written by FUJIWARA |
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The Next Generation of "NEON GENESIS
EVANGELION"
第4話 決断、そして閉ざした心
夕暮れの第3新東京市。 13年前、エヴァンゲリオン零号機の自爆によって壊滅状態だったが、そのあと奇跡的に復興を遂げ、いまでは再び遷都計画が持ち上がっていた。 やがて甲高く響くサイレンと共に、ビルが地面から生えてくる。 ゆっくりと。 逆光のせいでビルは真っ黒。けれどどこか神秘的なこの光景がアイは大好きだった。 そんな大好きな光景を、アイはコンフォート17マンションにほど近い、第3新東京市を一望できる公園から見つめていた。 幼いころからレイにねだってよく連れてきてもらった公園。 成長してからは1人で訪れ、ビルが地面から生えていく様子を飽きもせずに眺めていた。 そうしているとレイがやってきて、いつも一緒に第3新東京市を眺めたものだった。
だがいま、アイの隣にはレイはいない。 代わりに黒いスーツに黒いサングラスをつけた、背の高い男が2人。 男たちは口元を引き締めたまま、アイから数メートル離れて立っている。 彼ら以外には、人はいない。
「使徒迎撃要塞都市、第3新東京市、か……」 オレンジ色に染まった街を眺めながら、アイは呟く。 「あたしの大好きな人たちが住む、第3新東京市……。ママと、本当のお父さんとお母さんが守った街」 固く握りしめられる、アイの右手。 「それを今度は、あたしが守る」 (あたしはそのために、育てられた。……そのため、だけに)
「時間だ」 アイの背後にいた男たちが声をかけると、アイは振り返った。 アイの顔には、氷のように冷たくて感情の欠片もない表情が張りついていた。
それより数時間前、アイは決断を迫られていた。 足がぶるぶる震えるのを感じる。 緊張? 驚愕? それとも、恐怖か?
リツコの冷静な声で気を取り直したミサトが再び口を開いた。 「私たちは強制はしないわ。あなたが弐号機に乗りたくないのならそれでいいの。どうするの? 乗るのか、乗らないのか」
だがそれは嘘。 万が一アイが拒否した場合、洗脳という手段しか残されていない。
しんと静まりかえった部屋。誰もが息を殺してアイの答えを待っている。 数秒後、アイはためらいつつ、ミサトに問いかけた。 「……もし、あたしが乗らなかったら、どうなるんですか?」 「世界が、終わるわ」 「……!」 「いま、あの敵に対抗できる唯一の手段がエヴァ。あなた以外にエヴァに乗ることのできる人はいないわ。あなたが乗らなかったらもう終わり。あの敵が好きなだけ暴れ回って、世界を破滅に追いやるでしょうね」 「でも、量産機は10年前、碇君とアスカが全て殲滅したはず……」
少し落ち着きを取り戻したレイの声に、アイは身体をぴくっと硬直させる。 「それって……、あたしの本当の両親のこと?」 詰め寄るアイに、レイは困ったような表情を浮かべた。 「碇アイさん。あなたに真相を話してあげるわ」 リツコの言葉に、アイははっと息を呑んだ。
リツコは背後にあった椅子に腰掛け、ゆっくりした口調で話し始める。 「あなたの本当のお父さんは碇シンジ。エヴァンゲリオン初号機専属パイロット。あなたのお母さんは惣流・アスカ・ラングレー。エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット。……そして、綾波レイはエヴァンゲリオン零号機のパイロットだったの」 「ママも、パイロットだったの!?」 驚くアイに、レイは無表情を貫いた。
「シンジ君、アスカ、レイの3人はエヴァのパイロットとして使徒に立ち向かい、これを全て倒すことに成功した。あなたが生まれたのはそのすぐあと。だけど平和は長く続かなかったわ。10年前、あなたが3歳のとき。恐らく覚えていないでしょうけど、エヴァシリーズと呼ばれる量産機9体が再びこの第3新東京市を襲ったの」 3歳のときの記憶など、とうの昔に失われてしまっている。 アイはリツコの話を、どこか遠い世界で聞いていた。
「あなたのお父さんとお母さんはさっきあなたが見た弐号機に乗って量産機に立ち向かい、全てを倒した。だけど、その代償は大きかった。圧倒的なパワーを出した2人は弐号機に取り込まれてしまったわ。ようするに、消えてしまったの」 「……」 「2人が消えたあと、レイがあなたを育てることを希望した。だから私たちは全ての事実を隠し、レイをあなたの母親にしたの」 ミサトがあとを引き継ぐ。 「それと同時に作られたのがZ計画。新しいエヴァンゲリオンパイロットを効果的に教育して、再び使徒が現れたときにはこれを打ち破る。そしてそのZ計画に記されている新しいパイロットが、アイ、あなたなのよ」
