つるに恩返し

 

                                                present by ちひろ


 

むかしむかし、ある所に一人の少年が住んでいました。

少年は、幼くして両親を亡くしていたので、一人で田畑を耕し生活をしなければなりませんでした。

そのため、とても貧しい生活を強いられ、毎日毎日、朝から晩まで働き詰でした。

でも、少年はめげずに真面目に働きました。

 

 

ある日のこと、少年がいつものように畑に出かけると、一羽のつるが猟師のワナに傷つき、羽をばたつかせていました。

「かわいそうに」

少年はそのつるを抱きかかえると、そのまま家に連れて帰り、傷の手当てをしてやることにしました。

少年の手厚い看護の甲斐あってか、数日もするとつるは空を飛べるようにまでなりました。

少年は、つるを空に放してやる事にしました。

「さぁ、飛ぶんだ!」

つるは大空に舞い上がりました。

そして、少年の頭上で何度も大きい円を描き、やがて山へと帰って行きました。

少年はそのつるを見送ると、またいつものように畑を耕しに出かけました。

 

 

そして月日は流れ、ある晩の事。

少年がいろりの前で畑仕事で疲れた体を休めている時。

トントンと、木の戸を叩く音が聞こえます。

こんな夜更けに誰だろう?と少年は思いました。

すると、戸の向こう側から若い女の声が聞こえてきました。

「道に迷ったの・・・ここ、開けて欲しいの」

心優しい少年は、それはお困りでしょうと何の警戒もなしに戸をガラッと開けました。

するとそこには、今までに見た事もないほど肌の白い綺麗な少女が立っていました。

少年はポカンと少女を見詰めています。

そんな少年に、少女は語り掛けます。

「なに?」

その声に、少年は我に帰り、少女を炉辺に招き入れました。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

終始無言のふたり。

少女はじーっと少年を見詰めています。

たまらず目を逸らし、少年が切り出します。

「あの〜・・・」

が、それを遮るかのように少女が口を開きます。

「はやく食べましょ」

「はっ?」

「お腹空いたの」

少女の視線は、既に囲炉裏で煮こんである芋煮汁に移っています。

「あ、あ〜はいはい。ゴメンね、気がつかなくて」

そう言うと、少年は芋煮汁をお椀によそい、少女にハイと差し出しました。

「熱いから、フーフーして食べてね」

そう少女に促し、自分もホフホフと口の中で冷ましながら食べ始めます。

でも、少女は食べようとしません。

どうしたのでしょうか?

少年が問いかけます。

「食べないの?」

少女が言います。

「ニンジンないの?」

「あっ、ニンジン好きなの?ニンジン入れてないんだよ、ゴメンね」

とりあえず、少年は弁解します。

ですが、その少年の弁解を聴く素振りも見せず、少女はキョロキョロと辺りを見回しています。

「?」

疑問に思っている少年をよそに、少女は土間の隅の方に置いて積んである大根やらジャガイモやらの山からニンジンを見つけ出しました。

それを少年の前でモグモグと食べ始めました。

もちろん、ナマのままで。

「!!!」

慌てた少年が少女の手からニンジンを取り上げます。

「ダメだよ、いくらお腹空いてるからって、それじゃあお腹壊しちゃうよ」

ですが、少女はひるまず少年の手からニンジンを奪い返します。

「わたしの親戚はみな、こうして食べてるの」

なんでも、その少女が言うには、彼女の家系は代々ニンジンを生のままで食べるシキタリになっていて、火を通して食べるのはタブーなのだと。

そして、少年の目を見詰めて、

「お願い、マナで食べさせて」

と、目をウルウルさせながら訴えかけます。

少年も、一瞬たじろぎましたが、その少女のまっすぐな目を信じてやる事にしました。

ニンジンをナマでコリコリと食べる少女と芋煮汁をズズズとすする少年。

なにやら奇妙な光景ですが、少女の無表情だが満足そうなホッペを見て少年は安心しました。

さて、食事も終わり、かなり夜もふけてきました。

ここで少年は、ある事に気づきました。

「フトン・・・ひとつしかないや」

この寒い夜に炉辺で一晩中いるのは自殺行為です。

薪をくべ続けるだけの蓄えもありません。

困り果てた少年を見て、少女は言います。

「一緒に寝ましょ」

爆弾発言が飛び出しました。

少年は顔が真っ赤々です。

一体、何を想像しているのでしょう。

「ボ、ボクはここで寝るよ」

そんな彼に少女は言います。

「ひとりじゃさむいの」

そして、駄々をこねる少年の襟首を掴み、ズルズルと寝室へ引きずって行きます。

が、

ガラガラッ

「アナタ〜、今帰ったわよ」

赤毛の長い髪を後ろで束ねた少年の幼な妻が実家から帰ってきました。

凍りつく炉端。

「コロス」

ギャーーー!

