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ネタバレ対策やめました(1999/07/26)。スタイルシートを使用してます。
目次
演劇編が終わって、雪野と出会う前の真秀さんと、彼氏の貴志さんをメインにしたエピソード。
かなり疑問。真秀にこんな満ち足りた背景があるのなら、彼女が雪野に対してあそこまでインフォリティ・コンプレックスを感じて、あそこまでいじめ抜くことはなかったと思う。ちと矛盾してる感じ。
が、まほりんの彼氏・27歳歯科医師の貴志というキャラクターのモノローグがなかなか面白かった。
「大人になるっていい 自分ひとり食わすことができれば 好きにしていいんだから」
ま、犯罪はしちゃいけませんし(当たり前だ)、税金とか払わなきゃいけなかったりもするんだけどね(^^;)。学生の頃のような「精神面での束縛」がないという文脈での台詞なのですが。これはワタクシの最近の心情に近いです。子どもより大人の方がラクしているかも・・・と最近ちょっと思ったりするのですよ。
取りあえずこの前後編で真秀に焦点を当てるエピソードは終わりのようだ。でも、これだと、亜弥兄とりか、とかにも焦点が当たるんではないでしょうか。本筋の有馬も非常に気になるんで、本筋も進めてもらいたいモンだが。
ついに「鋼の雪」全編終了。前フリで出てきていた「創造物より劣る創造主の姿だ」等といったセリフの全貌が明かされる。
十波がむしろこの作品で感じること大だった模様。有馬は後編を見ずに、ダークサイドに引き込まれていってしまうことに。雪野は「後悔する」。
ちょっときっつい展開になりそうです・・・。
劇中劇「鋼の雪」3回目。劇中劇としても、「カレカノ」という作品のテーマ的にも「核心」にごごごっと踏み込んできている。滅茶苦茶面白くなってきた。
劇中劇と劇中現実とのリンクが明らかにされつつある。気づいたのは2カ所。
「完璧であっても満たされない。しかも、完璧であるが故に愛されることはない」という孤独を博士とネオモデルが告白し、観客として見ている有馬が自己の抱える問題とのあまりの類似性の高さに顔面蒼白になるのが1カ所。ブラック有馬との対話劇を外部化したかのよう。
この辺の問題意識は、雪野は気がついていたのだろうか?今までの描写では、有馬が一人で抱えている風で、雪野は台本を読んでも有馬の問題については意識していないようだったが・・・。。
ポンコツクラシックは、ローズマリーという博士の過去の想い人に似せて作られたことが判明(故に芝姫はクラシック・ローズマリーの一人二役)。このローズマリーに絡んで、博士には辛い過去があるようだ。博士はアンドロイドシステムの発明者という天才だが、幼少期から神童というわけではなかったらしい。リンクの2カ所目はこの辺で、「努力で二流の素材を一流に磨き上げてきた」雪野or十波とのリンクがありそう(特に「いじめられーのの典型」だった十波)。十波も、有馬の隣で観劇しており、様子のおかしい有馬に気づいていたが、次はあんたかもだよ。
博士が、つい辛く当たってしまったネオモデルに過去を告白しようと決心し、過去を語りだそうとするところで前編(第1幕)が終了。ほお〜っとため息の漏れる観衆とワタクシ(^^;)。
幕間の舞台裏で、「ふうっ、女優もらくじゃないわ」とつぶやく芝姫に、「あんた一番セリフ少ないんじゃ・・・」と心の中で突っ込む雪野・真秀・亜弥、というのが今回唯一のギャグでした。いや〜、どシリアスで読み応えありました。
雪野は「演技をすること」に本格的に惹かれている模様。女優を目指す?
劇中劇「鋼の雪」2回目。3人目の登場人物ネオモデル(真秀)登場。
意外に落ち着いた展開。もっとドラスティックな展開を予想していたのだが。人物設定等にやや「ありきたり」感があり、面白みに欠けるような・・・。前回、連載3回分ほど続きそう、と書いたが、演劇自体が前後編あり、まだ2回目の今回でも前編が終了していないので、明らかに3回では済まない。5, 6回(っつーか単行本1巻分)は行くか?今年中には終わらないかも。
クラシックのポンコツぶりとは対照的に、ネオモデルは優秀なマシンとして描かれるのは分かっていたが、予想よりさらに徹底した格差。クラシックが5、6歳児程度の能力しかないのに対し、ネオモデルは博士との専門的な技術的会話にも不自由しないほどで、博士は「人間を超えている」とすら感じている。「最新型だから(性能は高いかも知れないが)不安定」とかゆー方がPC文化的には密着感が高いんだが・・・。まーでも、5MBのHDDと16KBのメインメモリでCPUが8086のPC/ATと、今の最新マシンを比べれば、このくらいの格差はあるか・・・(いやもっとか?)。
ポンコツクラシックが本当に壊れかけて慌てる博士。とそれを見て何をか思うネオモデル。
ネオモデルが愛情に飢えている風なのは、(真秀が、ということではなかろうが)本編とのリンクがありそう。この劇がどう帰結するのかも楽しみではあるが、むしろ、この劇によって、登場人物達がどう変容していくのか(あるいはしないのか)ということの方に注目。
ついに、待望の「鋼の雪」公演が開始される。いや〜、待ったなあ(^^;)。
でも、まず苦言。ホントの演劇って、細かいことをやっても分からないので、不自然なほどオーバーなアクションだったり、これ見よがし的な小道具だったりするんだけど、その辺までは考慮されていない模様。演劇をやっている人からは異論が出そうな描写で、リアリティには乏しくやや残念。ま、でも、そこはそれ、例えば、芝居に出てくる「ハチミツダラダラのハニートースト」は、実際にはあさぴんが材木や何かで作ったフェイクだろうなあとか、ちょっと頭の中でイロイロと「変換」してみるのも、また楽しっつうことで。
劇中劇自体は、ユーモラスな導入、キャラクターの印象的な立たせ方と、話にぐいぐい引き込まれる。作中の観客達も、早速引き込まれている模様。
今のところ、博士(雪野)とアンティーク(芝姫)のみ登場。ネオモデル(真秀)は未登場。アンティークのポンコツぶりが、現実の芝姫の可笑しさとダブって笑える(^^;)。
現実では、亜弥の兄貴と、真秀さんの彼氏が登場。亜弥の兄貴は意外とインテリジェント。亜弥の兄貴だからっつうことでもっとワイルドな人を考えていた(陰・陽のアニキたちとまでは言わないが・・・)。真秀さんの彼氏のとぼけ具合が面白い。「ぼくは真秀がちゃんと演れるか心配で夜も眠れず、プロ野球を見たりビデオを借りに行ったりファミコンをしたり吉牛をたべに行ったり心が安まらなかったよ」っていうのは、「赤ずきんチャチャ」の平八の「ゲームやらなくちゃいけないしカラオケの新曲チェックしなくちゃいけないしオレ様超忙しいんだよな」っていう台詞を思わせる。とすると、真秀さん=ポピィくん?(^^;)そういえば生真面目なところとかはちょっと似てるかも・・・?。
恐らく連載3回程度は「鋼の雪」で埋まる感じだ。
台風のお話。文化祭準備で連日忙しい中、台風襲来の影響で、雪野宅に泊まることになってしまった有馬。有馬、宮沢家全員に大モテ(^^;)。
十波は有馬とはどうやら誤解を解いたが、佐倉との間には、何にも進展がない模様。どうなるんだろうなあ。
雪野と有馬はね、やはりね、行くとこまで行きつつも、「男女」の関係になりきっていないところが面白い。例えば、台風の中、雪野を送る有馬に対して、「彼氏というより・・・りっぱな犬様に守られている気持ちです・・・」と感想を持ったり、女の子が苦手だという有馬に対して「私のことは平気なのね」と喜んでいると、「だって宮沢は割と性別とかどうでもいいっていうか・・・」と厳しいことを言われて「どういう意味だろう・・・」(いや言葉通りだと思うけどね)って悩んだりね。十波と佐倉とパラレルになっている感じもするなあ。
台風の中「男手がいないと不安」とテキトーなことを言われて「なら(雪野のお父さんが帰ってくるまで)僕がいます」とか言っちゃう有馬。宮沢家のお風呂を借りて、上がってみると、着替えは宮沢父の表「娘ラブ」裏「娘命」のTシャツで、ガーン(^^;)。
それにしても、今号は宮沢父でしょうな。ああ、こういう風に絡んできますか・・・。暖かい宮沢家で癒される有馬の心。何か大丈夫になってきたかな?
ああ、久しぶり(^^;)。一月ぶりかあ。まだプレーンなHTMLにはしてないな・・・。
新カップル誕生。椿と十波。十波の過去や家庭事情に絡んで一悶着ありそうだったが、サクッと成立してしまった。「ええ!?、こんなアッサリ?」って感じ。でも椿の「お前みたいなヤツ、好きにならないわけがない」というのは殺し文句。今ひとつ椿の心の動きが伝わってこないが、そもそもこういう飄々としたのが椿のキャラクターなので、これはこれで良いのかも。聞いた驚きと喜びの十波の表情も初めて見せる緊張の取れた素直な表情で良い。ただ、椿は十波があのタケフミだったことは知らない模様(少なくとも、十波はそう思っている)。この辺の絡みで何かありそうな予感はする。
修学旅行計画。う、文化祭後の展開の布石が早くも。あれ待てよ、修学旅行?秋遠足ってのは?
有馬にあんなに嫌われて、秀明可哀想(^^;)。ようやく冬服ってのが笑ってしまった。「長い1学期」など問題にならないほど長い14日間だ。アニメ始まるときからやってるから、もう半年は経ってるよね。
文化祭どうするんだろうか?劇中劇はやってくれるのかなあ?今号を見ると、文化祭そのものはすぐ終わってしまいそうな感じがするのだが・・・。「こどちゃ」原作の「水の館」みたいに独立してやってしまうというパターンかも?
OPはなし。EDはロングバージョン。何だか懐かしいパターン。
プレイバックBGMはまたもや宇宙戦艦ヤマト。終わったから言うけど、どっかでガンダムを期待してたんだけどなあ。
ナレーション、最初誰かと思ったら、芝姫。ああ、芝姫役の新谷さんって、こういう声も出来るんだ。っていうか、芝姫は作っていた声なんだねー。おりゃ、てっきり地声もああいう声の人なんだとばかり・・・(^^;)。
椿と十波は脚本風に構成した。原作を元にテレビ画像にあわせて再構成という感じ。登場人物の台詞は文字で、心理はナレーションで。十波の登場シーンについては、これを基本に最後まで貫いた。面白い試みだと思うよ。ただ、「形而上下」という日本語はヘン。時々こういうおかしな言語感覚がポロッと露呈するので、あまり難しい言葉は使わない方が良いんじゃないかと思うのだが(校正できてればいいんだけど)、もう遅いか。あと、シナリオ風構成を取ったのは、「鋼の雪」が劇中で登場しなかったことの埋め合わせという意味もあるか?
