|
1.ガタン・・ガタン・・
どことも知れない場所を1両の電車が走っている。
車内には向かい合わせに2人の人物が座っていた。
どうやら1方の5〜6歳の人がもう1方の14〜5歳の少年に声をかけているようだ。
ガタン・・ガタン・・
「・・誰?・・」
「碇シンジ」
「それは僕だ」
「僕は君だよ、自分と言うのは常に2人で出来ているものさ」
「2人?」
「実際に見られる自分とそれを見つめている自分だよ」
・
・
・
・
彼らがここに現れてから2人を見つめる者が居た。その者は何時からここに居るのか、なぜここに居るのか、自分が何者なのかも解らなかった。
只この場所に存在していただけ・・このままもう暫く何も無ければこの場所に同化してこの場所から消えていたかもしれない。
しかし、少し前からこの場所に何度か接触してくる少年が現れ、その少年が接触して来るたびに、その者は何かの"揺らぎ"を感じるようになって来ていた。
そして今、初めて少年がこの場所の中まで入って来ていた。
その時、いままでに無い大きな"揺らぎ"にその者は支配されて、やがてその"揺らぎ"が"感情"であることを、その者は理解した。
そしてその少年と共にこの場所に入ってきた物と、少年の会話を聞いてその少年の"碇シンジ"と言う名前を聞いたとき、その者の感情は爆発したかのような衝撃に襲われた。
・・・い・・かり・・シンジ・・?
・・誰?・・知って・・・いる・・名・・前・・
名前?・・私・・の名前・・私、誰・・・?
わた・・しは、・・ユ・・イ・・・・碇・・・ユイ・・
・・・・そう、私は碇ユイ!自分の名前を知ると同時にユイは全てを思い出していた、そして自分が今までの ー自分がエヴァに取り込まれてからのー "外"での出来事をすべて知っていることにきずいた。
・・・私は・・今まで何を・・シンジ・・ああ!何てこと、私が消えた所為でシンジは・・こんな筈では・・シンジにあんな辛い想いをさせてしまった!!・・・
ユイは自分を取り戻すと同時に大きな後悔に苛まれた、自分が未来の為にと望んで行った実験の失敗、その1度の失敗から大きく変わってしまった自分の"夢・希望"を託していた計画が結果的に自分が1番夢と希望を託し、1番幸せに成る様にと望んだ息子のシンジの人生を歪めて心を傷だらけにしてしまった。
・・・なぜこんな・・どうしてゲンドウさんは・・補完計画?・・どうして・・あれは封印された筈では・・・・
・
・
自分を取り戻してから暫しの間記憶が混乱して周りが見えない状態に陥っていたユイの心に突然シンジの叫びが響いてきた。
「僕は要らない子供なんだ!!」
・・・そんなこと無い!・・そんなこと無いのよシンジ!!
ユイはシンジの叫びに応えようとしたが、何かに邪魔されてその声はシンジには届かなかった。
どうやら5〜6歳のシンジの姿をした物が邪魔をしている様だ。
小さなシンジが今の14歳のシンジを問い詰めて、さらに14歳のシンジを追い込んでいく。
・・・シンジ!!・・
5〜6歳のシンジを見ていたユイはその正体が解った。
・・あれはまさか使徒?・・なぜ使徒がシンジに接触を?・・人の心を調べてるとでも?・・
だがすぐにユイは使徒に対して大きな怒りを感じた。
・・そんなことはどうでもいいわ。とにかくシンジを助けなくては!・・
今度は先ほどと違い、使徒に対して怒りの感情を想いきりぶつける様にして、シンジ達の居る場所に向かって飛び込んでいった。
バリン!
