「……なぁ、隊長。ここの店名の由来、聞きたくないかい?」
「て、店名……?」
唐突に、カンナがそう切り出した。
ここは、確か……。
「『魅溜酌』館ですわ、少尉」
「あ、ああ。なんだか、珍しい名前だね……」
「それほどでもありませーん。milkは、英語で『牛乳』のことでーす」
「あ、ああそうか……」
「でさ。なんで魅溜酌館っていうかっつーと……」
「え?」
意味ありげな笑みを浮かべるカンナ。
「そう大したことじゃありません。ただ、ここでは『ミルクティー』しかお出ししない、というだけです」
マリアが取り成す。
大神は、軽く安堵のため息をついた。
「な、なんだ……そうか。じゃあ、一杯もらおうか……な?」
言っている途中に、女性たちの表情が変化してきたので、大神の言葉は最後は疑問形になっていた。
「いいぜぇ。ここは喫茶店だから……な、アイリス」
「そうだよぉ。ここは、『喫茶店』だもん、キャハッ!」
「で、何をご注文になりますか?」
無邪気に笑うアイリス。
そうするうちに、3人娘の一人、かすみがメニューを持ってきた。
「あ、ああ……」
なにやら釈然としないものを感じつつ、大神はメニューを開いた。
(俺のために作ったとか言ってたけど、ここまでする必要、あるのかな……)
メニューにざっと目を通すと、なるほど、全てミルクティーのようだ。
自分ひとりのために、なぜこんなに色々とメニューがあるのか、いまいち理解に苦しむが、やがて大神は一つ決めた。
「そうだなぁ……。じゃあ、フルーティなところで、この『チェリー・ミルクティ』っていうのをもらおうかな、珍しいし」
ざわ……。
その瞬間、突然全員がざわめいた。
中でも、さくらが一番動揺しているようだった。
「な、何かまずかった……かな」
「い、いいえ」
「かしこまりました。『チェリー・ミルクティ』ですね?」
さくらが念を押す。
「あ、ああ……そうだけど」
「すぐにお持ちしますので、お席の方でお待ちください」
「う、うん」
硬い表情で、張りついたような笑みを浮かべるさくら。
さくらが厨房の方へ引き上げるのと同時に、彼を取り囲んでいた女性たちも、奥へ引っ込んでいく。
その途上、紅蘭がさくらに、
「一番手やな、さくらはん」
と声をかけていたが、一体あれはどういう意味なのだろう。
顔中を疑問符にしながら、大神は急に静かになった席に、ひとり取り残された。
「何か……変なことになってきたな」
そう思ったが、せっかくのみんなの心遣いを無にしてはいけないと、大神は腰を落ち着けて待つことにした。
……内心、何かを期待するところが皆無だったとは言えないが。
待つ。
暫し待つ……。
「……お待たせしました」
やがて、さくらがトレイにティーポットやティーカップを載せて戻ってきた。
「あれ……」
思わず疑問の声を上げる大神。
なぜなら、さくらは先ほどの「ゆにふぉむ」を着替え、いつもの薄桃色の羽織に緋色の袴という格好に着替えてきたからだ。
「(わざわざ、着替えるために戻ったのかな……?)」
そんなことを考えているうちに、さくらは少しぎこちない手つきで、ティーポットから紅茶を注いだ。
これはセイロンだろうか、素晴らしい紅茶の香気が、大神の鼻腔をくすぐった。
しかし、さくらは紅茶を注ぎ終えると、トレイを置いてしまった。
「あれ……?」
「それでは、失礼します」
見たところ、完全に普通の紅茶だ。
確か『チェリー・ミルクティー』という珍しい名前のお茶を注文したはずだけれど。
茶葉に桜の葉を混ぜているのかとも思ったが、そんな香気はしない。だいいち、このままではストレート・ティーだ。
おかしいな、と思いつつ大神はさくらに質問しようと顔を上げた。
すると。
「さくらく……んんんんんんんんんんんんんんっっっ!!???」
その時、大神の視界に飛び込んできたのは、さくらのはだけられた羽織から覗く、純白の雪のように白い乳房だった。
さくらは、片手で羽織の胸元をはだけ、その形の良い胸を、空いている方の手で、大神に差し出すようにしている。
わずかに逸らされた目許はすっかり上気し、漆黒の瞳もかすかに潤んでいる。
またしても、口をぱくぱくと開閉するだけになってしまった大神に、さくらは恥ずかしそうに消え入るような声で言った。
「どうぞ……。当店の特製ミルクです」
「みみみみみみみみみみみみ………」
大神はほとんど廃人と化している。
あのさくらくんが、目の前に、ち、乳房を差し出して……。
特製ミルクですって……な、なんなんだ、それはっっっ!!??
