written by FUJIWARA


 

The Next Generation of  "NEON GENESIS EVANGELION"

第7話 赤き巨人の出撃、

 

 

 

第7ケイジ。

緑色の4つの目が、アイを見おろしている。

真紅を基調に、オレンジ色を配したたカラーリングのエヴァンゲリオン弐号機。

世界で初めての制式タイプ、プロダクションモデル。

 

「お父さん、お母さん」

弐号機に向けて、呼びかけるアイ。

こうして弐号機と会話するのはもう何度目になるだろう。

もちろん、弐号機が返事をすることはない。

それでもアイは満足している。

加持リョウジのおかげで再び心を取り戻してからというもの、アイは毎日のように弐号機が格納されている第7ケイジを訪れている。

 

「お父さん、お母さん。あたし、今日出撃するんだって」

どこか他人事のような口調でアイはいった。

「あたし、がんばるから。一生懸命、がんばるから。だから、あたしを守ってね」

 

 

自信に満ちたアイの言葉。

すでに起動実験も機体連動実験も成功している。

シンクロ率は最高で70パーセント。

全盛期のアスカには及ばないものの、なかなかの数字だ。

前回のエヴァシリーズとの戦いで得たデータをもとにしたシミュレーションも時間が許す限りこなした。

MAGIの採点はA。

その戦いのセンスに誰もが舌を巻いた。

 

 

 

『さすがシンジ君とアスカ君の娘だけのことはある。まさにエヴァに乗るために生まれてきた子どもだな』

感嘆しながら、冬月は呟く。

『……すばらしいわ、といいたいところだけど、まだ少しだけ戦い方にムラがあるわね。油断は禁物よ』

リツコは冷静な分析を忘れない。

『ナイス、アイ!』

ミサトは訓練中はアイには見せない笑顔で、陽気な口調で褒め称える。

 

 

 

「……でもね」

アイの瞳に、陰りがさす。

「あたし、まだママと仲直りしてないんだ」

レイが側からいなくなってから、アイは一度もレイに会っていない。どうやらネルフにも来ていないらしい。

ミサトに訊いてみると、レイは自宅に篭りっぱなしだという。

「ママと仲直りするまで絶対死なないからね」

目の前の両親に、そして心の中のレイに向かってアイは宣言した。

 

 

 

 

 

「あ、来た来た」

出撃の準備をするため更衣室に戻るアイを、意外な人物が出迎えた。

更衣室の入り口にいたのは鈴原トウジ、ヒカリ夫妻。

2人も、スーツ姿。ヒカリは大きなバスケットを手にしている。

 

「トウジさんにヒカリさん……? どうしてここに……?」

「今日は店休んで、アイちゃんの応援や。なあ、ヒカリ」

「そうよ。お弁当も作ってきたからね。あとで一緒に食べましょ」

トウジの左脚を見て、アイは少し視線を落とす。

だが、そんなアイには構わず、2人はにこやかに微笑んでいる。

 

 

「お店まで休んできてくれるなんて……、嬉しいです」

「気にせんでええ。そんなことより、こん中でアイちゃんの大好きな人が待ってるで」

「そうよ、早く行ってあげて」

訳が分からないまま更衣室のドアを開いたアイに、予想もしなかった人物が声をかけた。

「待ってたわ、アイ」

「……ママ」

綾波レイが、更衣室の真ん中で立っていた。

 

 

 

 

 

「……ママ」

震える声で、アイは呟いた。

「ママ……! ママ!」

 

 

それからどうなったのかはアイには分からない。

ただ気づいたときには、レイに抱きしめられていた。

「ママ……、ママ……、ママ……」

アイは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、レイの名前を呼び続けていた。

 

 

レイの胸の中で、幼子のように泣くアイ。

そんなアイの髪をレイは優しく撫でつづける。

そうされていると、アイの高ぶった感情が次第に落ち着いてくる。

 

(強がっていても、やっぱり子どもなんだから)

レイはアイの髪を撫でながら、微笑を浮かべた。

 

