大きな物から小さな物まで、世の中の大抵の物には穴が開いている。そして穴の多くはそこに落ちたり嵌まったりする者を待ち構えているのである。道に開いているマンホールも、白鳥座方面にあるブラックホールも、縫い針に開いた糸通し穴も、アリ地獄の穴も、全て人生の落とし穴のように大きく口を開けて待っているのである。何を待っているのかと言えば、当然そこに落ちる愚かな者達をである。自ら掘った墓穴に嵌まり込んで、身動きが取れなくなったりしないようにするにはどうすれば良いのか。それには穴を早期に発見し、安全な位置から注意深く避けて行くようにするしかない。穴というものはいつでも予想より大きく、決して飛び越えることはできないようになっているのである。
オゾン層に開いてしまった穴ですら例外ではない。甘く見ていると取り返しのつかないことになるのは穴の持つ特性なのである。オゾン層のような遠く離れた場所にある穴の存在など気にする必要もなさそうなものであるが、人類存亡の危機となれば、さすがに考える人も出てくる。手遅れにならないうちに何らかの対抗策を打たねばならない、と言うわけである。
オゾン層とはそもそも何なのか。詳しい説明はここでは省くが、要は地球を取り巻く大気の中でオゾンの溜まっている層があるということである。この層は地球上を満遍なく覆っていて、どこの国のどの位置からでも空を見上げればそこにあるのである。ただし、この層は無色透明であるため目には見えない。
そんなありふれたオゾン層ではあるが、ただそこに漂っている特定の気体の層というだけではない。オゾンには紫外線を吸収するという性質があるのである。そのため太陽から放射されている紫外線は、ほとんどがオゾン層によって吸収されることになる。
紫外線と呼ばれる光線は、我々の肌を日焼けさせたり蛍光塗料を光らせたりすることがその仕事の全てではない。よく晴れた日に布団を干すと、日光消毒としてダニを殺すことができる。これも紫外線の働きによる作用である。地球上にいる我々が、布団に付いたダニのように紫外線によって殺されたりしないのは、ひとえにオゾン層が守ってくれているからなのである。
人類は近代になって気体を化学として扱うようになったことは誰もが知るところである。スプレー缶や冷蔵庫に使われ、その後オゾン層を破壊することが判明して悪者扱いされたフロンも、近代化学技術と努力と血と汗の結晶として作られた物質なのである。何のためにこんな物を作ったのかと思う人もいるかも知れないが、問題になるほど多く使われるだけあって、実際便利な代物なのである。
どのように便利なのか。
まずフロンの特徴として挙げられるのはその安全性であろう。人体を強力な紫外線にさらすことになるフロンのどこが安全なのかというと、化学変化し難いということである。うっかり皮膚にかかってしまっても影響がなく、飲み込んでしまっても大丈夫。しかも他の物質に対しても影響を起こさないため混ぜてもいいし、燃えにくいから子供でも安心して使用でき、製造コストも安価。こんなにも扱い易く、良いことづくめのフロンなのだから使われない方がおかしい。これを最初に考えた人が大儲けしても文句を言う筋合いはないというところである。
しかし好事魔多し、その最大の長所である人体への安全性にこそ最大の欠点が含まれていたのだ。フロンはあまりに化学変化し難いために、大気中にそのまま残ってしまうのである。完全に化学的に作られたフロンは分解されることなく大気中を漂い、いつしかオゾン層にまでたどり着いていたのであった。オゾン層にたどり着くフロンの量は、その使用量と共に増大し、オゾン層が部分的に希薄になってしまうところまで来てしまったのである。これがオゾンホールである。どちらにも罪はないオゾン層とフロンガスは避けようのない正面衝突をするに至ったのであった。
フロン規制が敷かれて既に数年の時が経った今、非規制フロンですら問題になりつつある。影響が大きい小さいの問題ではなく、何か根本的な解決法が早急に必要とされていることは火を見るよりも明らかである。しかしここで求められているのは、危険と考えられるフロンガス全てを使用禁止(製造禁止)とすれば良いといった否定的かつ非現実的な回答ではなく、積極的にフロンの恩恵にもあやかりつつオゾン層の存在を保護する、もしくはこれとほぼ同様の結果をもたらす解決法が必要なのである。
このままではフロンガスとオゾン層はお互いの存在を賭けて対立し、どちらが勝っても嬉しい結果とはならない。ここは大人らしく折れるべきは折れて歩み寄りをすることが必要であろう。しかしそうなると現実的には大自然であるオゾン層は何もせず、立場の弱い新参者のフロンガスが大きな歩み寄りを強いられることになるが、それもまあ止むを得ない。
使い勝手の良いフロンはある意味では究極の気体だったかも知れない。しかし完全ではなかった。フロンはさらに進歩する必要があったのだ。必要に応じて自然に分解されて、大気には影響を及ぼさない等の性質を持つようになるべきなのである。いや、それだけに留まらず、さらなる性能のアップも可能と思われる。では一体今後のフロンにどのような機能が必要なのか。以下に研究開発の指針とすべきいくつかの点を挙げることにする。
第一に目標にすべきは、フロンとオゾン層の親和性を高めることである。例えばフロンガスの構造的内部にオゾン(またはオゾン層のためになる何か)を含有し、オゾン層近くまで来たらそれをオゾン層に対して放出する等といった「手みやげで何とかしてもらう」作戦である。それでもどうしてもだめなのならば、フロンがオゾン層を上手く騙すように鍛えるという手段も考えられる。
次に行なわなければならないのがオゾンホールの修復であろう。ついでにオゾン層自体を新しいフロンによって強化、改良することも考えておいた方が良い。
他に考慮すべきことは、フロンのオゾン層以外への影響である。従来のフロン自体は特に大気汚染をしているわけではなかった。今後のフロンでもその点は継続すべきことは必須だが、さらに進歩したフロンではもっと上の性能が要求されるのではあるまいか。即ち大気の清浄や自然保護育成を支援する働きを持つべきなのではないかということである。地球にやさしいフロンガス。使えば使うほどに環境を良くするフロンガスを目指すべきなのである。
環境に対する対処ばかりではなく、人間や動植物自体にも直接働きかける効果を持つようにすることも当然目的の一つに挙げられよう。「疲れのとれる」フロンガスとか「目の良くなる」フロンガスとか「病気の治る」フロンガス、「やせることのできる」「絶対合格できる」「世界人類が平和になる」「隣の犬が静かになる」「地震が減る」「きれいに見える」「字が上手くなる」等々の効果を含むことができれば完璧であろう。一種類のフロンにその全てを盛り込むことが不可能ならば、多品種のフロンがそれぞれの効果を持つようにすれば良い。機能性フロンガスというわけである。
以上に挙げた目標を達成するのは一朝一夕には無理だろうことは想像に難くない。しかし目標は高く持ち、その全てを達成するまでは目標に向かって突き進むべきである。
まず始めはフロンガスにオゾン層との親和性を持たせることであるのは前述の通りであるが、その具体的な方法としてオゾンとフロンの遺伝子を結合し、両者の性質を合わせ持った合いの子を作ることを勧める。ちなみにその場合に合成される第三の物質名は、誰にでも容易に予測できる=納得できるもので、「フロゾン」と言う。
「フゾロンな林檎たち」。なんちゃって。