 

 

半時後・・・・・・

「どういう事か説明してもらいましょうか」

ボロ雑巾の様になった夫(少年)を小脇に抱え、彼の妻が少女に突っかかります。

「・・・・・・」

無言の少女。

「なんとか言ったらどうなの?」

「アナタ・・・」

「何よ」

「赤毛ザルね」

「なっ、何を言い出すかと思えば!」

激しく狼狽しています。

妻は夫の頭をまさぐって、アラアラこんなにノミがいるわとか言いながら、なんとかその場を誤魔化そうとしています。

が、もうその行為自体が真実を物語っています。

「わたしには見えるの」

毅然とした態度の少女が、表情も口調も変えずに言います。

その少女の真っ直ぐな赤い瞳に、妻はすべてを見透かされたような気がしました。

「そういうアンタはウサギね」

こうきり返すしか、今は他に手立てはないようです。

しかし、この発言も予想通りといった感じで少女が手短に答えます。

「そうよ」

「ふん、開き直ったわね、でも、アタシの夫をたぶらかすのはやめてちょうだい」

まったく微動だにしないその少女に対し、やや感情を上乗せにして喋る妻。

「たぶらかすんじゃなくて、本気なの、わたし」

「!」

少女の突然の感情の激変に戸惑う妻。

「猟師のワナにかかって動けないでいるわたしを助けてくれたのよ、彼」

「アタシだってそうよ」

「この辺にはサルの群れなんていないはずよ。おおかた、食い意地が張って、人里まで降りてきたってところね」

「い、いいじゃないの、別に」

「大体アナタ、こんな夜更けまで何処で何をしてたのやら、怪しいもんだわ」

「ばっかじゃないの。アタシはただ・・・」

「ただ、何?どうせ、食い意地が張ってよその畑でも荒らしてたんでしょうが」

ギクッ!

「図星ね。そうよね、こんな大食らいの女じゃ彼が可愛そうだわ。こんなに疲れ果てて、フラフラになりながらも働きづめで・・・」

「うっ・・・」

「彼の掌見てみたら?」

妻は小脇に抱えた夫の手を開いて見ます。

「!!」

「わかったでしょ。もう、ボロボロよ。マメが潰れてただれてるのよ。アナタのために一生懸命働いて、自分の食べる分を減らしてまでアナタに分け与えて、それでも不満なんてこれっぽっちも言わないで・・・」

「な、なんでそんなことまで知ってるわけ?」

「見てたもの、ずーと。助けられたあの日から彼のことを」

妻は少女に何も言えません。

それを知ってか、少女は凛とした態度で幼な妻に言います。

「いいこと?はっきり言って、アナタは彼のお荷物なのよ」

うすうすは気づいていた事を、今、目の前ではっきりと言われてショックを受ける妻。

「アタシ・・・・・・アタシは・・・・・・」

目の前が真っ暗になり、肩をうな垂れます。

「今のアナタが彼にしてやれる最善の事は、この家から出て行く事よ」

「・・・・・・」

「山に帰りなさい。生まれ育ったあの山に。アナタにも待っている仲間がいるでしょう」

コンコンと諭す様に言う少女。

その口調は、子供を思う母のようです。

妻は手をギュッと握り締めうつむき加減だった顔を上げ、一言少女に尋ねます。

「ホントにそれでこの人がラクになれるのね」

「そうよ」

しばしの間を置いて、スッとその場に立ち上がる妻。

「分かったわ・・・・・・アタシ、この家を出て行く」

「後の事は心配しないで」

「アンタも出てくんでしょ?」

「いいえ」

「なっ!」

「大丈夫、わたしは彼のためにちゃんとした生活設計を立ててきたの」

「生活設計?」

「そうよ。入ってらっしゃい!」

少女のその言葉に戸がガラッと開き、ガチガチになった美少年がいそいそと入ってきます。

あっけに取られる妻。

「なんなのよ、コイツは!」

「これが私のライフプランよ」

「???」

状況が飲みこめないでいます。

「これ(美少年)にハタを織ってもらって、出来た反物を町で売りさばいて稼ぐのよ」

「ちょ、ちょっと話が違うじゃないか!ボクは命の恩人の彼に合わせてくれるって言うから・・・」

身を乗り出し、少女に突っかかる美少年。

それを微動だにせず言い返す少女。

「彼に恩返しがしたいんでしょ?」

「だから、ボクはそれを体で払お・・・」

メリッ!

妻の一撃。

「アタシの夫に手〜出したらコロスわよ」

恐怖におののく美少年。

「これじゃあ、おちおち出て行く事もできないわ!」

仁王立ちで、美少年を睨みつける妻。

いつもの調子が出たのか、ここで、ひとつひらめきます。

「あっ!そうか、アタシがよその畑から夫の分もぶんどってくればいいんじゃない。そうよね、そうよ!何で今までこんな簡単な事に気づかなかったのかしら。アタシって天才ね!アハハハハハハハハッ!」

声高らかに笑い、居直る妻。

それを見て、少女はあと一息の所でとチッと舌打ちをします。

しかし、美少年の方はその幼な妻を心底恐怖しているようです。

そして、彼の一言。

「え、エライとこに来てしまった・・・」

 

 