だが、やや画面の使い方が中途半端な感じがする。技術的な制約があったからだろうが、もっとがしがしスクロールさせても面白かったのでは。しかし、それでもセンスの良さは光ったと思う。
テンションの高い亜弥。こういう無駄なハイテンションも今日までか・・・。うう・・・。
亜弥が頭がギリギリ回しているのは、ダラダラ遊んでた時のアレか。今度は調子が悪いので手で回している(^^;)、と。この辺、オリジナル。
本エピソードで十波に警告するあさぴんと、第22話でワタクシがここで問題視した有馬の孤独感の強調について。有馬は十波と雪野との関係を問題にしていて、あさぴんと雪野の間には不安を抱いてはいない、というのが原作での立場で(少なくとも明示はしていない、故にわかりにくさにもつながっていたのだが)、したがって、あさぴんが「俺が宮沢に近づくのを有馬が許しているのは、俺が宮沢にだけは手を出さないことを有馬が知っているからだ」と主張するのも分かるのだが、アニメでは、雪野とあさぴんとが談笑しているときでも、有馬は孤独感に襲われており、あさぴんの主張(有馬とあさぴんの間にある、雪野に関する了解事項の存在)が説得力を欠いてしまっている。本当にあさぴんの言うとおりなら、アニメで描写、つまり、有馬があさぴんと雪野が談笑しているのを見て、十波と雪野を見たときと同じ心境に陥る描写はないはずだ。これはアニメはややミスっていると言わざるを得ないか。が、こう言っているワタクシも、実は、この十波への警告場面は演出が効いていてそちらに気を取られていたこともあり、見ただけでは気づかず、本ページの過去分を読み返してて気が付いた次第で、現実には殆ど問題にもならんかも(^^;)。
さすがに原作第7巻ラストのダークな終わり方は出来ず、単行本未収録のLaLa99/04号掲載分までとなった。が、Aパートラストと、第7巻ラストの有馬の台詞の語尾が異なるのは、気になるところである。これは原作でも今後のキーになってくる台詞じゃないかという予感があるので・・・(14DAYSは割と周到に伏線をはっているエピソードであり、ささいなことでも気になるのだ)。
椿に対する恋愛感情に十波が気が付いたところで、アニメ版「カレカノ」は終了。結論は原作に持ち越しという形となった。が、個人的には、第24話である程度、有馬と雪野の関係にはそれなりに整理がついているため(別れの予兆すら演出していた)か、「途中でブチ切れ感」はさほど感じず、まあまあキレイに終わっていたと思う。
ただし、そう感じるのは、庵野監督降板とか、第19話のスタッフが全然公表されなかったとか、24〜26話の放映がどうなるか未定だったとか、まあそういう不安な周辺情報の当否を見つつリアルタイムで半年つきあった故かも知れない。何も周辺情報がなくまとめて見ていたら、もうちょっと別の評価になったかもね。「こんな終わり方はゆるせ〜ん」とか。
また、Aパートで提示された、雪野を抱いても、雪野との永続的な一体感を得られないという有馬の苦しみは、人として生きる以上避けられない苦しみであり、これに効く抜本的解決方法はないように思える。ごまかしたり、忘れていたり、気が付かずにいることは可能だろうが。こうした半ば解決不能と思われる問題を提示した原作部分を最終話に持ってきたのも、「結論を持ち越してしまう」ことのエクスキューズにはなり得るような感じもする。最終話が本エピソードを含んでいたのは偶然ではなく、むしろ必然だったのかも知れない。ちょっと後ろ向きな考え方だけどね。ただ、その分、テンポラリなものではあろうけどそれなりの結論を提示するであろう原作に対する、ワタクシの内部での期待感がかなり急速度で膨張しつつあるんだが・・・。
EDは流氷を割って進む船。意味はあるのかないのか?と考えている間に「完」のテロップ。一時はどうなることかと思われたけど、まあまあこの辺かなーという妥当なところに落としてきたんじゃないでしょうかね。結局平和なエンディングになったなー。などと思って見てました。これ以上は無い物ねだりかもね、とも。
本格的なそーかつの方はまたあらためて(書けたらね)。一応少しだけまとめておくと、全体的に言えば、アニメがドラマとして原作を超越することを期待しなければ(ワタクシも確かに中盤まではそういう期待を少なからず持っていたが、14DAYSで残り話数を潰す方針を知ったとき、これを期待するのは半ば諦めてました)、全体的に各話アグレッシブでユニークな演出を取り、原作付きアニメとしての平均点は高かったと思う。中でも、第1話、第10話、第12話、第13話、第19話、第24話については、テレビアニメとしては、非常に大胆な手法・演出をとったりしており、キャスト・スタッフ両面で若手を大いに起用していたことも含め、ワタクシは素直に評価したいと思う。
演劇準備の雪野グループ。一馬とご対面。椿が気になる十波。十波の自己改造は、椿だけが原因ではないことを思い出す。家族とのしがらみと椿との関係。を今月は活写。
ボディ談義に花が咲く演劇グループ。雪野はバストの成長に伸び悩んでいるらしい(^^;)。が、その中で、ただ一人亜弥は、「そんなのいいからワープロが欲しい」だって。そうね、プロならね。
一馬の匂いをかぎつけて、3階から一馬めがけてダイブする芝姫。野生動物とはいえ、このムチャぶりは今までとはやや異質、アニメの影響あり?(特に第10話)。一馬と雪野らの初対面。一馬は「とてつもなく良い人」という印象。良い人ぶりでは、有馬と通底という描写。
真秀の彼氏は「からかいの天才」らしい。あのアジテーター真秀をして「大人で敵わない」と言わしめたが、実はお茶目な人間みたいだな。
十波君登場時の溺愛モノローグ再び。十波君の家族登場。父親は、息子に「コネで一生ラクな生活できる」ことを約束できる社会的ポジションにいるという、ある意味、有馬家以上のハイソサエティぶり。甘やかされダメになった自分を反省し、「まっとうな人間になろう」と努力して変貌した十波は、あいも変わらず物質で愛情を示そうとする家族に対し、「ああ、この親は「だめ」なんだ」と思う。何とまあ痛い、残酷なまでの認識であることか。
確かに「ドロドロに溺愛」という異常な表現を使った理由の一端がうかがえる。
が、なあ。「だめ」とまで断言してしまうのは、苦労知らずのガキの傲慢さでもある感じもするのだが・・・。愛情の形がすれ違ってしまっているだけという気もする。
それにしてもこの作品では、恋愛と家庭環境とは不可避的にリンクしてくるのだね。
十波君の流れで言えば、
椿との敵対→恋愛感情に変化→十波過去を振り返り→家族の問題を再認識
って感じ。十波と椿の関係は、敵対意識が恋愛感情に変化とか、恋愛感情と家庭の問題がリンクするという点で、シリーズ冒頭の有馬と雪野の変形・語り直しであるようにも見える。とすると、十波の家庭が明かされたからには、椿の家庭も登場するか?
この十波の今の問題が、今の有馬と雪野の関係にどう影響するのか(しないのか)。椿との恋愛関係と彼の家庭問題はどうなるのか。文化祭で、演劇「鋼の雪」の内容とカレカノメイトへの影響・リンケージは如何、公演の首尾はどうか、F組の「浅葉秀明ディナーショウ」はやはり無敵か、そして、文化祭勝利者は3つの選択肢のうちどれを選ぶのか(いやこれはどうでもいいか(^^;)と、「14DAYS」は、ただのよくある文化祭エピソードというには、かなり重層的に構成されており(少なくとも今のところそういう風に見える)、非常に興味深い展開となっているように思う。アニメ終了後も引き続き本ページにてウォッチする予定。
最初で最後のオリジナルらしいオリジナル。花野が主役。花野はカレカノ中では好きなキャラクターなのでそれなりに面白く見られたが、もう少し「花野の賢さ」を前面に出したお話を見てみたかったなあという感じもする。
もっとも、このレベルの話を毎週放映できたらそれはそれで凄いことではあると思うが。
うーむ、これまでとは全くタイプの異なるエピソードで、ちょっと何を書けばいいのか分からない。ので、取りあえずこんなもんで。
Aパートは心理劇を含めたオリジナル。雪野、有馬のそれぞれの抱える問題に再度焦点を当て、それなりの決着を試みている。前半で雪野、後半で有馬という感じかな。
歩く姿は錦鯉って・・・(^^;)。アンタそれで良いのか。鼻水まみれの雪野も可笑しい。
1ナノ?うーん、ナノっていうと、時間の単位の方がむしろよく使うので、あまり長さの単位としてはしっくりこねえなあ。確かにミリって単位は慣習的には殆ど一義的に長さの単位になっているとは思うけど。
あさぴん号泣。何か妙にかわいい。
猫と張り合う芝姫。獣化が進行しておりますな。
屋上で寝ころぶ雪野の一人芝居。松本零士風泣き目。
夢ともうつつとも取れぬ、心理劇。
再び有馬の内面カミングアウト。あああ、スゴイ。全然違う。声が。なるほど、演技によって随分印象が変わるなあ。
宮沢の台詞、そんなに自分のことを分かっている人間なんていない。ああ、その通りだよね。自己分析って必要なことだけど、かといって過剰に自己嫌悪に陥ってもしょうがないわけでね。
羽の生えた花野、月野。着ている服に付いているのってVと∀?ってやっぱりアレでしょーなあ・・・。
飛翔する雪野。トリッキーな動きが面白い。この辺は流石だなー。
何かこれで終わりと言われてもおかしくないような、本当にさいしゅーかいみたいなAパートでした。それなりにキレイな終わり方ではあったが、キレイにまとめすぎという感じも・・・。あと、もうこの終わり方は第26話ではできなくなってしまったね。
Bパート、ACT24.25, 24.50, 24.75。はPLAY BACKの大特集。24.25はいつもの花野月野コンビの弾丸トーク。24.50のBGMは、ああ、特撮系なのは間違いないんだがよく分からない〜(多分「ウルトラマン」だとは思うけど)。ナレーションは草尾毅とあと一人は誰?「地球防衛軍」みたいだなー。
24.75。ナレーションを押しつけあう1-D4人組と真秀さん。可笑しかったのは、何と言っても芝姫。「一馬を友達に紹介するという話は一体どーなったのか」(いや、これは原作でもまだだからね。多分文化祭でということになるのか?)とか、「もしかしてマトモにしゃべれるのこれが洒落じゃなくマジ最後かもしれないし」とか、最後の「でもあたしの出番短い!あたしの出番、あたしの出番、せめて人間らしく、あたしの出番〜!」絶叫とか。芝姫、アンタは最後まで可笑しかったよ(^^;)。
「25過ぎると(温泉の)ありがたみが分かってくるのよ」って、真秀さんも、それはちょっと・・・。
う〜ん、クレジットにBパートの演出が出てこなかったが、結構面白かったな。あれ、今石洋之氏は原画のみの参加か。ふーむ。
ガイナのWebで放映予定が更新。いずれも「内容未定」となっているが、スタッフが公開されており少しコメントしておこう。
第24話は、第19話で物議を醸した今石洋之が再びスタッフに(演出・脚本・絵コンテとして、佐伯昭志と連名)。よっしゃあ、いけいけ〜(^^;)。作画監督は高村和宏で、顔が深田航平だった人ですな(あー、第何話の作画監督とかじゃなくて、こういう風に名前が定着しちゃうのはどうなんでしょうかね(^^;)?)。予告を見ると総集編の一種となる模様だが、第19話の実績(^^;)を考えると、通常の総集編−カレカノでは第14話とか−のスタイルにはおさまりそうもなさそう。予告そのものは、今度は紙芝居ではなく、アニメーターの作画風景だが、この点でも「何かをやる」ことをはっきり告知していると見るべきだろう・・・。
それと、第25話の脚本が、佐藤竜雄。ってほんとか、おい。これも凄いな・・・。
第26話の脚本は、庵野御大。絵コンテ・演出に、安藤健・平松禎史。作画監督が平松禎史。第1話とかに近い感じ?
むー、第24話が総集編となると、残りをどうするのか、ここに来て混沌としてきたよーな・・・。個人的には、最終回まで原作通りにサクサク消化、おちよーがおちまいがアニメは終わり、続きは漫画でね〜、というテレビアニメの結末を受け入れつつあった(そうなっても落胆しないよーにする心の防御反応かも)。が、第24話が総集編らしいというのは、そういう結末はとらないという意図を感じてしまう。総集編3連発でもしない限りは(まさかね)。
いくつか可能性が考えられるが、やはり1つくらいオリジナルエピソードを見てみたいし(「鋼の雪」は気にはなるが、これは原作漫画を読めばいいんであってね)、アニメはアニメなりに完結してもらいたいという気もするので、第25・26話をオリジナルエピソードにして、アニメ独自の完結を提示するというのが、個人的には望ましく感じている。うーん、しかし第25・26話がオリジナルだとすると、その大事な(?)脚本をゲスト(佐藤竜雄)に任せるようなことをするか?いやいやいや、佐藤竜雄の資質・作風からすればあるいは、そこを見込んでの起用とも考えられるなー・・・。とか色々考えてしまうわけです。まあどうなるかは放映まで分かんないけど・・・。
で、ここまで考えてフト既視感に襲われた。ああ!またもや、第25, 26話はどうするんか?という、言いたくはないが、EVAテレビシリーズと似た状況に・・・。再び、ああいうことをするか?有馬、雪野のインナースペースにご招待〜って?(^^;)
ま、冗談はともかく(冗談じゃなくなったりしてね(^^;)、どうするのでしょうかね、ホントに。いや〜、最後まで目が離せないシリーズだよのう。
追記:アニメージュ5月号よりの新情報(03/12)。
第24〜26話は、各演出担当者のそれぞれの最終回という意味合いで製作とのこと。具体的にどうなるかはよく分からないが、ある意味では全て総集編の一種となるとのこと。
ただし、第25話は、総集編というより、月野花野主役のオリジナルエピソード。佐藤竜雄脚本というのに少し合点が行く(^^;)。それにしても、最初のオリジナルエピソードが第25話とはね・・・。
最終話は原作にお返しする形で、とのこと。サブタイトルを見る限りは、原作をそのままやるようで、「第25話とセットでアニメ独自の終結」というような結末にはならないようだ。流石に継続中の原作を好き勝手に弄ぶのは、いかに剛胆なガイナックスとはいえ出来なかったと見える。
あらすじでのナレーションはなし。
何か、テンポわりいな〜。特にAパートの生徒指導室でのゆきのんらの描写は。要するに、あまりにもカット数が少なくて、長回しすぎだ。カットをどこかで割るとかもう少し手をかけるべきだったろう。
雪野と有馬との逢瀬。映像にすると、雪野がいやがるのがきつく感じるなー。雪野の性格の悪さが際だつ感じに。有馬の対応がもうちょっとおっ軽くなってくれるとちょうど良いのかもしれんが・・・。
懸案のタンデム自転車。「初号機行きまーす」、やりましたね〜。シンちゃんライクな雪野(^^;)。うーん、完全無視もあり得るかなーと思ってたので。原作読んでないと「オリジナルの遊び」と誤解しちゃうかもだけど。
あと、帰り道の描写。・・・これもちといかんですね。あまりにも時間稼ぎというのがアリアリとしすぎで。もう少し手をかけて欲しかったところ。
おや、十波のモノローグから、武蔵小杉駅前への場面転換はやや唐突で稚拙な感じすらするぞ、おい。なんでここでフェードイン・アウトとかワイプとかを使わないのか?何か意図があるの?
