夏の雨 〜心と時は流れ行き〜
作・黒色円盤さん
夏の雨は嫌い...寂しさで心が絞めつけられるから...
セカンド・インパクト以降、四季という言葉が意味をなさなくなったこの時代において、雨が降ることはいつでも珍しくはないのだが、何故か7月の雨が一人の女性にとってはつらいものだったようだ。肌にまとわりつくような湿気への嫌悪感か、それとも外出もままならない状況へのいらだちか。
周りからすれば、どうにも解らない事なのではあるが、彼女にとってはつらいものらしい。
例えて言えば...夜の砂浜に一人で座ると妙な寂しさや空しさを覚えることはないだろうか?
彼女は、この雨にそれと同じような感情を抱いてしまうようである。
サー...サー...
この日も、そんな雨の降る7月であった。彼女は傘をさし、小さな女の子を連れて家路を向かっていた。
二人のいでたちは両者共に赤いワンピースを着ており、靴も傘も赤である。
彼女は栗色の髪に青い瞳をしており、”和”的な要素はほぼ見当たらないが 西洋と東洋を見事にミックスしたような感じで美人といえ、連れの小さな女の子の方も 将来はかなりの期待が持てそうだ。
惜しむべきは、これだけの二人に振り返る周囲の目がなかったことか。
要するに、周りには歩行者の姿が見当たらないということだ。
「もうすぐでお家に着くからね」
「うん...ねぇママ、今日のお夕飯はなぁ〜に?」
今の会話で親子と解る。
どこにでもありふれた会話と風景。
普通、通常、平凡...母親とおぼしき女性が若く見えようとも、まさにそんな親子。
それはアスカとユイカの二人。
シンジがサルベージされる時より8年も前の姿である。
彼女達が住むマンションの前まで来た時、入り口から3人の親子連れが出てきた。3人で一つの傘をさし、どこかへ出かけようとしているのか。
その中の紫色した髪の女性が、こちらの姿に気がついたらしく、近づきながら親しみのある声で話しかけてくる。
結婚をして、姓の変わったかつての保護者、加持ミサトである。
「あら、ちょうど帰ってきたのね。よかったよかった、ベル押しても返事がなかったからアタシ達も帰ろうかと思っていたところなのよン♪」
「ゴメン、ちょっとそこまで散歩にね」
「そうだったの。でもねぇ、こんな雨の日に散歩もないでしょうにねぇ」
「ま、気晴らしってトコ。家の中でウダウダしてても仕方ないしさ... それよりこんな所じゃなくて中へ入ってよ。お茶ぐらいは出すわよ」
「そうねぇ...でも、アタシはお茶よりもビールがいいんだけどなぁ〜♪」
「まったく、アンタってばホント相変わらずね。よくそんなんで旦那を持てたわねぇ?ねぇ、加持サン?」
とアスカは話相手の背後に立つ、ミサトの夫となったリョウジに目を向けたが、彼は「まったくね」と言ったきり、その後の言葉に困り苦笑いしているだけだった。
彼は、彼女のこうした発言には既にあきらめているらしい。
それから、二言三言話た後でマンション内の自宅に入った。
外では飽きもせずにサーサーと雨が降り続いている。来客者のうち、残り一人は加持家の姫であるミユキであった。
ミユキはユイカと子供部屋で遊んでいるようで、キャッキャッとリビングまで楽しそうな声が聞こえる。
キッチンからお茶を運ぶ途中、アスカにもその声は聞こえてきた。
運びながら、娘達がどんな遊びをしているのだろうかと少し想像する。
彼女の頭の中には、人形とかママゴトといった、いかにも女の子向けの言葉が浮かんできた。
”楽しそうにやってるんだろうな”などと思ったが、何をしているかは結論づける事はできないだろう。
アスカはミサトとリョウジの前にお茶を差出し、客と向かい合ったソファーに座った。
先程から気になる方へ顔を向ける。
「あの娘達、ホントに仲がいいわねぇ」
アスカの視線から彼女の考えてる事を読み取ったミサトは、アスカ同様に娘達が何をして遊んでいるのだろうかと想像していた。
ミサトの一言に答えることもなく、アスカはリビングに広がる娘達の声を聞き入った。
ミサトとリョウジは、何か...恐らくは他愛のない雑談を繰り返していたようだが、それにさえ気を向ける事はなかった。
彼女はその時、自分の幼女時代を振り返っていた。
頭に浮かぶは、親の愛を満足に受けられず、笑顔も忘れてしまった頃...
