written by FUJIWARA |
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The Next Generation of "NEON GENESIS
EVANGELION"
第2話 黒い悪魔
アイたちが「ami」で夕食を楽しんでいるちょうどそのころ。 ジオフロントにあるネルフ総本部、中央作戦発令所。 巨大な立体スクリーンに映し出された映像を、オペレーター席から固唾を呑んで見つめる人たちがいた。
『ウオォォォォォーーン』
甲高い咆吼をあげながら一体の巨大な物体が街を徘徊している。 は虫類を連想させるような、不気味なフォルム。 やがて国連軍の戦車や戦闘機が蟻のように群がってきて、その生き物めがけてミサイルをたたきつける。
ズガガガカァァァン! 爆音。
だが、その巨人はそんな攻撃をものともせず、建物を片っ端から破壊し続け、また、長い手をしゅるしゅると伸ばしては戦闘機をたたき落とし、足で戦車を踏み潰す。 あちこちで起こる爆発、逃げまどう人々。 爆音に重なる、英語の悲鳴。
スクリーンで繰り広げられている惨劇を見つめるほとんどの人間が、その巨人が何であるのか知っていた。
「エヴァ量産機……!?」
ネルフ総本部、作戦担当副司令の加持ミサトは、喉の奥から絞り出すような声を出す。 40代前半とは思えない若々しい美貌の持ち主だが、その顔面は蒼白、両目は大きく見開かれ、噛みしめられた唇は青く変色している。
「どうして……? あれはシンジ君とアスカが全て倒したはずなのに……」 「よくご覧なさい、ミサト。色が違うわ」
冷静な声がして、ミサトは傍らに立つ親友に目を向けた。 金髪に白衣という長年変わらない格好をした赤木リツコ、技術担当副司令がスクリーンに投影された光景に目を向けたまま、言葉をつなげる。
「あのとき、2人が倒したエヴァ量産機は白だったはず。だけどこれは真っ黒だわ」 「……そうだったわね」 「姿形はまさしく、あのときのエヴァだけど、ね」
楽しむかのように殺戮と破壊を続ける黒いエヴァ量産機。 だが、突然立ち止まると全身から閃光を放つ。 スクリーンを通しても余りの眩しさに思わず目をつぶってしまうほどの光。 そしてスクリーンはブラックアウトする。 だが映像が切れる寸前、ミサトは見た。 焦土と化した大地を。 そこにあったはずの建物も、道も、人も、兵器でさえ一瞬のうちに消え去ってしまっているのを。
「……ネ、ネルフアメリカ第1支部、消滅」 報告する女性オペレーターは、恐怖からか声が震えていた。 無理もなかった。
「量産機は、どうなったのかね?」 落ち着いた、あるいは落ち着きを装った声がして、その場にいる全員が頭上の司令席を見やった。 冬月コウゾウ。 彼らを束ねるネルフ総司令が黒い制服に身を包んで、腕を組みながら立っていた。
「……第1支部を消滅させたあと、強力な妨害電波を放出。行方をくらましています」 「ATフィールドのおかげで自らは無傷、というわけだな。……MAGIの予測はどうなっている?」 「次は間違いなくここ、ネルフ総本部を襲撃すると……、MAGIは推測しています」 オペレーターに代わって冬月に答えたのはミサトだった。
ミサトの声が震えている。 だが、それは恐怖からではない。無念さからだった。
(あの子たちが命を賭けてまでやったことは何だったの? 何のためにあの子たちは……!?) 激しい憤りが、ミサトの胸の中を駆けめぐる。 胸中を去来するのは、10年前の惨劇。 9体の白い巨人と、1体の赤い巨人との壮絶な戦闘。 そして、還らなかった自分の大切な家族。
「予想される襲撃の時期は?」 「……一週間後と」 相変わらず冷静な口調で今度はリツコが応じた。 彼女の母親が生み出し、自ら改良を重ねたスーパーコンピューター、MAGI。 それが算出した回答は、たとえ最悪であろうとも間違いがあるなどとは心の片隅にも思っていない。 冷徹な科学者としての一面がにじみ出る。 いま彼女がしなければならないのは、状況の分析と的確な対処。 そのためには感情は捨てなければならない。 リツコは唇を噛みしめ、ミサトを見つめる。 ミサトはうつむいたまま、肩を震わせていた。
「よし、総員第一種警戒態勢。あわせて国連軍に対し、迎撃態勢を整えておくよう要請」 「了解しました」 冬月が命令を下し、リツコが答える。 「だが……、恐らく無駄だろう。エヴァに対抗できるのはエヴァのみだ。ATフィールドは通常兵器では破ることはできん」 苦虫を噛みつぶすような表情で、冬月はいった。 アメリカ第1支部を襲った量産機を思い出す。 オレンジ色の光壁で、あらゆる攻撃を遮断する量産機。 あの絶対領域を中和しないことには、ダメージを与えることはできない。 そしてそれが可能なのは、同じエヴァンゲリオンだけ。
「それにしてもあの黒いエヴァを送りつけたのは……、やはり……」 「ゼーレ」
長い髪を後ろでしっぽのように結い、無精ひげを生やした長身の男、特殊監察部長の加持リョウジ一佐が冬月の背後から現れて、いった。 こんな状況下でも、大胆にも笑みを浮かべているのが彼らしい、といえた。 だが、目は笑っていない。 鋭い眼光は、ブラックアウトしたままのスクリーンに注がれている。
