コガネムシ、チョウ、ガの幼虫、
成虫などの陸生昆虫も、ミミズ、サンショウウオ、カエルといった小動物も、魚たちの餌食になり
ます。つまり魚たちは、山野に生息する数かぎりないほど多種多様な「小さな生き物たち」を捕食
しています。

 それらのどの虫や小動物にも似せていないテンカラの毛バリが魚たちを刺激するのは、魚の
目に毛バリが「小さな生き物」と映るからです。既視感のある特定の虫にそっくりでなくとも、なに
か生き物らしいシルエット、動き、そして輝きをみせるものなら、魚たちは反射的にくわえ込もう
とします。ですから、毛バリを巻くさいに大切なのは、なによりも「生き物らしさ」を表わすこと。ど
んな「小さな生き物たち」にも通じるいのちを、毛バリに吹き込むことです。

 はい、貴兄の溜め息が聞こえます。こんな分かりにくい話はありませんね。では論より証拠、
ここで近代テンカラの三人の先駆者(故人)、杉本英樹博士、桑原玄辰氏、鬼川(きかわ)
博士
が愛用した毛バリをご紹介します(プロフィールは後述)。

 じっくり眺めて、その姿かたちから生き物に通じるなにかを感じとってください。なにも感じられ
ない方は、これらのイメージだけでも瞼に焼き付けておいてください。

 なお写真左・中の毛バリは杉本博士、桑原氏が自ら巻いて当編集部に寄贈されたもの。また、
写真右は、晩年の鬼川博士がご子息のため巻き溜めておかれた毛バリのなかの1本です。「テ
ンカラ入門」の公開にさいし、ご子息・鬼川徹氏より寄贈していただきました。

 
   杉本英樹博士の毛バリ    桑原玄辰氏の毛バリ    鬼川 光博士の毛バリ

 これから、テンカラ入門者のための具体的な知識・情報について、いくつかの章にわけて解説
します。道具から実技へと順序だてて説明しますが、もちろん、あなたが必要と思われるところを
目次を利用して拾い読みしていただいて結構です。たとえば、毛バリの巻き方をなによりも知り
たい方は、第4章「毛バリを巻く」を、まずご覧ください。


3.道具を選ぶ、作る 

毛バリ以外は市販品を」
テンカラの道具は、基本的に「竿」「ライン(テーパーラインと
リーダーライン)」「毛バリ」の三つから成っています。これらの道具をなるべく自分で作るというの
がテンカラ師の習いであり、愉しみでもありました。

   
               テンカラの竿、テーパーライン、リーダー、毛バリ
               (竿はSHIMANO「渓峰テンカラ」LLS36)

 とりわけ毛バリ作りは、禁漁期だけでなく、どうしても釣りにいけないとき無聊をなぐさめる恰好
な手すさび。また、テーパーラインを馬素(ばす=馬の尻毛)やナイロン単糸などを撚(よ)って自
製するのは、テンカラ師にとっては当たり前のことであり腕の見せどころでもあったのです。

    

 けれど、これからテンカラを始める人にとっては、毛バリを巻くことさえ容易ではありません。ま
してテーパーラインを、入門書の難解な説明にしたがって作れといわれても困惑するばかり。お
まけに竿の調子と適合しない、おかしなテーパーラインを作ってしまい、それを使ってテンカラを
始めたとしたら、釣れるはずの魚も釣れず、ウンザリするのは必定です。師匠につかないでテン
カラを覚えようとすると、そんな憂き目にあいがちです。

 さいわい、今日ではテンカラ専用の使い勝手のよい道具類が全国各地の釣具店で売られてい
ます。ですから、毛バリ以外の道具については、まずは市販品を購入し、それらを十分に使いこ
なせるよう励んでください。そうすれば道具の適否・良し悪しを見る目が養われます。自製に取り
かかるのは、それからです。

 また、毛バリをどうしても巻けないという方は、市販の毛バリを幾つか購入し、それを実物見本
にしてどうにか自力で巻けるようになってください。ただし、テンカラの毛バリとはとても思えない、
ヘンな毛バリ(たとえば尻尾がついているもの)を置いている釣具店もありますから要注意!

 毛バリの巻き方については、第4章で目に見えるように解説します。ぜひ、自製に取り組んでく
ださい。どんなに見栄えのしない不出来な(と思われる)毛バリにも、魚は跳びついてきます。跳
びついてこないとしたら、おそらく、それは毛バリのせいではありません。


「初心者のための道具」さて、ここで初心者が扱いやすい竿と仕掛けを図示します。第
1章イントロダクションで示したキャスティング(振り込み)のイラストとあわせて、下の図をご
覧ください。

     
 
 すでにお気づきのことと思います。当編集部は、先細になったテーパーラインではなく、太さの
均一なレベルラインを使用するよう初心者に推奨しています。もちろん、テーパーラインを使うの
はテンカラの基本ですが、レベルライン(フロロカーボンの4号ぐらいの単糸)はとても扱いやすい
だけでなく、キャスティングから合わせ、取り込みに至るまでなんの支障もありません。

 テンカラ専用の竿を使い、レベルラインの長さを竿の長さと同程度にするなら、初心者でも少し
練習すれば楽に振り込めるようになります。


 初心者が道具を選ぶさい、基準とすべきポイントはテンカラ専用の竿かどうか竿、ライン
とも扱いやすく使い具合がよいかどうか竿とラインのバランスがとれているかどうか値段が
妥当かどうか、に絞られます。以下、これらの基準にしたがい、個々の道具について説明します
が、もっとも重要なのは「どんな竿を選ぶか」ということですから、竿については念入りに、かつ
釣具メーカーに遠慮せず説明します。


「竿は2、3本必要」30年ほど前まで、「テンカラの竿は折れやすい」とよくいわれました。
魚を掛けた瞬間、あるいは枝や岩に引っ掛けた毛バリを外そうとして竿をあおったとき、ポキンと
折れてしまったのです。おそらく竿の強度、設計に問題があったのでしょう。

 現在市販されているテンカラ竿の大部分は軽量である上に堅牢で、一部のヤワな竿を除くと、
そうした問題はほぼ解消されたとみられますが、それでもテンカラの竿が折れやすいことに変わ
りはありません。

 竿の品質が向上したのになぜ折れやすいのか。いぶかしく思われた方は、第2章これが、テ
カラだ!
で示したテンカラの遡行スタイルを想起してください。岩場の川を竿を振りつつかな
りの速さで上っていくのがテンカラ師のありふれた姿です。そこで転んだり滑ったりして竿を折る
などということは、年季を入れたベテランなら滅多にないのですが、初心者の場合は、その可能
性が小さくありません。

 しかも竿を振る回数は、少ない人でも1日千回にも上りますから、木の枝や岩を竿先で叩いて
しまう可能性も高くなります。ちょっと見ただけでは分からないような疵(きず)が、そのときカーボ
ン竿の表面についてしまい、やがて魚を掛けたときなど、そこからボキッと折れることがあるので
す。他の竿がなければ万事休す。ですから釣行のさい、予備の竿を1本か2本、用意しておかな
ければなりません。

 複数の竿をもつ必要性については、もう一つ、理由があります。川の流れの幅や岸辺の樹木
の茂り方などに応じて、竿を換えたほうが有利だからです。たとえば、ぐんと川幅の狭まった源
流の、上空を枝葉で覆われたようなところで、3.6mとか4mの長い竿を振るのは無理、というより
トラブルの因(もと)でしかなく、そんな場所に至ったときはとうぜん、3mぐらいの短い竿に換える
べきです。

 したがって、もし2本の竿を常に携帯するとしたら、1本は3m前後、もう1本は3.6m前後と、長さ
の異なる竿をもつほうが好都合です(もちろんラインも、長さの違うものを複数用意)。

   
   源流では短竿が扱いやすい。     川原が発達した開けた渓流。長竿が有利。


「どんな竿を選ぶか」テンカラのベテランのなかには、こう断言する方がいます、「入門
したばかりの人が竿の良し悪しを見分けるなんてできっこないんだから、店で買ってきた竿をと
にかく使いこなして、それに慣れるのが一番いい」と。

 「使い慣れた道具=よい道具」という考えにも一理ありますが、その前提として、市販のテンカ
ラ竿がおおむね初心者でも使い易いようにできている、という条件を付けなければなりません。
ところが現実には、調子や堅牢さに問題のある、初心者にはお薦めできない竿も店頭には並ん
でいます。そんな竿を運悪くつかんでしまったのでは開眼(かいがん)の日は遠のくばかり。

 それに、初めが肝心です。入門当初から「なるべくよい竿を選ぼう」と意識することが、品定め
をするさいに求められる眼力を逸早く養ってくれるのです。

 さて、市販の釣り竿にはテンカラ専用ではないけれどもテンカラに使える竿があります。たとえ
ば餌釣り用の比較的安価な竿のなかに、そんな竿がときおり紛れ込んでいます。それを手に入
れて少し改造し、オリジナルな竿を作る――これはテンカラ師ならではの愉しみの一つです。

 どうしたらそんな掘り出しものが見つけられるのか? 「からだ」が教えてくれるからです。テン
カラの熟達者は、テンカラにふさわしい竿の柔軟性、調子、重量感とはどんなものかを、自らの
指、掌(てのひら)、手首、腕、肩で熟知していて、その「ぴたっとくる感覚」を記憶しています。で
すから、新しい竿を釣具店で購入するときも、竿を伸ばして上下左右に小刻みに振ってみたり、
竿先をそっと天井に押しあてて曲がり具合をみたりすれば、おおよそのことが分かります――た
だし天井が粗くザラついている店では、押しあてるのはご法度(はっと)。竿の表面にキズがつい
てしまうからです。 

 「ぴたっとくる感覚」とは、腕や手の動きと力が竿の握り(グリップ)から竿先へすんなりと伝わっ
ていく感覚です。とても曖昧な表現ですが、そうとしか言いようがありません。もちろん、個々人の
好みやセンスは一様ではありませんから、その感覚もまた人によりけり。つまり一概には言えな
いのですが、このさい言ってしまいましょう、もったいぶらずに、簡単明瞭に。

 まずは釣具店に行きましょう。買うか買わぬかは別にして、陳列してあるテンカラ竿を一本一
本、自分で取りだすか店員に取りだしてもらいます。穂先から竿を伸ばし、グリップを握って竿を
左右または上下に、ヒュッヒュッヒュッと音がするぐらいの速さで小刻みに振ります。



(写真・上) 天井に竿先をかるく押し当ててみる。この
        竿が先調子で、中央部(胴)にまで荷重が
        少し乗ってくるタイプであることが、その微
        妙なしなり具合から分かる。
        
(写真・左) 竿を左右に振って試し振り。胴ぶれの有無
        と振り調子を確かめる(写真はイメージ)。
 
 この試し振りで竿のよしあしを見きわめるのですが、その場合、なにを目安にし、どんなことを
判断材料にしたらよいのか。それをあらかじめ知っておくこと、すなわち勘どころを押さえること
が大切です。キーワードは、「胴ぶれ」「竿の調子」「振り調子」「重量」。この4項目を押さえ
れば、「ぴたっとくる感覚」とはこういうことなのかと実感するはずです。

 なお、市販品のほとんどがカーボン製(カーボン含有率95%以上)の振り出し竿となっている
現状に即して、この入門篇では竹製やグラスファイバー製の竿については考慮外とします。



餌釣りの竿を改造した源流用のテン
カラ竿。左右に強く振ってもこの程度
しか曲がらず、振り込みがしずらい。
竿先の曲がりがやや不自然。
 《胴ぶれする竿はNG》 テンカラ竿を選ぶときに
「これだけはぜったい見落としてはならない」というチ
ェック・ポイントがあります。この第一関門で引っかか
ってしまうような竿は、テンカラでは使えません。

 ①餌釣り用の硬調竿、あるいは棒のように硬い竿
はテンカラ竿としてはノー・グッド(NG)です。適性があ
りません。ラインの振り込みがうまくいかず、合わせ
のさい穂先が折れたり、リーダーが切れたりします。

 ②竿先を天井に斜めに押し当てたとき、竿の中央
部(胴)までグニャッと曲がってしまう竿は、あまりに
も軟弱で弾力も乏しく何の役にもたちません。

 竿のグリップを持って左右に小刻みに振り、振り
幅の中央で急に動きを止めます。このとき竿のほぼ
全体(穂先を除く)がぴたっと停止し、一直線になれ
ばOK。手元の力が竿先からラインへとすんなり伝わ
っていく良い竿です。けれど、動きを止めた後も竿の
中央部(胴)がぐらぐらと横に揺れ続ける(この状態
を「胴ぶれ」という)竿はいわば不良品、NGです。

 竿の穂先に荷重をかけたとき(40gぐらいのオモ
リを穂先に吊り下げる。または手指で穂先を持ち、
真下へかるく引っぱる)、穂先から中央部までがき
れいな放物線を描いていればOK。しかし穂先だけ
が極端に下向きに曲がったり、一、二ヵ所、不自然
にカーブしたところがある竿は、そこで折れやすい
のでNGです。
 
 先客が試し振りをしたとき、誤ってどこかに竿先をぶつけ、疵(きず)をつけてしまった竿が
商品として売られている可能性もあります。行き届いた釣具店なら、店員がチェックしてくれます
が、その気配がないときは、購入前に疵の有無をチェックするよう店員に頼むべきです。

 《重要なのは振り調子》 釣り竿の調子については、基準が明確になっていないことからさま
ざまな言い方がなされてきました。たとえば「先調子」「胴調子」「本調子」「硬調子」「中硬調子」
「軟調子」「振り調子」「抜き調子」とか、「7:3(しちさん)調子」「6:4(ろくよん)調子」など。

 竿にくわしい方は、これらの用語を聞いてすぐにイメージを浮かべますが、そうでない方にとっ
ては理解することさえ困難です。たとえば、「本調子に近い5:5調子の胴調子でありながら抜き
調子をあわせもつ腰のしっかりした竿です」などと店員に言われたら、ちんぷんかんぷん、返す
言葉もありませんね。

 しかしながら、竿の良し悪しを見分ける眼力をもつためには、どうしてもこれらの用語に慣れて
いただかねばなりません。分かりやすく説明します、辛抱してついてきてください(すでに熟知し
ている方は、どうぞ読み飛ばしてください)。

 まず、竿の基本構造と機能にしたがい、これらの用語を三つに区分けします。それから個々
の用語について説明します。

 なお、釣り用語の「竿の調子」とは一般に、穂先(竿の先端部)に荷重をかけたとき竿がどの
あたりからしなるか(曲がりの起点)を示すもので、これはとりもなおさず、しなりを跳ね返す力
(弾力)がどのあたりからでるかを示しています。それを踏まえたうえで話を進めましょう。

 ●穂先に荷重をかけたときの曲がり具合で分ける
    
    「先調子」……竿先により近いところに曲がりの起点がある竿。竿の全長を10
             等分したとき、曲がりの起点を境にして、手元に近いほうが8、竿
             先に近いほうが2の比率になるばあい、その竿を「8:2(はちに)
             調子」の竿という。同様に7対3なら「7:3調子」

    「胴調子」……竿の中央部に曲がりの起点がある竿。「6:4調子」「5:5調子」
            
の竿が「胴調子」の竿と呼ばれることが多い。

    「本調子」……「胴調子」よりもさらに手元に近いところに起点があり、竿尻から
             穂先までが一本の弓のようにしなる竿。ほんらいは和竿の調子の
             一つ。近年、この言葉はカーボン竿にも用いられるようになり、「先
             調子」ではあるけれど大きな荷重がかかると弓なりにしなって胴に
             まで乗るタイプの竿を、「本調子」と呼ぶメーカーもある。
     
 ●竿の全体としての硬さ、すなわち反発力の強さで分ける

    「硬調子」……餌釣り竿によくある、竿先以外はいちじるしく柔軟性を欠く竿。前
             述のように、テンカラ竿としては不適。

    「中硬調子」…これも餌釣り竿によくある硬めの竿。テンカラには適さない。「7:
             3調子」「6:4調子」のテンカラ竿を「中硬調子」と呼ぶ人もいるが、
             餌釣り竿とテンカラ竿とでは構造も柔軟性も違っているので、同じ
             呼び方をすると非常に紛らわしい。

    「軟調子」……くにゃくにゃの軟調子竿は前述のように不適だが、テンカラ師の
             なかには軟らかめの竿を好む人もいる。「軟調子」の竿を「胴調
             子」の竿と混同している人もいるので、要注意。

 ●竿のどんな機能を重視するかによって分ける

    「振り調子」…毛バリとリーダーを付けたラインを穂先に結び、竿を振り込む、つ
             まり、キャスティングをするとき求められる竿の弾力の具合(弾性)
             を「振り調子」という。「振り調子」のよくない竿では軽快な毛バリ釣
             りは望めない。
             「7:3調子」「6:4調子」の竿が「振り調子」がよいと、よく言われる
             が、そうした竿がおしなべて「振り調子」がよいとは限らない。なぜ
             なら、荷重をかけたときの調子は魚を毛バリで掛けたときの弾力
             の働きを示すもので、振り込みのときの調子とは必ずしも一致しな
             い。
             くわえて、荷重をかけたときの調子は、その重量や外力(荷重)の
             加わり方・勢いにより多少違ってくるものであるから、「7:3調子」
             とか「6:4調子」といっても、その数値にはズレがある。つまり、こ
             れらは「だいたい7:3調子」「だいたい6:4調子」としか呼べない。
           
   7:3 の振り調子をもつ竿。手 胴の先から穂先までが軟らか 5:5調子で胴ぶれのする
   元から竿先へ力がスムースに  く振り込みはややしずらいが、 竿。胴に一本筋が入って
   伝わり、キャスティングに最適。 ベテラン好みの6:4調子。    いないので扱いにくい。
 

             テンカラ竿の「振り調子」を見極めるには、グリップを利き手に持ち、
             竿を左右に、やや強めに振る。竿の手元から胴までが、振り幅の
             中心線からあまり逸れないように振ると、胴から竿先までのしなり
             がはっきり見える。
             その竿の「振り調子」を数値で知りたい人は、竿が大きくしなると
             ころ(曲がりの起点)に紐を結び、竿の先端からそこまでの長さを
             測定する。竿全体の長さを10として比例計算するとよい。
             初心者に最適な「振り調子」は、「だいたい7:3調子」。そして、竿
             全体にしなりが及び、竿先が軽く感じられるもの。
             こういう竿なら、手元の力を竿先へ素直にすんなりと伝えてくれる。
             テーパーラインを使おうがレベルラインを使おうが、思いのままに
             キャスティングができるようになる。

    「抜き調子」…ハリに掛けた魚を抜き上げるパワーをもった、胴に弾力のある竿。
             近年、アユの友釣りで、掛かりアユを抜き上げて取り込むのが流行
             していることから、渓流の餌釣りの竿にも「抜き調子」を掲げる製品
             があらわれている。テンカラのばあい、超ロングのラインを使ってい
             る人を除くと、掛けた魚の抜き上げはごく普通に行われてきたこと
             であるから、「抜き調子」をアピールする竿が将来あらわれたとして
             も目新しさはあるまい。

 《竿の重量・仕舞寸法》 1日に千回、2千回も振るテンカラの竿は、やはり軽くなければなり
ません。竹製とかグラスファイバー製の持ち重りのする竿しか存在しなかった数十年前は、竿の
自重がどれぐらいか、竿の重心はどこにあるかということが、竿を選ぶさいの重要事項になって
いました。持ち重りのする竿を少しでも軽く感じられるようにするため、竿尻をやや重めにして、
重心の位置を手元へ近づけるといった細工も、一部では行われていたのです。

 しかし今日ではカーボン製の竿が主流となり、軽量化が著しく進みました。市販されているカー
ボン竿(3.3~3.6メートル)の自重は、ほぼ60グラム台から70グラム台。竹竿やグラス竿の半分
程度にまで軽くなっています。重い竿はほぼ姿を消したとはいえ、竿を購入するさいはプラスティ
ックの箱の表面に記載されている「自重」を一応チェックしてください。

 自重が60~79グラムであれば、まず持ち重りがすることはないので、竿の重心がどこにあるか
を確かめる必要はないでしょう。80~100グラムの竿は、人によっては持ち重りがするかもしれま
せん。

 もし、やや重い竿(同じ長さ)2本のなかから1本を選ばざるをえないときは、両方の竿を伸ばし
て人差し指の上にそれぞれの竿をのせ、重心の位置を比べてみます。わずかでも持ち重りのし
ない竿を使いたいのなら、重心の位置がより手元に近いほうを選びます(第7章「振り込み」
「竿の握り方」参照)。

 プラスティックの箱には、このほか「仕舞寸法」も記載されています。これは要注意です。振出し
竿をきちんとしまったときの寸法は、メーカーにより製品によりさまざまで、長く渓流釣りをなさっ
ている方はとうぜん仕舞寸法に留意しますが、そうでない方は買った後になって「しまった」と悔
やむことがあります。

 あなたがもし、車で川べりに乗りつけて比較的広い川で短い距離を釣り、また車にもどるといっ
た釣り方しかしない人なら――竿を手に持って移動することが多いので――仕舞寸法について
気にかける必要はないでしょう。しかし大方のテンカラ師は、ときには駐車場所からかなり歩いて
川に入ります。その場合は、ザックに竿を仕舞わざるをえません。

 さらに、山の小道や道なき道を歩いて上流から源流に入る
方にとっては、竿がザック(リュックサック、デイパック、アタッ
クザック)にきちんと入るかどうかが大きな問題(ザックの脇
に自製の竿入れを取り付けている人を別にして)。

 ですから、釣具店に買いに行く前に自分のザックの寸法
(タテ)を測っておきましょう。たいがいのザックは、仕舞寸法
が50cmを超える竿を入れると、パッキングがしずらくなった
り、被い(上蓋)が閉まらなくなったりするはずです。

 上流から源流にかけては、多くの危険箇所や高巻きを要
する場所があって、そんなところでは竿をザックにしまって、
安全確保のため両手をフリーにしておく必要があります。

 そんなときザックから、右の写真のように竿がぴょこんと頭
を出していると、それが小枝などにひっかかって、知らぬま
に竿をなくしてしまうことがあります。ザックにすっぽり入る仕
舞寸法の竿なら、こんなことは起きません。

 山での怪我と竿の紛失、ともに無念きわまる痛恨事です!


 これでは竿を失くしてしまう!
 
 《竿の値段と不良品について》
 理想的なテンカラ竿を選ぶさいの要件については、すでにお
分かりいただけたと思います。残るのは、きわめて現実的な問題です。一つはコスト・パフォーマ
ンスが良いかどうか、もう一つは紛れ込む不良品にどう対応するか、ということです。

 大手・中小の多くの釣具メーカーによって現在、さまざまな調子をもつ多様なテンカラ竿が生産
されていますが、価格は1万円台から4万円ぐらいまでと、バラツキがあります。竿が短いぶん餌
釣りの竿に比べればいくらか安いといえますが、テンカラ竿として期待される性能と価格が一致
するとは限りません。値の張る竿が初心者にとって使いやすい竿とも限りません。はっきり言って
2万円前後のもので十分です。

 また、同じ竿でも価格は小売店(釣具店)により違います。が、多少の違いはあっても、あなた
が日ごろ利用している信頼のおける釣具店で購入するようお勧めします。テンカラ竿にはトラブ
ルがつきものです、それに対処するには釣具店、店員との信頼関係が役に立つでしょう。

 トラブルのなかでもっとも多いのは竿の折損。かつてテンカラ師のあいだで、「竿がよく折れる」
として「定評」のあるメーカーがありましたが、今日でも、たとえば竿を立ててラインを下へ引いた
だけで簡単に折れてしまうような、堅牢さに欠ける竿が流通しています。テンカラでは、一気に竿
を立てて合わせざるをえない場合があるので、それでポッキリ折れてしまうような「ヤワ」な竿、あ
るいは繊細すぎる竿は、初心者には薦められません。釣具店にテンカラを熟知している店員が
いたら、購入前に、この問題について尋ねてみてください。

 いちばんガッカリさせられるトラブルは穂先の蛇口(へびくち)、つまりラインを繋ぐコブ紐(写真
下)のすっぽ抜けです。合わせのとき、魚の向きとラインの向きが逆になって竿先に強い衝撃が
加わったり、岩や枝にひっかかった毛バリを外そうと竿をあおった
りしたとき、蛇口が穂先からすぽっと抜けてしまうことがあります。
それがラインとともに流れ去り行方不明になってしまったら……。

 このような事故は――それは竿の扱い方がなってないからだと
メーカーは主張するかもしれませんが――けっして少なくないので
す。東京都内のある釣具店によると、蛇口のすっぽ抜けは大手・
中小のメーカーを問わず起きていて、顧客から店へのクレームは
年に20件ほどに上るということです。

 「事故」の原因はおそらく、竿の穂先と蛇口(この部分を金属製の芯材で補強していることが多
い)の接着不良。製造工程になんらかの問題があるはずで、釣具メーカーも不具合が出ている
ことを承知しているはずですが、現在どこまで改善されているかは不明です。

 ともあれ、そうした「不良品」を買ってしまう可能性はゼロではありません(蛇口の紐を手で引っ
ぱってみても接着不良かどうかは分からない)。したがってすっぽ抜け予防策として、テンカラ竿
を買ってきたら、すぐに穂先と蛇口の継ぎ目に接着剤を少量塗っておいたほうが無難です。
 
 さて、テンカラの竿についての解説はここまで。次はライン(道糸)について――。


「決め手はラインの良し悪し」始めが肝心です。なにが肝心かというと、入門後なるべ
く早く毛バリで最初の1匹を釣るということです。まぐれで「釣れた1匹」ではなく、意識をはたらか
せて「釣った1匹」。その1匹を手中に収めたとき、あなたの胸中にわだかまっていた迷いや憂い
は掻き消えてしまうはずです。テンカラ開眼の日です!

 ところが1ヵ月たっても3ヵ月たっても1匹も釣れない、となると挫折感にさいなまれます。魚が毛
バリに跳びつく有様はときどき見えるのに、どうしても釣れない。こんな釣り、やっていられないと
落ち込んでテンカラをあきらめてしまう人は少なくないのです。

 初心者がどうしても釣れない理由はなにか? 魚の出方が速すぎて、竿をあおったときにはも
う魚の姿がない、つまり、合わせが利(き)かないからだと昔から言われてきました。

 テンカラ中興の祖とうたわれる杉本英樹博士に師事した、稀代の渓
流釣り師・山本素石氏(故人)は、著書『西日本の山釣』のなかでこう
述べています。

   「テンカラのむつかしさ、というよりも、困難さはどこにあるかとい
   うと、実釣に至るまでの準備過程と、実際に臨んでからの『合わ
   せ』の呼吸に集約されると思います」

 ここで指摘されている「準備過程」と「合わせの呼吸」のむつかしさと
は、じつは密接に絡んでいるのです。すなわち、自分で毛バリを巻いた
り、テーパーラインを作ったり、適切な竿を選んだりといったことがらが
上手くいかないと、魚を掛けるタイミング(合わせ)も上手くつかめない
のです。とくに、ラインの良し悪しは、合わせの成否を決めるキーポイ
ントといっても過言ではありません。


   山本素石著
  『西日本の山釣』
    昭和48年
   釣の友社・刊

 昭和40~50年代、大方のテンカラ師はテーパーラインを自分で作っていました。既製品のテー
パーラインも釣具店には置かれていたけれど、それは竿とのバランスなどまったく考えられてい
ない(としか思えない)しろもので、中級以上のテンカラ師には、がまんのならない粗悪品としか
映らなかったはずです。

 師匠につかない初心者も、そんな既製品を使うか、あるいはテンカラの教本を見ながらナイロ
ン単糸を撚(よ)って、段つき(いわゆるタケノコ継ぎ)の、ごわごわした重い「テーパーラインのよ
うなもの」を作るしか選択肢はありませんでした。

   

 渓流に行き、その重く硬いラインを竿に付けて前後に振ると、背後の地面に落ちたり前方へ棒
のように飛んでいったり、上空の枝や着ている服を引っ掛けたり。つまりキャスティングが様にな
らなかったのです。

 ポイントへのアプローチ(接近の仕方)がつたないうえに、そんな「テーパーラインもどき」で水
面をバシャバシャ叩くものですから、そこにいたはずの魚を追い散らし、たまに跳びだしてくる魚
を見てすぐに竿をあおっても、ラインがその重みでだらり垂れ下がっていてはタイミングが遅れ、
なかなか合わせがききません。

 何度渓流へ足を運んでも1匹も釣れない、そのワケも分からない……。これは修行というより
苦行です。「そうか、昔はそんな理不尽なことがまかり通っていたのか」と思われるかもしれませ
んが、ラインの選択をあやまると、21世紀の入門者である貴兄もまた同じ轍を踏まないとは限ら
ないのです。


「既製テーパーラインでもよいが…」自分で作ったテーパーラインが自分の竿の調
子に適合するだけでなく、その長さもプラン通りにできているとしたら――手で撚ったものか道具
で撚ったものかを問わず――作り手はかなりのテクニシャンだといえます。しかし現実には、そ
んな理想的なテーパーラインを自製するのは上級者にとっても容易なことではありません。です
から、初心者はそのぬかるみに嵌(は)まらないのが得策です。いずれテンカラ師として大成した
ときの楽しみとしてテーパーラインの手作りをとっておきましょう。

 それでは、どんなラインを購入すればよいのか。選択肢は二つあります。一つは釣具メーカー
製のテーパーラインを購入すること。もう一つはフロロカーボンの単糸(普通の釣り糸でも可)を
購入して必要な長さに切り、レベルラインとして利用すること。

 釣具メーカーが販売しているテーパーラインには、その後さまざまな改良が加えられ、平均的
な調子のテンカラ竿ならほぼ適合する、スタンダードと呼べるような良質の既製品が広く出回る
ようになりました。それらは釣具店またはWeb Shopで入手できます。

 主なメーカーと製品名は、DAIWA「テンカラテーパーライン」、NISSIN「冨士流テンカラバス」、
がまかつ「テンカラテーパーラインEX」、サンライン「ぶっとびテンカラ」など。これらの多くはフロ
ロカーボンの単糸を強めに撚ってあるため、やや硬くて張りがあり、しかも細身です。かつての太
い段つきテーパーラインみたいに、振り込んだあとすぐに水面へ垂れ下がるのがかなり抑えられ
るため、魚にたいする合わせは利きやすくなっています。長さは3m台から6mぐらいまでの各種あ
ります(ただし3mのラインは少ない)。

 価格はメーカーによってさまざまですが、おおむね1本、千数百円から2千数百円まで。初心者
はしばしば木の枝にラインを絡ませてぐしゃぐしゃにしてしまうことがあり、そうなると新品に買い
替えなければなりません。また、予備のラインを少なくとも1本は携帯する必要があります。けっ
こう出費がかさむ、というのが市販テーパーラインの第一の難点。

 第二の難点は、メーカーにより製品により、ラインの構造も製造法も違っているため、自分の
竿の調子にもっとも適合する製品を選ぼうにも、買ってみなければ分からないこと。これは、初
心者にとって悩ましい選択です。

 それでも、テーパーラインを使ってみたい、テンカラの伝統にのっとって
やっていきたいと考える方は、上記のメーカー品を1~2本(長さは竿と同
じか少し長めが無難)購入して試用するとよいでしょう。

 なお、テンカラ師の間で長らく好評を得てきた既製テーパーラインは、そ
の硬質感を好まない向きがあるものの、冨士流テンカラバス(SPプロ)
であることを付け加えておきます。


「レベルラインの効用」馬の尻毛やナイロン糸を撚って先細にした道糸(テーパーライ
ンという呼称は比較的新しく、かつては単に道糸と称した)を使うのがテンカラの伝統であるのは
確かですが、それは一種の固定観念にすぎない、先細でない普通の釣り糸で道糸は十分間に
合う――と考え、実践してきたテンカラ師は、少数ではあるけれど昔からおりました。

 ナイロンからフロロカーボンへと釣り糸の主要な素材が変わり、かつソフトタイプのフロロカー
ボン糸があらわれた今日、テンカラのラインとしてはその4号ぐらいの太さの単糸のほうが使い
勝手がよいと考える人たち(レベルライン愛好者)は、いちじるしく増えています。
 
 フロロカーボンの単糸4号では細くて軽すぎるし、先細になっていな
いからキャスティングに向かないのではないかと、テーパーラインに
慣れ親しんだ人は疑問視するかもしれませんが、そんなことはありま
せん。一度使ってみれば、すぐにその使い勝手のよさが分かります。

 テンカラ専用の竿で振り込めば、レベルラインでも軽快なキャステ
ィングが可能です。テーパーラインを使ったときに比べて毛バリの着
水がやや強くなりがちですが(とくに胴の硬い竿で振り込んだとき)、
実際の釣りでそれが問題になることはほとんどありません。

 「いや、毛バリはやはりソフトに着水させたほうがいい」と考える方
は、振り込みのフィニッシュで竿をわずかに差し伸べるようにすれば
いくらか改善するでしょう。

左・細身の冨士流テン
カラバス。右・さらに細
いフロロカーボンの単
糸4号。

 「しかし、風が強いときは軽くて飛ばされてしまうだろう?」と、たたみかけて詰問する方もいる
はずです。いいえ、レベルラインはテーパーラインよりも細いので空気抵抗が小さく、振り込みは
むしろしやすいのです、と理屈をいえなくもないけれど、実感でいえば、そんなに風が強いときは
テーパーラインにしろレベルラインにしろ同じように影響を受けます。その差は五十歩百歩とい
った程度でしょう。

 テーパーラインを使ったことがない初心者のばあいはどうか、 レベルラインはテンカラの経験
者でないと使えないんじゃないか? と心配されるのは無理もありません。普通の釣り糸なのに
「レベルライン」といわれると、なにか特殊な技でも使うのだろうかと、つい想像してしまいますね。

 はっきり申します、テーパーラインもレベルラインも、キャスティングの難易度は同じです。振り
込みの仕方も大差ありません。ですから、まずテーパーラインで振り込み法を覚えないとレベル
ラインは使えない、なんてことは全然ありません。

 「でも、心配をぬぐいきれない」という方は、テンカラ竿を買うとき、竿箱に「レベルライン対応」
とか「レベルラインと好相性」などと明記してある竿を選べばよいでしょう。DAIWA、SHIMANOな
どの釣具メーカー各社は近年、レベルラインに合った調子の竿を各種、積極的に生産・販売し
ています。

 では、レベルラインの何がすぐれているのか。いくつか利点を挙げましょう。

 ラインの長さを自由自在に決められる
     市販のテーパーラインの場合は、3.3mの次は3.6mなどと、30~50cm刻みで長さが設定
     されていますが、レベルラインならセンチ単位で決められます。また、渓流を釣り上って
     いるとき、ラインがやや長すぎると感じたら、その場で少し切って、長さを調整すること
     が簡単にできます。

 ラインの垂れ下がりが小さい
     振り込んだラインが水面にだらりと垂れ下がると、毛バリがラインに引かれて釣り人側
     へ不自然に寄ってくるため、魚の出方が敏速になりがちです。しかもラインがたるんで
     いると、そのぶん合わせが遅れますから、ますます毛バリで掛けずらくなります。
     ラインを振り込んだとき望ましいのは、竿・ライン・水面がおりなす三角形がなるべく崩
     れないこと。つまり、ラインが緩やかな張りを常に保っていること。フロロカーボン単糸
     レベルラインなら、その崩れをより小さくしてくれます。釣果に直結する、これは重要な
     ポイントです。

     

 視認性の高いラインが利用可能
     テーパーラインだけでなくレベルラインにも、イエロー(蛍光色)とかピンクに染色された
     非常に見やすい(視認しやすい)市販品があります。初心者にはとりわけ利用価値の高
     い品物です。なぜかというと、始めのうちはキャスティングの正確さに欠けるため、振り
     込んだ毛バリが水面のどこにあるかが分からず、したがって魚影がちらっとあらわれて
     も気づかず、合わせられないという成りゆきになりがちですが、視認性の高いラインなら
     毛バリの飛んでいった方向が分かるので、毛バリのありかがすぐにつかめます。なお、
     蛍光色といっても金銀のようなメタリックな光沢はないので、ラインの輝きが魚を怯えさ
     せる恐れはほとんどありません。

 ぐしゃぐしゃにならない
     ベテランともなると、地形や樹木の繁り具合など(障害物)をたえず頭に入れて、振り込
     みの角度や方法を変えるのですが、テンカラを覚えてまもない人はどうしても、そこまで
     頭が回りません。そのため、枝葉に毛バリやリーダー(ハリス)、ライン(道糸)を頻繁に
     引っ掛けてしまいます。
     枝に引っ掛かったテーパーラインを外そうとしてあれこれやっているうちに、ますますこん
     がらかって細枝に絡まり、それを無理やり引っぱって指で外しているうちに、ラインがぐし
     ゃぐしゃにもつれ、もはや使い物にならなくなることがあります。
     レベルラインは一本の糸ですから絡まりにくいうえに、絡まっても外しやすいという利点
     があります。

 魚の躍動感がじかに伝わる
     テーパーラインを長く使ってきた人が初めてレベルラインを使い、魚を掛けたときの驚き
     は、おそらくいつまでも記憶に残ります。合わせた瞬間の衝撃、生きている魚の躍動感
     が手に腕に生々しく、強く伝わってきます。

 価格が非常に安い
     市販のレベルラインの中で、たとえばSANSUIの「オリジナル・レベルラインRS-4」(イ
     エロー、4号、30m)の価格は1,296円(8%税込)。一巻き(30m)から3.3mの長さのレベ
     ルラインが8本ないし9本とれますから、ライン1本あたり百数十円というコスト・パフォー
     マンスの良さ!

     なお、SANSUIレベルラインの新製品「RS―P」シリーズ(ピンク、4号ほか、33m)の価
     格は1,512円(8%税込)。

 左・釣具店SANSUIの「オ
 リジナル・レベルライン
 RSシリーズ」。 東京・渋
 谷区のサンスイ川釣り館
 に直接、電話で注文する
 のが確実。
 (電話03-3499-5025)
 右・釣具メーカー
 大手DAIWAの「タ
 フロン・テンカラレ
 ベルライン」。釣
 具店やWebShop
 などで入手可。

 レベルラインの利点として、このほか「毛バリのナチュラル・ドリフトがしやすいこと」を強調する
向きもあります。が、これはラインの機能ではなく、毛バリ釣りの技法の問題です。

 振り込んだ毛バリを、本物の虫が水流に乗って流れてくるようにごく自然に流す、すなわちナ
チュラル・ドリフトさせるのがフライフィッシング(ドライ)の基本的な技法で、テンカラ師のなかに
もそれに近い流し方を実践している人たちがいます。

 なぜ、毛バリを自然に流さないといけない(と考える)のか? ドラッグがかかって(=ライン・リ
ーダーが水流に引っ張られて)毛バリの動きが不自然になると、魚の警戒心が強まる・出方が
敏速になる・毛バリを放すスピードが早くなる、したがって釣りづらくなる(と考える)からです。

 けれども、テンカラには自然と不自然(人工)を対立的に考える伝統はありません。自然も不
自然もともに包み込んでいるからです。フライフィッシングとは発想も道具も技法も異なっていま
すから、毛バリの流し方という一点で両者を比較し、その是非を論ずることにはさほど意味がな
い、と当編集部は考えます。

 ともあれ、テンカラの技法は借りてきた概念で一くくりにできるほど単純ではありません。「レベ
ルラインを使う人はナチュラル・ドリフト派だ」なんて短絡思考にだけは陥らないよう、気をつけましょう。


「レベルでテーパーを作る」レベルラインを繋いでテーパーラインを作ることが簡単に
できます。このさい、道糸(ライン)とハリス(リーダー)は別々のものではなく、あくまでも一続きで
あると考えます。したがって、例の段つきラインではあっても、テーパー(先細)の度合いをなるべ
く均一にし、各節の接合部をすべて電車結びにして、しなやかなラインに仕上げます。また、材料
にはすべて、張りのあるフロロカーボンの単糸を使用。

 たとえば、長さ3.8mのテーパーライン(リーダーを含む)をこんな風に――。

   SANSUI・RS-4(4号)  RS-3(3号)  トヨフロン・スーパーL EX2号  同1.2号
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 直径    0.330mm       0.285mm         0.235mm          0.185mm 

 節の長さ  140cm         80cm           80cm            80cm 
 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 各節の直径は、ほぼ0.05mmずつ細くなります。元のほうが太く長いのは、ある程度の重みが
ないとラインを飛ばしにくいからです。3箇所の接合部(4-3号、3-2号、2-1.2号)は、すべて
「電車結び」にします。

 ラインとラインの結び方としては、このほかにも「二回結び」(サージャンズ・ノット=外科医結び)
とか「8の字結び」などいくつかありますが、レベルラインを用いてテーパーラインを作る場合は
「電車結び」が最適と思います。

 というのは、この方法で作ったラインは、振り込まれたとき実にすなおに、しなやかに前方へ飛
んでいきます。ラインに軟らかい芯が入っていて、竿から伝わってくる運動エネルギーがラインの
先端までスムースに伝わっていく感じがします。

 これを実感してみたい方は4号、3号、2号をそれぞれ50cmの長さに3本ずつ切り、「電車結び」
「二回結び」「8の字結び」で各1本の短いラインを作り(長さは1m20cmぐらいになるはず)、元を
指先ではさんで前後に振り込んでみてください。あまり力を入れず後ろへはね上げ、すかさず、
手首を使って前方へ振り下ろします。
 
 そうです、竿の代わりに腕を使ってテンカラ風の振り込みをします。テーパーラインの良し悪し
を見分ける上で、このやり方はけっこう役に立ちます。

「二回結び」…
2本の糸を輪
のなかに2~
3回くぐらせて
から、引き締
める。
「8の字結び」…
右側から8の字
を描くように2
本の糸を左側
に絡め、さらに
右の輪へ通し、
引き締める。
「電車結び」は
輪に1回くぐら
せただけでは
結節強度が弱
い。必ず2回く
ぐらせる。だ
が、3回以上は
接合部のコブ
を大きくしてし
まうだけなので
不要。
「電車結び」…
右の糸で左に
輪を作り、そ
の中に2度糸
を通し引き締
める。同様に
して右の輪を
引き締めてか
ら、左右の長
い糸を引き締
め、余分な糸
をカット。

 レベルラインで作ったテーパーラインには、市販のテーパーラインやレベルラインとは違ったし
なやかさ、軽やかさがあります。ただし、ライン自体にあまり重みがないので風が強いときはキャ
スティングがしづらくなり、狙ったポイントへ毛バリを投じるのが難しくなります。

 でも、あなたがもし、レベルラインの飛び方にどうしてもしっくりしない、あるいは毛バリの着水を
もっとソフトに、デリケートなものにしたいと感じたときは、この手があることを思い出してください。
各節の長さを変えて何本か試作しているうちに、あなたの竿にぴったりのテーパーラインが出来
上がるかもしれません。



 レベルラインで作ったテーパーライン・リーダー(長さ3.8m)


「巻きぐせをとる」レベルラインやテーパーラインを保管するときは、テンカラ専用の仕掛
け巻きに巻いたり、紐で束ねてビニール袋に入れたり(糸がもつれやすいので、袋に入れるのは
勧められない)するのですが、いずれにしても、ラインとリーダーには必ず「巻きぐせ」がつきます
(写真下、参照)。


 巻きぐせがついたままラインを振り込めば、魚がでたときすかさず合わせても当然、合わせ遅
れになり釣れません。巻きぐせがついたままではラインがたるんでいるのと同じで、「合わせ」の
意思と動作が毛バリに届くまでに0.数秒のタイム・ラグが生じてしまうからです。

 では、巻きぐせをとるにはどうしたらいいのか。テンカラ師によって対処法は異なります。釣行
の前夜からラインを水に漬けておく人もいれば、釣り場についたらラインをしばし流水に漬けて、
くせを直す人もいます。しかし、いちばん手っとり早いのは、両手で少し力を入れてラインを引っ
張り、伸ばすことです。30秒もかかりません。

 レベルラインもテーパーラインも、多少伸びたところでラインとしての強度が落ちることはありま
せん。1号以上のリーダーも、伸びきってしまえば強度の低下は免れませんが、実害はほとんど
ないでしょう。ホンネをいうと、釣り場についてからラインを流水に5分も10分も漬けておくなんて、
まどろっこしいことは当編集部もやっていられません!

