「私の愛しい娘!」

 

 

 

パパがわたしの頭をなでる。

 

そのごつごつとした手は、ときどき、ほんとうにときどき、わたしのおしりをぶつ。

 

 

「ああ、わかっておくれ、フレイ。私はおまえが憎くてぶつのではないんだよ」

 

わたしはそんなパパのやさしい言葉を聞いても、痛みですぐに泣いてしまう。

パパは、泣いているわたしをそっと抱き上げる。

 

 

きっとまたいつもの場所に連れていかれるのだ。

 

 

 

 

わたしは、いつのまにか泣きやんでいて、そのかわりに耳鳴りがしはじめていた。

膝もがくがくと、震えだしている。

 

 

「さあ、もう泣くのはおやめ。いい子だろう?フレイは」

 

 

「私の自慢の娘、私の最愛の娘、私の大切な、可愛い娘!」

「私の自慢の娘、私の最愛の娘、私の大切な、可愛い娘!」

「私の自慢の娘、私の最愛の娘、私の大切な、可愛い娘!」

 

 

 

パパは歌うように、わたしにいつもと同じ言葉を聞かせる。

 

ますますわたしの耳鳴りはひどくなり、頭のなかもぼぉっとしてきた。

 

 

 

 

気がつくと、わたしのからだはベッドに横たえられていた。

 

 

「さあ、もうおやすみ、かけがえのない私の娘・・・・」

そのパパの言葉が、いつもの合図だった。

 

わたしはすぐに、寝息をたてはじめる。

 

 

パパはその音を聞くと、ブランケットをはいでわたしの首筋にキスをした。

そしてそのまま、わたしのほっぺたにもキスをする。

 

 

「フレイ・・・おお、フレイ・・・。あの淫売は、また私を裏切りおった!」

 

 

パパのかさついた指が、わたしのふくらんでいないむねをなでまわす。

 

 

「あの売女・・・私の顔に泥を塗りおって・・・!」

 

 

パパの節くれだった指が、わたしのあそこをこねまわす。

 

 

 

 

 

わたしは、せなかにびっしょり汗をかいていたけれど、ぴくりとも動くことができなかった。

 

 

 

「フレイ・・・おまえはあの牝犬とは違うだろう・・・?パパを裏切ったりしないな・・・・!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてパパはいつものように、わたしのくちびるに、熱くてかたいものをおしつけてきた----------。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああああああああああああああ

あああああああああああああっ!!

 

 

 

 

 

誰かのおぞましい悲鳴で目が覚める。

 

その叫び声が自分の喉から発せられているという事実に、フレイは呆然としていた。

 

 

 

 

 

                       SOUL OF FREY 2         

 

 

 

                                             同胞よ、もし汝が幸に恵まれし者であるならば、

                                             汝はただひとつの道徳を所有すべく、より多くの

                                             道徳をば所有すべからず。かくてこそ、汝は足取

                                             りかろく、橋梁を超えて行きうる。

 

                                             

                                       

                                                                 ---------ニーチェ『ツァラトストラかく語りき』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球降下から三週間。

アークエンジェルは未だに砂漠地帯から抜け出せずにいた-----。

 

 

 

 

   

 

 

 

 

過剰なまでの潔癖さがフレイにもたらしたものは、他者からの嫌悪だった。

 

 

 

「別にさ、正式に婚約してた訳じゃないんでしょ?じゃあキラと付き合ったって問題ないわよ」

 

優しい表情を崩さない一つ年上の少女が語りかけてくる。

 

 

 

 

 

「それで・・・その、ひ、避妊は・・・ちゃんとしてるの?」

 

善意からなのよ。

 

その言葉には拭いきれない胡散臭さが纏わりついている。

 

物分りのいい姉という立場を演じるつもりなのだ。

 

 

「ピルがきれたから今日にでも取りに行こうと思ってたんだけど・・・それがミリアリアに何か関係あるの?」

 

「そ、そうなんだ・・・もしよかったら・・・その、少し分けてもらえないかな・・・と思って」

さりげなく視線をはずしたつもりだったが、ミリアリア自身のうわずった声がそれを裏切っていた。

 

 

ヘリオポリスの頃とは違い、アークエンジェル内では直接医師に申請しなければ避妊具や薬は手に入らない。

艦内での匿名性は事実上無いに等しかった。

この状況下では、ミリアリアもトールも二人の性格上、入手に二の足を踏んでいるのだろう。

そしてミリアリアの言葉は、それを裏付けるのに充分なものだった。

 

