第7講 恋愛ゲームと2次元コンプレックス

98/06/07開講

1、恋愛ゲームに関するアンケート5

開講が大幅に遅れて申し訳ありません。m(__)m
#…って最近いつもそれですね。(汗)

最初に断っておきますが、皆さんのアンケートのご意見を(できるだけそのままで)たくさん掲載したために、異常に文章量が多くなっています。(^^;)テレホや専用線などではなく接続時間で課金が来る人は一旦落として、ローカルで読まれるのが良いと思います。

恋愛ゲーム研究会では、本講義に先立ち、恋G研メーリングリスト、ホームページとfj.rec.games.video.*等で「恋愛ゲームと2次元コンプレックス」と題してアンケートを行いました。アンケートに協力して下さった方、本当にありがとうございます。m(__)m
それでは、早速アンケート結果を見てみましょう。

問、恋愛ゲームには(たいてい(笑))魅力的な容姿のアニメ絵のキャラクタが登場する訳ですが、では次のような場合、あなたは恋愛ゲームと認められますか?言い換えれば買おうという気になりますか?(^^;)それぞれの場合についてお答え下さい。
a)登場人物が実写のゲーム
b)登場人物がポリゴンのゲーム(マジカルデートとか(笑))
c)テキストのみでイメージイラスト含めキャラクタの絵が全くないゲーム(リアルサウンドのように音声のみというのもある意味含む)

  1. 認められる
  2. 認められない
  3. その他
a)1 ■■■■■■■■■■■□35(41.7%)
2 ■■■■■■■■■■■■■□41(48.8%)
3 ■■□8(9.5%)
b)1 ■■■■■■■■■■■■■■■■□50(59.5%)
2 ■■■■■■■■□26(31.0%)
3 ■■□8(9.5)
c)1 ■■■■■■■■■■■■■■■■□50(59.5%)
2 ■■■■■■■■24(28.6%)
3 ■■■□10(11.9%)

この結果によれば、実写ゲームにおいては認められる人と認められない人がほぼ同じでやや認められない人が多く、ポリゴンとテキスト/音声オンリーゲームにおいては認めらる人が認められない人の倍程度いるという傾向が出ているようです。

2、アニメ絵の理由

どうして恋愛ゲームにおいてアニメ絵が使われることが多い(というよりほとんど)のでしょうか。それを考える際に重要なキーワードとなるのが「抽象性」です。
今回のアンケートでは、この「抽象性」ということに関して、アニメ絵と比較する形で実写・ポリゴン・テキスト/音声オンリーという3者について尋ねてみたという訳です。

この中で、ポリゴンについては、本質的にはアニメ絵に近い抽象性を持っていると言えるでしょう。

「マジカルデート」はお話になりませんけど(笑)、現在の技術ではまだまだ魅力的なキャラクタを作るのは難しいのかもしれません。(そのためのDreamcast?(笑))もっとも、極限まで技術的に向上したポリゴンが実写に近づくのかアニメ絵に近づくのかは微妙なところではありますが。

アニメの持つ抽象性は、ユーザにそのキャラクタを自分の中で都合の良いように解釈する余地を与えることができます。それに対し、テキスト/音声オンリーの場合は、全く手がかりがないのですから1からキャラクタの映像を作る必要が出てきます。音声がない時テキストから音声を脳内補完するように、イメージを補完することになります。しかし、映像に溢れた世界で育ったゲーム世代にとっては、イメージを1から補完しなくてはならないのは大変ですし、また、ゲームの重要な特徴である「体験を共有する」という部分においても、同じキャラクタを他のユーザと共有するのが難しいという問題が避けられません。抽象度が高過ぎるということですね。

ところが、実写では、逆にその他に見られるような抽象度が極端に低くなります。「ナマナマし過ぎる」という訳ですね。(笑)恋愛ゲームユーザにおいては、具体的過ぎて想像の余地が少ない実写のウケは良くないようです。

