Love Me, Please Love Me.

 

                                                後編

 

                                              

              蝿を叩き潰したところで、蝿の「物そのもの」は死には

              しない。単に蝿の現象を潰したばかりだ。

                               

                               -----------ショウペンハウエル

                                                         

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・はあっ・・・アス・・カっ!」

「あ・・・・あぁんっ! シンジぃ・・・っ!!」

 

潮風は死に絶え、辺りには息の詰まりそうな熱気だけが澱んでいた。

 

 

 

 

シンジとアスカの居る空間-------。

其処は神聖に溢れ、また汚穢にも溢れていた。

 

互いの体液だけが互いの動悸を高めあっている。

 

 

波が砕ける際に生じる白い泡沫が奏でる整然とした音楽すら、もはや二人の

鼓膜を震わせることは無かった。

 

 

 

心地よい気倦さに身を浸しながら、アスカは能うかぎり優雅にシンジのものを

膣内から抜き取ると滑らかな岩肌を選んで其処に手を置き、一転娼婦のような

仕草で白くまろやかな自分の尻を後ろに突き出した。

 

 

「ね・・・・今度は深いとこまで・・・・シンジ・・・」

 

先刻の繋がりでは浅い部分------入り口でも充分な快感を得られたものの、

やはり奥まで満たされる感覚はアスカにとってもひどく魅力的なものだった。

 

呆けた表情で暫し立ち尽していたシンジだったが、アスカの僅かに媚びが含まれた

声色とその仕草で忽ち我に返った。

 

「う、うん。アスカ・・・・・」

今日初めて目にするアスカの張り詰めた白さとその圧倒的な量感に眩暈を覚える。

 

網膜に焼き付いた純白がシンジに囁いた。

 

 

 

つ  な  が  り  た  い

 

 

 

若干の躊躇いの後に掌を其処に添えると、アスカの上半身が幽かに震えた。

「・・・・あぁ・・・」

 

漏れた吐息が合図だった。

 

 

それまでの躊躇が嘘のように唐突な動きでシンジのものが根元まで埋め込まれていた。

 

 

「はあうぅ・・・っ! シン・・・ジ!!」

綺麗に切り揃えたアスカの真珠色をした爪が岩肌に食い込む。

 

控えめなサイズながらも享楽的な曲線を描く乳房が前後に激しく揺れ、その真っ白い

表面に浮かぶ幾つもの汗の珠が沈みかけた陽の光を周囲にきらきらと反射させていた。

 

 

「あっ・・・・!?」

アスカが小さく驚きの声をあげる。

 

 

たった一度。

 

その一突きだけでシンジは何の断りもなくアスカの奥深い処に精を放っていた。

「アスカ・・・・アスカ・・・っ!!」

シンジは苦悶の叫びをあげながら、腰を激しく痙攣させ続けている。

 

「あっ・・・ああんっ・・・シン・・ジ!」

両掌で腰をしっかりと固定されて身動きのとれないアスカは、そのまま子宮口に熱い

白濁液をたて続けに浴びせかけられていた。

 

二度目だと言うのに信じられない程の量だった。

 

 

 

「もぉ・・・・シンジったら・・・・・」

赤面しながらも半ば呆れ顔でそれを受け止めていたアスカだったが、シンジの硬さが

全く失われていないことに気付くと、上体を深く沈めて自ら尻を僅かに持ち上げた。

 

「ん・・・んっ・・・・」

重力に逆らう事なく、溜まっていた精液が次々とアスカの子宮内に流れ込んでくる。

 

 

「ふぁあ・・・・っ!」

 

虚脱した白痴めいた嬌声をあげて、アスカは己の胎内深くにシンジの生命の源が

次々と注ぎ込まれていくヴィジョンを鮮明に観ていた。

 

 

 

 

「ご、ごめん、アスカ・・・・その・・・気持ちよすぎて・・・・」

今しがたの猛々しさは何処かへ霧散し、代わりに俯き加減のシンジの顔からは羞恥の

気配だけが濃厚に伝わってくる。

 

