written by FUJIWARA


 

The Next Generation of  "NEON GENESIS EVANGELION"

第5話 

 

 

 

暗闇の中に浮かび上がる、5つのモノリス。小さな部屋に響くのは、声だけ。

「ネルフは我々の通告を無視。第3新東京市は迎撃態勢に入った」

「ふむ」

「くくく、愚かなヤツらよ。エヴァ初号機なきいま、我らのエヴァシリーズに対抗できる手段があるとでも思っているのか」

「左様。初号機は永久凍結が決まっている。パイロットも、もはやおらん」

「10年来の恨み、いまこそ晴らしてやろうではないか。碇ゲンドウと加持リョウジめ」

「碇が死んでしまったのは残念だが」

「なに、裏切り者の加持はまだ健在だ」

嘲笑がわく中、落ち着いた声が響く。

「報告によると、ネルフは弐号機を起動させるようだ」

おお、と驚きの声があちこちから漏れる。

「Z計画か」

「そうだ。10年前、我々の計画を破綻せしめた憎むべき存在、エヴァンゲリオン弐号機。Z計画が順調に進めば、我々の野望は再び露と消えてしまうだろう」

「しかし、弐号機パイロットは初号機パイロットと共に取り込まれたままではなかったのか」

「赤木博士がサルベージの研究を続けているそうだが、成功したという話はまだ聞いていない」

「それにほかのパイロットはもうエヴァには乗れん」

「新しいパイロットということか?」

その言葉に、騒がしかった室内が静まりかえる。

 

「碇アイ。初号機パイロットと弐号機パイロットの娘だ」

「碇ゲンドウの孫だな」

「面白い」

「だが、報告によると碇アイは弐号機を満足に起動することもできんそうだ」

「それは残念だ」

「ここはネルフに頑張ってもらって、是が非でも碇アイに弐号機に乗ってもらわなければ」

「そうだ。弐号機で再び我らの前に立ちふさがったときこそ、碇アイとネルフは真の地獄を見ることになる」

「ただで殺しては面白くない。精神をズタズタに引き裂いてやるのだ」

「そのとき初めて、ネルフは我らに逆らった報いを思い知ることになろう」

再び、嘲笑が部屋を満たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

MAGIの予想による量産機襲来まで、あと3日。

アイは赤い液体のプールに浮かぶ、テストプラグに入っている。

練習用の、橙色のプラグスーツを着て、じっと目を閉じている。

「どう、シンクロ率のほうは?」

プラグ内を映し出しているモニタに目をやりながら、ミサトが問いかける。

「……13パーセント。起動指数ギリギリってとこね」

ふう、とリツコはため息をついた。

もう数十回を超えるアイのシンクロテスト。

だが、満足な結果を得られたことはこれまで一度もない。

ハーモニクス値も同様。

これだけ低いシンクロ率だと、実際に弐号機に搭乗しての起動実験も行えない。

 

「MAGIの予想まであと3日しかないのよ!」

「分かっているわ、そんなことは。スケジュールには一片の狂いもないわ」

ミサトの責める声に、落ち着いた口調で、リツコは応じた。

 

 

 

 

 

……アイの訓練は苛酷を極めた。

敵はエヴァ量産機。それも前回のよりも遥かに強いと思われる。

たった1週間でそんな相手に少なくとも互角に戦えるようにしなければならないのだから、アイの訓練が厳しくなるのは無理もないことだった。

訓練メニューは、シンクロテスト、ハーモニクステストに始まり、格闘術、銃剣術、射撃など。朝5時の起床から夜9時の就寝まで、スケジュールはびっしりと埋まっている。

全てが秒刻みで、学校など、行っている余裕はない。

アイが何らかのミスをするたび、ミサトとリツコを中心とした教官たちの、容赦のない叱責が飛ぶ。

それでもアイはアスカ譲りの運動神経で、気丈にも激しい訓練に耐え続けた。

というよりも。

辛いという感情は、既に失われていた。

 

 

アイがエヴァンゲリオンに乗る理由。

(ママを守るためなら、あたしは死んだっていい。それがいままで育ててくれた恩返しだもん。……たとえ義務だったとしても)

世界を救うなどと大それたことは考えない。

ただ一つ、愛する人を守りたいだけ。

レイにその気はなくても、アイはレイをなおも愛している。

 

 

(でも、死ぬのは本当はすごく怖いよ……ママ)

気丈に見えても、アイはまだ13歳の少女である。

裏切られたという思いと恐怖とが交錯し、最初の頃は、夜になると与えられた個室で涙を流した。

だが、慰めてくれる優しい人は、もう側にはいない。

枕に顔面を押しつけ、声が外に漏れないようにして泣いた。

 