芝姫の台詞。「一馬とおぼえっこ」に。「一馬ちゃん」でなくなった。まほりんが歌うのは古内東子から中山美穂に。この辺は原作者とアニメ製作者側の世代差が出ている?わかりやすさを優先?
総評。さすがに今回はちょっとキツかったかなー。まあ、原作のこのエピソードの分量からしても、第19話みたいなトリッキーなことでもしないと、このよーな映像になってしまうのもやむを得ないかという気もするが。
余談ですが。コミックス第7巻を購入。ACT27を読んで、あらためてアニメ第19話の演出はぶっ飛んでいたなーと思う。この話がああなっちゃうんだもんなあ・・・。深田航平の下りなんかは、読んでてアニメが脳裏に浮かんできて思い出し笑いしてしまったよ。原作だと深田航平の顔が出てくるのって一コマだけなんだよなー(^^;)。また、細かいところのデフォルメもよく効いていたのがよく分かる。ACT27からLaLaを買ってはいたのだが、ACT27掲載のLaLaは捨ててしまっていて、コミックスが出るまで読み直せなかったのだ。
それと「14DAYS」は、原作者津田さんがかなり前から暖めていたお話らしい。まあ、文化祭で演劇って学園ものでは定番ではありますが。
冒頭から妙にさわやかな雪野が突然「んだよ〜」とガラ悪くなり真秀にストマックアタックをかます下りは、原作ではさらりと読んでしまっていたが、アニメになるとその「落差」が面白いことに気がつく。同じ事をやっているんだが、色が付き声が付き動きがつくと、やはり違うね。真秀の「ドナドナ」はグッド。
生徒会。EDのクレジットで生徒会ってのがおかしい。っつうのは、生徒会っていったら、生徒の自治団体の名称なんであり、役名(個人)としては「生徒会役員A」とかすべき。ああ、細かいことを言ってるな・・・。
あさぴんグッズ。アサバカレー「MERRY」カレカノ風だの1/6フィギュアだの。同人誌タイトルは「彼と彼氏の事情」で発行元は「JCNAX」とか。この辺のディティールへのこだわりはさすが。
川島学年主任をまんまと演劇に巻き込む。原作だと、初めから「川島先生を顧問に」という雪野らの目論みが透けて見えた感じがしたが、アニメでは、そういう印象を受けないのが不思議。なぜだろうか。
暴走する宮沢父の妄想。1カット目の花に囲まれ豪華な衣装をまとった雪野の立ち姿が妙で可笑しい。
原作では「ハンディカム」が「ビデオカメラ」に。商品名対策(ハンディカムはソニーの商標)。
じうたい描写。ああ、うざってえ。苛立つ。が、どうでしょうか。ワタクシの場合、いつもすり抜けとかして避けている分、他人よりうざったく感じているよーな・・・。
雪野があさぴんに投げつけたノートには、表紙に「ありまLOVE」と大書。宮沢さん、だいたーん(^^;)。
ああ、また誤字っぽいのが。「手先が器用同志」って、「同志」ってなんでこの字になるかなー・・・。「同士」でしょ。漫画読んでいると結構この「同志」って使い方が多くて、確かに完全に誤りというわけではないみたいだけど、校正の時に変だと思わないのかな(ちなみに、カレカノ原作ではひらがなだった)。同志じゃ政治結社(ソ連共産党とか)の構成員みたいだよ・・・。「同志ミヤザワスキー」「同志アリマコフ」っつう感じで。
椿・あさぴんらと談笑する雪野を見て疎外感に襲われるありま。そうそう、ここが原作でははっきり描いていなかったんで、ラストで屋上でぼんやりしている有馬が何だかよく分からなかったんだよなー。なるほど。
ただし、ここのあまり有馬の疎外感を強調してしまうと、次々回(第24話=LaLa99/03掲載分)でのあさぴんの台詞にやや矛盾が生じてしまう恐れがあるが・・・。待てよ、第24話から後って本当に原作に沿うのかな・・・。沿わないから矛盾したことでもやる(やれる)?うーん。分からん。GAINAXのWebでも全然放映予定の情報が更新されないし。未だに第23話のスタッフは未定だし。
まー、とりあえず、次回の注目点は、雪野の自転車タンデム発進時の台詞をどうさばくかですな(^^;)。
恒例の(^^;)今月のあらすじ。
有馬の冷たい視線で背筋が凍り、翌日も有馬の怒りが衰えていないことに無視されて気づく十波。優等生を完璧に演じきっていた中学時代の有馬とは違い、宮沢への独占欲を隠しきれない、完璧じゃない有馬に気がついた十波は、有馬に対し今までとは異なる友情を覚え始める(で、雪野を避けるようになる)。「鋼の雪」公演準備を進める雪野グループ。雪野は演劇をする気になったもう一つの動機を真秀に語る。有馬への親しみを覚えた十波は、椿への恋もついに自覚する。良かったね逆じゃなくて(^^;)。
有馬の分裂は進行。「やらしいことをしちゃうかも」と顔を真っ赤にしながら雪野に言う純情な有馬(で「一線を越えてもこの人のこのピュアさは・・・」と雪野に思わせる)と、雪野の全てを束縛し、独占したいというどす黒い欲望渦巻く内面を自覚する。まあでも、現実には人間ってこの程度には分裂しているのは珍しくもないと思うけど、有馬の場合は細い糸の上を歩いているような危うさを感じる。どこかで爆発しそう・・・?
突然芝居に乗り気になった雪野の動機も語られるが、うーん、やはり負けずキライなのね・・・。
あさぴん&椿の「ホノボノカレカノメイトの中でおれらだけ相性悪いしな・・」「キャラかぶってるからね」というメタフィクション的台詞が面白い。「カレカノメイト」って何だよ(^^;)。この辺アニメの影響あり?
それにしても、長い。既にシリーズ最長のエピソードに。それでも「鋼の雪」はなかなか見えてこない。ちょっとした「紅天女」状態(^^;)。あと5回くらいこのエピソードが続くか?単行本まるまる2巻分(7, 8巻)は使いそう。原作は原作、アニメはアニメと別々の結末になりそうである。
演劇タイトルは、「鋼の雫」ではなく、「鋼の雪」でした。(LaLa98/12号連載コメント参照)
「おまえなんか有馬君には似合わない」とかみつかれ、十波と口げんかになる雪野。原作での「ぜったいころす」というワイルドなレスはなくなった。
屋上で雪野と真秀を追いつめる亜弥。妖怪アンテナの如く、亜弥を察知する雪野(誤字あり。野性的感→野性的勘)。へらへらと手を揉み近づくが、隠していたレポートパッドをばさっと落としてしまい、逃げられる。校舎の中を逃げ回る&追いかけるシチュエーション自体は何回か出てきた(し、ある意味、学園モノでは定番な描写。禁忌を破る快感(大げさか)あり?)が、今回は、動きは静か。指眼鏡と指ヘアバンドで変装し(?)、亜弥をやり過ごそうとする二人。ここの下り、オリジナル。まほりんの間抜けな変貌ぶりは楽しいが、吉本新喜劇的なベタなギャグでやや安易に感じる。もっとハチャハチャにしても良いと思うのだが。パワーダウンか。
賄賂のお菓子をばりばり食べる芝姫。口の周りが溶けたチョコでベタベタ。退行してるなあ。真秀がぼそっと「幼稚園児じゃあるまいし」。確かに。が、原作での「またつまらんもので(買収されて)・・・」という台詞も実感こもってて好きだったけど。
十波のマイ下僕描写。「ビデオをダビングさせられる」で「標準で」っていうディティールは面白い。
雪野の「ありまは一流の素材をさらに磨いている」はなし。まあ、原作のこういう細かいとこをアニメ化するのはちょっと難儀かも知れないが、これは削るべきではないような気もする。
「鋼の雪」に影響されて夢を見る雪野。目覚めるとき、夢での地球と、部屋の照明がオーバーラップ。ありがちだが、印象的な描写だ。
今回は、等身が縮んだときの動きが良かった(特にAパート)。
脚本は今週も庵野秀明。ガイナでのリリースとの食い違いは続いている。うーん、どうなってるんだろうか?
しかし、どう収束させるつもりなんだろうねえ・・・。尻切れトンボになりそうな・・・。「鋼の雪」は語られなさそうな・・・。やり出すと中途半端で終わってしまい、劇中劇が突然中断され、劇中劇を見せられていた主人公の「続きを見せろ!」という叫びで本編もプッツリ終わってしまった「ゴールデンボーイ」(江川達也、集英社、最近読了)と同じになりそうな・・・。いやそれはないだろうけど。
あと、意外にも、それほどペースダウンという感じはしない。なぜかね?
今週はダイレクトにDV録画できた。が、CMカットのためのPCへのDVキャプチャがどういうわけかうまく行かず、Bパートなんざ6回くらい見る羽目に陥った・・・。前回が前回だけに、凡庸な印象だったが、そんな経緯で、いつもより細かく見てしまったよ。
尚、アニメージュ99/03号によると、前回−第19話−の異常なテンションは、脚本・絵コンテ・作画監督を担当した今石洋之氏の独断的暴走−庵野秀明氏の黙認はあったようだが−によるものであったらしい。そうかあ。今石氏は、第10話Bパート(芝姫がゆきのの逆鱗に触れる事件)と、第11話(Bパートでの、ふらふら遊ぶゆきのんと椿たちの描写が印象的)も担当していた。今後も期待です(残りのカレカノで、今石氏が担当するエピソードがあるかどうか分からないが・・・)。
クレジットによると、監督名にアンノヒデアキあり。うーむ、降板ってわけじゃないのか・・・?。また、脚本も庵野秀明となっており、ガイナのWebページで公開されている事前のリリース(佐藤裕紀氏の筈)とは異なるなあ。一体何がどうなっているのやら。
BGMが期待の(?)プレイバックはなし。まあ、そういうもんかな・・・。
椿のチョイスする駄菓子群と、食品添加剤は、カレカノではお馴染みとなった(?)手法で表現。
万券。っていう表現は初めて聞くよーな。
自転車二人乗りに、注意書きのテロップあり。んー、第22話での有馬雪野の自転車タンデムはどうなる?
「ナイキ」は「スニーカー」に、「ベンツ」は「車」に。まあ、この辺は配慮ですかね。くどいようだが、なぜ「ハーゲンダッツ」は良かったのだろうか・・・。
椿の服装が原作とは異なる。
椿の下僕となる十波の描写で、「リテイク」「ハイッ」ってのはやや楽屋ネタか。
十波、転校前の決意で、「不本意な僕よさようなら!」という台詞はアニメオリジナル。第1話の中間テスト成績上位者発表後の雪野のモノローグ参照、ですな。
十波がダンクシュートを決めて椿と再会する場面、原作にはあった亜弥の「二人とも背たけー」という感嘆はなし。
臥薪嘗胆・・・か。うーむ。次回の方がむしろ・・・。
椿の台詞、「トップ30に入るほど勉強できねえよ」から「トップに入るほど勉強できねえよ」に。「トップに入る」っていう日本語は少しおかしいのではと思うが。
有馬と連れだって成績上位者発表を見に来る雪野が歌う、「いっちばんいっちばん・・・」という歌はオリジナルだが、「一番好き」な雪野をよく表現している。
50音順ではどうやっても有馬の下位になる雪野、悔しがって、「あとは有馬と結婚して・・・」と言うが、原作では「結婚とかして・・・」。原作の方が、日常会話っぽくて自然で好みなんだが・・・。
婚姻届に判をつくのはオリジナル。まあこの辺はオヤクソクかも。
有馬に抱きつくあさぴんの動きが妙で良い。
テレビ大阪では、この辺りで痛恨の気象速報(兵庫県の大雪警報)。自然現象であり、やむを得ないことではあるが・・・。
雪野の台詞、「陵辱プレイは楽しいわね!」は「人のいやがることは楽しいわね!」に変更。ここは変えて欲しくなかったような気もするが、まあ、「陵辱プレイ」はテレビで放映するには穏当な表現ではないしな・・・
どうも細かい台詞の変更が目立った回であった。しかもやや納得できない変更があるのが気になる。細かいこと言い過ぎ?