だが相変わらず膣内のものはきつく張り詰めたままの状態を保っていて、それが一層

シンジの羞恥心を幾倍にもさせているのがアスカにも解った。

 

それはアスカが最も好ましいと感じるシンジの気質の一つだった。

 

 

 

「シンジ・・・・早すぎ・・・・」

「う、うん。ご、ごめん・・・」

「ふふっ・・・・まぁいいわ、許してあげる。まだできるみたいだし・・・・ね?」

 

ここでシンジを萎縮させるのは本意ではないアスカは、却って普段よりも優しい

口調で語りかけながら、同時に下腹部に軽く力を入れた。

 

 

きゅうっ・・・・。

 

「あっ!?」

「えへへ・・・どう? シンジ・・・・」

柔らかなアスカの肉襞が緩急をつけながら何度かシンジのものを締め付けていた。

 

「アスカ!? これって・・・・?」

未体験の快感に震えながら漸くそれだけを口にするシンジ。

 

「・・・気持ち良く・・・ない?」

あまり芳しくないシンジの返答に次第に不安になってきたアスカは消え入りそうな声で尋ねた。

 

だがそれは杞憂に終わった。

 

 

「はぁああんっ!」

シンジの手の平がいきなりアスカの乳房全体を掴み、指先で蕾を捻り摘んできた。

 

そのまま立て続けに腰を前に激しく突き出す。

「アスカっ!・・・・アスカぁ・・・っ!!」

その動きに連動して、アスカの膣内ではシンジのものが暴れ廻っていた。

 

 

「ああぁうあぁああんっ!!」

一気にアスカの意識が朦朧としてくる。

 

膣内を荒々しく蹂躙される快感に、アスカは我を失って痴態を晒していた。

 

 

「はぁあんっ・・・シンジのが・・・・あたしの中を掻き回してるぅ・・・・・!!」

 

勢い良く奥まで突き込まれた事で逃げ場を失った先程の精液が、二人の繋がっている

隙間から大量に溢れ出す。

 

乳白色の液体は足首まで流れ落ち、それに気付いたアスカは余計に自分の淫猥さを

自覚させられて自虐的な情欲の炎に全身を炙られた。

 

「・・・シンジっ! シンジの硬いおちんちん・・・気持ちいいよおぅっ!!」

「僕も・・・・アスカの中っ・・・凄く気持ちいいっ・・・・!!」

 

 

 

ぱんっ。    ぱぁん。       ばつんっ。

 

      つぱあぁんっ。    くちゅっ。    

 

  ぱんっっ。       じゅぷんっ。

 

 

 

「はぁっ!・・・・はあぁっ! アス・・・カあぁあぁっ!!」

「シン・・・ジっ! はひっ・・・シンジぃいっ!」

 

 

乾いた音。湿った音。くぐもった音。叫び。歓喜。嗚咽。悲鳴。恍惚。羞恥。

癒し。足掻き。清冽。不浄。匂い。陰翳。渇仰。喜悦---------------。

 

 

もはや痴態を互いに見せ合う事自体に執着しているかのような二人の様子からは、

何処か殉教者じみた風情すら漂ってきている。

 

 

「ふぁあああっ・・・はぁあんっ!」

もはやアスカは他人に聞かれようが構わないとばかりに、砂浜中に響く程の嬌声を

何度もあげていた。

 

 

--------いや、「他人」はいなかった。

 

 

少なくともこの世界には。

 

 

 

 

「シン・・ジっ! もっと、もっと深くうっ!!」

アスカがその言葉と同時に腰を思いきり後ろへと突き出した。

 

その拍子に射精直前で限界まで膨らんでいたシンジのピンク色の先端が、弾力に富む

ものの裂け目の長さが1cmにも満たないアスカの子宮口に浅く潜り込んでいた。

 