「リーダーの太さ・長さ」渓流の餌釣り師はリーダー(ハリス)の太さ、というより細さに
こだわりますが、大方のテンカラ師は相当に無頓着です。理由は二つあって、一つは0.3号とか
0.4号といった細糸では魚を掛けたときの衝撃に耐えられないこと、もう一つは、リーダーを水中
に沈めることがあまりないので、1.5号ぐらいの太い糸でも魚に気取られないと考えていること。

 では、中級以上のテンカラ師はどのぐらいの太さのリーダーを使っているかというと、おそらく
1号か1.2号(ないし1.25号)が標準。これより細いもので0.8号、太いもので1.5号。この範囲
にほぼ収まるはずです。

 初心者、初級者のばあいは、魚が毛バリに出たときどうしても竿をあおってしまいます。いわゆ
る「大合わせ」になり、リーダーの合わせ切れを起こしがちです。これをできるだけ防ぐには1号
以上のフロロカーボン単糸を使うのが無難です(1.2号の糸は製品が少ないが)。


左・TORAYのトヨフロン「スーパーL EX」1.2号 右・KUREHAの「シ
ーガーエース」1号

 なお、リーダーの太さや長さをどうするかという問題は、テ
ンカラ師個人の経験や好みによるというより、個々人の釣
法とか釣り場の状況に深く関わっています。

 たとえば、釣り人が頻繁に入る、魚のスレた川ではどうし
ても細くて(0.8号)長い(1m以上)リーダーを使うようになり
ます。また、大きな川で毛バリを沈めて釣る場合も、細くて
かなり長いリーダーを使うのが一般的です。

 一方、山岳渓流など足場のよくない険谷に入る人は、や
や太くて(1.2号~2号)短い(1m以下)リーダーを使わざる
をえません。毛バリで掛けた大魚を、ときには水中から抜
き上げなければならないので細糸では頼りないし、上空や両岸を枝葉で被われたところが多い
ので、長いラインや長いリーダーは使いづらいのです。

 つまり、ライン・リーダーの太さや長さを決定づける合理的な理由があるということです。それを
理解していれば、さまざまな宣伝や流行に惑わされずにすみます。

 ただし初心者の場合は、なによりも道具の扱いに慣れること、そしてテンカラの「型」を身につ
けることが先決ですから、太さ1~1.2号、長さ50~100cmのリーダー(川の規模、形態に応じて
変える。ラインも同様に)でしばらく通してみてください。このサイズなら日本の大部分の渓流で通
用します。狙ったポイントに毛バリを確実にキャストできるようになり、釣果も安定してきたら、どう
ぞ、リーダーの太さと長さはご自由に!


「穂先からライン~毛バリまでの繋ぎ方」 竿の穂先はラインの元と、ラインの先
端はリーダーと、リーダーの先端は毛バリと、それぞれ
接合されなければなりません。接合の仕
方は幾通りもありますが、すべてを覚える必要はなく、一つか二つ知っていれば十分です。

 ここでは伝統的な、そして結束強度に問題のない方法をご紹介します。では、上のほう(竿とラ
イン)からいきます。

    《穂先にレベルラインを取り付ける》

    まず、購入した新しいテンカラ竿の穂先とレベルラインの双方に、ほんの少し加工をほど
    こします。また、双方の着脱が簡単にできるようにするため、「マツバ結び」という小道具
    をこしらえます。

    レベルラインで作ったテーパーラインの場合も、同じようにラインの元にマツバ結びを取り
    付けて竿の穂先と繋ぎます。

     1.穂先の蛇口(太紐)の先端に近いところを一巻きしてコブを作る。



ラインの元と竿の穂先は、マツバ結びを介して繋
がれる。蛇口のコブは、そこでマツバ結びを引っ
掛け、簡単に外れないようにするための細工。


     2.レベルラインの元の部分を二つ折りにして乳輪(ちちわ)を作る。
 


  元を二つに折る


 細い糸で巻き上げる


 巻き下げて締める


余分なラインなどカット

       なお、二つに折った元の部分を細い糸(なるべく絹糸使用)で束ねるとき、最初に「ひ
       ねり止め」でその部分を固定します。最後に巻き下げて締めるときも同様です。「ひ
       ねり止め」の仕方については第4章「毛バリの巻き方」の項をご覧ください。

       接着剤の量は必要最小限に(つけすぎると、ひどく硬くなります)。細糸を巻きつけた
       部分が固着したら、余分なラインと糸をカットします。

     3.丈夫な絹糸で「マツバ結び」を作る。

ぼたん穴をかがるのに用いる絹
糸(16号ぐらい)を8cmほど切っ
て二つ折りし、端を一巻きする。
結び目に接着剤を一滴。

「マツバ結び」は、蛇口とラインを
繋ぐためにあるものだから、あま
り長くする必要はない。せいぜい
3cmで十分。

なお、絹糸は手芸品店で入手で
きる。毛バリの材料になりそうな
糸やラメ糸、毛糸などが安く手に
入る手芸品店は、テンカラ師に
とっては宝の山だ。

     4.ラインの乳輪にマツバ結びを取り付ける。

乳輪にマツバ結びの先端部(結
んでない方)を通して、その輪の
中へ結び目を入れ、そのまま、
結び目を引っ張って締める。

ここでは結び目を一つにしてい
るが、ベテランのなかには、用心
のため二個作る人もいる。

     5.穂先の蛇口に、マツバ結びを介してラインを繋ぐ

 
  左・マツバ結びの輪を蛇口に
  くぐらせて引き締める。 

  上・マツバ結びはこのよ うにし
  て蛇口に繋ぐ(模型)。

     6.マツバ結びを外す

マツバ結びを装着するのも外すのも、いとも簡単。
外すときは、結び目のつまみをラインの反対側へ
(上へ)引っ張るだけ。すぐに外れる。

遡行中、別のラインに取り換えたくなったときは、
すぐに交換できるが、そのためには、手持ちのす
べてのラインの元に常時、マツバ結びを取り付け
ておかなければならない。

 
   《ラインとリーダーを繋ぐ》

    市販の大部分のテーパーラインには、上端(元)と下端に乳輪がすでに付いているので、
    リーダーを繋ぐときは、下端の乳輪にリーダーの端をくぐらせて結びつけます。

     一方、レベルラインの場合は下端に小さな乳輪を作り、そこにリーダーの端をくぐらせて結
    びつけます。ラインの下端に乳輪を作っていられないとき(釣り場でラインを少し切って短く
    したときなど)は、ライン・リーダーの端を重ねて二回結びで繋ぐのもやむを得ません。

    なお、ラインの乳輪はできるだけ小さく作ってください。また、二回結びで乳輪を作ると結
    び目に大きく硬いコブができてしまうので、乳輪を作るさいはラインの端を二つ折りにして
    細糸を巻き、柔軟に仕上げてください(《穂先にレベルラインを取り付ける》参照)。
    
    乳輪は、空気抵抗の原因になるだけでなく運動エネルギーの伝達をわずかながらも妨げ
    る存在で、ほんらいラインにとって好ましいものではなく、したがって、ラインとリーダーは
    「電車結び」で結束するのが望ましいのですが、渓流の現場でリーダーを取り換えなけれ
    ばならなくなったとき、手間ひまかかる「電車結び」をやっていられるか、という現実的な問
    題がそこに関わってきます。

    ハリスを何度も取り替えざるを得ない餌釣りの場合は当然、道糸の端に乳輪を作り、その
    輪にハリスの乳輪をくぐらせて引き締めます。テンカラの場合も、ラインとリーダーの双方
    に乳輪を作って同じように引き締めるのが古くから行われてきた結束の仕方です。

    乳輪に乳輪をくぐらせるやり方は、ライン(道糸)とリーダー(ハリス)の結束の強度を高め
    るとともに、リーダー交換を容易にして釣りをスムースに進めるための合理的な方策です
    が、これはやはり餌釣りに由来する考えです。

    テンカラの場合は通常、1号以上の切れにくいリーダーを用います。今日の釣り糸の強度
    は昔日の比ではありません。そして根掛かりがほとんどないので、リーダー交換の頻度は
    餌釣りほど高くはない。さらに、毛バリを目標点に正確に打ち込むためにはライン・リーダ
    ーに「余計なもの」を付けないほうがよい。

    したがって乳輪作りは最少限にとどめ、できれば「電車結び」でラインとリーダーを結んだ
    仕掛けをあらかじめ用意して渓流に赴きたい――と当編集部は考えます。

    ともあれ、ここでいくつかの結束法を写真で見ていただきます。市販のテーパーラインとレ
    ベルラインにリーダーを繋ぐ方法です。自分にとって一番やりやすい、または納得がいくと
    思われる方法を、まずは覚えてください(なるべく実物を用いて例示しますが、それでは分
    かりにくいと思われる場合は模型を使用します)。

     1.市販のテーパーラインに繋ぐ

       A. リーダーにも輪を作り、乳輪を通して引き締める(写真は左から右へ)
 

       B. 乳輪にリーダーの糸を通して4,5回巻きつけ、下の輪を通して引き締める

     2.レベルラインに繋ぐ

       A. ライン下端に乳輪を作り、1-Bと同じ手順でリーダーを繋ぐ

      B. 同じくラインに乳輪を作り、1-Aと同じ手順で双方を引き締める

      C. ラインに乳輪を作らず、ライン下端とリーダーを二回結びにする

      D. ライン下端に結びコブを作り、そこにリーダーの輪を引っ掛け、引き締める

      E. ラインにもリーダーにも乳輪を作らず、電車結びで結束する
        (写真省略。「レベルでテーパーを作る」を参照ください)

    《リーダーに毛バリを結びつける》

    毛バリの結び方には幾通りもあって、それぞれ難易度や結節強度が違っていますが、要
    は手早く結べて、しかも結節強度に問題がない方法を一つ、覚えておけばよいのです。こ
    こでは、テンカラ師のあいだで広く行われている三つの方法を紹介します。どれか気に入
    ったものを選んでください。

    なお、毛バリの結び方についての固有名詞(名称)は、ありません。ものごとをあまり細分
    化したがらないテンカラ師の気風が、この辺りにもにじみ出ているのかもしれません。

      ―――――――――――――――――――――――――――――――――――
      A. ハリの環(「アイ」ともいう)を通して折り返し、中央部を二重に巻いてから上の輪に
         リ ー ダーの先端をくぐらして引き締める(写真は左から右へ、次いで下の段へ。
         見やすくするため蛍光糸を使用しています)。
 
       1 アイを通し折り返す   2 中央部を二重に巻く   3 上の輪をくぐらす

       4 しっかり引き締める   (模型1)二重に巻く   (模型2)上の輪をくぐらす
       ―――――――――――――――――――――――――――――――――

      B. アイを通して折り返すまではAと同じ。そこから上部を4、5回巻いて下の輪をく
         ぐらせ引き締める。「ラインとリーダーを繋ぐ」の項の1-B(模型)と同じ結び方。

         上部を4、5回巻く    下の輪をくぐらせる   3 しっかり引き締める
       ―――――――――――――――――――――――――――――――――
     C. アイを通して折り返した後、左側に小さな輪を作り、その輪にリーダーの先端を2
        度くぐらせて引き締める。

         折り返して輪を作る   さらに小さな輪を作る  輪に2度くぐらす 

         小さな輪を引き締める  さらに引き締める   (模型) 輪にくぐらす
       _________________________________


「その他の用具」テンカラで渓流魚を釣るのに欠かせない道具、あったほうがいい道具、
なくてもいい道具の三つに分けましょう。「あったほうがいい」のか「なくてもいい」のかは、個人に
よって判断の分かれるところです、ご自身で判断してください。

 地図、磁石、ビク、ナイフ、ヘッドランプ、雨具、ライター、ザイル(ロープ)、ザック、ベスト、足ご
しらえ(渡渉靴、スパッツ、先割れ靴下)、熊よけの鈴などは、テンカラというより渓流釣りに必要
な道具ですから、ここでは触れません。

   《欠かせない道具》

   「偏光グラス」……「サングラス」ではありません、必要なのは「偏光グラス」です。サング
         ラスは着色したレンズで視界を暗くし、まぶしさを軽減するものですが、偏光グラ
         スは乱反射する光を除去する一方で自然光を眼球に届け、より鮮明な視界をも
         たらします。また、有害な紫外線(UV)を遮断する機能をもつ偏光グラスは、目の
         疲れや疾病(白内障など)を防ぐとみられています。

         では、偏光グラスはなぜテンカラに欠かせない道具なのか。いくつか理由があり
         ます。一つは、二枚のレンズに挟まれた偏光フィルターが水面の反射光をさえぎ
         ってくれるので、水面と水中の有様がくっきり見えるからです。

         つまり、偏光グラスをかけていれば、振り込んだ毛バリのありかや、それを餌とみ
         て跳びだしてくる魚の動きや、底石の配置などが手に取るように分かるからです。
         これらが見えているかどうかで、合わせの成否は大きく違ってきます。


         上の写真は同じ場所で、同じ時刻に川の水面を写したものです。左は普通のレン
         ズで、右はそのレンズに偏光フィルターをつけて撮影しました。

         肉眼で見ると、左の写真のように乱反射する光がそのまま目に入り、水面から下
         がぼやけて映りますが、偏光グラスをかけると、右の写真のように水中の底石ま
         で見透かすことができます。

         その石の陰から魚影がチラッとあらわれたとき、肉眼ではなかなかそれに気づき
         ませんが、偏光グラスをかけていれば十中八九、キャッチできます。そのときテン
         カラ師はすかさず竿をはね上げ、難なく魚を掛けます。

         また、水量が多いときなどは流れが白泡に蔽われ、攻めるべきポイントが少なく
         なったと感じますが、偏光グラスで見ると流れは一変、あちらこちらにポイントが
         あらわれます。白泡が放つ反射光がかなり取り除かれ、水面下の様子が見てと
         れるからです。水面下がよく見える、つまり底石の様子や深さが分かるということ
         は、渡渉のさいの安全確保にもつながります。

         もう一つ、大きな理由があります。あなたの眼を毛バリの刺傷から守るためです。
         テンカラは、前述のように頻繁に竿を振る釣りですから、毛バリはしょっちゅう体
         のそばを通過していきます。なにかの拍子に、あるいは強風の影響でカエシの付
         いたハリが手、腕、顔面など肌の露出したところに突き刺さる可能性があり、そう
         なると簡単には抜けません。場合によっては手術が必要です。

         めったに起きない事故とはいえ、眼球にハリが刺さると深刻な事態となります。万
         が一に備え、偏光グラスを目のプロテクターとしても活用するようお勧めします。

         それでは、どんな偏光グラスを選んだらよいのか。あまりにも沢山の製品があっ
         て、性能もデザインも価格もまちまちなので、「このメーカーのこの製品がいい」と
         明言することはできませんが、「選ぶとき、これだけは押さえておいたほうがいい」
         と思われるポイントがありますので、それをお話します。参考にしてください。

         ●テンカラ師にとって偏光グラスは竿の次か、その次に大事な道具です。財布と
         相談の上、竿と同じぐらいかそれ以上のお金(1~3万円台)を、できればつぎ込
         んでください。量販店で売っている安物(値段相応の品質・性能)を買うよりも、一
         流メーカー製の高品質、高性能の偏光グラスを購入し、長く(数年以上)愛用した
         ほうがけっきょくは得になります。

         ●レンズの素材は、大別するとプラスチックとガラスの2種(近年は軽くて強い新
         素材製も出ている)。性能、キズへの強さ、重さ、対衝撃強度、価格などの面で一
         長一短があり、クリアーな視界にこだわる人はガラス製、軽いほうがよいと考える
         人はプラスチック製を選ぶ傾向にありますが、一流メーカーの製品なら、プラスチ
         ック製でも十分にクリアーな視界が得られます。


  SWANS(プラスチック製)。レンズ部分を上   NIKON(プラスチック製)。あやまって一度、
  へ90度回転できるので、毛バリ交換のとき    自転車でひいたが、フレームが少し歪んだ
  グラスを外さずにすむ。視界、鮮明!       だけでレンズは無傷。6年間、フル活用!


         ●主要なレンズメーカーおよびグラスメーカー(偏光レンズのみ製作しているメー
           カーもある)はTALEX、NIKON、SWANS(山本光学)、KODAK、Sight
          Master(ティムコ)、ZEAL、SMITH
など。それぞれWeb Siteで詳しく製品
           を紹介しています。なかには、偏光グラスについての基礎知識や注文の仕方
           についてとても分かりやすく解説しているSiteもあります。ぜひ、一読して参考
           にしてください。

         ●メーカーや素材、レンズカラーを別にして、テンカラ用の偏光グラスを選ぶさい
           一応目安にすべきなのは次の2点(明示していないメーカーもありますが)。

             可視光線透過率……… 25%から35%前後が無難

             偏光度 ………………… 90%以上かどうか

         「可視光線透過率」とは、自然光が偏光レンズを通して目に届く比率のこと。透過
         率が低いもの(10~20%)は海、湖、晴天時には効果的。しかし、渓流のようなや
         や翳ったところでは不適。また曇天の日、朝夕は視界がいっそう暗くなり、使う気
         になりません。

         透過率と偏光度が明示されていない製品(残念ながら多い)については、レンズ
         カラー があまり濃くないものを選んだほうがよいでしょう。

         「偏光度」とは、水面などの反射光を偏光レンズがカットする比率のこと。一般論
         としては、この比率が高いほど(99%もあり)クリアーな視界が得られるわけです
         が、フレームの構造によっては背後や横からの光がレンズ面に映り、高い比率を
         帳消しにしてしまうことも(当編集部は気にしませんが)。

         ●「度付きの偏光グラス」をメガネ専門店や釣具店を通してオーダーすることもで
         きます。また、ふだん掛けているメガネにワンタッチで装着できる「クリップ・オン
         式偏光グラス」も販売されています。自分の顔に合うフレームについて相談にの
         ってくれるという点では、やはりメガネ専門店に頼るのが無難です。

         最後に、偏光グラスの保管方法と使用上の注意点について。使用しないときは必
         ず頑丈なメガネケースに入れておきましょう。ザックやカバンやベストのポケットな
         どに無造作に入れておくと、うっかり押しつぶしてしまうことがあります。
         
         車を運転するときも、偏光グラスは不快な反射光をさえぎって目の疲れを軽減し
         てくれたり、視界を鮮明にしてくれたりますが、レンズカラーの濃い偏光グラスを
         かけたままトンネルに入ったときは、たちまち視界が暗くなり危険です。前方にト
         ンネルが見えたら偏光グラスを外すよう心掛けましょう。

    「カッター」……ラインやリーダーなどを切るための小道具です。ツメ切り用のカッターを
         代用してもかまいませんが、ベストに付いている金属製の輪から吊り下げて必要
         なときすぐに使える、毛バリ釣り専用のカッターのほうが何かと便利です。

         こうしたカッターにはたいがい、毛バリの環(アイ)に突き刺して固着物をとり除く
         ためのハリが装着されています。アイにはしばしば、毛バリを巻いたとき使った
         接着剤の残りかすが付着していて、渓流でいざ毛バリを換えようとしたとき、リー
         ダーの先端がアイになかなか入らず、いらいらすることがあります。そんなとき、
         カッターのハリは大いに役立ちます。

    写真左上は、桑原
    玄辰氏手製の毛バ
    リケース。桐材を用
    いているので非常
    に軽い。なによりも
    気品と温もりを感じ
    させる。
 写真右上はプラス
 チック製ケース。フ
 タにハリ先を研ぐた
 めのヤスリを貼り付
 けてある。下は小型
 の水温計と、吊り下
 げ型のカッター。
                
    「毛バリケース」……毛バリを入れて釣り場へ持っていくための小さな箱。市販品の多
         くはプラスチック製か金属製で、中に仕切りがあるものや、波型の下敷きを置い
         たもの、磁石を貼り付けたもの(いずれも毛バリを固定するところ)など、いろいろ
         なタイプがあります。いずれにしろ軽いもの、ベストのポケッ トにすっぽり入る小
         さなものを選ぶことが大切です。

         よく歩きよく動くテンカラでは、重いもの、大きいもの、かさばるもの、邪魔になるも
         のをなるべく持たないのが上策です。そして毛バリは、常用するものとそれ以外
         のタイプを併せて数十本も持っていれば十分、大きなケースは必要ありません。

         もちろん、ホームセンターなどで材料を買ってきて毛バリケースを自製するのは、
         テンカラ師の愉しみの一つです。この釣りに慣れてきたらぜひ、この世に一個しか
         ないオリジナルな毛バリケースを作ってみてください。

    「仕掛け巻き」……ラインにリーダーと毛バリを結んだ、すぐ使える仕掛けを少なくとも
         二つ用意しましょう。長さの違う仕掛けを三つか四つ持っていれば、様子の分か
         らない初めての川に行ったとき、すぐに対応できます。

         前述のように、これらの仕掛けはビニール袋などにほうり込まず、仕掛け巻きに
         きちんと巻いておきましょう。そうしておけばラインやリーダーがもつれる恐れが
         ありません。渓流に着いたら、あわてず、トラブらず、ただちに釣りをスタートする
         ための、これは大事な下準備です。

         高巻きなどのさい、たたんだ竿に仕掛けをぐるぐる巻きつけるのはやむを得ませ
         んが、長い時間あるいは何日もそのままにすると、ラインにひどい巻きぐせがつ
         いてしまいます。ぐるぐる巻きは、ちょっとした移動のときにとどめましょう。


         市販のテンカラ専用の仕掛け巻きには、上の写真のように発泡プラスチック製、
         コルク製、ゴムスポンジ製などがあります。どれも材質的に非常に軽く(10g前後)
         ベストのポケットに2、3個入れても重さを感じません。

         なお、仕掛けを巻くときは、まず毛バリを止めてから(横棒または中心に引っ掛け
         るタイプが多い)、リーダー、ラインの順に巻いていき、最後にラインの元(マツバ
         結び)を仕掛け巻き上端の切り目に挟んで止めます。仕掛けを取り出すときは逆
         に、ラインの元から外していきます。

   《あったほうがいい道具》

    「ヤスリ」……毛バリのハリ先を鋭利にするための研磨材。棒状のものと板状のもの
         があり、どちらもホームセンターなどで入手できます。

         釣りをしているあいだハリ先を頻繁に研ぐのは、あまり現実的ではありません。
         けれど、ときどきはハリ先を指の腹に当ててみましょう。とくに、毛バリを岩石に
         ひっ掛けた直後は要注意です。

         チクッとしてすぐにも刺さりそうなら問題ありません。ぜんぜん刺さりそうもないと
         きはハリ先が折れているか曲がっているか、いずれかですから、別の毛バリに取
         り替えます。

         チクッとくるけれど、刺すには少し力がいると感じられるハリは、先端がやや鈍く
         なっているはずです(肉眼ではほとんど判別できません)。そういうハリ先をヤスリ
         で研げば、かなり鋭さを増します。

    ヤスリをハリ先に軽く
    あてて、前へ押すよう
    に研ぐ。手前に引くと、
    かえってハリ先を傷め
    ることがある。 
 ダイヤモンド・ヤスリは
 1本数百円。ナイフ、
 ハサミなどの研磨にも
 使える。

         ハリ先をいちいち研ぐよりも毛バリを新しいものに取り替えたほうがよい、という
         考えにも一理あります。そのほうが間違いがないし、先端が鈍くなったと思われる
         毛バリをほんとうに再生させるには、自宅でルーペ(拡大鏡)を使い、目で確認し
         ながら研がなければなりません。このように考える方は、ヤスリを携帯する必要
         はありません。

    「水温計」……いわゆる魚の活性と水流の温度とは相関的な関係にありますから、釣
         行のつど水温を計って記録すると、その川の季節ごとの相互関係が「ある程度」
         みえてきます。

         しかし、たとえば水温8℃で魚たちが活発に毛バリを追い、よく釣れたからといっ
         て、次回も水温8℃ならよく釣れるかといえば、そうなるかもしれないし、ならない
         かもしれない。というのも、魚の活性には前日までの気温・水温、当日の気温・水
         温の推移、水量、気圧、天候、時合い(釣れ盛る時間帯)、季節などなど、様々な
         要素が関わっており、当日の水温だけを指標にすることはできないのです。

   上・TANITAデジ
   タル温度計。防水
   仕様で測定範囲が
   -50℃~+250℃
   と広く、軽い(37g)。
   測った温度を記憶
   して表示するホール
   ド機能があり、役に
   立つ。気温、水温、
   地温の測定のほか
   調理にも使える。通
   販で2000円前後。
 下・魚飼育用の水槽に
 使う水温計。EVERES
 (日本製)。破損しない
 よう、ケースに入れて
 携帯したほうがいい。
 ホームセンターなどで
 購入可。1本400円ぐら
 い。
 このほか、フライ・ショッ
 プなどで釣り用の水温
 計が入手可(数千円)。

         それでも、渓流に着いたらまず水温を計ってみることには意味があります。たとえ
         ば雪しろが大量に入り込んで水温があまりに低いときは、魚は水面にはほとんど
         出てこないとみて、「きょうは毛バリを思いっきり沈めて釣ろう」と判断する手がか
         りになります。

         ベテランになれば水温計は要らなくなります。手で水流に触れてみれば何度ぐら
         いか分かりますし、水温だけでなく様々な要素を頭の引き出しからだして、その日
         の「釣況」あるいは気配を感じ取るからです。そうした直感力をつけるためにも、
         入門後1、2年は釣行のつど水温を計り、水流に手を浸してみるとよいでしょう。

    「手袋」……なるべく肌を露出しないのが山歩きをする人々の常識です。さまざまな毒
         虫に刺されたりウルシなどに触れたりするのを避けるためです。テンカラ師の場
         合はもう一つ、偏光グラスの項で述べたように、毛バリによる刺傷をなるべく避け
         なければならない事情があります。手袋をはめる主目的はそこにあります。

         手袋はもちろん、寒い時季には保温の役目もはたしますが、少なくとも3本の指先
         だけは露出していないとシゴトにならないし、手袋ごと水に浸かることもしばしばあ
         りますから、テンカラという釣りに関するかぎり、手袋に保温性や吸湿発散性を期
         待しても始まりません。

         釣具メーカーなどが販売している「フィッシング・グローブ(釣り用手袋)」のなかに
         は、保温性、吸湿発散性に加えて伸縮性、滑り止めなどの機能をうたった製品も
         あります。値段は千数百円から数千円と、かなり高価。

         これらの製品のなかに、テンカラに向くものがあるかもしれません。が、いかんせ
         ん、買ってしばらく使ってみなければ向き・不向きは分からないし、自分の手の大
         きさや形にほんとうに合致しているかどうかも分かりません。とくに、現物を試着で
         きないWeb Shopでの品選び・注文は要注意です。

         「テンカラに向く」とは、①手袋をはめていても素手に近い感覚が得られること、
         ②素手よりも滑りにくいこと、③酷使に耐えること、④長時間はめていても指があ
         まり痛くならないこと、です。

         つまり、薄くて柔らかくて、少し滑りにくくて、丈夫で、適度の伸縮性があることが
         求められます。さらに欲をいえば、価格がなるべく安いこと、手のひら・甲の両面
         とも黒い色でないこと。

         黒い色を避けるべきなのは手袋に限らず、帽子や衣服、靴など身につけるもの
         のすべてにいえることです。夏季の暑さが熱帯並みになりつつある近年、山では
         スズメバチが大発生するようになりました。スズメバチは髪の毛でもシャツでもズ
         ボンでも、黒いものを攻撃の的にするとみられていますから、手袋といえども油断
         できません。

         テンカラ向きの上記の条件をすべて満たす製品は数少ないのですが、当編集部
         は「まずまず使える手袋」として次の製品を推奨します。(なお、この手袋は使い
         捨てではありません。使っているうちに変色しますが洗濯が利き、長く使えます。)


  機械工場、自動車関連工場など細かい組立作業をするところで使われる業務用手袋(ショー
  ワグローブ社製)。ホームセンターなどで入手可。価格は3双パックで600~700円前後、1双
  で250~350円前後。主素材はナイロン。手のひら部分を中心にニトリルゴムでコーティングし
  てあるので、丈夫で滑りにくく、指先のカット部分がほつれない。S、M、Lのサイズあり。親指、
  人差し指、中指の3本指出しにするか、写真のように5本指出しにするか自分で決められる。

   《なくてもいい道具》

    「タモ」……毛バリで掛けた魚をすくい取るための、取っ手の付いた網。洋式のものをラ
         ンディング・ネットと呼んでいます(写真右下)。

         身軽さ、軽快さを身上とするテンカラ師にとって、タモはどちらかといえば邪魔もの
         です。山中を歩いていて、腰や背中から下げた網をうっかり枝や岩角などに引っ
         掛けてしまうとバランスをくずし、転倒したり滑落したりする恐れもあります。とくに
傾斜のきつい源流を遡行するときや、藪漕ぎで山
越えをするときは、それが命取りになる可能性さえ
ありますから、タモを携行しないか、携行しても釣り
のとき以外はザックにしまうよう心掛けましょう。

しかし、尺以上の大型だけをつねに狙う釣り人にと
って、タモは取り込みに欠かせない道具です。これ
はもう、自己責任の問題というしかありません。

    「小型ライト」……山奥の渓流で釣るときの必需品であるヘッドランプを携行している
         なら、ペンシルライトとかポケットライトなどの小型ライトは不要。夕まずめなど、
         暗い時間帯に毛バリを取り替えるとき小型ライトで手元を照らせば、たしかに作
         業はしやすくなりますが、わざわざ二つのライトを携帯するのは荷物を増やして、
         くたびれるだけ。

         同様のことは他にもあり、たとえば数年かけてもとても使い切れないほど多数・多
         種の毛バリを大きな毛バリケースに入れて持ち歩いたり、レンズカラーや可視光
         線透過率の異なる偏光グラスを二つも三つも持ち歩いたり……、よくよく考えると
         無駄なこと、過剰なものは身の回りにあふれています。すっきりしましょう!


4.毛バリを巻く 

「まず、型を覚えて」 ようやく毛バリにたどりつきました! この章では毛バリの巻き方
の基本を、手先のあまり器用でない方でもできるようにお教えします。道具はあまり使いません。
あなたの手指を十二分にはたらかせてください。

 初めは1本の毛バリを巻いただけで指先が痛くなります。でも、 5本、10本と巻くうち、たいして
気にならなくなります。痛くなってきたら一息入れる余裕も、そのうちうまれるでしょう。そこまで達
したら、もう大丈夫。さまざまな素材を見つけてきて自分自身の毛バリを創ることが、大きな愉し
みとなります。

 この項では、写真を見やすくするためハリ、糸、羽毛などの材料はすべて黒いものを使用しま
す。また、なによりも基本的な「型」を覚えていただきたいので、光り物(ラメ糸、金糸など)の巻き
方などバリエーションについては後で触れることにします。ともあれ、「型」さえ覚えれば応用自在
にやっていけます。

 ご存知のように、「型」とは「こうしなければならない」とか「はみ出してはならない」といった決ま
りや規則ではありません、そこから領域を広げていくためのベース・キャンプです。いつの日か、
光り物でもなんでもお使いになって、どうぞ「型破り」なテンカラ師になってください。

 では、これから使用する材料と道具を見ていただきます。はい、これがすべてです。最低限、
これぐらいのものがあれば、毛バリはできるということです。

 ハリは、やや軸の長
 いタイプ(10番)。羽
 毛は鶏の襟毛。ナイ
 ロンの糸(ワックス
 付き)。そして、胴に
 用いる黒い綿毛。

   
 道具は、よく切れる
 小型のハサミ。瞬間
 接着剤。液状ノリ。

 なお、瞬間接着剤を使うときは下の写真のように、ガラス板かプラスチック板に数滴垂らしてお
いて、そこから爪楊枝や待ち針(ピン)などでごく少量をとって塗るようにしてください。多量に塗る
と胴ががちがちに固まってしまうだけでなく、それが指先にくっついて剥がすのに往生することが
あります。ただし、これからお見せする「巻き方」の写真では、工程を分かりやすく示すため、接
着剤の容器そのものを映し出しています。


            ボタン一押しで1滴ずつ出て  ガラス板などに垂らした接着
            くる使い勝手のよい接着剤。 剤はなかなか固まらず乾かな
            (プラス ステーショナリー社)  い。長く少なく使えて便利。 

 それから、あらかじめ覚えていただきたいことが二つあります。ハリの各部分の名称と、ハック
ル(ミノ毛)用の羽毛の部分名称および使い方についてです。以下、写真をご覧ください。


    1            2           3            4

 羽毛はこのように左右両面を使ったり(両面巻き。写真3)、左か右の片方をむしり取って片面
巻きにしたり(写真4)します。いずれにしても羽毛の下部の柔毛(写真1)を取り除いて(写真2)
上部の毛足のしっかりした部分のみ使います。また、てっぺんのつまみ部分をそのまま残して、
指先で下へしごき、毛足が櫛(くし)のようになるよう(写真3、4)そろえておきます。これでハック
ルに使う羽毛の準備はOKです。


「下巻き」ハリの軸の部分に細い糸を密に巻きます。この後につくる胴(ボディー)の下地に
なります。巻き糸にはナイロン糸や絹糸などの、細くて丈夫なものを使います。

 通常、毛バリ巻きはここからスタートし「胴巻き」「ミノ毛巻き」へと進んでいきます。写真のコマ
数が多いので、巻くのにかなり時間がかかると思われるかもしれませんが、あるていど慣れれば
5分から10分で1本巻けるようになります。

 毛バリを巻くときは「ひねり止め」という結び方を頻繁に使います。これは、糸をハリに結び付け
て固定する方法です。かんたんにいうと、長い糸を指で一ひねりして輪をつくり、その輪にハリを
くぐらせてから糸を引き締める、という方法です。

 「ひねり止め」は、いわば「仮止め」程度の弱い結び方です。1回ではほぐれやすいため、同じと
ころで3回ぐらいはやる必要があります。ともあれ、この結び方がすぐにできるようになると、毛バ
リ巻きはずいぶん楽になります。何度か練習して身につけてください。

 なお、写真は左から右へ、そして下の段の左から右へと続きます(以下同様)。また、ハリを持
つとき、右利きの人は主に左手の親指と人差し指でつまみますが、つまむ(ハリの)部分や、つ
まんだときの(ハリの)向きはときどき変わります。注意してご覧になってください。

  1 長さ40cmほどに切った    2 左手でハリと糸をつまみ、  ハリに糸を固定するため
    糸の端を、ハリの軸に      右手で長い糸をもってハ     の「ひねり止め」。まず、 
    添わせる              リ軸に2、3回巻きつける    右手指に糸を挟む

  中指を入れて右へくるりと  輪の中にハリのアイを    輪が外れないよう、ハリ
     ひねると糸の輪ができる    くぐらせる            軸と輪を指先で押さえな
                                           がら糸を下へ引く

   7 糸を引き締めると輪がす 8 さらに1、2回輪をつくり、   9 アイを左手でつまみ、糸を
    
ぼまる(アイの下約3mm      同様に糸を引き締める。     軸に隙間なく巻きつけてゆ
     はあけておく)            これで固定完了           く(巻き下げる、という)

  10 軸が曲がりにさしかかる 11 ここで、ひねり止め。右 12 右へひねり、輪をつくる。
     
ところまで、巻き下げる    の人差し指と中指で糸    糸の端を左の小指と人差
                        を挟む                し指に挟むと、やりやすい

   13 輪にハリ先と曲がりを  14 輪が外れないよう、左手  15 長い糸を下へ引くと輪が
     
くぐらせる            中指の先で輪の一部を      すぼまってゆく
                       ハリ軸に押さえつける     

   16 ふたたびひねり止め。 17 もう1回ひねり止め。これ 18 こんどは逆に、糸をアイ
       輪をつくり、引き締める    で下巻きの糸はハリに      へ向け、巻き上げてゆく。
.                        固定された             (写真では下向きだが) 

   19 軸の中央部で重ね巻き 20 アイの約3mm手前ま   21 糸をひねって輪をつくり、
      (胴をやや太くするため)     できたら、ひねり止め      輪にアイをくぐらす  
      した後さらに巻き上げる

   22 さらに2回、ひねり止め   23 下巻き完了。重ね巻き
                            はこれぐらいでOK


「胴を巻く」毛バリのハックル(ミノ毛)が主に虫の翅(はね)のイメージを表現したものであ
るのにたいし、毛バリのボディー(胴)は虫の胴のイメージを表現したものとみられています。が、
魚にはあくまでも虫の「イメージ」でアピールするのですから、それらの形態を特定の虫に似せて
作る必要はありません。

 また、魚たちは、水面にいる虫をシルエット(影)で見ていることが多く、そうでない場合も、翅や
胴の特定の色にきわだった反応を示す(食いつきがすこぶる良い)例は、それほど多くはありま
せん。ですから一般的に言って、毛バリのハックルやボディーの色合いについても、特定の虫に
似せる必要はなく、むしろ初心者にとっては、水面で見つけやすい色かどうか(視認性が高いか
どうか)を優先して色を選択する方が無難です。

 ここで用いている「黒」は、思いのほか見つけやすい色です(とくに底石の白っぽい川では)、釣
り人にとっても魚にとっても! それを合点していただいて、さあ、次のステップに移りましょう。

   1 黒い綿毛を少量取り出  2 まず、指の腹でころがし  3 液状のノリを指先に少量
      す。(これを軸に巻いて     て、細長くしておく          たらす
      胴にする) 

   4 ノリを糸に薄く塗る。これ 5 細長くした綿毛を糸の上 6 綿毛の両端(糸も一緒に)
      で綿毛が糸にくっつきや     にのせる             持って、時計回りに、ねじ
      す くなる                                 るように回転させる

   7 数回ねじると、このように 8 さらにねじると糸状になる  アイの下3mmのところか
    
細くなる               が、ねじりすぎると糸もろ     ら巻き下げる。胴に少し
                       とも切れるので要注意      ふくらみを

   10 軸と曲がりの境目で巻  11 巻き終えたら、ひねり止 12 輪が外れないよう、ハリ
      き終えるように。(余分       めへ。尻尾みたいな余      を逆さに持ったり、指先
      の綿毛は取り除く)       分の糸をカット           で輪を押さえたりする 

   13 ひねり止めを終えたら 14 アイの下3mmのところ  15 糸で輪をつくる
       粗く糸を巻き上げる       で、ひねり止めへ
      (胴の補強を兼ねて)

  16 糸を引き締める。ひねり 17 胴の末端に少量の接着 18 これで胴巻き終了。少々
      止めは3回以上           剤を塗って補強しておく     毛羽立っていても、その
                                            ままでよい 

    《簡単な巻き方》

    テンカラの毛バリの巻き方は幾通りもあります。定式というものがないので、テンカラ師一
    人一人が異なった手法・手順で巻いているといっても過言ではありません。ですから、あな
    たもある程度毛バリが巻けるようになったら、自分なりのユニークな方法を編みだしてくだ
    さい。

    ここで、一つのヒントを差し上げます。胴の巻き方を簡略化する方法です。

    まず、「下巻き」の写真17を見てください。下巻きの糸がハリに固定されたところです。こ
    こから即、胴巻きに取り掛かることが可能です。

  A ひねり止めを繰り返し   B 綿毛を糸に絡ませ、糸  C アイの下約3mmのところ
     て糸を固定(接着剤を       状にしてから巻き上げ      まで巻き上げ、ひねり止
     少し塗るとよい)           てゆく                めで固定する 

    ほかにも、たとえば糸の下巻きを省略し、糸と綿毛を絡ませて一気に胴巻きにとりかかる
    という超簡略法とか、ラメ糸や金糸などをほとんど同時に巻いてしまうといった即製法もあ
    りますが、あまり手を抜くと毛バリの形が崩れやすくなったり、壊れやすくなったりしますの
    で気をつけてください。


「ミノ毛を巻く」ハリに巻いた羽毛のことを「ミノ毛(蓑毛)」といいます。ご存知のように、蓑
はカヤ(萱)やワラ(藁)やスゲ(菅)などを編んで作った昔の雨具のことで、これを肩に羽織った
姿と毛バリの形が似ていることから、いつしか毛バリの羽毛を「蓑毛」と呼ぶようになったのかも
しれません(「テンカラ」と同様、「蓑」の語源も判然としないのですが)。

 近年は洋式毛バリ釣りの影響を受けて、テンカラ師のあいだでも「ハックル」という英語の呼称
を使う人が多くなっています。当編集部では適宜、両方を使いますが、まぁ、「ハックル」なんてよ
そ行きの服を着ていると、てれくさいじゃありませんか。で、ここからは「ミノ毛」一本でいきます!

