秋の空 〜どうでもいい話〜
作・黒色円盤さん
太陽がその姿を覗かせ良い気分でいると、瞬きしたその瞬間に雲が空を覆い尽くす。
しかしながら...雲にとどまらず、雨が降ったり雷がなったり、ひどい時には大嵐。
そんな喜劇にも似た秋の空。
セカンドインパクト以後のこの世界では、もう体験する事の出来ないかもしれない話。まあ、老教師が語る...やれ大爆発だの食糧危機だのといった内容にも少しは含まれていたから、シンジにもある程度は”四季”が何かを知ることは出来るだろう。
が、彼にとってはどうでもよい事であり、更には体験した事などもないのだから、彼等には過去の事例として記憶の片隅にへと追いやられ、「ふぅ〜ん」で終わるのがオチである。
例え体験をするかそれについて詳しく知っているとしても、もはや去りし時代であり、「あの頃は...」などと懐かしむ程度にしか使えないシロモノとなる。
つまりは、四季という過去は道具に過ぎず、知ろうと知るまいと自己が幸せになれるのであれば、それ以外はどうでも良いのだ。
シンジに限らず、他の面々にもほぼ同じ事が言え、やはり例の少女も然り。
惣流ユイカ
今日、就寝前のユイカはとってもご機嫌である。理由は簡単。父親に”おやすみのキス”ができたからだ。
娘を持つ全ての父親が、たった一つのキスでご機嫌をとっていたら怖いが、この家庭だけは特別。
しかし、本人はそんなことを自覚しない。彼女にはそれが最良の出来事なのだから。
そんな彼女は今日もベッドの上、頬の温度は上昇中。
「ふふっ、パパの頬っぺた今日も柔らかかったなぁ〜。直前で『ユ、ユイカァ...』なんて顔真っ赤にして照れてるんだもん。」
ユイカの顔は真っ赤。既に桜色を通り越して壁を3枚突き破りそうな次元。足をバタバタとさせ、両腕で枕をちぎれそうなほどの力で抱きしめる。
正に恋する少女の図だが、恋する相手が違っている。
「ホント、可愛いんだからぁ!こんなになれるなら、もっと早くからしておけばよかったなぁ...でも、でもぉ、これからずっとできるんだ。...なぁ〜んちゃって!キャァ〜〜〜!!」
誰の表現を借りなくてもファザコンなユイカにはそれに気が付くはずも無い。かまわず一人暴走を止める親友もこの時間ではおらずユイカの思考は暴走を続ける。
彼女の中で、シンジはどのような事をしているのだろうか?
「ウフフフフ...パパったら、パパったらぁ!...パパったらぁ〜!!...キャァ〜〜!!!」
腕に抱えた枕を力いっぱい顔に当て、更にバタバタさせる足のスピードも上昇の一途を辿る。ユイカは父親兼同級生という世界でも唯一であろう事例を授けてくれた...恐らくは神、もしくはEVAなのだが、それに感謝していることであろう。
翌朝
ぶっすぅ
早起きしたものの、ようやく朝日が顔を見せる時間帯なのでユイカは布団の中にいた。ただ...表情は昨夜とはうって変わり、早々から膨れっ面だ。
昨夜の機嫌が嘘のようである。
先程、彼女はまだ寝ているはずの両親のベッドへ潜り込みシンジに抱き付こうと、寝室へ突入したのだ。
がしかし、彼女の目に入ったのは、幸せそうにシンジに覆い被さり御就寝中のアスカの姿、そしてアスカを抱きしめるシンジの寝姿である。
夫婦が一つのベッドで寝るのは当然の事。だが、これを見た瞬間にユイカはふにゃけた天使から嫉妬の般若となった。
どうやら、自分のしようとした事を先取りされたのが気に食わなかったらしい。
「どうしてアタシとは一緒に寝てくれないのよぉ?!」
一人でごちるユイカはバタンと大きな音をたて扉を閉めると自分の部屋へと戻った。
14歳にもなる娘と添い寝する父親など、果たしているのだろうか?