「あぐうっっ・・・・シン・・・ジっ!」

鈍い痛みを伴う、しかし未知の快楽にアスカの膣はシンジを更に強く締め付ける。

 

「アスカぁあっ・・・!!」

苦悶の表情を浮かべながら、シンジは尚も渾身の力でアスカを深々と貫いた。

 

「ひぁあっ! いっ、イクぅっ! シンジのおちんちんで・・・イッちゃうううっ!!」

アスカが臆面も無く卑語を口にした瞬間、シンジは先端から大量の白濁を放っていた。

 

 

 

ドクッ!・・・・ドクンッ・・・ドク・・ッ。

 

 

「・・・・かは・・・っ、シンジの精液いっぱい出てるぅ・・・あ・・熱いよぉ・・・あふうっ・・・」

アスカは口を半開きにしたまま顎を仰け反らせ、全身をびくびくと震わせていた。

 

その霞んだ視界の先に、今や見慣れてしまったものが映る。

 

 

 

 

 

 

--------かつて綾波レイと呼ばれたモノの巨大な頭部だった。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

この半年は瞬く内に過ぎていったような気がする。

 

アスカは持ってきていた麦茶で喉を潤しながら、シンジ以外には人影のない静謐な

砂浜に無言で座していた。

 

 

 

あの量産型エヴァ達との闘いも、その後生き返った事も、今となっては全てが夢

だったのではないか-------足許に広がる縹渺とした眺望を目にすると、そんな

錯覚を起こしそうになる。

 

勿論この地球上に他の人間がいない事や、それが人類補完計画の結果だという

事実もアスカは既に受け入れていた。

 

そして自分が意識を取り戻した後に甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼いてくれ、

そう-------まるで昔憧れていた「あの人」のように優しく、逞しくなっていたシンジに

すっかり毒気を抜かれてしまったアスカは、今迄自身と半ば一体化していた妄執と

でも言うべき捻れた思考の残滓が昇華されつつある事も自覚し始めていた。

 

 

ふと目線を横にずらすと、シンジも同じように琥珀色の液体を喉に流し込んでいる。

その胡座をかいている姿が不思議と様になっている事にも軽い驚きを憶えていた。

 

 

いつからだろう。

こんな気持ちになったのは。

 

 

「ふふっ・・・」

アスカは自分でもよく分からない衝動に突き動かされ、シンジの肩に頬を乗せた。

 

「アスカ・・・・・?」

「・・・・昔はあんなにバカで情けなくて・・・最低なヤツだと思ってたのに・・・・」

囁くような小声であった為に、その言葉がシンジの耳に届くことは無かった。

 

「何か言った?・・・・アスカ」

それでもアスカの僅かな気配から伝わってくるものに敏感に反応したシンジは尋ねていた。

 

「ううん、別に・・・・ふふっ、気持ちよかったって・・・言ったの!」

言ったそばから自分の言葉に赤面して慌てて俯いたアスカだったがその心情に嘘は無かった。

「あ・・・うん、あ、ありがと。僕も・・・・その・・気持ちよかった・・・・・」

「ふふっ・・・正直でよろしい」

 

陽が落ちる前の残光と海の反映がそれぞれの輪郭を緻密に描き出し、全ての風景を

黄薔薇に染め上げてしまうこの刻が永遠に続くことを二人は願っていた------。

 

 

 

 

無意識に掴んだ砂粒がアスカの指先を擽りながらさらさらと零れ落ちる。

 

「・・・・でも、ヒカリ達が知ったら驚くかなぁ?」

何気ないアスカの一言にシンジの身体が瘧でもおこしたかの様に瞬間、震えた。

 

「な、何が?」

「何って・・・アタシ達のことよ。あぁ、何だか急に会いたくなっちゃったなぁ・・・」

「あ・・・うん、そ、そうだね・・・・」

 

いぶかしむアスカが覗き込むと、果たして、平静を装ったシンジの表情には暗澹さが

横溢していた。

 

「シンジ・・・・?」

「ダメだよ・・・・・」

「えっ?」

「それ以上そんな事を言ったらまた------!」

「また・・・・?」

 

一瞬の激昂が過ぎ去ると、シンジの顔にはあからさまな狼狽が浮かんでいた。

 

「な、何でもないよ・・・・・」

慌てて取り繕うように笑ってみせたものの、犀利なアスカの瞳に映し出された違和感は

より一層増しこそすれ、消えることは無かった。

 

 

 

 

また・・・・?