だからアイは心を閉ざした。

心を閉ざしていれば、痛みも、苦しみも、恐怖も感じなくてすむ。

それは偶然にも、父であるシンジと同じ行為。

こうして次第に、アイの愛らしい顔は無表情で、無感情、まるで鉄仮面のように変化していった。

人形のように。

かつてのファーストチルドレン、綾波レイのように。

 

 

 

 

 

モニターに目をやりながらノートに何かを書きつけるリツコに、ミサトがいう。

「ねぇ、リツコ。初めてシンジ君が搭乗訓練やったときのこと、覚えてる?」

「第4使徒の前のこと?」

「そう」

 

第3新東京市に移ってきたばかりのころのシンジ。

学校と、訓練と、ミサトとの生活をただ機械的に繰り返す日々。

エヴァンゲリオンに乗るのが、嫌で嫌で仕方がなくて、それでも乗らなければならなかった。

 

『……目標をセンターに入れてスイッチ。目標をセンターに入れてスイッチ。目標を……』

『僕だって、乗りたくて、乗ってるわけじゃないのに……』

 

「アイ、あのころのシンジ君に似てきたなって」

「そう……、みたいね。あの子、だんだん表情に変化がなくなってきたわ。笑顔を見せることがなくなったし、怒ることもない。私たちには当たり前だとしても、他の人にもね」

「……シンジ君とアスカが戻ってきて、あんなアイを目にしたら……」

「私たち、殴られるだけじゃすまないかもね」

 

その時は大人しく殴られよう、とミサトとリツコは思う。

 

 

「ところであっちの作業は進んでんの?」

「シンジ君とアスカのサルベージ? まあ何とか光が見えてきたって所かしら」

「期待してるわよ、あんただけが頼りなんだから」

「でも、取りあえずはこれを片づけてからね」

リツコはマイクを手にとった。

「テスト終了。アイさん、お疲れさま。あがっていいわ」

 

 

マイクのスイッチをオフにして、リツコはいう。

「だけどこのままじゃ、だめね。パイロットが心を開かない限り、エヴァは受け入れてくれないわ。……昔のアスカがいい例でしょ」

「アイが心を閉ざしたのは、私たちのせいだからね……」

「専門家によるカウンセリングも効果ないみたいだし」

「最後の手段しかないか」

「最後の手段って?」

「うちの旦那に、出張ってもらうのよ」

ウインクするミサトに、リツコは初めて笑みを浮かべた。

 

その日の就寝前。

レイが買ってくれた赤いパジャマを着たアイは、突然の来訪者に困惑を隠せないでいた。

「よ、アイちゃん。いいかい?」

個室のドアを開けたところに、加持リョウジが笑いながら立っていた。

 

 

 

 

 

加持リョウジ、ネルフ総本部特殊監察部長。

アイにとっては、親友の父親であり、自分の父親代わりでもあり、初恋の相手でもある。

父親のいないアイが、初めて接した男性。

父性に対する、憧れ。

それが「好き」という気持ちに変わるのにそう時間はかからなかった。

『全く。うちの宿六は母親だけじゃなくその娘にも好かれるんだから。このスケコマシ!』

とはミサトの弁である。

 

「何か、ご用ですか?」

個室にリョウジを通したあと、無機質な声でアイはいった。

 

「ちょっと話があってね、いいかい?」

「……あたしはありません。それに、あたし、明日も早いんでもう寝たいんですけど」

素っ気なくいう、アイ。

 

(ふう……、話には聞いていたがこれほどとは、な)

表面上は笑みを浮かべたまま、リョウジは内心、驚きを隠せなかった。しばらく会わないうちに、ここまでこの少女が変貌しているなど、思ってもみなかった。

「なぁ、アイちゃん。エヴァに乗るのは怖いか?」

「……いいえ」

「怖いときは怖いっていえばいいさ。恥ずかしくなんかない。俺なんていまでもミサトのカレーが怖い。結婚して13年になるのにな」

「面白くない」

下手なリョウジの冗談を、アイはにこりともせず聞き流す。

 

 

 

 

 

苦笑して、リョウジはアイに問いかける。

「アイちゃんがエヴァに乗る理由って、何だい?」

「……ママを、守るため」

ぼそり、とアイは呟いた。その言葉は真実、偽りはない。

 

「レイが、好きかい?」

「……当たり前です。だけど……」

激しい怒りをあらわにしてまでアイがエヴァンゲリオンに乗ることに反対したレイを思い出す。そして、アイに向けて放たれた、痛烈な言葉も。

 