そうだっ、これは夢だ!
夢に違いない!
俺は、悪い夢を見ているんだ、大神一郎!
必死で理性を保つ、というより現実を見失わないように、上気演算機も顔負けのスピードで思考を巡らす大神。
しかし、さくらの真っ白い乳房の頂きに、慎ましやかに佇む蕾から、白いミルクが、ぴゅ……と溢れ出した瞬間。
大神の意識は、ヒューズが切れたかのように、確かに飛んだ。
「あ、あ、あ、あ、あ………」
な、何故だ?!
何故、子供もいない未婚の女性の乳房から、ぼ、ぼ、母乳がっ!!!???
大神の意識がスパークする。
「さ、さ、さ、さくらくんっ!!??そ、そ、それ、それ、それ……」
「あ……これですか」
さくらは顔中を真っ赤にしながら、可憐にうつむいた。
「それは、ウチが説明したるでぇ!」
その時、どこにいたのか呼ばれもしないのに紅蘭が現れた。
「こ、紅蘭……」
「これこそ、ウチの開発した大発明や!」
会心の笑みを浮かべながら、紅蘭は懐から小瓶を取り出した。
「この薬を飲めば、子供のいない女性でも、即座に母乳を出すことができるようになるんや。しかも身体には完全無害、副作用もあらへん。まさに完璧や!」
「あ、あ、あ、あ、あ、、、、、、、、、」
開いた口が塞がらない、という言葉はまさにこういう時のためにあるのだろう。
「そうじゃなくてっ!な、なんだって、そんなものを作ったんだ、紅蘭!!」
「なんでて……そんなもん、大神はんを喜ばせるために決まっとるやないの」
もう、いややわぁ、と手を振る紅蘭の姿に、大神はもはや怒る気力も使い果たしたように、深々とソファに沈み込んだ。
「ほれほれ、そんなことより。さくらはんが待っとるで。彼女、あのまんまにしとくつもりかいな」
紅蘭の言う通り、さくらは二人の前に乳房を晒したまま、恥ずかしそうに俯いていた。
「大神さん……お気に、召しませんか?」
「あああああああのねぇ、だから、その、あの、ほら……」
「私……大神さんに喜んでもらおうと思って……」
じわっ、とさくらの瞳が潤む。
「あああっ、分かった!分かったから!お、お願いだから泣かないでくれよ、さくらくん」
「ぐすん……はい」
「……どうやらウチはお邪魔なようやね。じゃ、大神はん。ごゆっくり」
気をきかせて、紅蘭が店の奥に引っ込んでいった。
………。
沈黙。
『あの……っ』
同時に言葉を発して、同時に言葉を途切れさせる二人。
………。
ふたたび沈黙。
先に、その気まずすぎる沈黙を破ったのは、さくらだった。
恥じらいながら、上目遣いで……。
「大神さん……お味見、します?」
「ええっ!?……あ、う、ん……」
またしても叫びそうになった大神だが、途端にさくらの顔が曇りそうになるので、仕方なく(内心どきどきしていたが)頷いた。
大神、男の決心であった。
「そ、それじゃ……どうぞ」
「う、うん……さくらくん、その、あの…本当に、その、いいのかい?」
決意も固く、今度は両方の手で、大神の目の前に右の乳房を差し出していたさくらは、声には出さずに、小さくほんのわずか頷いた。
「じ、じゃあ……」
言ってはみたものの、どうして良いか分からない。
まさか、このままく、口をつけても良いものだろうか。
それに……。
大神は改めて、目の前に差し出された、さくらの可憐な乳房を見つめた。
さくらはその視線に耐えるように、きゅっ、と固く両目を閉じている。
さくらの淡雪のように白い乳房は、まだ実りきる途上にあったが、ツン、と可愛らしく上を向いており、そのまろやかさは他に喩えようもなかった。
肌のキメ細かさも、毛穴がまるで見えないほどである。
その頂には、自ら分泌したミルクに濡れそぼる、さくら色(チェリーピンク)の乳首が、慎ましやかに咲いている。