 

ヒカリ達のこと・・・今までシンジに話したかなぁ・・・?

 

無いわよね・・・・一度も。

 

それにしても何でシンジはあんなに動揺して・・・・・?

 

 

 

そして触れあっている肌を通じて伝播してくるシンジの凄まじい緊張が、皮肉にもアスカの

曖昧な疑念を焦燥の焔で炙り出し、実体化させようとしていた。

 

 

 

そういえばシンジ・・・いつの間にこんなに背が高くなったんだろう・・・・。

 

声も以前より随分低くなっているし・・・・。

 

まだアタシ達がここで暮らし始めて半年・・・だよね?

 

-------最初からシンジは・・・アタシより背が高かっ・・・・た?

 

 

 

辿り着いた思考はアスカの全身を慄わせ、その形のよい爪は細い腕に深く食い込んでいた。

 

 

音も無く無数の鳩が海岸から飛び立つ。

 

 

 

「ねぇ・・・・シン・・ジ」

「な、何、アスカ」

 

 

「・・・・・・アタシは・・・何人目なの?」

--------!!」

 

 

その場で凍りついたシンジの態度こそが全てを雄弁に物語っていた。

 

 

 

「・・・・さっきシンジ言ったよね、「また」って------」

「それはっ・・・・!!」

「でもアタシはヒカリ達のことなんて今まで一度も話してない!それに・・・・どうしてシンジは

そんなに-------怯えているの?」

「怯えてなんかっ・・・・!」

 

だがその瞳の奥は自身が紡ぎ出した言葉との乖離を示すかの様に激しく揺れていた。

 

アスカはその場でゆっくりと立ち上がったが、脚が小刻みに震えているのは隠し様が無い。

 

「教えてくれたよね・・・人類補完計画が目指したのは単体としてのヒトだって。そして

それを拒否したのはシンジの意志だったって--------」

「う、うん・・・・」

「でも、この世界にはアタシとシンジしか存在しない・・・。ううん、別にそれは構わないの。

却って嬉しかった・・・・。だってシンジが選んだのは世界でただ一人、この私---------

惣流・アスカ・ラングレーなんだもの!」

 

そうして意識的に居丈高な声をつくると、アスカは足許に打ち寄せる波を睥睨してみせた。

 

「アスカ・・・僕は一度だってアスカに消えて欲しいなんて思ったことは無い! それなのに・・・・

あの時もそうだった・・・ちょっとした口論が原因で・・・アスカがみんなに会いたいって言い出して、

そしたら・・・・そしたら------!!」

 

LCLに・・・還ったのね・・・・・」

 

息苦しい西日が充ちる砂浜に未だ膝をついたまま、シンジはアスカの言葉を首肯した。

 

 

「つまりシンジの意志とは別の・・・・そうね、超越した存在-------世界と言い換えても

いいけど・・・その意思がシンジに、この世界にとって有益でないと判断したからアタシを・・・」

「そんなことないっ! アスカは僕にとって------!!」

「うん・・・わかってる」

 

シンジのその強い想いこそが、歪な形で獲得させられた輪廻にも似た不死性の根幹を

成している事にアスカは既に気付いていた。

 

 

アスカと一緒にいたい。他のひとはいらない。

アスカを失いたくない。他のひとはいらない。

 

 

シンジの愛情が自分だけに向けられる限り何度でもこの身は消失し、甦るのだ。

 