『……もしもエヴァに乗るのなら、私、あなたとの親子の縁を切るわ』

 

それはレイの心の叫びだったかもしれない。

そういってまで、レイはアイを救ってくれようとした。

それを拒絶したのはアイ自身。

裏切られた、と思ったから。

もう、レイは自分を振り向いてくれることはない、と思う。

 

「なに、レイも分かってくれているはずだ。レイも君のことを心から愛している。親子の縁を切るなんて、レイが本心からいうわけはないさ。だけど、アイちゃん……、レイを守るためなら、自分は死んだっていいのかい?」

アイは頷く。

「でも、死ぬのは怖い」

「……怖くなんか、ありません」

「いや、君は怖がってる。心を閉ざすことで、死という恐怖から逃れようとしている。分かるよ、俺にはね」

 

本心をズバリといい当てられ、アイは唇を噛みしめた。

能面のようなアイの表情に感情が表れたことにリョウジは満足し、もう一度繰り返す。

「誰だって死ぬのは怖いさ。怖いなら、怖いっていえばいいんだ。エヴァ乗りたくないっていえばいい。本当に乗るのが嫌なら、俺が責任もって君をエヴァには乗せないようにする。約束する」

アイの瞳に涙が浮かんだ。

リョウジがアイの肩を抱いてやると、アイはリョウジにすがるようにして泣き出す。

 

「……加持のおじさん!」

一度涙が流れ出すと、もうとめどがなかった。

 

「怖い、怖いよ。あたし、死ぬのがすごく怖いの。まだ死にたくない、死にたくないの。あんなロボットなんか乗りたくない、乗りたくないよ。ママとずっと一緒に暮らしたい」

そう繰り返しながら、アイは泣き続ける。

「……それでいいんだ。それでこそ普通の女の子、さ」

そういうリョウジの声は、優しい。

 

「……でも、あたしが乗らないとママたちが死んじゃう。だから死んでも、あたしがママを守らなきゃ」

「それは大丈夫さ」

リョウジの答えに、アイは涙に濡れた顔をあげた。

「アイちゃん、君は決して死なない。シンジ君とアスカが君を守ってくれる」

 

「お父さんと、お母さんが……?」

「そう。エヴァンゲリオン弐号機、あの赤い巨人には君の本当のお父さんとお母さんの魂が入っているんだ。ピンチになったら、必ず2人が君を助けてくれるはずだ」

「……」

「だけど、心を閉ざしていたらあの2人は応えてくれないさ」

「……加持のおじさん」

「何だい?」

真剣なアイの表情に、リョウジも真面目な顔になる。

 

「……本当の両親は、あたしのことを愛してくれていたんですか?」

 

 

 

誰にも、レイにさえも口にしたことがなかったことを、アイはリョウジに質問した。

何だ、という顔をしてリョウジは即答する。

「当然さ。どこに自分の子どもを愛さない親がいる?」

「だって……」

 

アイの脳裏に浮かぶ1枚の写真。

自分を抱いている少年と少女。

2人の、特に母の表情を見ているととても2人が幸せそうには見えない。

 

(自分は望まれて生まれてこなかったのかもしれない)

それがアイの心の奥底で燻り続ける不安と、疑問だった。

 

「……写真見ていたら、お父さんもお母さんも幸せそうじゃなくて……。あたしのせいで、ああなったのかなって。あたしなんか、生まれてこなかったら良かったんじゃないかって……」

 

再び泣き始めるアイ。

リョウジはアイの背中を軽く叩いてやりながら、アイが泣きやむのを待つ。

 

「何しろ2人ともまだ中学生だった。アイちゃんが生まれて、最初は戸惑いも多かったさ。世間の好奇な目もあったし、育児には慣れていなかった。アスカはノイローゼ状態でシンジ君に当たる毎日だった」

リョウジの言葉に、一瞬、アイは気が遠くなる。

(やっぱり……)

 

「だからといって、君が望まれて生まれてこなかったわけじゃない」

「……?」

「シンジ君とアスカの2人が心から望んで、君は生まれてきたんだよ。君がアスカのお腹にいると分かったとき、俺たち大人は当たり前のことだが堕ろすよういった。だけどシンジ君とアスカは頑としてそれを聞き入れなかったんだ」

「どうしてですか?」

アイの質問に、リョウジは腕時計に目をやる。

「少し長い話になるが、君がその気なら全て教えてあげよう。君が生まれたときのことを。どうだ?」

アイは黙って、頷いた。

 


<2000.08.04>