「ごめんね、ママ」

「……どうして?」

「ママのこと、信じられなくて」

「もういいわ、アイ。いまは、アイができることだけを考えて」

「……うん」

「もし死ぬようなことがあったら、今度こそ親子の縁を切るからね」

「……うん!」

アイは元気よく頷いた。

 

「これはアイへのプレゼント」

そういってレイが取り出したのは、真っ赤なプラグスーツ。いつもアイが使っている練習用の黄色いプラグスーツではない。実戦用の、本物。

襟元と背中にはそれぞれ「02」「2」の数字が入っている。

続いてレイは、髪留めのような形をした、真っ赤なインターフェース・ヘッドセットを取り出す。

 

「このプラグスーツも、ヘッドセットもアスカが使っていたもの……」

「……これが……!?」

思わずアイは受け取って、しげしげと眺めてしまう。

「パーソナルデータの書き換えは済んでいるわ。着てみてちょうだい」

「う、うん……」

 

プラグスーツに着替え、ヘッドセットを装着したアイは、顔を赤らめてレイに向けてポーズをとった。

「ど、どうかな……?」

「よく似合っているわ。まるでアスカがそこにいるみたい」

懐かしげにレイは微笑む。

「さあ、行きましょ」

 

 

 

 

 

レイはアイをつれ更衣室を出て、発令所に向かった。

専用リフトで発令所に現れたアイを、誰もが「おおっ」という感じで見つめる。

特に10年ぶりにオペレーター席に座った伊吹マヤ、日向マコト、青葉シゲルの3人の驚きは大きかった。

 

「ア、アスカちゃん……!? まさか!?」

童顔の技術開発部長、マヤは信じられない、という具合に両目を見開く。

「だ、だって彼女は……、あれだろ?」

眼鏡の作戦本部長、マコトは傍らに立つ親友に同意を求める。

「あ、ああ……、弐号機にいるはず、だよな」

ロングヘアが変わらない作戦本部副部長、シゲルも頷く。

 

アイは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、レイの手を握りしめてうつむいていた。

そこへミサトとリツコがやってくる。

緊張するアイ。

ミサトとリツコはアイにとっては厳しい教官で、特にリツコはアイに対して笑顔を見せたことはほとんどなかった

アイの顔が強張るのも無理はない。

だが、ミサトはそんなアイをいきなり抱きしめて、いった。

「アイ。いままであなたに厳しくしてごめんね」

ミサトの謝罪に、驚くアイ。

「シンジ君とアスカに申し訳なくて、ずっと謝ろうと思ってた。ほんと、ごめんね、アイ、ごめんね。辛かったでしょう?」

ミサトの両目が光っている。

それを見たアイは慌てて首を横に振った。

「そ、そんなこと、ないです」

アイの言葉を聞いたミサトは、再びアイを固く抱きしめた。

「アイさん。厳しい訓練に今日までよく耐えたわ。よくがんばったわね、おめでとう……、それからごめんなさい」

ミサトに抱きつかれて目を白黒させているアイに、リツコもいう。

 

(ミサトさん……、リツコさん……)

 

この人たちのことを恨んだこともあった。

この人たちだけには心を許さないでおこう、と誓ったこともあった。

だけど、この人たちは好んで自分に辛くあたっていたのではなかった。

心を鬼にして、自分を育ててくれていた。

それが分かったから、アイはミサトとリツコに向かって、明るく微笑んだ。

 

そのとき、発令所に警報が響き渡った。

「新横須賀沖の巡視船から入電! 敵エヴァ量産機をレーダーで補足したとのことです!」

「映像、出ます!」

メインスクリーンに、不気味に羽を広げた黒いエヴァ量産機が映し出される。

「よし、総員第1種戦闘配置!」

冬月司令が、命令を下す。

「了解!」

「国連軍に要請。通常兵器を総動員して、何としてでも敵を足止めせよ!」

「厚木、三沢、両基地からの発進を確認」

 

「……アイ」

レイの声がする。

「うん、分かってる。ママ。じゃあ、行ってきます」

「……がんばって、さよならはいわないから」

「うん!」

 