それと、ネット上で色々見ていると、あまり第19話の評判が芳しくないのが意外だ。何かねえ、みんなコンサバティブなんだねえ、若いのに・・・、とか思ってしまったよ(いや、オレも若いんだよ、って言いたいんだがそろそろキツくなってきたかも・・・)。滅多やたらに見られない見せ物で、見応えあったと思うんだけどねえ。
こっちは、第19話の影響甚大。第20話もまあ、割と良くできているとは思うのだが、それ以上ではないというか、冒頭にも書いたとおり、凡庸な印象になってしまっている。「足りない」って感じがしてしまうのだ・・・。し、刺激をくれっ!って感じ?ダメかも(オレが、ね)・・・。
今週は凄い!!こりゃマジで凄いです。寮に帰ってすぐに、テープを巻き戻し、正常に録れてるかどうかチェックするために巻き戻し途中で少し再生したら、セル彩色されていないのを見て「ありゃー、とうとう超省力モード突入かあ」と思ったが、始めから通して見るとこれはこれで良い。いやあ、良かったですね。ほんと、冒険しましたねこの回は。こうじゃないとなあ。
第12話を上回る最長のプレイバックは、「宇宙戦艦ヤマト」ライク。もう、いきなりやってくれたなあ。BGMはそのもの。うっわあなつかしー。好きだったのよこの音楽。そういえば西崎義展が銃刀法違反で捕まったってニュースを聞いたばかりだけど・・・。ナレーターは、花野・月野ではなく、月島先生と芝姫。実直な月島先生の語りと、芝姫のとぼけた口調の好コントラスト。しかし、このプレイバックの映像はバンク、しかも人物でなく背景のバンクを順不同で2秒弱ずつ表示し切り替えていくという画面構成(逆に芝姫の動きのバンクだけ−背景なし−を使用していたこともあったが)。ここからしてかなり通常とは異なるのだが、今回はそれでは済まなかった。
ナレーションが終わると、30秒程度、グランドノイズ・虫の音をBGに写真を切り替え。最後に宮沢家が表示され、数秒して、宮沢家真っ白に。そして、出勤・登校する宮沢家の人たちは、ビデオで撮った(コマ撮りではない実写の)紙芝居で・・・。先週の予告は、この予告だったのだ!冒頭から、通常のセルアニメとは全く異質な画面が展開。登校途中の雪野が回想するところは、CRTモニターに表示したナレーションでの回想部分をビデオで撮って映し、思い出しで真っ赤になる雪野(これも実写紙芝居)は、真っ赤になるあまり本当に火がついて燃えてしまう!サブタイトル表示後は、一応は、コマ撮りによる「アニメーション」になるが、セル彩色はないわ、登校途中の雪野の背景は写真そのままだわ。そしてこのまま、ついに最後まで、通常のセルアニメ風な画面はなく、本エピソードは終了する・・・。凄い。凄すぎる・・・。しかもちゃんと(原作に沿って)ドラマをやっているから凄み数倍。
この実写紙芝居、エンディングのスタッフクレジットで、劇メーターって出てくるので何?と思ったが、そうか、あはははは。この紙芝居を動かしていたから劇メーターね・・・。庵野御大も演じた模様。
川島先生。・・・「ほどほどにな」。この口調は良いですね。凄く合っている。
今週の芝姫は肉まんと魚を食べてる。ほんと、このまま登場の度に何か食うことになるのでは。
ホームルーム。良いね、宮沢。もはや正体は隠さず、ジャージモードで教壇の上でくつろぐ雪野。「超汚れ級長」って・・・。クラスメイトのみんなも宮沢の正体がよく分かってきているようで・・・。
またもやディスニーランドはモザイク。しかし、川崎だろ、そんなに憧れるよーな距離にあるわけでもないと思うが・・・。
「うわ真っ暗だ」「何も見えない!」・・・いいなあ、このわざとらしさ、ナンセンスさ。素早く撤収する照明係も。おまえら、どこから来たんだよ?(^^;)
「下僕」「復讐」。文系硬派、沢田亜弥の面目躍如。
深田航平。巨大化して戦う。先週の予告の不気味な雪野はこれね・・・。パースを強調した雪野vs深田航平の対峙。特撮映画の世界。っていうか、「帰ってきたウルトラマン」?巨大化した雪野の足で潰されるガイナックス社屋(脱税騒ぎの時NHKで見たなあ)。なつかしー、第4使徒・・・。
EDは、燃やされるセルを逆転。今回のセルのようだ。セルって燃やして良いモン−環境問題的に−なの?EDも、どんどんメタフィクションな方向へ行っているような気がせんでもなかったのだが、今回はその極みっぽい。
深田航平役の顔ノ出演は高村和宏。第6話などの絵コンテをやったが、庵野チェックにより没を食らったというのをGAZOで読んだな。しかし、この人も、まさかアニメの仕事をしていて、自分の顔の写真が自分の担当する作品に出て放映されるとは予想だにしなかったろうなあ。
第18話の時に書いたように、本エピソード以降は、内容が薄いものになってしまうのではないかと思っていたが、確かに非常に長いプレイバックや、背景写真を長時間にわたって見せたり、コマ撮りすらしない紙芝居などの部分はあったものの、予想よりははるかに密度は濃かった。カット数が多く、しかも動くところは動く動く。特に雪野の妄想or一人芝居ライクなシークエンスは非常に良く動いている。これだけ動いているのを見ると、彩色の行程がいかに手間がかかるものかよく分かる・・・(彩色の行程をほとんど省けたからこそ、タイトな日程でこの動きが出来たとも言えるだろう)。非常に面白かった。雪野がジャージ姿になるのも良かった。
今回、全体的に言えば、やはり画力の高い人の描く原画は、セル彩色をしなくてもきっちり見せてくれるなーと感じたし、セル彩色でなくとも、劣悪なクオリティという感じはしなかった。とにかく良く動くしね。むしろ、原作が漫画ということで、アニメと漫画の中間的雰囲気も出ているようにも感じた。実際は日程的な問題が主で、そのよーな演出的意図は従と見るべきだろうが、かといって、「破綻、失敗エピソード」と簡単に切り捨てることも出来ないのではないだろうか。ありきたりのセルアニメにはない、不思議な手作りの魅力が感じられたのだが・・・、騙されてる(^^;)?。
手作りといえば、エンドクレジットで、仕上げの代わりに、彩色・切り出しってのがあったが、その中には、クレヨン画ひぐちきみこ、高村和宏、今石洋之(作画監督)、木村隆一(演出)、佐藤裕紀(監督)の名前もある。あああ、何か、本当に文化祭の修羅場を演じているよこの人たちは・・・。そう考えると、「14DAYS」というのは、作り手にとっても「14DAYS」なわけなんだなあ。まあ、一視聴者という無責任な立場から言わせてもらうと、凄く楽しそうに作っているように感じる。
そういえば、エヴァテレビシリーズ第24話の予告ってこんな感じだったなあ。あれを全編に渡ってやったらこうなりました、というところか。半完成品を見せられたってことで、怒る人もいるかも知れないが(これはこれで当然の反応だと思う)、ワタクシは楽しみました、ハイ。
次回予告から見ると、来週は通常のセルアニメに戻るみたいだが。戻らなくても、今回のようなスタイルで最後までやっちゃっても俺的には問題ないが、さすがにそれはできないか。とりあえず、来週のPLAYBACKのBGMが楽しみ。ヤマトと来れば次は・・・(^^;)。それと、次回から脚本も佐藤裕紀氏が担当することになるが、その辺りも注目。
新兵器 学習リモコンとPCを組み合わせた、DVによる予録システム、たった1度(試験的に)稼働しただけで、システム瓦解(1月の雑記参照)。今回は、予備のSVHS3倍からダビング。くそう。画質的にはさほど遜色はないのだが、SVHS3倍は時々スジ状のノイズが入るからイヤなのだ(贅沢だけど、ダビング用のマスターにすることを考えるとややダメ)。来週からはSの標準で録ってやる。何だかムキになってきつつあるかも。
佐藤順一氏絵コンテ。ゲスト絵コンテって感じか。監督は、佐藤裕紀氏と「アンノヒデアキ」連名。
手堅いアニメ化という印象がある。が、オリジナルのディティールも無視できない。蝉の死骸、沈む車のサスペンション。音楽も静かなクラシック系の音楽で抑えた演出。
ああ、有馬の親戚が憎らしく表現されてて良い。アニメでは、こいつらに鉄槌が下ることはないだろうが、原作に色と音と動きがついた分、原作より憎々しげな様子が良く出ていたように思う。有馬父の反論もより力強く出ていた感じがする。
それにしても、病院の院長に製薬会社の経営者という一族ですか・・・。薬害エイズとか、診療報酬不正受給(これで問題になり潰れてしまった安田病院ってのが、ワタクシの住まいの近くで。最近ここが入っていたビルが貸し手を募集しているが、入る企業はなかなか出ないようだ)とかの問題のせいで、逆に、凄くイメージ悪いなあ・・・。
雪野の「えー、わたしは1番取るため!」って原作でも思ったけど、どこで出てきたかね?
雪野の「緊張しますのう!」の背景のどくどく心臓はアニメオリジナル。
雪野の胸にやられる有馬の手。あえて、だと思うけど、徐々に胸に手を当てるのではなく、動きが逆。
図書館で勉強する雪野と有馬。「早くも2学期の予習」。「早くも」ってのがオリジナル。まあ、確かに、あまりしない(できない)ことだよね・・・。
エンドクレジットを見ると、原画が総力戦の様相を呈してきていて、作画監督クラスの人間を何人も何人も原画に投入。今回特にそれを感じたのが海水浴。りかのスチルショットは貞本義行原画か。机に突っ伏す亜弥はオリジナルだが、異様にディティールに凝っていて好ましい。
椿の水着がEOEタイトルライク(ノルウェー国旗風?)。気になったんで原作を見ると、水着の柄も原作に準じているようで、EOEとは無関係。
それにしても最近の芝姫、モノを食べる描写が多いな・・・。っていうか、芝姫って出てくるたびに何か食べてないか?失恋たこ焼きとか、クマさんパフェとか、ハーゲンダッツとか、第17話のクリームソーダとか、今回のイカ焼きとか。ま、ほとんど原作に沿ってるんだけど。うーん・・・、ほとんどジャンクフード系ってのもヘンかも。確かこの次かその次でも亜弥にお菓子で籠絡されちゃう描写が出るはずだし。
図書館からの帰り道から、色調が薄くなり、いつしか完全にモノトーンに。細かいです。
「どうする?」と尋ねる有馬の声。なるほどねえ、こういう声調か。バレバレじゃーん(^^;)。
で、問題のシーン。原作では出てくる、「している」最中の2人の表情が完全にカット。その分原作に比べてもナマナマしさはさらに薄れてきれいな印象。が、これは当初はこういうきれいな(っていうかぬるい)表現は考えてなかったんだと思う。性表現があるけど抵抗があるか云々という質問を声優オーディションでしたことを考えれば。この程度の表現なら、あえてそのような質問をする必要もなかったわけで。
子どもの雪野の帽子を子どもの有馬が拾って・・・という表現が意外と強調されていた。
あ!帽子ってそういうことか。Bパート冒頭の河原と関連してたんだ。原作読み直したら、原作と同じなんだけど、今分かっただよ(^^;)。散漫にしか読んでないなあ・・・。反省。
ラスト近くの有馬の心の傷。うーん、やはり文字と絵だけの漫画と、文字・音・絵・動きのあるアニメでは、臨場感というか切迫感が違うねえ。ただ、こういうタイミングで書き文字が挿入されると、エヴァ第22話辺りのアスカの描写を思い出してしまうなあ。
予告の紙芝居。紙芝居っていうのが、作画クオリティを表現するのに使われる比喩ではなく(16、17話あたりの予告がそうだったが)、ほんとーに紙芝居ってのが笑える。しかも段ボールの裏とおぼしき紙に書いた絵で、紙芝居もビデオで撮って手で動かしている辺り、手作りという感じがして微笑ましいが、相当スケジュールが緊迫しているんではないだろうか・・・などとも思ってしまう。エヴァでも予告で崩壊の予兆が出たのはもう少し後だったと思うが、まだあと8話あるのよ、大丈夫?