それは眩暈すら伴う、シンジの魂から迸る真実の告白に相違なかった。

 

 

このひとはアタシのことがそんなにも好きなのか-------。

 

胸が張り裂けそうに痛むのは死への恐怖か、それとも。

アスカは自然と両腕を大きく広げ、優しく微笑みながらシンジに語り掛けていた。

 

「ねぇシンジ・・・・アタシのこと、好き?」

「好きに決まってるよ!」

「世界で一番?」

「アスカがいれば他に何もいらないっ!」

 

何時の間にか立ち上がっていたシンジの首に優しく両腕を廻し、アスカは涙で濡れている

その頬に恭しくキスをした。

 

「アスカ・・・・消えないで、お願いだよ・・・・」

「大丈夫よ。アタシを誰だと思ってるの?天才美少女、惣流・アスカ・ラングレー様よ?」

 

不敵な表情を浮かべて見せながらも、シンジの視界の外に在るアスカの両膝は、未だに

微かに震えていた。

 

「世界の意思だか何だか知らないけど、そんなものにアタシが負けるわけないでしょ!?」

「うん・・・・うん」

「だからシンジもそんなに泣いたりしないでもっとアタシをぎゅっと抱きし------」

 

 

 

 

ぱぁん。

 

 

たっぷりと中身の詰まった水風船が弾けるような音。

 

乾いた砂地にふわりと黄色いワンピースが落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     「ぁああああぁあぁあああああ!」

   

     

「アスカっ!アスカっ!!・・・アスカぁっ!」

 

シンジは身を捩って叫び、無駄と知りつつも砂粒の隙間に吸い込まれていこうとする

LCLを-------アスカを少しでも取り戻そうと指先を其処へ突き立てる。

 

だが吸水性の高い砂地は、既に一滴のLCLすら余さず吸い込んでいた。

 

「ああ・・・っ。あ・・・あああっ!」

両手で顔を覆ったその指の隙間から嗚咽が止めど無く洩れる。

 

痙攣気味に浅い呼吸を繰り返しながら、シンジはその場でうずくまった。

 

 

 

 

唐突に過去がフラッシュバックする。

 

「たぶん・・・私は三人目だと思うから--------」

 

あの時病院の廊下で小さく呟いた綾波レイの紅い瞳は何を映し出していたのか。

 

 

 

「これじゃあ昔の父さんと・・・・同じじゃないかっ!!」

錯乱して砂地を掻くと、爪の間に容赦無く砂粒が入り込んできて痛みを脳細胞に伝える。

 

もはや完全に平行感覚を失ったシンジは、そのままの体勢で頭から砂地に突っ込んでいた。

 

「がふっ!・・・・げほぅっ!!」

口の中にまで入ってきた砂粒を、軋む音を立てながら噛みしめる。

 

「何故・・・何故・・・・っ!」

荒い呼吸を繰り返し、自らの歯で破いた唇から漏れる血の匂いに噎せた。

 

 

 

 

「うふふ・・・・っ」

---------!?」

唐突に聞こえてきた妖しい囁き声に反応してシンジの身体が凝固する。

 

「ふふ・・・・っ」

幻聴とは思えない。シンジはきつく瞑っていた眼をおそるおそる開いた。

 

既に辺りは暗くなり、上空の月から降り注ぐ微かな光だけが砂浜を照らしている。

だが目の前に広がる海の表面は黄金色に鈍く輝き、自らの存在を強烈に主張していた。

 

「LCLっ・・・・・・!」

何時の間にか海水は跡形も無く消え去り、その代わりに満ちているのはあの液体だった。

 

そしてその中に浮かび上がる幾つもの紅い光点。それらは一様にシンジを見つめていた。

 

「綾波・・・・っ!?」

 

掠れた声でシンジが呻くのと同時に、LCLの海から数百体の綾波レイがふわりと浮上した。

 

