§episode01
「SLAVE」

Written by Myaa. Works in 1998.


 

 

パンッ、パンッ……!

ギシッ、ギシィッ、キシッ……。

 

タプッ、たぷッ……!

ギッ、ギシッ……。

 

「んはっ、ぁはあぁ…くぅ……ん」

 

肉と肉のぶつかり合う、湿り気を帯びた淫靡な連続音が、室内に充満した香りのきつい香水と、濃い「女の匂い」を掻き回した。

脳髄が痺れるような、鼻にかかったような女の声が、広い寝台の天蓋に反響する度に、その匂いをより濃密にする。

 

真っ白なシーツには、ところどころに体液の染みが広がっている。

もちろんそれは、その上で絡み合う男女から分泌されたものだ。

それらの肉欲の匂いが交じり合い、室内の空気を媚薬へと変えていた。

 

ニチュッ、ニチャッ……。

 

粘性の音が混じり始める。

女の情欲が昂ぶり、より多くの体液を分泌させ始めたためだろう。

「雄」の陰茎と「雌」の淫裂が生み出す卑猥な音色が、不協和音となって、さらに神経を蕩けさせる。

それは、男が射精し、その粘液を熱いぬかるみへと受け入れた女が頂に達するまで続く……。

 

 

 

 

 

 

そこは腐臭のする場所だった。

喩え、その渦中にいる者達が気付き得なかったとしても、アデルはその匂いを正確に読み取っていた。

十一の歳からこの世界に身を置いたアデルだが、その爛(ただ)れた腐敗臭だけは、未だに慣れるものではなかった。

もっとも、そんな感覚は麻痺してしまった方が、精神的には余程楽であったに違いない。

実際、アデルはそうして「染まって」しまった同じ境遇の仲間を幾人も知っている。それも、指折り数えるのに、両方の手の指では足りないほどだ。

しかし、彼等は二度と「こちら側」に戻ってくることはなかった。

 

ヴァレーズの宮廷。

ここは、あらゆる歪んだ性の巣窟。

 

淫猥、堕落、不徳。

正常な思考では決して測ることのできない、退廃の宴が毎日繰り返される。

昼夜を問わず。 

 

……貴族制というものは、常に腐敗の温床である。

彼等の選民意識は、やがて他者否定、いずれは絶対的な自己肯定へと変貌を遂げ得る。

生まれた時からそうした環境に置かれれば、何のためらいもなくそういった「常識」を受け入れるであろう。

そうして何世紀もかけて、貴族「社会」は腐って行く。

それは、治癒困難な病巣にも似て、回復させるためには大々的な手術が必要である。

この場合「手術」とは「革命」や「大粛清」を指すが、現在のところ、この国にはそのために必要な「英雄」や「名君」は出現していない。

 

金銭欲・名誉欲・自己顕示欲・支配欲、そして肉欲。

貴族たちは、その強大な特権の下に、法を作り変え、道徳を犯し、禁断の果実を貪る。

そして、制度的に支配欲を満たしがたい女性においては、それは肉欲に偏る傾向にあるようだった。

この王国では、不義は発覚すれば死罰と決まっている。他人の夫と通じる代わりに、彼女らは好んで少年を身辺に置いた。

そして、肉体的な欲求を満たす見返りとして、幾ばくかの金銭を与えた。

彼らのほとんどは平民であり、生活に窮した親に人身御供として遣わされたり、または孤児が日々の糧を稼ぐために、自ら性奴として宮廷に上がった。

 

アーデルレット・シャトー。この年十四歳。

「フォン」の称号を持たない彼が宮廷に出入りをしているのは、つまりはそういうことである。

 

 

 

 

 

「んあぁぁ……っ!」

 

自分の下腹部に跨って、獣のように腰を振る女を、アデルはひどく醒めた表情で「見下ろし」ていた。

幸いその貴婦人は、行為に没頭している上に、こちらに背を向けて跨っているため、彼の氷のような瞳を見ることはなかった。

 

その貴婦人──ベルベット伯爵夫人は、アデルの「お得意」であり、30代という熟れた身体を持て余す、かなりの美貌の持ち主である。

しかし、その美しさが外見だけであることを、アデルは良く知っている。

この女は、他家の貴族の子弟や使用人と姦通し、それが露見しそうになると、その身分を盾に、先んじて断罪して自らの立場を守るというようなことを繰り返していた。無論、彼女と通じていた男たちは、全て処刑されるか、去勢されて追放の憂き目に遭っている。

