この世に、禁断の愛などというものがあろうか。
愛する気持ちに、想う心に、禁忌の柵など設けられるはずがない。
年齢…血縁…種族…身分…性別…不義…。
愛することに、どのような違いがあるというのか。
喩え、神が赦さぬとしても、この想いは止められない。
狂おしい程に愛おしい。
もしも結ばれることが叶うならば、冥界に堕ちるとも構わない。
何も恐れるものはない。
紅蓮の炎に身を焦がし、燃え尽きようとも。
塵となり、果てるまで。
Dear...。
愛している。
誰よりも。
何よりも。
Written by Myaa. Works in 1998.
目を開ければ、直ぐそこに望みの全てがある。
手を伸ばせば、全てが手に入る。
そのような状況にいま、彼、アーデルレットは置かれていた。
少年の傍らには、彼の妹であるミュウフラウゼが佇んでいる。
軽く閉じられた瞼。
その奥に秘められた輝きを、アデルは知らない。
何故なら、彼の妹ミュウは、乳飲み子の頃に光を失ったからだ。
長い睫と、祈るように胸の前で組み合わされた小さな手が、微かに震えている。
夜の色を思わせる、艶やかな漆黒の長い髪は、見ているだけで吸い込まれそうになる。
「ミュウフラウゼ……」
アデルは、滅多に呼ぶことのない、妹のフルネームをそっと囁いてみる。
それは、自分の声とは思えない程に、掠れていた。
すぐ側に感じる少女の温もりと甘い匂いが、アデルの喉をからからに干上がらせていたためだ。
「……兄さま……」
鈴が震えるような、澄んだ小さな声が、可憐な唇から紡ぎ出される。
彼女のまだ幼い声は、やはり掠れ、震えていた。
少女の頬は、緊張と不安、そして密やかな期待のため、微かにほてりを帯びている。
「兄さま…わたし……」
ためらいの色の濃いミュウフラウゼの声は、アデルの鼓動を早めるのに充分だった。
小さな桜色の唇から漏れる妹の吐息は、わずかに上ずっており、アデルは今にも、その細い身体を、力いっぱい抱き締めてしまいたい衝動に駆られる。
普段、官能とは無縁の、幼い妹の体から立ち上る微かな香気は、理性を冒す魔薬のようにアデルの心を蕩けさせるのだった。
「ミュウ……。ミュウの全てが、見たい……」
その言葉を聞いて、ミュウフラウゼはびくり、と小さな肩を震わせた。
少女にとって、薄い寝間着ひとつで、兄とともに寝台に腰掛けていることすら恥ずかしいのかもしれない。
白皙の頬どころか、全身を朱色に染めてうつむいてしまう。
そんな妹の反応に、アデルは言い知れぬ興奮を覚えてしまう。
これまで、決して彼女の体に不逞な想いを抱いたことなどなかった。いや、抱かぬようにしてきた。
だが、もはやそれは不可能のようだった。
アデルはミュウフラウゼを、妹を、一人の女性として愛してしまったのだから。
「ミュウ……?」
アデルは手を伸ばすと、妹の頬にそっと触れた。
「…あ……」
ミュウフラウゼが小さな声を漏らす。
そして、その自分の声に恥じらいを覚えて、頬を染める。
アデルの腕に、ミュウの熱くほてった吐息がかかり、彼の胸を痛いほどに締め付ける。
このような行為は、今まで親愛のしるしとして幾度も繰り返してきたが、今、この時のそれはそれとは違った、神聖な儀式のようなものだった。
ミュウはほっとしたような、丸いため息をつくと、小さな微笑みを浮かべた。
そして、兄の手の甲に、自らの細い指をそっと重ねる。
「……兄さまの手…あたたかい……」
「ミュウの頬もだよ……」
暫く互いの温もりを確かめ合っていた兄妹は、アデルの促しによって再び体を離した。
ミュウは決心したように寝台から立ち上がると、アデルの方に向き直った。
そして、そのまま全ての動きを止めてしまう。
「兄さま……わたし…恥ずかしい……の」
大きなリボンのあしらわれた、質素だが清楚な寝間着に手をかけたミュウフラウゼは、消え入りそうな声で呟いた。
兄の前で衣服を脱ぐことが、これほど恥ずかしく感じられたことはない。
目の不自由なこともあり、これまでにも着替えや入浴を手伝ってもらったことは幾度もあったのに……。
どうしても、寝間着を解くための肩紐をほどくことができなかった。