「うふふ・・・・・・・」

「・・・ふふっ・・・・・・」

感情が欠片もこもっていない無数の紅い瞳が徐々にシンジの方へ近付いてくる。

 

「うわっ!・・・ぁぁああああっ!?」

 

 

どうして、どうして綾波が。

 

自分の頬が引き攣れていくのが判る。

背中を冷たい汗が幾筋も伝っていく。

 

美しいはずの綾波レイの裸身が、どうしようもなく、怖い。

 

重さを全く感じさせない羽毛のような動きで、空中に浮かんでいた数百体の綾波レイが

無音でシンジめがけて一斉に移動を開始したその時---------「うわっ・・・あぁああっ!」

シンジは顔を歪め、悲鳴をあげながら渾身の力で腕を左右に振っていた。

 

 

 

その掌には扇形に広がった光の膜-------ATフィールドが展開されていた。

それは次の瞬間幾枚もの光の刃と化し、腕の振りに倣って凄まじい勢いで空間を薙ぐ。

 

 

首筋。腹部。顔面。腰部。

 

それぞれがあらゆる場所を一瞬で寸断され、鮮やかな切り口から血飛沫を撒き散らし

ながら全ての綾波レイが絶命していた。

 

 

ばしゃっ。

ぱしゃ。ばしゃん。

 

そしてLCLの海面に落ちると瞬く間にそれらと同化し、後に残されたのは小刻みに震えて

泣きながら砂浜に這いつくばっているシンジだけとなった。

 

 

あれは・・・あれは綾波じゃない!

 

理性では魂の無い------入れ物に過ぎない綾波レイの形をした只の肉塊だと分かっていても

こみ上げてくる吐き気は収まりそうに無かった。軽い呼吸困難に陥り、心臓はでたらめな鼓動を

繰り返している。

 

 

殺してしまった。

 

綾波を、そしてアスカを。

 

 

シンジは足許にぽっかり口を開けた自己憐憫の醜い穴に堕ちるという、抗い難い誘惑に

今にも捉えられようとしていた。

 

 

もう、楽になろう-------。

 

 

音速を遥かに超えた速度でロンギヌスの槍がシンジの心臓めがけて天空から飛来する。

 

だらりと腕を垂らした姿勢のまま、シンジはその時が来るのを渇望していた。

 

 

 

 

 

「・・・気持ち悪い・・・・・」

 

懐かしい声。

 

間に合わなかったのだ。

瞬間、ロンギヌスの槍は空中で呆気なく霧散していた。

 

シンジは引き攣れた泣き笑いを浮かべながら、後ろを振り返る。

 

惣流・アスカ・ラングレーの瑞々しい、清冽さをも備えた裸身が其処に横たわっていた。

 

震える両掌でシンジは自分の顔を覆い、その場で立ち尽くす。

「うっ・・・・うう・・っ」

嗚咽が指の隙間からぼろぼろと零れ落ちる。

 

「・・・・シンジ、どうして泣いてるの・・・?」

「何でも・・・何でもない・・・よ」

 

またアスカを殺してしまうのか。

狂おしいほどの焦燥がシンジの体内で暴れ回り、全身が小刻みに震え始める。

 

「ねぇ、シンジ。さっきからアタシ気持ち悪いの。・・・何か飲み物ない?」

「あ・・・うん・・・・・」

もはや夢遊病者めいた自動的な動きで、シンジは砂地に置いたままのリュックを持ち上げた。

 

「・・・・・・これでいいかな、アスカ」

中からまだ冷えていたペプシの缶を取り出す。

 

「ん〜、それよりもさっきの麦茶がいいな・・・」

「あ、ああ、さっきの-------えっ!?」

 

 

どさっ。

 

掌を滑り落ちたペプシの缶が砂地に音を立ててめり込む。

 

シンジの視線の先で半身を起こしたアスカはこれ以上無いほどの優しい笑みを浮かべていた。

 