 さて、ミノ毛の巻き方にもいろいろな方法があります。大きく分けると「巻き上げるか、巻き下げ
るか」、「標準型か、逆さ型か」、「アイの下に巻くか、アイの下から胴まで巻くか」、「羽毛の片面
だけ巻くか、両面を巻くか」といった具合ですが、ここでは、もっとも素朴で作りやすい方法をご覧
に入れます。すなわち、「アイの下に、羽毛の両面を使って、標準型に巻き上げる」という、ごくあ
りふれたやり方です。まずは、この方法を一つの「型」として覚えてください。

 なお、これから用いる羽毛はニワトリの首周りの毛(黒)です。ミノ毛としてよく使われる羽毛は、
同じくニワトリの白、薄茶色、チャボ、キジ(剣羽根や胸毛)、プリマスなどがあります。それぞれ
羽の形状や毛足の硬さ・柔らかさが異なっていますが、ミノ毛としての巻き方は大同小異。ここで
示す「型」をもとにして、自分なりに工夫して巻いてください。

 巻き方の実技に入る前に、羽毛の選び方について簡単におさらいしましょう。チェックすべきポ
イントは毛足(羽の軸から左右の毛の端まで)の長さと硬さです。なるべく長さ10~13mmの、張り
具合のよい(くにゃくにゃしていない)羽毛を、まずは選びましょう。なお、ミノ毛に用いる羽毛の選
び方については、第5章「毛バリの材料」「羽毛」の項で詳しく解説します。

            A 首周りの羽毛の塊から1  B 直径10ミリのペンと毛足
                本を選ぶ。毛足のあまり     の長さを比較。左は長す
                長くないものがよい        ぎてNG。右は短いがOK
     
            C 選び取った1本。指先で  D 下の方の柔毛を取り除く。
               しごいて櫛状に。毛足の     毛足がしっかりして、左右
               長さは約13mm           にピンと張る羽がよい
      ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 いよいよミノ毛巻きに着手します。「胴を巻く」の写真18、または「簡単な巻き方」の写真C
らの続きです。

    羽のつまみ部分をアイ  2 胴の上端に羽の軸を押   右手に糸を持ち、4、5回
     の下(約3mm)に置き、     し当ててから、糸を巻き     しっかりとハリ軸に巻き
     指先で押さえる         始める               つける 

    ひねり止めをして、つま   糸を羽の背後に持ち上  6 羽軸の元(柔毛があった
     み部分をハリ軸に固定      げる                 ところ)に糸を一結びして
                                           軽く引き締める

   一結びしたところに、少   糸と羽軸がくっついてい    糸と羽軸を右手の指で
    量の接着剤を塗る       るのを確かめる          持ち、アイの方へぐるぐ
                                          る巻き上げてゆく

  10 さらに羽軸の元の部分 11 羽軸の元を巻いたところ 12 巻いた糸が緩まないよう
     もハリ軸に1、2度巻い     からアイ下まで糸をぐるぐ    左手で残り糸を引きつつ 
      てから、糸だけを持つ     る(数回以上)巻きつける     接着剤を少し塗る

  13 巻きつけた羽軸や糸が 14 3~4回、ひねり止めをし 15 糸の残りや、はみ出た
       固定した後、残った羽     てから、ごく少量の接着      つまみ部分などを切り
     軸の元を切り落とす       剤を塗る                 落とす

  16 最後に、アイの穴に針  17  完成!
      を差し込み、接着剤な 
      どのカスを取り除く

   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    《魚眼で毛バリを見る》

    毛バリを巻くとき、肝に銘じておきたいことがあります。人がどんなに知恵をしぼったり美
    的センスを発揮したり、道具やテクニックを駆使したりして、本物の虫そっくりの精巧な毛
    バリや、工芸品もどきの美しい毛バリを作ったとしても、それを目にした魚はそんな風に
    は感じてくれない(らしい)ということです。

    毛バリ釣りはときおり贋札(にせさつ)使いにたとえられます。本物と見分けがつかないぐ
    らい精巧に作られた贋札なら容易に人をだますことができる、同様に毛バリも……という、
    もっともらしい類推です。

    人と魚が同じ感覚をもっているのなら「毛バリ=贋札説」には信憑性があると言えなくもな
    いのですが、両者の脳や感覚器は同じではありません。同じ脊椎動物ではあっても進化
    のありようが著しく違っているからです。したがって、この説は疑ってしかるべきです。

    たしかに、渓流の魚は餌(虫など)を主として視覚でキャッチしているように見受けられま
    す。魚がもつ視覚機能のうち、ものの形態を見分ける視覚と、動いているものをとらえて
    見分ける視覚によって、まずは目で餌を発見し、それを捕らえる行動に入ると考えられま
    す。(じっさいに餌に食いつくかどうかは側線感覚がとらえた振動にもとずく、という推論も
    ありますが。)

     それでは、流れてきた毛バリは魚眼にどのように映っているのか。動くものをとらえる視
    覚でその物体を感知しているとしても、その形や色をどこまでとらえているのか。人の目に
    映る像と魚の目に映る像は、どれぐらい違うのか。人が魚になれない以上、この問いは永
    遠に解けないのかもしれませんが、それでも、謎解きの手がかりとなりそうな研究結果が
    明らかにされています。


   石垣尚男・著
『科学する毛バリ釣り』
 魚類研究者らによると、イワナ・ヤマメ・アマゴなどの渓流魚の
視力は0.5から0.1ぐらいと推測される(田村保氏・東海大学、
石垣尚男氏・愛知工大)、ということです。つまり、渓流魚はそうと
うな近視であるとみられています。

 近視とは遠くのものがはっきり見えない状態のことですが、それ
なら毛バリがすぐ近くに流れてきたらはっきり見えるかというと、
「魚の網膜はもともと粗いので、たとえエサにどんなに近づいても
エサはピンボケにしか映らないと考えられる」と、石垣氏は述べて
います。(『科学する毛バリ釣り』廣済堂出版・1992年刊)

 下の写真は、この説をもとにして毛バリを写したものです。

   A                  B                C

    写真Aは、近眼でない人が五、六十センチ離れたところから見た毛バリ。写真Bは、渓流
    魚が同じ距離から見たら、毛バリはおそらくこんなふうに映ると思われるイメージです。と
    はいえ、魚の視力には個体差があるはずだし、その場の流速や明暗によっても見え方は
    違ってくるでしょうから、写真Cみたいに、おぼろげながらも細部が見えるケースもあるか
    もしれません。

    いずれにせよ、魚眼には毛バリがぼんやりとしか映っていない(らしい)。とすると、実物
    (昆虫)によく似た贋物(毛バリ)を作ろうが、実物の特徴だけ生かして贋物を作ろうが、
    実物そのものを使おうが、魚にとって違いはあまりない、あるいは人が想像するほど違
    いは大きくないということになります。

    ②に属するテンカラの毛バリがたいていの川で十分に通用するのは、おそらくそうした理
    由があるからです。くわえて、ハリの曲がりからハリ先までを露出させた怪しげな「虫」(①
    と②の毛バリ)で魚をだますことができるのも、それが魚眼にぼんやりとしか映っていない
    からか、あるいはそれを識別し疑問視する能力が魚には欠けているからか。もしくは、そ
    の両方が作用しているのかもしれません。

    「毛バリの色も形も大きさも(釣るうえで)たいして関係ない」「(釣れる毛バリよりも)釣れな
    い毛バリを探すほうが難しい」とテンカラの熟達者はよく口にします。つまり、どんな毛バリ
    でも魚は釣れるということを極言しているのです。うがった見方をすると、①みたいに写実
    的に毛バリを作るのは意味がないと示唆しているとも受け取れます。

    けれども、熟達者がみな見栄えのしない粗末な毛バリを十年一日のごとく作っているかと
    いえば、そうではありません。自らの手で長年巻き続けてきたテンカラ師の毛バリは、ああ
    何たることか、工芸品にも似た趣さえ感じさせるのです。

    入門してまもない頃は粗雑そのものだった毛バリが、いつしか形の整った、無駄のない、
    それなりに美しい、個性的で風格あるものへと変わってゆく。五年、十年後、貴兄もそのこ
    とを実感するはずです。

    魚の目はディテール(細部)をとらえていない、毛バリに凝るなんて無駄なことだと確信しな
    がらも、自分なりの美意識や価値観をいつの間にか毛バリに反映させてしまう。これはも
    う、趣味で魚釣りをする者の宿病のようなものかもしれませんね。


5.毛バリの材料 

「発想転換のすすめ」毛バリを形づくっている材料は、おもに「ハリ」「巻き糸」「胴材」「羽
毛」の4つです。くわえて、ラメ糸などの「光り物」もよく用いられます。テンカラを始めるに当たっ
て、これらの材料をどこで入手したらよいのか。まずは、そこが思案のしどころです。

  タンポポの綿毛です。初夏、
  野原でよく、見かけます。
 
 この綿毛を目にしたとき、
 あなたは何を思いますか?
 

 釣具店で竿やラインを購入するさい、その他の道具(仕掛け巻きや偏光グラスなど)と併せて
毛バリの材料をも購入すればよい――と考えるのはもっとも至極ですが、残念ながらふつうの
釣具店ではほんとうに欲しいもの、珍しいもの、面白いものがなかなか手に入りません。Web
Shopとて、ほぼ同様です。

 というのは、洋式毛バリ釣り(フライフィッシング)やバスフィッシングなどと違って、テンカラは過
去、流行とは縁がなく、1980~90年代の釣りブームのさなかですら商業化のターゲットにならな
かった、という特段の事情があります。フライフィッシングの愛好者が爆発的に増えて、全国いた
るところにフライ専門店(フライショップ)が出現したのとは対照的な成りゆきです。

 とうぜん、テンカラの道具・装備・材料・衣料・情報などの商品開発は進捗せず、それらを取り扱
うテンカラ専門店もあらわれず、フライフィッシングの大波に呑まれてテンカラは衰退するかに見
えたのですが、どっこい、生き延びて愛好者を増やし続けています。

  綿毛を10個ほどビニール袋
  に入れて持ち帰りました。
 種を取り除けば、綿は毛バ
 リの胴材として使えそう。

 大型釣具店の一角には必ずといってよいほどテンカラ・コーナーが設けられています。これは、
テンカラの愛好者が少なくないことを如実に示すものですが、ただし、その品揃えはおおむね貧
弱です。商品の数量、種類があまりにも少ないので、モノを比較して選ぶとか、前から欲しかっ
たモノをそこで買い求めるという当たり前のことが思うにまかせないのです。

 「毛バリの材料すら簡単に揃えられないなんて、しんどいなぁ」と感じられたかもしれません。さ
あ、ここで発想を転換しましょう! 大方のテンカラ師は、そのことを「しんどい」と感じるどころか
「面白い」と感じています。なぜなら毛バリの材料になるものは、その気になって目を光らせてい
れば至るところで入手できるからです。自宅でも山でも公園でも飲み屋でも、そしてもちろん手
芸品店でもホームセンターでもフライショップでも。

  胴を巻いて白いミノ毛をつ
  け、「タンポポ毛バリ」完成。
 こういうものでも毛バリは作
 れる、という一例です。   

 採るのもよし、拾うのもよし、貰うのもよし、そして買うのもよし。環(アイ)付きのハリだけは釣
具店で買わなければなりませんが、他の材料はどうにかして探しだす、狙いをつける、育てる、
あさる、ねだる、交渉する――こうして動き回るのがなんとも楽しいのです。最初の一匹をテン
カラで釣ることができたら、貴兄もぜひやってみてください。

 とはいえ、習い始めは釣具店やフライショップで材料を一通り買い揃えるのが好都合でしょう。
でも、店で売ってるものを使わないと毛バリは作れないなどと、ゆめゆめ思わないでください!


「ハリを選ぶ」 ご存知のように釣りバリにはさまざまな種類や型があり、古今東西、釣り
人を迷わせてやまないのですが、毛バリ釣り用のハリを選ぶさいも、この迷路に入り込んでしま
うとタイヘンです。こんなところでテンカラ入門者が右往左往してしまうのは「道草」にもならず、
まったく無益です。


 そこで、ここでは毛バリ釣り用の環(アイ)付きバリを大まかに整理し、ハリについての概要の
みを理解していただいた上で、入門者が使ってみたらよいと思われるハリの種類と大きさを提示
します。まずは妙ちきりんなハリを使わず、標準的なハリを使いましょう!

 現在使われている毛バリ釣り用のハリは、大まかに、以下のように分類されます。


 環付きバリがなかなか入手できなかった時代は、餌釣り用のハリの頭(チモト)に糸の輪を取り
付け、そこにハリスを通して結びつけていました(下の写真参照)。糸の輪を付けずにハリスをチ
モトに直接結び付けていた釣り師もいたはずです。

   近年はほとんど見かけ
   なくなったが、かつては
   このように糸の輪っか
 を付けた毛バリが一般
 的であった。
 (製作・清水純孝氏)

 糸の輪にしても結び付けられたハリスにしても、ハリ軸と違った角度に取り付けるのは面倒で
あり困難です。必要性も感じられなかったはずです。ですから、毛バリの頭だけを上向き、また
は下向きにするという発想は、テンカラ師の間では生まれようがなかったと思われます。

 では、「下向き」「まっすぐ」「上向き」の3タイプの環付きバリが簡単に入手できるようになった
今日、ハリを選ぶさいに環の向きを考慮すべきかどうか? こだわるべきかどうか? 当編集部
は その必要はほとんどないと考えていますが、その理由を述べる前に、環の向きにより毛バリ
の姿勢がどう変わるかを写真で見ていただきましょう。

               〔下向き〕         〔まっすぐ〕         〔上向き
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   水面
   水中
 (水
面直下)
  ______________________________________ 

 どの毛バリも、同じ材料で胴とミノ毛が作られています。ハリの大きさもほぼ同じ。上の3枚は、
毛バリがほぼ水面に浮かんでいる状態です。下の3枚は、水面下3cmぐらいのところに沈んで、
環に結んだリーダーで斜め上(角度=約30度)へ引かれている状態です。

 上の写真は、竿・ラインで振り込まれた毛バリが水面に落下したときの様子を示しています。
一方、下の写真は、その毛バリがライン・リーダーにつながれて水面下に少し沈んでいるときの
有様です。

 水面では、どのタイプの毛バリも胴を横たえ、同じように浮かんでいるように見えますが、ハリの
曲がりからハリ先までが水中に沈む度合いは、「下向き」「まっすぐ」「上向き」の順に大きくなりま
す(写真ではよく見えませんが)。つまり、ハリ先が一番沈んでいるのは「下向き」です。

 水中ではタイプにより姿勢が異なります。「下向き」の場合は胴が斜め下へ大きく傾き、ハリ先
が上を向きます。「まっすぐ」は、水面にたいするリーダーの角度(右上へ引かれる角度)がほぼ
そのまま胴・ハリ先の傾きとなります。そして「上向き」は、水面にあるときとほとんど姿勢が変わ
らず、ほぼ水平方向に安定しています。

 これらの異なったタイプの環付きバリは、近代ヨーロッパのフライフィッシングの先駆者たちが
考案したものですが、それは彼らが水生昆虫の形態を毛バリで再現することだけでなく、水面・
水中における毛バリの姿勢にも強い関心を抱いたからだと思われます。

 一方、日本でも古来さまざまなタイプの釣りバリが作られ、すでに江戸時代には、ハリ軸の頭や
チモトが「下向き」「まっすぐ」「上向き」になった多種多様な型が確立していましたが、環付きのハ
リだけは出現しませんでした。

 川で毛バリ釣りをしていた昔の人々はおそらく、海釣り用のハリを含むさまざまな型のハリを試
用して具合のよいものを選んでいたはずです。そして選ぶさいに考慮したのは、水生昆虫の形
態でも姿勢でもなく、狙った魚にたいして掛かりがよいかどうか、毛バリ巻きに向くかどうか、そし
て堅牢であるかどうか、といった点にあったと推察されます。

 ヨーロッパに多くみられる、平地をゆったり流れる川と違って、日本の大部分の渓流(北海道な
どの平地の川を除く)は傾斜がきつく岩石も多く、流れが速いうえに波立っています。そんなとこ
ろに打ち込まれた毛バリは「もみくちゃ」にされるばかり。釣り人だけでなく魚のほうも、餌となる
虫の形態や姿勢に目を光らせる余裕はほとんどありません。ですから、ハリの頭の向きがどうの
こうのと考えるまでもなかったのです。

 ところが時代が下るにつれて、とりわけフライフィッシングが流行し始めると、欧米流の環付き
バリがテンカラ師のあいだでも一般化し、それとともに環の向きに関心をもつ人たちがいくらか出
てきました。

 現在、テンカラ用のハリもまた「下向き」「まっすぐ」「上向き」の3種が製造販売されていますが、
「上向き」のハリを使う人はほとんどいません。大多数のテンカラ師は「下向き」か「まっすぐ」を用
いています。理由は先述の通り、テンカラの毛バリは個々の水生昆虫を模したものではなく、水
面・水中での毛バリの姿勢にこだわる必要がないからです。

 そんなことより、ハリの掛かり具合がよいかどうか、そして掛かった魚がバレにくいかどうかが
肝心です。掛かり具合がよいという点では、ハリ先がより下に沈んでいる「下向き」または「まっす
ぐ」のハリがテンカラには好都合である、とベテランの多くは感じているはずです。

 なぜ、ハリ先がより下に沈んでいるほうが具合がよいのか? 水面にまで浮上しないで毛バリ
に食いつく魚を掛けることが容易になる(かもしれない)のが第一の理由。第二は、水面または
水面直下での合わせを確実なものとするには、沈んでいるハリ先が上を向いているほうが有利
である(と思われる)こと。

 下の写真で、毛バリが魚のどこに刺さっているかをよく見てください。


 お気づきでしょうか。そうです、毛バリはふつう、魚の上あご(吻=ふん)に刺さります。毛バリを
ひったくるようにくわえ込む魚の場合、あるいは川面が枝葉で覆われていて横にしか合わせられ
ない場合は、上あごと下あごの境目あたりに刺さりますが、それらを除くと、毛バリは十中八九、
上あごをとらえます。

 「イントロダクション」のキャスティングのイラストを、もう一度見てください。テンカラの合わせ
は通常、竿を手首でハネ上げて行います。一直線に伸びきったラインとリーダーの水面にたいす
る角度は30~45度以上にもなります。一方、水面か水面近くまで浮上した魚は毛バリをくわえる
とともに水中へもどる姿勢となりますから、合わせが利いたとき、毛バリのハリ先は必ずといって
よいほど魚の上あごをとらえるのです。

 そのとき、ハリ先が初めから上向きになっていれば、上あごをとらえるまでのタイムラグ(時間
のずれ)がより小さくなる、と思われます。また、上あごにハリ掛かりした魚は口をあけて水面に
浮上し、いわば「空気を吸わせる」状態(第10章「取り込み」「空気にさらすの項参照)となり
ますから、取り込むのが容易になります。

 「下向き」と「まっすぐ」のハリをお勧めするのは、明確ではありませんがこのような理由がある
からです。ただし標準的でないテンカラ、たとえば5m以上の長いラインを使う場合とか、毛バリ
を沈めて向こう合わせで釣る場合、あるいは、いわゆる「遅合わせ」で一呼吸おいて釣る場合、
ラインの動きや目印の揺れをシグナルにして釣る場合などは、合わせの仕方が異なりますから、
上に述べたような考えは当てはまりません。

 また、「上向き」のハリを用いても同様に、魚の上あごにきっちり刺さりますから、標準的なテン
カラに用いるかぎり、どのタイプのハリを用いてもきわだった差はなく、差があるとすればそれは
半ば以上、気分的なもの(たとえば毛バリの見栄え)といえそうです。

 さて、次はハリの刺さり具合についての問題です。日本で製造されているハリ(フライ用のフック
を含む)は、どれもハリ先がきわめて鋭利で、かつ堅牢に作られています。つまり国産品であれ
ば瑕疵(かし)はないといってよいでしょう。

 また、刺さったハリが外れにくい、つまり魚がバレにくいという点ではカエシが付いていることが
必要条件。しかし、魚の口からハリを外すときカエシによって傷口が広がるため、魚のリリースや
源頭・隠し谷などへの放流を心掛けている人は、カエシのないバーブレスフックを使ったほうがよ
いでしょう。


 なお、ベテランの中には、ハリの刺さり具合の良さという点でGamakatsu(がまかつ)のフライ
フック(S12-1F)またはテンカラ専用ハリを推奨する人が多く、バレにくさという点ではハリ先が
内側にやや反っている(いわゆるネムリのかかった)OWNER(オーナー)の桑原テンカラ、あ
るいは、同じくややネムリのかかったGamakatsuのフライフック(S10またはS10-2S)を評価す
る人が多いようです。

 テンカラ入門者は、これらのハリのなかから種類とサイズの異なるものを2、3種類選んで使っ
てみてください。なお、フライフックとテンカラのハリとではサイズの表示法が違っています。

 フライの場合は#(ナンバー)で表示され、たとえば#10なら「10番」と呼びます。フックのサイ
ズは数字が大きくなるにつれて小さくなります。

 一方、テンカラの場合は規格が定まっていないこともあり、メーカーにより独自の番手(号)が
採用されています。ハリのサイズは数字が大きくなるにつれ大きくなります。

 紛らわしいと思われる方は、釣具店に行く前に下記の表をメモしておくか、あるいは小さな三
角定規(ものさし)を店に持参してハリの軸(環の下から曲がりの起点まで)の長さを測ってみて
ください。その長さが10ミリから11ミリのものが、じっさいの釣りではもっとも汎用性が高く、かつ
自分の手で毛バリを巻くのに適した扱いやすいサイズです。

     

    初級者からベテランまで使える標準的なハリ

     メーカー     商品名     サイズ(タイプ)   1ケース本数  メーカー希望本体価格
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    OWNER    桑原テンカラ  4号(ダウン)      20本        300円

    Gamakatsu   テンカラ専用   8号(ストレート)     12本        200円

    Gamakatsu   S12-1F    #10、12(ダウン)   20本           400円

    Gamakatsu   S10         #10、12(ダウン)   20本         400円
    ____________________________________

    * ハリの色について、メーカーは「桑原テンカラ」「テンカラ専用」ともに「茶」と表示して
      いるが、実際はシルバーに近い薄い金茶色。また、「S12-1F」はブラック、「S10 」は
      やや黒っぽくみえるシルバー。ハリの色にこだわる必要はとくにない。

    * 「テンカラ専用」は、やや軸が太い(写真参照)。ミノ毛や胴の材料にもよるが、他の
      ハリに比べていくぶん重く、水面下に沈みやすい。


「巻き糸とワックス」毛バリを巻くことを英語で「タイイング」といい、そのために用いる糸
を「スレッド」と呼びます。フライフィッシング専門店やWeb Shopでは、素材・色・太さ・強度の異な
るさまざまなタイイングー・スレッドを販売していますが、それらの多くはワックス(蝋)をしみ込ま
せた糸で、やや粘りけを帯びているため毛バリ巻きがしやすいという利点があります。

      左側はフライ用のスレッド、右側は裁縫   UNI(ユニ)、DANVILLE(ダンビ
      用のミシン糸と縫い糸              ル)は著名なスレッド・メーカー 


 テンカラの毛バリを巻くさいは、これらのタイイング・スレッドを利用するか、裁縫用または手工
芸用の細糸を使います(手芸品店やビーズクラフト関係のWeb Shopでも購入可)を使います。
いずれにしても、ポリエステル製、ナイロン製、絹など強度の高いものを選びます。

 あまりに細い糸は切れやすいので、始めは使わないほうがよいでしょう。ではどの程度の太さ
の糸が使いやすいか。タイイング・スレッドの場合は太さの表示が6/0となっているもの(やや
細め)、次いで、3/0となっているもの(やや太め)。8/0は小さなフライ(毛バリ)を巻くための細
糸で、テンカラではまず使いません。

 裁縫用などの糸の場合も細すぎると扱いづらく、逆に、ボタン穴のかがり糸のような太い糸も
適当ではありません。もっとも使いやすいのはミシン糸なら#50#60(数字が大きくなるほ
ど細くなる)、洋・和裁用の糸なら、普通の縫いバリ(長さ40ミリぐらい)の穴にすんなりと通るよう
な、やや細めの糸。

 なお、タイイング・スレッドの多くが、ごく細い繊維を撚(よ)らずに1本にまとめたモノコード型で
あるのにたいし、裁縫用の糸はほとんどが撚り糸になっています。またビーズクラフト用の糸にも
モノコード型が少なくありません。

 ルーペや顕微鏡で糸の構造を見ると、それらの違いがよく分かります。モノコードの特徴は、
切り口(糸先)のほつれがなく、縦方向にやや張りがあること。けれど裁縫用の撚り糸でも、切り
口こそ少々ほつれるものの、巻き糸として十分に使えます。さらに自分で撚り糸にワックスを塗
れば、とても扱いやすくなります。
 ワックスの
 上を滑らし
 て撚り糸に
 粘りけをあ
 たえる
 
左・ホームセンターで入手したミシ
   ン糸(#50、ポリエステル製、24
   色、1セット950円、レオニス社) 

 巻き糸の色には、それほど気を使う必要はありませんが、毛バリの胴やミノ毛の色合いに糸の
色をなるべくマッチさせないと気分的にしっくりしないため、大方のテンカラ師はいつのまにか5色
から10色以上の糸を揃えてしまいます。入門者は、とりあえず白、黒、ベージュの3色を各1本持
っていれば間に合うはずです。

 タイイング・スレッドの価格は、メーカーにより多少の違いはありますがほぼ200円台から300円
台(1本)。ビーズクラフト用の糸(番手の表示がまちまちなので要注意)の値段も、だいたい200
円台から300円台。また、固形や液状のワックスは、ほぼ300円台から700円台。


「胴材・光り物」 胴を巻くための素材として古来よく使われてきたのはゼンマイの綿毛と
クジャクの羽毛の枝毛で、それらを巻いた胴をそれぞれ「ゼンマイ胴」「クジャク胴」といいます。

          ゼンマイの綿毛        クジャクの枝毛(ほぼ原寸大)

 これらの素材がなぜテンカラ師にもてはやされてきたのか。理由は定かではありませんが、ゼ
ンマイの綿毛は山ではいたるところで手に入るものであり、その軸を食用として加工するさい大
量に捨てられるものであることから、往時の山人(職漁者)にとって、それはうってつけの、あるい
は有り合わせの胴材だったはずです。このような慣行がやがて平地の人々(テンカラ師)に受け
継がれ、いまに至っていると思われます。

 近年、和洋の毛バリ釣り師のなかに、ゼンマイ胴が魚にたいし並外れた誘引効果をもつかの
ように吹聴する人たちがいます。もし、ゼンマイの綿毛を手軽に使っていた昔の人がそんな話を
耳にしたら、たまげることでしょう。伝承されてきた作法であるからといって、その材料が霊験あ
らたかな逸物であるとはかぎりません。

        ゼンマイ胴の毛バリ。金ラメ糸を   クジャク胴の毛バリ。光が当た
        下巻きし、尾端でそれを1~2mm   ると玉虫色に鈍く光る。ハリは 
        のぞかせることが多い。        Gamakatsu S10 #10を使用。 


 一方、クジャク胴の効能についてはベテランの間でも意見が分かれます。これは、素材の効果
を云々するというより、光沢のあるものを胴材やミノ毛に、あるいは毛バリの一部に用いることに
有意差があるのか否かという古くて新しい、難しい問題です。(クジャク胴の巻き方は後で解説)

 先にご紹介した三人の先駆者、杉本英樹博士、桑原玄辰氏、鬼川光博士もクジャク胴の毛バリ
を使っていましたが、その動機や光り物にたいする見方は三者三様で、微妙に違っています。以
下、それぞれの著書から短く引用します。

 ●杉本博士……「クジャク・ボディは羽蟻の群生時、または川が濁った時に使ってみるだけで、
            年中まず使うことはありません。…(中略)…金色のハリは、曇天で毛バリが
            見にくい時に使いますが、それは魚を誘うためではなく、もっぱら人間のイニ
            シアティブで選択するだけのことです。」(『渓流釣りvol.5』 朔風社・刊)

 ●桑原氏………「(クジャク胴の)艶やかな玉虫色の光の変化がゲンゴロウやハエ、羽アリの、
            青光りする色の想定であろう。釣期中でも大型ヤマメがよく追うのも、平均し
            て黒系統の胴の毛バリに多い。」(『毛バリ釣りの楽しみ方』 産報出版・刊)
            「マス族の魚たちは光り輝くものに強い関心を示す。金のラメ糸も1種のアトラ
            クターとしての役目を果たす。多用は避けるべきだが、使いようによっては偉
            効を奏す。」(『テンカラの技術』朔風社・刊)

 ●鬼川博士……「毛鈎(バリ)の色や形が、特定の昆虫カゲロウに似ても似なくとも、魚に不安
            を感じさせない弱々しい繊細な工作であればよい。魚の注意を引き食いを誘
            う最大の要素は、毛鈎の光沢(艶)と動きである。」
            「最近は…(中略)…白ミノ毛(光沢のある白チャボ雄の首毛)、金糸を混入し
            た孔雀(クジャク)胴の毛鈎だけを専用し、ヤマメもイワナも釣っている。」
            (『天から釣60年』 個人出版・非売品)

 お三方の見方の違いは、おそらく、それぞれの技法と理論・主たる対象魚・川の形態・自然環
境などの違いに由来するものでしょう。ですから、いずれが正しいのかと穿鑿(せんさく)するより
も、どの見方も理にかなっていて示唆に富んでいるのだとお考えください。

 ことほどさようにテンカラの釣法は百人百様。個々の釣り人が自由に、なにものにもとらわれず
自らの技法を確立していく――それが本来のテンカラのあり方であり持ち味です。ですから、毛
バリの胴材はコレに限るとか、ミノ毛はアレを使わなければなどと、もし誰かに口説かれてもそれ
に従う必要は毛頭なく、「御説」を記憶にとどめておくだけでけっこうです!

 入門してから二、三年は、いろいろな胴材を探しだして使ってみましょう。「なんでもいい」ので
はありません。なんでも使ってみて、それぞれの特性を見極めてください。そのうち、自分の毛
バリの型が固まってきて、それに適合する胴材が絞られてきます。いろいろな素材を使ったこと
があるという経験は、絞り込みを確かなものにします。そしていつの日か、あなた自身のオリジナ
ルな毛バリを生みだすときの手がかりになります。

 さあ、ここで各種胴材を見ていただきましょう。これらを大別すると、ゼンマイの綿毛に代表さ
れる植物素材、クジャクの枝毛などの動物素材、そして化学繊維(ラメ糸を含む)の三種になり
ますが、これらの混合物を用いたり異素材を組み合わせたりして胴を巻く場合もあります。

 なお、店で購入する胴材(ラメ糸を含む)はどれも1個数百円単位。一巻き、あるいは一袋あ
れば1年から数年、ものによっては生涯、それで間に合います。

           .ゼンマイの綿毛 .フロスと呼ばれる、細い絹糸の束
           (撚りがかかっていない)
 .毛糸(ほぐして使う) .猫の
           柔毛(犬の柔毛でもよい) 
.クジャクの枝毛 .もめん綿
           
.各種ダビング材(細いウサギの毛。きらきら光る繊維を
           混ぜ込んだものもある) 
.綿状の化学繊維 .ヤーンと
           呼ばれる、細い繊維の束(フライ・タイイングに使われる)
           
*はフライ専門店で入手可。
 
 次はラメ糸を中心とする光り物です。使うべきか使わざるべきか。それはあなたが、これらを
使った毛バリと、使わない毛バリを渓流で何度も何度も試してから、ご自分で結論を出してくだ
さい。

 「いつも使う」または「ときには使う」と決めた方のために、後で、光り物を使った毛バリをいく
つか例示します、参考になさってください。

           .黒い木綿糸に金、銀、紫、青などのメタリックなフィルムを
           付着させたラメ糸 
.金色に染めたナイロン+ポリエステル
           の糸 
.パール(真珠)の輝きをもつポリエステルの糸(強度
           は弱い) 
.クジャクの羽(ピーコック・スオードと呼ばれる色
           鮮やかな部分の毛) 
.黒の木綿糸と光沢のあるフィルムを
           撚り合わせたラメ糸 
.銀のラメ糸 .さまざまな色合いの
           ラメ糸 
.銀ラメ糸と黒木綿糸を撚り合わせた、やや太い糸
          
 *は手芸品店で、その他はフライ専門店で入手可     

 ここで示した胴材や光り物は、実在する素材のほんの一部にすぎません。釣具店で買うのもわ
るくはありませんが、できたら自分の身の回りや山野で「こりゃ、使えるぞ」と思われるものを見つ
けて使ってみてください。かつて山人たちがゼンマイの綿毛に目をつけたように、有り合わせのも
ので何とかやっていく、というのがテンカラ師の真骨頂です。


  (光り物を使った毛バリ)



  (クジャク胴の巻き方)



1. 枝毛先端の弱い
  部分を指で取る



2.
下巻きの糸で先
   端を巻きつける



3.ひねり止め2回、
  接着剤で固定



4.
はみ出した枝毛
   をハサミでカット
















5.曲がりに持ちかえ
  糸と枝毛を一緒に



 6.尾から密に巻
    き上げてゆく


7.環の下を少しあ
   け、ひねり止め



8.脹らみすぎた毛 
   足を刈り取る



「羽毛」昔の職漁者やテンカラ師たちがミノ毛としてよく使っていたのはメスキジの羽毛だと
伝えられていますが、土地により人により利用できる鳥は違っていましたから、実際にはニワト
リ、チャボ、ヤマドリ、スズメ、ツグミ、フクロウなど、さまざまな鳥(現在は禁猟となっているもの
が多い)の羽毛が使われてきました。

 ともあれ、どの鳥の、どの部位の、どんな形質の羽毛を使ったらいいのか、さらに、その鳥は
雄(オス)がいいのか雌(メス)がいいのか。毛バリ釣りに熱中すると、一度はその問題で悩まさ
れます。なぜなら選択肢が多いうえに、どんな基準で選んだらよいか判断が難しいからです。

 けれど、テンカラのベテランになればなるほど、実際に使う羽の種類は限られてきます。1種類
しか使わない、またはせいぜい2~3種類しか使わないという方が多くなります。

 これには、以下に挙げるいくつかの理由があります。①自分の毛バリの型が固まって、ミノ毛
に使う鳥の羽が限定されてくる。②ハンター(鳥撃ち)の友人でもいないと、いろいろな鳥の羽を
入手するのは不可能。③いわゆる鳥獣保護法で野生鳥類の捕獲が基本的には禁止されてい
る。④釣具店で売られている羽毛は数種類程度しかない。⑤フライ専門店ではタイイング用の
多種多様な羽毛を販売しているが、値の張るものが多く、多種類を買い揃えるのは難しい。

 選択肢がきわめて多いとしても、現実には限られた選択肢と限られた予算の中で選ぶしかな
いのです。では、そうした制約のもと、テンカラの入門者はとりあえずどんな鳥のどの羽毛を使っ
たらよいのか。それについて考える前に、昆虫の写真を見ていただきましょう。

 山に棲む虫たちの姿から、ミノ毛というものがどんな役割を果たしているのかを、まずは理解
していただきたいのです。その上で、羽毛を選ぶときの着眼点について、いくつかの例を示しな
がらご説明します。

 これらの写真は、7月下旬、長野県の八ヶ岳山麓(標高1600m)で、目についた虫を約2時間か
けて次々と写したものです。(なお、ダニとクモは一般に「虫」と呼ばれますが、分類上は「昆虫」
に含まれません。)




 ご覧のように昆虫たちは大半が、幼虫または蛹から成虫に脱皮するとき2対4枚の翅(生物学
では昆虫の羽を「翅」と表記する)を持ち、空中を飛び交います。渓流一帯を棲みかとするカゲ
ロウ、トビケラ、カワゲラなどの水生昆虫も同様に、成虫になるさい(カゲロウだけは亜成虫で)
翅をはやし(「羽化」という)、空へ飛翔します。

 これらの水生昆虫の成虫は、産卵のため空中から水面に降りてきたり、生きたまま、または
遺骸となって水面を流れてきたりします。魚たちは、いつもは水底に棲む水生昆虫の幼虫を捕
食していますが、温かい時季となり虫たちの羽化があちらこちらで始まると水面や、その上と下
にも目を向け、翅のはえた虫をさかんに捕食するようになります。

 捕食される羽虫はしかし、水生昆虫だけではなく、さまざまな陸生昆虫も魚たちの餌食となりま
す。あなたも、釣り上げた魚の胃袋に羽アリやバッタなどが詰まっているのを見て、驚かれたこ
とがあるはずです。それらの昆虫のほとんどが、透明な翅またはあまり透明でない翅を持ってい
ることに気づかれたかもしれませんね。

 第2章「これがテンカラだ!」で、テンカラの毛バリは特定の水生昆虫ではなく「羽のはえた虫
らしいもの」であることを瞬間的にアピールすると述べました。これをもう少しかみくだいていうと
――ミノ毛をまとうことによって羽のはえた虫をよそおおい、それを餌だと魚たちに直感させるの
が毛バリ釣りの仕組みだ、ということです。つまり、毛バリを羽虫に見せかけるには何よりもミノ
毛が欠かせないのです。


「剣羽を知る」その奇術的効果をいかに発揮させるか、この点にこそ羽毛を選ぶさいの、
そして巻くときのポイントがあります。羽毛の種類と巻き方によって、その効果はどのように変わ
るのか、あるいは変わらないのか。例をあげて具体的に説明しましょう。

     A               B               

 ご覧いただいている羽毛はメスキジの剣羽(けんばね)です。ある高名な作家が「剣羽には原
爆的効果があるそうな」などと書いたり話したりしたため、それを「ホントの話」と信じ込んだ釣り
人が少なくない、いわくつきの羽毛です。なお、メスキジは日本国内では禁猟の鳥ですが、海外
からその羽毛が輸入されていて、釣具店・フライショップなどで入手可能です。

 写真はキジの翼から抜き取った剣羽(原寸大)。は、ミノ毛として使うため毛足をしごいた
状態。はその毛足(長さ6ミリ前後)を拡大して写したものです。毛足に張りがあり、しかも非常
に腰が強いことが、この写真からうかがえます。

 剣羽はキジの両翼の小翼羽(しょうよくう)と呼ばれる部位にある小さな羽で、一羽のキジの左
右の翼から各1本、計2本しかとれません。ですからその値段は高く(1本100円ほど)、気軽には
使えないしろものですが、テンカラのベテランのあいだでは、しばしば、その卓越した効果が話題
になります。なかには、金に糸目をつけず剣羽を買い求める人もいます。

  メスのキジは、全身が
  このような地味な色彩
  の羽毛に覆われてい
  て、ミノ毛に使える部
  分が多いが、オスの羽
  毛は翼が茶褐色と灰

 色、背中が灰色、襟毛
 は紫、胸毛は暗緑色。
 ミノ毛としては視認性
 のよくないものが多く、
 テンカラでは昔から、
 ほとんど利用されない。


 剣羽がもてはやされる理由は、前述のように毛足に張りがあって腰が強く、しかも水切りがよ
い(水気をはじく)ため、どんなに強い水流にもまれてもミノ毛の形がくずれないという点にありま
す。「翅」がいつもぴんと張っているのですから、魚たちの目には、剣羽のミノ毛はまさしく生きて
いる「翅虫」と映るのかもしれません。

 さて、同じメスキジの羽毛でも、部位によって毛足の性質は異なります。ためしに剣羽のほか、
胸毛雨覆(あまおおい)で巻いた3つの毛バリを流水にしばらく漬け、すばやく陸(おか)に引
き上げたときのミノ毛の形を比べてみましょう。

     A 剣羽             胸毛            C 雨覆

 剣羽で巻いたミノ毛は、水に浸かる前と後でほとんど形が変わりませんが、胸毛の場合は20~
30本あった毛足がいくつかに分かれて固着しています。そして雨覆の毛足は大部分が胴に付着
し、原型をとどめていません。BCの状態では「翅の生えた虫」に見えそうもありません。ついで
に、ABCの毛バリに用いた羽毛の、柔毛を取り除いて毛足をしごいた状態、つまり毛バリに
巻く前の姿を見ていただきましょう。

 (参考)剣羽1本を
 指で二つに割り、片
 面ずつ使う。割り方
 や巻き方はやや難
 しいが、慣れればで
 きるようになる。


 雨覆の羽毛は剣
 羽や胸毛に比べ
 て腰が弱い。下へ
 しごいたときの形
 で それがはっき
 りと分かる。


 こうして比べてみると、剣羽のミノ毛としての適性は抜きんでている、やはり凄い効果があるの
だと感心してしまいます。その思いを抱えて渓流に行き、剣羽の毛バリで面白いように魚が釣れ
るようになると、「剣羽こそ究極の羽毛だ」「剣羽には魔力が宿っている」などと信じて疑わなくな
りがちです――が、魔力をもつ羽毛などあるはずがありません。もっと客観的に、もっと合理的
に追究していきましょう。

 剣羽はたしかに効果的な羽毛です。けれどメスキジの胸毛で巻いた毛バリだって、剣羽と比べ
てほとんど遜色がありません。雨覆や他の部位の羽毛で巻いた毛バリでも、釣果の点でそれほ
ど劣るわけではありません。なぜでしょうか。水中にあるときの毛バリの姿に目を凝らすと、その
理由(わけ)がよく分かります。

 さきほど、リーダーにつながれた毛バリを水流からすばやく引き上げたときの様子を見ていた
だきました。ミノ毛の形(くずれ方)は羽毛によってさまざまです。では、それらをふたたび水流に
放ったとき、それぞれのミノ毛はどんな形になるでしょうか。下の写真をよく見てください。

 各画面の左は胸毛で巻いた毛バリ、右は雨覆で巻いた毛バリです(剣羽のミノ毛はほとんど
形がくずれないので除外)。また、水流は画面の下から上へ流れています(水圧をかけるため、
流れに逆らうように毛バリを置いています)。

 A.ゆったりした流れ       B.やや速い流れ         C.速くて勢いのある流れ

 二つの毛バリはともに、流れのゆるいところでは「翅」を十分に張っています。また流れのやや
速いところでも胸毛の場合はほぼ十分に、雨覆の場合はすぼめながらも後方に張っています。
そして流れの急なところでは、胸毛は少しすぼまるものの依然として「翅」を張り、一方、雨覆は
ついに水圧に負け、胴に張り付いています。

 A、B、Cの画像はいずれも、流水の中に毛バリを固定して撮影したものです。つまり、一定の
水圧をたえず受けている状態を想定しています。しかし現実には、流れに打ち込まれた毛バリ
は通常、上流から下流へ流れますからそれほど大きな水圧は受けません。画像のように水流
の一点に毛バリを固定させることも、まずありません。

 どういうことかといいますと、ミノ毛は流れに激しくもまれたり流れに逆らって動いたりしたとき
にだけ、素材によってはその形を変化させるけれども、流れのままに流れるときには、それがど
んな素材でできていても、ほとんど形を変えないということです。

 一方、剣羽にはそうした変化がなく、いついかなる流れの中でどんな動きをしようとも「翅虫」の
イメージが損なわれないし、しかも視認性が高い(毛バリが見やすい)。それゆえ剣羽は価値あ
る素材だと考える人が少なくないのですが、しかし、これまで見てきたように、ミノ毛の素材として
は胸毛もまた十分に機能します。また、雨覆のような、流れの中で毛足がゆらめく柔らかい羽毛
の方が魚の食いを誘うという説もあります。

 フライ・ショップで売られて
 いるメスキジの羽毛(輸入
 品)。1羽丸ごと=3300円
 前後。

 
 釣具店のテンカラ・コーナ
 ーでは、剣羽や胸毛を小
 袋(数百円)で売っている
 が1本当たりの単価は当
 然、高くなる。

 ともあれ、伝承毛バリのミノ毛としてメスキジの胸毛や襟(えり)毛が主に用いられてきた理由
の一つは、形がそれほどくずれないという点にあります。また、雨覆などの羽毛は、剣羽や胸毛
に比べれば形をくずしやすいため、あまり使われてこなかっただけで、ミノ毛として使えないわけ
ではありません。そしてメスキジに関するかぎり、剣羽、胸毛、襟毛、雨覆以外にも、使える羽毛
は少なくないのです。草の根を、いえ、羽の根を分けて探しましょう。

 さて、桑原玄辰氏は剣羽について次のように言い切っています。「毛足の堅牢な剣羽は、形が
くずれないし見た目にもすっきりしていて水切りがよい、というので昔から珍重されてきたが、実
際には、神秘化されるほどの効用はない」(『テンカラの技術』より)。

 話をまとめておきます。以下に記す要点はメスキジに関するものですが、ニワトリやスズメな
ど他の鳥の羽毛についても当てはまります。なお、入門者にとって扱いやすい羽毛は、鳥の種
類にかかわらず、毛足の長さ10~13ミリぐらいのものですが、ベテランのなかにはその長さ5~
6mmの短いものや、15mm以上の長いものを使う人もいます。

     ①毛足の張りと腰の強さを一定程度もつ羽毛をなるべく選ぶこと。

     ②陸(おか)に上げたときよりも水流にあるときのミノ毛の形に留意すること。


     ③特定の部位・羽毛にこだわらず、使える羽毛を探すこと。


「翼から抜き出す」 剣羽はメスキジの左右の翼に各1本しかありません。それなら翼に
は剣羽以外にミノ毛に適した羽毛がないのか? あります! よく探してみれば少なくとも10本ぐ
らいは、なかなか良い羽毛が見つかります。

 「翼の部分名称」の写真では、名称として風切羽、小翼羽、雨覆の三つしか記していませんが、
じつは翼の構造はもっと複雑です。たとえば風切羽なら、「初列風切」「次列風切」「三列風切」、
雨覆なら「小雨覆」「中雨覆」「大雨覆」などと細かく分かれています。厳密に言うと、翼は、一本
一本が異なる形質をもつ多様な羽で形づくられているのです。

 テンカラ師が「おっ、これはいける」と思えるメスキジの羽毛は主に「小翼羽」に集まっています
(他の鳥の場合、そうとは限りません)。下の写真は翼から抜き出した「いけると思える羽毛」の
一部を並べたものです(ほぼ原寸)。

 時間のある
 ときに、使え
 る羽毛を抜
 き出し、柔毛
 を取り除いて
 ビニール袋
 に入れておく
 とよい。
 片方の翼か
 ら、このよう
 な良質の羽
 毛が10本以
 上とれる。 

 毛足の長さは5~12mmぐらい。いずれも、毛足に張りのある羽毛ですが、剣羽と同様、軸が
太くて硬いのが難点です。しかし、羽を左右二つに割り、軸の下方をカッターやハサミで削って
細くすることで(慣れれば簡単にできる)、そうした問題は解消します。

 指で二つに
 割った片面
 (右側)の軸

 を、カッター
 で削ったり割
 ったりして、
 細くする。
 これぐらい軸
 (下方)を細く
 すれば軟ら
 かくなり、ミノ
 毛として巻き
 やすくなる。


 ここで、剣羽ではない小翼羽の羽毛を使って毛バリを巻いてみます。ただし、この羽毛は1枚の
羽の右側の片面です。左側の片面だったら、第4章の「ミノ毛を巻く」でご覧いただいたような
右巻き(時計回り)で楽に巻けますが、右側の片面でそのように巻くと表裏が逆になり、羽の裏側
の白っぽい部分が表にきてしまいます。

 そうならないようにするには、左巻き(反時計回り)で巻かなければばなりません。が、この巻き
方はかなり厄介です。そこで当編集部は、次のような方法で巻くようお勧めします。

 まず、胴を巻きます。小翼羽の羽毛は軸が太いので、そのスペースを確保するため環(アイ)
の下を通常の3㎜ではなく4㎜ぐらいあけておいたほうが無難です。また、この4㎜のスペースに
は、巻き糸を下巻きせず、羽毛と一緒に巻きつけたほうが作業がしやすくなります。

 環の下のス
 ペースを通常
 より広めにと
 っておくと巻
 きやすい。
 
 
 ハリの軸と曲
 がりを左手指
 で持ち、つま
 み部分を切り
 落としてから
 右巻きで巻き
 上げてゆく。

 通常(右利きの人の場合)は、左手親指と人差し指の先端でハリの環を挟みますが、今回は
同じ2本の指先でハリの軸と曲がりを挟みます。右片面の羽毛のつまみ部分を、あきスペース
の左端に巻きつけ、糸と接着剤で固定したら、ハサミでつまみ部分を切り落とします。

 環に向かって右巻き(時計回り)で巻き上げていきます。こうすれば羽毛の表面がアイ側にき
ます。厄介な左巻きをしなくともすむということです。

 巻いた軸(太い!)でスペースがすぐに埋まってしまうので、ときおり右手の親指・人差し指の
先で、巻いた軸を胴の方へ押しつけてやり、狭くなったスペースを少しでも広げます。

 巻き終わったら、ごく少量の接着剤で固定。余分な軸やはみ出た羽毛などをハサミでカット。ご
覧のように、胸毛よりも形がくずれにくく剣羽よりも毛足の柔らかい良い「翅虫」になりました。.