明くる日の朝・・・・・・

少女は既に居ませんでした。

少年が気を失っているうちに、家を出たのでしょう。

彼はそう思う事にしました。

「はい、アナタあ〜んして」

妻の恐るべき様変わりにビビリながらも、それに従う少年。

隣の部屋からパタンパタンと音がしています。

「さっきから気になってたんだけど、あの音何?」

「あ〜、あれ。あれは何でもないの」

「でも、誰か居るんでしょ?」

「居ないわよ」

「居るよ」

「ちょっと、待ってなさい」

持っていた箸を置いて、隣の部屋の様子を伺う妻。

そこには、ヘロヘロにやつれた美少年の姿が。

「あの〜」

「何よ」

「もう、寝かせてもらえないでしょうか?」

「ノルマは達成できたの?」

「いや、それが、機織器の調子が悪くて」

「ノルマが達成できなきゃダメよ」

バンッ

力任せにフスマを閉め、家全体が揺れます。

スタスタと夫の所に歩み寄る幼な妻。

夫のたもとに座ると同時に、妻のこわばった顔が急にとろけるような笑顔に変わります。

夫が言います。

「な、なんか変だよ。ボクに隠し事してない?隣の部屋、やっぱり何か居るんじゃないの?」

さらに微笑んで、妻はこう答えます。

「フフッ、誰も居ないって言ってるでしょう」

妻の不気味なまでの微笑みに、これ以上この話題には触れないようにしました。

賢明ですね。

そんな夫の配慮を知ってか知らずか、妻が彼の腕に抱きついて、こうおねだりします。

「それよりも、もっと大きくて新しい家建てましょうよ」

耳に掛かる妻の猫撫で声が妙にくすぐったくて、少年の心を刺激します。

が、彼はこう言います。

「キミには苦労をかけっぱなしだけど、ボクにはこうしてキミがそばに居てくれるだけで幸せなんだ」

夫の思わぬ言葉に、妻は心がキュッと締めつけられたような気がしました。

そして、気がつくと目には一筋の涙が。

それを夫は何も言わずに指で拭って、そっと妻を腕の中に引き寄せました。

少年は、自分の妻の瞳を見詰めます。

そして、彼の暖かい眼差しにまた涙があふれ出そうになります。

夫のぬくもりに体を包まれて彼女は今、最高に幸せです。

彼は言います。

「初めて会った時の事憶えてる?」

「・・・・・・」

「雪の降る晩にさ、キミがボクの家の戸を叩いて。ここ開けなさい!なんて言うもんだからボクてっきり地主さんかと思ってさ」

「も〜、何よそれ〜」

「ハハッ、でさ、上がり込んでくるなりいきなりバナナある?なんてさ。ボク、それって何ですか?って言ったら今度は塩水につけたイモでもよろしくてよなんて」

「そんな事言ったっけ?」

「言ったさ。その時の第一印象は、面白い人だな〜って」

「む〜!」

「でもね、可愛いなって正直思った」

「あたりまえでしょ」

「ハハッ」

「じゃあね、アタシが感じたアナタの第一印象はね・・・・・・」

「ん?」

「瞳が優しい人」

「そうかな?」

「そうよ、だって今のアナタ、そういう目してるもの」

「それはね、多分・・・」

「多分なに?」

「キミがボクにとってのかけがえのない人だからかな」

「もう、今日は泣かす事ばっかり言うんだから」

「ゴメンゴメン、そういうつもりで言ってるんじゃないんだ。ボクの今の素直な気持ちをキミに伝えたかったんだ」

「・・・・・・アナタ」

「んっ?」

「愛してるわ」

「・・・・・・うん、ボクもだよ」

「今、アタシとっても幸せよ」

「ボクも幸せさ」

「ねぇ、ちょっと手、開いてみて」

「どうして?」

「いいから」

妻の言うように、夫は手を開いて差し出しました。

予想通り、マメだらけの手です。

所々、潰れてただれています。

妻は、夫の手を自らの手のひらで包み込んでこう言いました。

「ねえ、今度、ふたりっきりで温泉に行きましょう。傷によく効く温泉知ってるの。ちょっと山奥だけど、アタシが担いで連れてってやるわ」

「担ぐ??」

「あっ、や、や〜ね。ものの例えよ。そんな驚かなくてもいいじゃない」

危うくボロが出るのをなんとか誤魔化します。

今までのムードが台無しです。

ここで、夫がある事に気づきます。

「あれ?そういえば、あのパタンパタンって音がしなくなったね」

妻も気づきます。

「まさか、ぶっ倒れたんじゃ・・・」

「えっ、何か言った?」

「ううん、こっちの事。ちょっと、アナタはここで待ってて」

妻がいそいそと立ち上がって、隣の部屋のフスマを開けます。

なかを見て一言。

「バックレやがったな」

 

 

数日後・・・・・・

少年がいつもの様に畑仕事から帰ってくると、手には1匹のつるが。

何でも、猟師のワナに掛かって傷ついていたのだとか。

間抜けにも、この前のつるのようです。

「まあ、可愛そうに・・・」

妻がそう言いながら、 そのつるを優しく抱きかかえます。

口元に不敵な笑いを浮かべて・・・・・・