若奥様会議
present by ちひろ
「ねぇねぇ、アスカ」
「・・・・・・」
「ねぇってばっ!」
んっ、なになに??と自称永遠のアイドルことアスカは、見入っていたワイドニュースのボリュームを絞った。
ここは碇家のリビング。
壁の時計の針は午後二時を指している。
アスカは、ヒカリが持ち寄った手作りクッキーをほおばりながら恒例の井戸端会議をしている。
夫の居ない昼間は、こうして学生時代からの親友であるヒカリと過ごすのが日課になっていた。
二人は、既に結婚していた。
アスカは、平常心と書かれたTシャツを愛用している男と、ヒカリは、黒ジャージで修学旅行に行くような男と入籍を済ませている。
両者は1週間違いで式を挙げた。
先にアスカが、そしてヒカリといった順番である。
であるから、第二の人生の先輩はというと、アスカになるのだ。
「あのさぁ〜、月のお小遣いっていくらぐらいあげてるの?」
「500円かな」
「はっ?」
「だから、500円よ。ヒカリは?」
「わ、私は、3万円かな?」
「ちょっと、それあげ過ぎよヒカリ。普通は上限2万円よ。1万も多いじゃない。この不景気にそれじゃあダメよ。締められるとこ、締めとかなきゃ。それにしても、このチョコのヤツ、美味しいわね」
ボリボリとクッキー特有の歯ごたえを楽しみながら、工場の流れ作業のように、見事に連動した両手と口の動きでチョコチップを消費しつづける彼女。
今日の自信作なんだと、ヒカリは得意げに、せっかくだから全部食べちゃってよと残りも勧める。
うん、そのつもりとアスカが残りも瞬く間に平らげる。
しかし、ヒカリは先ほどの回答が気になっている。
今時、小学生でももっともらっているだろうに、彼女のダンナは何か隠れて副業でもやっているのだろうか?
「でも、よくそれで旦那さん、一ヶ月乗り切ってるわねぇ。仕事上の付き合いとかどうしてるのかしら?」
「アイツは、人付き合い悪いからいいのよ」
ヒカリは苦笑いしながら、趣味とか・・・と問い掛ける。
「あるわけないじゃない。アタシが昔、ちょっと誉めてやったチェロぐらいかしら。たまに弾いてるんだけど、うるさいから他でやれって言ってるわ」
「それ、結構可哀想じゃない?」
「甘い、甘すぎよヒカリは。いいこと?旦那なんて、ビシバシ尻叩いて締め上げた方がちょうど良いものなのよ。つけ上がらせてはダメ」
ハハハッと笑うに笑えないヒカリ。
「不満なんて言おうものなら、キッと無言で睨んでやれば良いのよ。それで丸く収まるわ。アタシはそうしてるの」
「でも、何時もって訳じゃあないんでしょ?アスカだって、たまには優しくなる時だってあるでしょ」
「・・・・・・ま、まぁ、ない事もないけど」
「アスカ、結婚して何ヶ月だっけ?」
「3ヶ月かしら?」
「将来設計とかは、してるんでしょ?」
「将来設計?」
「赤ちゃんの予定は?」
急に赤面し、うつむいてしまうアスカ。
こう言うことに関しては、ヒカリの方が切り出してくる事が多い。
結婚してからのヒカリは、その点、いくらかオープンな性格になった。
だが、かのアスカ様は、未だにこの手の話題がはすかしくてしようがないようだ。
「そ、それはぁ〜、ダンナ様と一緒に決めることだしぃ〜〜。アタシは、最低でも10人は欲しいなぁ〜なんて、恥ずかしくて口に出せないしぃ〜〜」
「へ、へぇ〜、それじゃあ、色々と旦那さんにも頑張ってもらわないと」
「だから、昨日も帰ってきたとたん・・・・・・キャッ!もうっ、ヒカリったらナニ言わせるのぉ〜!」
「なんかその調子じゃラブラブって感じね、アスカ」
「そんなにからかわないでよぉ〜」
プルルルルルルル
カチャ
「はい、もしもし・・・・・・・・・・・・えっ?今日の晩御飯何にしたらいいかって?そんくらい、自分で考えなさい!言っとくけど、手抜きなんかしたら・・・・・・えっ、なに?・・・・・・そうよ、それでいいのよ、分かってるじゃないの。ったく、始めっからそうすればいいのよ。えっ?・・・・・・つべこべ言わないで、とっとと買い物済ましてきなさいっ!!あっ、ちょっと待った待った!ついでにビデオも借りてきて頂戴。この前、見そびれちゃったヤツ・・・・・・なに、分からない?アレよアレ!アンタ、アタシがアレって言ったらアレしかないでしょ!分かるまで、今日は帰ってくんじゃないわよ。・・・・・・なに?ひょっとして、今の、口答え?ふ〜〜〜ん、それってアタシにケンカ売ってるわけぇ?へぇ〜〜〜、面白い冗談だわ。」
ガチャンッ!!