 軸が太いため
 ミノ毛がふくら
 みやすい。こ
 れを抑えるに
 は毛足部分の
 幅を狭くすれ
 ばよい。 

 急流でも、ミ
 ノ毛の形は
 ほとんどく
 ずれない。





 ハリの軸と曲がりを左手指で挟んで右巻きに巻き上げる方法は、メスキジの羽毛だけでなく
他の鳥の羽毛を巻くばあいも(片面巻きでも両面巻きでも)応用できます。


「逆さ毛バリ」テンカラ師のなかには、自分の毛バリのすべてを逆さ毛バリにしている人が
少なくありません。なぜかといえば、ミノ毛の形がくずれにくく、したがって魚の採餌意欲を常に
刺激すると期待しているからです。基本型の毛バリよりも逆さ毛バリのほうがよく見える、つまり
視認性が高いので魚を掛けやすいと指摘する人もいます。

 逆さ毛バリをよく巻くベテランにとっては言わずと知れた事柄ですが、このタイプの毛バリには、
じつはもう一つの利点があります。それは、ミノ毛に使える羽毛の種類が大幅に増えることです。
ふつうの巻き方では形がくずれやすい羽毛、たとえばメスキジの翼の雨覆を逆さに巻くと、そのミ
ノ毛は腰の強い「翅」に化けるのです

 雨覆で巻いた
 逆さ毛バリ。
 毛足の長さは
 15㎜前後。

 きわめて速
 い流れの中
 で逆引きを
 しても「翅」
 を張ってい
 る。

 ちなみに、メスキジの胸毛と雨覆とでは、どちらが逆さ毛バリに適しているかといえば、巻きや
すさと堅牢さの点で胸毛のほうに分があります。けれども、水中にあるときの双方の形にはほと
んど違いがありません。

 胸毛で巻いた
 逆さ毛バリ。
 毛足の長さは
 ほぼ同じだが
 やや張りがあ
 る。

 同じように
 急流で逆
 引き。「翅」
 をぴんと張
 っている。



 雨覆の逆さ毛バリはおそらく、数匹の魚を掛けると形がくずれやすくなるでしょう。でも、ミノ毛
の本数が少なくなったり向きがばらばらになったりしても、毛バリとして用をなさないわけではあ
りません。「胴がボロボロになり、ミノ毛もぐしゃぐしゃになり本数が数えられるほど少なくなって、
いちだんと釣れるようになった」なんてエピソードを、貴兄もいつの日か誰かに語るようになるは
ずです!

 一方、胸毛で巻いた逆さ毛バリの場合は、毛足がしっかりしていますので、そう簡単には形が
くずれません。1日使ったものを次の釣行時、もう一度使うことも可能です。

 ミノ毛が磨耗して使用に耐えなくなったときは、その毛バリをゴミ扱いせず再利用します。カッタ
ーでミノ毛の部分を取り除いて新たにミノ毛を巻き、ハリ先にヤスリをかけてリサイクルします。こ
うして再利用しうるということを、日本の釣りバリメーカーは誇りに思うはずです。

 《逆さ毛バリの巻き方》 毛バリ巻きの基本型(第4章「毛バリを巻く」参照)を覚えた人なら、
何度か試作すれば逆さ毛バリを巻けるようになります。下巻きと胴の巻き方は基本型と同じで、
ミノ毛だけを逆さに、つまり傘が上に開いたような形に巻きつければOK、難しくはありません。

 逆さ毛バリの巻き方には幾通りかあります。たとえば環(アイ)の方から巻き下げたり、胴の方
から巻き上げたり、片面巻きにしたり両面巻きにしたり。ここではメスキジの胸毛の両面を使い、
環の方から巻き下げる方法を見ていただきます(胴巻きまでの過程は省略)。

    アイの下にラメ糸を巻き   羽毛の柔毛を取り除いて   軸を中心にして羽毛を
     たいときは、あらかじめ     毛足を櫛状にしごく。毛      内側に少し折っておく。
     巻いておく。            足の数は少なくていい。

    カッターナイフの峰などを  これぐらい折り曲げてお    アイに近いところに羽毛
     利用すると折り曲げやす    けば毛足の向きが揃い、     を置いて巻き糸で結びつ
     い                  きれいに仕上がる        け、さらに軸を一結び

    接着剤で羽毛を固定した   軸と巻き糸を引っ張りな    毛足の下の軸は太いの
      らつまみ部分をハサミで     がら右回りに巻き下げて    で1回巻くにとどめ、巻き
      カット                 いく                 糸と接着材で固定する

   10 しっかり固定したのを  11 巻き糸を2、3度ひねり  12 余分な糸やはみ出た
      確かめてから軸をハサ     止めし、再び接着剤で      毛足などをカットして
      ミでカット             固定する              出来上がり

 さきほど、「テンカラ師のなかには、自分の毛バリのすべてを逆さ毛バリにしている人がいる」と
申しました。誤解なきよう申し添えますと、こういうテンカラ師はどんな羽毛でも逆さに巻いている
のではなく、逆さになりうる羽毛を選んで使っています。つまり、逆さ毛バリに向く羽毛と向かない
羽毛を見分けているのです。

 たとえば、フライ・ショップで売られているコック・ハックル(おんどりの首毛)やグリズリー・ハック
ル(プリマスロック種を改良したニワトリの首毛)など、毛足が比較的短くて張りのある羽毛の場
合は、逆さに巻いたつもりでもミノ毛は直立し、傘が開いたようにはなりません。これらはそもそも
丈夫な「翅」になりうる羽毛ですから、わざわざ逆さ毛バリにする必要はないのです。

 
 フライ・タイイ
 ングで多用さ
 れるコック・ハ
 ックル。黒の
 ほかクリーム
 や薄茶など、
 多くのカラー
 (色)がある。
 
 テンカラ師に
 は「プリマス」
 と呼ばれ、愛
 用者の多い
 グリズリーの
 コック・ハック
 ル。

 翼から抜き出すの項で示したように、特定の部位や名称にとらわれず、1本1本の羽毛の
形態と性質を見極めてその使いみちと使い方を考えることが大切です。ミノ毛にする羽毛は選
び抜いて使いましょう。

 ここまではメスキジの羽毛を使って、ミノ毛にする羽の選び方をご説明しました。他の鳥の場合
は胸毛に限らず襟毛、雨覆、小翼羽、風切羽などもミノ毛としてよく利用されます。それらの選び
方や使い方については、この章で示した基準を応用して取り組んでください。

 この章の締めくくりとして、テンカラの先人たちがひそかに続けてきた、ミノ毛用羽毛の特殊な
入手法をご紹介しましょう。ニワトリやチャボを飼う(近所迷惑)、キジやヤマドリの剥製を床の
間に飾ってある宿に泊ってこっそり……(常識を疑われる)、焼き鳥をだす料理屋と懇意になる
(呑みすぎる)といった古典的な方法ではなく、これは自宅で手っ取り早くタダで入手する方法で
す。ただし、使えそうなものを抜き出す「眼力」と「根気」が必要。

 自動車用の
 はたき。さま
 ざまなニワト
 リの羽毛が
 使われてい
 る。
 毛足が長す
 ぎて腰の弱い
 ものが多い。
 が、なかには
 十分使える
 ものも。


6.翅を表現する 

 「毛バリを羽虫に見せかけるにはミノ毛が欠かせない」と、前に述べました。では、ミノ毛は昆虫
の翅の何を、どの部分を表現しているのでしょうか。あるいは、翅のどういう特徴に似せて作られ
ているのでしょうか。

 毛バリ釣り師が魚に印象づけようとしている昆虫の形態的特徴を、釣り師の思惑通りに魚が感
じとっているとは限りません。一致している部分はあるかもしれないけれど、一致していない部分
も少なからずあるはずです。ですから、この手の(魚の感覚にかかわる)問題について誰がどん
な答えをだしたとしても、それらはおしなべて推論にすぎません。

 けれども、テンカラに熱心に取り組むようになると、いつかはこの問題に直面します。自分のオ
リジナルな毛バリを創り上げようとしたとき、はたと気づくのです。もっとも効果的なミノ毛はどの
ようなものか、そのミノ毛を表現するにはどの羽毛をどんなふうに使ったらよいのか。

 テンカラの多くの先人たちもこの難題に立ち向かい、自らの理想の毛バリと毛バリ釣りのスタイ
ルを創り上げてきたのです。なかには、長年月の観察と試行によってそれをとことん追究し、ミノ
毛を選ぶさいの理論的根拠を明らかにした人がいます。

 「テンカラ中興の祖」とも称される長野県木曽福島の医師、杉本英樹博士こそその人であり、
博士が共著『渓流のつり』(昭和40年、つり人社刊)のなかで提唱した「翅脈論(しみゃくろん)」
は、その後、山本素石氏ら多くのテンカラ師に支持され、毛バリに関する基本的概念として定着
しています。


「翅脈論とは何か」 かいつまんで説明します。が、その前に昆虫の翅の写真を見ていた
だきましょう。これは、カゲロウなどと同じく水生昆虫に分類され、渓流魚にもよく食されているト
ンボ(成虫)の片側の翅を拡大して写したものです。

 トンボの翅は、このように透明な薄い膜になっていて、そ
の全面に黒っぽい筋が網の目に張りめぐらされ、一部に
黒い紋が付いています。葉脈のように広がるこれらの筋
を、全体として「翅脈」といいます。

 トンボだけでなくカゲロウやカワゲラの成虫、そして羽ア
リ(はあり=交尾期に羽のはえたアリ)など、渓流魚によく
食べられている昆虫の翅はおおむね、透明な、または半
透明の薄い膜と翅脈でできています。

 こうした翅をもつ虫が水面や水面直下を流れるとき、それを水中または水底から見上げる魚
の目にはおそらくこの翅脈と胴しか映らない――と杉本博士は考えたのです。

 蛾(ガ)など翅の不透明な羽虫をも捕食するイワナと違って、ヤマメ・アマゴは透明な翅をもつ
羽虫をより多く捕食している。とくに、カゲロウがさかんに羽化する時季には、翅の透明なその
成虫を好んで捕食している。

 ヤマメ・アマゴの目に映るカゲロウの翅は翅脈だけであろうから、毛バリを巻くときは、翅全体
ではなく翅脈だけをハックル(ミノ毛)で表現すればよい。そのほうが透明な翅を印象づけ、ヤマ
メ・アマゴを魅惑する。

 カゲロウの翅脈をイメージさせるハックルを作るには、毛足が短め(約7~10ミリ)で、やや硬く、
色のあまり濃くない羽毛を用いるとよい。この条件に適合するなら鳥の種類は問わない。どの鳥
のどの羽毛を用いてもかまわない。

 ヤマメ・アマゴは大型の羽虫を好まないので、毛足がハリ尻を越すほど長い羽毛は適さない。
また、毛バリを水中ではなく水面で流す(博士流のスポーティな)釣り技には、硬めの羽毛で巻い
た毛バリが向いている。

 ハックルとして使える羽毛はさまざまだが、よく釣れる毛バリには共通点がある。ハックルが羽
虫とくにカゲロウの翅脈に似た造りになっている、ということだ。――以上が「翅脈論」の概要で
す(朔風社刊『渓流釣り Vol.5』所収、杉本博士著「テンカラのエッセンス」などを要約)。

 博士はまた、前記『渓流のつり』(つり人社刊)のなかで、翅脈だけを印象づけるかどうかを検
査する方法として、巻き上げた毛バリをピンセットでつまみ――水中または水底にいる魚が水
面を見上げるときのように――電燈にかざして透過光線で見てみるよう勧めています。「こうす
ればハックルの疎密の具合がよく分かる」というのです。

 ハックルは疎(まばら)がいいのか密(こみ合う)がいいのか、つまびらかではありませんが、
博士が遺した毛バリ(「これがテンカラだ!」写真参照)をみると、いくぶん疎に巻かれている
ことが分かります。


     昭和40年代、木曽福島を訪れた山本    木曽川のほとりに立つ杉本医院の
     素石氏(写真左下)らと歓談する杉本    瀟洒な建物。ここが近代テンカラの 
     博士(左中央)。                発祥地の一つとなった。
     *写真提供=熊谷栄三郎氏         (2009年撮影)

 博士に師事した山本素石氏は、この点について、著書『西日本の山釣』(釣の友社刊)のなか
で次のように語っています。

 「ハックルの存在は、魚にとってやはり一番目につく幻想のくすぐり役なのでしょう。だからとい
って、たくさんつける、つまり濃密なハックルにする方がよいかというと、実は逆なのです。(中略)
必ず食いが悪くなります。(中略)要はカゲロウの翅脈を連想させる程度の密度がいいので、見
た眼にはちょっとまばらで、今少し足りないと思う程度にしておくのが適当です」

 電燈にかざし
 て見ると、ミノ
 毛はかなりま
 ばら(左)。同
 じ毛バリを陽
 光に当てて見
 ると、もっと多
 く感じる(右)。
 プリマスのミ
 ノ毛、細身の
 淡い黄色の
 胴――山本
 素石氏が愛
 用したタイプ
 の毛バリだ。

 ヤマメ・アマゴをテンカラの主な標的としている人たちの毛バリは、おおむね華奢(きゃしゃ)で
小ぶりで弱弱しげな印象を与えます。カゲロウの羽虫のイメージを直感的にとらえ、それを再現
しようとすると自ずとこのような造りの毛バリになってくると思われます。

 なお、こうした毛バリの胴にもっとも多用される素材は、クリーム色や樺色(かばいろ=赤っぽ
い茶黄色)など明るい淡色系の毛糸(極細)か絹糸です。二つ理由があります。一つは、カゲロ
ウの羽虫に淡色の胴を持つものが多いこと。もう一つは、その色合いが毛バリの視認性を高め
る、つまり、流れにある毛バリを見えやすくするということです。

 ただしテンカラのベテランのなかには、毛バリが見えているかどうかをあまり意識しない、ある
いは、見えにくい毛バリでもさしつかえないと考える人が少なくありません。初心者のころは、流
れに投じた毛バリのありかを探すのに懸命ですが、ある程度経験を積むと、毛バリが見えてい
なくとも、そのありかがほぼ分かるようになり、熟達者になると、毛バリそのものよりも、毛バリの
周辺の動きや変化に視線と意識を向けるようになります。このようなテンカラ師にとって、毛バリ
の視認性は大きな問題ではありません。


「光沢のある翅」 さて、「翅を表現する」というテーマの流れはここで二手に分かれます。
左手は「翅脈論」を源とする本流、右手は「虫の光沢」から流れだす支流。めったに人が立ち入
らないこの支流へと、もう少し遡行を続けましょう。

 先に、八ヶ岳山麓で7月下旬に撮った昆虫の写真を見ていただきました。チョウやガ以外の多
くの虫たちがキラッと輝いているのに気づかれましたか。そうです、丸みを帯びた胴や頭、とりわ
け翅は陽光を反射してきらめくのです。

 あの日、日中と夕方に撮ったトンボ(アキアカネ)の珍しい写真があります。ご覧ください。


        光が粒立って見える。翅の表面に  翅を上下に動かして飛び立つ瞬間、
        は多数の凹凸があるようだ。     翅膜が夕陽を浴びてきらめいた。


 空中を飛んでいるトンボを見たとき、人の目はその翅をかなりはっきりとらえています。翅脈し
か見えないはずなのに、薄いプラスティックのような翅を動かしていると感じるのです。これは、
すごい速さで上下動する翅(薄膜と翅脈)と、薄膜の表面で反射する光とが視覚的に一体となり、
翅の形と質感を人の目につよく印象づけるからだと考えられます。

 このような翅をもつ虫はトンボだけではありません、カゲロウ、カワゲラ、ガガンボ、ユスリカ、
羽アリなど、魚たちによく捕食される虫も同じです。これらの虫の透明な、または半透明の翅も、
間近で見ればたしかに翅脈が目立ちますが、光の当たり具合や翅が動くときの角度によっては
――曇天の日でも――輝きのほうが際立つことがあります。

 もちろん、光にたいする魚の感覚は人と同じではありません。魚の種類によっても光にたいす
る感受性が違っているといわれます。けれど多くの魚たちが光にたいして敏感に反応すること
は、魚類学者のみならず、ルアーフィッシングや海釣りをする釣り人にも経験的に知られていま
す。そしてテンカラ師も、例の光り物を使った毛バリに換えたとたん、やや尋常でない釣れ方とな
って驚くことがあります。

 光という刺激を魚たちはどのていど感じとっているのか。それは魚にとってどんなシグナルにな
っているのか。魚は光の強弱や波長を感知して、餌となる虫を見分けているのかどうか。まった
く分かりません。けれど、イワナ・ヤマメ・アマゴが常食している羽虫の多くは、光を反射する翅を
もっています。それらの羽虫がきらめきながら水面上で乱舞したり、水面に降下したり、水面を
流れてきたりするさまは、おそらく、魚たちにとっては見慣れた光景でしょう。

 この実態を毛バリ作りに活(い)かすかどうか。活かすならどんな形で表現するのか。「胴材・
光り物」
の項でご覧いただいたように、こうした不確かなテーマにたいする熟達者の見方は同じ
ではありません。釣り方(技法)が違うと見方まで違ってきます。

 くわえて、翅の光沢について探求する人はきわめてまれで、光沢に気づいていてもそれをミノ
毛で表現する術(すべ)を知る人もわずかです。冒頭で、「めったに人が立ち入らない支流」と申
し上げたのは、この「沢」がいまも薄闇に包まれていて容易には入り込めないからです。

 だからこそ、このテーマは面白いのです! 自分の毛バリの型が固まっていない入門者にと
っては、さまざまな素材や発想を試してみるよい機会ともなるでしょう。光沢を表現した毛バリの
作例を、後ほどご覧いただきます。関心を持たれた方は、それを参考にしてぜひ自分流の活か
し方をあみ出してください。

 まずは、生きている羽虫たちの光る翅を見ていただきましょう。

 クサカゲロ
 ウの1種。
 翅の膜は
 透明。
 黄色味を帯
 びた半透明
 の翅をもつ
 カワゲラの
 1種。飛翔
 時は翅を開
 く。
 羽アリ。大
 発生すると
 魚の胃袋は
 これで一杯
 になる。
 水生昆虫の
 ガガンボ。
 蚊に似てい
 るが人を刺
 すことはな
 い。

 羽虫の翅はこんなにも光るのかと思われたかもしれません。でも、渓流とその周辺の草地に
棲む羽虫のすべてが光る翅を持っているわけではありません。光らない翅またはあまり光らな
い翅をもつ羽虫も多いのです。たとえば、不透明な翅をもつカゲロウの亜成虫、同じく不透明な
翅をもつ各種カワゲラ、シリアゲムシ、チョウ、ガ、そしてトビケラです。

 とくに、渓流魚にひんぱんに捕食されているトビケラが、ほとんど光らない翅をもっていること
は、しっかり押さえておかなければなりません。


           ヒョウモンチョウ    シリアゲムシ       トビケラ

 光らない翅をもつ虫が少なくないということに加えて、もう一つ、押さえておきたい要点がありま
す。「光る翅」とはいっても、虫みずからが発光しているわけではなく、虫の翅が日光を反射して
いるにすぎないことです。しかも翅の表面は鏡と違ってざらついていますから、その反射光は、
どちらかといえば鈍い光です。天候や虫の動き・流れ方によってはそれほど光りません。

 それゆえ、光沢のある素材をたっぷり用いるのが「良い毛バリ」の条件であるとは、必ずしもい
えないのです。ルアーのようにキラキラギラギラ輝くものが魚たちを刺激し誘うことはよく知られて
いますが、それは主に水中でのことで、水面ではそれが影になってしまうため光の効果は減殺さ
れます。

 テンカラの毛バリは水面下2、3センチの層を漂うことが多いので、その効果は一定程度あると
思われますが、光り物をふんだんに用いてもさしたる効果はないということです。ただし、作例3で
示すような、水中深く沈ませるための毛バリを作るときは例外で、いわば極めつけの光り物を活
用します。

 (作例 1)………光沢のある羽毛を使う

     羽毛には艶(つや)のあるものと、ないものがあります。艶のある羽毛は日光が当たると
     それを反射してほのかに輝きます。艶の有無と度合いは鳥の種類、オス・メス、年齢な
     どにより異なります。メーカー(飼育業者)の製品によっても違いがあります。

     フライ・ショップでは、十分に艶があり、かつ毛足に張りのある羽毛が入手できます。とく
     に「コック・ハックル」、つまりニワトリのオス(おんどり)の首毛のなかに光沢のあるもの
     が少なくありません。メス(めんどり)の首毛「ヘン・ハックル」は、ミノ毛として使えないこ
     とはありませんが、光沢と毛足の張りの点ではかなり劣ります。

     著名なメーカー、ホワイティング・ファームズ(WHITING FARMS)社(米国)の製品で、「コ
     ック」と「ヘン」の光沢の違いを見てみましょう。


      左・ヘン、右・コック。黒く染色したコ  陽光を浴びるとコック(右)はきらりと
      ックの羽毛はとくに艶が際立つ。     輝く。ヘンはほとんど光らない。 


      「コック・ハックル」の中には、たとえばグリズリー(プリマス)とかクリーム色の羽毛など
     ちょっと見た目には艶などないように思われるものがあります。でも、光を当ててよく見
     ると毛足がところどころ輝いているのが分かるはずです。

     また、釣具店で売られているニワトリの羽毛や養鶏場・一般家庭で飼育されているニワ
     トリ・チャボの羽毛の中にも、艶のあるものとないものがあります。陽光や電光に羽毛を
     当てて、よく見極めてから入手するかどうか決めましょう。


      艶がないように見えるグリズリーの  いろいろな鳥の羽毛のなかには微
      羽毛も、光が当たるときらり輝く。   かではあるが艶をもつものもある。 

     光沢のある良質の羽毛のNo.1は、やはり、フライフィッシング用に品種改良されてきた
     米国産の「コック・ハックル」。インド産などの比較的安価な製品もありますが、その品質
     は値段相応となります。

     問題は米国製品の値段の高さです。「ヘン・ハックル」1羽分((首毛)の価格が3000円か
     ら4000円ぐらいなのにたいし、「コック・ハックル」はその2倍から3倍ぐらいと、かなり高価
     です。

     でも、米国産の「コック・ハックル」の場合は、1羽の首毛から数百本もの羽毛が採取で
     きるし、1本の長い(10数センチ)羽毛から2~3本のミノ毛をとることができますから、毛
     バリ1個当たりの単価は、長い目でみるとそれほど高くありません。

     また、店内にはいろいろなカラー(色)に染色された「コック・ハックル」が展示されていま
     すが、それらを買い揃える必要はまったくありません。入門者は、とりあえずグリズリー
     か薄茶色の「コック・ハックル」を持っていれば十分です。


     これは、黒のコック・
     ハックルをミノ毛にし
     たテンカラの毛バリ。
    
 この毛バリに直射日光が
 当たると、黒い毛足の何
 本かが、きらきら輝く。

     なお、フライ・ショップでは店員も客も英語の専門用語を使って話をしています。たとえば
     羽の軸は「ストーク」、毛足は「ファイバー」などと。ですから、日本語でしゃべる貴兄はテ
     ンカラの人だとすぐに見破られます(ヘンな話ですが)。そして、こう言われるはずです、
     「テンカラの毛バリにはコック・ハックルじゃなくてヘン・ハックルなんかがいいですよ」。

     なぜそう言われるかというと、フライフィッシャーのほとんどが「テンカラはウェット・フライ
     フィッシング」と思い込んでいるからです。つまり――テンカラは毛バリを水面直下ないし
     水中に沈め、魚に誘いをかけ、(毛バリが見えないので)当たりを感じて合わせる釣り方
     であるから、ウェット・フライフィッシングに限りなく近い。その毛バリも、多くのウェット・フ
     ライがそうであるように、柔らかくてよく動く羽毛で巻かれたソフト・ハックル・フライになっ
     ている――という固定観念をもっています。

     したがって毛足、いやファイバーが硬いコック・ハックルはテンカラには向きませんよ、と
     店員としては忠告せざるをえないのです。じっさい、コック・ハックルはおもに、(水面上
     に毛バリを浮かせて釣る)ドライ・フライフィッシングの毛バリ、つまりドライ・フライのハッ
     クルとして用いられています。柔らかいヘン・ハックルをドライ・フライのハックルとして使
     う人はほとんどいません。

     しかし、「毛足が硬い」といっても針金みたいに硬いわけではありません。柔軟性に富む
     鳥の羽毛のなかで、コック・ハックルは他の羽毛よりは張りがあり、比較的腰も強いとい
     うことです。ついでにいうと、キジの剣羽のほうがコック・ハックルよりも「硬い」のです。

     テンカラの毛バリのミノ毛として、コック・ハックルは十分に活用できます。もしフライ・シ
     ョップで良さそうなコック・ハックルが見つかったときは、「これにします」と店員にきっぱり
     注文しましょう。

 (作例 2)………頭・胴に光り物を使う

     胴材・光り物の項では、なぜ毛バリの材料として光り物を使うのかという点には触れ
     ませんでした。ここでもその理由を明確にすることはできませんが、「光る翅」という視点
     から推測または想像してみましょう。

     まず、伝統的なテンカラの毛バリで光り物がどのように使われているかを、あらためて
     ご覧ください。なお右側の写真は、近視で網膜が粗いとみられる渓流魚の目(《魚眼で
     毛バ
リを見る》参照)にはこんなふうに映っているであろうと思われる「想像図」です。

 下巻きの金ラメを尾端
 から僅かにのぞかせて
 いる。上に巻いたゼンマ
 イの綿毛が磨り減って、
 下地の金がうっすらと現
 れてきたとき、偉効を示
 すことがあるという。

 環(アイ)の下、つまり虫
 の頭にあたるところに金
 ラメを巻きつけている。
 真珠のように光るラメ糸
 や七色に光るラメ糸を巻
 くこともある。胴に巻いた
 絹糸もほのかに輝く。

 ゼンマイ胴とともに古くか
 ら使われてきたクジャク
 胴。玉虫色に光るので、
 コガネムシのような陸生
 昆虫を想定したものとい
 われるが、真偽は分から
 ない。

 頭部に黒光りするラメ糸
 を、そして胴には金糸を
 巻きつけている。頭部に
 金ラメを、胴にクジャクの
 枝毛を巻くこともある。頭
 から尾までのどこかで、
 つねに輝いている。

     毛バリの頭や胴や尾の輝きと、虫の翅の光沢とがどう結びつくのか。そもそも光り物は、
     魚の好奇心を刺激するためのアトラクター、つまりルアーのようなものではないのか。あ
     なたは、そう思われたかもしれませんね。

     別の説もあります。毛バリの頭や胴の輝きは、水生昆虫の幼虫や蛹(さなぎ)が羽化の
     さい、気泡を体に帯びたり噴きだしたりしながら水面へ浮上するさまを表現したものだ、
     という説です。

     魚の目にそれがどのように映っているのか分からないため、けっきょく真相は明らかに
     ならないのですが、ここでは、どの説が正しいかと考えるのではなく、どの説もおそらく間
     違っていないという大まかな考えを土台にします。すなわち、「翅の光沢」「アトラクター」
     「気泡」の3要素が、流れの状態や陽光の強さ、角度などによって現われたり消えたり、
     絡み合ったりするのではないかと想定します。

     人の視覚と魚の視覚が同じでないことを踏まえて、ひとつ実験をしてみましょう。水中に
     いる魚の目に毛バリの輝きがどんなふうに見えているかを、水槽を用いて観察します。
     ここでも、画像がピンぼけになるよう写しています。


      ミノ毛はプリマス、胴は
      絹糸。頭に七色、胴に
      銀色のラメ糸を巻く。  
 
           水槽を日の当たる場所
           に置いて毛バリを投入、       
(水面)水面が鏡となり、そこに背面が映
           下からそれを見上げる。             る。ミノ毛も胴も入り混じって輝く。



     (水面直下)強い日差しの中でミノ毛もラ   (水中)前方から見上げると、毛バリ全
              メ糸もときおり反射光を放つ。        体が輝いて見えることがある。

     上の3枚の写真は、水の動きのないところで毛バリをわずかに揺らしながら撮影したも
     のです。実際の渓流ではたえず水が流れていて、しかもその動きは非常に複雑です。
     したがって、流れにのった毛バリはいつも向きや姿勢を変えていて、ラメ糸の光とミノ毛
     の光沢とが渾然となったり二重写しになったりする場面がしばしば起きていると想像さ
     れます。

     水面や水中にある毛バリを真横ないし背後からとらえた魚の目には、おそらく、胴とミノ
     毛は別のものと映ります。頭から尾端までの輝きは「気泡」のように映っているのかもし
     れません。

     けれども、前方や斜め前からとらえた魚の目には、ミノ毛と頭・胴の輝きはほぼ一体の
     ものとして映るときがあるはずです。その輝きが頭から発しているのか胴から発してい
     るのか、あるいは「翅」のきらめきなのか、魚は瞬時に見分けがつかないまま、それを
     口にくわえ込むことになるでしょう。

     これが、毛バリの頭と胴に光り物を使うことを是(ぜ)とする論拠の一つです。しかし杉本
     博士の「翅脈論」と同様、これを実証するのは困難です。釣りには今もなお経験や勘でし
     か語れない事柄があるのだと、思いを致すしかありません。

 (作例 3)………深く沈ませる毛バリ

     雪がめったに降らない温かい土地では春先から、水面や水面直下での毛バリ釣りが可
     能です。気温の上昇とともに水温も上がり、魚たちが水面に出てきて餌をあさるようにな
     るからです。しかし、雪の多い寒冷地や山岳地帯ではそうはいきません。春になると雪し
     ろが川へどっと流れ込み、気温が上がっても水温が低いため、魚たちは深場に居着い
     たままじっとしています。場所によっては、そんな状態が6月になっても続きます。

     魚が水面で餌をあさろうとしない時季、テンカラによる釣りはかなり厳しいといわざるをえ
     ませんが、毛バリでまったく釣れないわけではありません。毛バリを水中深く沈ませれば
     よいのです。とくに淵のトロ、よどみ、巻き込み、トロ瀬などの低層へ思い切り沈ませるの
     が効果的です。

     深場でじっとしているとはいえ、魚たちは自分の近くへ流れ寄ってきた餌は捕食していま
     す。水面に跳びだして餌を追うほどの活力がまだ備わっていないだけであって、餌とりを
     控えているのではありません。

     毛バリを深みに沈める方法については、第8章「打ち返し」「食いを誘う」の項でご
     説明します。簡単にいうと、その方法とは毛バリを落ち込みの流れに打ち込み、その水
     勢にまかせて深みへ送り込むというやり方ですが、実際の渓流ではこうした一般的な手
     法が使えない・効かない場合が少なくありません。

     たとえば、長い大きな淵で岸辺が切り立っているところでは、毛バリを落ち込みへ放つこ
     とができません。遠投しても届かないのです。仕方なく淵の中央部から下流にかけて打
     ち込み、毛バリを沈めようとしてもたいして沈まず、水深が1mを超すような深場ではタナ
     (=魚が採餌している層)に達しないので、どうにもなりません。

     当編集部は常に、そのような場面を想定して別の手だてを用意しています。毛バリその
     ものにオモリ(ゴールド・ビーズ。ゴールド・ボールともいう)をつけて一気に、すばやく深
     みへ沈ませるという手法です。まずは実物を見ていただきましょう。

     頭部にゴールド・ビー
     ズを差し込み、巻き
     糸と接着剤で固定。
     金色は水中の深み
     でも光を放つ。
 ミノ毛を逆さに巻いて
 いるが、標準型でも差
 しつかえない。胴の素
 材にはあまり浮力のな
 いものを使う。

     すでに気づかれたことでしょう。ゴールド・ビーズはオモリとしての機能をもつだけでなく、
     金色の輝きによって魚に餌すなわち毛バリの存在を知らせる役目をも(おそらく)果たし
     ています。

     この金色の輝きは①水生昆虫の頭または眼の光をあらわす、②水生昆虫の体に付着し
     ている気泡をあらわす、などという説が唱えられてきましたが、こればかりは魚に聞いて
     みなければ分かりません。

     なお、ゴールド・ビーズには、タングステン製、真ちゅう製、グラス製など各種あって、フラ
     イショップ(ネット店舗を含む)などで売られています。それらのなかでもっとも効果を期
     待できるのは、鉛の1.7倍も重いタングステン製。ただし、タングステンは希少金属であ
     るため値段が高い(1個=数十円)のが難点です。

     毛バリにオモリを付ける手立てとしてはこのほか、ハリにNon-Toxic(非有害)ワイヤーを
     巻きつけてから毛バリを巻く方法(下の写真参照)がありますが、これはタングステン・ビ
     ーズほど重くはないので、沈み方がやや緩慢です。

     このほか、細く切った板オモリ(鉛)や鉛線(レッド・ワイヤー)をハリ軸に巻きつける安上
     がりな方法もありますが、ごく少量とはいえ鉛が河川に蓄積すれば、水や水生生物を汚
     染する恐れがあります。鉛をオモリとして使うのはお勧めできません。


               ノン・トキシック・ワイヤー(METZ製)とゴールド・ビ
               ーズ(TIEMCO製など)。ビーズにはL、M、Sなど
               のサイズがある。

     ゴールド・ビーズを頭に取り付けたこの風変わりな毛バリは、一説によるとオーストリア、
     ドイツ、イタリアなどヨーロッパ・アルプスの周縁部で発達したもので、20世紀も末近くに
     なって世界各地に急速に広まったということです。

     この手のフライフィッシングの小道具をテンカラに取り入れると、ベテランのなかには眉
     をひそめて「邪道だ」とか「欧米の猿真似だ」と酷評する方がおられるかもしれません。
     しかし、光る玉を取り付けた毛バリは、じつは日本でも古くから作られてきたのです。ヨ
     ーロッパが先か日本が先か、それとも東西でほぼ同時に発生したのか、はたまたどちら
     がどちらへ影響を及ぼしたものか、もはや調べようもありませんが。

     日本ではすでに江戸時代の初期に毛バリの製造・販売が行われていたことが、文献上
     確かめられています。とくに鮎のドブ釣り(毛バリ釣り)は各地で盛行し、加賀・土佐・播
     州などで数千種もの毛バリが生み出されましたが、そのほとんどに金色の玉すなわち
     「金玉」が付けられていました。


                   ドブ釣りの毛バリ(勝岡毛鉤)。漆を
                   固めた玉に金箔を貼り付けている。


      ドブ釣り師でありその資料蒐集家でもあった竹下苔石氏によると、ドブ釣りを愛好した
     加賀藩士や京の公卿たちは、それ以前から行われていたテンカラを見知っていたよう
     で、山里の者や川漁師らが毛バリで易々とイワナ、ヤマメを釣るのを模倣して鮎の毛バ
     リ釣りを創案したのではないかということです。

     次項でご紹介する鬼川光博士も、秋田にてテンカラを習得した大正時代(1912~26)、
     頭に金玉の付いた毛バリをも使っていたと、著書のなかで記しています。一方、竹下氏
     は、「秋田もまたテンカラ釣りが盛んな土地であった」と伝えています。もしかすると、金
     玉毛バリは昔、テンカラの毛バリの一類型として各地に定着していたのかもしれません。

     ところで、底石についている水垢を主食とする鮎の成魚は、なぜ光る毛バリに飛びつく
     のか? じつに不可思議な行動です。この問いにたいし竹下氏は、こう語っています。
     「謎です。解けない謎です。でも、毛バリでほとんど入れ食いになるときがあって、そのさ
     まを見ると、鮎が錯乱したとしか思えない。食欲、闘争、好奇、誤認、それらが交錯した
     状況下で、鮎は毛バリを追うのではないでしょうか」


「先人たちの光沢論」 「胴材・光り物」の項でご紹介したように、多くの先人たちも毛バ
リに光沢や艶を与えることの効果について感じとっていました。たとえば、著書『かげろうの釣り』
(昭和52年、つり人社刊)のなかで、加藤須賀雄氏は次のように述べています。

     「毛バリの色は、単に虫の色に似ているというだけでなく、質の感じが必要だと思われる。
     それは水をふくんだ色ではなく、カゲロウの肌が水を弾いたときの光と艶がなくてはなら
     ない。(氏が考案した毛バリ)ゴールデン・ボトム・エレガンスは濡れるとクリーム色の糸
     の胴が半透明になり、金色の下着(金糸の下巻き)を透かして見せる。」

 また、ハックル(ミノ毛)は羽虫の翅脈を表現したものだと認める一方で、金ラメなどの光り物の
効果をも認めていた桑原玄辰氏は、著書『毛バリ釣りの楽しみ方』(昭和53年、産報出版刊)の
なかで、やや控えめに、こう語っています。

     「金ラメの糸を巻いた上に、胴の糸(クリーム色)を巻き、水に濡らすと、下巻きの金色が
     わずかに透けて、カゲロウの胴を思わせる。このような胴作りも多分に趣味的になるが
     釣り人の目を楽しませてくれるものである。(中略)金色によるヤマメの誘発力はたしか
     にあるようだが、あまり多用することは考えものであろう。」

   こうした先人たちのなかで、おそらく文献上もっとも早く、かつ明確に
光沢の重要性について指摘したのは、秋田県角館(かくのだて)の医
師、鬼川光博士であったと思われます。著書『天から釣60年』(昭和
50年刊)は、営利目的ではない個人出版であったため、発行の部数
や地域が限られ、世のテンカラ師にはあまり知られませんでしたが、
異彩を放つその技と知識そして含蓄ある記述に目をみはり、影響を
受けたのは当編集部だけではなかったはずです。

 この本のなかから、毛バリの光沢について書かれた文章を一部、抜
粋させていただきましょう。

      「渓流魚の毛鈎(けばり)にくいつく条件、くいを誘う要素は、毛鈎の光沢と毛鈎の動き
      である。
      魚は毛鈎の艶、塵埃(じんあい)と相違する光沢に、注意を引く。
      毛鈎はハリスを通して、竿先に固定されているから、操作の有無に拘らず、水流のまま
      に流れない。
      毛鈎の動きが、魚の注意を引き、昆虫と誤認する要素となる。」
      「毛鈎に具備させる要素の重要度は、一に光沢、二に大きさ、三に形体、四に色彩、の
      順位である。
      ヤマメの食いは、小型十二号毛鈎よりも、中型十号が勝る。大型八号毛鈎は、敬遠し
      て食いが悪い。毛鈎の形態は、ぱさぱさしない、きりっと締りのある毛鈎に、安心して食
      いつく。
      魚の食いに毛鈎の色彩は、殆(ほと)んど度外視してよいが、釣師の側から、投じた毛
      鈎の色彩、特にミノ毛の色が、常に目につき易く、見失なわない色彩で、ミノ毛の形の
      崩れない毛鈎を使用すると、釣り易い。」

     鬼川博士が常用して
     いた、光沢のある毛バ
     リ。 ミノ毛には白チャ
     ボのオスの首毛を使
     用。胴にはクジャクの
     尾毛に金糸を混入して
 巻いてあるので、使って
 いるうちに羽毛がはげて
 きても輝きは失せない。
 博士はこの毛バリでヤマ
 メもイワナも釣っていたと
 いう。

 鬼川博士は、毛バリの光沢が昆虫の何を表現したものか詳(つまび)らかにしていませんが、
少なくとも、カゲロウの胴の色艶にとどまるものでないと考えていたのは明らかです。渓流魚に
捕食されている昆虫の多くが体表と翅に光沢または艶を帯びていること、そして魚類一般が擬
似鈎の光沢と動きに反応する習性をもつことを、博士は長年の体験と観察を通して熟知してい
たとみられます。

 そのことを踏まえ、博士の「光沢論」を短くまとめさせていただくと――その毛バリが特定の昆
虫に似ていても似ていなくても、塵埃と異なる光沢を帯びたものであれば、魚の注意を引きつけ
る、または昆虫であると魚に誤認させる。さらに、その毛バリが水流のままに流れず、なんらか
の動きを示すのをみて魚は捕食行動に駆り立てられる――。

 ちなみに、ここでいう「光沢」とはミノ毛・胴巻き・ハリのすべての輝きのことです。また、魚の食
いをさそう「動き」とは、竿とライン・リーダーにつながれた毛バリが、操作をしてもしなくても、ゴミ
などとは違った流れ方をみせるということです。

 さて、「翅を表現する」と題してここまでお話してきましたが、このテーマはじつは熟達者でも
論理的に語りにくい難題です。いくつかの経験を断片的に語ることができても、それを「翅脈論」
とか「光沢論」といった経験則にまとめることすら容易ではないのです。

 なぜなら、テンカラは地域性が強いうえに「個人的性格」を色濃く帯びた釣りで、その技法や
知識を標準化・普遍化するのが難しいからです。たとえば、魚の生息状況や合わせのテクニッ
クが少し異なるだけで、経験則の当否が一転することさえあります。

 ですから入門者は、「翅脈論」と「光沢論」を対立的にとらえたり、いずれかに傾倒したりするよ
りも、まずは双方の長所、利点を吸収して、自分ならではの釣技に活かすよう努めてください。
両者の見方を取り入れたユニークな毛バリを創るのも一つの手です。

 なお、鬼川光博士の著書『天から釣60年』は、刊行から三十数年が過ぎてすでにご家族のも
とに残部はなく、再刊のご意思もないということなので、残念ながら、現在ではほぼ入手不可能
となっています。当編集部はご家族のお許しを得て、この「テンカラ入門」に本書の一部を抜粋、
引用させていただきました。


7.振り込み 

「イメージから型へ」テンカラの竿、ライン、リーダーそして毛バリを釣具店やWeb Shop
などで買い揃えた入門者は、なにはともあれ渓流へ谷へと道具を持って出かけることでしょう。
せめて毛バリだけは最初から自分で作っていただきたいし、振り込みの練習をしてから出かけ
てほしいのですが、「まずは川へ!」と向かってしまう釣り人の足は止められません、当方も止め
はしません。そのかわり、ここで示す振り込み(キャスティング)のイメージを脳裡にしっかり焼き
付けてからお出かけください。

