外伝「14年目のセカンド・ヴァージン」
作・PDX.さん
熱い湯がアタシの肌を叩く。身体を包む白い泡が流れ去り、清められた珠の肌が晒される。シャワーを止め、髪をまとめて頭にタオルを巻く。
ふぅ、と一息ついて、バスタブに向かう。ついさっき、シンジが使ったバスタブ。昔のアタシなら、シンジが入ったあとのお湯に入るなんて考えられなかった。でも、今は違う。シンジが使ったお湯…シンジの残り香の漂う浴室。それだけで満たされる思い。
ちゃぷ、と手を湯に入れる。…アタシ好みの温度。シンジったら、14年ぶりだってのに、ちゃんと憶えててくれたんだ…まるで小娘に戻ったような気分で頬を染めながら、アタシはバスタブに身を沈めた。いつものバスタブ。小さなユイカを入れてあげたバスタブ。でも今日からは、シンジも使う、バスタブ。
NERVの病院での検査を全て終えたシンジは、この惣流家の居候として今日からここで暮らすことになった。いずれシンジが復学する学校に提出される書類には、名目上の保護者としてレイの名前が書かれているし、シンジはレイと二人暮らしということになっている。でも、本当は、今日からここがシンジの家。
だから、この家の玄関をくぐるシンジには、『お邪魔します』だなんて言わせなかった。そう、言うべき言葉は、『ただいま』。
ミサトがあんなにこだわった言葉。
シンジは、14年ぶりに料理の腕をふるってくれた。ユイカが残念そうにしていたけど、ふふ、あの子、きっと自分の手料理でパパをお迎えしたかったのね。でも、アタシの方が先約。シンジのハンバーグは、やっぱり美味しかった。ユイカも驚いていたっけ。
え? 病院から退院したばかりのシンジに料理なんかさせるなって? あんたバカぁ? 別にシンジはどこも悪くなんかなかったのよ? 検査検査で閉じこめられて、身体動かしたくてウズウズしてたんだから!
嘘じゃないわよ。ここに帰る途中でスーパーに寄ったんだけど、買い物カゴ片手に目の色変えて売り場を回ってたわ。でも、14年前とは物価が違うから驚いていたわね。
夕食の後、まずユイカを先にお風呂に入らせたわ。まぁこれはいつものこと。それに、ユイカだって年頃の女の子。昔のアタシがそうだったみたいに、同い年の男の子の使ったお風呂に入るのは抵抗があるでしょうしね。
「パパといっしょがいいのかなぁ?」
なんてからかったら、顔を真っ赤にさせて口ごもっちゃったのよね。もう可愛いったらないわ。あ〜、ミサトの気持ちがよくわかるわね、本当。
そして、ユイカの次はシンジに、一人でお風呂に入ってもらったの。もうシンジはパジャマに着替えて、寝室で待っているわ。もちろん、今夜ベッドを共にする愛しい妻を待っているのよ。
うふふふ。
一緒に入ってもよかったんだけど、それだとお風呂で裸を見られちゃうじゃない?
そうじゃなくて、『妻』としてのアタシの裸は、最初に寝室で見せてあげたかったの。14年前の小娘だったアタシじゃなくて、成熟したアタシの身体を…奇麗に磨き上げて、ふふ、奇麗な下着で包んで見せてあげたかったの。もちろん、一目で悩殺してやるわ。
バスタブの中で、自分のことを抱きしめる。腕の間で寄せられる豊満な膨らみ。細くくびれた腰。そこから脚へと続く曲線…シンジ、わかってる? この身体が、アンタの、アンタだけのものなのよ? あの日…アタシたちが結ばれたあの日から今日まで、他の男には指一本触れさせなかったんだから!
正直、誘惑の声は多かったわ。
14で妊娠、出産した美少女。
若すぎる未婚の母。
夫たる人物は行方不明。
機密上シンジが初号機の中にいることをベラベラ喋るわけにはいかなかった。
事情を知らない連中には、アタシは若すぎる未亡人として映っていた。
おかげで、世間のアタシを見る目は好奇心と同情のツートンカラーに染められて、『僕が君とユイカちゃんを幸せにしてあげるよ』だなんて言ってくる馬鹿はダースどころかグロス単位で存在したわ。
もちろん、そんな連中に目をくれるアタシじゃなかったけどね。
アタシにはユイカがいて、レイがいて、ミサトやリツコがいて…そして、シンジがいたから。シンジは必ず帰ってくる、アタシの手で、シンジを引き戻して見せると信じていたから。
今だから話せるけど、正直辛い時期もあったのよね。研究に行き詰まって、MAGI2の開発が遅れに遅れて…ふがいない自分から逃げるためにお酒に溺れて…。もしあの頃に、下卑た男に変なところに連れ込まれていたらと思うとゾッとする。後でリツコから聞いたんだけど正直ヤバかったらしいのよね。アタシのことを心配したミサトが、保安部の人間をつけてガードしてくれていたって…。悔しいけど、ミサトには感謝してる。万一、お酒に溺れた勢いで行きずりの男に抱かれていたら、今のアタシはなかっただろうから。
ユイカの一件でレイにひっぱたかれて、もうそんな心配もなくなったんだけどね。
だからシンジ、安心して。
アタシは、胸を張ってアンタに抱いてもらうわ。14年前にアンタに抱かれてから今夜まで…ずっと守り通したんだから。
本当は…寂しかったのよ。
14年間…成長、成熟していくアタシの身体。
昔は、セックスなんて汚らわしい、なんて思っていた時期もあったけど、そんなアタシにだって、肉欲はあったわ。
アンタのことを…アンタに抱かれたあの夜のことを思い出して、その、自分で自分を慰めたことだってある。でも信じて。それ以上のことはしてないから。リツコの妖しい発明品だって断ったし、酔ったはずみでレイといっしょに寝たときだって、キスしかしなかったんだから。
考え事をしてたら長湯になっちゃったわね。
さて、もうあがりますか。ちゃんとお湯も流して。
バスタオルを巻いたら、まずドライヤーで髪を乾かして…メイクはどうしようかしら?
思いっきり艶っぽくシンジに迫っちゃおうかな? うーん、でも、シンジがケバい化粧嫌いだったら困るわね。鏡の中の自分をじーーっとみつめてしばし逡巡。
決めた!
今夜はノーメイクでいくわ。14年前のあの時みたいに。
…大丈夫よね? まだ小じわなんてないし、肌だってまだまだ張りがあるし…だ、だだだ大丈夫よアスカ! 自信をもつのよ!
気を取り直して、ふふ、とっておきのオトナの下着。白い肌に赤って映えるのよね。
アタシのイメージカラー。
アタシのプラグスーツの色。
EVA弐号機の色。
アイツがいちばんよく知っている、アタシの色。
その上に、これも赤いネグリジェ。ふふ、下着がバッチリ透けて見えるわ。シンジなんてひとたまりもないわね。
さらにガウンを着て、準備オッケー。シンジったら、アタシがこのガウンを脱いだらどんな顔するかしら? …鼻血吹いて倒れられちゃ困るけど。
そして今、アタシは寝室のドアの前にいる。ドアの向こうでは、シンジが待っている。
緊張。
なによなによ、なんか震えてるじゃない。まるでウブな生娘みたいに。
でも、そうね。
これからアタシ、シンジに抱かれるんだ。
14年ぶりに…シンジの腕に抱かれるんだ。
アタシの、セカンド・ヴァージン…アンタにあげるんだから…感謝しなさいよね…。
ごくり。
「アスカ、いくわよ」
小さくつぶやいて、アタシは扉を叩いた。
終
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