「でね、ヒカリ。この前、アタシが料理してた時ね、包丁で人差し指切っちゃったの。そしたら、ダンナ様が血相変えて飛んできて、そのままベッドまで運んでくれてバンソーコー張ってくれたの。それで・・・」
「そ、それで?」
「今日はもう、安静にしてなきゃダメだよって、すごく心配した様子でね。アタシは大丈夫って言ったんだけど、ダメだ、アスカをこれ以上キズつける訳にはいかない!って真剣な眼差しでアタシを見詰めるの」
「へ、へぇ〜」
「アタシ、感動しちゃって、急に泣いちゃってね。泣かないでってやさしく指で涙をぬぐってくれて、それで何か、そのまま盛り上がっちゃって・・・朝まで・・・・・・や、やだヒカリったらナニ言わすのよぉ〜〜〜!」
「な、なんかその調子じゃ超ラブラブって感じね、アスカ」
「そんなにからかわないでよぉ〜」
プルルルルル
カチャ
「はい、どなた?・・・・・・・・・バタリアン?コロスわよ!!誰がホラー映画見たいって言ったのよ!アンタ、ふざけてんじゃないでしょうね!・・・・・・・・・あっ?なに?・・・・・・まぁ、いいわ。それのイチゴのヤツも追加よ、それで勘弁してやるわ。お腹ペコペコなんだから、あと30分以内で帰ってくんのよ!・・・・・・・・・えっ?混んでてムリ?あれれ〜〜、今、なんて言ったのかな〜〜。聞こえなかったわ〜〜。か弱き妻が飢え死にしても良いって言うの!?・・・・・・・・・あっ、アンタ、今、笑ったでしょ。聴こえたわよ!いい度胸じゃなの!!今夜は覚悟しときなさいっ!!!」
ガチャンッ!!!
「でねヒカリ。新居に、注文してた羽毛ふとん(新婚サイズ)が届いたのね。でね、広げて見てびっくり!とっても大きいんだもん。で、アタシが大人二人が動き回ってもはみ出ないくらいの大きさはあるねって言ったのね。そしたら・・・」
「そ、そしたら?」
「じゃあ、さっそく今夜、試してみようかだってぇ!きゃぁぁぁぁぁん!もうっ!アスカ信じらんな〜〜い!・・・・・・・・・はっ!や、やだヒカリったらナニ言わすのよぉ〜〜〜〜!」
「な、なんかその調子じゃ超々ラブラブって感じね、アスカ」
「そんなにからかわないでよぉ〜」
プルルルルル
カチャ
「はい、どちら様?・・・・・・・・・はぁっ?宗教勧誘!?何そんなのに捕まってんのよ!アンタがボケボケっとしてるからでしょ!無視すんのよ!!・・・・・・えっ?すがり付かれてるってぇ!蹴飛ばしてやりなさい!・・・・・・・・・はっ?知り合い?知ってる人なの?誰よ!・・・・・・・・・同級生だったヤツ??アンタ、それホントに宗教勧誘なの!?名前は?名前言いなさい!」
ガチャンッ!!!!
「なになに?どうしたのアスカ!?」
「ゴメン、ヒカリ。緊急事態!今日はお開きね。この埋め合わせは必ずするから」
「そんなに急いでどこ行くのよ?」
「うちのダンナが妙なのに引っかかっちゃって」
「妙なのって??」
「変態モーホー野郎!」
「はっ?」
「じゃ、あとよろしく!」
タタタタ、バタン
一分もしないうちに、下の駐車場からロケットスタートで飛び出す一台の真っ赤なフォルクスワーゲン。
無免許とは思えないそのハンドルさばきとアクセルワークで夕闇の街並へと消えてゆく暴走車一台。
それを一人、部屋のバルコニーから見守るヒカリ。
「あっ〜〜〜!しまったぁ〜〜!ついでに夕飯の買い物頼めば良かった!」
類は友を呼ぶと言ったところか・・・・・・
彼女もまた、結構ずぶとい性格の持ち主であるようだ。
こちらのダンナ様も苦労しそうな感じである。
とにもかくにも、たくましい日本の奥様になって欲しいものだ。
合掌。
終劇