 一方、少しでも練習をして基礎づくりをしようと考えている方も、まずは振り込みのイメージを繰
り返し思い描き、記憶してください。あなたの目の前で師匠が竿を振り、毛バリを飛ばして腕と竿
とラインが連動する有様を見せてくれていると想像しながら。そうして全体像が浮かんできたら、
体を使ったトレーニングに入ります。

 さて、振り込みとは竿を振って、ライン・リーダーにつながれた毛バリを狙ったポイントへ送り込
む動作のことです。この動作は「後方振り」と「前方振り」から成っています。後方に竿を振って
ラインを背後に伸ばすのが後方振り、前方に竿を振って、後方に伸びたラインをすかさず前方
へ送り、毛バリを着水させるのが前方振りです。

 後方振りと前方振りは切れ目のない一続きの動作です。つまり、ラインが後方に伸びきるのを
待って前方振りに移るのではなく、ラインが伸びきったときにはすでに前方振りに入っていなけ
ればなりません。ですから、ラインが伸びきったかどうかと振り向いて目で確かめるのは――練
習当初は仕方がありませんが――動作を阻害するだけであり無用です。

 スタートからフィニッシュまでの時間は3秒ぐらい。素早い動作ではあるけれど、腕力を振るう
のではなく、主に手首の力(スナップ)をはたらかせ、竿の弾力(元の形にもどろうとする力)をう
まく使ってラインを動かしてください。

 フィニッシュで毛バリが着地(着水)したら、数秒後、そのままの態勢でスタートに移ります。こう
して後方振りと前方振りを繰り返すのは練習のときも実際の釣りのときも同じです。ただし、第1
投目や小休止後に再開するときの1投目は、左手(左利きの人は右手)の指先で毛バリまたは
リーダー(アイのすぐ上)をかるく持ち、竿をはね上げると同時にそれを離してスタートします。

                            

 ところで、シーズンオフつまり禁漁期にテンカラに入門された方は幸いです。その間にたっぷり
と振り込みのレッスンができるからです。練習をしてきて初日を迎えた方と、いきなりぶっつけ本
番の初日を迎えた方との「格差」(文字通り格の違い)は歴然としています。

 前者は、ある程度「型」が身についているので動きがスムーズです。狙ったポイントへ、または
その近くへ毛バリを着水させることができるはずです。後者は動きが滞りがちで、毛バリを自分
の体や枝葉に引っかけたり、ラインや竿先で水面をバシャバシャ叩いたり……。この差は、毛バ
リに跳びつく魚を目撃した回数の違いとなってはっきり現われます。

 ですから、振り込みがどうもうまくいかないと感じている入門者は、シーズン中であっても、納得
がいくまで練習を重ねてください。自分の頭の中にあるイメージの通りに竿とラインが動くように
なるまで、そして狙った標的に3割以上の確率で毛バリが落下するようになるまで。

 なお、事故防止のため安全確認を忘れないように! 路上、公園、広場、空き地などで練習す
るときは、近くに人がいないこと、そして上空に電線がないことをよくよく確認しましょう。また、練
習用の毛バリは、ハリ先をカットしたものを使ってください。

 ペンチなどを使
 ってハリの曲が
 り部分を何度か
 折り曲げる。

 そのうちポキッ
 と折れ、ハリ先
 がカットされる。

 


「竿の握り方」テンカラ竿やフライ・ロッド(竿)のグリップ(握る部分)には通常、木材のコ
ルクが使われています。コルクは耐水性(水に濡れても影響されない)があり、保温性、弾力性
に富んでいるのみならず軽量で手触りがよいので、とりわけテンカラ竿のグリップにはうってつ
けの素材といってよいでしょう。

 1日に1千回、2千回と竿を振り、釣り場によってはひっきりなしに魚を掛け続けていると、利き
腕に疲労がたまり筋肉痛を覚えることさえあります。そうならないためには、あるいは疲労をな
るべく遅らせるためには、①軽くてグリップの感触がよく、振り調子のよい竿を使うこと、②竿の
操作がしやすくなるようなグリップの握り方をすること、が必要です。

 ①については、すでにご説明しました。ここでは②について、写真をまじえながら解説します。
はじめに、こんな握り方では疲れるし竿の操作もしづらい、という悪い例を見ていただきます。

 グリップを、やや力を込めて
 ギュッと握っている。これで
 は振り込みは大振りとなり、
 合わせも力まかせの大合わ
 せとなりがち。釣れない釣り
 となって、手も腕も心も、す
 ぐに疲れてしまう。
 グリップを手のひら全体で
 握り締めると、振り込みに
 力がかかりすぎるだけでな
 く、竿とラインのコントロー
 ルもしづらく、ぎこちない動
 きとなる。


 「悪い例」のなにが悪いのか、あらためてご説明します。一つは、グリップを手のひらの真ん
中で包むように握り締めていること、もう一つは、グリップと手のひら・指の間に遊び(ゆとり)が
ないことです。

 野球の選手も、打席でバットを握るとき、こんな握り方はしません。手のひらの小指と薬指の
付け根を支えにしてグリップをかるく握るのです。もし両手のひらでギュッと握り締めると、力ん
で大振りになり、球の芯を捉えること(ジャストミート)が難しくなります。

 利き手で竿のグリップを握るさいも、手のひらの小指と薬指の付け根のところを支えにし、真
ん中の凹んだところではなく、小指から人差し指までの付け根のところを中心線にしてグリップ
をかるく保持します。

 手のひらでモノを
 握ったときの力は、
 中央の凹んだとこ
 ろよりも指の付け
 根の下で強くはた
 らく。
 これは竿を振って
 いるときの有様。
 後方振りでは親指
 を、前方振りでは
 人差し指を押さえ
 にする。 

 手のひら・指とグリップとの間に「遊び」をもたせる目的は、集中力をそれほど要しない振り込
みの動作に筋肉と神経をあまり使わないようにすることで、疲労が蓄積するのを防ぎ、もっとも
集中力を要する合わせ(毛バリで魚を掛けること)の確度を高く保つことにあります。

 ただし、竿を振り込んでいるとき、毛バリを流しているとき、魚を掛けるとき・掛けたときの手の
ひら・指の動きはさまざまです。したがって遊びの大きさや状態は一様ではありません。つまり、
上の写真で示したグリップの握り方は基本形にすぎず、実際の釣りでは手指の形や力の掛け
具合がつねに変わります。

 では、どんなふうに変わるのか。写真で見ていただきましょう。あらかじめ申し上げておきます
が、手指の形の変え方を意識して覚える必要はありません。振り込み、合わせ、取り込みなど
の場面に応じて、あなたの手指はごく自然に、必要に応じて動くはずです。場面ごとに形を変え
ても、振り込みのさいに基本形にもどればよいということです。



      
 振り込みの後、グ
 リップを親指と人
 差し指でかるく挟
 み、合わせに備え
 ている。



      
 手首を使って竿を
 はね上げ、合わせ
 る。親指と人差し
 指にやや力が入
 る。



      3
 掛けた魚を引き抜
  く、または足元に
 寄せる。竿を握る
 手のひらの凹部に
 少し遊びがある。



      4
 ふたたび振り込み
 へ。毛バリが着水
 したら即座に

 態勢に移る。


 グリップの握り方についてはもう一つ、グリップのどこを握ったらよいのかという問題がありま
す。狙うべきポイントに毛バリがあと少し届かないというときにはとうぜん竿尻(グリップの後端)
を持って振り込むことになりますが、いつも竿尻を握っていたのでは疲れてしまいます。

 なぜかというと、竿の重心に近いところを持てば竿が軽く感じられるのにたいし、重心から遠い
ところを持てば竿が重く感じられるからです。重いテンカラ竿しかなかった時代には、このことが
重要事項になっていて、下の写真(右)のように、重心により近いグリップの先端を握る人が多
かったのです。


 カーボン製の軽い竿を使うのが当たり前となった現在では、握る位置などたいした問題では
ないというわけではありません。手首や腕の疲れをわずかでも軽減したいのなら、グリップの
やや重心寄りを握るのが得策です。また、長時間釣り続けて竿がしだいに重く感じられるよう
になったら、グリップの先端を握って竿を軽く感じさせればよいのです。

 さて、親指と人差し指でグリップを挟む握り方はもっともオーソドックスな方式であり、前世紀の
先駆者たちはおしなべてそれを推奨しています。しかし、今日のテンカラ師のなかには違った方
式を推奨する方も少なくありません。くわえて、使用するラインの長さに応じて握り方を使い分け
たり、あるいは疲れを回避するため握り方をときどき変えたりする人もいます。以下、二つの違
った方式をご紹介しましょう。

                   A              B

 は、グリップに人差し指を押し当てる方式。振り込みのとき人差し指で方向を定め、竿とラ
インをコントロールしやすくする長所がある一方、人差し指から前腕までの筋がややねじれて反
(そ)るため疲れがでやすいという短所があります。ただし、高名なテンカラ師のなかにこの方式
を採用している人が目立ちます。

 Bは親指を押し当てる方式。フライフィッシングのロッドの握り方としてはごく一般的で、長め
のラインを用いるテンカラ師のなかにもこのような握り方をする人がいます。振り込みが楽で疲
れにくい長所があるけれど、速攻型の合わせを得意とするテンカラ師からは「合わせが遅れや
すい」と短所を指摘されます。

 グリップの握り方については、「こうしなければ……」という決まりはありませんが、朔風社編集
部としては、無理のないオーソドックスな方式で入門されることをお勧めします。テンカラで釣る
ことに慣れてから、他の方式を試してみるとよいでしょう。


「型から技へ」振り込みのレッスンで後方振り→前方振り→後方振り……の動作を連続
的に滑らかにこなせるようになったら、次は、その「型」をもとにして実戦的な振り込み法、すな
わち「技」を覚えていきましょう。

 渓流には岩石や流木や枝葉など、振り込みの邪魔になるさまざまな障害物があります。川の
流れも、広がったり窄(すぼ)まったり深さや勢いを変えたりして遡行を妨げるだけでなく、まとも
な振り込みを難しくします。それでもテンカラ師は、狙うべきポイントにどうにかして毛バリを打ち
込まなければなりません。



 川原が開けていて振り込みがしや
 すい。こんな川は少ない。


 川原があまりなく、両岸と上空に枝
 葉。やや竿が振りにくい川。

 「技」は、渓流で釣るとき欠かせない応用技術です。かなりの障害、困難、異状があっても対
応していける臨機応変の操作法です。現実の渓流では、遡行しながらたえず周囲の状況を見
定め、すばやく技を切り替えていくことになります。場数を踏むにつれ、切り替えはほぼ直感的
に行われるようになりますが、入門当初は、周囲の状況を一つ一つ目で確かめてから意識して
切り替えるようにしてください。




(左)前と後ろに枝葉。技量が試される場所。
(右)崖から小滝の下を狙って竿を横に振る。


 それでは、どんなふうに切り替えるのか。具体的にお話しましょう。周囲の状況に応じて見定
めなければいけないのは、①振り込みの角度、②ポイントまでの距離、③変則的な振り込
みにすべきか否か
、の3点です。


 渓流を遡ってゆくテンカラ師の目にいつも映っているのは、毛バリを投じるべきポイントだけで
はありません。水流と岩石と樹林が織りなす渓相をたえず視野に入れています。それらを眺め
ながら振り込みの手順と方法、遡行のルートなどを思い描いているのです。たとえば上の写真
(左)の釣り人は、こんなふうに――。

     「葦がこの先もずっと岸辺に茂っている。その生え際にも魚がいるから、なるべく岸から
      離れて足音をたてないように。狙い目は瀬ワキの深み、両岸の葦の生え際ぎりぎりの
      ところ。魚が 掛かったら一気に引き抜く。振り込みのとき背後の枝葉に毛バリを引っ
      掛けないように。後方振りは、 高くはね上げる下流側へ振るか、どちらかだ。前方
      の木が繁ったところでは竿が振れないから弓張り式で打ち込もう」

 後方振りで「高くはね上げる」とは、ラインを背後に水平に伸ばすのではなく、頭上ないし斜め
上に伸ばして前方振りに移るやり方のこと。背後に樹木や崖があって普通の振り込みができな
い場合に用います。


 また、「下流側へ振る」とはこの場合、上流側を向いて、障害物のない下流側へ後方振りをし
たらすぐさま体を左(川側)に向けて、ラインを方向転換させるやり方。



 そして「弓張り式」とは、枝葉に覆われて竿が振れないときなど、左手(右利きの人の場合)の
指先に毛バリかリーダーを挟んで、弓で矢を放つように竿をポイントに向けて引きしぼり、パッ
と左の指を離して毛バリを打ち込む変則的な方法です。


 一方、写真(右)の釣り人は、細長い淵の淵尻で釣ったあと、そのまま水中を歩かずに右岸の
崖に足場を求めました。水中を歩けば魚に感づかれる恐れがあるし、小滝を登るためのルート
が右岸にあるので、その途中で滝下の岩の辺りを探ることにしたのです。しかし、枝葉が頭上を
覆っているので、竿を縦(たて)でなく横に振るしかありません。

  また、岩の上手(かみて)に毛バリを打たなければならないけれど、普通の振り込み方では
そこに届きそうもないので「遠投法」を使わなければなりません。つまり、少し勢いよく竿を振り、
前方振りのフィニッシュのとき右腕を前に突き出してラインをさらに伸ばしてやるのです。この場
合、ライン・リーダーが一直線になって着水し、毛バリはフワリとではなくバシャッと落下すること
が多いのですが、それはそれで魚を刺激する効果もあるので差し障りはありません。


 遠くのポイントほど「いるな」と思わせるものですから、あなたも、経験を重ねるにつれて遠投
法を多用するようになるはずです。が、本流などの大きな川となると遠投ではポイントに届かな
いことが多々あって、そのような川をホーム・グラウンドにしている方は、振り込みの技よりもラ
インを長くすることに活路を見いだされるかもしれません。

 次にご紹介する振り込み方は、5m以上の長いラインを用いるさい、あらかじめ知っておきたい
技法のひとつ。背後に障害物があるところで、一度流し終えたポイントに再度毛バリを振り込む
(「打ち返し」という)とき、よく使われる手法です。


 上空でぐるりぐるり回して振り込む手法も、回転式振り込みのひとつですが、入門者がいきな
り長いラインを振り回すのはトラブルの因(もと)でしかありませんので、しばらくは竿と同じぐら
いの長さのラインで経験を積んでください。

 もし、ラインを頭上で回転させながら歩いている釣り人を川で見かけたら、よく観察しましょう。
たぶんその人は、立てた竿をしならせながらラインで輪を描いています。が、ポイントに近づくと
ラインの円形は長円形になり、すかさず竿が斜め振りで前に振られ、毛バリは通常の振り込み
と同じように着水します。ベテランならではの変幻自在の釣法です。

 そのような変則的なやり方を変則と思わないぐらい、そのテンカラ師は竿とラインの扱いに習
熟しています。竿とラインを状況に応じて自分の思いどおりに使えるようになれば、もはや変則
も正則もありません。教科書に書かれていない異形(いぎょう)の技を、あなたもいつの日か、ぜ
ひ編(あ)みだしてください。さあ次は、「超変則」的な技法です。


 川面に張りだした枝葉の陰に好ポイントがあるとき、利き腕(右)による「逆斜め振り」ではどう
しても打ち込めない――そういうとき竿を左手に持ち替えるなどということは、一般的には邪道と
みなされます。的確な振り込みと合わせが期待できないからです。しかし、テンカラ師のなかに
スイッチ・ヒッターがいないわけではありません。

 右利きの人は左腕を、左利きの人は右腕を日ごろから鍛えておきましょう。ハンドグリップを
使って握力を高めたり、ビール瓶などを上下に振って手首から肘(ひじ)までの筋肉を強化した
り、食事のとき利き腕でない手に箸(はし)を持たせて神経が働くようにしたり、そして釣行のさ
い、せめて30分でも竿を持ち替えて振ったり。

 野球選手と同様、スイッチ・ヒッターとなるにはこうした鍛錬が要るのです。でも、右腕左腕を自
在に使い分けられるようになると、振り込みの角度が180度に広がります。長時間の釣りで利き
腕が疲れたときも、自信をもって竿を持ち替えることができます。入門当初はそうした余裕はあ
りませんが、テンカラに慣れてきたらいちど挑戦してみてください。

 さて、テンカラに慣れ親しんだベテランでも「やっていられない」とこぼす気象条件があります。
風が強いときです。下流から吹き上げてくる風はあまり苦になりませんが、上流から、しかも強く
吹きおろしてきたら、まともな振り込みがほとんどできません。それで、つい音(ね)を上げてしま
うのです。

 そんなとき、どうしたらよいのか。風の弱い沢、小谷などに移動するのが一番ですが、それが
叶わないなら釣り方を変えるしかありません。後方振りから前方振りへという風の影響を受けや
すい振り込み方をやめて、弓張り式の振り込みを主体にします。さらに場所によっては、吹きお
ろす風を利用するのも一法です。


 テンカラ師はなるべく下流側から上流側へ振り込もうとしますが、「風乗せ」は逆に、上流側か
ら下流側へラインを伸ばすやり方です。宙に放ったラインを風に乗せて下流側へなびかせ、竿
を操作して毛バリを着水させます。

 ところが毛バリは、張り切ったライン・リーダーにつながれているため水流のままには流下せ
ず、水面でせわしなく動いたり跳ねたりします。それでもどうにか淵尻などのポイントへ毛バリを
送り込むことができれば魚は飛びだしてくる――けれど、その魚は毛バリをくわえ損なうか、ま
たは口にくわえるやいなや吐きだしてしまいます。おそらく、なにかに引っ張られたような「おか
しな気配」を感じてを忌避したのでしょう。あるいは、ちょっと変な動きをする「モノ」とみて、追い
払っただけかもしれません。

 上流側から下流側への振り込みは、ときには風がないときも行われます。たとえば、足場が
上流側にしか確保できないときです。そして、やや特殊な攻め方ですが、(長めのラインを使っ
て)対岸寄りの流れに振り込んでから下流の流芯へと扇形に流してくる場合です。いずれも、釣
り人が上流に立ち、下流に伸ばしたラインで毛バリを引く形となります。このような釣り方をテン
カラ師は「逆引き(ぎゃくびき)」と呼んでいます。

 そこに魚がいれば姿をみせることが多いのですが、それを毛バリで掛けるのは容易ではあり
ません。逆引きは、なぜ掛けづらいのかを考え、策をめぐらすことで妙味を増す釣り方です。

 最後に姿勢、つまり体の構えについてお話します。すでにお気づきのことと思いますが、振り
込みの技法に「正攻法」はなく、同様に、正しい姿勢などというものもありません。要は、その場
の状況に応じて、魚のいるスペース(ナワバリ)に近づいていくときの姿勢や、振り込みのとき
の体勢や、振り込みの方法を自在に変えていくこと。これがテンカラの定法(じょうほう)です。


 たとえば、上のイラストのように姿勢を低くして振り込むのは、次のような必要性があるからで
す。①なるべく身を隠さないと魚に感づかれてしまう、②頭上の障害物をかわさなければならな
い。さらに、これらに加えて――スペースの水面近くまで対岸から枝葉が張り出している――とい
う状況が加わるなら、縦振りや斜め振りでは打ち込みにくいので、釣り人は体を右に傾けて横
に振るか、しゃがんで弓張り式で打ち込むか、いずれかを選ぶはずです。

 もうひとつ例をあげましょう。前後に障害物があるけれど、腰を屈めて身を隠す必要はないと
いうケースです。岩場の落ち込みの下手に大岩がせり出していて、釣り人の背後には枝葉が茂
っています(イラストでは省略)。振り込みの難しい場所ですが、落ち込みの下の淵、もしくは大
岩の下のえぐれているところに、型のいい魚がいるはずです。


 第一のスペースは大岩のへり、ぎりぎりの水脈。下流から振り込むには流れに立ち込まなけ
ればなりません。上流からは岩に上って逆引きで釣ることになります。いずれも、魚に感づかれ
やすく攻めづらい……。そこで、このテンカラ師は大岩の真後ろから、魚が毛バリに食いつくの
を見ないで釣ることにしました。

 竿をやや斜め後ろに構え、斜め前方へ勢いよく振ると、ラインは大岩のすぐ上を飛んで、淵の
右寄りに落下した気配。そのまま竿を立てているとラインが右から左へ移動し始め、毛バリが
水流に乗ったことが分かります。竿を右から左へ動かし、ラインを垂直に保ちます。

 魚が飛びだすのを見て釣るときは、合わせに即応するためラインをなるべく張って、やや前か
がみに構えるのが普通ですが、この場合は竿先をやや下げてラインを弛(ゆる)ませ、自然体で
待ちます。つまり、構えて備えるというより、構えないで待つという姿勢です。

 ラインが張り切っていると、毛バリをくわえた魚は一瞬後それを吐きだそうとします。その有様
が見えれば掛けることができなくもないのですが、見えません。一方、ラインが弛み毛バリが少
し水面下に沈むと、魚が毛バリをくわえている時間が長くなり、毛バリをくわえたまま元の場所に
もどる動きさえみせます。そうした動きがラインのフケ、振れ、張りとなって現われたときすばや
く竿を立て、合わせをくれます。そうです、これは餌釣りにかぎりなく近い毛バリ釣りです。

 テンカラ師によっては、あるいは魚が水面に出てこない春先には、落ち込みの水流に毛バリ
を投入して深く沈め、アタリ(魚信)を感じて合わせることもあります。いわば毛バリによる脈釣り
です。魚にたいする誘い方、合わせ方、毛バリの巻き方にいろいろな手があり、これはこれで
楽しめるジャンルです。

 なお、この章で使った「〇〇式振り込み」「〇〇法」などの名称は当編集部が便宜的に付した
もので、テンカラ師に定着している呼び名ではありません。テンカラの専門用語はいまだに確立
されておらず、その技法を伝えるのにフライフィッシングの用語を借用せざるをえないのが実情
です。こうした状況を踏まえ、あえて日本語の分かりやすい呼び名を考案しました。

 また、この章の後半から、「ポイント」とは別に「スペース」という語が登場しています。スペー
スとは、魚が餌を採るために占有している水中の狭い範囲のこと、ポイントとは、スペースの中
で魚が餌を待ちかまえている定まった場所(点)のことです。テンカラ師によってはスペースでは
なく「スポット」「餌場」「追尾範囲」などと呼称しますが、いずれも意味は同じ。当編集部は、ポイ
ントに対応する用語として「スペース」を使います。


8.打ち返し 

 入門1年目の方でも、かなり釣る人とさっぱり釣れない人がいます。その差はなぜ、どこから
生まれるのか。それを知る手がかりを、この「打ち返し」の章と次の「合わせ」の章でつかみ取
ってください。

「打ち返しとは」あるスペース(またはポイント)を狙って毛バリを打ち込み、流し終えてか
ら竿をはね上げて再度同じコースへ、または別のコースへ、あるいは次のスペースへ毛バリを
投じることを「打ち返し」といいます。

 もちろん、1、2投目で魚が掛かれば、同じスペースに再び毛バリを投じることは滅多になく、通
常は次のスペースに移ります。また、同じスペースへの打ち返しは通常2回ないし3回まで。それ
だけ打ち返しをしても魚が出てこないとしたら、そこには魚がいないか先行者に釣られたか、も
しくは魚に感づかれてしまったとみなし、次のスペースへ移る――というのが打ち返しについて
の常識です。

 入門したばかりの方はとりあえず、そのように理解して差しつかえありません。が、しだいに腕
を上げ、毛バリでコンスタントに釣れるようになったとき気づくはずです、漫然と打ち返しをして
いてはいけないんだと。

 そうです、打ち返しは、「もう1回流せば、こんどは魚が出てくるかもしれない」と期待を込めて
行われるものとは限らないのです。あるスペースをきめ細かく攻める手段になったり、魚の食い
を誘う高等戦術であったり、次のスペースへ振り込むさいのステップになったり……。あとで例を
示しますので、それをヒントに、実際の釣りで試してください。

 さて、テンカラ師のあいだでは「同じポイントに何度、毛バリを流すか」がよく話題になります。
(スペースとポイントが区別されずに語られることが多い)

 なかには「9回流してとうとう仕とめた」などと豪語する人もいます。しかし、毛バリを流す回数
を増やせば釣れる確率が高まるわけではありません。むしろ、同じ流れの筋を同じ毛バリで4
回以上も同じように流すのは賢明ではないと考えるべきです。

 大切なのは、毛バリを流す回数ではなく、その時その場の状況に応じ、どんな狙いをもって、
どういうやり方で、どのように変化させて、毛バリを繰り返し流すのかということです。くわえて、
眼前のスペースやポイントだけに目を奪われず、視野に入る流れをいつも全体としてとらえ攻
略していくこと、それが肝要です。

 たしかにこれは難しい技法で、言葉で理解してもそれを身につけるには数多くの経験が必要
です。でも、渓流で竿を振るとき、このことを常に意識しているかどうかで上達の度合いはいち
じるしく違ってきます。

 できれば、桑原玄辰氏の著書『テンカラの技術』の「打ち返し」の項を繰り返し読んでください。
打ち返しの極意をこれほど分かりやすく簡潔に記した教書は、他にないはずです。


                洋画家でもある桑原氏が自ら描いたイラ
                ストは明快で臨場感にあふれる。(『テン
                カラの技術』(朔風社刊)


 この項で桑原氏が提示しているのは、流れを全体として(一定の広がりで)とらえ、その中にあ
るスペースをことごとく、それぞれの特徴・状態を一目で見きわめて次々と突いていく、という攻
め方です。毛バリを流すコース、回数、距離はひんぱんに変わります。スペースによっては毛バ
リを流すのではなく、「ポイント(点)」そのものを連打します。

 このような連続的な攻め方をする場合、打ち返しはもはや振り込みという動作のピリオド、つ
まり切れ目ではなく、次の振り込みへのステップ、継ぎ目となります(「方向転換」などの技を活
かす)。テンカラ師特有の、速く無駄のないリズミカルな動きはここから生まれてきます。

 スペースを連続的に突いていく、とはいえ、そのありかは川の形態、季節、水況により異なり
ます。川によっては特有のスペースやポイントがあったり「例外」があったりします。ですから、
その時その場のスペースをより早く、より多く把握できるかどうかが、好釣不釣の分かれ目とな
ります。では、スペースの中のポイントとは何か、もう少し深みを探ってみましょう。


「ポイントとは」魚が餌を追尾し捕食するために居着いているところをポイント――英語
pointという単語にそんな意味はないのですが――と我々は呼んでいます。ともあれ、ポイ
ントは流れの中の「点」であって「面」ではありません。ところが大方の釣り人は、これを「魚がい
るところ」とか「釣れそうなところ」と曖昧にとらえています。

 では、なぜ「面」ではなく「点」としてとらえなければならないのか。水中または水槽で魚たちの
行動を観察したことがある方はよくご存知でしょう、流れの中で活発に餌を捕食している魚はか
ならず定位置にいて、その周囲にナワバリをもっています。餌を追尾するときもナワバリに入っ
てきた他の魚を追い払うときも、そこから出動し、すぐ戻ってきます。定位置を動かない、そして
譲らないのは何よりも、そこが餌の集まるところ・餌の捕りやすいところだからです。

 「イントロダクション」でご覧いただいたポイントの写真を、ここでもう一度見ていただきましょ
う。黄色の大きな点がポイント、同じく黄色の小さな点で囲ったところがスペース。そして青
の線は表層における水流の向きを示しています。


 幾筋かの水流がスペースに向かい、そのなかで集束し、大岩を越えて流れ下っていくさまが見
てとれます。つまり、いくつもの流れに運ばれてくる餌がこのスペースに寄り集まってきます。し
かも、このスペースの底には小岩しかないので、そこに定位する魚は視界をさえぎられず、逸早
く多くの餌を捕らえることができます。

 大岩に囲まれた流れは深く緩やかで、水面の泡立ちも少ない。このような場所は、魚にとって
はまたとない採餌空間(スペース)となります。その定位置(ポイント)は、そこへ入り込んでくる餌
をすばやく見つけて捕らえるのにもっとも具合のいいところ、いわば出撃の拠点。もちろん、そこ
はテンカラ師にとっても見逃がせないポイントです。

 しかし現実の渓流では、これほど明瞭でとらえやすいスペース、ポイントはそう多くはありませ
ん。スペースの形や大きさはさまざまで、ポイントはあちらこちらに点在しています。瀬でも淵で
もそれらは1箇所しかないのではなく何箇所も、場所によっては至るところにある、といっても過
言ではありません(詳しくは第9章の「ポイントを押さえる」、第11章の「スペースをつかむ」
参照)。

 ともあれ、魚たちが餌を待ち構えている定位置を絞り込むこと、それがポイントをとらえること
です。その1点を絞り込むには、流れのなかに岩石(突出岩と底石)や流木がどのように配置さ
れているか、そして川岸や川底の形状がどうなっているかを見透かし、それによって水流の筋
がどのように集束しているか、寄り合っているか、すぼまっているか、緩くなっているか、深まっ
ているかを見極めなければなりません。

 入門者である貴兄もいずれはこの手の眼力を身につけるはずですが、いまはまず、流れの筋
を読んで「点」ではなく「面」を、つまり魚が餌をあさるために占有しているスペースをつかむこと
に注力しましょう。より多くの餌が寄り集まってきて、しかも魚が餌を捕らえやすいと思われる流
れのなかの区域を、意識して探しましょう。そうすればやがて「点」が、ポイントが見えてきます。

 流れのなかのスペースをつかむこと、その数十cm上手に毛バリを着水させてスペース
へ流し入れること。
この2項を心掛けていると、魚が毛バリに跳びだしてくる頻度は確実に高ま
ります。さらにポイントが見えてくると、タイミングよく魚を掛ける確率がぐんと高くなります。


「全体をとらえる」さて、ポイントを「点」としてとらえることと「打ち返し」は、どんな関わり
があるのか。映像を見ていただきながら、具体的にお話しましょう。

        
        * 数字の入った
は各ポイントを示す(手前は省略)。
        * 黄色の点で囲んだ部分は、①を定位置にしている魚の追尾範囲。
        * 赤点は①の魚を釣ろうとするとき、毛バリを着水させるところ。 


 荒瀬を遡って平坦な長い瀬にさしかかり、いま、上流を見渡しているところです。左手(右岸)
から支流が幾筋かに分かれて入り込んでおり、本流はそこでやや右にカーブしています。二つ
の流れが出合うところ(右上⑧の辺り)に淵が二つ連なっていて、それが浅くなったところから
下へ、変化にとんだ瀬が伸びています。

 瀬の流れは散(ばら)けているように見えるけれど、よく見ると、真ん中にある大岩の左側で
(②から①にかけて)、上手の⑤③④からの水流が合わさり、寄り合っているのが分かります。
その流れは緩やかで、やや深く、底石に囲まれている様子です。魚にとってはおそらく、餌を採
るにしても身を隠すにしてもうってつけの居場所です。

 経験の浅い方は①のポイントに気づかず、じゃぶじゃぶと水音を立ててそこへ近づいてしまう
かもしれません。おそらく、そのとき黒い魚影がぱっと前へ走ります。魚たちを追いやったり怯
(おび)えさせたりしたのでは、この瀬ではまず釣りになりません。

 一方、熟達者は長い瀬にきたとき①には大物がいると感じとると同時に、そこから先の流れに
目をくばります。つまり、①だけでなく②から先のポイントをも視野に入れて、どこからどのように
攻めていくかを思い描いています。こんなふうに──。


        * 白い線は釣り上るルートを示す。
        * 赤い線はルート上のどこから、どこへ振り込むかを示す。たとえば
         ポイント③④⑤へは、ほぼ同じ場所から「方向転換」をして連続的
         に振り込む。(
の中の数字は攻める順番)

 ポイントからポイントへの移行は切れ目なく、スムーズに展開されていきます。1投目で魚が
跳びださなかったとき、テンカラ師は打ち返しをして再び毛バリを流し、それでも何も反応がない
なら、すかさずラインを引き上げて次のポイントへ振り込みます。

 振り込み・打ち返しの動作は一つのポイントで完結するのではなく、なめらかに流れるように
続いていきます。いかにも釣れそうなポイントを探しながら釣り上るのではなく、小さなポイントを
含むすべてのポイントを順序よく間をおかずに突いていきます。

 経験ゆたかなテンカラ師にとって、それはもうi意識してやることではなく感じてやること、とい
っても過言ではありません。いや、多少は意識しているのかもしれませんが、ほとんど瞬間的
に判断し行動している、というべきかもしれません。

 雲をつかむような話と思われたかもしれません。けれど、貴兄が渓流での釣りを長くたしなん
できた方なら分かるはずです。「なるほど」と思い当たるはずです。

 例をあげましょう。林道のない渓流を釣り上って帰途、川を下ってくるとき、ベテラン釣り師は
ほとんど足を止めません。どんなルートで下っていくか、右岸を行くか左岸を行くか、どこで渡渉
するかと立ち止まって考え込むことなど滅多にありません。なぜでしょうか。

 経験が豊かで勘(かん)がはたらく? その通りです。が、もう一つあります。それは川の流れ
をいつも全体として把握しているということです。分散・収束する水の動き、流路、地形、岩石の
配置などを広い視野のなかでとらえているからこそ、素早く迷いのない行動がとれるのです。

 ただ一つのポイントに目を奪われていると、次のポイントを荒らしてしまったり、無駄な動作が
増えたりします。しかし、周囲の流れを全体としてとらえていれば、どこからどこへ打ち込んでい
ったらよいか、その道筋や手順がおのずとつかめます。勘や直感力は経験によって培われる
ものですが、「全体をとらえて個別のポイントへ」という攻め方を常に意識し習慣づければ、入
門者でもいち早く身につけることができるでしょう。


「食いを誘う」この項では、狙いをもった「打ち返し」について説明します。以下に示す四
つの手法は、いつどんな場合でもうまくいくとは限りませんが、知っていればいつかは役に立ち
ます。ベテランのテンカラ師は、このような手練手管をいくつも「自家薬籠(やくろう)中の物」とし
て駆使しているのです。

 ①「捨てバリ」……「ここには間違いなく魚がいる」と思われる好ポイントで、その魚を確実に
釣り上げたいとき、わざと「点」を外して追尾範囲ぎりぎりのところに毛バリを打ち込み、すぐに引
き上げて、さらに2、3度、同じように「点」を外して打ち返しをしてから、初めて「点」を狙って打ち
返しをします。このように魚が捕食できないところへ故意に毛バリを投じることを「捨てバリ」とか
「捨て毛バリ」といいます。

 餌(毛バリ)をちらちら見せられて、おそらく魚は食い気をたかぶらせています。そして、つい
に自分の近くへ流れてきた毛バリに「矢も盾もたまらず」といった様子で飛びついてきます。


               は毛バリを打つところ。1、2、3は捨てバリ。すぐ
              に引き上げ、打ち返す。4は本命狙いの打ち返し。
              毛バリを流す(黄色の線)。魚は岩陰にいるか、また
              は流れの収束するところ(黄点)で定位している。


 魚の食いが立っているときには、もちろん策を弄(ろう)する必要はありません。「捨てバリ」を
用いるのはおもに、魚の餌付きがあまりよくないときです。

 ②「毛バリを替える」……毛バリ釣り師がひんぱんに入る川では、毛バリにたいして魚たち
はいささか懐疑的で、「警戒している」と思われる動きを見せることがあります。たとえば、上の
写真の4のところに毛バリを打ち込み、1メートルほど流したとき、定位していた魚がキラッと閃
めいたものの毛バリをくわえ込むに至らず、そのあと2度、3度と打ち返しをしてもまったく姿を
見せない、といったケースです。

 もはや、「捨てバリ」を用いても埒(らち)が明きません。魚はおそらく、その毛バリをなにか異
様なもの、または危ないものと感じているのでしょう。こんなとき、釣り人が意地になって打ち返
しを続けても、ほとんどの場合、魚をさらに怯(おび)えさせるだけ。

 「怯えて」出てこなくなった魚を、どうやってもう一度ひっぱり出すか。多くのテンカラ師が経験
的に知っている有効な手段は、毛バリを替えることです。ラインをさっと引き上げ、いま立ってい
る場所を動かず、物音をたてず、できるだけゆっくりと毛バリを交換します。それまで使ってい
た毛バリと、大きさや色や形がなるべく違うもの(大きさは、より小さなもの)に取り換え、少し時
間をおいてから打ち返すと魚は一閃、水面を割って毛バリに跳びつくことさえあります。

 

              異なるタイプの毛バリに思い切って取り替える。
              右の毛バリのミノ毛は信州黄金シャモの襟毛。


 第4章「毛バリを巻く」で、次のように述べました。「魚の目は近眼であり、羽虫の細部をとらえ
ていない。また、水面にいる虫をシルエット(影)で見ていることが多く、そうでない場合も翅や胴
の特定の色にきわだった反応を示す例はそれほど多くない」

 それなのになぜ魚は、取り替えた毛バリに飛びついてきたのか。理由ははっきりしません。け
れど、おそらく、前と後の毛バリにたいして魚は異なる印象をもったはずです。いったん抱いた
「警戒心」は前の毛バリにたいするもので、姿かたちの異なる後の毛バリにたいしては、それが
薄れてしまうのかもしれません。ともあれ、一般論では割り切れない特殊な例が「少しはある」と
いうことになります。

 ③「沈める、浮かす」……雪しろがまだ川に流れ込んでいる4~6月(地域や川によって違い
あり)、渓流に降り立った釣り人の最大の関心事は、魚たちが淵にとどまっているか、それとも
すでに瀬についていて活発に餌を追っているか、ということですね。


    5月、尾瀬ヶ原近くの新緑の山。峰には   雪しろ最盛期。狙い場が少なく水温も
    まだ大量の雪が残っている。         低く、毛バリ釣りはほとんど無理。


 テンカラ師も同様ですが、それとは別にこんなことも考えています。毛バリ釣りができるぐらい
に雪しろは収まっているかどうか。水温はどれぐらいか。魚たちはどのていど活性を取り戻して
いて、水流のどの層(タナ)で餌をとっているのか――と。

 魚たちがすでに瀬についているとしても、水面まで跳びだして毛バリを追うほど活性が高まっ
ているとは限らないので、どの層を狙うかを早めに見定めなければなりません。

 そこで、まずは水流に手をひたしてみます。とても水に手を漬けていられないぐらい冷たい(3
~5℃ぐらい)なら、おそらく魚たちは淵の下層でしか餌をとっていない。逆に、水に漬けていて
もさほど辛くない、またはまったく辛くない(10~15℃ぐらい)なら、多くの魚はすでに瀬について
いて、水面でも活発に餌をとっている。そう判断できるし、それに応じた釣り方(毛バリを思い切
り沈めるか、浮かすか)をすればよいのです。

 が、問題はその中間、つまり、かなり冷たくて長く水に漬けているのが辛いと感じられるとき、
たとえば水温が7℃前後のときです。

 そんなとき、どうしたらよいのか。試し釣りをするしかありません。第一投から5分ないし10分
ほど、淵・瀬を問わず想定しうるすべてのポイントを、それぞれ水面、水面下(水流の上層)、水
中(中層)に狙い目を変え、打ち返しをしながら探っていきます。すると、どんなポイントで、おも
にどの層から魚たちが反応してくるかが、しだいに分かってきます。

 たとえば、瀬ワキの水面を流れていく毛バリにたいし魚たちがときどき深みで身動き(反応)し
ているさまが見えるけれど毛バリにはなかなか跳びついてこないとき、「いま現在の狙い目は水
面ではなく水中だ」と判断し、毛バリを水面から数センチ以上沈ませて流します。これで、魚の
餌付きはいくらかよくなるはずです。


         流芯とタルミの間の瀬ワキへ毛バリを沈めるには、流れ込みなど
         の波立つところへ打ち込み、ラインをゆるめて毛バリを送り込む。


         淵の深みへ毛バリを沈めるときも、落ち込みの水流に打ち込み、
         その水勢にまかせて毛バリを送り込む。穂先を僅かにしゃくって
         沈んだ毛バリを小刻みに動かす操作法を用いる人が多い。

 水面下・水中で魚を掛ける場合、毛バリに食いつく魚の姿がよく見えるときもありますが、まる
で見えないときもあります。見えないときは脈釣りと同様、手にアタリを感じた瞬間、あるいはリ
ーダー・ラインの振れや張りをとらえて合わせをくれます。

 さて、毛バリを少し沈めて釣っているうち、やがて渓流にも日が射してきます。すると俄然、魚
たちの餌付きが盛んになるときがあります。水温が少し上がって魚たちの活性が高まったのでし
ょう。そうなれば水中ではなく水面に狙いを定め、瀬のポイントを次々と細かく探っていきます。
打ち返しは次のポイントを攻めるためのステップです。

 好天の日にはしばしば、そんな成りゆきとなります。しかし曇天の日は雨降りに変わることも。
しとしと降る小雨程度ならほとんど影響はありませんが、雨脚が強まり無数の波紋が水面を覆う
ようになるとピタリ、毛バリにたいする魚の反応が止まります。なぜでしょう? 水面がかき乱さ
れているので、浮流する毛バリ(餌)を魚が見つけられなくなったためです。

 そんなとき、大増水の危険があるならすぐに撤退しなければなりませんが、それほどの状況で
ないなら好ポイントを狙って毛バリを沈めてみましょう。上層から中層を探っていくと、思わぬ釣
果にめぐまれることがあります。

 毛バリを浮かしたり沈めたりして狙うべき層を探る。状況に応じ、毛バリを沈める、浮かす。魚
や糸の変化を目でとらえて釣る、手で感じて釣る――これらの技を自在に操ることができれば、
毛バリ釣りには不向きと思われがちなこの時季でも、テンカラは威力を発揮します。

 なお、毛バリを小刻みに動かす「操作法」は、いわば個人技に属するテクニックであり、テンカ
ラ師によって違いがありますが、一般には(ライン・リーダーを)「引く」「止める」動きや、「張る」
「ゆるめる」動きを繰り返す技法が用いられています。

 いずれにしても、竿や手をわずかに動かす微かな「操作」です。毛バリにこうした動きを与えな
いと釣れないわけではありませんが、魚の食いが立っていないときには食い気を誘う有効な手
段となります。なお、「操作法」については次章「合わせ」で詳述します。

 ④「合わせ上げ」……釣り用語に「空(から)合わせ」というのがあります。「アタリがなくても
竿先をそっと上げて聞き合わせること」、または「アタリではなくタイミングで合わせること」を意
味します(昔は「盲合わせ」とも言われましたが、この言葉は障害者への差別語とみなされるよ
うになり、現在は使われていません)。

 毛バリを打ち込んで「一、二、三」と数えたとき魚が跳びついてくることが確率的に多いので、
魚信がなくても「三」で合わせ、うまく合えば釣れるという空合わせの釣法が、かつては各地で
行われていたそうです。狙い場をつかんだ上で合わせていたのでしょうが芸のない釣り方です。
それでも一定の漁獲が得られるほど、昔の川は魚影が濃かったのかもしれません。

 毛バリ釣りの高度な技法が広く知れ渡った今日ではむろん、空合わせ専一のテンカラ師は
ほとんどいないはずです。が、じつはテンカラ師のほとんどが、空合わせに近い動作を「打ち返
し」の中に取り入れているのです。それを意識してやっているかどうかは、人によりけりですが。

 その動作とは、振り込んだライン・リーダーを引き上げるさい、まるで合わせるように、つまり
魚を掛けるときの素早さで竿をはね上げること。毛バリが水面にあろうが水面下にあろうが、流
すべきコースを流し終えたら、あるいはその中途でもピシッとライン・リーダーを引き上げ、すか
さず打ち返しをするのです。




             腕力ではなく、おもに手首の力(スナップ)を利かせて
             素早く竿をはね上げる。パワーではなくスピードを!