今回は、全体的に、原作をなぞりつつも、ディティールを補完、という感じか。性表現を除けば、あまり監督降板の影響はないように思える。ただ、来週からは、ソースとなる原作の分量が半分になるだけに、この手法では時間的にかなりきつそう。原作連載1回分を1話に充当するというペース自体は、第12話とかでもそうだったが、ああいう感じになるのかな?ワンカットUNOとか、面白いことをまたやってくれると良いのだが・・・。
ああ忙しい(^^;)。なんでこんなに書くことがあるんだ・・・。
文化祭の準備で、クラス委員関連・演劇の掛け持ちでいよいよ本格的に忙しくなってきた雪野。あさぴん・十波も放送・受付委員で、2人と一緒になる機会の多くなる雪野。先号、椿に「キライ」宣言をした十波だったが、椿に「キライといわれたら相手を嫌いにならなきゃいけないのか」と反論され、何故か眠っている椿にキス。「椿への復讐はどうなってるの?」と雪野に問われ、適当にごまかすが、雪野にはすでに見透かされているよーだ。十波と雪野がじゃれ合っているのを見たあさぴんは、十波に「有馬は実は独占欲が強いから、宮沢にはあまり近づくな」と警告するが、十波は雪野を異性としては意識していないので、あまり気にせず、変わらない態度で雪野と接する。一方有馬は、宮沢を抱いた後でも癒されない自分の孤独を自覚し「僕は宮沢がいなければダメだが、宮沢は僕がいなくてもやっていける」と考え出す。放課後、宮沢と親しげにしているのを何度か見ている十波と廊下ですれ違った有馬は、十波にかつてないほどの鋭い一瞥を与え、十波がそれに凍る・・・。のが今号のあらすじ。
放送・受付委員で一緒になった十波が冗談で「なんか(宮沢に)こきつかわされそう」と言う横で、「・・・当然じゃない」とつぶやく雪野のたくらみ顔が怖いっす(^^;)。いやあ、確かに人使い荒そうだわこの人。演劇もあるし容赦なくこき使いそう。
眠っている間にキスされて、椿「なぜ?」十波「知らない」椿「私キスなんかはじめてした」十波「そういえばオレもだ」。何か良いですねこの二人。
今回、ここ最近の有馬の変調の原因が明らかになる。なるほど。そうだよなあ、有馬に鞄で顔を殴られてアザを作ったあさぴんにすれば、有馬の独占欲のタダならなさはよく分かっていることだしねえ。このあさぴんのけが、ギャグっぽくなったけど、現実にはそういうことをすると相当大事になると思うし、そういう暴力的な振る舞いって有馬の優等生のイメージとはしっくりこなかったんだけど、そうか、ここで再び有馬の独占欲がっつー展開になるとはね。
「触れ合ってしまったからこそ 二人の距離がよく見えた」「二人はまるで別々の個人だと」「触れ合う喜びは一瞬 それがゴールなんかじゃない」という有馬のモノローグ。ありゃ、人類補完計画への第1歩っすか?とか一瞬思ってしまうが(^^;)、そうだよね、まあ、当たり前のことを言っているんだけど、「触れ合うまで」「結ばれるまで」を描く少女漫画としては、やはり珍しいよね、こういう疑問を主人公が持つってのは。
有馬の二重人格的側面が出てくる。特に、十波に対する一瞥はただ事ではない鋭さ。おりゃもう、この次のページで十波が有馬に刺されて殺されてるんじゃねえかと思っただよ、いやホント。雪野の鉄拳により粉砕されたはずの有馬の「僕の中にはもう一人、ホンモノがいるんじゃないか?」という恐れが復活。さて、どうする有馬?
んで、今回は「もしかして 今まで『自分』だと 信じていたものは 努力で創り上げただけの 『ニセモノ』だったんじゃないのか」「僕の中にはもうひとり 『ホンモノ』がいるのかもしれないけれど」という有馬のモノローグで終わる。この2つ目のは、実は第1巻(第3話)のとは語尾が異なるが?
気になっていた有馬の抱える問題に焦点がようやく集まってきて、いよいよ・・・という印象。次回も楽しみだ。
あと、単行本7巻が3月5日に発売とのこと。あ、そか。ここ半年は毎月32P連載なので、98/10号〜99/03号(今号)までで単行本一冊分になるもんな。うーん、アニメ終了と同時には終わりそうにはないか・・・。「オコジョさん」の第2巻も気になるけど(^^;)。
ガイナのWebを見に行くと、放映予定の情報更新、第23話までのあらすじが公開。色々と注目すべき情報が載っており、今後の展開の予想を書き留めておこう。
まず、第20話以降は、庵野秀明の名前が脚本からも消えており、監督降板が事実らしいことが分かってきた。ただし、このスタッフリストには監督の欄がなく、今後の放映で監督に庵野秀明(orあんのひであきorアンノヒデアキ)の名前がクレジットされるかどうか不明。第20話で今石洋之氏、第21話からは監督の佐藤裕紀氏が脚本も担当することになり、庵野秀明氏が直接タッチする部分が皆無となる模様。
第19話〜第23話は「14DAYS」(仮題)というミニシリーズで、現在原作連載でも継続中のエピソード。しかし、放映予定のあらすじによれば、原作の雑誌掲載1月分に対して1話を使用するという、今までのペースの半分というスローペースになる模様。第1話から第4話もそうなのだが、現在の連載の密度は全く違っており、オリジナル部分を相当投入しないと、間延びしてしまう恐れがあると思われる。
第24話以降について。第23話が原作連載LaLa2月号掲載分に該当するが、最新のLaLa3月号分でもこのシリーズが続いているので、「14DAYS」というミニシリーズは最低第24話まではあるはず。さらにLaLa3月号分でもこのエピソードは終わっていないため、25話、26話も「14DAYS」となる可能性もあり(最終話は総集編の可能性もある)、本当にこのスローペースでやるとすると、ここに来て、オリジナルエピソードがないと2クール保たないという当初の予想と異なり、独立したオリジナルエピソードが全くないまま放映を終えるという可能性が高くなってきた。いや、むしろ逆に、庵野監督降板のためにオリジナルエピソードを構成できず、やむを得ず原作を従来のペースの半分の速さで消化しなければならなくなったということなのかも知れない。この辺の事情は少し時間が経たないと明らかにならないだろうが。
また、こんな可能性もある。連載1月分に対してアニメ1話というペースを墨守するとした場合、第23話−LaLa99/02号、第24話−LaLa99/03号、第25話−LaLa99/04号、第26話−LaLa99/05号という対応が成立する。このとき、アニメ最終話となる第26話は、3月26日放映だが、これに該当するLaLa99/05号はその前日の発売であり、もしかすると、原作連載の終了とアニメ放映の終了を同期させる−しかも内容は同じで−意図があるのかもしれない。うーん・・・、ちょっと判断がつかないなあ。連載あと3回分で終わるかどうか・・・。終わらせようと思えば不可能ではない感じもするが、単行本にする場合のページ数とかの問題もあるしなあ。ま、これはあくまで邪推ということで。
最後に、間近に迫った第19話の内容が未定というのは気になる。脚本は庵野秀明。サブタイトルは「14DAYS・1」、文化祭のミニシリーズの第1回目で、謎の転校生十波の登場する回であるが・・・。
監督、今度は「アンノヒデアキ」っすか。
喫茶店での椿グループの会合(?)。これは凄くテンポ良く、見ていて爽快。原作を読んであらかじめ知っているけど、キャラクターの崩し方とか面白くて、退屈しない。つばさ、は虫類入ってるし(^^;)。
雪野、「世の中金じゃあ!」かよ。
「28歳歯科医師」かあ。うーん、でも「全然オトナ」かあ・・・。そうかあ・・・。すんません、もうすぐ29歳ですが・・・。
「剣道日本一」「すごーい」。誇大表現。古典的といえば古典的だが。
「脱出シーンが爽快だった」(「シューシャンク」か?)が「ゲーセンでの対決」(?)に。
ありま電車の中。二重カゲ。珍しくいかにもセルっぽい描写。
いかんなー、有馬。いかにアタマに来ているとはいえ、女の子をあんな風に手荒く扱っちゃ。コンクリートに当たる雪野の肩が痛々しいっス。その前にデートの描写で雪野の肩が強調されていた分余計に。
エンディングはデート中の雪野・有馬のクレヨン画。楽しそうでよい。
今回は、全体的にカット数多く、非常に充実した印象。コミカルシーンとシリアスシーンの混合度合いや、雪野のモノローグの多さ、第4話辺りに戻った印象もある。あまり監督降板の影響は受けない。BGMには新たな曲が投入されていたようだが。
来週は、「シン・カ」。サブタイから判断しても、第6巻の例の描写があるやつでしょう。「ま、逃げじゃなきゃいいんだけどね」ってのは、一瞬、「監督が逃げたから?」と思ったんだが(^^;)、そうではなく、有馬に対するコメントなんだろうなあ。
放映日が祝日のためリアルタイムでDVで録る。最近の録画体制は、安物デッキでVHS3倍(友人用)、やや高級デッキでSVHS3倍、さらにリアルタイムで見れる場合はDVカメラでCMカットしつつという、正副予備の3系統(リアルタイムで見られないときはSVHSからDVへダビング)。やはりDVの画質は、カメラとはいえ19インチの古いモニターで見ても断然良い。テープはもの凄い高価格だが・・・。
電車での宮沢一家。何でだか、正面顔が杉浦日向子風(特に目の辺り)。
都香父玄関のパンも昔の日本映画風で面白い。あと核爆発後、「おしまい」、「新番組・だまれこわっぱが」。あはは。様式をどんどん壊すメタフィクション的な試みは健在。
ワイルドな宮沢父6歳の遊び(「自作ローラーボードで自転車による加速後坂道を下り降り自爆」)をしなかったのは、やはり教育的配慮なのだろうか??他にも原作にある、結構印象に残る細かいエピソードを削っている。特に元・警察官という都香父のエピソードを削ったのはどうだろうか?しかし、その分、主題が明確になった印象もあるけど。
土管のある空き地風景。って「ドラえもん」以外では見たことのないよーな気もするが。
3段階フレーム変化。まず現在のはカラーで上下幕(ビスタサイズ風)フレーム。Aパートの過去シーンは、枠型フレームで、都香を意識し出してから、フレーム消失して全画面表示。
洋之の祖父の死の描写の効果音としてアナログレコードの雑音風を使ったのは、奇妙にリアルな感じがする。
洋之に「何やってるんだ?」と聞かれて見せる都香の険しい表情も印象的。この回、原作と比べると、随分表情が違っているような気がする。
現在に戻り、Aパートで夕飯のおかずに鮭は飽きたとかいいつつ、やはり結局鮭。って辺りはギャグかね。
しかし、今週のは、やはり泣けるねえ。率直すぎて申し訳ないが、こういう「なにもしてやれなかった」痛みを体感している人間とそうでない人とではこの話の評価は全く変わるだろうね・・・。と思う。
監督降板というのはどうなのだろうか?と今週のカレカノはいつにもまして注目していたのだが、肝心のOPはやらないわ、EDのクレジットでは監督がクレジットされるがガイナの制作の佐藤裕紀PDと連名だわ、なんでだか名前が「あんのひであき」だわ、一体どうなっているんだか(^^;)。が、制作サイドの人間が「監督」のクレジットに出るということは、監督が行うべき渉外業務を制作が代行している、つまり、渉外業務を庵野監督がやっていない(=降板は事実?)ということも考えられる。推論の域は出ませんが。どーなってるんでしょうねえ。アイキャッチやED、予告のフォーマットが変更されているのも監督降板の影響かとも思えるが、ただ、この第16話自体、もともとがかなり脇道的なエピソードなのでそれに合わせてフォーマットを変えたということも考えられるけど。
それと、第19話「14DAYS」は佐藤順一氏の絵コンテらしく、多分オリジナルであろうということ。うーむ面白くなりそうだ。
OP・EDに相変わらず庵野監督のテロップが出てこない。ぬー。今週はBパートは総集編ではなかったし、脚本には庵野秀明の名がクレジットされているのだが・・・。ホントに降板?
Bパートは、特にこれという事件があるわけでもないので原作でもあまり印象に残らなかったエピソードだ−が有馬に関しては今後(現行連載も含めて)の伏線っぽい感じもする−が、アニメでも同様。書くことなし。
あ、でも、Bパートの台詞回しとかやや違和感があったのは気のせいだろうか。抑揚の付け方が違うというのか。特にあさぴんの「そう思うんだ」っていうのは、原作からするともう少しゆっくりしんみりした口調でしゃべりそうだったのだが・・・。むしろくどいくらいの演技をかましそうな気もしたのだが・・・。これは庵野監督が収録に立ち会っていない影響だろうか?