しかし、必ずしもそれを2次元コンプレックスに帰因させることはできないのかもしれません。つまり、実写=駄目とイコールで決まる訳ではないと。

そうなんです。アニメ絵の場合は「TrueLove Story」のように腐った絵であっても、フィルタリング機能によって修正可能ですが、実写では修正が効かないのです。ということは、モデルが好みでなければもう救いようがない。「卒業R」なんて典型的な例ではないでしょうか(失礼(笑))。
例えば、人気アイドル(それ自体「偶像」という原義を持っていますが…)を採用したとすれば、心理的抵抗は大きく下がるでしょう。榎本加奈子や広末涼子がもし恋愛ゲームに登場すればファンは喜んで買うでしょう?(^^;)(いや、もちろん奥菜恵でもいいんですけど…)

そのための「いまじねいしょんLOVE」…ってそれはアニメゲームですね。(汗)「テレクラシミュレータ」など、実写でもそれなりに出てはいますがほとんどイコールアダルトソフトになってしまうのが問題ですよね。(笑)

当然かどうか決めてしまっていいのかは分かりませんが、ともかく、アニメ絵は恋愛ゲームにとって都合の良い「適度な抽象性」があるということが有利な点であることは言えるでしょう。

3、誰だって初めは素敵な恋を夢見ていた

恋愛ゲームを含むビデオゲームに対する批判は、そのほとんどが「現実と虚構の境界の喪失」を警告し、例えば犯罪を起こす原因とし、あるいは社会的不適応化を増長するというものです。そういった指摘がほとんどゲームを(楽しんで)遊んだことのない人によるものであることは気を付ける必要があるでしょうけど。

その一方で、むしろゲーム世代の人たちが共感しているのは、宮台真司氏の「彼らは虚構と現実の区別がはっきりできている。混同しているのではなく、むしろ虚構と現実とを区別した上でよりリアルな虚構を選択しているのだ。」という主旨の発言の方なのではないのでしょうか。
そして、この説明は恋愛ゲームにもかなり良く適応できるのでは、と考えるのです。虚構を恋愛ゲーム、現実を恋愛という言葉に置き換えてみたときにどうなるのか。そして、更に2次元のキャラクタと現実の異性とに置き換えてみたとき……。

人は自分の考え方・生き方を根底から覆されるような存在に不安感を抱き、強く拒絶したがる傾向があります。いわゆるギャルゲーファンを、いわゆる「オタク」という言葉でレッテル貼りし、パッケージ化してしまうことで自分を守ろうとするのは簡単です。しかし、それで問題の本質が明らかになるとは思えません。なぜ彼らは虚構を選択したのか、いや、なぜ虚構を選択しなければならなかったのか。そういった社会的背景・心理的背景を理解しようと試みることによってこそ、問題の解決に近づけるのではないでしょうか。

さて、恋愛ゲームと2次元コンプレックスについて考えるとき、それはほとんど次の2つの問いに集約されると言ってしまっていいでしょう。すなわち、

  1. そもそも2次元のキャラクタに恋愛感情を抱くことが本当にあり得るのか?
  2. 鶏か卵かということ。すなわち、恋愛ゲームで遊んでいるから恋愛競争において不利になってしまうのか、それとも恋愛競争において不利な立場にあるから恋愛ゲームで遊ぶのか?

ということです。
まず、1の方から考えるとして、アンケートの結果を見てみましょう。

問、2次元のキャラクタあるいは、それを演じる声優さんに恋愛感情を持つということが本当にあり得ると思いますか?
a)2次元のキャラクタ
b)それを演じる声優さん
の各対象についてお答え下さい。

  1. 自分を含めあり得ることだと思う
  2. 自分ではあり得ないが、人によってはあり得ると思う
  3. ほとんどあり得ないと思う
  4. 絶対にあり得ないと思う
  5. その他
a)1 ■■■■■■■■■■■■■■■45(53.6%)
2 ■■■■■■■■■■□31(36.9%)
3 2(2.4%)
4 2(2.4%)
5 ■□4(4.8%)
b)1 ■■■■■■□20(23.8%)
2 ■■■■■■■■■■■■■■■■■□52(61.9%)
3 ■■■9(10.7%)
4 2(2.4%)
5 1(1.2%)