 弓張り式の振り込みとか回転式の振り込みしかできない障害物の多いところでは、竿さばき
が緩慢になり、ライン・リーダーをゆっくり引き寄せたり引きずり上げたりせざるをえません。け
れど普通に振り込めるところでは合わせるつもりで、あるいは合わせるように鋭く、手首の力を
はたらかせてライン・リーダーを引き上げます。このような引き上げ方を、当編集部は「合わせ
上げ」と呼んでいます。

 テンカラ師はなぜ合わせるように上げるのか。「生きた羽虫が空へ飛び立つ姿を演出するた
め」、「ラインをずるずる引っ張り上げると魚を怯(おび)えさせてしまうから」と、もっともらしい理
由が昔から語られてきました。いずれも一理あるとは思いますが、じつはもう一つ、あまり語ら
れない理由があります。

 ライン・リーダーを頻繁に、鋭く、しかも合わせに近いタイミングで引き上げるのが打ち返しの
定法ですから、引き上げた瞬間、魚がハリ掛かりして釣れてくる確率はけっして小さくないので
す。その割合はテンカラ師により異なりますが、釣り上げた魚の少なくとも数%に達するとみら
れます。

 合わせ上げのとき、魚が毛バリに喰らいつくのが見える場合と見えない場合があります。見え
る場合は、ライン・リーダーの引き上げがそのまま「合わせ」となります。見えない場合も、鋭く
引き上げているので、しっかりとハリ掛かりします。

 合わせ上げがとりわけ奏功する場所があります。たとえばこんなところです。下の3枚の写真
をご覧ください(黄色の線は毛バリを流すコースを示す)。
 
 
 (左)荒瀬の大岩下の深み。
 夏季、酸素を求めて大物が
 入り込む。ポイントは白泡が
 切れる辺り。
 
 (中)巻き込み。毛バリが流
 芯側へ出るときが狙い目。
 (右)淵尻から落ち込みの肩
 まで、魚は追ってくる。 

 荒瀬の白泡の切れ目はずいぶんと波立っています。巻き込みと流芯の間は水流がよじれて
います。淵尻から落ち込みへ下っていく流れは急に速くなります。いずれの狙い場でも、ややも
すると、打ち込んだ毛バリを見失ったあげく、魚がそれをくわえ込むのに気づかず、「遅きに失
する」後合わせとなりがちです。

 魚がどこで毛バリをくわえ込むか、直感的に読めるなら、毛バリを見失ってもその辺りで「合
わせ上げ」をします。魚がハリ掛かりしなかったら、毛バリの投下点やコースをわずかに変えて
打ち返しをします。それでも魚影が見えないとしても、水面下では魚が毛バリをくわえ込もうとし
ている可能性がありますから、ライン・リーダーを引き上げるさいは確実にハリ掛かりさせるべ
く合わせて上げなければなりません。

 魚が毛バリを追ってきたり、くわえ込もうとしたりするさまを見て合わせるのがテンカラの基本
ですが、毛バリが見えなくても魚があらわれなくてもアタリや糸フケすらなくても、「そこでくる」と
読んでハリ掛かりさせることは可能です。

 毛バリも魚影も見ずに魚を掛けると初級者は、「釣った」というより「釣れた」、つまり「まぐれ当
たり」と感じるかもしれません。しかし熟達者にとって「合わせ上げ」は、そうしたレベルを超えた
勘と読みの冴える攻め技の一つです。


9.合わせ 

 アタリを感じたとき竿を立ててハリ掛かりさせる一連の動作を、釣り人は「合わせ」と呼んでい
ます。数多い釣り用語のなかで、「合わせ」はもっとも使用頻度の高い言葉の一つです。渓流釣
り、海釣りをとわず確かな合わせこそ肝心要(かなめ)、それゆえ、釣り人の口の端(は)に上る
ことが多いのです。

 テンカラ師もまた魚をハリに掛ける動作を「合わせ」と呼んでいます。でも、餌釣りと違って、
手にアタリを感じてから竿を立てることは滅多にありません。通常は、毛バリに向かって浮上し
てくる魚の影やきらめき、あるいは水面の微妙な変化、そして毛バリをくわえ込む魚の姿を目で
とらえ、すかさず竿を立てて魚をハリに掛けます。そういう掛け方を「早合わせ」といいます。

 テンカラの合わせにはこのほか、前述の「合わせ上げ」のような直感的な合わせ方や、水面
下で毛バリを操作する「誘い合わせ」、そしてラインを弛ませて魚に毛バリをしっかりくわえさせ
る「遅合わせ」などの手法があります。しかし、この章では主に、テンカラの基本型というべき
「早合わせ」について解説します。


「早合わせこそ基本」毛バリを水面ないし水面直下に流し、そこへ魚をおびき出して
すばやく掛ける手法、すなわち「早合わせ」を身につけるのは、テンカラ入門者にとって一番の
難関です。打ち込んだ毛バリに魚は跳びついてくるけれど、それをタイミングよくハリに掛ける
のが難しいのです――「慣れるまでは難しい」という意味ですが。

 「どうしても合わせが利(き)かない」「毛バリじゃ釣れない」と歯ぎしりしたあげく、テンカラに見
切りをつけた餌釣りのベテランは古来数知れぬ、といっても過言ではありません。見切りをつけ
ないまでも、ラインを弛ませて毛バリを水中に沈め、手にアタリを感じて掛けるとか、ラインに付
けた目印やラインの動き(フケ、振れ、張り)をシグナルにして合わせるといった釣り方に甘んじ
る方も少なくありません。

 水温が著しく低い時季など、そうしなければ釣れないときはもちろん、当編集部も、水中で餌を
食わせるように毛バリに食いつかせる釣りに徹します。が、そうしながらも「いつ、水面での早合
わせに切り替えるか」と頃合いを見計らい、気温・水温が上がってきて、水面に魚が跳びだした
のを目撃するやいなや、すっぱりと切り替えます。

 なぜ、そうするのか? 水面での早合わせには、水中での遅合わせでは得られない面白さが
あるからです。目で魚影をとらえてすばやく合わせるときの緊迫感、ときめき。そして、ポイントを
きめ細かく、かつ広範囲に探りつつ速いテンポで釣り上る躍動感、リズム。それらが相まって、
テンカラという「攻めの釣り」のほんとうの面白さが醸(かも)しだされるのです。

 どんな毛バリ釣りにもそれなりの利点があります。あなたもいつの日か、さまざまな釣り方に出
合い、それらを身につけていくでしょう。でも、「早合わせは難しすぎる」「1匹も掛けられない、や
ってられない」とこぼして餌釣り風の毛バリ釣りに飛びついてしまったのでは、テンカラの真髄に
触れる機会を失ってしまうかもしれません。

 ここはひとつ、考え方をひっくりかえしましょう。もし早合わせで掛けられない日々が続いたとし
たら、やがて訪れる掛けられる日まで、その日々を楽しみましょう。釣れないワケが分からず悶
々とするのではなく、なぜ合わせが利かないのか、その理由をとことん追求し策をめぐらし、次
の釣行時に試してみます。こうして「最初の1匹」を掛けたとき、「早合わせ」はただの「合わせ」
になっているはずです。

 早合わせは基本の型です。たしかに、それをマスターするのは少しばかり難しく、入門者には
立ちはだかる壁のように映るかもしれません。しかし、早合わせを難しくしているものの仕組み
と、それにたいする手立てを十分に知っていれば、壁のように見えていたものがじつは陸上競
技の「ハードル」ていどのものにすぎないのだと感じられます。

 この章ではまず、テンカラの早合わせ(以下「合わせ」と称します)が利きにくい理由を解き明
かします。その上で、合わせを利きやすくするいくつかの手立てについて分かりやすく解説しま
す。さあ、「ハードル」を飛び越えていきましょう!


「合わせ遅れの仕組み」水面に毛バリを打ち込み流していくと、ポイントから魚が浮き
上がってきて毛バリを口にくわえます。それを見た釣り人はすぐに竿をはね上げ、魚を掛けよう
としますが、その瞬間、魚の姿は見えなくなり、ラインだけが背後に飛んでいきます。くわえ込ん
だ毛バリを魚がすぐに放してしまったため、ハリに掛けるのが間に合わなかったのです。

 このような状態を「合わせ遅れ」といい、遅れた合わせを「後合わせ」といいます。合わせ遅れ
は、入門者の場合は頻繁に、ベテランでもときどきやってしまう失策です。


  毛バリめがけて魚が急浮     魚はくわえた毛バリをすぐ    魚は身をひるがえして水
  上しているが、釣り人はま     口から放す。魚体を見て     底へ。ライン・リーダーが
  だ気づいていない。         釣り人は竿をはね上げる。    張り、後方へ飛んでいく。 

 水面に浮上してくる魚のなかには、毛バリを口にくわえず掠(かす)めるようにして戻っていく
ものもいます。当然、合わせは利きません。毛バリに接近しただけなのか、それとも合わせ遅
れだったのか、見分けるのも困難です。が、渓流釣りも盛季となるとこうしたケースは少なくな
り、大部分の魚は毛バリを口にくわえます。

 いったん口にくわえた毛バリを、魚があっという間に放出してしまうのは何故でしょうか。この
疑問にたいして、多くの先達者がいろいろな説を唱えてきました。たとえば、「ニセモノと感じた
から」「食えないもの(ゴミ)とわかったから」「毛バリに張力(テンション)が加わっているので怯え
たから」「自然に流れてくる虫と違った動きをみせる毛バリに魚が警戒したから」などなど――
それぞれ一理あるのかもしれませんが、どの説も(魚とは感覚器の異なる)ヒトの想像の域を
出ません。

 もしかしたら魚は、ヒトが物を手にとってみるように、とりあえず口に毛バリをくわえ込むのか
もしれません。そして何故かは分かりませんが、たちまち毛バリを放します。このような反応の
仕方は、生き餌(川虫など)の付いたハリをくわえたときの反応と違って、「間違ってくわえたも
のを吐き出している」という印象すら与えます。

 餌釣りと毛バリ釣りの反応の違いについて、一例をあげましょう。餌釣りでは、くわえ込んだハ
リを魚がノドまで飲み込んだ状態で釣れてくることは珍しくありませんが、毛バリ釣りではめった
に起こりません。いったんくわえ込んだものが食えるのか食えないのか、それをすばやく区別す
る何らかの機能が、魚の口には備わっているとさえ思われます。

 水面で毛バリをくわえてから放すまでの時間も、餌釣りになれた人にとっては驚異的な速さで
す。魚種・魚の型(大きさ)・スレている度合い・時季・時間帯・釣り方などにより、その速さは異
なりますが、おおむね0.数秒。かなり速いときで0.5秒未満、遅いときで1秒前後とみられま
す(毛バリを水面下・水中に沈ませて釣る場合は、かなり遅くなりますが)。

 喩(たと)えていうと、ヒトが瞬(まばた)きをする時間内、あるいはハッとして振り向く時間内に
毛バリは魚の口から放出されることが多いということです。

 一方、毛バリをくわえ込む魚影をテンカラ師が目にして竿をはね上げる(合わせる)までに要
する時間はおおむね0.数秒、人によっては1秒近くかかります。いわゆる反射神経が鋭い人で
も、視覚への刺激とそれにたいする反応との間には、僅かながら時間のずれ(タイム・ラグ)が
あります。

 さらに、竿をはね上げる動きが腕から竿、ライン・リーダーをへて毛バリに伝わるまで0.数秒
を要します(この時間を短縮するには、毛バリを打ち込んだらすぐにライン・リーダーを手前に引
いてやや張り気味にする、つまり弛みをとっておく必要があります)。

 これら二つの時間のずれを加えると、反応・動作の素早い人でも0.5秒前後、テンカラに慣れ
ていない人の場合は1秒ないし1.5秒ぐらいになるはずです。

 常識的に考えれば、水面にとつぜん現われた魚を目にしてそれを毛バリで掛けるなんて、不
可能に近いことです。合わせようとする釣り人の意思が毛バリへと伝わったとき、魚はすでに毛
バリを口から放出しているので、ハリに掛けようとしても間に合いません。


「合わせが利く仕組み」ところがテンカラのベテランは、水面に現われた魚を十中八九
とまではいかなくても十中六七ぐらいはハリに掛けます。間に合わないものを間に合うようにす
るコツがあり、熟達者はそれを体得しているからこそ、合わせでしくじることが少ないのです。

 以下、合わせが遅れる場合と利く場合の仕組みを図で示します。入門者はなぜ合わせ遅れ
になりやすいのか、ベテランはなぜ合わせが上手くいくのか、想像しながら見てください。



 合わせが利く場合と利かない場合とでは、釣り人側の動きに大きな差異があります。とりわけ
初動の早さと意識の持ち方が違います。入門者は魚体が水面に現われるのを待って合わせの
動作に入りますが、ベテランの合わせは、その動作に入る前から始まっています。先を読み、
狙いをつけ、構え、わずかな予兆を目ざとくとらえ、動作に入ります。

 もっと具体的にお話しましょう。合わせを利くようにするための必要条件は、こういうことです。

 ①毛バリを打ち込むとき魚がどこから、どんなタイミングで出てくるか予測し、打ち込ん
   だら構える(姿勢や意識をととのえる)、ラインの弛みを小さくする。

 ②水面に魚体が現われる直前、水中での魚のきらめきや黒い影の動きなどを感知し
   たら、すかさず合わせる。


 魚が毛バリめがけてとつぜん水面に現われるという状況は、いわば突発的な事態です。ぼん
やりと立っていたのでは、ほとんど対応できません。が、それを予測し構えていれば、魚の動き
(視覚的な刺激)をとらえやすくなり、より早く合わせの動作(反応)に入れるようになります。

 そして、魚が水面まで出てきて、その体がはっきり目に見えるのを「待つ」のではなく、水中で
のきらめき、影、水面の揺れ、波紋などの予兆、異変を感知したら――いち早くそれらをキャ
ッチするには偏光グラスが必要
――すかさず合わせること。即応態勢をとっていればこそ、
このような「仕掛ける」釣りが可能となります。

 ただし合わせの動作は手首を上に反らすようにして素早く、しかし力まずに行ってください。
手や腕に力が入り過ぎると、合わせたとたんにリーダーが切れやすくなるだけでなく、背後に曲
がった竿先がその反動で前方に曲がった瞬間、ライン・リーダーがゆるんで魚の口からハリが
外れやすくなります。つまり、「合わせ切れ」や「バラシ(=バレ)」の原因となります。


                  浮上してくる魚の影。この時点で竿を
                 はね上げると合わせが利きやすい。
        

 ともあれ、魚が水面に出てきて毛バリをくわえ込む前に合わせの動作(竿をはね上げる)に入
れば、その動きが竿からライン・リーダーをへて毛バリへ伝わる間に魚は毛バリをくわえ込み、
その毛バリを口から放そうとしたときには、すでにハリ掛かりしている――これが合わせが利く
場合の典型的なプロセスです。

 このパターンを成り立たせる要件は、煎(せん)じつめると「突発的な事態」を「予測した事
態」に変える
こと、そして、相手の出方を「待つ」のではなく先手を打って「仕掛ける」こと。入門
者がまぐれ当たりでない「初めての1匹」を釣り上げるには、水中の魚影やきらめきをとらえて
合わせる(攻勢にでる)のがいちばん効果的です。

 一方、魚が出てくる場所とタイミングを予測するのは、入門者がすぐにできることではありませ
ん。場数を踏み、多くの経験を積んで身につく能力です。けれど、渓流の現場で常にそれを意
識する人は、意識しない人に比べてはるかに早く、確かな予測能力(眼力)を持つようになるで
しょう。そうなれば、毛バリで魚を掛ける確率は飛躍的に高まります。

 もうひとつ、場数を踏まなければ分からないことがあります。毛バリにたいする魚の出方がさ
まざまでいつも同じではない、つまり変則的な出方をするケースが少なくないということです。
たとえば、打ち込まれた毛バリが着水するやいなや魚が食いついてきたり、魚体が初めからは
っきり見えていたり、ひどくゆったりと毛バリをくわえたり、魚のほうが毛バリを食いそこねたりす
るケースです。それゆえ、「予測し、構える」態勢に、予期し得ないことが起きる可能性をいつも
織り込んでおかなければなりません。

 野球に譬えると、イレギュラー・バウンドに備えることです。ころがってきた打球を内野手が捕
球しようとしたら不意に高くバウンドし、頭上を越えるかと思いきや、内野手はすかさず跳びつ
いてキャッチし1塁へ送球、アウト。こんな場面が高校野球などで、ときおり見られますね。

 大部分のスポーツがそうであるように、野球もまたイレギュラー(変則的)なできごとやハプニ
ングが頻発するゲームです。ですから選手たちは、なにが起きても即応できるよう訓練されて
いるし、試合ではそれに備えて態勢をととのえています。攻撃や守備のときの選手たちの張り
つめた構えは、そうした意識の現われです。

 テンカラ師も同じです。「イレギュラー・バウンド」にも即応できる態勢を整えておかなければな
りません。集中力・敏捷さ・機転――これらの意識の働きを十分に活(い)かすよう常に心掛け
ましょう。この課題については後ほど、「呼吸を合わせる」の項であらためてご説明します。

 さて、予測し攻める「合わせ技」の中身を、これから詳しく解き明かしていきます。いくつかの、
押さえるべき勘どころを具体的に示します。それらを互いに結びつけ、一体のものとして使いこ
なせるようになったら、貴兄はもうひとかどのテンカラ師です。


「ポイントを押さえる」合わせを確実なものとするには、まず、魚が占有しているスペー
スをつかむこと。さらに確実なものとするには、そのなかの魚の定位置すなわちポイントを押さ
えること。「押さえる」とは、打ち込みのさい、毛バリを流すコースがポイントからなるべく外れな
いように狙いすますことですが、もう一つ大切なのは、スペースの形状によって毛バリを流す
コースと距離をそのつど変えることです。

 なぜ変える必要があるのか? それは各ポイントの形や大きさ、流れの深さ・速さなどにより、
魚が毛バリに跳びついてくるタイミングや出方(食いつき方)が異なるからです。それゆえ、ポイ
ントごとに毛バリを流すコースと距離を設定し、合わせの間合いを計りやすくしているのです
(「間合い」=動作をおこすのに適した時)。

 さらに、打ち返しをしてコースをずらすとき、あるいは周辺のポイントを続けざまに探るときも、
流すコースと距離を直感的に決めていきます。距離といっても、ここは50センチ、あそこは1メー
トルなどと数値を決めるのではありません。たとえば「白泡の切れ目からあの岩の後ろまで」と
具体的な物を目印にし、おおまかに設定すればよいのです。

 ただし、水面で魚を掛ける場合、長くても約2メートルを超えない距離、通常は数10センチから
1メートル前後の短めの距離に設定するのが得策です。距離が短ければ合わせの間合いが縮
まり、集中力を発揮しやすくなります。距離が長いと、魚の出を「待つ」姿勢になりがちです。

 なお餌釣りでは、餌を投入したら中途で引き上げず流しきる――不自然に動かさない――の
が常識ですが、テンカラの場合は毛バリを中途で引き上げても――羽虫が飛び立つのは不自
然な動きではないので――差し支えありません。ただし、「合わせ上げ」の項で述べた通り、毛
バリを素早くサッと引き上げてください。

 ここで、川の流れを見ていただきましょう。魚たちが活発に餌を追い求める時季、テンカラ師
はどこをどんなふうに攻めるのか、説明抜きでじっくりご覧ください。黄色い線は毛バリを流すコ
ース、その長さは毛バリを流す距離を示しています。(なお、逆引き・斜め引きなどの操作につ
いては、画面が煩雑になるので省略します)





 ほとんどの写真は、釣り上っていくとき視野に入る一定の区域(ゾーン)を映し出しています。
瀬、荒瀬、トロ瀬、淵、ブッツケの淵などと称されるところで、それぞれ数多くのポイントを擁して
います。

 これらのポイントを手前から順々に、つまり下流から上流へ、足元から対岸へと探っていくの
がテンカラの常套ですが、時と場合により、多くのコースを探らず本命ポイントにのみ的をしぼ
ったり、反対にもっと多くのコースを執拗に探ったりします。

 写真では数多くのコースが示されていますが、全コースをいつも流すわけではありません。た
とえば最初の写真、大淵の下の瀬頭でもし第1投目で魚が掛かれば、そのゾーンは場荒れした
とみなし、すぐさま上の淵尻のゾーンへと進みます。

 通常は、そのようにテンポよく効率よく釣り上っていきますが、魚影の濃い川で魚たちの食いが
立つ時合(じあい)にでくわすと、一つのゾーンのあちらこちらで魚が跳びだしてきますから、自ず
と流すコースは多めになります。

 ともあれ、毛バリを流す距離は総じて短めで、しかもポイントごとに変わります。たとえば、周
りを岩で囲まれた狭いタルミ、岩の裂け目・窪みなどの小スペースでは数センチから30センチ、
荒瀬の大岩回りなどは30~50センチ、瀬の流れ込みなど比較的浅く水流が激しく撚(よ)れあう
ところでは数10センチ、瀬ワキや瀬の合流部などの深さと速さが中ぐらいのところでは数10セン
チないし1メートル、トロ瀬や大淵など流れが深く緩やかなところは1~1.5メートル(注・参照)。

   [注1]…これらの数値は、水面で早合わせをする場合のおおよその基準です。先述のよ
         うに、テンカラ師は振り込み・打ち返しのさい、岩の配置、水深、流速などを見て、
         流す距離を直感的に(いちいち考えず瞬間的に)決めていきます。

   [注2]… テンカラの釣法は様々です――水面で釣る、やや沈めて釣る、水中まで沈めて
         釣る、操作を常にする・あまりしない、長い仕掛けで釣る、短い仕掛けで釣る、な
         どなど。そして狙う魚も人によりけり―― ヤマメ・アマゴ狙い、イワナ狙い、大物狙
         い、など。それぞれ毛バリにたいする魚の出方が違い、合わせ方も異なります。
         くわえて各人各様の個人技があります。ですから、毛バリを流す距離について一
         律に「こうでなければ」と設定するのは妥当ではありません。

 時季や水況などによる違いを脇へおいて一般的にいうと、流れが浅く速いところ、荒く乱れる
ところ、そして狭小なスペースでは、魚が餌(毛バリ)を見つけて跳びだすタイミングがかなり早く、
出方も敏速です。そんな魚をハリに掛けるには、魚影をとらえるやいなや鋭く竿をはね上げる
「早合わせ」が有効。そして「早合わせ」をやりやすくするには、毛バリを流す距離を短めに設定
するのが肝心です。

 一方、流れが深く緩やかなところでは、魚が餌(毛バリ)を見つけて出てくるタイミングが浅場
よりも少し遅く、出方もやや緩慢です。しかも、水底から浮上してくる魚影がはっきり見えること
も多く、そうなると、合わせの間合いを「早合わせ」のときよりワン・テンポ遅くしなければ、毛バ
リに食いつかせることもハリに掛けることもできません。こうした「遅合わせ」が想定される場合
は、毛バリを流す距離を長めにするのが理にかなっています。

 深い緩流帯や大川での「遅合わせ」は、いわば変則的な事例です。自分のホーム・グラウンド
にはそういう場所が多い方は、「遅合わせ」方式で入門するしかありませんが、それ以外の方は
まずは流す距離を短めにして「早合わせ」で掛ける方式を励行してください。この技が身につけ
ば、「遅合わせ」にも対応できるようになります。


「面を見る」
テンカラを始めたばかりの方は、釣り場で思わぬトラブルに悩まされます。な
かでも厄介なのは、振り込みや打ち返しのとき、ラインやリーダーや毛バリをひっきりなしに枝
葉に引っ掛けてしまうこと。そして、水面にあるはずの毛バリがどうにも見えないこと。

 前者は不慣れのため起きるのですが、失敗に学んで注意深くなりますから、1年もしないうち
に「ひっきりなし」は「ときどき」程度に減るはずです。しかし、後者の「毛バリがよく見えない」と
いう苦境から脱するのは、師匠を持たない人にとっては容易ではありません。

 なぜかというと、入門者はだれしも「毛バリをしっかり見ていないと釣れない」と思い込んで、水
面へ投じた毛バリに目を凝らしますが、師匠なら、弟子のその姿をひと目見るなり、「そんなに
無理に見つめないほうがいいですよ」と注意してくれます。

 師匠はさらに、「毛バリはね、そもそも小さくて見づらいものだけど、目を凝らさないと見えない
わけじゃないんです」と前置きして、なぜ毛バリは初心者には見えにくいのか、どうしたらよいか
を噛んで含めるように解説します。

 まず、当たり前の話ですが、遠くの物がぼんやりと映る近視の人はメガネで矯正しないと、よく
見えません。しかし、遠くの物がはっきり見えるのに毛バリがよく見えないのはどうしてか。毛バ
リが小さすぎる? ミノ毛・胴の色が暗くて見づらい? それらも理由の一つかもしれませんが、
小さくて暗い色の毛バリでも見える人には見えます。

 ほんとうの理由は、次に挙げる三つのうちのいずれかでしょう。打ち込んだ毛バリがどこに
着水したのか分からない。打ち込んだ後、ラインを弛(たる)ませているため毛バリが水面下
に沈んでいる。コースを流しているうち毛バリが水流にもまれて行方不明になった。

 風が強いとき(ラインが飛ばされる)、雨が降っているとき(水面が雨粒で乱れる)、そして流れ
が荒く泡立っているところ(泡でかき消される)を除くと、の原因は、打ち込んだとき狙ったス
ペースの上手に毛バリが着水しなかったこと、つまり的(まと)を外していることにあります。

 逆にいうと、狙った着水点を見すえ、そこへ正確に毛バリを落下させれば、おのずと毛バリは
目に入ります。見ている狭い範囲内に落ちてくるモノは、かなり小さなモノでもよく見えるのです。
毛バリが見えるかどうかは、狙いをつけて的を射る能力、つまりコントロールが良いかどうかで
ほぼ決まる、ということです。

 シーズンオフに振り込み(キャスティング)の練習を重ねてきた方はたぶん、直径20cmぐらい
の標的に3割以上の確率で毛バリを打ち込めるはずです。解禁後、実際の釣りで命中率を一
段と高めれば、毛バリが見えない度合いはかなり低くなります。

 さらに、経験を積んでコントロールが意のままになると、毛バリが見えないといって悩むことは
なくなるでしょう。たとえ見えていなくても、そのありかが分かっているので、見えているのとさほど
違いがないのです。このような「見えなくても見える」境地に達すると、無理に毛バリを見つめなく
なります。毛バリという「点」を見るのではなく、その周辺の「面」を見るようになります。


     左は水面に浮かぶ毛バリを凝視しているとき、右は毛バリの周辺を見ていると
     き(イメージ画像)。毛バリの色や形までくっきり視認したいのなら「点を見る」必
     要があるが、毛バリがそこに存在していることを知覚すればいいのなら「面を見
     る」ほうがいい。


 目に力を入れて「点」を凝視すると、点そのものはくっきり鮮明に映りますが、その周辺の物は
ぼやけて映ります。反対に目に力をあまり入れず「面」を見ると、点も周辺の物も、くっきりでは
ないけれどはっきり映ります。

 なかでも周辺で動く物は、面を見ていないとなかなかとらえられません。また、流しているうち
見失った毛バリを見つけるときも(のケース)、目に力を入れず、視野を少し広げて面を見た
ほうがうまくいきます。

 ここで、画像(イメージ)を使って実験をしてみましょう。―――渓流を遡っていくと、ブッツケの
長い淵にさしかかりました。淵尻を狙って、あなたは竿を振り上げ毛バリを打ち込みます。着水
した毛バリが画面のどこにあるか分かりますか。


 おそらく、右上から伸びるライン・リーダーの先にあるベージュ色の点に、あなたは目を凝らし
たはずです。そうです、それが毛バリです。が、その点を見つめているとき、右下の大岩の前に
沈んでいる灰色の影に気づきましたか? 

 もう一度、目に力を入れて毛バリを凝視してみてください。その灰色の影は視野にほとんど入
らないか、ぼやけて映るはずです。今度は目にあまり力を入れず、毛バリに視線を向けないで
淵尻の水面を見てください。毛バリも灰色の影も、それに底石の様子も、鮮明ではないけれど
よく見えるでしょう。

 面を見るテンカラ師は、毛バリが着水した直後、その灰色の影の存在に気づきます。もしそれ
が動いているなら、毛バリに向かって跳びだしてきた魚の姿、まちがいなく魚影です。この時点
で魚影が視野に入っていれば、余裕をもって合わせることができます。

 「毛バリを無理に見つめないで」という師匠の言は、物の見方が合わせの成否にかかわって
くることを示唆しているのです。


「操作する」前項ので触れたように、毛バリを打ち込んだあと、垂れ下がったラインを
弛ませたままにしていると、毛バリがやや沈んで見えにくくなるだけでなく合わせ遅れにもなりが
ちです。なぜかというと、竿をはね上げて合わせるとき、弛んだラインを引いてまっすぐにするの
に余計な時間がかかるからです。

 とくに馬の尻毛を撚った馬素(ばす)やナイロン単糸などを撚ったテーパーラインの場合、それ
らの重みで垂れ下がる度合いが強いため、こうした不具合を生じやすいのですが、テンカラの
先人たちはこれを逆手にとって巧妙な操作法を編みだしました。

 その操作法とは、魚がいるであろうスペースの上手(または横手)へ毛バリを打ち込んですぐ、
竿を引き上げるように立てていき、ライン・リーダー(先の方は水面に浸かっている)を手前へ
(または斜めに)引いて毛バリをポイントへ滑らせるというテクニック。


 水面を滑る毛バリがよく見えるだけでなく、接近する魚の影も視認しやすくなります。また、合
わせの動作は、竿を引き上げて立てていく動作をそのまま(しかし素早く)続ける形となるため
力みが入らず、リーダーの合わせ切れやハリの外れによる「バラシ(=バレ)」を防ぐことができ
ます。

 ラインの弛みを小さくする(=緩やかな張りを保つ)、毛バリのありかを常にとらえる、魚を誘っ
て毛バリに食いつかせるという、毛バリ釣りの要諦を三位一体にした、これは手品のように見え
る離れ技です。この技を得意とするテンカラ師を少し離れたところから眺めていると、竿を振っ
てラインを飛ばし、毛バリが着水するとすかさず竿を立てていき、そうして天を突くような姿勢に
なったときにはもう魚が掛かっている、という按配です。

 竿の立て方すなわちライン・リーダーの引き方には幾通りかあって、たとえば①着水した毛バ
リを一度に数10cmないし1mほど引いてくる、②ラインを緩やかに張りつつ、約10~30cmずつ
小刻みに「引く」「止める」を繰り返して引いてくる、③(毛バリを沈めて釣る場合)ラインを「張る」
「ゆるめる」を繰り返しつつ引いてくる等々。水面の波立ち具合、ポイントの形状によって引き方
を変える人・引くのをやめる(操作しない)人もいれば、自分流の引き方にどこまでもこだわる人
もいます。

 ラインを引くスピードについても個人差がありますが、さほど波立っていない水面ではやや遅く
「スーッと」(50cm引くのに1秒前後)、かなり波立っている水面ではそれよりやや速く「スッと」とい
った具合に、流れの状態に応じて緩急をつけます。

 いずれにしても、流れのままに毛バリを流す(=操作しない)のと違って、操作された毛バリは
生きている羽虫のような(と思われる)動きをみせます。この動きによって魚の採餌欲を刺激す
ること、そして毛バリ(餌)の存在を(魚にとっても)視認しやすくすることが、この操作法の眼目
と思われます。

 ただし、毛バリを引くさいはあくまでも抑制的に行うことが大事です。毛バリ(餌)が生きている
ように動くということは、魚にとって、すばやく捕捉しなければ逃がしてしまうということですから、
その出方はおおむね速く鋭く、それを読んで合わせないとなかなかハリ掛かりしません。

 ですから入門者は、初めは流れのままに毛バリを流し、それである程度釣れるようになってか
ら操作法を徐々に試していくのが得策です。そのさい、すぐに気づかれると思いますが、ライン
の長さを竿より短くしているときに操作すると、毛バリが水面で躍ったり跳ねたり派手な動きをみ
せます。この手の過剰な「演出」は、かえって魚を怯えさせる恐れがあります。

 なおカーボン単糸のレベルラインを用いる場合は、ラインが軽いのでそれほど垂れ下がらず、
したがって弛みをとる必要性は薄れますが、操作の仕方はテーパーラインの場合と同様です。

 テンカラの操作法にはこのほか、第7章「振り込み」の「型から技へ」で触れた「逆引き」や
「斜め引き」、毛バリを小刻みに引く(微動させる)方法などがあります。

 逆引き 毛バリを下流から上流へ引いてくる操作法を「逆引き」といいます。下流へ振り込
んで流れのままに毛バリを流し、なにも反応がないとき、折り返し、毛バリを上流方向へツーツ
ーと「引く、止める」を繰り返しつつ引いてくる方法が広く用いられています。

 上空に障害物があって下流への振り込みができないところでは、弓張り式の振り込みで毛バ
リを下流へ飛ばし、同様に毛バリを引いてきます(合わせは、竿を横にはねるか、それもできな
いところでは竿を後方へすばやく引くしかありません)。

 通常の振り込みと違って、竿・ライン・リーダーが上流から下流へ伸びています。一方、魚は上
流へ引かれる毛バリを追って、くわえ込む恰好となります。ですから、テンカラ師が魚影を目に
してすばやく竿をはね上げたとき、毛バリは魚の口に入らないか、または口からすっぽ抜けるか
して、なかなかハリ掛かりしません。逆引きをすると、そこに魚がいれば毛バリめがけて跳びだ
してくることが多いだけに、歯ぎしりさせられます。

 とくに淵尻に定位している魚を逆引きで合わせるのは難しいのですが、ここは一番、作戦を立
てましょう。たとえばこんな策が――小物は捨ててかかる、合わせるとき竿を横または斜
めにはねる、魚が流れにたいし横向きになって毛バリに食いつくよう仕掛ける。

 ①は、こういうことです。小型の魚は口が小さいうえに出方も速く、釣り上げるのは無益と思い
なして、跳びだしてきても「むやみに合わせない」または「合わせが利かなくともかまわない」と端
(はな)から決めておき、大型の魚にのみ狙いを定めます。

 大物はおおむね捕食の動作がやや緩慢ですから、その大きな口で毛バリをくわえ込んだのを
目視すると同時に竿をはね上げても、合わせはかろうじて利くはずです。その場合、淵の岸辺
が開けている(=障害物がない)なら、②のように竿を横ざまにはねれば、ハリ掛かりする可能
性が高まります。


         逆引きの技の一つ。対岸寄りの緩い流れに毛バリを着水させ、
         ポイント(
印)付近へ斜めに引いてくる。毛バリに食いつく魚の
         向きと逆方向に竿をはねると、合わせが利く。


 ③は、対岸寄りの流れに振り込んでから毛バリを淵尻の方へ扇形に流してくる技法。斜め引
きの1種です。淵尻の魚、とりわけ頭を上流に向けて定位している魚は、左岸または右岸側か
ら毛バリ(餌)が近寄ってくると、それに気づいて横ざまに、または斜め方向へ逸走して食いつく
か、あるいは淵尻を横切っていった毛バリを追走して食いつくか、いずれかとなります。

 前者の場合、向かってくる魚に毛バリを引き合わせる形となりますから、竿をはね上げても毛
バリはすっぽ抜けせず、しっかりハリ掛かりします。後者の場合も、魚が食いつく方向と反対の
方向に竿をはねれば、首尾よく合わせることができます。

 毛バリを小刻みに引く おそらくテンカラ師ならだれもが知っている操作法として、「ミノ毛
をすぼめたり開いたりする」手法があります。「毛バリを小刻みに引く」操作法は、技術的にはそ
れとウリ二つですが、発想と用い方が違います。

 多くの先達から現役のテンカラ師へと継承されてきたこの「すぼめて開く」手法、その根幹にあ
る発想は、生きているカゲロウが日常的に水面でみせる動き(または、もがき)を毛バリに与え
ることで、魚の食い気を誘うというものです。

 この手法を紹介しているテンカラの指南書には、おしなべて以下のようなイラストが掲載されて
います。また、そのイラストには次のような解説が付されています。

 「打ち込んだ毛バリが着水したら、すぐさま手首をわず
かに上げる。竿先がしなりライン・リーダーが張って毛バ
リは数センチ引かれ、ハックル(ミノ毛)がすぼむ。すか
さず手首をわずかに下げ、ライン・リーダーをゆるめる。
するとすぼんでいたハックルが開く。毛バリを流しつつ、
こうした微かな動きをリズミカルに反復することで、水面
に落ちたカゲロウがもがきながら流下してゆく様を演出
するのである。」

 この手法とイラストの元(ネタ)になったのは杉本英樹
博士の著書(共著)『渓流のつり』(つり人社刊)の中の1
項、「毛バリの操作」と推察されます。が、意外なことに、
その項に載っているイラストの「ハックルがつぼむ」様子
は、左のイラストと少し違っています。ミノ毛がたたんだ
傘のようにすぼまっているのではなく、胴にたいし45度ぐ
らいに曲がった状態で描かれているのです。

  左の写真は、リーダーを引いたとき水面下にある毛
 バリがどんな形になるかを映したものです。ミノ毛には
 ニワトリの襟毛(首周りの柔らかい毛)を用い、ゆるい
 流れの中で下流から上流へ引いています。つまり逆引
 きをして、ミノ毛に弱い水圧をかけています。

  このようにミノ毛の角度が少し狭まった状態を、杉本
 博士は「ハックルがつぼむ」と言い表しています。「すぼ
 む」も「つぼむ」も意味は同じですが、問題なのはその
 角度です。 

 第5章「毛バリの材料」「剣羽を知る」ですでに指摘したように、ミノ毛として巻かれた羽毛
は、上流から下流へ流れるとき、水圧があまりかからないので形を大きくくずすことはありませ
ん。下流へサッと引かれて変形するとしても、毛足が半ばから内側に曲がるか、ミノ毛の角度
が狭まるぐらい。そのていどの変形は――剣羽のような硬い羽毛を除くと――水面が激しく波立
っているところではリーダーを引いても引かなくても、たえず起きています。

 ミノ毛がたたんだ傘のような形になるとしたら、それは柔らかく張りのない羽毛に逆引きなどで
強い水圧がかかったとき、または、「たたみかけの傘」のような角度にミノ毛が巻かれている場合
にほぼ限られます。さらに、ミノ毛が胴に張り付くほどすぼんでしまうのは、ほとんどの場合、毛
バリを水中から空中に引き上げたときです。

 つまり、流れにのって流下している毛バリを下流側からわずかに引いたぐらいでは、通常、ミノ
毛がすっかりすぼんでしまうほどの変化は、まず起きません。流れを横切るように毛バリを引い
たときも、よほど強く引かない限り、大変化は起きません。

 テンカラ師の間では、「ミノ毛をすぼめたり開いたりする手法」は天然自然のカゲロウの動き、
もがき、あえぐさまを演出するものと伝えられてきました。あるいは、竿さばきの巧みなテンカラ
師ならできるのかもしれませんし、魚のほうもときには、そのように受けとっているかもしれませ
ん。けれども当編集部は疑っています、この操作法はカゲロウの翅の動きをほんとうに表現して
いるのかどうかと。

 カゲロウにたいする人間くさい思い入れや想像を捨てて簡明にいえば、この操作法はミノ毛や
胴を小刻みに動かすことにより、魚にたいして毛バリが羽虫らしい生きもの(=食えるもの。カゲ
ロウに限らない)であることを「印象づける」一つの手立てにすぎない――。

 毛バリの操作を考えたり行ったりするとき踏まえるべき要点が、ここで浮き彫りになります。す
なわち、川面でみせるカゲロウの自然な動きや姿態を真似たつもりで、あれこれ毛バリを動かし
たとしても、魚はその奇妙で派手な動きをみて、むしろ忌避するかもしれない。つまり怯えてしま
い、水底の岩陰から出てこなくなる恐れがあるということです。

 そもそも、竿と糸につながれて動きづらい毛バリで本物そっくりの動きを表現できるとは考えに
くい。それでも「表現できる」と信じて操作に躍起となる――そのありさまを毛バリ作りに譬えてい
うと、本物そっくりに巻こうとしてあれこれ手を加え細工してゆくと、毛バリがますますニセモノらし
くなるようなもの。

 先にご紹介した鬼川光博士は著書『天から釣60年』のなかで、こう述べています。
   
    「操作の眼目は、毛鈎(けばり)が常によく見えて、見失わないことと、魚に不審をいだ
    かせないで、不安なく日常普通の食生活の捕食の状況で、毛鈎にくいつかせることで
    ある。
    毛鈎は偽物である、であるから本物に見せかける高等技術を駆使して操作しなければ、
    魚はよく喰い付かないだろうと、頭で決めて、操作に専念するのは、釣り人の偏見と知
    るべきである。」

 鬼川博士ご自身の毛バリ操作法はシンプルにして明快。以下に列記させていただき、この項
を終わります。入門者はいつの日か、これを参考にして渓流で試してください。

    「おだやかな水面は、全然、毛鈎を動かさないとよい、操作すると魚は怯える。」 
    「ゆるやかな流れは、流れにまかせる。毛鈎が沈めば、沈むにまかせる。」
    「細波の立つ水面は、毛鈎を見失わない程度に、スースーと緩やかに小刻みに動か
    す。」
    「だばだば荒れている水面は、毛鈎を見失わないためと、魚の注意を引くために、小
    刻みに強く動かす。」
    「総て、流れの緩急に正比例して、毛鈎を動かすことが、毛鈎操作の基本である。」 


「呼吸を合わせる」「突発的な事態」を「予測した事態」に変えるのが「予測し、構える」
という意識の働かせ方であると、前に述べました。では、「イレギュラー・バウンド」すなわち「変
則的な事態」に備えて意識をどのように働かせたらよいのか。

 その前に、紛らわしい二つの言葉を区別しておきましょう。「突発的な事態」とは、前ぶれもな
くいきなり不意打ちを食らうことです。これにたいし「変則的な事態」とは、予測または予期してい
たけれど、それがズレたり少し違ったりすることです。

 あらためて「変則的な事態」の例を挙げます。たとえば1,2,のタイミングで魚が跳びだして
くるはずのコースで、1とか4で跳びだしてきたとき。その魚が度外れた速さで毛バリを放し水中
に戻ろうとしたとき。または、水面にあらわれた魚が尺級の大型で、毛バリに食いつく動きが思
いのほか緩慢なとき。あるいは、ラインを水流に対し斜めに引いて操作していると、魚が意外な
ところから跳びだしてきたとき。などなど、細かくみると枚挙にいとまがないほど様々な事例があ
ります。

  大型の魚、とくにイワナ
  の大物はこのように、
  毛バリを(やや)ゆっくり
  くわえ込むことが多い。
 合わせが早すぎると、魚
 は毛バリをくわえ損なった
 あげく、怯えて出てこなく
 なるかもしれない。  

 入門して間もない方は、魚の出方をなかなか予測できないか、予測しても外れることが多いの
で、すべてが「変則的」と映るかもしれません。しかも、「まさか」と思われるところから魚が跳び
だしたときなど、どきっとして慌てて竿をはね上げます。どきっとしてから合わせたのでは十中八
九、合わせ遅れになるでしょう。けれど、そのときもし、毛バリが浮流する水面――点ではなく面
――に意識を注いでいたら、合わせは利いていたかもしれません。

 ここでいう「意識」とは物事に気づく心、感覚のことです。テンカラはなによりも「技」を駆使する
釣りですが、その技を支えているのは意識を集中する能力、すなわち集中力です。意識が漠然
(ぼんやり)としていたり、ほかのものごとに気をとられたり目を奪われたりしていたのでは技の
出る幕はありませんが、逆に、意識を集中して事にあたれば、思いがけないほど高度な技能を
発揮することができるのです。

 意識を集中したとき、しなかったとき、それぞれに結果が違ってくることを知っているのは、も
ちろんテンカラ師ばかりではありません。スポーツ選手、音楽家、作家、職人など高度な技能を
もつ人たちはおしなべて優れた集中力の持ち主であり、「ここ一番」という大事な場面で、それを
いかんなく発揮します。