ユイカ自身もそのような疑問を当初は抱いたものだが、気持ちが膨らみ続ける現在では”それはこっち置いといて...”と、既に無視されるべき問題となっていた。
尤も、大問題となっていても強引に(母親の強引さとは若干の違いはあるだろう)”愛故に”などという陳腐な言葉で片付けるものと思われるが。
さて、アスカの幸せそうな寝顔は、ユイカにとっても心休まるものであるが、抱きつかれたシンジまでもが同じであれば事態は変わってくる。
母親と言えどもファザコン娘にとっては恋敵同然なのだ。
「いくら夫婦でもまだ14歳じゃないのよ。私の気持ちだって解っているクセに、どうして気をつかってくれないのよぉ!」
むしろ自分のせいで複雑な境遇に遭うシンジに気をつかうべきであろう。
一方、扉の音に目を覚ましたシンジだが、部屋になんら変わりの無い事を確かめると再びアスカを抱き寄せて寝息を立て始めた。
キーンコーンカーンコーンきりーつ、れい、ちゃくせーき!
いつも通りに朝のHRが進む。
担任のアスカが出席を取り続ける中、ユイカは机に突っ伏したままだった。
今朝の出来事もそうだが、それからの出来事も彼女を憂鬱にさせるには充分だったらしい。
一応、おはようのキスは今朝もしたのだが、むくれていたユイカはその感触すら確かめられず、単なる朝の儀式として終わっていた。
いつもであればキス一つで機嫌も治るはずであろうが、今回ばかりは違ったようだ。
ちなみに、それからの出来事とはこんな事。
今日も見つけたシンジの首につくキスマーク(判装膏で隠してはいるもののユイカは承知済み)
マナといちゃつくシンジの姿(単なる雑談なのだが)
そんなシンジに嫉妬するユイカを見たミユキのからかい...などなど
もっとも、シリアスに暗くなっているわけでもなく、焦りに留まる点はユイカの持ち味と言えよう。
とは言え、シンジへの気持ちが強いほど、僅かな隙間が強烈な寒さとなってくるのであろうか。
そんなこんなで突っ伏したままなのだが、彼女は自分の現在位置を忘れてしまっていた。
「ユイカ?惣流ユイカ?」
「はぃ?」
ハッとして立ち上がるものの、点呼で自分が呼ばれていた事に気が付かなかったため、素頓狂な声を出してしまった。
クラス中がドッと沸く。
「朝っぱらから何やってるのよ、若いんだからシャンとしなさいよ!」 不甲斐無い娘にアスカは顔をしかめながら言った。
「ごめんなさい...」
「まぁいいわ、次!」
俯くユイカにアスカがこれ以上に追求する事もなく、点呼は進んでいった。
「日に日に情緒不安定になっていくわね、やっぱりシンジさんが原因なのかしらねぇ?」
ドンピシャなミユキの考え、ともすれば、解決法もおのずと見えてくる。
ユイカの機嫌を治す一番の処方箋はシンジの優しさを独占させる事である。
にも関わらず、シンジは再び机に突っ伏す娘の姿を見て
『また昨日は夜更かししたのかな?』
などと首をひねっているだけだった。
終礼のチャイムが鳴ると、ユイカは開口一発「シンジ君、さっさと帰るわよ!」
とシンジの腕を掴むと教室から引きずり出していった。
一人残された形のミユキは後を追うこともできず、ただポツンとしてるだけである。まぁ、ユイカの突飛な行動に多少頷いたのでもあるが。
ユイカが色々と思いつめた中で達した結論は”突撃あるのみよ!”であった。
しかし、突撃なのだから玉砕もありうるのであろうが、彼女の頭にはそんな事は浮びもしない。更には、この突撃という言葉にも大した意味は含まれてはいない。
愛情が悲しみへ、そして憎しみと変わっていったに過ぎず、あくまでも感情論の中で出た答えの他ならないのだ。
案の定、シンジを連れ出したはいいものの次に何をすればいいのか解らない。
無言のまま帰宅する二人だが、状況に耐え切れず先に声を発したのはシンジの方だった。