この結果には正直ちょっとびっくりしました。筆者としては、どちらも恋愛感情を抱くことはないだろうが、もし抱くとしたら当然実在している声優の方だろう、というつもりで両者を対比する形で尋ねたのですが。最終的には1の「自分を含めて」というのが効いて来るとして、1を選んだ人がa)とb)では大きな差がついています。また、全体でも2次元キャラクタに恋愛感情を抱くことがあり得る、と答えた人が半数を超えているという結果が出ているのです。これは、どう理解すれば良いのでしょうか。

そうです。恋愛は「イデオロギー」であるのですから、個人が恋愛の概念をどう捉えているのか、そしてその集合体としての社会がどう捉えているのかによって結果は変わってくるでしょう。恋愛ゲームファンに限って言えば、少なくない人が「恋愛」という概念を拡張し、新しい感覚で捉えつつある(その中で戸惑いもあるのですが)ということなのかもしれません。

さて、次に恋愛ゲームは要因なのか帰結なのかを考えてみましょう。

問、恋愛ゲームが2次元コンプレックスの傾向を増長していると思いますか、すなわち、恋愛ゲームによって、現実の恋愛が阻害されることが本当にあり得ると思いますか?

  1. 自分を含めあり得ることだと思う
  2. 自分ではあり得ないが、人によってはあり得ると思う
  3. ほとんどあり得ないと思う
  4. 絶対にあり得ないと思う
  5. その他(問5の欄にお書き下さい)
1■■■■■■■■□26(31.0%)
2■■■■■■■■■□29(34.5%)
3■■■■■■□20(23.8%)
4■□5(6.2%)
5■□4(4.9%)

これはかなり分かれました。しかし、「自分を含め恋愛ゲームが恋愛を阻害している」と自覚している人がいるにも関わらず、それでも恋愛ゲームを遊んでいるとしたらそれはかなり重要な問題なのではないでしょうか。

非常に厳しいですね。(^^;

恋愛ゲームは要因か帰結か。どちらが正しいということではなく、もしかしなくても、個人が恋愛競争においてどのような立場に置かれているか、そして個人が恋愛ゲームとどのようにつき合っているのかによって考え方は大きく変わるのかもしれません。恋愛ゲームへの依存度が高いほど、また恋愛弱者であるほど恋愛ゲームは帰結だと主張し、恋愛ゲームへの依存度が低いほど、また恋愛強者であるほど恋愛ゲームは要因だと主張する……。強者は弱者を弱者は強者を理解することは困難ですから、そこに相互理解は生まれないでしょう。強者は恋愛ゲームに関わらず救われ、弱者は恋愛ゲームに関わらず救われない…もしそうだとしたら、恋愛ゲームには夢も希望もないのかもしれません。(笑)

しかし、確かに言えることが2つあります。

その1つは、仮に2次元コンプレックスというものが存在するとして、

初めから2次元コンプレックスな人なんて誰もいないのではないか

ということです(更に言えば誰も好きで2次元コンプレックスになった訳じゃないということ?)。
生まれた時から映像のみを与えられて育ってきた人がもしいたとしたら分かりません。しかし普通は初恋の相手は現実の異性なのではないでしょうか?(その意味では現実の恋愛をする前の若者に恋愛ゲームを与えることの是非も問われそうです。)誰だって、最初は人並みの恋愛を夢見たはずなのです。
少なくとも、恋愛ゲームに触れることになった(もっと極端には2次元しか愛せなくなってしまった……)原因が心のどこかにある、筆者にはそう思えて仕方ありません。あるいはそれは失恋なのかもしれませんし、そうでないかもしれません。強者には決して想像することができない要因。その恋愛ゲームに触れることになった原因を考えるのも、彼らを救うためには非常に重要なことです。ともかく、その意味において、恋愛ゲームは1つの帰結と言えるのではないでしょうか。

そして、もう1つは、たとえ恋愛ゲームが現実の恋愛を阻害しないとしても、

少なくとも恋愛ゲームで遊んでいる時間は恋愛活動を営むことができない

ということです。これはいくらビデオゲームが高尚な文化的活動だと主張してみたところでビデオゲームで遊んでいる間は創造的な営みができない、という一種の後ろめたさに属するものと言っていいかもしれません。