「お願い……少しの間だけでいいの。目を…つむっていて……」
「うん……」
アデルは頷いた。
彼女の目は見えないのだから、そのまま妹の肢体を見続けることもアデルにはできたが、今はミュウの思う通りにしてやりたかった。
アデルが目を閉じたことを気配で感じたのだろう。ミュウフラウゼは、意を決して寝間着に手をかけた。
シュ……スルッ……パサ……。
微かな衣擦れの音が、いやでもアデルの耳に入ってくる。
目を閉じたことで余計に研ぎ澄まされた聴覚は、妹の小さな呼吸すらも聞き取ることができた。
彼女の息は少し乱れていた。
それが、羞恥によるものか、それとも興奮によるものか、アデルには想像がつかなかった。
「……もう、いいの……兄さま、目を……」
ミュウフラウゼの上擦った声が聞こえる。
その瞬間、アデルは急に恐ろしくなった。
今、目を開ければ、決して後戻りは出来なくなる。
妹と結ばれる。
爛れた性愛の巣窟である宮廷においてすら、それが禁忌であることを、アデルは知っている。
そのことが、自分ばかりではなく、ミュウフラウゼまで苦しめ、傷付ける結果となるのではないか。
今日までに幾度も繰り返してきた煩悶を、アデルは再び抱いていた。
「兄さま……」
しかし、ミュウのその声を聞いた時、彼女の震えを感じ取った時、アデルは迷いは霧散した。
自分はミュウフラウゼを、実妹を、心の底から愛している。
そこには、恥じるべき何物もない。
その気持ちを打ち明けた時、それでも心を開いてくれたミュウフラウゼを、アデルはどれほど愛おしく思ったことだろう。
その時、世俗の禁忌などに、どんな意味が存在するというのだろう。
誰に許されずとも構わない。
アーデルレットはミュウフラウゼを愛し、そしてミュウフラウゼもまたアーデルレットを愛しているのだから……。
アデルは、ゆっくりと目を開いた。
「………!」
そこに広がる光景に、少年は暫し、声もなかった。
すぐ目の前に、ミュウは立っていた。
白い……。
透き通るほどに白い肌。まるで、純白の雪のように汚れのない肌は、羞恥のためか、ほんのりと紅く色づいている。
その肢体に絡み付く、濡れた長い黒髪が、ぞくりとするような美しさを放っていた。
細いうなじ。
小さな肩。
微かな胸のふくらみ。
緩やかなカーブを描く腹部に、まだ翳りの見えない下腹部。
そして、すらりと伸びた脚。
それら全てが、アデルの目の前に惜しげもなく晒されていた。
「兄さま……ミュウの全てを……見て…ください…」
アデルが目を開けたことに気付いたミュウフラウゼは、震えながら、胸元を覆っていた手をゆっくりとどける。
羞恥のために真っ赤に染まった頬を伏せた妹の顔は、普段見たこともない艶を帯びて見えた。
すると、薄いふくらみの中心に息づく、薄桃色の小さな頂が露わになった。
それは、少女の鼓動に合わせて、ゆっくりと上下している。
今まで、兄以外の目に晒されたことのないそのつぼみは、微かに充血し、その存在を誇示しているようだった。
「……きれいだ……」
アデルは我知らず、呟いていた。
ミュウフラウゼの身体は、彼が今まで、意にそまぬ交わりを繰り返してきた宮廷の女たちとは、まるで別のものだった。
それは輝かんばかりに美しく、そして一点の曇りもない、無垢なものだった。
「兄さま……ふしだらな子だと思わないで……わたし、兄さまだけなの……兄さまだから。だから、わたし……」
「そんなこと、思うもんか。……分かってるよ、ミュウ。分かってる」
アデルの言葉に、ミュウは、心から安心したように、深い安堵のため息をついた。
自分以外の誰の目にも晒されたことのない裸体を、ミュウフラウゼは、ただ自分のためだけに開いてくれている。
その事実が、アデルの心をいやが上にも高鳴らせる。
その神聖さに誘われるように、アデルは立ち上がって、一歩妹に近づいた。
空気のわずかな動きを感じ取って、ミュウはびくり、と身をすくませる。
「兄さま……わたしの体……変じゃない…?」
ミュウフラウゼは消え入りそうな声で呟く。
このように、全てを兄の目の前に晒したのも、そのような質問をしたのも始めてだった。
兄の目に、自分の体がどのように映るかなど、今まで考えたこともなかった。