ミサトのリツコの話は続いた。 レイに内緒でアイを薬を使って催眠状態にし、パイロットとしての適性があるかどうかテストしたこと。 その結果、じゅうぶん適性がある、と判断されたこと。 アイは常に監視され、その行動は逐一リツコに報告されてきたこと。 レイはもう、エヴァンゲリオンには乗れないこと。 鈴原トウジも元パイロットだったこと。
話が終わり、再び静まりかえる部屋。 時が、流れる。 やがてアイは訊ねた。 「あたしは、Z計画のためだけに育てられたんですか?」 ミサトもリツコも、そのアイの質問には首を横に振った。
(嘘つき) 両親がいなくなったときから作られていたというZ計画。その真相を知ったアイが、そんな上辺の否定を信じられるわけがない。 ましてや自分が催眠状態でテストされ、四六時中監視されていたという事実は、アイの繊細な心を打ちのめしていた。 (あたしって実験動物みたいじゃない。……ママだって、あたしを義務で育てていただけなんだね) こっそりレイを盗み見ると、レイは呆然と立ち尽くしていた。 それはZ計画について初めて知ったことによる動揺だったのだが、アイはそのレイの様子を取り違えた。 (やっぱり、そうなんだね) レイの様子を見て、アイは決断する。 悲しくて、悔しくなって涙があふれて、慌ててアイは袖で拭った。
「……分かりました」 諦めたような、冷めたアイの声。蒼い瞳に迷いの色はない。 「あたし、これに乗ります」 脚の震えはいつの間にかぴたりと止まっていた。
「だめ! アイ!」 レイが叫ぶ。そんなレイに、アイは笑いかける。 「ママ、本当はあたしも乗りたくなんかないよ。でも、あたししか乗れないんでしょ? あたし、そのためだけに育てられたんでしょ?」 「違う、違うわ!」 「いいよ、ママ、無理しなくても。それにあたしが乗らないと、世界が終わっちゃうんでしょ? ママが死ぬのなんて、あたし、イヤだよ」 「絶対にだめ! 許さないわ! 私たちのことより、自分のことを考えるの! 分かってるの!? 下手したら、アイが死ぬのよ!」 「うん。だけど、ママたちが死ぬよりはいい……」
パシィィィン!
レイの平手が、アイの頬に炸裂する。 アイはぶたれた頬を押さえようともせず、じっとレイを見つめる。 そんなアイに、レイは最後の切り札を出した。 「……もしもエヴァに乗るのなら、私、あなたとの親子の縁を切るわ」
さすがにアイの表情が強張る。 レイが義務でアイを育てている(とアイは信じている)という事実を知ったいまでさえ、レイには感謝の気持ちで一杯だ。 どうせ自由がないのなら、死んでしまうかもしれないのなら、レイのためだけに尽くしたい、と思う。 それがいままで育ててくれた、お礼のつもりだから。
だからアイはすぐ、笑みを浮かべた。 「……いままで育ててくれてありがとう、ママ。本当に嬉しかった。だから……、ごめんね、悪い子どもで」 レイは言葉を失った。
アイは表情を消してリツコに向き直った。 「乗ります」 「そう。後悔はしないのね」 「はい」 「量産機の襲来は一週間後。あなたにはそれまで起動実験と戦闘訓練を受けてもらいます。……辛いわよ」 「構いません」 「分かったわ」 「でもその前にひとつだけ、お願いがあるんですけど」 「何?」 「公園で夕焼け、見たいんです」 「いいわ」
リツコが合図すると、すぐに黒服、サングラスという格好をした男が2人、室内に入ってくる。 「アイさんの希望通りにしてあげて。私も行きます」 アイは背中を向けていたから、レイは気づかなかった。 アイの目から、一筋の涙がこぼれ落ちたことを。 だが、リツコは気づいた。
(ごめんなさい。この責任は必ずとるから) 心の中で、そう呟く。
リツコたちが出ていってしまうと、部屋にはミサトとレイだけが残った。 「くっ、アイ、アイィ……!」 その場に崩れ落ち、レイは大粒の涙を流す。 「ごめんなさい、碇君、アスカ。私……、守れなかった。アイを、守れなかった……。ごめんなさい、ごめんさない!」
「ごめんね、私たちのせいで……、ごめんね……」 後ろからレイを抱きしめるミサトの目からも、涙があふれ出ていた。 |
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<2000.08.02> |