当然ですが、2次元のキャラクタと話している間は現実の女の子と話すことはできません。その間にも、誰かが渋谷でナンパしてるでしょうし、あんなことやこんなことをしてるでしょう?(笑)
そう考えると、恋愛ゲームが恋愛を全く阻害していないとは言い切れない部分もある気がします。その意味において、恋愛ゲームは1つの要因と言えるのではないでしょうか(あくまで、現実世界でパートナーを見つけられる可能性が万に一つ以上ある人の場合の話ですけどね…)。

つまり、恋愛ゲームは帰結であるか要因であるか、ということではなく、1つの帰結でもあり1つの要因でもあるということになります。(モテない人が悪循環的に更にモテなくなる、と書いてしまっては全く救いがなくなってしまいますが…。)恋愛ゲームで遊ぶ場合は、このことを心に留めておく必要があるのではないでしょうか。

4、大人になれないロマンチストたち

恋愛ゲームを遊ぶ人で、(現実の)恋愛には興味がない、ということが本当にあり得るのでしょうか。とても考えにくいことです。恋愛に興味のない人が、恋愛ゲームに興味を持つとは到底思えません。恋愛ゲームの問題は、イコール恋愛の問題と言って良いのです。

さて、恋愛ゲームと2次元コンプレックスにおける人のスタンスとしては、次の5つのパターンが想定できます。

  1. アニメ絵が嫌いな人
  2. 恋愛も恋愛ゲームも両立できる人
  3. 能力的には問題ないはずなのに、自分を過小評価して恋愛ゲームに走っている人
  4. 自分だって恋愛をしたいんだと主張しながら、現実問題としてずるずると恋愛ゲームに染まっている人
  5. そもそも恋愛をするには不適応な人

各パターンにおいて、恋愛ゲームがどのような影響を与えるのか見ていきましょう。

まず1の場合ですが、アニメ絵が嫌いな人というのは、アニメ絵に対して生理的嫌悪感に近いものを抱いています。生理的、なのですからアニメ絵が平気な人にとってはかなり理解し難いですし、また逆に受け付けない人には平気な人が理解し難いでしょう。これについては多数派、少数派に関わらず、どちらが正しいということではなく、お互いに「そういう人もいるんだ」と知ろうとすることが大切だと考えます。もちろん、このタイプの人は問題ありません(恋愛ゲームなしでも精神的に豊かな生き方ができることが前提ですが)。

「市民権を得た」なんていう勘違いを持ち込もうとしたのは岡田斗司夫氏でしょうね…。
光を当てられることによって、いわゆる「オタク文化」の中でも、救われる人もいれば、居心地が悪くなってしまう人もいるというのに……。

次に2の場合。これも問題ありません。恋愛能力もあって、実践している人は、恋愛ゲームを遊ぶ遊ばないに関係ないでしょう。後は、あまり恋愛ゲームに偏り過ぎて相手に呆れられることのないように気を付けるだけです。(笑)

恋愛上手は、また恋愛ゲーム上手でもあるでしょうね。

次に飛んで5の場合。これも問題ありません。(笑)そもそも彼らには恋愛というフィールドが与えられていないのですから、「モニタを消して街に出よう」という文句は全く説得力を持ちません。阻害されるかもしれない恋愛そのものがないのですから。それを更に恋愛ゲームまで奪ってしまうのは余りにも酷というものではないでしょうか?(笑)もし、間違っていると思ったら、あなたが手を差し伸べるべきです。(笑)

残る3と4ですが、これらの場合は少なからず恋愛ゲームが影響を与えていると思われます。

現代は男性問題の時代であり、それが恋愛ゲームと強く関係していることは次講以降述べていくことになると思いますが、とりあえず、現代は男性にとって生きにくい時代ということができます。ですから、特に若い男性には自分に対して不安を持ち、自信を失い、過小評価するという傾向が見受けられます。これが3の場合です。もし、本当は十分恋愛能力があるはずなのに恋愛ゲームがあるために踏み出せないということになれば、それこそ「阻害されている」といういうことになるでしょう。