アイが発令所を出ていくのを見送ったあと、ミサトは涙を袖でごしごしと拭ってからいった。

「レイ」

「……何でしょうか」

「アイの戦闘指揮、あなたに任せるからね」

にっこりと笑う、ミサト。

 

「分かりました」

レイはふっと微笑んだ。

 

 

 

 

 

第7ケイジに到着したアイを10年ぶりの慌ただしさが迎えた。

整備員たちが走り回っている。

「02」と刻印されたエントリープラグが、ハッチを開いてアイの搭乗を待っている。

アイは大きく深呼吸をしてから、エントリープラグに乗り込んだ。

 

「パイロット、エントリープラグ内、所定の位置に着きました」

マヤの声に、レイは頷いて命令を下す。

「エントリープラグ、挿入」

 

巨人の延髄部分に、エントリープラグがねじり込まれる。

 

『エントリープラグ、挿入を確認しました』

『第1次接続開始』

『エントリープラグ、注水』

 

アイの足元から、ゆっくりとオレンジ色の液体がわき起こってくる。

初めてテストプラグに入ったときは、パニックの余りハッチを開けて外に出てしまった。

リツコにひどく叱られたそんなことも、いまはなんだか懐かしい気がする。

 

『LCL注水、完了』

『主電源、全回路接続』

『主電源全回路、動力伝達しました』

 

エントリープラグ内では、アイが目を閉じたままじっと起動を待っている。アイが落ち着いているのをモニタを通して確認すると、レイは今度はメインスクリーンに目を向けた。

「目標は現在、北北西に向かって進撃中。間もなく、第2次防衛網に入ります!」

マコトが叫ぶ。

 

『起動用システム、作動開始』

『稼働電圧、臨界点突破!』

「了解、第2次接続開始」

レイは再びアイを映すサブモニタに目を向けていった。

 

『A10神経接続。問題ありません』

『全回路、正常』

『第3次接続に移行します』

 

アイの全身を、LCLが包んでいる。

テストプラグのとは全く違う、温かく、優しい感じ。そう、母親の胸の中にいるような、安らいだ感じがする。

慌ただしいオペレーターのやりとりを、アイはぼんやりしながら聞いていた。

 

(あったかい……。お父さんとお母さん、あたしを見守ってくれているんだ……)

 

『絶対境界線、突破!』

 

(お父さん、お母さん。加持のおじさん、ミサトさん、ミサキ、赤木さん、冬月さん、トウジさん、ヒカリさん、それから……)

アイが母と慕ってやまない、青みがかった銀髪の女性。

 

(……ママ!)

 

『シンクロ値、きゅ、90パーセント! ハーモニクス誤差、ありません!』

驚きの声をあげるマヤ。

過去最高の数値に、ミサトもリツコも声が出ない。

 

「……目標」

冷静な声で、レイはいう。

「目標は最終防衛網を突破! ジオフロント上まで、2000メートル」

「第2,第3機甲部隊、全滅!」

シゲルの報告に、レイは決断した。

「エヴァンゲリオン弐号機、発進準備!」

 

『第1ロックボルト、解除』

『第1、第2拘束具、解除』

『内部電源、充電完了』

『了解、エヴァ弐号機、射出口へ』

 

『第9ゲート、オープン。進路クリア。オールグリーン』

『発進準備、整いました!』

 

「アイ、いいわね?」

「いつでもいいわ、ママ!」

アイの自信たっぷりの口調に、それまで厳しかったレイの表情が緩んだ。

 

「エヴァ弐号機、発進!」

弐号機を乗せたリフトが、ものすごいスピードで上昇を始めた。

アイの全身にかかる重力。

アイは思わず目を閉じて、その重力に耐えた。

数秒で地上に打ち出される赤い巨人。

アイは見た。

前方上空に黒いエヴァ量産機が浮かんで、こちらを見ているのを。

 

「通常部隊は後退。目標の周囲4000メートルで包囲網」

「了解しました」

「最終安全装置、解除」

レイの命令に、アイはぐっとコントロールレバーを握りしめる。

 

 

「エヴァンゲリオン弐号機、リフトオフ!」

凛と張りつめたレイの声が、発令所に響いた。

 


<2000.08.04>