しかし、さすがに近頃はそれをまずいと思ったのか、今度は平民の少年を買い漁るようになったのである。

そんな彼女でも、たるんだ肉を醜く震わせながらのしかかってくるような、女の容貌をした物の怪たちや、歪んだ性癖を持つ女たちと比べれば、まだ「上客」といえるかもしれなかった。

中には、少年の未発達な菊座を貫いたり、その若い肌を鞭でなじったり、美しい顔を切り裂いたりしなけれれば、快感を得られないという、倒錯妄執癖を持つものもいたのだから。

彼女らに買われた同僚たちとは、二度と会うことはなかった。ここでは、平民の少年が何十人消えたくらいでは、騒ぎの種にもならないのだ。

 

 

「ああっ、もっと、もっとよ!もっと激しく突き上げなさい……!そうよ、そうっ!」

「くっ……っ」

 

女の肉が、アデルの性器をきつく絞り上げる。熟しきり、しとどに濡れそぼる膣壁が、彼の幼い性器に絡みつき、口腔愛撫のように弄りまわす。

彼の醒めた気持ちとは裏腹に、彼の身体は射精欲に駆られてひくつきを繰り返しはじめた。

それは彼が望んだからでなく、そう「育て」られてきたからだ。

 

「いいわよ……っ!もっと深く差し込むの!」

 

女は、快楽に歪んだ声を上げながら、自らの胸を右手で絞り上げる。

そして、空いた方の左手は、アデルとの接合部を這い回り、少年の若い茎や、緊張を増して膨れ上がる木の実の入った袋を揉みしだく。

 

「うぅ……っ」

「フフ……いやらしいコ、感じているのね。でも、まだ気をやっては駄目よ……」

 

妖艶に微笑んだ女は、アデルの腹部に激痛が走るほど、袋を掴み上げ、その中に収まった木の実を擦り合わせた。

痛みのために、絶頂が遠退いて行く。

少年の昂ぶりが収まったのを確認すると、女は艶麗な赤い唇を歪め、先ほどよりも激しく腰を前後に振り出した。

 

にちゅ、にちゃという粘液質の音が激しさを増し、濃い性臭は益々濃密さを増して行く。

アデルは痺れるような痛みの余波に、やや呆然と前を見ていた。

赤く充血し、男と女の体液で濡れそぼった卑猥な唇に、自分のものが埋没しては顔を出す。

見慣れた光景だが、やはりそれは現実離れした光景だった。

 

女の喘ぎが、段々せわしなくなり、アデルの幹を締めつける動きも増してくる。

そろそろ絶頂が近いのだ、と少年は思った。

この世界に三年もいれば、嫌でもそんなことが分かるようになる。

 

「ああーっ、来る、来そうよっ!!もっと激しく、もっと嫌らしく腰を振りなさい!」

「………」

 

女は口の端から涎を垂らしながら、正気を失ったように繰り返す。

あからさまな「牝」の表情に、アデルはその秀麗な眉を顰めたが、言われた通りに下から回転させるような動きを加えて、腰を突き上げた。

 

「あ、あ、あ、あ、あっ、あーーーーーーーーーーっっ!!」

 

その動きに耐えかねたように、女は一際大きな嬌声を上げて、弓なりに背を仰け反らせた。

 

「……くっ」

 

女が絶頂を迎えるのと同時に、きつく膣壁が収縮し、アデルは引きこまれるように射精していた。

若い幹から打ち出される精が、次々と女の子宮の入り口に叩きつけられる。

熱い噴射を胎内深く打ち込まれた女は、絶頂の余波にひくひくと身を震わせ……落ちた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ……は、ふ……はぁ……」

 

上体を反転させると倒れ込むようにして、女は少年の胸に顔を埋めた。熱い火照りが、胸板を通じて伝わってくる。

しかし、それがアデルにもたらすのは、安らぎではなく疲労感だけだ。

 

「フフ……元気ね」

 