友達もそれなりにいたのだが、あのように楽しげな声をあげる出来事があったのだろうか。
いや、あったに違いない。母親も生きていた頃であれば、親の愛というものも受けていたのだろう。
それなのに、思い出す事はできない。
思い出そうとしても思い出せない、そんな時代を振りかえれば心が曇るばかり。
そして、アスカは記憶の中で明るい部分を探そうとする。
己の存在を賭けEVAで必死に戦った日々や、打ち解けてくれた親友、それに衝突を繰り返しながらも生死を共にした仲間達。そして...そして生涯でたった一人の愛する人となるシンジ...
どんな出来事もシンジという一点に辿り着き、入口と出口が同じとなった事実に心は曇ってしまう。顔も曇り俯いてしまう。
自分には過去さえも振り返る事は許されないのか!
そしてアスカは涙を流す。目の前の二人を忘れて涙を流す。
それは、誰にも見ることの出来ない心の涙...
「シンジ...」
ポツリと愛しき者の名前を呼んでしまう。
私はシンジに会いたい。
今すぐに会いたいのよ。
シンジ...
お願い、抱きしめてよ、その細い腕で。
お願い、キスしてよ、すぐに赤くなるあの顔で。
お願い、ノロマなりに、私の砕け散った心の破片を全て集め取ってよ。
お願い、...私を助けて!アンタがいないと私は駄目になる...そんなことぐらい解ってるんでしょ?
だから助けてよ、今すぐ会いたいのよ、バカシンジ!!
「美味しいお茶だな。君もこれぐらい出来ると嬉しいんだけどね、ミサト」出された紅茶を飲み、素直ではあるが呑気な感想を言うリョウジの前で呟かれるシンジの名。
リョウジもミサトもアスカの様子を伺う。
アスカは向かいのソファーに座り、俯いたまま両手を膝の上で組んでいた。肩は僅かに震え、じっと何かに耐えているようだった。
彼女は何かしらの行動を取る気配を見せず、ただただソファーの上で俯いて座り続けている。 二人はそんなアスカを見て、ふぅと溜息をつくばかり。
彼女が今、何をしているのかを理解したが、同時にどんな慰めも彼女の心を晴らすことはできず、気分を変えることもできはしないだろう事を解ったから。
重苦しい雰囲気が部屋を包み、その場にいる二人を巻き込む。
(シンジ君、君の愛する女性は、君を想い続け毎日泣いているのだよ。君はLCLの中で今どうしているんだい?やるべき事は終わってはいないんだ、人生の全てを注ぎ込んでする事があるんだ、解っているんだろ?)
(アスカ...ゴメンね。私達がいけなかったのよね。私達のした事でこんなになっているんでしょね。ユイカにまで大変な重荷を背負わせてしまって、本当に悪いと思っているわ。...でももう少し待って、何時かは解らないけど、シンジ君をあなたの下へ戻してあげるから...それまで我慢してね)
他力本願、凡そ無理な話でアスカを、そして自分達さえも慰めようとする二人。
少なくとも、彼達の心も雨は降っているのである。
一言を発する事が誰にもできず、そのまま時は過ぎて行く。
窓の外で振り続ける雨は、今の3人の心を象徴するかの如く止む気配はなく、リビングは湿気による鬱陶しさに包まれていた。
子供部屋からの楽しそうな声と雨の音のみが3人の耳に入っていた。
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・ガラガラッ!! ドタドタドタ!!