今後の展開について。ガイナのWEBやメージュに載ってる情報によると、第18話で6巻分まで終了する。で、第19話のサブタイトルが「14DAYS」。これはなに?オリジナルだろうか?それとも、文化祭までの14日ってことか?すると今LaLa連載中の演劇のエピソードだろうか?十波が出てくるのは多分間違いないから(OPで未だに正体不明なのはこのキャラクターだけ)、当初からこのエピソードをやるつもりでいる筈だが、このエピソードは連載でもまだ終わってないしなあ(^^;)。追い越すのか?で、それで2話使うとしても、5話分オリジナルで使えることになるなあ。監督降板が事実としたら、どうするんだろうねえ。脚本は出来ているんだろうけど・・・(出来てなかったりして)。うーんスリリング。エヴァTVシリーズ終盤のスリル再びってなもん。
総集編。放映パターン自体はエヴァと同パターンだが、「ゼーレ、魂の座」やDEATH編ほどのインパクトはなし。ということは出先でネットをブラウズしていて予備知識として仕入れていたが、帰阪してから予録しといたテープを見ると、あまりにもそうだったのでちょっと驚く。まとめ方が平板な印象。特に1話から4話はダビング作業で気が狂うほど繰り返し見ているので(ま、BGV的に流していることが多いけど)、余計にそう感じた。
録音はどうしたのだろうか?榎本温子嬢のスキルの向上が目立つので、もし音を取り直すとしたらかなり印象が違うんじゃないだろうかとも思っていたのだが、あまりそういう印象は受けなかったので、バンク(っていうのか分からないが)を使用したんだろうか。
OPに「監督 庵野秀明」のテロップが入っていないのはなぜだろう。逐電しちゃったのかとか、「こんな不本意な総集編にオレの名をかぶせるわけにはいかん!」ってゴネちゃったのだろーか、とか色々考えてしまう(^^;)。EDでのクレジットを見ると、構成に大月俊倫PDの名前があるが、それにしてはあまりにも平凡なまとめ方という印象が拭えないが。雪野ではなく、いっそのこと芝姫の主観でまとめちゃったりしても面白かったと思うのだが・・・。あと、「前編」っていうことは後編があるってことで、アイキャッチの「ACTナンバー」がAパートが14.0、Bパートは14.3で、3の上に点が打ってあるのは、0.33333・・・ってことか。来週放映分のAパートで、Acti14.6(6の上に点あり)で総集編のAct14は終了、Bパートで続きに戻るというパターンか(とするとこのBパートのActナンバーは15.0になるのか、15.5になるのか・・・)?うーむ、こういうとこのケレン味(っていうのか?)はさすがではあるが・・・。
くれよん画を利用した演出。原作には全くないモチーフ。エヴァから流れてきた人間にとっては、「幼児描写っつーとクレヨンかあ?」という疑問もないわけではないが、悪くない。今回で決定的に芝姫の声って合っているような気がする。もはや違和感ゼロ。芝姫の声、これでデフォになりました。原作を読むときもこの声で(^^;)。
くれよん画のドア、ちゃんと芝姫邸のドアのデザインになっている辺り、細かい。原作では1カットだけ出てくるドア。チェックしたんだろうなあ。
「愛と誠」「花とゆめ」「老人と海」。原作ではこの辺までだが、アニメではワルノリが続き、「と」が中間にあれば何でも良くなり、しまいには「榎本温子」という楽屋オチに。遊んでるなあ。
つばさの怒りの表現が、ガイナックスらしい過激なデフォルメ。特に、ホテルのレストランのつばさブチ切れシークエンスは、エヴァ「Air」での弐号機の「偽りの覚醒」かのよう。うまく過去の自作品の「記憶」を利用した演出であり、単体でのギャグ的描写としてもドタバタ感が良く出てて面白い。「彼氏彼女の事情ACT13.0放映中」テロップとか「しばらくお待ち下さい」の繰り返しも効いている。
今回の背景は動画的試みが明瞭に感じられる。エレベーターで上昇するときの町並み、芝姫の視点から見た下町。アニメでの一馬と歩く商店街は、ちょっと今ひとつ芝姫の心情と合っていないような気もする。不安感だけが突出して出ているようで(その分公園の描写でカバーしていたが)。また、原作では出ていた「下町らしい」雰囲気ではなくなってしまっているし(今までのこういうモノクロ背景描写で割と「現代的都市」というイメージが固定されてしまっていたためか)。でもなんか、「時をかける少女」(大林宣彦の)を思い出したよ。ちょっとね。
ハーゲンダッツってまた商品名を思いっきり・・・(原作に出てきた一馬の買ってたアイスガイって俺知らないや。アニメではパッケージがチラっと出てくるけど)。これOKなの?そういえばUCCの缶飲料もわりと頻繁に出てくるが・・・(UCCでエヴァの缶コーヒーってあったけど)。なんかよくわからんすねえ。ああ、でも、テレビゲーム内で背景に広告を出したりするのが一時流行ったけど(今も?)、そういうことなんだろうか。確かに広告としては非常に効果的ではあると思うが(CMカットしてても入ってくるし)。
池田宅の描写が過剰に細かくて良い。「耳をすませば」(近藤喜文)の月島宅を彷彿とさせる(乱雑さはミサトマンション?)公団住宅風アパート。スチールドアに貼り付けた息子宛のメモ、手書きの家事分担当番表、雑然と食器が積まれた流し台。「耳」ん時に思ったが、こういう生活感に弱いのだよなあ、俺。
音。一馬がアイスクリームをかじるときの音。これもちょっとアリモノではなさそうである。
芝姫父再婚後の芝姫宅表札。これは少しおかしい。一馬の方が弟なんだから、つばさの名前が一番下にあるのは問題あるんではないか?まあ、つばさは、外観・性格からしても、新・芝姫ファミリー内で「お姉さん」という役割を担うことはないだろうなとは思うのだけど・・・。
次回は総集編。どう総括するか楽しみではある。エヴァの時は1月3日の朝8時だったか、とんでもねえ時間にやっていたが、今度は年末の夕方に。あいかわらず、2クールきっちりやる枠である。大阪を脱出しているので、出先でDVカメラにアナログ入力して録ろうと考えている(これこれ、こういうことのできる自由度の高さもTRV9のいいところ。アナログ入力があるだけで随分使いでが違ってくるなあ)。
文化祭まで1週間と迫る。演劇準備のため、雪野の異様なまでに手際よい段取りの下、スケジュール調整、大道具・小道具デザイン、作業場所確保、体育館での上演時間確保と上演に向け着々と動くゆきのんグループ。有馬は有馬で部活で忙しい。椿への復讐を誓っていた十波は、椿の内面的強さに気がつく。雪野は、台詞憶え等の演劇の準備(+椿らとの遊び)でへとへとになるが、勉強とは異なる充実感を感じ始めた。・・・というのが今号のあらすじ。
うーむ、演劇楽しみだなあ。2時間もの長編らしい。
亜弥、ガッコにまでたばこ&ライター持参っすか?しかもガッコで無意識にたばこに火を付けてしまうほどのヘビースモーカーぶり。「貴様ぁーッ!言い出しっぺが何をやってるのよ、あァ!?自分でブチこわすんか、文化祭当日は仲よく自宅謹慎かぁ!!」雪野が鬼下士官のよーに激怒するのもムリはねえなあ・・・。
部活後の有馬に抱きつくも、有馬に染みついた防具の臭気に耐えられず離れてしまう雪野(「なにその腐臭」とか言ってるし(^^;)。そうそう、剣道の防具(特に小手)は凄い臭気だよねえ。有馬はMy防具だろうから臭いっつっても自分のだからまだいいけど、高校の剣道の授業ってほんっとにやだったね。1時間やると、もうその日1日は臭気とれないからね。バイクのグローブとか(ボクシングのグローブもそうらしい)、丸洗い出来ないので、染み込んだ汗が腐敗してあの臭気になるらしいです。だから、「腐臭」ってのは正解なんだけどね。彼氏に言う言葉じゃないよね(^^;)。
雪野、有馬とタンデムで自転車に乗ってこぎ出して一声、「初号機、行きまーっっす!!!」。あははは。ついに出たかエヴァネタ。ただ、コアな人には、「初号機、リフトオフ!」とかのほうがやはりしっくりくるか?でもマニアじゃない雪野には、「初号機、行きまーす!」って方がふさわしいか。いや、かえってマニアックかもしれんなー。どうだろう。
ここの下り、アニメになるんでしょうか?(今の消化ペースで行けば追いつくけど、そのつもりなのかどうか・・・)アニメになるとしたら、どうアニメ化するんでしょうか(^^;)?(うーん、アニメにならないからこそ、こーゆーロコツな遊びをしたという解釈も可能だけど・・・)
有馬、自転車後席で足を地面にすって、一生懸命漕いでる宮沢を密かに邪魔する。こんなにお茶目な有馬は初めて見た。ま、こういうじゃれ合いってほほえましくて良い(現実に見せられるとちょっとイヤになることが多いが・・・)。
で、ここ数回ヘンだった有馬は復調。前回・前々回の有馬の描写はこれでは到底終わりそうにない「ただ事でなさ」を感じていたのだが・・・。それとも前回のラストは、タダの「引き」だったのか・・・?
今回は、有馬の代わりに、つばさの様子がおかしい。雪野が抱きついたりしてかまっても、例の「シャーッ」ってひっかきワザを出さず、落ち着いた表情。りかによれば「キゲンがいいのね」(何かこの辺の扱いが動物扱いで可笑しいんだけど)ということだが、一馬ちゃん(芝姫家の中ではちゃん付で呼び合ってるのかな?)とタイタニックメインテーマ「My heart will go on」をおぼえっこしたって辺り、つばさラヴな人には気になるところではないでしょうか。
うーむ、結構内容濃い。今後の展開の伏線が一杯張られている感じで。でもこの内容でもおそらくテレビアニメではAパートで終わり(まあOPはなくなるかもだけど)。アニメのペースの速さをつくづく感じる。
芝姫のこのエピソードは重視しているようで、消化スピードが最近のペースの1/2倍速モードにダウン。丁寧に描こうとする意図が見える。OPは当然アリ、PLAYBACKは約2分30秒にも達するロングバージョン。しかも、花野月野のしゃべりとはほとんど無関係に(主に第11話からの)バンク映像が延々と流れるスペシャル版(?)。何か、飛んじゃってる感じがするなあ。
作画的には、今回は前回とはうって代わり、省力モードか?
特に目立つのは、写真から取り込んだモノクロ画像の使用だ。これは、「カレカノ」以外の庵野作品では、エヴァ第25話(テレビシリーズ)等でおなじみの手法である(押井守作品ではさらに遡れるが)。ただし、今回は、インナーワールドの表現ではなく、あくまで通常のドラマの背景として使用。夜の町の表現としてはハマっている部分もあったが、やはり全体としてみると違和感の方が大きい。まあ、それを承知でやらざるを得なかった面もあるのだろうが。また、背景としてだけではなく、通常ならセルに描き起こすような小道具の類(湯飲みなど)まで、写真から取り込んでいるが、これはさすがに違和感がありすぎる。
1分10秒のワンカットUNO。これはただの手抜きともとれるが、凄く面白いと思う。簡単なルールで誰でもすぐに分かるゲームで、それぞれのキャラクターの持ち味をある程度プレイに取り込んで見せる工夫もあり、しかも宮沢家の団欒手段として見せることにより、つばさ(と有馬)の孤独を浮き彫りにする効果まで得ている。さすが鶴巻和哉というしかあるまい。残る問題はUNOという商品が果たしてスポンサー的にOKだったのかどうかだが、放映された以上は問題なかったんだろうな。
芝姫父が単なる時代劇オタクに・・・(^^;)。大江戸捜査網、江戸の牙ってテレ東かな?
尚、今回は絵コンテ・作画監督・演出を鶴巻和哉氏が一人で担当するヘビーワークな回であった。ペース1/2の省力モードではあったが、十分に面白い。特に今回のUNOを見て、ちょっとオリジナル編ではさらにとんでもないことをやらかしてくれるかもしれないと期待してしまっているんだが、さて、どうだろうか?