 たとえば、「打撃の神様」と称されたプロ野球・巨人軍の元選手・監督の川上哲治さん(2013年
10月28日、93歳で死去)は、打撃に開眼したときのありさまを、こう語っています――「(投手が
投げ込んでくる)ボールが(手前で)止まって見えた」と。その一瞬、バットを振りぬくと、ボール
は弾丸ライナーとなって外野フェンスに達したということです。

 止まって見えるとはどんな感覚なのか。「神」ならぬ身では知るよしもありませんが、おそらく、
極度の集中により、(一球一球、コースもスピードも回転も異なる)ボールのとらえどころが非常
によく見えていて、しかも、それを目でとらえ体で反応するまでの時間がおそろしく速かったので
あろう、と想像されます。

 毛バリに向かって跳びだしてきた魚が「止まって見えた」と語る人にはいまだ出会ったことがあ
りませんが、しかし、こうした超人的なバッターの感覚はテンカラ師の感覚といくらかは通低して
いるように思えます。

 ともあれ、毛バリが流れる水面へ視線とともに意識を注いでいると、跳びだしてきた魚影に気
づいてから合わせの動作に入るまでの時間は、あなたが想像する以上に短くなります。凄腕の
テンカラ師の場合、おそらく、その時間差は限りなくゼロに近づきます。すなわち、視覚的な刺
激に対する反応がほとんど反射的になる、あるいはシンクロナイズ(=時間を一致させること)
に近い状態になります。

 反応がいちじるしく速いということは、予期せぬタイミング・場所で魚が跳びだしてきても即応
できる、どうにか合わせを利かせることできるということです。また、水面にあらわれた魚がやや
緩慢に毛バリをくわえ込もうとしているとき、すかさずワン・テンポ遅らせて合わせることもできる
ようになります。すかさず合わせを遅らせる芸当も、反応が速いからこそできる技の一つです。
いずれにしても、刺激にたいする反応がほぼ同時に――厳密にいえば時間差はゼロではない
のですが――起きるようになれば、変則的な出方にも相当程度、対処できます。


 では、テンカラ師はなんのために意識を水面に注ぐのか。跳びだしてくる魚の影を逸早くキャ
ッチするため? すばやく合わせの動作に入るため?  いいえ、それらは結果であって目的で
はありません。ほんとうの目的は「魚と呼吸を合わせるため」です。

 ご案内のとおり「呼吸が合う」とは、ともに何かを行う相手とリズムや調子がぴったり合うこと。
もっと平たくいえば「息が合う」ことです。

 たとえばサッカーの選手が敵のゴール目掛けて攻め入るとき、一人ドリブルで突破しシュート
を放つ場合もありますが、一番多いのは、二人以上が連携してパスをつなぎ、速攻で敵陣の隙
をつきゴールを決めるケースですね。体をはげしく動かしながらの連携プレーは、選手同士の
呼吸が合っていなければなかなか奏功しません。

 野球の場合は、味方同士のみならず敵同士が呼吸を合わせます。ご存知のように、投手は
打者がバッターボックスに入るやいなや球を投げるのではなく、打者が構えるのを待って投球
の動作に入ります。一方、構えた打者は、投手がなかなか投球の動作に入らないとき、いった
んバッターボックスを出て投打のタイミングを調整します。まさに「阿吽(あうん)の呼吸」というべ
き間の取り方です。

 テンカラの場合は釣る人と釣られる魚という、味方でもなく敵でもない一方的な関係になります
が、変則的な出方をする魚たちと釣り人がうまく繋(つな)がるには、やはり両者の呼吸が合わ
なければなりません。といっても魚は人のリズムや調子に合わせてくれないので、人の側がどう
にかして魚と呼吸を合わせる必要があります。魚の出方に応じて合わせの動作を起こすという
ことです。

 もし釣り人に魚と呼吸を合わせる意思がないとしたら、その人の毛バリ釣りはその時その場
の出たとこ勝負、なりゆきまかせです。この場所ならこのタイミングでぜったい魚が出るという、
いわゆる教科書ポイントでは合わせが利くかもしれませんが、それ以外のところでは「イレギュ
ラー・バウンド」にきりきり舞い、イライラがつのります。

 魚と呼吸を合わせようとするテンカラ師は、こんな考えを抱いています――そもそも魚の出方
は時季により川によりポイントにより時間帯により水況(水量・水温・流速)により異なっているう
え、魚種(イワナ、ヤマメ・アマゴ)によっても個体(型)によっても違いがある。厳密にいえばけっ
して一様ではないのだから、一匹一匹の魚の出方にぴたり調子を合わせていくほうが合理的で
ある――。


 そして実際の釣りで、大方のテンカラ師は「予測し、構える」という意識と「呼吸を合わせる」と
いう意識をともに働かせています。毛バリを打ち込んでから跳びだした魚を掛けるまでの寸刻、
どちらの意識が優勢か? 個人差がありますから判じようもありませんが、一般的にはテンカラ
に習熟するにつれて「呼吸を合わせる」方へ傾いていく、とみて差し支えないでしょう。

 「傾いていく」とはどういう状態かといいますと、「予測し、構える」意識が薄れるというより、そう
することが習い性となってほとんど表面に出なくなる一方、「呼吸を合わせる」意識は、それが能
動的にはたらくかどうかが成否を決めるため、表面に出やすくなるということです。

 この状態がさらに進行すると、「呼吸を合わせる」意識もまた、そうすることが習い性となって
ほとんど表出されなくなり、刺激にたいする反応(合わせの動作)がほぼ反射的に起きるように
なるはずです。先に述べた「シンクロナイズする状態」とは、このように段階を踏んで上りつめた
ところにある境地です。人間がやることですから「完璧」とはなりえないのですが。

            ―――――――――――――――――――――

 さて、気持の通じない相手と呼吸を合わせるなんて、とてもできそうにないし勝手がわからない
と、あなたは思われたかもしれません。が、じつは日常のさまざまな場面でわたしたちはこの方
法を、そうとは気づかないまま活かしているのです。たとえば自動車の運転。

 ハンドルを握りつつ前方を眺めていると、都会の道路でも山道でもしばしば、こんな車を見か
けます。車線からわけもなくはみだす、左右にふらつく、急ハンドルでカーブを曲がる、スピード
がとつぜん落ちるといった、いわば「事故寸前の車」です。

 その原因は、運転手が半ば眠っている、考えごとをしている、同乗者との話に気をとられてい
る、あるいはその運転手が慣れっこ運転の常習者である等々さまざまですが、いずれにしても、
運転に意識が集中していないことの現われです。

 一方、むやみに車線を逸脱せず、そのほぼ中央を一定のスピードで軽快に走る車も多く見ら
れます。とくにカーブが連続するところでは、曲がりくねる道路とまるで呼吸を合わせているかの
ように「きれい」に走ります。くわえて、減速・加速がなめらかで無駄なブレーキ操作をせず、車
間距離を十分に保っています。これは、いわば「安定感を感じさせる車」です。

 左手にあるゴルフ場
 へ入る車のため、対
 向車線に右折レーン
 が設けられている。
 赤の線は、それを無
 視して、またはうっか
 り突っ切ってゆく車の
 走行コース。青の線

 は、車線を逸脱せず、
 緩いカーブに従って
 進んでゆく車の走行
 コース。道路と呼吸を
 合わせて運転してい
 るからこそ、こうした
 小さな変化にも即座
 に対応できる。
 

 おそらくその運転手は、視線をしっかりと前方に向け、路面に意識を注ぐとともに車の流れや
周辺の状況にも注意を払っています。つまり、運転にかなり集中しています。それゆえ、ちょっと
したカーブや車線の屈折、ズレなど些細な変化にも即時、敏感に反応しているのでしょう。また、
その運転手が高い集中力の持ち主であれば、視線と意識の「脇見」を誘うような情報をうまく遮
断しているかもしれません。

 道路または車線は不規則に曲がり、波打ち、合わさったり離れたりします。まったく運転手の
意のままになりません。けれども、路面に常に意識を注ぎ、集中し、形状の変化にしたがってほ
ぼ同時に反応していくことではじめて、安全でスムースな走行が実現します。

 このように道路や車線とぴったり呼吸を合わせて走行するときの感覚は、時間と距離の違い
こそあれ、水面に意識を注いで魚と呼吸を合わせるときの感覚とよく似ています。


10.取り込み 

 ハリ掛かりした魚を引き寄せて手中に収めることを、「取り込み」といいます。振り込みから始
まる一連の動作は取り込みに至って一応のピリオドを打つわけですが、最後の場面で失敗した
くない、大物をぜったいバラしたくないという熱望のあまり、タモ(手網)やランディング・ネットを
持ち歩くテンカラ師がいないわけではありません。が、その手の小道具に頼らず、「素手」で取り
込むのがテンカラ師たる者の習いです。

 第3章のその他の用具の項で述べたように、タモの類はテンカラ師にとってどちらかといえ
ば邪魔ものです。事故の原因にもなりがちです。たしかに、体長35cmを超すような大物を掛け
たときにはタモがあれば重宝します。取り込みにさほど難儀しません。しかし、ご存知のように、
その手の大物はめったに姿を現わしません。1年に1、2回あるかどうかの「僥倖」を当てにして
常にタモを持ち歩くのは考え物です。

 もし、あなたが大物狙いの釣り師であるのなら、あるいはホームグラウンドが大きな川であまり
歩かない釣り師であるのなら、タモを持つ有利・不利についてはご自分で検討し、携行するか否
か決めてください。それ以外の、身軽さや軽快さを志向するテンカラ入門者は、これから解説す
タモに頼らない取り込み方を身につけましょう。この方法に慣れてしまえば、「どたんばでバ
ラしてしまう」心配や不安は消えてなくなります。


               体長38cmのイワナ。タモがなくても取り込める。

「合わせて、引き抜く」合わせてハリに掛けた魚を、竿の弾力を活かして水面・水中か
ら引き抜き、陸(おか)に上げるのがテンカラの通常の取り込み方です。上空に障害物がない開
けた釣り場なら、小物から尺物までの大きさの魚はこうして抜き上げることができます(ただし、
弾力の乏しいヤワな竿は不適。やはり腰の強い堅牢な竿を選びましょう)。

 ここで注意していただきたいのは、「合わせ」と「引き抜き」は同一の動作ではなく、「合わせ」
があって、その後に「引き抜き」がくるという点です。稀代のテンカラ師であった桑原玄辰氏は、
この動作について、次のように述べています。

     「手首による合わせ・一の腕による引き抜き、という二段構えで対応し、合わせによる
     ショックを最小限にとどめなければならない。」(『テンカラの技術』朔風社・刊)

 なぜ、合わせによるショックを小さくしたほうがよいのか。それは合わせ切れ(「糸切れ」ともい
う)を防ぐためです。とくに流勢の強い瀬では魚の出方が鋭く速く、それを掛けようとして力まかせ
に竿をあおる(「大合わせ」という)と、ときにはその衝撃でリーダーがぷっつり切れてしまいます。
つまり、合わせ切れを起こしやすいのです。

 さらに、腕力のみならず全身の力を振るって合わせたときは、相手が20cm級の魚であっても、
しばしば切れてしまいます、手首で合わせていれば切れるはずがない1.2号とか1.5号のリー
ダーでさえ!

 大合わせ以外にも、合わせ切れを起こしやすい条件があります。おもに次の三つです。それら
が重複すると、切れる確率と頻度が高まります。

   使っているライン・リーダーの長さが竿の長さよりも短い。あるいは、使っているリーダー
     があまりにも細く短い(たとえば0.8号以下、長さ50cm未満では、合わせの衝撃を吸収し
     きれない場合がある)。

   使っている竿がやや硬くて反発力が強すぎる(合わせの衝撃がリーダーに集中する)。

   毛バリをくわえ込んだ魚が反転して水中へもどろうとしたとき、強く合わせる(釣り人・魚
     双方の引く力が逆方向にはたらき、衝撃が一段と強くなる)。

 合わせ切れを避けるには、やはり、手首を起こして合わせ、ワン・テンポおいて腕を後方へ引く
ようにして引き抜くという二段構えが必要ですが、実は、かなりの熟達者でもときには、しくじりま
す。手首で合わせたつもりでも、つい腕力が加わり、上記①や③の条件もあいまって糸切れを起
こしてしまうのです。まさに「言うは易(やす)く行うは難(かた)し」です。

 ただし熟達者の場合、しくじったからといって精神的に落ち込んだり、ひどく悔しがったりするこ
とは、まずありません。それよりも失敗の原因を突きとめるのが先決です。まず、リーダーがどこ
でどんなふうに切れたのか、目を凝らして点検します。

 通常、合わせ切れはリーダーと毛バリとの結び目で起こりますが、リーダーが中途で切れてい
て、しかも強く引っ張られたときにできる糸のねじれがほとんどないなら、それはおそらく、岩など
でこすったときリーダーに傷をつけてしまったのが原因です。肉眼ではほとんど視認できません
が、傷は他にもついているかもしれません。

  一方、糸のねじれがはっきり現われているなら(左写真参照)、毛バ
 リとの結び目で切れたと考えられますが、念のため、その切れ目から
 ラインとの結び目までを、手でおおまかに測ってみます。

  それまでに毛バリを何度か付け替えていたとしたら、そのリーダー
 は思いのほか短くなっていたかもしれません。それはとりもなおさず、
 切れやすくなっていたということです。

  これらが原因であった可能性が高く、しかも同じ失敗を繰り返す恐
 れがありそうなときは、新しい適正な長さのリーダーに取り替えたほ
 うが無難です。

  もちろん、一番の原因は力まかせに合わせて抜き上げようとしたこ
  とにあります。「やはり手首で合わせないと…」と反省し修正していか
  なければなりません。

 さて、通常の取り込みにおける要点をもう一つ挙げましょう。それは、掛けた魚を引き抜いて、
どこへどのように上げたらよいかということです。いわゆるバラシ(「バレ」ともいう)がもっとも起きやすいのは、魚を抜き上げてから手中に収めるまでの、この場面です。

 取り込みに失敗することを――釣り用語にはなっていませんが――ここでは、「取りこぼし」と
呼びましょう。取りこぼしとは、大相撲などでよく使われる言葉で、勝てるはずの相手に思いがけ
ず負けること。星を落とすこと。これをテンカラに当てはめると、ハリ掛かりした魚を取り込みのど
たんばで逃がすこと。ほぼ手中にあるものを逃がしてしまった、という意味合いです。

 さきほどと同様、取りこぼしが起きやすい条件を以下に列挙します。

   合わせて掛けた直後、張りきったライン・リーダーを弛(ゆる)めてしまった(ハリの掛かり
     が浅いときなど、魚の動きによってはハリが外れてしまう)。

   抜き上げた魚をどこで取り込み押さえるか、振り込みのとき見当をつけていなかった(水
     ぎわに落下した魚は、ハリが外れると跳ねてたちまち水中へ)。

   流れのなかの岩に乗って振り込み、掛けた魚をその場でつかみ取ろうとした(足元や手
     元で暴れる魚を手でつかもうとして、なかなかつかめず、そのうちハリが外れてしまう)。

 ①は、手首で合わせてから腕で引き抜くまでの「ワン・テンポ」が間延びしたときなどに起こしや
すい失策。ワン・テンポの時間的な長さは、掛けた魚の大きさや勢い、動きなどにより異なるけ
れど通常は0.数秒。そのあと引き抜くのが遅れたり、うっかり竿を倒したりしてライン・リーダーを
弛めてしまうと、魚が烈しくもがいた拍子にハリが外れることがあります。

 ②は、振り込むとき取り込むことまで想定できない入門者ならではの失策です。第8章「打ち返
し」
「全体をとらえる」の項で述べたように、テンカラのベテランは流れや渓相を常に広い視
野でとらえていますから、どこで取り込んだらいいかほぼ見当がついています、“山勘”ですから
ときには見当はずれとなりますが。

 貴兄も、場数を踏めばそのような勘がはたらくようになります。が、それまでは振り込む前に、
どこへ魚を抜き上げたら押さえるのに好都合か、チラッとでも辺りに目をやり、あらかじめ見当を
つけておきましょう。

 では、具体的にはどのようにして魚を取り込むのか。確実に魚を押さえて手中にするには、ど
うしたらよいのか。その手立て・動作は一様ではなく、あなたがどんな場所から振り込んでいるの
か、そして掛けた魚の大きさや動きはどうか、それらにより多少違ってきます。

 しかし、取り込みの基本は「自分(テンカラ師)にとって有利な場所で決着をつける」こと。そ
れだけを肝に銘じてください。あとは状況に応じて、あなたの動物的な勘を迷わず発揮すればよ
いのです。

 野鳥のカワセミの捕食行動を思い起こしてください。カワセミは流れに飛び込んで嘴で魚をくわ
え、木の枝にもどります。そこで魚を何度も枝に叩きつけ、すっかり弱らせてから飲み込みます。
樹の上は水中で生きる魚にとっては不利な場所、鳥にとっては有利な場所。そこまで運べば、カ
ワセミの狩りは決着がついたも同然です。

 これを③の例に、あてはめてみましょう。あなたは流れのなかの岩に乗って竿を振り、大型の
魚を掛けました。それを岩の上に抜き上げ、手で押さえようとした瞬間、ハリが外れて魚は水中
へ……。岩の上は取りこぼす可能性が高い、釣り人にとって不利な場所です。

 そこで、すぐ引き抜くのをやめてライン・リーダーを張ったまま、あなたは岩から流れに降り、も
がく魚を引きつつ、広い中州(なかす)があればそこへ、なければ陸へ近づいていき、水ぎわから
2、3m以上離れた窪みか平場へ、魚を抜き上げて落とします。ハリが外れ、砂利や草むらの上
で魚が跳ねても、水ぎわから一定の距離があれば難なく押さえることができます。

 同じ状況で中型の魚を掛けた場合は、移動する必要はまずないでしょう。すかさず抜き上げて
手のひらでキャッチするか、魚体を手でジャケットに押し当てて(=魚の跳ねを止めて)つかみ取
り、その場でしめてからハリを外し、ビクに入れます。(小型の魚は、抜き上げないでそっと足元
へ寄せ、なるべく魚体に触れないないようにしてハリを外し、放してやりましょう。)

 つかみ取るさい、布製の手袋をしていればそれほど滑らないのですが、素手ではどうしても滑
りやすく、慣れないうちは取りこぼす不安にかられるかもしれません。そんなときはタオル・帽子
などの布で魚体を包み込めば、より確実に押さえることができます。


「竿でタメて、寄せる」中型の魚の多くは、手首による合わせで水底へ戻るのを妨げら
れ、水面・水中から空中へただちに引き抜かれます。しかし、尺以下でも野性味の強い魚とか尺
以上の大物となると、やすやすとは引き抜かれず、激しくもがいて水中を疾走します。

 そういう魚が、たとえば流芯の流れに乗って下手へ向かったとき、竿を立ててそれを妨げるの
が一瞬でも遅れると、竿とライン・リーダーが一直線になり(釣り用語で「のされる」という)、伸び
きったリーダーがたちまち切られてしまいます。

 のされる前に竿を立て、その弾力を活かして強い引きに耐え、魚の勢いが弱まるのを待つこと
を「タメる」といいますが、大物を取り込むにはなによりもまず竿を立ててタメなければなりませ
ん。ただし、大魚の走りは一様でなく、しばしば急に向きを変えたり潜ったりします。ですから、竿
を上向きに立てるだけではなく、魚の進行方向に逆らって横や斜めに倒し、竿の弾力をより強く
利(き)かせる必要があります。

 例を挙げて説明しましょう。いま、広い淵の白泡の切れ目で、かなり大きな魚を毛バリで掛けた
とします。魚はいったん底へ潜り、すぐさま対岸へ向かって走りだしました。あなたは竿を立てて
強烈な引きをなんとかくい止めようとします。すると魚は一転、淵尻へ向かい逸走します。淵尻の
下流は荒瀬となっていて、そこへ走られたら万事休す。竿を立てたままではタメきれず、のされて
しまいそう。 

 とっさに、対岸を向いていた竿を上流側へ横に倒すと竿は弓なりに大きく曲がり、その強い弾
力に抗えなくなった魚は、こんどは上流側へ向かいます。すかさず竿を下流側に倒し、その動き
を封じます。そうこうするうち魚はふたたび下流側に突進し、タメきれなくなったあなたは魚を追っ
て流れのなかを下流へ移動、どうにか淵尻の手前で竿を立て直します。


           魚が走る方向とは逆に竿を立てる、または横や斜めに倒し
           てタメる。切り換えは、すばやく。(写真はイメージ)

 魚はしだいに力を失ってきました。その頭部がこちらへ向いたとき、竿を高く掲げて寄せにかか
ります。流れのなかから岸辺へと後退しつつ魚を手前へ引いてきます。なるべく陸に上げてから
押さえるためです。

 後退しながら砂利か砂地の浅場を探しだし、そこへ魚を引いていきます。もちろん竿を立てて、
ライン・リーダーを極力弛めずに。

 浅場へ寄せられた大魚は、もがいて逃れようとします。ふたたび竿をタメて、その抵抗を抑える
と、魚とともにライン・リーダーがこちらへ近寄ってきます。右手で竿を掲げたまま左手を伸ばして
ラインを指で軽くつかみます。

 取り込みのフィナーレ、最終場面です。ここからは魚の大きさや勢い、岸辺の状態により臨機
応変に対応します。けっしてあせらず、あわてず、手ぎわよく。

 もし魚がふたたび逸走しようとしたら、指に挟んだラインを少し送りだしたり引いたりして相手が
消耗するまで待ちます。そして、おとなしくなったところでラインを引いて陸に上げるか、鰓(えら)
に手指を掛けて持ち上げるか、または片手か両手を使って魚体を陸に放り投げます。

 魚が30cm程度の大きさなら、ラインをつかまずに竿をあおって陸へ一気に引き抜くようにして
上げるのも選択肢の一つ。腰のしっかりした竿なら、それで折れることはまずないでしょう。

 ラインを引くにせよ竿で引き上げるにせよ、魚を陸に上げたとたん、ハリが外れたりリーダーが
切れたりすることがよくありますから、それを見越して動きます――ただちに竿を抛りだして魚に
つかみかかり、水ぎわからなるべく離れたところへ放り投げ、そこへ駆け寄って跳ねる魚を両手
で押さえ込みます。

 さながら格闘技のような烈しい動きですが、体長40cmを超す魚ともなるとその膂力(りょりょく)
はあなどりがたく、跳ね回る魚体を押さえて仕留めるには相応の体力・気力を発揮しなければな
りません。次項「空気にさらす」は、そういう手ごわい相手にでくわしたときの、もう一つの攻め技
です。


              川原で跳ね回る大アマゴ。産卵のため小谷に
              遡上してきたらしく黒々と婚姻色を帯びている。

「空気にさらす」前項の例のなかで、弱りつつある魚が頭をこちらへ向けたとき竿を高く掲
げて寄せにかかるさまを描きました。この場面でしばしば、次のような手が用いられます。すなわ
ち、魚が水面近くに浮いてきて、竿の弾力に逆らえなくなりつつあるタイミングをとらえ、魚の頭部
(口先から鰓ぶたまで)を水面上に引き上げてゆっくり寄せる、という裏技です。

 テンカラ師によっては、魚が弱る前の段階でこの手を使います。たとえば、下流に突進した魚
が一転、上流側か手前へ走ったとき、その力と向きを利用して竿をあおり、頭部を一気に水面
上に出してしまいます。竿を掲げてその状態を数十秒も保っていると、吊り下げられた魚はまち
がいなく、いちじるしく弱ってきます。

 タイミングはともあれ、その後の寄せや引き上げ、押さえ込みは、これでかなり容易なものとな
ります。すでにお気づきのことでしょう、これは渓流釣りにかぎらず、古来さまざまな釣りで大物を
取り込むさいに使われてきた「空気を吸わせる」という手立てです。

 とはいえ、魚がそれで弱るのは空気を吸ったからではなく、水中から空気中に上げられて呼吸
器(鰓)がうまく機能しなくなるためです。したがって当編集部は、この表現を「空気にさらす」と
言い換えて用います。


              鰓(えら)から上を空気中にさらされた魚はたちま
              ち弱り、動けなくなる。とくにタモなしで大物を取り
              込むときは、この技が決め手となる。     

 魚類のなかには、肺をもっていて空気呼吸ができるもの(ハイギョ)や、ドジョウのように鰓呼吸
だけでなく腸呼吸ができるもの、ウナギのように皮膚呼吸もできるものがいますが、大部分の魚
は水中で鰓呼吸をして生きています。つまり水に溶けている酸素を鰓によって体内に取り入れ、
体内の二酸化炭素を鰓から水中に排出しています。

 こうした鰓呼吸の機能はおおむね水のなかで働くようにできているので、とつぜん水を断たれ、
鰓が空気にさらされると、魚体はおそらく相当なショック状態に陥るものとみられます。いったん
水面上に頭部を露出した魚がたちまち強張ったように動かなくなるのは、ショックの大きさを物語
っているのかもしれません。

 水面上にある漆黒の眼は、時間がたつにつれて虚ろになります。寄せるべきときがきたという
合図です。生きものの重みをひしひしと感じながら、テンカラ師は陸へ向かってゆっくりと後ずさ
っていきます――。


              空気にさらされた後、取り込まれた大ヤマメ。


11.最初の1匹を釣るために

 この章では、毛バリで初めて野生の魚を釣り上げるための手引きを具体的に記します。すでに
何匹も釣り上げてテンカラに開眼された方は、参考程度にお読みください。けれども、何度か渓
流でテンカラを試してみたけれど、まだ釣れない、ほんとうに毛バリで釣れるのだろうかと懐疑的
になっておられる方、そしてこれからテンカラに挑もうとしている方はぜひ、しっかり読んで理解し
てください。

 「最初の1 匹」を釣るため知っておいたほうがよい、と思われる事柄がいくつかあります。知って
いれば、テンカラ開眼へと上手く自分を導くことができるでしょう。知らなければ、なぜテンカラで
釣れないかが分からず苛立ちがつのります。

 「知っておいたほうがよい事柄」とは、師匠が弟子にたいして授ける秘訣のようなものです。理
論・理屈ではありません。おしなべて経験からくる実用的な知識であり心得です。

 一読して、「そうか、そういうことだったのか」と納得できた事柄があれば、それを次の釣行で活
かしてください。知識を活かし勘どころを押さえれば、開眼の日はかならずやってきます。


「的をしぼる」的(まと)とは何かをするときの対象になるもの、すなわち「狙いどころ」(場
所・目標)と「狙い目」(時機・タイミング)のことです。場と時について十分に狙いをつけた上でテ
ンカラに臨んでほしい、というのがこの項の眼目です。

 「この場この時でなければ入門してはいけない」と言いたいのではありません。「この場この時
ならすんなりと入門できますよ」とお勧めしたいのです。狙いをつけて始めるかどうか、人によっ
てはそれがテンカラになじめるか否かの分岐点になります。

 「狙いどころ」については後ほど、項目を改めて詳しく解説します。この項では「狙い目」につい
て簡潔にご説明します。

    《時季と曜日を選ぶ》

    第8章「打ち返し」「食いを誘う」の項で述べたように、渓流魚の活性は主として水温
    に左右されます。水面を流れる餌(毛バリ)に魚たちがさかんに跳びついてくるようになる
    のは、水温が10℃前後を上回るとき。これは、水流に長く手を漬けていてもほとんど辛く
    ない温度です。

    それまでは淵の底のほうでじっとしていた魚たちが、水温が上がるとともに瀬に出、さまざ
    まなスペースで盛んに餌をあさります。もちろん水面を流れてくる餌をも見逃しません。こ
    の時季にテンカラを始めた方は、少なくとも、打ち込んだ毛バリに魚が水中から跳びだし
    てくるさまを幾度も目撃することができます。

    そして毛バリが着水してから「1、2、3」と数をかぞえ、3で竿をはね上げるつもりで、つまり
    予測をして合わせるようにします。そのうちうまく合わせが利いて、毛バリで掛けた初めて
    の1匹を手にするはずです。

    反対に、水温がひどく低い時季、風景でいえばフジ(藤)の花どころかヤマザクラ(山桜)も
    まだ咲いていないとき、あるいは冷たい雪しろがどっと流れ込んでいるときは、いくら瀬や
    淵の水面に毛バリを流しても、淵の低層にいる魚にはほとんど見向きもされません。魚の
    姿も見ないまま渓で一日を過ごすのはやりきれないもので、そんな状態が何日も続くと心
    底嫌になり、「やってられない」「やめた」という経路をたどってしまうかもしれません。

    ですから、テンカラ入門にさいしてまず考慮すべきなのは、、水温10℃前後~15℃前後の
    もっとも釣りやすいときに実釣(じっちょう)をスタートさせることです。あなたがもし正月に
    一念発起して「テンカラをやろう!」と決心したなら、冬から春までは毛バリ巻きと振り込み
    の練習に励み、初夏の好日、満を持して入渓しましょう。

    それが得策です。なぜかというと、野生の魚をたった1匹、毛バリで掛けただけで、目の前
    がパッと開けたような気分になるからです。自作の毛バリで釣れることを体で感じ心で納
    得します。このように雲が晴れた心持ちをテンカラ師は「開眼」と呼んでいます。これは自
    信を持ってテンカラに挑めるようになる転機に他なりません。「最初の1匹」は、かくも大き
    な役割を果たすのです。

    地域によって季節の推移が異なるため、「何月何日から釣りやすくなる」とはいえません。
    が、テンカラ師のあいだでは昔から、「山でフジの花が咲く頃、魚が瀬に出てきて毛バ
    リでよく釣れるようになる
」といわれてきました。たしかに、これは正鵠を射た言い伝えで
    す。フジの花が恰好の目安(バロメーター)となることは、山野に咲く他の花々の開花期
    (春~初夏)と比べるとよく分かります。


         満開のフジの花。群馬県みなかみ町(標高650m)、5月中旬。
         地や温暖な地方では、フジはこれより早く4月中旬~5月上旬に、
         標高・緯度の高いところでは5月中旬~6月中旬に咲く。

        (*1)            テンカラの適否(*2)
       ――――――――――――――――――――――
       フキノトウ …………  水温低く、まだまだ早い
       コブシ  …………… やや水ぬるむ。が、まだ早い
       ミズバショウ ……… 春の訪れ。川により、ぼつぼつ
       フジ  ………………  気温・水温上昇。本格スタート
       タニウツギ  ………  初夏から梅雨入りへ。盛期
       ――――――――――――――――――――――
       *1 ヤマザクラは緯度・標高のみならず種類・個体によっ
         ても開花期が異なる。広く通用する目安にならない。
       *2 温暖な地方は例外で、3月の解禁直後から水面での
         毛バリ釣りができるところが多い。


         散りゆくコブシの花。長野県蓼科高原(標高1270m)、5月上旬。
         この日この地点では、ミズバショウが見ごろを過ぎ、ヤマザクラやシ
         ャクナゲが満開だが、フジは新芽さえ出ていない。フジと同様、コブ
         シの花期も緯度・標高によって大きく異なる。



         ミズバショウ。岩手県。5月上旬。   タニウツギ。新潟県。5月下旬。

    さて、時季に加えてもう一つ、選んだ方がよいのは曜日です。土曜、日曜でも一定の釣果
    が得られる川をホームグラウンドにしている方は該当しませんが、都市近郊の釣り人の多
    い川によく行かれる方はなるべく、人の少ない平日に入渓しましょう。

    場荒れした川では魚がスレて警戒心がつよいだけでなく、休日には一番乗りを果たしても
    すぐに、上流に釣り人が現われるからです。他の釣り人が先回りして渓に入り込む、また
    は無断で先行者を追い抜くというルール違反が近年、ありふれたものとなっています。林
    道が四通八達した今日ではやむをえない面もあるのですが、これでは気が散り魚も散り、
    トレーニングになりません。

    仕事などの都合でどうしても平日に休暇がとれない方は、土曜・日曜に釣堀または管理
    釣り場へ出かけてニジマスなどを毛バリで掛けてみるのも一法です。養殖魚は野生魚の
    敏捷さに欠ける憾みがありますが、毛バリで魚が釣れることを実感するにはよい機会と
    なります。


「釣りやすい川へ」ここからは「狙いどころ」についての手引きです。
 よく釣れる川に狙いをつけるのは釣り人の習いであり、その能力を高めるには情報収集力、ネ
ットワーク(人のつながり)構築力、勘の働き、地形・地図を読む力など、長い経験を経て培われ
る総合力が必要です。が、テンカラを習得することと、これは直接関係がありませんので、ここで
は触れません。

 ただ、「よく釣れる」かどうかは別にして、習い始めは比較的「釣りやすい川」へ赴くのが開眼へ
の早道です。入門者が「釣りやすい川」の条件とは――。

    ①竿を振りやすい……川原が開けていて、流れの上空や背後に障害物(枝葉など)が少
                   ない川。木々に覆われた川では、入門者はしょっちゅう毛バリや
                   ラインを枝葉に引っかけてしまい、仕掛けの作り直しに追われる。

    ②イワナが濃い ……魚が毛バリをくわえ込んでから離すまでの時間は、場所によって
                  異なるが、一般的にいうとヤマメ・アマゴよりもイワナのほうがやや
                  長く、毛バリで掛けやすい。

    ③岩石が多い ………流れの中に岩石(底石・突出岩・岩壁)が多く散らばっていて、それ
                  らが目視できる「変化に富んだ川」ほどスペースを把握しやすい。
                  つまり、魚の居場所をとらえやすい。

 以下、入門者にとって「釣りやすい川」、「釣りにくい川」を写真で例示します。川を選ぶさいの
参考にしてください。

 深い谷間を流れるアマゴの川。上空は
 開けているが両岸から枝葉が張り出し
 ていて、やや釣りづらい。
 伐採地跡を流れるイワナの川。ここから
 先、上空は枝葉に覆われていて、非常
 に釣りづらい。
 北アルプスのイワナの川。川原が発達し
 ているうえに上空が大きく開けており、き
 わめて釣りやすい。
 月山(山形県)を流れるイワナの川。玉
 石が多く、渓相は変化に富んでいる。非
 常に釣りやすい。

    《避けるべき川》 

    ご自宅の近くに長年通ったよく釣れる川、ホームグラウンドがある方は幸いです。その川
    で最初の1匹を釣ることも、トレーニングに励むことも効率よく行えるでしょう。また、各地
    の川で餌釣りを長くやってこられた方も、どの川に行けばテンカラで釣りやすいか、ほぼ
    察しがつくはずです。

    しかし、ホームグラウンドをもっていない方、釣り場の「新規開拓」をやったことがない方、
    そして渓流釣りの初心者は、テンカラを習い始めるのに好適な川をなんとかして探さなけ
    ればなりません。もちろん、魚のいない川に入り込んだのでは何にもなりませんし、ひどく
    場荒れした川も避けたほうがよいでしょう。

    「こんな川には入るべきでない」という例を挙げます。大規模な改修工事が行われて川床
    がほじくり返されたり均(なら)されたりした川。たいした落差もないのに砂防ダムが続々と
    造られ、堰堤でぶつ切りにされた川。土石流などの自然災害で荒れた川。これらは、どな
    たが見てもひと目で「渓流釣り場失格」と分かります。

    目で見ても分からない場合もあります。鉱毒水や温泉水など、魚が生息できないほど強い
    酸性の水が流れ込んでいる川は、地元の役所や住人には知られていても、他所から訪
    れた釣り人には知るよしもありません。そんな川に渓相に惹かれて入渓したら、「人生の
    無駄づかい」にしかなりません。廃鉱のあるところはとくに要注意です。

    もう一つ、ぱっと見ただけで分からないのは、渓流釣り場として昔から知られているけれど
    も、今はすっかり魚影が薄くなった川。漁協による成魚放流の直後を除くと、いるべきスペ
    ース、ポイントに魚がいないことが多いので、トレーニングには向きません。名声にのみ惹
    かれて入渓すると嵌まりやすい「落とし穴」です。

    目を付けた川が現在、どんな状況にあるのか。現地へ赴く前にそれを知っていれば、そん
    な「当てはずれ」を防ぐことができます。でも、現状を調べるには手掛かりを一つではなく
    複数、なるべく三つ、四つ確保して情報を集めましょう、情報の確度を高めるために。

    たとえば、地元の漁協事務所に電話をかけ、入漁券販売所や放流実績について尋ねると
    ともに、1日あたりの入漁者数を教えてもらいます。その一方で、インターネットや出版物
    (とくに詳細な地図)などでもっと詳しい情報を入手します。そして、もし地元の民宿などに
    泊まる予定なら、宿の人に川や道路や天候そして釣り客の有無について電話で聞き、で
    きれば土地の釣り師を紹介してもらいます。

    こうして得られた情報のなかには誇張されたもの、抑えられたもの、古くて役に立たないも
    のが混入します。くわえて、「魚影が濃い」などという情報はおおむね、公開された時点で
    過去のものとなっています。

    しかし、情報源を多くもてばそれらを比較し吟味することができるでしょう。やがて釣り場と
    しての実態が見えてきて、訪れる価値があるかどうかつかめます。

    おおよそこうした手順を踏めば、避けるべき川は避けられるはずです。が、これはいわゆ
    る消去法による川の見分け方であり、あなたの感性に合った良い川を探し当てる手法で
    はありません。情報や伝(つて)にあまり頼らず、ご自分の足で広く各地を踏査するなかで
    初めて、「通いつめるほど好きな川」が見つかります。


「スペースをつかむ」 さあ、ここで「狙いどころ」を川からスペースに転じましょう。「スペ
ース
」とは、魚が餌を採るために占有している水中の狭い範囲のことです。直径または長さが数
十cmないし1m程度のこのテリトリー(ナワバリ)の中に、魚が餌を待ちかまえている定まった場
所(点)があり、そこを「ポイント」と呼んでいます。

 魚影が濃い川では、投じた毛バリに2、3匹以上の魚が同時に跳びついてくることがあります。
あまりにも魚が多くてテリトリーがあいまいになっているのか重なり合っているのか、よくは分かり
ませんが、ともかくそんな川は例外で、通常は一つのスペースを1匹の魚が占有し、他の魚の侵
入を許しません。

 「テンカラで一定の釣果が得られるようになった」ということは、「スペースがだいたいつかめる
ようになった」ことに他なりません。そしてスペースがつかめるようになると、ポイントが見えてきま
す。入門当初から「ポイントを外すな」「食い筋を狙え」と言われても、それは無理な話ですから、
初めはスペースをつかむことに専念しましょう。

 ベテランになればなるほど、つかむスペースの数が多くなります。「ポイントは川の至るところに
ある」と断言します。けれど入門者は、まずは主要なスペースをとらえてください。大づかみでけ
っこうです。そして、毛バリをそのスペースの頭か少し上手に打ち込むように。そこに魚がいれば
2、3秒後、その魚影が水面下で動くのが見てとれるはずです。

 もし魚影が見えないときは、毛バリを流すコースをわずかに変えて(同じスペース内で)、打ち
返しをさらに1度か2度繰り返します。それでも反応がないときは、より上流の、またはより遠くの
スペースへと進みます。

 では、何を手がかりにしてスペースを見つけたらよいのか。百聞は一見にしかず、瀬や淵のス
ペースをいくつか写真で見ていただきましょう。黄色の点で囲ったところが主要なスペースです。
詳しい説明は省きますが、要は「もし自分が魚だったら、どこに居着きたいか」と直感するこ
と。それがスペースの発見につながります。

 たとえばそこは、より多くの餌が流れてくるところ、その餌を他の魚よりも早く、あるいは真っ先
に取れるところ、餌がゆっくり流れてきて取りやすいところ、流れがすぼまったり合わさったりして
餌が集中するところ、すぐ近くに身を潜める場所があるところ、酸素がたっぷり溶け込んでいると
ころ(真夏)――。


    《試し釣り》

    「狙い目」のところでお話しましたが、初夏、フジの花が咲き乱れる頃に魚たちは瀬のいろ
    いろなスペースに分散して、活発に餌をとり始めます。そして暑い夏、淵は「もぬけの殻」
    になることさえあり、淵の上流の荒瀬で大物が掛かるようになります。上の写真では示さ
    れていない瀬の小さなスペースからも魚が跳びだしてきます。つまり初夏以降、テンカラの
    狙いどころは主として瀬になるということを、ぜひ覚えておいてください。

    ただし――時季を問わず――渓流に入ったら初めの10分ぐらいは瀬・淵のすべてのスペ
    ースに毛バリを打ち込み、魚の反応を見てみるのは無駄ではありません。できたら水面
    を流すだけでなく水面下へ、水中へ毛バリを沈めてみます。すると、魚たちがどんなスペ
    ースで毛バリに反応している(跳びつく・浮上する・ひらつく)か、そして主にどの層(低層・
    中層・上層)で餌をとっているかが見てとれます。それに応じて、狙いどころと毛バリを流す
    層を決めるのが合理的な釣り方です。

    このような「試し釣り」は、水温が7度前後の微妙なレベルのとき、とくに役に立ちます。

「水量と水位」「狙いどころ」についてのこれまでの説明は、水流の量が平常に比べてそれ
ほど多くも少なくもないとき、つまり「平水」の状態にあることを前提にしています。しかし春・梅雨
の増水期や秋に台風がやってきたときなど、水量は大きく変わります。

 夏、日照りが続いたとき、つまり渇水期には水量が減り水位も下がります。が、日本の渓流は
ほとんどが森林のなかから流れでてきますから、水量・水位は比較的安定していて、ダムの上・
下流を除けば、川が涸れるほどの極端な変化はまず起きません。

 問題なのは、川の水量がいちじるしく増えて水位が上昇しているときの対応の仕方です。いわ
ゆる「ささ濁り」(=水が青緑に薄く濁った状態)のときはテンカラで十分釣りになるし、安全上の
問題はとくにありませんが、平水時に比べて水量が約1.5倍以上になると流速や流勢が増し、
土砂が混入し、水流のコースも一変します。

 増水が烈しくなると、魚たちはもはや餌あさりどころではなくなり、大岩の陰など増水の影響をま
ともに受けないところへ身を隠すしかありません。テンカラ師もまた、身の危険を覚えたら引き返
すか、安全なところへ退避しなければなりません。

 危険を回避すること――これは渓流釣り師が最優先しなければならない鉄則です。それととも
に、増水しているその川でどのていど釣りになるのか、ならないのか、すぐに的確に見極めること
が大切です。

 水流の状態を観察して「行けるかどうか」「引き返すべきか否か」即断できる眼力を、渓流釣り
師は一人一人だれもが持たなければなりません。見て判断する能力は経験によって培われるも
のですが、最初の経験で事故を起こしたのでは元も子もなくなります。ですから、渓流釣りを覚え
て間もない方は、いまここで、平水でないときの川の姿をじっくり眺めて瞼に焼きつけ、水量と水
位を見る目を養ってください。

 テンカラという釣りには人をとりこにし、なにかに駆り立てずにおかない魔力がひそんでいるよう
です。それゆえ、ときには見境がなくなったり、しばしば無理を通したりしがちです。「水量と水位
を見る目」という、テンカラとは一見かかわりのない事柄をここで取り上げる理由は、その点にあ
ります。

 以下、4枚の写真で平水でないときの川の状態を見ていただきます。そして初心者が起こしや
すい判断ミスを、遡行記の形で例示します。

        [例1]










  

 平地では初夏、山ではタラノメ、コシアブラなどの山菜が採れる時季。渓流には雪しろがみなぎ
っています。[例1]はそういう川の昼前の映像(橋の上から撮影)。

 大岩の下手に期待できそうなスペースがあります。が、至るところにあるはずの小さなスペース
は、土砂まじりの濁った流れに掻き消されています。橋の上から竿を振り、大岩の下手に毛バリ
を打ち込むと、水底で魚体がギラッときらめきました。しかし、それから何度打ち込んでも魚の反
応はありません。くやしいので、川へ降りて別のスペースを探すことにしました。