静寂が破られた。血相を変えて子供部屋から飛び出してきたのはミユキである。
「大変よ!シンジさんが鼻血出して倒れちゃった!!」
時は現在、シンジがサルベージされて4ヶ月後である。この時も加持一家は碇家に遊びに来ていたのだが、あまりの突然の出来事に場が固まってしまった。シンジがLCLに解けた頃の昔話に花が咲いていたところなのに...雰囲気ぶち壊しである。
昔よりも多少は老けた顔を、3人は一斉にミユキへと向ける。
反応は三者三様。
「ハ?」
アスカは動きが止まったままだった。
「エ?」
リョウジは横目でミサトを見て応対を譲る。
「...た、倒れたってぇ〜?...ミユキ、アンタってばシンちゃんに何したのよ?」
その場で唯一持ち直せたものの、顔を引きつらせながら言うはミサト。
アスカとリョウジはティーカップを手にしたまま子供部屋の方向を見た。
「ユイカよ!ユイカ!あの子の赤ちゃんの頃の写真を見てたのよ!」
焦っているのか、ミユキの言う事は要領を得ない。
「そんなんで、どうしてシンちゃんが倒れるのよぉ?」
「ユイカが脱ぎ始めたのよ!!」
突拍子のないミユキの言葉に、3人の大人は再び視線を彼女へ集める。
「「「...はい?」」」
ユニゾンした声は、どうも意味が良く解らないといった感じである。
リビングは静止画のように一瞬だけ止まった。
「赤ちゃんの頃の裸の写真があったんだけど、私が『今も昔もお子様ね』ってからかったら...あの子ったら『今は脱いだらスゴイもん!』とか言ってシンジさんの前で上を脱いじゃったのよ!あたしが止める間もなく!」
ミユキは気が動転した状態でまくし立てた。言い終わった後でハァハァと息を吐いていたが、「いいから、早く来てよ!早く!」と勢い良く手招きして言い残すと子供部屋へ急いで引き返した。
子供部屋から「パパ、パパ〜!」とユイカの叫ぶ声が聞こえてくる。
ようやく状況を理解したアスカ達は、揃ってこめかみの辺りを押さえた後、シンジの倒れている部屋へ入るために立ち上がった。
その時の表情はシンジを心配するといったようでなく、むしろゲンナリしているようだ。
「まったく、時の流れってヤツァ...」
14年前の冴えを見せないリョウジはいたって呑気であった。
降り続けた雨は何時の間にか止んでいる。サーサーという退屈極まりない単調なリズムも雨と共に消えていた。
間違いなく、心を絞め続けた暗い空も湿気も、そのうちに暖かな光によってかき消されるだろう。
次に訪れる夏の太陽はギラギラと照り、射線は空気を限りない暑さに変えるのであろう。
蝉の鳴き声は喧騒の如く誰をも包むであろう。
それはアスカ達の生活にも似た現象。
雨と共に流れ続けた彼女の涙は、強力な光を放つ太陽が取り払ってくれる。
もっとも、その太陽は自分の前で倒れているのだが。
アスカは目を細めながら、眩しい太陽に覆い被さりキスをした。
周りにいたユイカ達は、突然のアスカの行動に身動き一つすら出来ない。
アスカは、目の前のあまりの眩しさに周りが見えず、このようなアクションを起こしたようだ。
照れ屋で、臆病で、人と付き合う事が苦手で、目の前で鼻血を出して倒れている太陽であるが、それでも彼女は目を逸らす事はなかった。
新しい彼女達の幸せな生活は、まだ始まったばかりである。
(了)
あとがき
まずは御詫びから...
前作を発表後、急にメアドを変更せざるを得ませんでした。管理者様にも御報告する事ができず、さらにはネットへ1年間も接続できない状況だったので、訂正する事も出来ませんでした。真に申し訳御座いません。現在のメアドは、しばらく使えると思うので、御感想などがあったら遠慮なく頂戴したいと思います。
本作品について...
前作より1年もSSが作れなかったので、さらに文章構成が下手になってしまいました。
理系の私は、文がなんたるかってやつを全く知らないんですよね。アドバイス等が出来る方、メールお願いします!(爆) 以前は、どんな気持ちで書いていたのだろう?ん〜、解らん!(-_-;;
次は...なるべく早く仕上げたいですね...