しばらく荒い息をついていた女は、胎内のアデルが全く勢いを失っていないことに気づき、妖しく目を細めた。

膣内は、アデルの出した精が溢れ返っている。

女は上体を起こすと、両側の花弁に指を添えて、ゆっくりとアデルを抜き出して行った。

女と自らの体液にまみれた幹がすっかり抜けきると、栓を失った蜜壺から、ごぽっ、と粟立った粘液が溢れ出した。

零れる白い塊を見せ付けるように、腰を前に突き出しながら、女は嘲笑った。

 

「フフ……こんなに濃密なのを出されたら、孕むかしらね……」

「………」

 

その言葉が、ただ自分をなじるためのものであることを、アデルは知っている。

女は不妊薬を飲んでおり、孕むことは決してない。

女はただ、アデルの表情の変化を愉しみたいだけなのだ。

 

しばらく、零れる粘液を少年の幹に擦り付けていた女は、アデルが表情を動かさないので、つまらなそうに腰を下ろした。

 

「相変わらず、無表情なのね……でも」

 

そこがいいのよ、という言葉を胸の内で続けて、ベルベット伯爵夫人は、少年の精液と自分の体液まみれのペニスに、ゆっくりと舌を絡めていった。

 

 

 

 

 

 

ベルベット邸から解放された頃には、既に辺りには夕闇が落ちていた。

貴族の邸宅が立ち並ぶ貴族区から街区に向けて歩を進めるアデルの顔は、十四歳の少年とは思えないほど、固く冷え切っていた。

秋の冷たい風に、少年は肩をすくめて身体を縮こませる。

自分のしていることは、頭では割り切っている。しかし、彼の心が荒んで行くのは、どうしようもない事実だった。

 

「よう、アデルじゃねーか」

 

ふと、路傍でアデルは呼び止められる。

普通だったら、そのまま歩み去るところだが、アデルにはその声に心当りがあった。

もっとも、こんな場所で彼を愛称で呼ぶ人物は、一人しかいなかったが。

 

「………」

 

無言で振り返る少年を、薄汚れた甲冑に身を包んだ大柄な傭兵が見つめている。

赤いぼさぼさの髪を適当に刈っている傷だらけの人物は、こう見えてもれっきとした女性である。

 

「相変わらず、辛気臭い顔してるな」

 

ぶっきらぼうな物言いだが、その声にはどこか少年を労わるような響きがあった。

 

「もう少しいい顔しねーと、可愛い顔が台無しだぜ。いつもしかめっ面してると、眉が寄ったままになっちまうぞ?」

「……余計なお世話だよ」

「ご機嫌ななめだな」

 

気を悪くしたように、少年はむっつりと黙り込んで再び歩き出した。

女傭兵は、肩をすくめて、ため息を一つついた。

 

「明日、あたしんトコへ来な!久しぶりに相手してやっから」

 

歩み去るアデルの背に、女傭兵は、あたりを憚らない馬鹿でかい声で呼びかけた。

気づかない振りで去って行く少年を見送りながら、女傭兵はもう一度ため息を漏らした。

 

「不憫だね、全く……」

 

 

 

 

 

 

 

「!……お帰りなさい、お兄さま」

 

家のドアを開けると、空気の流れを感じ取ったのか、奥にいた少女が、ゆっくりとした足取りで出迎えにやってきた。

その姿を見とめたアデルの顔が、別人のようにやさしくなる。

 

「ただいま、ミュウ」

「ご飯、できてるから、食べましょう」

 

彼女は何も聞かない。遅くなったことを責めるでもない。

ただ、閉じられたままの目で、優しく微笑むだけだ。

 

「うん。そうしようか」

 

僅かに言葉を詰まらせながらアデルがそう言うと、少女は嬉しそうにキッチンへと戻った。

アデルはドアを閉めると、室内の空気を胸一杯に吸いこんだ。

ようやく、「人間」の住む場所に帰ってきた。

ここだけが、彼の心を安らがせてくれる。

 

この帰る場所のために、ただ一人の肉親であるミュウフラウゼのためだけに、アデルは生きている。

二人分の生きる糧を稼ぐために、アデルは宮廷に上がる。

 

 

アデルとミュウ。

この二人が結ばれることになるのは、まだ遠い未来のことである。

 

そして、物語はここから始まる。

 

 

 

(to be continued) 

 


(99/04/30 第一稿)