「ユイカ...今日は元気がなかったね。」
特段に感じることも無く返事を返す。
「...ううん、別に」
言葉とは裏腹に、どうも表情の冴えないユイカ。
しかし、言葉の間と間に彼女の感情が含まれているような気がしてならなかった。
そう感じれば、ユイカに何も無いわけが無い。
「その、...なんか困る事でも起きたのかい?...もしさ、一人で解決できないのなら、僕に言ってよ。これでも僕はユイカの父親なんだしさ、何も出来ない僕だけど力になりたいんだ。」
言葉を選びつつも必死に何かを言わんとする父の姿。
ある種の感動を覚える。
が、しかし、複雑な乙女は今一歩で憂鬱さから脱しきれなかった。
結局、ユイカに変化が見えないシンジは力を落としながら放課後までを過ごすのであった。
シンジも連れずにユイカは一人で下校した。ただし、自宅には直接帰らずに目的地はレイの家だった。
レイの家に寄るのは、ユイカが何かに不満を抱えている時や憂鬱な時なのであるが、今日もやはりそんな理由で立ち寄っていた。
今はレイの家のリビングに二人っきりで会話を楽しんでいる。
本当は、ユイカが一方的に喋っているだけだった。
「モグモグ...っでね、パパってば私の目の前だってのにね、モグモグ...ママといちゃつくわ、他の女の娘とも仲良くしてるわ、一体何を考えてるんだろうって思っちゃうの...ングッ!」
レイの作ったカップケーキを両手に持って食べるユイカは、次々とシンジに対する不満をぶちまけていた。
「はい、ユイカ」
それまで相槌を打つ程度の反応を見せていたレイが紅茶を差し出した。
ユイカのいつも通りの食べっぷりは、出したケーキを誉めるサインと感じ取ったレイだが、出来ればもう少しゆっくりと味わって欲しいとも思っている。甘い物に目が無いユイカへケーキを出せばどういう事になるかは承知の上だが、作り手としてはそういう心境になるものだ。
「ハァハァ、ありがとうレイ母さん」
「いいのよ、それよりもう少しゆっくり食べましょう。ケーキは逃げたりしないもの」
「だってレイ母さんのカップケーキって凄く美味しいんだもん。ゆっくり食べようと思っても手が勝手に動いちゃうんだもん」
誉めながら”てへっ”と舌を出して笑うユイカの姿。
誰にとってでも、天真爛漫な彼女をいとおしくなる一瞬でもある。
次の言葉は、そんな彼女を見たレイが他意なく発したものだった。
「碇君の料理も...、でしょ?」
「え?」
微笑みを浮かべるレイと両手にケーキを持って固まるユイカの図。
逆の構図ならば解るが、これはある意味で滑稽であった。
「碇君の料理も、美味しいわ。このケーキよりも美味しいと思うわ」
「うん、確かにパパの料理は美味しいよ。だけどパパは私の...」
パパは私の事を気にしてもくれないの...と続けるつもりだったが、それは言いたくない。自分の思い込みだろうし、惨めになるだけだから。
「私、ユイカが羨ましいわ」
レイの心の奥底にあった感情を吐き出した言葉。
「えっ、私が羨ましい?」
「ユイカは碇君が嫌いじゃないんでしょ?」
「うん、嫌いじゃない!好きだよ!パパとしても、男の子としても好きだよ!でも、でもパパは...」
「好きならいいじゃない。好きな人の料理を毎日食べて同じ家に住む、ユイカは幸せ者なのよ」
「でも...」
「きっと...碇君だってユイカと一緒にいて幸せのはずよ?」
「パパも?」 一日中悪い方へ悪い方へと考えが進んでいたユイカにとって、自分と同じ幸せがシンジと共有できているとは夢にも思わなかった。
ユイカはレイの顔を見れずにいた。
そして、ふと思う。
今まで私がした事に、パパはどう思っていたの?
迷惑と思ったことは無いの?
思っていたとして、それにもかかわらず私に微笑んでいてくれたのは何故?
パパは幸せなの?