Aパート、間歇的フルアニメ。ああ、何かヘン。止め絵→フルアニメ→止め絵→・・・っていう、このシリーズでは今までないパターン。っていうか、こういうのあまり見たことないです。国産のアニメでは、使うとしても(使うヨユーがあるとしても)、演出上特に強調したい部分にフルアニメは取っておくみたいなところがあると思うんだけど、何気ない日常の立ち居振る舞いにまでフルアニメかあ。有馬が起きあがって伸びをするところ、「あ、有馬おはよう」と挨拶する雪野、有馬を上目遣いで見る芝姫、芝生に置かれる雪野の手・・・。停止→全開→停止→・・・みたいなぎくしゃくした印象で、手間はかかってるんだろうけど違和感あるなあ。こっちがリミテッドアニメにどっぷり浸かりきってるせいもあるんだろうけどね(いやまあ全体としては相変わらずリミテッドなんだけどさ)。ただ、その効果はともかくとして、こういうことを試みたチャレンジ精神自体は評価するべきだろうね。
雪野「まあかわいいどうしたの?」この絵はすげえですね。何かカレカノじゃないです。もろエロゲーって感じっすね(^^;)。
それを見た有馬「いらつく・・・復讐か?」。全体的に有馬の顔の崩し方が原作と比べて強調されていて、なるほど、少女漫画ではここまでは崩せないかもなあと思った。
インターハイが長野から京都になっているのは?今年のインターハイは京都だったのか?
しかし相変わらずフィルムの傷が目立つなあ。全体的に色調が白いせいもあるんだろうけど・・・。
Bパート、Act11.5、椿、いきなり真秀にかかと落としに回し蹴りっすか・・・?まっとうじゃあないよね、確かに。
そうそう、たばこはダメ!よ。俺ももうすぐ禁煙1年だけど、やめるのってホントにキツイから。
「妖怪人間ベム」や「トトロ」への言及自体は原作通りだが、歌が雪野と椿のフリ付き歌詞付きで長くなってたり(1コーラス歌いきるし)、トトロ、コトトロ、メイ(?)そのものが出てきたり、言及がめちゃくちゃ強力にされた印象。うーむ、FUSOのトラックやEBISUビールはダメでも、こういう言及はアリっすか?>テレビ東京。
過去の記憶検索中。遊んでますね。カヲル君にシンちゃんミサトに綾波。庵野監督らしき人も。この後、りかちゃん、なぜかのーてんきにモーフするし。
第11話全体から目立ったのはインナーワールドの描写。Aパートで一学期を有馬視点でふりかえるとこと、あさぴんの「美しい俺の肉を・・・」の下りと、Bパートでの雪野の反省。いずれも納得できるイメージで良かったと思う。ただ、雪野が友達と交わることを明示した最後のイメージはちょっと疑問があるけど。「他人と一緒なのが友達」っていう感じがしてちょっとね。
でもまあ、今週は見所たくさん。て感じでした。
今更だけど消化ペースについて。原作の1話分をAパート・Bパートの10分強で消化するペースなんだなー。月イチの連載を週2で追いかけているわけで、あっという間なわけだ(原作比8倍速)。
逆ペリーローダンペース(本国ドイツで週刊ペースで出ているのを2月に1かそこらで翻訳して追いかけている。このペースでは未来永劫追いつかない)とでも言うべきか。で、今週はやはり、対真秀戦でAパート、対芝姫戦でBパートという構成。またもや今週はOPなし。PLAYBACKもなし。
雪野「怒らせたわねこの私をひっひっひ」って辺り、少年まんがライクなタッチだった原作とは異なるアニメらしいタッチに。ちと原作のあのタッチが気に入ってたので残念。
ただし、雪野激怒のシークエンスは全体的にアニメらしい演出が効いていて面白かった。雪野が怒りを秘めつつ芝姫を走って追いかけるときのサイボーグみたいな無機質な走りとか(第2話の有馬との追いかけっこと比べると面白いかもね)、芝姫に投げ当てて帰ってきたスリッパを足でダイレクトにキャッチするとことか、ジャンプして着地した後量産型エヴァみたいに立ち上がるとことか、3階?からダイブして着地に成功して呆然とする芝姫に「体育10」ってテロップを出して、芝姫が「そーゆー問題かあ!?」とつっこむとことか。若干間尺が合ってないようなところもあったけど、全体的に動きのタイミングとかカット割りとか面白いと思う。ゴミ箱蹴るところなんかも良かった。アニメーションらしい面白さが良く出ていた。
ただ、こういうドタバタ調になったときに、台詞が聞き取りにくいのはどうだろうか。今回は雪野の台詞がイマイチ聞き取りにくいような気がする。こういうスラップスティック調な展開の時にかかる例のBGMの音量が大きすぎるのかな。
それと芝姫の声には早くも慣れてきた。慣れたっていうか、上手さ下手さ以前に、声質が非常に不思議だなあと感じる。幼いような老成したようなどちらとも言えないような、年齢不詳な声で。実年齢と外観がアンバランスな芝姫には合っている声なのかも知れない。
PLAYBACK画面に笑う。ネルフの意味のねえ(ハッタリだけの)モニター画面を思い出してしまったよ。
真秀の声、良いです。第一声からはまりすぎ。そうそうこの声だよねえ。
一方、芝姫の声。・・・う。ちょっと絶句。こおろぎさとみの声を低くしたような声質か。もっと甲高い声をイメージしていたので意外だ。うーん、今ひとつ芝姫らしい「やかましさ」っていうか「騒がしさ」「子どもっぽさ」が出てないなあ・・・。こんな
疲れたよーな声じゃないと思うんだが。うーむむ・・・。でも何か慣れたらこれはこれで良いのかも。
第10話は、多分、Aパートで対真秀戦、Bパートで対芝姫戦になることでしょう。雪野、
ミリタリーパワー!。
1ページ目1コマ目。何だこの雪野の顔は・・・っていうか、最初何かわかんなかったよ。別の漫画(乱丁)かと思った(^^;)。
まほ「いやだ、そんな学園まんがみたいなのは」って、学園まんがだって(^^;)。
「・・・んだよ〜 わたしがやろうっていったらやれやぁ〜」。雪野、どんどんガラ悪くなってんな。
演劇に、川島先生も引きずり込まれる。「権力っっ!!権力を持っているわ。ひっひひひひっっ・・・。まかせて〜。こーれーで予算をガンガンむしり取ってきてあげるわぁ〜」って、学年主任とは言え、一介の教師に、そんな「権力」ってあるもんなんだろうか。っつーか、自治の盛んな学校であればあるほど、そういう面で教師の介在する余地って少なくなりそうだが・・・。
なるほど、花野が亜弥のファンか。ありそうなこととはいえ、そこまでは予想してなかったぜ。やられた。
芝居をする雪野を撮るために、秋葉原にビデオカメラ買いに行こうとはしゃぐ宮沢親父。「っポイ!」の1巻でもあったのだが、「アキハバラ」って片仮名で書かれると少し「ドキッ」とするのは、明らかに「アキバ組」の影響だな〜。「秋葉原」って書いて欲しい。
それにしても、ありまだありまっ。おかしいよ、ありま。どうかしちゃってるよ。今回だけで、3度もミョーな不可解な表情を見せている。しかも、3度目は意味深な、あさぴんと背中合わせになり、あさぴんに少しもたれかかるありまの見開き。何だ、一体なんだというんだ。すっきりしないぞ。そしてここで来月に続くか。ああ、なんか、アニメのほーでは盛り上げとかそういうの考慮せずサクサク消化しちゃってるのがウソみたいな、いかにもドラマっぽい展開よのう・・・。ほほ。
今回はOP復活。
Aパート、テンション割と高く、好感。しっかし、
アニソン12時間カラオケってそんなことフツーの高校生はしねえっての(^^;)。
有馬の部屋に乱雑に置かれた本。「坂の上の雲」ってのが
おやじ殺しって感じ(「プレジデント」だったかで中高年に最も人気のある司馬作品がこれだったと紹介されてたような。ワタクシも好きですが)。うん?雪野の「司馬先生」の「司馬」のアクセントの位置が少し変?シじゃなくてバでしょう、アクセントの位置は。あれ、違う?
Bパート、予想通り、有馬のエピソード。しかし、有馬と宮沢以外のキャラクターには、一貫して色すら付かない。あんだけ動きまわってるから、手抜きってワケじゃなくて、やはり演出なんだろうが、あからさまというか、やりすぎって感じがしてしまうなあ。
さくらの花びらの散る様子が妙に立体的で印象的だ。いいですな。
動画タップに動画が置かれる有馬の心理描写は少し楽屋ネタって感じもする(し、
「いいこでいたいの」とか別の台詞がかぶさってきそうだ)が、面白い。
8.0、0.5とも、作画的に良く動いた回であった。
が、妙に宮沢のスカートに視点が行くのが気になるなあ。これ、何か意図があるの?
OPまたなくなる。しっかし、OPやっとやったかと思ったら、またなくなるってのもねえ。諸般の事情って辺りに、所得隠しの件を思い浮かべてしまうが、単純に詰め込みすぎたって辺りか。
AパートBパートCパートの3部構成。
このエピソードをこのスピードで消尽してしまうのは少し意外。オーソドックスな手法を取るとしたら、やはり原作通り、親呼び出し前と後で区切るべき・・・であったろう。時間を延ばせない筈はない、
そのための花野月野だ。いわゆるドラマ的な盛り上げとかには無関心なんだろうか。何か凄く勿体ないような気がするのだが・・・。まあ、精神衛生上には良いかも。あるいは、よほどオリジナルに自信あって早く突入したい?
EDは、メカでやっている時もあるのは間違いないことが分かった(ラジコンにデジカメをくくりつけ?)。
次回はありまの家でチューするエピソードと、多分宮沢正体ばれ以前のありまの片思いのエピソードの2本でしょうな。
OPものすごくデジタル。だが、冒頭での歌詞との合わせ方とか、プロの仕事を感じるね。このくらいはやらないとなあ・・・。
この冒頭部分の映像は、原作からのカットを多用しているが、連載で最近出てきた十波とかLaLa最新号(98/12)の連載をモチーフにしたカット使ったりしている。最低、ここまではやるってことなんだろうな。原作分を消化しきってからオリジナルを続けるのか、どこか中間で入れてくるか分からないけど。
OPは当然庵野でしょうとか思っていたが、OP演出は安藤健ってガイナの若手であった。庵野コントロールがどこまで効いているのか分からないが、なかなか良いぞ。
それと、やはりこのOPは芝姫に触れないわけにはいくまい。いいなあ、芝姫。飛翔するキャラクターたちのところで、遠ざかっていくのと同期して等身が低くなるのは芝姫だけ。芝姫って「美少女」の筈なんだが・・・。おかしい。暴れ続ける椿もらしくて良いが。
全体的に爽やかな印象。いいOPだと思う。
第6話について。作画毎数的には紙芝居以外の何者でもなかったけど、まあ、いいんじゃないでしょうか。内容的にも、同じ紙芝居でも、最近の「ロスユ」4話とか「アキバ組」17話とかとはワケが違ってたし(比べるなって?(^^;)。「原作に色と音つけてみました」みたいな開き直りのよーな感じもしたけど、まあ、もとからこの原作のエピソード自体が好きなので、これはこれで「全然オッケー」。ただ、別のエピソードでこれをやられると辛いかも。
それと、ワタクシはこれはテレビシリーズ作成の際のペース配分が出来てきたってことじゃないかと受け取っている。「ナディア」しかり「エヴァ」しかり、庵野秀明のテレビシリーズって、冒頭から全力で飛ばして、飛ばし続けた挙げ句シリーズがかなり進んだ段階(2クール前後)になって突然大破綻するってのが通例みたいになってるので、それが改まったのでは、と。「カレカノ」も全開スタート−いやホント、第1話って第6話と比べると作画枚数は何倍ってオーダーの比較になるよなあ−ってのは同じだったけど、比較的早い段階でこういう回が出てきたって事は、シリーズ全体の「クオリティの平準化」ってなことを念頭に置いてペース配分しているのかなと思ったりするのだ。ちょっと楽観的すぎかな?(^^;)←GaZO読んだら、これは楽観的すぎることが分かりました・・・。あんまりそんな余裕はなさそう。
久々に冬月先生の御声を聞く。懐かしいなあ・・・。
それと、何か、榎本嬢の雪野に慣れてきたぞ。特に、等身が縮んだ時のコミカルな雪野の口調がよろしい。ただシリアスなときが少しまだ辛いか。
Aパート、有馬とあさぴんの会話で、「宮沢に合ったぜ」という誤字が。うーむ、こりゃかなりヨユーなさそうっすね・・・。
ED、「学校」という縛りをかけていたのかと思ったが、何でもアリだったのね(^^;)。最初海かと思ったが、最後に橋が出てきたので、川とわかる。職場の同僚が今年の夏に四万十川でカヌーで川くだりをして、そのときの写真を見せてもらったが、EDの最後で出てきたような橋(橋の両側に柵がないタイプの簡易型橋)がかかっていた。だからEDの川が四万十川、とは即断できないけどね。広角(っていうか魚眼)でとっているから川幅がすごく強調されているけど、それにしても川幅がかなりありそうだったしなあ・・・。川幅が広い下流であんな橋しかない川っていうと、かなりレアっぽい感じもするのだけど、どこだろう、少し気になる。
冒頭の2ページのモノローグが何だかえらく唐突なのが気になる。大体誰のモノローグなの?
