はなげ

 

作者/ヒロポンさん

 




晴れた日の午後。カーペットの上に並んで横になっているシンジとアスカ。空の高みで、薄らとうずをまいている巻雲の白が、いつもより澄み切った空気の印象を二人に与えていた。

本当は、ベランダに出てその空気を吸いたくなるようなところなんだけど、二人はそうはしなかった。見かけよりも熱い外の状態を知っていたからだ。

シンジは、ずっと天井を見ている。アスカはその横で、組んだ腕に顔を埋めるようにして、うつ伏せになっていた。

差し込む太陽の明かりと横から伝わってくるシンジの気配に、ふにぃーと目もとをとろけさせる。

アスカは、このぽかぽかとした時間をシンジと共有している事を確認しようと、首だけをクタっと動かして彼の横顔を眺め見た。

その瞬間、焦点なく靄がかっていた彼女の瞳の青が、きゅっと結ばれて、シンジの顔のある一点に注がれた。

「・・・・・・シンジ、鼻毛が出てる」

真理を告げる哲学者のように、かしこまった顔でそう言ってのけると、アスカはおもむろにシンジの腹の上に馬乗りになった。

「ちょっと、アスカ?」

ぼーっとして、アスカの台詞を良く聞いていなかったシンジには、何がなんだか分からない。

状況を把握しようにも、体に当たるアスカの柔らかさが、彼の混乱に拍車をかけて、次にかけるべき言葉が頭に浮かばなかった。

アスカは、そのシンジの困惑を気にする事もなく、真剣な表情でシンジの鼻の穴をのぞき込むと、何の予備動作も無しに、いきなり目標とした一本の鼻毛をその指でつまんだ。

シンジとアスカの目線が一瞬絡み合う。アスカは、にっこりと微笑んでみせた。

釣られるようにシンジが笑ったその瞬間、アスカは指先につまんだ鼻毛を一気に引きぬいた。

「アイタ!」

突然の痛みにシンジが、たまらず声を上げる。

アスカは、その声を無視して、きょろきょろと周囲を見渡していたが、やがて手の届く範囲にあったティシュの箱を引き寄せると、その中の一枚に鼻毛を包んでポイっと投げ捨てた。

「なにするんだよ!アスカ」

「なにするんだよって、鼻毛が出てたから抜いてあげたんじゃない」

「そっ、そんなこと、誰も頼んでないだろ!」

「なんですって!せっかくこの私が、容姿端麗、頭脳明晰のこのアタシが、間抜け男の汚らわしい鼻毛を抜いてあげたって言うのに、よくそんな事言えるわねぇ」

シンジに馬乗りになったまま、顔を近づけて食って掛かるアスカ。

さらさらとしたアスカの髪がシンジの首筋にパラパラと流れ落ちる。

ちくちくと首筋にあたる奇麗な栗色。

その感触に二人の時間は止まってしまった。

意外なほどに近づいていたお互いの顔を、まじまじと見詰める。

吐息のかかる距離。

アスカとシンジは、それまでの経緯をすっかり忘れて、お互いにゆっくりと唇を近づけていった。

3...2...1

その距離がゼロに近づいた時、もう一人の同居人の無遠慮な声が掛かった。

「シンちゃーん、アスカ、ただいまー」

慌ててはなれようとする二人。しかし、時既に遅し。

ミサトは呆然とした目で二人の事を見詰めていた。

「ア、アンタ達、そういう関係だったの」

「ちっ、違うのよミサト。これは、シンジの馬鹿が鼻毛だったんで、私が取ってやったら、この馬鹿が・・・・・・・・」

「何分けのわかんない事いってんのよアスカ・・・・・・・・・ほんとにもう、最近の若い者はすぐにくっついちゃうんだから・・おねーさん、悲しいわ」

「だから誤解だって」

「誤解ったって、アスカはシンちゃんにべったりくっついたまんまだしぃ、シンちゃんは興奮して鼻血だしてるしぃ」

その言葉に、ビュンとシンジの方に振り向くアスカ。

シンジの鼻からは、ツーと一筋の鼻血が流れていた。

「こっ、こんな時に、紛らわしいもの出してんじゃないわよ!バカシンジ!」

「なんだよ、アスカのせいで出てるんじゃないか!」

「なんですって!」

果てしなく続く言い争い。

ミサトは、冷蔵庫からエビチュを取り出すと、じゃれあう二人を肴に一杯やりだした。

あの戦いから、はや三ヶ月。第三新東京市は、今日も平和だった。

おしまひ

 

 

 

 

 

後書き

えーと、短いですね。

この話は、元々は『砂漠の人さん』宛てに出したメールに、さらさらっと書いたものでした。

なんというか、単なるメールでは芸がないと思って、軽い気持ちで書いたのですが、妙に気に入ってしまいまして、ちょっと修正を加えて、投稿する事にしたというわけなんです。

雰囲気とか最後の方のミサトの言動なんかは、良くあるタイプの話だと思いますが、アスカがシンジの鼻毛を抜くなんて馬鹿みたいな事を考える人は他にいないと思うので、ネタ的には、いろんな所で他の方々が書いている作品と、かぶってないと思います。………………たぶん

最後に、『砂漠の人さん』、みゃあさん、そしてここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。

以上 ヒロポン


 


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(updete 2003/03/22)