「あの組織は10年前に潰したはずだったんだがな。ツメが甘かったというわけか。俺としたことが……」 リョウジは小さく舌打ちする。 「いやはや……、お偉方の執念には頭の下がる思いだな。アダムと融合した碇の死によって人類補完計画が挫折したいま、強大なエヴァの力で再び世界を握るつもりか」 「全くですな」 リョウジは今度こそニヤリ、と笑った。 「加持一佐。今回の奴らの行動をどう見る?」 「最後通牒、といったところでしょうか」 「ふむ」 「大人しく、ゼーレの軍門に下れ。さもなければネルフ総本部も同じ運命をたどることになる。ネルフにもうエヴァはない」 かつてネルフは3体のエヴァを保有していたが、零号機は自爆によって消滅、初号機は永久凍結が決まり、残る弐号機にはパイロットがいなかった。 「なるほどな」 「いかがなさいますか、総司令」 リツコが冬月に訊ねる。 ミサトも顔をあげて、冬月を見つめる。
やがて、冬月は強い口調でいった。 「再びゼーレに従うつもりなどない。そんなことをしたら、10年前に犠牲になったシンジ君たちに申し訳が立たんからな」 「それでは戦いますか」 リョウジの軽い口調に、冬月は即座に応じた。 「当然だ。赤木君。ダミープラグによるエヴァンゲリオン弐号機の起動の可能性は?」 「ゼロです」 間髪入れず、リツコは答える。 ダミーシステムはあくまでエヴァ初号機を対象にしたものであり、弐号機との互換性は全くない。 「綾波レイ、鈴原トウジ両名のパイロット適性は?」 「ゼロです」 同じ台詞を、リツコは繰り返す。 2人は20歳になった途端、パイロットとしての適性がバッタリと失われていた。 すなわち、大人になってしまった彼らにはもうエヴァンゲリオンを起動することはできなかった。 2人のシンクロテストはいまなお継続されているものの、彼らが5パーセント以上のシンクロ率を出したことは一度もない。 起動に必要な要因のひとつ、A10神経が、成長するに従って変容してしまったことが原因と推測されていた。
「仕方がない。我々に残るのはZ計画しかない」 しばらく黙ったあと、冬月はいった。 その言葉を耳にして、ミサトの目が大きく見開かれる。
Z計画。 ネルフのほんの一握りにしか知らされていない、「もうあとがない」計画。 その内容は、新しく選抜した適格者の効果的な教育方法。 そしてそこに記されている新しい適格者は、たった1人。
「赤木君。10分後に会議を開く。日向、青葉、伊吹の3人を招集」 かつてのオペレーター3人組。いまなおネルフに幹部として残っていた。 日向マコトは作戦部長、青葉シゲルは作戦部副部長、伊吹マヤは技術開発部長として。 なお、彼らにZ計画は知らされていない。
「それから、明日じゅうにも綾波レイと……、彼女を呼んでおいてくれ」 「碇……、アイですね」
初めてリツコの声に感情がこもった。 元セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーに生き写しの少女の笑顔が、リツコの脳裏に浮かぶ。 2人のパイロットの血を受け継ぐ、運命の子ども。 そして、Z計画に記された、新たな適格者。 リツコ自身はアイと言葉を交わしたことはない。 だが、アイに関する情報は、諜報部を通して常時リツコの元に届けられている。
「そうだ。エヴァンゲリオン弐号機。いま、あれを動かせるのは彼女しかいない。シンジ君とアスカ君の血を引く、いま残っているたった1人のチルドレンだ」 「分かりました」 「しかし、アイ君がエヴァに乗ることを承知するかどうか……」 「全ての真相を彼女に伝えます。ネルフ、エヴァ、そしてシンジ君とアスカのことを……。それでもエヴァに乗ることを了承しないのなら……」 リツコは唇をぐっと噛みしめていう。 「……洗脳するしかありません」
「だめよ、それだけはだめ……」 ミサトはうつむいたまま、ポツリと呟く。 自らの復讐のためとはいえ、子どもたちを戦いの場に追いやったことはミサトの精神に多大な打撃を与えていた。 だからこそ、ミサトは最後の最後までZ計画には反対したのだ。
「仕方ないわ、ミサト……」 ミサトの肩に手を置いて、リツコは親友を慰めようとする。 だが、ミサトはその手を振り払って、叫んだ。 「アイにもしものことがあったら、あの子たちに何て謝ればいいのよ!?」
ミサトの心からの叫びに、誰もが押し黙ってしまう。 「また……、また子どもたちを危険な目に遭わせてしまうのね……」 ミサトは高ぶる感情を抑えきれず、その場にうずくまり、慟哭した。 両目からあふれ出た大粒の涙が、床に小さな水たまりをつくっていく。
「ごめんね……、ごめんねシンジ君……、アスカ!」 うわごとのように謝罪の言葉を吐き、涙を流すミサトに、誰も声をかけられない。 上司も、親友も、愛する夫でさえも何もいえず、泣き続ける彼女を見つめるしかなかった。 |
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<2000.08.01> |