「・・・必要なの?ミリアリア」

 

「えっ・・・だって私達まだ十代だし・・・・ねぇ?」

実際のところ、キラとフレイの関係はアークエンジェル内で暗黙の了解を得ていたが、ミリアリア達のことは

本人達が隠しているという事もあって、そこまで深い仲とは思われてはいなかった。

その事を踏まえたうえでの申し出だということはフレイにも容易に想像がついた。

 

「その・・・できちゃったら困るでしょう?」

おもねる口調で上目遣いに同意を求めるミリアリア。

だがその瞳の中に、侮蔑の色彩が僅かに含まれていたのをフレイは見逃さなかった。

 

 

「うん・・・・・そうね、わかったわ・・・」

「ホント!?・・・ありがとう!フレイ!」

文字通り小躍りしたミリアリアは、弾けるような笑顔を残して自室へ戻って行った。

 

-----遂にフレイの身体には一度も触れずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、そうなんです少佐。ですから・・・よろしければピルを-----」

ミリアリアとの会話から数時間後、医務室に足を運んだフレイだったが、あいにく全員出払っていて所在も掴めな

かった為、仕方なくフラガに相談をしていた。

 

艦長であるマリュー・ラミアス、ましてやあのナタル・バジルールなどにこの話を持っていける訳がなかった。

 

「・・・ああ、わかってる・・・けど、キラの奴・・・女の子に取りに行かせるなんて・・・」

ムウ・ラ・フラガは半ば呆れ顔でその申し出を聞いていた。

 

だが妊娠、そして考えたくもないが堕胎等のケースも、可能性としてはありうる。

そうである以上、眼前の少女の願いを聞き入れるしかない。

もはや社会通念や自らの道徳律など現実の前では屑篭の中の屑に等しかった。

更に殺人という行為を日常化させていながら、堕胎を嫌悪している自分の感性に、フラガは眩暈を憶えていた。

 

 

「フラガ少佐・・・・?」

「あ、ああ。すぐに用意させるよ。安心して、誰にも言わないから。その・・・二週間分位でいいのかな?」

「あ・・・はい、でもこの事は・・・キラにも言わないでくれますか?」

-------!?」

 

このアークエンジェル内で最も幼い少女が彼女だという事実を、フラガは初めて意識した。

だがその身体のバランスは既に完成されつつあって、例えばマリュー・ラミアスと比べても遜色のないものだった。

 

俯いたまま言葉を続けようとしない少女から、性的な香りが漂ってくる。

ここがまだ自室のドアの前だという事も失念し、フラガは少女を押し倒す自分を、刹那-----夢想した。

 

「キラは・・・なんでも気に病むたちだから・・・」

そう言って微かに溜め息をつく仕草までが、フラガの中の雄を猛らせている事にフレイ自身は気付いていなかった。

 

 

「と、とにかく二、三時間経ったらまた来てくれないかな。その時に渡すから。」

「あ・・・はい、すみません-----」

その言葉が終わる前に、慌ててフラガはドアを閉じていた。

 

「まったく、どうかしてるぜ・・・オレも・・・・・」

手のひらに滲んだ汗を疎ましく思いながら、フラガは医療スタッフへ回線を繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

機械的な乾いた羽音が部屋の中に響いている。

 

フレイは天井付近をゆっくりと旋回しているトリィを、ベッドに座ったまま、ただぼんやりと見つめていた。

左手には先刻フラガから渡されたピルが握られたままだった。

 

 

 

・・・・ヴゥゥゥゥウウン

 

ポケットに入れていた携帯がフレイの腰に振動を伝えてきた。

 

フレイは一瞬躊躇ったが、携帯を取り出して耳にあてる。

「・・・やあ、姉さん。調子はどうだい?」

相変わらず、鼻歌でも歌い出しそうな程の陽気な声が耳に届いてきた。

 

----エドセル、あなたなの?」

「ああ!なんてことだ!愛する弟の声を忘れるなんて!ひどいよ、フレイ!」

「もう・・・ふざけないでちょうだい・・・」

 

ヘリオポリスから一緒に避難してきたこの一つ年下の弟、エドセル・アルスターは、軍属になるのを嫌がって一旦は

アークエンジェルから降りたものの、結局「姉さんのことが心配だからなぁ」などと嘯いて、何時の間にか整備班の

一員としてこの船の中にもぐり込んでいた。

 