何かガラスの壁のような物を突き破った感じがして、シンジ達の居る電車の中にユイは文字どうり飛び込んだ。
「シンジ!!」
飛び込むとすぐにシンジを抱きしめた。
「え?・・・だ・誰?」
突然抱きしめられたシンジは、訳が解らなかった。
抱きしめられる前は、5〜6歳の姿をした自分に自分の触れたくない事・気がつきたく無い事を突きつけられて、シンジの心はその痛みから逃れるために、周り全てを否定して数少ない良い思いでーエヴァに乗ることで皆(ゲンドウ)に誉められるーに縋り付こうとしていた。
所が、抱きしめられたら混乱はしていたが、先ほどの不安感や心の痛みが消えてゆくのが解った。
「シンジ・・あなたは要らない子なんかじゃ無いわ。私の大切な子供なのよ」
そう言って抱きしめる腕にさらに力をこめるユイ。そしてユイは振り向いて、そこに居る使徒に向かって言い放った。
「この子はお前なんかには絶対渡さない!早くここから去りなさい!」
ユイが言ったと同時に、ユイ達と使徒の間に半透明の壁のような物が現れて、使徒をはじき飛ばした。パンッ!と言う音がして周りの車内の風景が消えて先ほどまでユイの居た所と同じ何も無い空間になっていた。
使徒が消えたのを確認したユイは、改めてシンジを抱きしめた。
「シンジ、もう大丈夫よ。今までゴメンね!側に居てあげられなくて・・」
「あなたは要らない子じゃ無い!私のかけがえの無い大事な子供だもの!」
ギュッ!そう言いながらシンジを抱きしめていた・・・
一方、抱き締められたシンジは、初めの混乱から脱して自分の置かれた状況を確認した途端に、今度は体全体を真っ赤にして活動停止状態に陥っていた。「シンジ?・・どうしたの?」
暫くしてようやくユイはシンジの様子がおかしいことに気がついた。
「シンジ、どうしたの?まさか・・・精神汚染?」
ユイは先ほどまでの使徒との接触による影響を考えた。
「シンジ?・・シンジ!!・・どうしたの?!」
ユイはシンジの肩を揺すって声を掛けた。
シンジは相変わらず真っ赤になったままカックンカックン揺すられていた。
「シンジ!!どうしたの!しっかりして!!・・・・あら?」
ここに来てようやくユイはシンジが停止している理由に思い至った。
・・イヤだ!私裸だわ!・・・それでシンジったら・・・服を何とかしなくちゃ。
そう考えた途端、ユイは服を身に着けていた。
「あら、便利ね・・・そうか、ここではイメージした事をそのまま具現化できるのね、
さて!・・・シンジ!シンジ!!起きなさい!シンジ」
「う〜ん胸が・・裸が・・・」
「何馬鹿言ってるの!シンジしっかりなさい!」
「う〜ん・・・ん?・・・あれ?・・・」
シンジくん再起動に成功したようだ。
「シンジ、起きた?大丈夫?」
「え?・・誰?・・・」
「判らない?・・・そっか、しょうがないか・・・あれからもう10年になるものね・・・」
ある程度予想はしていたが、実際に忘れられていることを認識するのはユイには辛かった。
「シンジ、あなたのお母さんよ」
「母さん?・・・嘘だ!父さんは母さんは死んだって言ってたし、お墓だってちゃんと有るし」
シンジはユイの言葉が信じられなかった、いや信じたくなかった。本音はユイの言葉に縋り付きたかった、しかしシンジの今までの辛すぎる経験が、安易な希望に頼ることに本能的な恐怖を感じていた。
頼った希望が大きければ大きいほど、その希望に裏切られたときの傷が大きくなる為に、シンジは希望にすがることその物を避けていた。
「信じられない?私があなたのお母さんだって・・・私の顔に覚えない?」
ユイは慌てることなく、シンジに笑顔を向け優しく抱き締めながら言葉を掛け続けた。
「母さんは・・・死んだ・・筈・・でも・・?」
シンジはユイの笑顔と声に覚えが有るような気がした。その時不意に、昔のある光景が脳裏に浮かんだ。
それは小さなシンジに微笑みかけて声を掛ける母の姿だった。
その母の姿と、今自分を抱き締めてくれている女性の姿が重なった。
「本当に?本当に母さん?・・・でもどうして?死んだんじゃなかったの?今までどこに居たの?・・・・お母さん!!」
シンジは母と確認すると、自分から抱き着いて行きながら疑問をぶつけていた。ユイはシンジが解ってくれたのを確認すると、シンジを抱く手に力を込めた。
「ゴメンねシンジ、母さん側に居ることが出来なくて、その所為で辛い思いをさせちゃったものね・・・本当にゴメンね」「母さん今までこの場所にずっと取り込まれて居たの・・・シンジは覚えていない?母さんが受けた実験のことを」
ユイは自分の状況を説明する為に、敢えてシンジが恐らくは意図的に忘れている自分が消えた実験の話をした。それは、今の自分の置かれた状況をシンジに理解してもらう為には、あの実験の事を避けていてはダメだと思ったからだった。
