外伝「魔法使いがいっぱい」

作・PDX.さん

 


♪ふんふんふんふん ふんふふん♪

 即興の『朝の歌』をハミングしつつキッチンへ。こんな上天気の日は上機嫌にならないと損ってものよね☆
 あ、自己紹介自己紹介。
 ども、加持ミユキです。
 うちでは、朝は私の担当なの。パパはお仕事で時間が不規則だし、ママは朝弱いし、シンもまだおねむだし。
「ん〜〜」
 ダイニングのホワイトボードをチェック。パパ昨夜遅かったんだ…というか早朝よね、これって。朝はいらないって書いてあるから3人分でいいかな。
「あ」
 キッチンのテーブルの上に大きな籠が置いてある。その中には新鮮なお野菜がどっさり。パパったら、帰宅ついでに畑に寄ってたのね。
 パパの趣味は畑仕事。西瓜はもちろん、トマト、ナス、その他諸々。まぁパパも忙しい人だから、平日はママが畑の世話をしてたりするし。休みの日は私も手伝ったりするけど。
 ぷにぷに。
 真っ赤なトマトをつついてみたりする。形はいびつだけど、この実の詰まった触感、やっぱりトマトは完熟よね。
 パパの畑でとれる野菜は、とてもおいしいの。どうしてこんなにおいしいの、って小さい頃ママに訊いたら、
「ふふっ、アナタのパパは、魔法使いなのよン☆」
だって。笑っちゃうわよね? なに子供相手にのろけてるんだか!
 でも、パパの野菜を食べているせいか、外で食べる野菜があまり美味しくないのよね。特にファミレスのトマトはいけないわ。

 そんなどうでもいいことを考えながら冷蔵庫をあける。昨夜仕込んで置いたボウルを取り出して中身を確認。うみゅ、野菜から滲み出た水分がいい感じ。
 生野菜を使った簡単なレシピを、ご近所の魔法使いに聞いてきたのよ。お料理の魔法使い、ユイカとシンジさんに。
 この間ユイカん家でお呼ばれしたときに改めて思い知らされちゃったのよね。同じ材料(パパの野菜をおすそわけしたのダ)でも、腕の立つ人間が料理するとこうも違うものになるんだって。
 もう一も二もなく二人に教えを乞うたワケよ。
 さて、ボウルの中身をミキサーに移しまして。スイッチ・オン!

−んごごごごごごごごごごごご−

 刻んだ野菜(トマト、キュウリ、タマネギ、セロリ、ニンニクその他)、小さくちぎったバゲットをオリーブオイルとワインビネガーで和えたところを塩・スパイスを少々加えて、冷蔵庫で寝かせること一晩。
 夜の間に野菜から水分がでて、それが互いに混じり合ったところに冷水を加えてミキサーで粉砕。野菜もパンも全部汁気の一部になって、じゃじゃん、ガスパッチョ様の出来上がりぃぃぃ。

『へぇ〜、スープなのに火を通さないんだ』
『だから、ケチケチして傷みかけた野菜を使うのは厳禁よミユキ』
『それなら大丈夫よ。うちには野菜はいつも新しいのが山とあるし』
『それから、寝かせる時は絶対冷蔵庫に入れてね。酢を使っているけど、用心に越したことはないしね』
『大丈夫ですよシンジさん、私もシンも、ママのお料理食べ慣れていますから』
『…フォローできないよミユキぃ…』

…ま、ママのことはおいといて、さて、スープよスープ。味見のために小皿にとって、一口。
−ずず−
 んっ。上出来! さすがあの二人直伝。こんな感じでがんばれば、私だっていつか魔法使いになれるよね。
 じゃ、できたスープをミキサーからボウルに移して冷蔵庫で冷やして。えっと、今日獲れたてのトマトとキュウリを刻んで浮き身にすればいいよね。それが済んだら、ママとシンを起こして、制服に着替えなきゃ。

「そんなわけで、今日の朝ご飯は二人に教わったガスパッチョだったのよ」
 学校の帰り、今朝の戦果をユイカとシンジさんに報告。ちなみに今日は土曜日だから半ドンなのよ。
「うまくできたの?」
「ふふ、バッチリバッチリ。ママもシンも気に入ってくれたみたいだし」
「よかったね、ミユキちゃん」
「えへへ、だけど…」
「「だけど??」」
 仲良くユニゾンする二人にちょっとだけムカ。
「ちょっち作りすぎちゃったのよね。てへっ」
「作りすぎたって…どれくらい?」
「…ボウルいっぱいくらい…かな?」
「ミユキちゃん…」
「で、助けに来い、ってわけね」
 ああっ、流石は麗しき我が幼なじみ。以心伝心ってこういうことなのねユイカ。
「ね、いいでしょ? お野菜おすそわけするから」
 野菜のスープを食べてもらって、さらに野菜をお土産にってのもおかしな話だけど。案の定ユイカってば呆れてるし、シンジさんも苦笑してる。
「ま、いいわよ。ね、パパ?」
「…」
 無言でうなずくシンジさん。ああっ、こんな至近距離で微笑まれたら正直目の毒っ。ユイカもなにげに轟沈してるし。