宮沢、いきなり十波と雲行き怪しくなって(「ころす」「やってみろやあ」ってなあ・・・)、すわ、戦闘か?と思ったら、あっさり仲良しになっちゃって少し拍子抜け。演劇の話はあと2、3回は続きそう。
初めて内容が明かされた文系硬派・亜弥の手になるシナリオ(タイトルは「鋼の」何?雫?)には、ちょいとP・K・ディックを連想しました。ちょびっとね。うーんでもレポート用紙に手書きか・・・。亜弥ちゃんには、プロなんだから今後は道具に気を使えよー、と言っておこう(なんちて)。
「勉強の出来ない人間は取り柄をのばすしかないのよ」って亜弥の台詞は、作者の心情が入ってる?でも、亜弥みたいなコはやれば勉強も出来るはずだと思うけどね。
たまたま「モンテ・クリスト伯」(岩波文庫版)を読みかけ(自分内古典キャンペーン開催中、まだあと5巻もあるよ・・・)だったので、ちょっと言及があってタイムリーで驚く。エドモン!エドモン・ダンテス!!
今回の宮沢の台詞「あなたも二流の素材を努力で磨き上げて一流にしている人間なのね・・・」。うーむ、この期に及んでまーだ「一流・二流」なんていう相対的でしかない価値基準に拘泥するかこの女は、とか少し思うが、まあギャグだろうねこれは。結局自分で自分が一流だと言っているあたりとか特に(^^;)。
それと、有馬の様子が時々おかしいのは気になる。宮沢に頭抱きかかえられて解消するよーな程度のもんではなさそうだなー。
今後、亜弥脚本の劇中劇が、本編とどう絡んでくるのかな?椿と十波の関係にか。有馬と宮沢の関係にか?少し楽しみ。あさぴんのショウもね(^^;)。
箇条書きで行ってみようか。
OPはまだかあ!(ま、来週からだね多分。)
サリンジャーの「ライ麦畑」、装丁で分かるとしたらかなりの通かも(ハードカバーってあるの?みすず書房−だったかと−のソフトタイプの奴しか知らない)。「ダディ」ってのは、ちょっとちょっともう古いかも(^^;)。あっでも待てよ、今年の5月とかの話っていう設定なのかな?だとしたら時期的に合っている?
告白作戦。ビミョーな台詞まわしだが、雪野の「告白をするんである」っていうへんな断定口調が気に入っていたので変更されていたのは残念。でも、黒板での図解で、「封鎖」ってのは面白かった。
駅での「いわなくてはいわなくてはいわなくては・・・」口調といいテンポといい、シンちゃんの「にげちゃだめだ」リフレインを連想してしまったよ。
原作で気になっていた、南白河中の校舎の配置問題(通常であれば、隣の校舎の教室と教室が直接面することはないはず)が、やはり意識されていたのか、花野と月野の位置関係が、教室(花野)−教室(月野)ではなく、教室(花野)−グラウンド(月野)と修正されていた。しかし、アニメで月野がやったギャグってあんまりよく分からなかったんだけど・・・。
オリジナル部分。うんまあ、雰囲気は壊していないし、これはこれでいいんじゃない?
Bパートアイキャッチ。「自縄自縛」ってのは良かった。笑っちゃったよ。
しかし、あきらかにダメなのは、駅の階段で、雪野がボロボロ泣き出すところ。細かい絵がどうこうって問題じゃなくて、カットも短いし、あれじゃ泣き出したのかどうかはっきり分からない。何かフィルムに傷が入っているようにも見えたし。あそこは、自分の弱さを自覚した雪野が最初に取る重要なリアクションなんだから、もっとじっくり見せるべきだったと思う。原作でももっとダラダラ泣いてるし。
それと、雪野をなだめるときの花野の最初の台詞は違う!あそこは、「まあまあ、そう泣くなよー」って男言葉だから、まるで花野が「頼れる兄貴」っぽくなってて、そこがこの一連の流れではらしくっていいし、かわいいと思うんだが・・・。この辺りのセンスは僕とは相容れないなあ。ワタクシだったら、他は変えてもここは絶対に変えません。
サイケっぽい、重ね合って何が何だか分からんっていう映像が2カ所。一つは文字のスクロールレイヤーをいやってほど重ねた奴。一つは雪野の目の背景として、実写取り込みを加工した奴。いかにも鶴巻和哉ーって感じもするけど、これは良いんじゃないでしょうか。心理描写でこういう映像が出てくることについて、拒絶反応を起こさなければ、だけど。ワタクシはこういう表現もアリって辺り、アニメーションが得た自由の一つと思っております−こういう映像をフツーのテレビドラマで見られるかどうかとか考えるとね−ので、こういうのは、必然性がある限りは、ガシガシ使ってくれても全然オッケーっす。今回の2カットは必然性も高かったし(ある意味原作そのままとも言える)、揺れ動く心理の表現としてはかなり成功していると思う。
委員会で密かに(堂々とか?)手をつなぐ有馬と雪野の二人。原作を忠実に映像化するという点では、これ以上のカット割り、画面構成はちょっと思いつきません。ここは至当、満点、脱帽っす。
エンディングの「夢の中へ」。ここで初めて榎本温子&鈴木千尋のハーモニーが登場って辺り、まあベタっていやあベタだけど、実に心ニクい演出、と思う。映像も面白い。どうもあの動きはメカっぽいけど?摩砂雪が台車押しているって話は?
来週、あさぴん登場ですね。あのくだらない死闘がどうアニメ化されているかが、目下の最大関心事項(^^;)。でも、他1本って・・・何?
下のはちょっとマジメに書いたけど、これはダラダラ系です。このページは、玉石混合で行きまーす(開き直り)。
原作の2巻がどっかに行ってしまってて読めない(あ、原作はアニメ化決定の知らせを聞いた当日−3月上旬−に、それまでに出ていた全巻−4巻までだったかな?−そろえた。5巻・6巻はリアルタイムで−発売とほぼ同時に−入手。最近はとうとうLaLaを購読しだした)。実は原作の中では、今のところ、2巻がもっとも好き。一番読んでて楽しいっていうか、おかしいっていうか、多様で飽きないっていうか、密度が濃くってお得っていうか(^^;)。これ以降の巻は、大胆な大ゴマを多用してたりしてて展開が全体的に緩やかで、キライではないしこれはこれで読ませるんだけど、密度そのものは薄くなっている感じがする。
2巻で特に好きな点は、
花野の賢い分析2回とか
体育祭での忙殺シーンとか
あさぴんとの死闘とか
デートしまくりでのシンメトリーな構成とか
「全然OK!雨でも風でも大丈夫!!」ってキメ台詞とか
片思い時代の有馬とか
ってこう書くと、2巻のエピソードは全部好きってことじゃねえか>俺(^^;)。いや、まあそのくらい好きなわけ。
で、凄く読みたいんだけど、どうも変なところに迷いこんじゃったらしく、かなり探したんだけど2巻だけ出てこない。該当話のアニメ放映も迫ってて、放映前に確認しておきたい(第4話はLaLaスペで読めるけど)ということで、買い直そうと決意(決意なんて大げさだけど、タダでさえ本で埋まりそうになってるのに、この上同じ本を2回も買うのは心理的にわりと抵抗が大きいのだ)。で、書店を数店回ってみるが、ない!ない!!どこにも、最新刊の第6巻以外は、1冊もねえっすよ〜兄貴〜(T_T)。あんなに積んであったのはどこに行ったんだあ?しっかし、凄いねえ、やはりアニメ放映開始の影響は、と思う。
5、6店回って、ようやく、2巻、3巻、4巻辺りが1冊ずつひっそりと置いてあるのを見つけ、購入。やれやれ。Webでも、原作がどこにもなくて続きが読めないというような苦情(?)があちこちで散見される。放映されている地域では、どこでも事情は似たようなもんらしい。増刷ドライブ(当然かなり増刷してると思うんだよね)の効果がまだ出てない?
んで、読み直す。やはり面白いなー。しばし至福の時。満足。
戦え!ゆきのん
最近出た原作6巻に、宮沢に対して呆れて、「・・・なんでそうたたかい好きなんだ」と有馬が嘆息する場面がある。この台詞を読んで、思ったことが少しあるので、以下に書いてみる。
有馬が嘆くのももっともであり、宮沢雪野は戦う女子高生である。特に第4巻まではこの傾向が非常に著しく、有馬との恋愛描写を除けば、残るのは武勲輝く宮沢の戦闘記録といっても差し支えないだろう。そのくらい戦いの描写が多い。具体的に見ていこう。
最初の敵は、言うまでもなく、有馬である。努力の末、テストでトップをもぎ取り有馬に勝利した後、秘密バレ、有馬の下僕化、和解、友人、彼氏彼女関係と発展するが、そのさ中にも、有馬を殴打して諭したり、告白の際には、自分の勇気のなさ、弱さとの戦いを自覚したり、年頃の女の子らしくない戦闘的な(?)調子が目立つ。
2番目の敵は浅葉だ。有馬を巻き込み浅葉メリーランド建設の野望を抱くあさぴんから挑発された宮沢は怒髪天を突き、あさぴんと激闘を繰り広げ、勝利する(蛇足だが、この激闘の描写はくだらなくて最高に好き。特にあさぴんが買ったコップで出てくる氷入りのジュース飲料を横から強奪して飲んじゃうとこは、「ごっふごっふ」と音をたて(擬音もおかしい)一気に飲み干してふてぶてしく空きカップを捨てる雪野、あまりのことに呆然とするあさぴんがおかしくて、何度読んでも爆笑する。アニメ化が非常に楽しみなシークエンスである)。
3番目は無理解な学校と、有馬との交際に関して、正面から対決。両親呼び出しという目に遭うが、意外な宮沢父の援護射撃の効果があり、今度も勝利する。
その次は、伊沢真秀のクラス女子全員を巻き込んだ無視攻撃 及び 芝姫つばさの単身体当たり攻撃という二重攻撃。しかし、結局、これを両者とも各個撃破して退ける・・・。
こう書いていくと、少女漫画としては、やや異色な展開であると感じないだろうか?(別に少女漫画に詳しくなくても、何となく抱いているイメージから判断しても)
敵登場→戦闘→勝利→敵を仲間化→より強大な敵登場→戦闘→・・・という、むしろ少年漫画ライクですらある、「戦いのインフレーションパターン」を見て取ることは出来ないだろうか?
また、2巻で明らかになる、有馬が実は(有馬に対して密かに戦闘を継続していた時の)宮沢に片思いしていた、というのも非常に重要なモチーフであるように思われる。宮沢が戦っているのに、有馬は恋しているのである。このすれ違い。戦い=男性性、恋愛=女性性というステレオタイプの反転。
そう、そのスタイルや絵柄こそ少女漫画の作法に則っているが、ストーリーや視点は「カレカノ」は異端なのだ。また、この異端さが、男性読者をも惹きつける一般性の源泉であるとも考えられる。その意味で、この作品を「典型的な少女漫画」と見ることはできないと思う。
なお、この少年漫画的展開という点に関しては、作者津田雅美が単行本の柱コーナーで「漫画に関する自分の視点が男」と繰り返し言っていたり、好きなアニメが「ちばあきおの『キャプテン』」と言ったりしている(LaLa臨時増刊カレカノspecial p.188、筆談による作者インタビュー)のは、注目してもよいかも知れない。また、本編でも、「ACT9 カミナリ鳴って(2)」の見開きイメージページ(原作第3巻p.38-39)を見ると、作者自身かなり自覚的だったことがうかがえる。
ただし、現在はこの宮沢のたたかいという点での展開は休止している。芝姫つばさの家庭問題や、宮沢両親のエピソード、有馬との蜜月(?)、LaLa本誌では十波という新キャラクターの登場や文化祭の演劇問題という描写が続いており、宮沢の戦闘描写は陰を潜めている。強敵を撃破する宮沢雪野の勇姿を見たい人にはやや残念な展開だろうか(^^;)。
今後もし戦闘があるとすれば、既に学校の中の戦闘はあらかた終結したと思われるので、今後は、戦闘が学校外に出るという展開が考えられる。次に(もしかすると最後に)、宮沢が撃破すべき相手として立ちはだかる可能性が高いと考えられるのは、有馬に対して冷淡というか陰湿ですらある、有馬の父方の親戚ではないだろうか、と現時点では考えてしまうのだが、さてどうだろうか(あの小憎らしいガキどもを、雪野がコテンパンにやっつけてしまうなんて、考えるだけでも痛快だが・・・)。