碇家の人々
present by ちひろ
「シンジ、オマエ宛に手紙が来たぞ」
眠い目をこすりながら、半自動的にパンをかじるシンジに突然話し掛ける父、ゲンドウ。
新聞越しのため、シンジは父の顔が伺えない。
「父さん、いきなりどうしたの?」
こんな事言うのは、大抵、母、ユイの方からであるため、大いに不信がるシンジ。
「速達でだ。送り主が第3新東京放送局になっている」
そう言って、1通の手紙が広げている新聞の下から手渡される。
「何だろ?」
中を確認して、一言。
「ペアでハワイ旅行!?」
今まで、キッチンでユイの傍らでカチャカチャと洗い物をしていたレイの動きがピタリと止まる。
「ペア・・・・・・それはふたりきりという事。ふたりきりは恋人の証。恋人の証はいつでも一緒、旅行も一緒。旅行と言えば海外、そしてハワイ。ハワイ、それは新婚旅行。新婚だから、部屋はビーチを展望する最上階のデラックススイートルーム。そこで、ふたりは無言で見詰め合い永遠の愛を誓い合うの・・・・・・」
くるりと降り返るレイ。
「ありがと!お父さまーーー」
何を勘違いしたのか、広げていた新聞ごと義父であるゲンドウの抱きつく。
キッチンからテーブルまで助走をつけての事なので、その勢いの煽りをくって、サイドにある茶器棚に激しく頭を強打するゲンドウ。
「げ、元気があってよろしい」
額から血を流しながらも、一応のフォローは入れる。
この辺り、さすがといったところか。
レイは、今度はシンジに抱きつく。
「碇くん、ふたりっきりで海外旅行よ!」
「ちょっと待ってよ、綾波」
シンジの顔ギリギリまで自分の顔を近づけ、なに?と首を傾げるレイ。
フローラルなシャンプーの香りと彼女の心地よいぬくもり、そして何より彼の顔に掛かるレイの息遣いが、シンジの理性を完全にマヒさせる。
顔は、熟しに熟しきったトマトの様になって、もうオチる寸前である。
「碇くん・・・・・・ジャム付いてるよ」
「えっ?」
シンジの口元に付いたジャムを、レイは自分の舌でペロンと舐める。
「はい、これで綺麗になったよ」
「あ、ありがと・・・・・・」
「で、なに?碇くん」
「えっと・・・・・・な、なんだっけ?」
言おうとしていた事をもう忘れかかっているシンジ。
その彼の顔をじ〜と見詰めるレイ。
ますます、自分が何を言おうと思っていたのか分からなくなる。
レイが言う。
「碇くん、今日の放課後、水着買いに行きましょう。何かあった時のために、少ないけどお小遣い貯めてたんだ」
それを傍らで聞いていたゲンドウの新聞紙がプルプルと震える。
「な、なんて健気なんだ・・・」
突然のゲンドウの発言に、振り向くシンジとレイ。
新聞越しに父の表情が伺えないシンジは、どうしたの、父さん?と問いかけてみる。
新聞の下からスッと差し出される1通の封筒。
それをレイが受け取る。
「少ないが私の気持ちだ、とっておきなさい。それで旅行に必要なモノを揃えるといい」
封筒の中身を見ると、福沢諭吉が数枚入っていた。
シンジらにしてみれば、大金である。
大いに大〜いに不信がるゲンドウの息子。
が、
「お父さま・・・・・・わたし、幸せになります」
レイは封筒を胸元に大事そうに抱え、新聞越しのゲンドウにうるうるまなこで礼を言う。
それに、
「優柔不断な息子だが、よろしく頼む」
とゲンドウがかます。
そして、ユイのとどめの一発。
「初孫の顔がこんなに早く見れるなんて、母さん嬉しいわ」
どんどん話が横道にそれていく。
完全にカヤの外のシンジ。
「名前は何がいいかな、母さん」
「そうねアナタ、女の子なら考えてるの。マイかアイでどうかしら?」
「お母さま、それいいかも・・・・・・」
「フフ、そう来ると思ってちゃんと用意してある」
「あっ、可愛いパジャマ!」
「これで驚いてもらっては困る。既に、ベビーベットも頼んである」
「さすが、お父さま」
「フッ、ぬかりはない」
「アラアラ、ふたりともはしゃいじゃって」
3本の暴走列車は、もうブッチギリで本線を無視して、妄想の荒野を突き進む。
この家族の弱点は、シンジが抜けると誰もツッコミ役がいないという事なのだ。
「あ、あのさ〜取り込み中の所悪いんだけど・・・・・・」
さらにどつぼにハマるのを見かねて、シンジが申し訳なさそうに口を開く。
「なんだ、シンジ?」
「なに、シンジ?」
「碇くん、どうしたの?」
家族の視線が一斉に彼に注がれる。
「これ、条件付なんだ」
「「「条件付?」」」
3人が3人とも、声を揃えて語尾を上げる。
「ある番組に出演したらっていう・・・キャストは決まってるんだって」
ホラッと碇家の食卓に手紙を開いて見せる。
ひとときの間・・・・・・
またまたシンジに抱きつくレイ。
「ぐはっ!」
その凄まじい弾丸タックルに、イスごと床に倒される少年。
「うれしーーー、わたし、碇くんを悪者から救う役ですって!」