−かちゃかちゃかちゃ−
 予想外に増えてしまったお客様達のために、カップを用意しながらふと思う。何がどうしてこうなっちゃったんだろうって。
 ユイカとシンジさんをおうちに招いたら、パパはもう出勤していて、ママはシンを連れて畑に行っているはずで、もしここでユイカがいなければシンジさんと二人きりなのねきゃあきゃあ、ってとこだったのに。
 用意したカップは5つ。
 私と、ユイカと、シンジさんと、アスカさんとレイさん。
 ユイカとシンジさんが学校帰りにレイさんのおうちに寄っていくと、必ずアスカさんが乱入するって聞いていたけど、その法則が我が家にも適用されるだなんて思ってもみなかったわ。
 きっとアレね。この2人はシンジさんのいるところだったら神出鬼没の魔法が使えるんだわ。そうよそうなのよ。
 そんなこんなで用意ができて、私こと不肖の弟子、加持ミユキちゃん謹製のガスパッチョのお披露目となったのよ。全員にカップが行き渡って、みんなそろって一口。
−ずず−




「…ママの仕業ね…」
 ポツリと呟く私の目の前には、いわゆるひとつの地獄絵図が広がっていた。
 カップを取り落としてテーブルに突っ伏すシンジさん。なにやらヒクヒクと痙攣しているユイカ。椅子ごとひっくり返っているアスカさん。虚ろな目をしてペンペンに別れを告げているレイさん。
 どうせいつもの調子で『ひと味足りないのよネン』とか言いながら『愛情を加えた』んだわ。でもどうすれば、キッチンにある調味料だけでこんなことが出来るのかしら。これも一種の魔法よね、きっと。
「み、ミユキ…これを食べて平気ってのも魔法っぽいよぉ」
「…ミサトさん、相変わらずなんですね…」
「あれは魔女よ! 魔女!」
「…もう、だめなのね…」
 えっと、こんな時は慌てず騒がずSOSよね。携帯電話をピポパして。
「赤木博士ヘルプミー」
 なんだかみんなが怯えている気もするけど、まぁ、私たちの主治医みたいな人だしいいよね。
 さて、科学の魔法使いさんが来るまでは、私が看病してあげなきゃ。
「…な、何、ミユキちゃん?」
 うふふ、シンジさん真っ赤になってる。いいんですよ遠慮なんてしなくて。ささ、こっちに来てください。そしたらシンジさんに膝枕…。
 えっ、えっ!? なんか背後で凄い殺気。なんか、こう、3人くらいゆらぁ〜って立ち上がったって感じでミユキちゃん大ぴーんち。
 でもアレを食べて立てるなんて、きっと魔法なのね。ああ、魔法使いがいっぱい…。

 終

 

 
 あとがき の代わりに上のSSで登場したガスパチョのレシピ
 
  材料(4人前)
  
   完熟トマト    1kg
   玉ねぎ      1/2個
   ピーマン     小3個
   キュウリ     2本
   にんにく     小1片
   バゲット     40〜50g
   塩        小匙 12/3〜2
   ワインビネガー  大匙21/2〜3
   オリーブオイル  大匙41/2〜5
   冷水       11/2〜2カップ
  
  1 トマト、玉葱、ピーマン、キュウリは綺麗に洗って水気を拭き
   取り、キュウリのみ皮を剥いて、それぞれ粗めに刻んで大きめの
   ボウルに入れる
  
  2 にんにくを細かくたたきつぶし、バゲット、塩、ワインビネガー
   と一緒に1のボウルに入れてよく混ぜ、オリーブオイルも加えて
   さらに混ぜる。
   (火を通さないのでできればエキストラバージョンオイルを用いる)
  
  3 水が出てしんなりするまで3時間〜半日放置する
  
  4 3に冷水を加えミキサーにかける。一度にやらず数回にわけると楽。
  
  5 なめらかになったら器に入れ、少なくとも半日以上冷蔵庫で冷や
   して味をなじませる。
   
   
   野菜はあるもので工夫してもいいかと思います。作品中でもセロリを
  加えていますし。
   
   
  参考文献:「野菜たっぷりのおいしいスープ」
       成美堂出版



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