最後に4の場合。これが一番危険です。(笑)
ともすると恋愛弱者予備軍になりかねません。
自分には恋愛能力があるのか、もしくは本当に恋愛をするつもりがあるのか、よく自問する必要があるでしょう(場合によってはタイプ5に属していたのかもしれませんし…(笑)あるいはもちろんタイプ3に属している可能性もあります)。いつか、いつかではいつになっても始まりません。自分は現実の恋愛に興味があるんだ、と主張してみても、もう数年も恋をしてないようでは説得力がありません。

ひょっとして、恋愛を必要以上に美化していないでしょうか。「恋に恋する」とは聞き慣れた言葉ですが。ピュア過ぎるのかもしれません。なるほど、恋愛ゲームは恋愛以上に恋愛的です。しかし、もし本当に恋愛をしたいのであれば大人にならなくてはならないということなのです。

以上、長くなりましたが、自分が恋愛競争においてどんな立場に置かれているのかをよく知れば、自ずとこれからの行動の指針が見えてくるでしょう。本講が恋愛ゲーム及び2次元コンプレックスとの上手な付き合い方を考えるきっかけになれば幸いです。

もうお分かりだと思いますが、恋愛シーナリーにおいては現実味がない方がいいということなんですよね。

謳歌していいんでしょうか?(^^;
必要以上の正当化は思わぬ危険をはらむ場合がありますよ。(^^;

もちろん、「本当に」自分で幸せだと思っているならば他人が口出しすべきではないでしょう。恋愛に未練があるからこそ悩まなければならない訳で……。

……淘汰されればいいのではないでしょうか。淘汰されるべくは。
環境の変化に対応していけないものが滅ぶのは当然のことですし、またその方が人のためになるはずです。
ひょっとしたら恋愛ゲームは滅び行くものたちが安らかに眠れるようにするために存在しているのかもしれませんよ。(笑)

そして、果たしてその安心感は本物なのか……それは夢の終わりに明らかになることでしょう。

α、(おまけ)2次元キャラクタの寿命

「恋愛ゲームの平均寿命は3ヶ月だ」と主張しているにも関わらず相変わらず「ときめきメモリアル」シリーズなどが出ていることはほとんど理解し難いものがあるのですが、筆者がただ異常に飽きっぽいだけなのかどうか気になったので尋ねみました。(^^;

問、ある2次元キャラクタに最長どれくらハマったことがありますか?(^_^;;何年、何ヶ月、のような感じでお答え下さい。もしよろしければそのキャラクタも教えて頂ければ幸いです。(^^;;)ちなみにこれは恋愛ゲームはもちろんその他のゲームやアニメ、マンガ等全てのキャラクタが対象です。

平均値:2年5ヶ月
中央値:1年5ヶ月
最長 :14年
最短 :数時間

さすがに10年も前に恋愛ゲームはありませんので恋愛ゲームでは数年が限度ですね。(^^;
とても長い人が何人かいらっしゃって平均値を押し上げていますので、中央値の方が適切でしょうか。それだと1年5ヶ月。この辺りを恋愛ゲームの最大寿命と考えてることができるかもしれません。ちなみに筆者の最長が11ヶ月ですから、やはりやや飽きっぽいのかもしれません。(笑)
#恋愛ゲームで飽きっぽい人は恋愛でも飽きっぽい?(笑)


次回予告「恋愛ゲームに求められているもの」
恋愛ゲームを追っていると、未だ現代男性の多くが抜け出しきれない「恋愛幻想」と呼ぶべきものに行き当たることに気づきます。その時、恋愛ゲームには一体何が求められているのでしょうか。恋愛ゲーム学は自然と社会学の領域にまで踏み込んで行くことになります。

なお、これに関して恋愛ゲームに関するアンケート6を行う予定です。ご協力をお願いします。
本講はもちろん次講についてのご意見・ご要望、あるいは恋愛ゲーム全般について考えていることがありましたら電子メールで秋風碧(t70584@hongo.ecc.u-tokyo.ac.jp)までお寄せ頂ければ幸いです。m(__)m
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