興奮気味にレイが言う。
「へ〜、アタシはシンジの護衛役か・・・」
アスカがふ〜んとうなずく。
「ボクは・・・・・・な、なんでボクがチョイ役なのさ!」
納得いかないとカヲルが天井を仰ぎ見る。
いつの間にか人数が増えた感じがするが、そんな事は誰も気にも止めない碇家の面々。
当人たちも、これが、さも当たり前の様に振舞う。
「おはようございます、おばさま、おじさま」
アスカが、アクマでも、お淑やかに朝のあいさつをする。
それに答えて、ユイがまた一段と綺麗になったわねと笑顔で返す。
もじもじするアスカ。
「もうっ、おばさまったら、全然そんな事ないですぅ〜」
そして、両手を頬に当てて、ほんのり顔を赤らめる。
この、”ほんのり”がポイントである。
それを見ていたカヲルも負けじと、
「シンジ君のお父さん、今朝はいつにも増して凛々しい。オトコの色気を感じます。改めて言わせてもらいます。ありがとう、シンジ君をつくってくれて。アナタがいなければ、ボクはシンジくんと出合うことはなかった・・・・・・」
とゲンドウのごつい手を握り、その瞳を見詰める。
無論、真顔で、である。
「そうか、キミがあのカヲル君か。ウワサは色々聞いている。ところで、このリアクションに他意はないのだろうね」
「ええっ、おそらく」
眩しいばかりの笑みで答える。
美少年と中年親父の手と手を取り合う姿、朝っぱらからディープな世界が碇家の食卓に創り出されていた。
場所が場所ならば、カヲルは補導、ゲンドウは連行されている場面である。
その中年親父の手を握り締めたまま、カヲルが、馬のごとく鼻息を荒くしだして問いただす。
「ところでお父さん、これだけ出演者がいるということは、ハワイへ行ける人間が限られてくるという事ですよね」
「フフッ、いい質問だ」
「で、その辺り、どうなるんでしょう?」
「この番組終了までに、シンジのハートをゲット出来ればハワイだ」
「どんな手を使っても?」
「そうだ」
「ふふふふっ、この勝負、この渚 カヲルがもらった!そして、ハワイはボクとシンジ君で行くのさ!」
ピクッ
「ペアだよペア。あぁ〜なんていい響きなんだ・・・・・・・・・・・・シンジ君とふたりっきりの白い砂浜・・・・・・ボクらは無意識のうちに互いの指と指を絡め合う。恥らう瞳と瞳。シンジ君、キミの壊れそうな瞳がボクを狂わせるよ。たまらなくなったボクは、彼をゴーインに引き寄せる。うずき始めたボクの腕の中に縛られた、シンジ君のナマめかし肢体。乱れる鼓動は、キミのボクへの素直な想い。分ってる分ってるよシンジ君、もうガマンできないんだろ・・・・・・初めてなのかい?そんなに震えないで。安心してシンジ君。キミの熱き想い、ボクがすべて受けとめてあげる。さぁ、勇気を出して!今夜は、ボクの中で咲き乱れてごら・・・」
ボフッ!
強烈なボディブローがカヲルに炸裂する。
アスカ、痛恨の一撃。
崩れ落ちるカヲル。
「はっ!」
我に返るアスカ。
「あらあらっ、トイレ行きたいならそう言えばいいのに〜」
そう言って、カヲルを担いでトイレにつれて行くアスカ。
一時の間・・・・・・
トイレから元気良く出て来たアスカ。
「おばさま、カヲルくん、お腹の調子が悪いみたいなんで、アタシ、先に行きます」
「あらっ、そう」
「じゃあ、行くわよ、シン・・・・・・あれっ?」
辺りを見回すが、シンジの姿が何処にもない。
それを見て、ユイが申し訳なさそうに呟く。
「あっ、さっき、ひとあし早く出ちゃったのよ、レイちゃんと。なんでも週番だからって・・・」
「ふ〜ん、そうですか・・・」
無表情のアスカ。
「ゴメンね、アスカちゃん」
「いえいえ」
「で、ちょっと、たのみごとしていいかしら」
「?」
「シンジ、お弁当忘れちゃったのよ。それで・・・」
「もうっ、そんなのお気になさらずに」
これですねと、アスカはテーブルに置いてあったお弁当の包みに手をやる。
「ありがとう、アスカちゃん」
「まかせてください。アタシが責任を持って、人気のない裏庭でふたりっきりで渡しますわ」
「まぁ、たのもしいわ」
さすがアスカちゃんねと、終始笑顔のユイ。
「それじゃあ、おばさま、おじさま、行ってきます!」
「はいっ、いってらっしゃい」
「うむ、気をつけてな」
アクマでも、お淑やかに一礼し、玄関を出て行くアスカ。
それを見届け、ゲンドウが口を開く。
「ホントに、従順で奥ゆかしい子だな、アスカ君は」
「えぇ、素直な良い子ね、アスカちゃんは」
ふたりとも、赤毛の少女にゲロあまだった。
半時後・・・・・・
トイレに入ろうとしたゲンドウが見たものは、トイレにロープでグルグル巻きに縛られたカヲルだった。
「カヲル君、キミ、何をやっとるんだね?」
もがきながら、見下ろすゲンドウに対しカヲルが言う。
「いやはや、おはづかしい」
「う〜む、カヲル君、キミは実にユニークだね」
終