だが今は、それを訊ねずにはいられなかったのだ。
アデルに見つめて欲しかった。
アデルに誉めて欲しかった。
「そんなことあるもんか……綺麗だよ。それに、とっても愛らしい……」
アデルは、自分の想いの丈を全て託すように、妹の言葉に応えた。
ミュウフラウゼは、恥ずかしそうに、少し嬉しそうに、兄を見た。
「……うれしい……」
「ミュウ……!」
「…きゃ…っ…」
次の瞬間、ミュウフラウゼの身体は、アデルの腕の中にあった。
少し驚いたものの、外気に晒されて冷たくなっていた体に、兄の腕はあたたかく、そして力強かった。
「……兄さま……」
「………」
「兄さまの鼓動が聞こえるの……」
「うん……」
ミュウフラウゼは、うっとりと目を閉じて、アデルの胸に頬をうずめた。
とくとくとくとく……と、規則正しい鼓動が伝わって来る。
その音は、いつもミュウを落ち着かせてくれた。
兄の腕に抱かれている、という安心感が広がる。
「アデル……。わたしの兄さま……」
そう呟く妹が愛おしかった。ただ、ひたすらに……。
無防備な表情を見せる少女のおとがいを、アデルはつかまえた。
兄と妹は、息の触れ合うような距離で見詰め合う。
そして、アデルはミュウの小さな唇に、自分の唇を重ねた。
「あ………」
「………」
「……ん…」
時間が止まったかのように、何の音も聞こえない。
無垢な少女には、舌を使うことなど考えもつかないだろう。
ただ、重ね合わせるだけの接吻。
だが、アデルにはそれだけで満足だった。
唇に伝わるミュウフラウゼの震えを感じ取った時、彼は至福の中にいた。
唇に触れる、互いの、柔らかく甘い感触と体温。そして鼓動。
それだけが、ふたりの感じる全てだった。
まるで、ひとつに融け合うように……。
やがて、どちらからともなく唇が離れる。
その頃には、ミュウフラウゼの顔は真っ赤に染まっていた。
なぜ、これほどまでに心がときめくのだろう。
ただ、唇を合わせただけなのに。
わずか16歳にして、歪んだ性愛のほとんどを受け入れた少年にとって、それは新鮮な驚きだった。
「……兄さま…好き……好きよ。好きなの……!」
「うん……うん……!」
少女のひとこと一言が、少年の耳道と心を満たしてゆく。
厚く張り詰め、閉ざされていたものが氷解するように、ゆっくり、ゆっくりと……。
アデルは、視界がぼやけるのを感じながら、ミュウの閉じられた瞼に口付けた。
チュ……チュ……。
幾度も、幾度も……。
「ぁ……ぁぁ……兄さま…」
不意に、ミュウフラウゼの瞳から涙が零れ落ちた。
「ミュウ……?」
「ううん……違うの。違うの……わたし……うれしいの…。だから……」
少女の健気な言葉に、アデルの胸は熱くなった。
額に、頬に、そしてうなじにと、順に口付ける。
「ミュウフラウゼ……。愛している。愛しているよ……」
「あぁ……」
肩へ、細い鎖骨へと、熱い想いを込めた口付けを受けながら、ミュウフラウゼは切ないため息を漏らした。
兄の告白に感じ入ったように、全身を震わせながら。
今、アデルの目の前には、ミュウフラウゼの無防備な肢体があった。
しっとりと濡れた肌はほてり、これから始まるであろう行為への、恐れと期待のために小刻みに震えている。
少年は妹の艶やかな黒髪を撫でてやりながら、どんなことがあっても、この子を守り通そうと心に決めていた。
この、愛しい妹を……。
わずか12歳のミュウフラウゼの乳房は、まだ完全にはふくらみきっていない。
その薄い胸を優しく撫で回すと、幼い少女は、正体の分からない感覚に身を震わせた。
実の妹の体を愛撫するという背徳感が、甘美な快感へと変わって行くのを感じながら、アデルはその頂に唇を寄せた。
「あぅ……っ…!」
妹が白い喉をのけぞらせるのを、上目づかいに見遣りながら、アデルの舌は、その先端の微かな窪みを探り当てていた。
やがて、ミュウの呼気が甘い吐息に変わるまで、そう長い時間を必要としなかった。
アーデルレット・シャトー、16歳。
ミュウフラウゼ・シャトー、12歳。
ふたりの許されない愛の、その先には……。
(to be continued)
(98/10/29 第一稿)