…闇と出逢いましたか…

  闇。 漆黒。 様々な名で呼ばれましょう。 けれど意味するものは同じ。 多くの人の命と共に魂を運び去りし者に出逢いましたか…


あの湿った音は 大地に血が染みゆく音
あの乾いた音は 武器打ち合う金属の音
あの鈍い音は 肉引き裂かれる音
あの鋭い音は 苦悶の悲鳴
あらゆる音
…闘いの…

  たどり着いたこの地では、それらは耳に届きもしない。 大地との境に海が砕ける響きも、この身に纏わり付く風の響きも、人の手によることのない大気の揺るぎ。

…金属が微かに擦れる音…

  耳障りな笑い。 耳障りな衣擦れ。 耳障りな呼吸。 耳障りな銃音。 この者が発するありとあらゆる音に比べれば、森の夜に息付く命の音の、夜に沈む森に満ち溢れる音の源…生命と生命との衝突の、なんと妙なる調べであることか。

地を這う虫の仲間を呼ぶ声。
猛禽どもの縄張を告げる声。
夜目効く鳥の獲物求める羽ばたき。
枝を揺らし葉をざわめかす夜風の流れ。
風に乗り運ばれる肉喰らう獣の遠吠え。

  生きよ生きよ、己が生きるが為に他を喰い殺せと…それは醜いが故に美しい生命の叫び。


剣が乱す陽差しは 瞬間に強く白くこの瞳を貫き
あの蒼ざめた顔は 淡い色硝子によりなお色濃く
藍に沈む光は 最後の舞台にて紅へと燃え立ち

  たどり着いたこの地には、目の前にただ碧広がる。 水平線に近しい太陽は、海原と大空との境を消さんと全てを朱に染め。 見つめるこの身もまた、大地と、大空と、大気と、全てと、同じ光の中。 光の後に生まれる影。 影の中より蠢く闇。

  …この目に捕らえるために、太陽は遥か背の彼方…


  夜…地平の彼方に在りながらなおも溢れ出ずる太陽よりの光を、月が精一杯にかき集め、己の輝きに幻想を抱く時。 昼の太陽へは及びも付かぬ虚飾の光はせいぜいに大地を目指す。 空を覆う樹々の葉は月に哀れみを抱き、陽の熱を失い冷えた大地を見捨て海へと向かう風を口実と、ほんの僅か月光の下に大地を譲り渡す。

  白を纏う者が風に預けられし森の哀れみと月の及ばぬ力との揺らぎを受けとめる傍らで、漆黒の闇は不粋にも、月の哀れなまでの健気な努力へも、大地にそびえ立つ木々のささやかなる慈悲へも、一切に目をくれようともせず…強欲になべてのものを飲み込む乾いた音を響かせるばかり。


  打ち合う熱に焦げつく匂いからも、引き裂いた肉と血の匂いからも逃れ、ただ潮の香りに安堵する絶海の孤島。 平穏なる孤独。 穏やかな呼吸を促す風に紛れ、後を追うかのように忍び寄る不粋な硝煙の匂い。

  持ち手崩れゆく刃の切っ先の、闇を一文字に引き裂くのを見届けたは何時のこと。 それが人の形を得ゆくには一体如何程の時を必要とするのか。 何時人の形の崩れ落ちるやとばかりに漆黒のほころぶ境より、こぼれ落ちゆく…赤。 全てを置いて目に飛び込むは、面を縁取る朱の模様。 意味するものは定かではなく、ただ漂う暗示の気配。

闇が命喰うものであると、物言わぬ侭に両手に握られた金属の塊に依り語りかけ。
闇が魂喰うものであると、言葉でなく朱の模様の下に引きつる笑みにて語りかけ。

…けれど光の背後に染みいでてまで求めるものは、哀れにも既にこの手の中…


  御覧になりましたか。 膝を折り、かたく眼を閉ざし、己の力及ばぬことを口惜しむ姿。 それが戦士の姿であるならば、闘いの場に身を置く者にはいずれ逢いまみえることもありましょう。 闇を闇でなく人とするは、すなわち力。 強大なる力が闇を呼び寄せ人の形を作り出し、その力にて打ち負かさば人の形は人と成り、戦士の姿に具現しましょう。

  そして…お忘れなく。 出逢うが為には勝者と成らねばならぬことを。 勝者とならば出逢わねばならぬことを。


...Terribilis est locus iste...

第二夜 第四夜 夜想曲 音楽院