「取り込まれていた・・この場所に?・・・ここってどこ?それに実験?それって・・・」「ここはエヴァの中よ、本来エヴァの・・いえ、アダムの心があるべき場所よ、今は代わりに私が居る場所・・・そして実験は、10年前に行われたエヴァと人間の初めてのシンクロテスト、その時の被験者は私・・・そしてシンジはその場所に居たのよ・・・覚えてない?」
「その実験の結果、私はエヴァに・・・この場所に取り込まれてしまった・・・つまり現実世界から消えてしまったのよ」
「シンクロテスト?・・・母さんが消えた?・・・・・僕も・・居た?・・」
「そうよ、まだゲヒルンと呼ばれていたネルフ本部で・・・」
ユイは抱き締めていた手をシンジの肩において、シンジの目を優しく見つめながらシンジに話していた。ユイの話を聞いて、シンジの脳裏におぼろげに浮かんでくる光景が有った・・・
「あ・・・そう・・だ・・・あの時・・母さんにつれられて・・」
母に連れられて行った機械に囲まれた広い部屋・・・部屋の大きな窓の外に有った沢山のコード等に囲まれた巨人・・・その巨人に乗り込む母の姿・・・その後突如光に包まれ、動き始める巨人・・・
ユイはシンジが辛い記憶を思いだし始めていることが解った。
再びシンジを強く抱き締めながら、ユイは自分もあの実験の事を思い出していた。プロトタイプのエントリープラグの中の眺め・・・その中の外を映し出すモニターに映るコントロールルーム、そしてそこでこちらを楽しげに眺めている幼いシンジの姿・・・やがて始められる初の人類によるエヴァとのシンクロテスト・・・シンクロすると同時に光に包まれるエントリープラグの中とエヴァの素体・・・光の中、薄れていく意識の中最後に見た恐れ泣いているシンジの姿・・・その後自分が何処かに落ちていくような感覚・・・ユイの記憶はそこで途切れている・・・
「そうだ・・・あの時僕は、怖くなって・・・逃げたんだ!!」「それから父さんは僕を捨ててどこかに行ってしまった・・・」
「あそこで・・僕が逃げたから・・・だから父さんは・・・僕を・・!」
シンジはその時の事を思い出した。それと同時に、今までの自分の境遇がその時の自分の行動が元凶なのでは・・・との思いに囚われていた。その事に気がついたユイは、シンジに声を掛けた。
「あの時シンジはまだ4歳だったのよ?そんな小さい時にあんな事が有ったら怖くて逃げ出したくなるのは当たり前なことなの、だからシンジは何も悪くないのよ!むしろ悪いのはあの時からシンジの側に居て上げられなかった私や、私と違ってシンジの側に居て守って上げる事が出来たはずなのに、自分の都合でシンジから離れていったゲンドウさん・・・いえお父さんの方なの。」「でも誰も僕を必要だと言ってくれなかった・・・誰も優しくしてくれなかった!」
「ゴメンね、シンジ!・・そんなに辛い思いをさせちゃったのね!ゴメンね!!」
ユイはシンジの不安を打ち消すように、不安を取り除くようにさらに優しく抱き締めながら声を掛けた。
「大丈夫!これからはそんなこと無いわ!!今の私はこんな状態だから何時も一緒に居られるわけじゃ無いけど、これからは会おうと思えばすぐに会えるわ」「本当?でも母さんは・・・エヴァに・・・」
シンジはユイの言葉を聞いて、先ほどまでの不安や恐怖が消えていくのが解った。
「確かに今の私は、ココから・・エヴァから出ることは出来ないけどシンジとなら会うことが出来るわ、今みたいにシンジがエヴァに乗っている時にね!」「エヴァに載っている時?今みたいに?・・じゃあやっぱり今僕はまだエヴァに乗ってるんだ・・・でもどうして今まで会えなかったの?・・何回もエヴァに乗ってたのに」
「今までは私がほとんど眠った状態だったから、シンジがエヴァに乗っても何も感じなかったのよ・・でもこれからは私が目覚めたからエヴァに乗っている時は何時でも会えるわ、後シンジが望めば恐らく眠っている時にも会うことが出来る筈よ」
「そうなんだ・・・本当にこれからは母さんに会えるんだ!」
「ええそうよ!・・・やっと笑顔を見せてくれたわねシンジ」
ユイと話してる内に、シンジの顔が今までにない位、穏やかで満ち足りた笑顔を浮かべていた・・・そこには以前のような暗い影は全く無かった。
その笑顔を見たユイも同じような笑顔を浮かべシンジを更に強く抱き締めた。
「母さん!!会いたかった・・・ずっと会いたかったんだ」「私もよ、会いたかったわシンジ!!」
二人の頬にはいつのまにか涙が流れていた・・・
ご意見・ご感想はこちらまで
(updete 2002/09/14)