「どう・・・・して、アス・・・カ?」

状況を全く把握できないシンジは、それ以上一言も発する事ができずに立ち尽くしていた。

 

 

「あのね・・・・この子がね」

そう言ってアスカが自分の下腹部をゆっくりと、愛おしそうに撫でる。

 

「パパに・・・逢いたいって。それでアタシ、戻ってこれたみたいなの・・・」

 

はにかみながら上目遣いでそう告げるアスカの頬が、みるみる薄紅色に染まっていくのを

シンジは呆けた表情でただ見つめることしかできなかった。

 

「さっき気持ち悪いって言ったのもね・・・つわり・・・みたいなのよ」

 

恥ずかしそうに俯いたまま小声で呟くと、アスカは微笑みながら立ちあがった。

 

月明かりの下で白く輝く裸身を、誇らしげにシンジに晒してみせる。

 

柔らかな二つの起伏と股間で淡く翳る赤味がかったブロンド、そして整った顔立ちの全てが

いつも通り、いやそれ以上の圧倒的な美しさと存在感でシンジを捉えて離さない。

 

 

 

「ただいま、シンジ」

 

ひとこと。

 

それだけでシンジの全ては満たされていた。

 

表面張力の限界をとっくに超えた温かい涙がアスカの瞳から溢れ出している。

 

「お・・おかえり・・・・アスカ・・・・!」

シンジの声も細かく震え、頬を伝う涙も止まりそうになかった。

 

アスカは無言で、シンジに勢いよく飛びついた。

 

「シンジっ・・・シンジぃ・・・っ!」

「アス・・・・カっ!!」

互いの唇が相手を求め、両手で全身をきつく抱きしめあう。

 

「んんっ・・・んむっ・・・・ちゅ・・ちゅっ」

 

キスを交わしながらも二人の涙は止まることなくお互いの頬を濡らし続けていた。

 

腰に添えられたシンジの掌をアスカは自分の下腹部へと導く。

「・・・・シンジ一人じゃ背負いきれないものだって、三人だったらきっと大丈夫・・・」

 

そう呟くアスカの顔は揺るぎ無い自信に満ち溢れ、光り輝いていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「気持ちいい風・・・・・」

眼前に広がる紺碧の海から流れてきた潮風が、碇・アスカ・ラングレーの頬を撫でる。

 

身に纏っている綿と麻とが60:40の割合で仕立てられた黄色いワンピースが、より一層

アスカの可憐さを際立たせていた。

 

 

「まぁーっ、まーっ・・・あぅ・・・・」

隣から伸びてきた小さな掌がアスカの頬をぺちぺちと叩く。

 

「あれーっ、ユイカちゃんはやっぱりママの方がいいのかなぁーっ?」

おどけた声で抱きかかえた赤ん坊をあやす少女の顔には微笑が浮かんでいた。

 

         

「そりゃあそうよ! ねぇ、ユイカ?・・・ってコラっ、痛たたっ・・・!」

いつのまにか掴まれていた髪の毛を引っ張られて思わずアスカは悲鳴をあげる。

 

「あはは、やっぱりアスカに似てお転婆さんなのかな?」

「何それ、どーゆー意味よヒカリ〜・・・って痛たたっ、もうっ!」

 

諦めたアスカが赤ん坊を両手で抱き上げた時、漸く荷物持ち達が追いついてきた。

 

「洞木さんもアスカも歩くの速すぎるよ・・・・」

「まったくや。少しはこっちの苦労も・・・・」

 

不平を並べたてる二人を眺めながらアスカは己の僥倖を実感していた。

 

「んまぁ・・・・まあぁ・・・ま・・」

ユイカの笑い声が耳に擽ったい。

 

「ほら、二人とも早く来なさいってユイカが言ってるわよ!」

 

強めの陽射しが肌に少しひりひりするが、それが心地良い。

 

 

日焼け止めのクリームを塗ることも、もうないだろう。

 

 

 

 

 

                                                       END