その事をフレイが知ったのさえ、この砂漠地帯に降りてからだったが-----。

 

 

「あのさ・・・あんまり気にしない方がいいよ」

「えっ・・・・?」

「サイの事だよ・・・姉さん」

-----先日のストライクの無断起動と懲罰房のことを指しているのだろう。

 

「姉さんの選択は結局正しかったのさ、キラ・ヤマト、彼こそが------」

「やめてっ・・・!」

 

あくまでキラを戦いに駆り立てるためにこの身体を与えた。

サイには、無事除隊できた時にその事を話せばきっと解ってもらえる。

それまでは自分がキラのことを好きだと周囲にも思わせておく必要があった。

弟のエドセルでさえその事を疑っていない。

全ては思惑通りにいっている------はずだった。

 

だがキラは自分を拒絶した。

 

サイのことで落ち込んでいるのを慰めようとキスをしてあげたのに。

 

また抱かれてあげるつもりだったのに。

 

なのに------。

 

「・・・・どうしたんだよ姉さん。その・・・うまくいってないのかい、キラ・・・さんと」

「・・・・・・・・・・」

 

何故自分は落ち込んでいるのか。

あんなヤツにどう思われようと関係ない。

所詮コーディネイターだ。

私達ナチュラルとは違う。

普通の人間じゃない、造られた------。

 

 

 

「あの子を・・・守れなかった・・・!」

 

「この艦には友達がいる・・・そしてフレイ・・・も」

 

「本気を出せば僕にサイがかなうわけないだろっ!?」

 

 

 

 

どうしてわかってしまうのか。

アークエンジェル、いや今では連邦軍最強の戦士かもしれない彼が、いつも泣きながら戦っているに違いないと

いうことが--------。

 

「姉さん・・・・・?」

 

憐れだった。

他人の為に人を殺し続けるキラが。

何も知らされずに今にも壊れようとしているサイが。

そしておそらく腐臭を放っているに違いない自分が。

 

 

呼びかけ続ける弟の言葉も、フレイの耳にはまったく届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燻っていたものが唐突に吹き出してきた。

生まれて初めてかもしれない自己否定が、フレイの認識する世界に歪みをもたらそうとしていた。

 

 

キラ・ヤマトを全肯定してあげることで得られた充足感は、もはや矮小化の一途を辿っている。

 

「今日もキラ・・・コクピットの中で寝るつもりなのかな・・・・・」

フレイは半ば無意識にブランケットを頭から被った。

そうする事でキラの体臭が鼻腔を満たしていく。

それはとても心を落ち着かせる匂いだった。

その事実がフレイを驚かせ、また激しい羞恥を感じさせた。

 

「何で・・・私っ・・・・!」

だがブランケットを放り投げてしまうには、あまりにも感傷的な香りだった。

まあいいか、キラもすぐには戻ってこないだろうし------元来、自分の欲求に正直なフレイは強い眠気を感じた

ことも相俟って、再びブランケットを被りなおすと睡魔の前にあっさりと跪いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機械的な乾いた羽音が部屋の中に響いている。

 

「ふうっ・・・さっぱりした」

エドセル・アルスターは乱暴に髪をタオルドライしながらバスルームから出てきた。

「最近は落ち着いてきたと思ってたのに・・・まだ弟離れには早いのかなぁ姉さんは」

 

エドセルは焦燥感と愛しさが相半ばした想いを抱いていた。

あれだけ抽んでた美貌を持ちながら、姉は絶えず劣等感をその内に抱えこんでいる。

それが10年前の、あの出来事に起因するのは言うまでもなかった。

姉自身は記憶すらしていない、いやできなかったあの事件。

だがそれも、あいつの死によって形骸化していくのかも知れない。

少なくとも自分の復讐は遂げられたわけだ。

 

瞬間、笑いの衝動が突発的におきたが、エドセルはあえてその流れに身を任せた。

 

「くく・・・あはははっ!・・・姉さん、姉さん。もうすぐ悪夢にうなされる事もなくなるよ-----」

自嘲気味に呟くと、エドセルは備え付けの鏡を見た。

 

そこには完璧な曲線で描かれた白磁のような量感たっぷりの乳房、そしてくびれたウエストから腰への流れる

ようなラインと、既に淫靡さを備えつつある淡い翳りが写し出されていた。

 

 

 

 

 

 

鏡の中にいるのは、紛れもなくフレイ・アルスターだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                         

 

                                                 TO BE CONTINUED