私の事を好きでいてくれるの?
「そう、碇君も。今の碇君の顔って、昔にも増して素敵だもの」
「昔...昔のパパ...」
「そうよ」
「そっか...」
「そう...」
「そっか...そうなんだ...ウフフ、ウフフフフ」
顔を上げて急に笑い出したユイカ。その顔に先程までの重苦しさはなかった。
何で笑い出すのか寡黙な性格のレイには解るはずも無く、突然に泣きだしたのを目の前にした時のように彼女は戸惑う。
ユイカに戸惑うのは今に始まった事ではない。
「ユイカ?」
とは言え、レイはそんなユイカの変貌ぶりにどうしたらいいのか解らない。
「なぁ〜んでもないの!それじゃ私は帰るわね」
ユイカは立ち上がって玄関へと向かい、レイもとりあえず立ち上がった。
「そう...」
「本当に何でも無いんだから、ケーキご馳走様!」
何だか良く解らないが、レイは目の前にいる来た時とは違って足取りの軽くなった来客者を見て安心したのであった。
最後にレイは心から思っている事を伝えた。
「ユイカ、あなたと碇君の絆はとても強いから...私よりも...心配する事なんかないの。それを忘れないでね」
「うん、レイ母さんありがとう!」
そろそろ日も落ちかける時刻。ユイカはすこぶる機嫌良く帰宅する。
玄関のドアを開けてダイニングに行くとシンジの姿を見とめた。
エプロンを付け、狭いダイニングでクルクル回っているかのような愛くるしいシンジの姿を見た時、やっぱりパパって可愛いなァと 再認識した。
「ただいま、パパ!」
「え、ユイカ?」
シンジは夕食作りに没頭していたようで、驚いてこちらへ振りかえっている。
「あ...ユイカ...あの...」
下校時の機嫌の悪さが頭をよぎり、何を言えばよいのか解らない。
「ただいま!」
「え?」
シンジは目をパチクリさせている。何故ならユイカの顔は下校時と一変して笑顔で溢れていたから。
しかし、一向に返事の来ないユイカはどういう訳かニィと笑う。シンジの経験上(対象はアスカなのだが)、これは何かを企むときの顔であると悟るが、ここで何かできる彼ではない。
案の定、ユイカが行動に出る。
彼女の行動とはシンジに近づく事。
「な、何かな...?」
そして...
「だ・か・ら、ただいまパパ!」
チュッ
ユイカは満足そうにシンジから顔を離し、クルリと回ると自分の部屋へ駆け込んだ。
パタンと音を立てて閉められたドアの向こうで、ユイカは何を思うのだろうか。
ダイニングに残されたシンジは今日の出来事に理解できぬようで、やっぱり女の娘は解らないや等と思いながら、呆然としたままキスされた頬をなで続けていた。
「パパの頬っぺた今日も柔らかかったなぁ〜ウフフ」
晴れやかな日和も突如として崩れる時があるが、それはユイカそのものなのだろう。誰もが心地良い日々を望み、幸せな時を過ごしたいと思うに違いない。
彼女も同じである。愛する者と素晴らしい日々を送り、そしてそれが限りなく続くのであれば。
そこに至るには、あらゆる困難や苦痛が付き物であるが、乗り越えた時は忘れるもの。
幸せな時以外はまさしく”どうでもいい話”。
周りを戸惑わせ、唖然とさせ、笑いの渦に巻き込みもする、それがユイカ。
秋の空の如く、である。
(了)
*あとがき
う〜ん、今作こそは早々に仕上げてやろうと意気込んだはいいものの...仕事仕事で早4ヶ月経過ですか。
管理人様、感想を下さった方々や私の作品を読んで下さってる方々には申し訳ないです。言い訳ですが、これが完成する頃に仕事が忙しくなっちゃいまして、続きを書く暇がありませんでした。
おかげで途中の心理描写、情景描写の大半を省く結果となりました。
話が読みづらいのはそのせいです。(修正する気力もなし)次の作品こそは計画的に仕上げよう...って何度言ってるんだろ?ハァ〜