清楚なさくらの、普段決して見ることのできない膨らみを、自ら差し出しているという光景は、ひどく官能的で、彼女のミルクの発する甘い匂いと共に、次第に大神の思考を麻痺させていった。
大神は、乾ききった喉を湿らすため、唾を飲み込んだが、その音がやけに大きく響いた。
そっ……
「っきゃ……!」
「ご、ごめん……」
無意識のうちに伸ばされた大神の手が、さくらの膨らみに触れ、ポニーテールの少女は小さな悲鳴を上げた。
それに驚いて、大神はさっ、と腕を引く。
「い、いえ……。あの、敏感になってるから……優しく、お願いします」
はしたない声を上げてしまったのが恥ずかしいのか、消え入りそうな声でそれだけ言うと、さくらは再び目を閉じた。
「う、うん……こ、このくらいかな」
今度は細心の注意を払って、大神は水鳥の羽のように軽く、さくらの乳房に触れた。
指先が触れた瞬間、さくらの身体がぴくり、と震えるが、今度は声を上げなかった。
「……柔らかい、よ。さくらくん」
「やだ……恥ずかしい……」
二人とも、声が上ずっていた。
大神は、その丸みに沿って軽く手のひらを滑らせると、下から持ち上げるように捧げ持った。
さくらは、自分の手をはなす。
かすかな重みが、大神の手のひらに加わった。
「そ、それじゃ……」
「はい……どうぞ」
大神は高鳴る心臓を押さえながら、その甘い香りに引き寄せられるように、その頂に口付けた。
ちゅ……。
「(ぁ……んっ……)」
「ん……」
さくらの声にならないうめきが漏れる。
同時に、大神の口内に甘い香りがさらに増した。
柔らかい……。
言いようのない昂ぶりを感じながら、大神はさくらの乳房を吸った。
ぴゅ……。
とぷ……。
「ん……」
「んあぁぁぁっ!!」
口中に、甘い香りと温かいミルクの味が広がった。
乳首を強く吸われたさくらは、自らの母乳を吸われる感触に、思わず嬌声を上げて背を慄わせた。
大神は、さくらのミルクを味わうように、続けて二度、三度と吸った。
その度に、さくらはぴくん、ぴくん、と身体をわななかせた。
ちゅ……ぱぁっ。
「んっ……!」
はぁ……。
「……甘い……」
大神が放心状態で漏らした呟きに、さくらは頬を桜色に染めた。
「凄く甘かったよ……さくらくん」
「……おいしかった、ですか……?」
「うん……とっても」
「よ、良かったです……」
羞恥と悦びに真っ赤になりながら、さくらは続いてテーブルのティーカップに近づいた。
カップは、大神の目の前で湯気を上げ続けている。
気の遠くなるような時間が過ぎたような気がするが、ほんの一瞬のことだったようだ。
「それでは、『チェリー・ミルクティー』です……」
わざと事務的な口調でそう言って、さくらは自らミルクを搾るように、はだけた胸を揉み上げた。
その時になってようやく、大神はこのメニューの名前の意味に思い当たっていた。
ピュ……ピュルルッ……。
「ん……んん……」
まだ、少女に過ぎないさくらの乳房から、薄いミルク色の母乳がティーカップに注がれる光景は、幻想的で、非現実的だった。
呼吸を荒げながら、一定量を搾り出したさくらは、そそくさとはだけた羽織を直した。
「そ、それじゃ、ごゆっくり……!」
そして、我慢の限界だったかのように、大神を振り返ることなく、店の奥へと駆けて行った。
カチャ……。
そんなさくらの後姿を見送りながら、大神は薄いミルク色に濁ったティーカップを取り上げた。
紅茶の香気をあごに当てると、なんともいえない、さくら自身の匂いが漂ってきた。
こくり……。
それを一口啜り、大神は『チェリー・ミルクティー』を喉の奥に流し込んだ。
「……甘い」
大神は、言いようのない恍惚感に包まれながら、ほっと吐息を漏らした。
(つづく)