 右岸は切り立っていて遡行不可能。傾斜のゆるい左岸は、どうにか遡っていけそう。上流を見
ると、100mほど先で川は左へカーブしています。そこからは逆に、左岸が切り立ち、右岸はなだ
らかになっている様子。増水している流れを左岸から右岸へ渡るのは、かなり厳しそうです。

 それでも、ところどころにありそうな大きなスペースを狙って、行けるところまで釣り上りたい。
そう思って橋の脇から左岸に降り立ち、どうにかこうにか遡っていきます。ときどき立ち止まって
毛バリを打ち込みますが、魚の反応はほとんどありません。

 やがて気温が上がって雪どけが一気に進み、濁った水流が谷底いっぱいに脹らんできました。
「危ないかも。そろそろ戻らないと」と気づいて竿をたたみ、左岸を下っていきます。そうして橋ま
で十数mのところにきて、ハッとします。「あれっ岩がない、さっき上へ行くとき足場にした平たい
岩が……」。さっきも水面下にあったその岩は、増水した濁流に覆われて見えなくなっていたの
です。「このままでは、まずい」と思って、左岸をよじ登っていきます。が、その辺りは傾斜がきつ
くすぐに滑り落ちてしまい、何度やってみても同じこと――。

 入渓点に戻れないという窮地に陥ってはじめて、「こんな川に入るんじゃなかった」と後悔しま
す。そうです、この大失敗を招いたのは引き返すタイミングが遅かったことよりも、魚影に惑わさ
れて「こんな川に入ってしまった」こと。危険をかえりみず、執着心にとらわれて入渓してしまった
ことです。

 この時季この水況では毛バリ釣りはきわめて分が悪い、安全確保も難しいと橋の上で即断し、
引き返すべきでした。

        [例2]












 左岸にそびえる峰から山道を下って午前10時、渓に降り立ち、流れを見ると、夏だというのに
雪しろがみなぎっています。山頂付近に残る大量の雪が溶けて川へ流れ込んでいるのです。岩
を噛んで流れる水は青白く澄み、水温は手を漬けても痛くならないぐらい。さいわい先行者はい
ません。

 川面はあらかた白泡に覆われているけれど、大岩の下や瀬ワキなど、底石が透けて見えるス
ペースがあり、そこを狙っていけば……と胸をふくらませて第1投、左岸の巻き込みからいきなり
良型イワナが浮上して毛バリに食らいつき、竿をしならせます。

 この川には林道も登山道も付いていないので入渓者は少ない、魚もスレていないと予想した通
り、そのイワナは何のためらいもなくといった様子で毛バリをくわえました。

 しかし左岸を伝って釣り上っていけたのは、つかの間。流れにせり出す巨岩に行く手を阻まれ
てしまいます。巨岩の裏手はそそり立つ急斜面となっているため、そこを越すには大高巻きをす
るか右岸に渡らなければなりません。

 高巻いても巨岩の向こうにすんなり降りられるかどうか分からないので、右岸に渡ることにしま
した。渡渉可能な浅場がないかと目で探します。が、白泡に覆われたところが多いため水深が
つかめません。しかたなく少し下流に戻って、淵尻のカケアガリを渡り始めました。その辺りは白
泡が消えていてかなり浅いし、履いているウェーダー(ヒップブーツ)の上端よりも水位は低いと
思えたのです。

 右岸に向かい2、3m進んだとき凄い水圧を受けてアッというまに足をすくわれ、水流にもまれ、
岩に体を打ち付けられ、いつのまにか左岸よりの岩角にしがみついていました。どうにか一命を
とりとめたものの、もはや釣りどころではありません――。

 さて、命に関わるこうした事故はなぜ起きるのか。一番の要因は、初めて訪れる川について調
べ・情報収集ができていないこと。次いで、山岳渓流の渡渉の厳しさを想像もしていなかったこと
です。

 落差が大きいうえに岩石も多く、雪しろなどで流れがふくらんでいる川は、要注意です! 午後
になると流れがさらに脹らむだけでなく、渡渉しなければ遡上できないところが多いのに渡渉で
きるところがとても少ないという特徴があります。ですから渡渉技術の拙い人は、そのような川に
入るべきではないし、どうしても入渓したいなら案内人をつけるべきです。

 また、足と靴とが密着していない(すき間がある)各種ウェーダー・ブーツ(釣り用の長靴)は、
渡渉のさい、靴の中に水が入るとひどく重くなり、動きがとれなくなります。渡渉に失敗して下に
流され淵の深みへ運ばれたときは、空気の入った長靴が上に浮いて溺死する恐れもあります。

 渡渉の頻度の高い川へ入るときは、足と密着したタイツ(あまり厚くない、動きやすいもの)や
速乾性・伸縮性のある渡渉ズボンを着用し(スパッツを付けて)、フェルト底の渡渉靴(ウェーディ
ング・シューズ)を履くのが無難です。もちろん、下半身が濡れるのを気にするようでは渡渉はで
きません。

 さらに、浅いところが渡渉場所になるという考えは、このさい捨てましょう。落差の小さなゆった
り流れる川なら、浅いところを選んでもとくに差し支えありませんが、流れがふくらんだ急流では、
膝から腿(もも)までの水深でも、そして波立たず滑らかに流れていると見えていても、流勢がき
わめて強いところ(とくに流芯では)があり、そのような奔流にうっかり入り込むとたちまち体ごとも
っていかれる恐れがあります。

 あるていど深くても流れのゆるいところを選んで渡渉すること、流勢の強いところでは頑丈な木
の棒(杖)を上流側に突いて杖に体重をかけつつ渡っていくこと、むやみに泳がないこと、十分な
足ごしらえで危険を小さくすること、そして命がけで渡渉する愚をさとり、そこから引き返す気概を
もつこと――これらが安全確保につながる渡渉技術の基本です。

         [例3]












 烈しい雨に襲われることがある梅雨末期。山麓の川を釣り上っていると案の定、やや強い雨が
降りだしました。早くも水位が上がって岩の多くは水面下に隠れ、水流が川原の方へ広がりつつ
あります。

 降雨前に下流で、毛バリに跳びつく魚の姿を何度も見ています。この川には魚がいる、そのう
ち必ず掛けてみせると気負い込んで、毛バリをあちらこちらへ打ち込んでいきます。けれど水量
が増えてからは魚がいるスペースを見つけずらくなり、水面はすでに雨粒の波紋で覆われていま
す。魚は姿を見せなくなりました。

 そのうち、水の色が青緑から薄い土色に変わってきました。が、「せめて1匹でも」という思いが
遡行を続けさせます。「このまま川にいていいのかな……」と不安を覚えたとき、どこかで雷鳴が
とどろきました。上流を見上げると空が赤黒い色に染まっていて、それが徐々にこちらへ近づい
てくるようです。

 不安はたちまち恐怖にすり替わり、竿をたたむやいなや左岸の高みに上がり林のなかを下っ
ていきます。幸い杣道らしいルートがあり、そこから林道に上がって約30分で駐車場所にたどり
着いたのですが、その直前、雷鳴とほぼ同時に稲ずまが炸裂し、命からがら車の中に逃げ込み
ました――。

 川を遡行中、烈しい雨にでくわしたとき、いつ・どんなタイミングで撤退したらよいのか。そのとき
の状況にもよりますが、「早ければ早いほどよい」とわきまえるべきでしょう。とりわけ梅雨末期に
は、その心得を活かさねばなりません。というのは、上流側ですでに豪雨となっていて、鉄砲水や
土石流が発生している可能性があるからです。強い雨が降りだして水位が上がったら、ただちに
川から上がり帰途につかなければ身の安全は保てないのです。

 水の色が土色に変わってからの撤退は遅すぎます。もはや何が起きるか分からない危険な状
況に、すでに身をさらしていることになります。

        [例4]












 日照り続きの暑い夏の朝、林道から斜面を下っていくと、大石小石が堆積した川原のところど
ころに水溜りがあり、そのあいだをやせ細った川がちょろちょろと流れています。「やっぱり渇水
か」と落胆しながらも試しに竿を振ってみます。が、魚がいる気配はなく、あきらめて林道に上が
り車を走らせます。他の川へ行くしかありません。

 そうして源流から上流に下りてきて、ふと車窓から渓を見下ろすと、水量がほどほどあって、い
かにも釣れそうな流れが目に映ります。どこからでも入渓できそうだし、歩きやすそうだし、この
川でもう一勝負していこう。そう思って川原に下りていくと、砂地にたくさんの足跡が……。

 渓流釣りのベテランならやらない、これは見立て違いというべき失敗です。早朝、上流から源流
へ向かうとき、車窓から川を一瞥して「きょうの水量はどうか」と目で確かめていれば、このような
判断ミスは避けられたはずです。

 狙った川に別の水系から山越えで入る場合は、事前のチェックが利かないこともありますが、
それでも眼を凝らせば、的確な判断を下すための手掛かりは見つかるのです。

 [例4]のような渇いた川にでくわしたとき、ベテラン釣り師はこんな見方をします。まず、周辺の
森を眺め、次いで、切れこんでいない平らな川原を見渡し、石と土砂の多さに目を見張ります。
広大なブナ森を擁するこの川が、日照り続きとはいえこんなにやせ細るはずがない。この足下に
は、流下する土砂が厚く堆積しており、水流の大部分がそこにもぐり込んでいる。おそらく、下流
に造られた砂防ダムによって大量の土砂がせき止められ、その結果、上流側にも土砂が堆積し
つつある――。

 ベテラン釣り師は、竿を出さずに乾いた川を遡っていきます。やがて、流れの音がふいに大き
く響いてきて、水量ゆたかな本来の渓が眼前にあらわれます。踏み込んだ瀬からパッと魚が前
へ走るのが見えたら、それが「竿を出せ」の合図です。

 水流が妙にやせ細っている、川床が干からびている、そういう不自然な川の姿を目にしたとき
は、砂防ダムや取水堰の存在を疑わなければなりません。また、源流の流れがぷっつり途切れ
ているところは、昔の崩落跡である可能性があります。いずれにしても、そこから上流へ足を伸
ばし、自分の目で川の「続き」を確かめましょう。


「アプローチに注意」ヤマメ・イワナの餌釣りを何十年もやっている知人が、ある会合で
隣り合わせたとき話しかけてきました。「自分も毛バリは持ってるけど、どうしても釣れなくて、け
っきょくテンカラはあきらめた。餌のほうが確実だから」

 餌釣りはたしかに確実です。が、毛バリ釣りもまた確実です。一般の餌釣り師よりはるかに多く
のポイントを探り、長い距離を遡行するテンカラは、もっと確実です。ただし、テンカラ師となるに
はいくつかの作法を身につけなければなりません。もちろんそれは礼儀作法ではなく、習わしと
か身ごなしという意味での作法です。

 その作法の一つに、振り込み地点(立ち位置)へ近づくとき細心の注意を払うということがあり
ます。「アプローチ」(=接近の仕方)が上手いか下手か、それによって、入門後まもなく毛バリ
で釣れるようになるかどうかが決まると言っても過言ではありません。

 テンカラに入門したあなたは、振り込み(キャスティング)の練習に励んでポイントの少し上手へ
狙い通りに毛バリを着水させられるようになっている、と仮定しましょう。にもかかわらず、実際の
渓流ではいくら正確に打ち込んでも魚が跳びついてこない、姿さえ見せてくれないとしたら、その
原因は次のようなものです。

   魚はなぜ姿を見せないのか

   ①スペースへ不用意に近づいて魚に気づかれている。

   ②先行者がいて、その釣り人が魚を怯えさせていった。

   ③手がしびれるほど水温が低く、魚の活性が上がっていない。

   その川には魚がいない、または非常に少ない。

 これら以外に、毛バリの型・サイズ・色合いが問題だという見方もあります。しかし、テンカラに
関するかぎり、それはあまり関係がありません。ただし、水温がきわめて低い時季に、小サイズ
の毛バリやゴールド・ビーズの沈む毛バリに分(ぶ)があるのは確かです。また、浮上してきた魚
が毛バリに食いつかず戻ってしまうようなとき、型・サイズ・色合いの異なる毛バリに換えると魚
が食い気立つこともあります。

 しかし、気温・水温が上昇してテンカラの盛期ともなると、魚たちはほとんど毛バリを選り好み
しません。「ほとんど」というのは、たまには、または川によっては選り好みしているようだという
意味です。

 たとえば夏季、ある種の蛾の幼虫(緑色)を魚たちが食いあさる川では、やはり緑色の胴を巻
いた毛バリにやや分があるようです。一方、ある種の羽虫が大発生して川面を流れ、魚たちが
それを飽食しているとき、その羽虫とサイズ・色合いの似た毛バリよりも、まったくタイプの異なる
毛バリのほうに魚たちが強い食い気を示すことがあります。

 いずれにしても、魚が毛バリを選り好みするのは普遍的な事象ではありません。ですから、毛
バリ・ケースのなかにサイズ・色合いの異なる毛バリを何本か入れておくのは無駄ではありませ
んが、いま羽化している水生昆虫と自分の毛バリの形が一致していないので魚が反応してくれな
いのではないかとか、毛バリを替えて「当たりバリ」を探したほうがいいのではないか、などと悩
む必要はありません。毛バリがワルいから魚が反応しないのではないのです。

 主な原因は①から④までです。そしてこれらがダブったとき、たとえば①と②とか、①と②と③
が重なったときは、その川に魚が一定程度生息しているとしても釣果はあまり望めないし、入門
者の場合、魚の姿をチラッと見ることさえできないかもしれません。

 これらの原因を個別にみたとき、もっとも好ましくないのは①です。②③④と違って、アプローチ
の失策は釣り人本人の不注意により起きるものだからです。逆にいうと釣り人本人が、つまりあ
なたが注意深く対処していれば、この手の失策はかなり防げます。

 ②③④については後ほど触れます。ここでは、まず①について探っていきましょう。

    《そっと忍び寄る》

    「スペースへ不用意に近づく」とは、たとえば魚がいると思われるスペース(狭い範囲)へ向
    かって斜め上流から、または真横から姿を隠さず、石や岩に靴をぶつけつつ流れに入り、
    じゃぶじゃぶと水音をたて、自分の黒い影を水面に落として近づいていく、といったアプロ
    ーチの仕方です。

    魚の背後(姿を見られにくい)から近づくとしても、スペースに接近しすぎたあげく川底の石
    を転がして音を立てたり震動を起こしたりすれば、たちまち魚に気づかれてしまいます。

    人影や震動などに気づいた魚は、怯えて岩陰に隠れてしまうか、驚いて前方へ走ります。
    たとえば淵尻にいた一匹の魚が上手の落ち込みへ向かって突っ走れば、淵のなかにい
    たほとんどの魚に異状が伝わります。いわば「警戒警報」が出てしまいます。この状態で
    毛バリを投じても、もはや魚を誘うことはできません。

魚たちはどうして人の姿に気づきやすいのか。そ
の理由は、魚眼の視野がヒトのそれと違って後方
にも広がっているばかりでなく、水中にいても水
面上や地上の様子を広範囲にとらえることができ
るからだ、と一般には考えられています。

テンカラ、フライフィッシングを問わず、毛バリ釣り
の多くのテキストには、左および下にあるようなイ
ラストが掲載されています。これを鵜呑みにした
毛バリ釣り師は、「とにかく魚に姿を見られないよ
うに動かなければ」と、スペースに近づくときはい
つも姿勢を低くします。

魚の視覚がイラストに描かれている通り、死角を
除くおよそ330度の視野に、そして逆円錐形の可
視領域内で、常に機能しているとするなら、毛バ
リ釣り師は魚眼の視野にまったく入らずに振り込
み地点にたどり着かなければなりません。

つまり、死角となっている真後ろ(30~40度)から
這うような低姿勢で、なるべく岩などに身を隠しつ
つ振り込み地点へそっと近づいていかなければ
ならない――けれども、現実の渓流では、そうは
いきません。至る所に深みや急流や障害物があ
りますから、そんなアプローチは「たまに」しかで
きないのです。
 だいいち、振り込み地点
 を魚の死角にのみ求め
 ると、いきおい流れの中
 に入って歩行せざるをえ
 なくなります。

 歩行中に起きる石や水
 の響き、震動がかえって
 魚を追い散らす結果に
 なりかねません。

 魚眼の視野についての
 広く行き渡った常識は、
 実際的な立場から見直
 す必要がありそうです。

    すなわち、毛バリ釣り師はこれまで、魚眼の視野に関する理論を額面通りに受けとって、
    「魚に姿を見られないよう、しゃがんで振り込むこと」とか「できるだけポイントから離れて
    振り込むように」とか「死角から接近すれば気づかれない」などと力説してきたのですが、
    現実の渓流では、そうすることでアプローチが上手くいき、首尾よく魚が釣れるとは限らな
    いのです。

    もとより、完璧なアプローチなどというものはありません。晴天の日など、魚たちは竿やラ
    インの影が水面に落ちただけで気づいてしまうことがあります。人影も同様、魚を怯えさせ
    てしまうのは、ときには避けられません。テンカラの場合、アプローチの失策には「やむを
    えない部分」が多少はあるのだと肝に銘じておきましょう。

    テンカラは、使用する竿と糸が比較的短いことからポイントにかなり接近せざるをえない
    釣法です。ポイントまで「4、5m」の地点から振り込むのはごく普通のことで、ときには
    「2m前後」まで四方から接近します(5mとか6mの長いラインを使用しているテンカラ師は
    それほど接近しませんが)。

    先述の常識を信じて疑わない方は、「魚に姿を見られっぱなし、それでは拙(まず)い」と
    嘲笑するかもしれません。しかし(おそらくほとんどの)テンカラ師は、「魚に姿を見られて
    いるかもしれない」と感じながら、あるいは逆に、ポイントに定位する魚の姿を間近にはっ
    きりと視認しながら振り込み、その魚を毛バリで掛けた経験があるはずです。

    テンカラ師の姿が魚眼の網膜のどこかに映っているはずなのに、その魚は流れてきた毛
    バリにためらいなく跳びついてくる――。現実の渓流では、そんなことが頻繁に起きている
    のです。魚眼の能力をあなどっているのではありません。アプローチに過失がなければ、
    つまり人の気配を抑えて近づいていけば、魚に察知されないことが多いということです。

    ここで、魚眼について押さえておきたいことが二つあります。これらは魚類学などの専門
    家が実験によって突きとめたものではなく、あくまでもテンカラ師としての経験から割り出
    した推測です。

     ●波立っている水流に定位して餌をあさっている魚は、 前方の水中から水面、および
      上方の水面下 から空中までよく見えているようだが、その「良い視力」は主にナワバリ
      などの狭い範囲で発揮される。また、よく見えている角度はさほど広くなく、両眼でとらえ
      ている30度程度か。一方、単眼に映る像はあまり明瞭ではないらしい。数m以上 離れ
      たところにあるものは、ぼんやりとしか映っていないようだ。

     単眼(左右)の広い視野の中で、離れたところにいる人に魚が気づいて怯えるのは、ぼ
      んやり映るその姿が大きく速く動いたり、陽射しを受けて影が水面に落ちたとき、あるい
      は、その方角から震動が伝わってきたとき。逆に、おぼろな姿がゆっくり動き、影も落ち
      ず震動も伝わってこなければ、気づかれないことが多い。とくに、0-180度線の下手か
      ら岩石などに身を隠しつつそっと忍び寄り、そのまま動かずにいれば、魚にはほとんど
      気づかれない。

波立っていない澄んだ流れにいる魚はもう少し敏
感で、「良い視力」がやや広い範囲で発揮される
ように見受けられます。しかし、岩石が多く流れの
速い川で餌を待ち構えている魚は、主として前方
(上流方向)に視覚を集中しており、それ以外の
方向には「注意」が行き届いていない様子です。

したがってアプローチで大切なのは、なによりも
震動を起こさず、スペースに影を落とさず、忍
び寄るように、ときには岩や木に化けて振り

込み地点に近づくこと。そうすれば、滅多に魚
に気取られず、その背後からも斜め下流からも
真横からも、そして数m以上離れていれば、上流
からも上空からも接近が可能です。

スペースからなるべく離れて下流側から振り込む
のが基本ではあるけれど、場所によっては接近
戦をいとわず攻めにでる――これがテンカラの
常套手段です。知識常識にとらわれず、その場
の条件に応じて柔軟に対処しましょう。

    どこから振り込んだらよいかと迷ったとき、同時に、どのようにアプローチしたらよいかと意
    識するように。それが習慣となればやがて、振り込みの立ち位置を意のままにすばやく決
    められるようになります。

    続いて、魚が姿を見せないときの原因として挙げた②、③、④についてご説明します。


「先行者に気づく」前述のように、林道・地方道などが付随する川では早朝一番に入渓し
たつもりでも、やがて上流に他の釣り人の姿が見えてくることが往々にしてあります。とくに流れ
の幅が数mていどの小さな川では、これは決定的なダメージとなります。先行者がもたらした異
変に魚が怯えてしまい、それから数時間は岩陰から出てこなくなります。

 もし、あなたが流れを遡りつつアプローチに注意し、毛バリを上手く打ち込んでいるのに魚がま
ったく跳びついてこない、何も反応がないとしたら、「先行者がいるのではないか」と疑わなけれ
ばなりません、上流に他の釣り人の姿が見えなくても。

 ほとんど釣れない状況に陥っているのに、それに気づかず漫然と竿を振っていてはいけませ
ん。なぜ魚たちは毛バリに反応しないのか――アプローチの拙さがその第一の原因ですが、第
二は「先行者の存在」です。

 「先行者に気づく」という意識の働きは、「最初の1匹」を釣るための必要条件というより、釣れ
ない原因を探るための糸口です。釣れる原因と釣れない原因は表裏一体の関係にありますか
ら、釣れないときのワケが分かれば自ずと、釣れるようにするための手立てが見えてくるので
す。それゆえ、「先行者がいる」とできるだけ早く気づかなければなりません。

 説明が少々長くなりますが、読み込んで記憶にとどめてください。

 さて、「先行者」とは文字通り、自分の先を行く釣り人のことです。が、入渓の仕方は一様では
ありません。たとえば、だれよりも早くその川に入った人、他の釣り人を出し抜いて上流に入った
人、他の釣り人がいるのを知らずに上流に入った人、だれがどこから入渓しても勝手じゃないか
と、たまたま上流に入った人などなど、その動機や経緯はさまざまです。

 渓流釣り師の間では従来、「一人一川(せん)」が不文律として守られてきました。つまり、先に
入渓した一人の釣り人が一本の川を独占的に釣る権利を認めてきたのです。ですから、釣り上
っていって上流に人影を認めたら、自分はそこで引き下がり、帰るか他の川に転進するのが当
たり前。ときにはその先行者と話し合って、川を分け合ったり一緒に釣らせてもらったりすること
もありました。50歳代から上の年配の方はいまも、この慣わしを釣り師として当然のマナーとみ
なしているはずです。

 ところがこの数十年、砂防ダム建設のための道路や林道や地方道などが川沿いに延々と造ら
れ、その結果、入渓点や駐車場所が至るところにできて「一人一川」が事実上不可能となった川
が非常に多くなりました。くわえて、「しきたり」とか慣習に背を向ける人たちも増えています。

 それゆえ今日では、上流にいる人と下流にいる人のどちらが先に入渓したのか見分けがつか
ないことが多く、追い越したり出し抜いたり、上流から下流へ釣り下ってきたり……といったルー
ル違反もありふれたものとなり、これをいちいち咎めても始まらない状況です。

 そんなわずらわしさを回避すべく、なんらかの策をめぐらすテンカラ師は少なくありません。たと
えば、上流に車をおいて下流から釣り上る、林道の付いていない支流を狙い場にする、先行者
によるダメージをあまり受けない大きな川で釣る、釣り人の少ない平日しか釣らない、釣り人が
帰った後の「夕まずめ」を狙う、といった具合です。

 しかし、林道のない川に入ったとしても、流れに沿って杣道(そまみち)など何らかの歩き道が
付いていることが多いので、そこを伝って上流に入り込んだ人にでくわさないとは限りません。
小型オートバイで荒れた小道を奥まで入ってくる釣り人もいますから、知らぬ間に出し抜かれて
いることもあります。

 遡行のスピードが速いテンカラ師は、他の釣り人には滅多に追いつかれないけれど、すぐ上流
に割り込んできた人にはたちまち追いついてしまいます。

 そんなとき、その先行者の傍(そば)まで近づいてしまい、その人もあなたの存在に気づいたと
すると、下流から上がってきたあなたが先行者を追い越すのは憚(はばか)られます。その釣り
人がどういう経緯で上流に入ってきたのか分かっていても分からなくても、その人の面前で追い
越すのは、やはり非礼なふるまいです。

 ほとんどの場合、その人がやや戸惑っているのを察してあなたは竿をたたみ、「どうですか、釣
れました?」と話しかけて川を下るでしょう。どうしてそうなるのか? 山中で他人といがみ合うの
は避けたい、困っている人がいれば助けてやりたいと思うのが山人の心情であり、渓流釣り師も
いくらかはその心を受け継いでいるからです。

 一方、実際に追いついてしまう前に、「上流に割り込んできた人がいる」と気づいたときは、そ
の後の展開が違ってきます。「これからどうするか」を落ち着いて考えることができます。そして他
の川に転進する場合、そこで切り上げれば時間の無駄が省けます。

 では、追いつく前に気づくにはどうしたらよいのか。通常は、岩の上に濡れた足跡が付いている
のを見て、または砂地にくっきり印(しる)された新しい足跡を見て、先行者がいると気づきます。
けれど釣り人のなかには、岩や砂地に足跡をほとんど残さずに(=先行しているのをさとられな
いよう)遡行する狡猾な方もいます。また、夏には岩の上の足跡は短時間で乾いてしまうし、砂地
の足跡はいつ印されたのか判断のむずかしい場合が少なくありません。足跡だけでは手掛かり
として十分ではないのです。

 テンカラ師には、もう一つ判断材料があります。魚たちの忌避反応です。調子よく釣り上ってい
て、あるところから急に魚たちが毛バリに反応しなくなったとき、たいていのテンカラ師は、
「もしかしたらだれか…」と直感します。なぜかというと、捕食態勢にある魚は毛バリに跳びつい
てこないまでも水面へ浮いてきたり水中でひらついたり、なんらかの反応を示すことが多く、そう
した反応が皆無となるのは先行者によって場荒れしたためだと考えられるからです。

 「いないはずがない」スペースへ、ポイントへ毛バリを打ち込んでいき、やはり魚が跳びだしてこ
ない、水面にも水中にも姿をみせない――という状態がさらに数十mも続いたら、もう間違いあり
ません。「だれかが割り込んできた」もしくは「朝、薄暗いうちにこの辺りから釣り上った人がいる」
と確信します。

 むろん、足跡には常に注意しています。近くの岩に付いている足跡が濡れていれば、先行者は
すぐ上流にいるはずです。足跡がやや乾いているなら「自分よりだいぶ前に入渓した人だ」と判
断し、不本意ながらそこから引き返します。

 割り込んできた先行者がすぐ上流にいるとみられる場合、その姿がまだ見えていなくても、ある
いは前方に小さな人影が見えたときも、その時点でこれからの自身の動き方を考えます。

 選択肢は――他の川に転進する。先行者に追いつくまでこのまま釣り上っていく。ここで竿をた
たみ、その釣り人に先を譲る。山菜採りに切り換える。――そして、駐車場所の位置関係などか
ら、「自分が入渓しているのを知った上でこの人は出し抜いた」と見極めがつくなら、出し抜いた
当人に気づかれないよう高巻きなどをして、さらに上流へ再入渓する。(これはやむをえない行
為ですが、トラブルを防ぐため再入渓点までは十分に距離をあけましょう。)

 これらの中からもっとも望ましい対応策を選び、即行動に移ります。

 なお、先行者が餌釣りの人なら、主要なポイントはすでに攻められているけれども瀬の小さな
スペースなどは手付かずのままおかれている可能性があります。根掛かりを恐れて、そのような
スペースを敬遠していく餌釣り師が少なくないからです。

 あなたがもし、先行者に追いつくまで釣り上ると決めた場合、主な狙いどころを平瀬・荒瀬の小
さなスペースや、餌釣りでは攻めにくい枝葉の下、流木の間、底石が積み重なったところに定め
て丹念に探っていきましょう。餌釣りでも毛バリ釣りでも攻めにくいポイントが見つかったときは、
やや短いラインを用いて「弓張り式」で振り込みましょう、幸運に恵まれるかもしれません。


「水温は相対的」水流に手を漬けていてもさほど辛くない、またはまったく辛くない温度帯
(10~15℃ぐらい)なら、テンカラで最初の1匹をものにする確率はかなり高いといえます。が、そ
れ以下の水温ではほとんど釣れない、とくに水面ではまったく釣れないのかというと、そうではあ
りません。「魚眼の視野」についての常識が絶対視できないのと同様、水温についての基準もけ
っして絶対的なものではないのです。

 例を挙げましょう。寒さの厳しい冬、岸辺が堅雪で覆われている管理釣り場の川では、朝のう
ち、水面をただよう毛バリにほとんど反応しなかったニジマス、イワナたちが、太陽が高みへ昇る
頃から毛バリを追い始め、午後に入ると水面に跳びだして毛バリをくわえ込むようになります。

 水温は一日中低く、朝は2~3℃、昼を過ぎても4~5℃。しかし、この僅かな温度上昇が、空腹
を強いられている魚たちを採餌行動に駆り立てるのです。もちろん、これは管理釣り場という特
殊な環境で起きる現象ですが、自然の川でも、魚たちの採餌行動は水温の微妙な変化に少な
からず影響されているとみられます。


  コブシが咲く頃の寒々とした木曾の川。朝方、毛バリにたいする魚の反応はほとんどなか
  ったが、昼近くなって黒っぽい魚が水面で毛バリをくわえた。全身にサビが残るアマゴだ。


 水温の変化が魚の採餌行動と密接に関わっていることは、晩春から初夏にかけて渓流で毛バ
リ釣りをしていると実によく分かります。この時季、山ではまだ夜間の冷え込みがきつく、水流の
温度も午前中は、手を漬けていると辛くなるほど低いのですが、昼前後にかけて少しずつ上がっ
てきます。温かい陽射しが山あいに降り注ぎ、谷間の水がじわりじわり微温(ぬる)んできます。

 魚たちは、それまでは川底にいて、ときおり流れてくる虫を食していました。が、水温が上がる
と(10℃に達していなくても)満を持していたかのように水面に跳びだし、漂ってくる羽虫などの餌
を捕らえはじめます、もちろん毛バリをも。「しぶしぶ食べている」といった感じの採餌の仕方が
一転、積極的に大胆になるとともに、淵よりも瀬から多く姿をみせるようになります。

 この季節の移行期には、「一雨ごとに水温が上がっていく」とよく言われますが、一日のなかで
もこうした変化が、ときには劇的な変化が、ありうるのです。このことを心に留めてください。

 朝のうちは毛バリを水面に流しても、魚はときおり反応するのみ。そこで毛バリを少し沈めて、
または思い切り沈めて魚の近くへ送り込みます。水面では反応が乏しく、脈釣りのようにして釣ら
ざるをえないのは面白くありませんが、理由が分かっていれば退屈しません。

 やがて気温が上がり水温も徐々に上がってきたと感じられたとき、毛バリを沈めないで試しに
水面で流してみます。この試し打ちを幾度か繰り返すうち、いきなり魚が水面に跳びだしてくるか
もしれません。狙いどころは淵よりも瀬、とくに流れがゆるく深い、溝のようになったスペース。そ
して、流芯と弱い流れとの境目にできる細長いスペース(瀬ワキ)。変化のタイミングをうまくとら
えると、テンカラならではの面白さが実感できるでしょう。

 なお、近代テンカラの先駆者のお一人、杉本英樹博士は、ヤマメが水温何度から水面へ出
て毛バリをくわえるかを自ら計測し「摂氏5度以上」と述べています(『渓流のつり』つり人社・刊)。
一方、同じく先駆者の桑原玄辰氏は、「8℃以上になるとようやく目ざめたように毛バリを追う」と
記しています。(『テンカラの技術』朔風社・刊)

 杉本博士が、水面の毛バリにヤマメが跳びついてくる限界=ぎりぎりの水温について語ってい
るのにたいし、桑原氏は毛バリにヤマメが普通に反応し始める水温について述べている――そ
う解釈すると、両者の違いの因ってきたるところが理解できます。


「川に合った道具を」テンカラを始めて間もない人が釣り場で直面するいろいろなトラブ
ルのなかでもっとも厄介で、しかも避けがたいのは、枝葉や流木や岩に毛バリをしょっちゅう引っ
掛けて、それを外すのに手間どることです。

 とくに高みにある枝に毛バリが刺さった場合、外そうとして竿をあおると、リーダーとラインも枝
に絡んでしまい、さらにあおったり引いたりしているうちに竿まで傷めてしまうという悲惨な結末を
迎えることもあります。

 そんなときは、けっして竿をあおらず、ラインを手に持って下に引くしかありません。枯れ枝なら
折れて毛バリもろとも落ちてくるかもしれません。そうでない場合はリーダーが切れて、ラインとと
もに戻ってきます。

 毛バリが刺さった枝の先っぽに手が届くのなら、その枝をつかんで下へ引っ張り、毛バリを外
すのが最善の策。しかし、枝が高みにあって手が届かないときは毛バリの回収をあきらめ、ライ
ンを引いてリーダーを切る――これが次善の策。

 水中の流木に刺さった場合も、その近くに行って手を伸ばし、毛バリを回収できればよいので
すが、それができないなら、ラインを引いてリーダーを切るしかありません。この場合も、竿をあ
おってラインを引くと竿先などを破損してしまう恐れがあるので、できるだけライン(またはりーダ
ー)を手に持って引っ張るようにします。

 ラインを引っ張ったときリーダーは毛バリとの結び目で切れることが多いのですが、その場合、
残ったリーダーは伸びきっているか、その下端が「ねじれ」ている可能性があります。中途で切れ
たなら、リーダーとしては短くなっています。ですから、切れたリーダーをそのまま使わず、なるべ
く新しいリーダーに取り替えたほうが無難です。

 一方、岩に引っ掛かったときは、毛バリが深く刺さっているわけではないので簡単に外れるケ
ースが多くなります。たとえば、①下流側から振り込んでいて岩に引っ掛けたのなら、上流側に
移動してかるく竿をあおる(引く方向を変える)、②ラインをやや強く引っ張ってパッと離す(ゆるめ
る)、といった方法で対処します。

 さて、毛バリを思わぬところに引っ掛けてしまうのは初心者だけのエラーではありません。熟達
者もときには枝葉に引っ掛けます。ただし、その頻度は低く、たいしたトラブルになりません。この
違いはどこからくるのでしょうか。

 もちろん、熟達者のほうが竿やラインの扱いに慣れています。それが違いをもたらす理由の一
つです。が、ほかにも確たる理由があります。竿を振りながら釣り上るときの要領を心得ている
かどうか、ということです。

 要領、つまり上手く処理するためのコツは経験を積めば自然に身につくのですが、しかし経験
を積まなければ会得できないのではありません。まずは知ること、そして現場で意識して実行す
ること、これらがコツを呑み込むための早道です。

 以下、枝葉に毛バリをとられる回数を少なくし、トラブルを小さくする手立てを列挙します。

   ①川の状態に応じて道具を使い分ける。

   ②スペースの状態に応じて振り込み方を変える。

   ③前方にのみ向きがちな意識を上空、後方、側方にも振り向ける。

   ④毛バリを失うのを恐れず、攻めの釣りを!

    〔①について〕

    著名なテンカラ師A氏は4mの竿、6mのラインを使っている、ならば自分もそういう長い竿・
    仕掛けでやっていきたい、と考えるのが間違いの元。A氏はそういう道具が使える川でよ
    く釣っているのであり、渓相の異なる他の川へはあまり足を向けないか、または、他の川
    にいけば仕掛けの長さを変えている。川の状態に応じて道具を使い分けるのが基本中の
    基本。

    使い分けるべき「道具」は竿、ライン、リーダー。たとえば竿は3~3.6mの、長さの違うもの
    を2本か3本、ラインは3~4mの、長さの違うものを3本か4本、常に備えておく。リーダーは
    とりあえず80cm前後の長さにしてラインに繋ぎ、先端に毛バリを結びつけて、仕掛け巻き
    に巻いておくか、または現場で長さを決めてラインに繋ぐ。

    入渓した川の状態を見る。川原が発達しているかどうか。上空は開けているか。川幅はど
    れぐらいか。規模の大きい川で竿が振りやすいようなら、長い竿・ライン・リーダーを選ぶ。
    川幅が狭く振りにくいようなら短い竿・ライン・リーダーを選ぶ。その中間も同様に、川の状
    態に適するそれぞれの長さを見極める。

    1本の川を釣り上っているとき竿を頻繁に替えるのはわずらわしいので、川の状態が変化
    した場合は、長さの異なるラインに替えたり、ラインまたはリーダーの長さを調整して対応
    する。たとえば川幅が狭まって枝葉が張り出してくるようになったら、ラインの先端を数十
    cm切りつめ、リーダーも少し短くする。

    〔②について〕

    スペースの周囲や上空に枝葉や岩石などがある場合、あるいは振り込むときの立ち位置
    の周辺とくに背後に草木や岩盤などがある場合、それらの障害物に竿・ライン・リーダー
    が当たらないような角度、投法で振り込まなければならない。

    後方振りから前方振りに移る「縦振り」は基本型にすぎない。上空が開けた大きな川で釣
    る場合はそれを多用するが、至るところに障害物がある普通の川では、基本型だけでは
    通用しないしトラブルをも招く。

    基本型以外の振り込み方を臨機応変に、自在に使うこと。そうすれば、毛バリを障害物に
    引っ掛ける頻度は低くなる(第7章「振り込み」の「型から技へ」の項を参照されたし)。

    〔③について〕

    眼前のスペースへ、ポイントへと向きがちな視線と意識を、振り込みの動作に入る直前、
    ライン・リーダーが飛んでゆくであろう上空、後方(横振り・斜め振りの場合は側方も)に向
    ける。たとえば後方・上空に枝葉が垂れているところでは、それに気づけば横振りか弓張
    り式で障害物を避けられるが、気づかなければ引っ掛けてしまう。

    障害物の多い川に入ったとき、入門者は意識的にこの確認作業を1投ごとに行ったほう
    がよい。うまく障害物をかわして振り込むのが当たり前のこと、もしくは習慣となるように。

    〔④について〕

    「たいせつな毛バリを枝葉にとらてしまった、なんとか取り戻そう」と思って、初心者は竿を
    あおったり引いたり、斜面や大岩に登って枝を曲げたり。そうしているうち竿を傷つける、
    折る、バランスを崩して転倒する、といった事故が起きがち。

    これにたいしベテランは、もちろん誤って枝葉に毛バリを掛けてしまうことはあるものの、
    無理をして取り戻そうとは思わない。むしろ、毛バリを失うのを恐れずに、きわどいスペー
    ス、ポイントをも突いていく。

    たとえば、枝葉が低く垂れ下がった対岸の深み。流木でせき止められた淵尻。枝と枝のす
    き間からしか打ち込めないスペース。障害物があるかもしれない大岩の下の暗いエグレ。
    これらの狙いどころを攻められないテンカラ師は、野球に譬えていうと、デッドボールにな
    るのを恐れてインコース(内角)へ投げ込めないピッチャーと同じ。

    そういうところで毛バリをとられても、ズルズルと後を引かない。気持を切りかえ、仕掛けを
    新しくして「次へ」と向かう。この「後を引かない」早い切りかえこそ、トラブルをトラブルにし
    ない熟達者ならではの“生活の知恵”だ。


「道具リストを作る」渓流釣り師・登山者が利用している市販の地図のなかで定評がある
のは2万5千分の1地図・5万分の1地図(国土地理院・発行)と、「山と高原地図」シリーズ(数万分
の1地図、昭文社・発行)の二つと思われます。

 このうち「山と高原地図」は、一般登山者のための「登山装備表」をどの地図にも掲載しており、
そこにはキャンプ用具や岩登り用具を除く携行品50数品目がリストアップされています。そして
各品目には必要度に応じて◎、△などのマークを付し、装備に抜かりがないかどうか確認するよ
う促しています。


                 山と高原地図(昭文社)の登山装備表。

 なぜ、常識的と思われる「装備表」をいちいち地図に載せるのか? その理由はおそらく、山を
歩いたり山で泊まったりする行為には常に危険が伴い、装備のわずかなミスが命取りになりか
ねないのだと、地図編集者が深く認識しているからでしょう。

 たとえば◎マークを付している必携品――レインウエア(雨具)、地図、磁石、非常食、懐中電
灯などはいずれも、それを持参しているかどうかが生死を分ける可能性がありますから、「忘れ
てきた」ではすまないのです。

 山に分け入る渓流釣り師も、装備や用具に抜かりがあってはなりません。釣行のつど細かい
点検・確認作業を行う必要があります。そのさい、「山と高原地図」の装備表を利用するか、また
は自分なりの装備表を作っておけば、早く的確にチェックすることができます。

 ここでお勧めしたいのは、テンカラ師ならではの装備表を作ること。これは、「入山装備」「キャ
ンプ用具」「テンカラの道具」の3分野に分けてリストアップしたもので、それらを1枚の紙にまと
めて記載します。

 この装備表を自室の壁などに張り付けておくとともに、そのコピーを透明ファイルに挟んで車の
ドア・ポケットに入れておきます。つまり、自宅で釣行の準備をするときに点検し、さらに現地で渓
流へ向かうときに点検するというダブル・チェックを行うことで、確実に忘れ物をなくす狙いがあり
ます。

 早朝、渓へ向かって出発するときはとくに気が逸(はや)ります。ベテランでも過去に1度や2度
は、川にたどり着いてから忘れ物に気づいて愕然とした経験があるはずです。まして入門者は、
細々としたものにまで目が届かないので忘れ物をしがちです。「偏光グラスを忘れた」「スパッツ
を忘れた」といったていどならまだ救われますが、「カッターを忘れた」「ビクを忘れた」となると、
かなり困ります。あまつさえ、「竿と毛バリを忘れた」のでは天を仰ぐしかありません。

 竿を車のなかに置き忘れたことがある当編集部はその後、下記のような道具リストを作成し活
用しています。貴兄もご用心ください、くれぐれも!

            【テンカラの道具・・・朔風社】 (注*

             1.テンカラ竿 3本……3m、3.3m、3.6m

             2.レベルライン(仕掛け巻き) 4本……3m、3.3m、3.3m、3.6m

             3.テーパーライン(仕掛け巻き) 2本……3.6m、4m

             4.レベルライン予備……3.5号1巻き、4号1巻き

             5.リーダー予備……1号1巻き、1.2号1巻き

             6.毛バリケース……大2個(毛バリ各30本入り)、小2個(同10本入り)

             7.ヤスリ……1本

             8.カッター……1個

             9.水温計……1個

            10.偏光グラス……1個

            11.メガネ……1個

            12.手袋……1双

            13.ビク……1個

            14.瞬間接着剤(補修用)……1個

            15.絹糸16号(補修用)……1巻き 

             *帽子、スパッツ、渡渉靴、ヘッドランプ、ナイフ、ザイル、ザックなどの
              一般装備 は「入山装備」表に記載。


     ・・・・・・・・・・・・・・・「テンカラ入門」 修了! ・・・・・・・・・・・・・・・・



  ◆朔風社編集部・編著「テンカラ入門」の著作権は(有)朔風社に帰属します。当社
    の許可なく文章・写真・イラストレーションを流用、転載することはできません。

     Copyright ©2014 in text,photography and illustration :
                 Sakufusha Publishers
                    Tokyo,Japan




                    
   朔風社Topページにもどる]   



テンカラ入門

――「待つ釣り」から「攻める釣り」へ

和式毛バリ釣りの世界へ、ようこそ! もっともシンプルでエキサ
イティングな渓流釣り、テンカラへの第1歩をここから、 いまから
踏みだしませんか。            
         朔風社編集部