エヴァ

■もうひとりのシンジ。■

-プロローグ-

作・イングサンさま


 

 

 

碇シンジは3年ぶりに父親に会うために電車に乗り

第三新東京市に向かっていた。

 

「父さんは・・今頃になって、僕に何の用があるっていうんだ。」

 

父から送られた手紙を握り、唇をかみ締めながらつぶやくシンジ。

 

「僕は・・いまさら会いたくもないんだ・・なんで。」

 

シンジは10年以上も伯父の家に預けられていた。

退屈で何もない場所ではあったが、何の苦労もなかった。

『先生』と呼んでいる伯父も、シンジとはなんとなく

距離を置いて接してくるものの、とても優しく

自分を捨てた父よりも自分を大切にしてくれる。

いつしかシンジはそう思うようになっていたのだ。

・・そんな矢先に手紙は届いた。

 

「なんで!!・・いまさらなんでなんだよ!」

 

伯父から手紙を渡されたシンジは珍しく声を荒げて叫んだ。

そんなシンジをこれまで見た事もなかった伯父は

多少は戸惑いつつも、シンジに語った。

 

「シンジ君のお父さんは人類を守る立派な仕事をしているんだよ。

 そんなお父さんがシンジ君が必要だと言っているんだ・・

 行かなくてどうする?それに、ここにいても・・あっ、いや」

 

「わかっているよ・・先生の言いたい事は。『あの事』だろ?

 確かに・・ここにいたら先生の迷惑になるってわかってる!!

 でも・・でもっ!!父さんの所には行きたくない。」

 

シンジの目には涙が浮かんでいた。

父への憎しみ・・それはシンジにとって凄まじいものなのだ。

 

「シンジ君・・君の気持ちもわかるよ。でもね、これは

 シンジ君のためでもあるんだよ。これから一生、お父さんを

 恨んで生きて行くのかい?そんな事をしてみろ・・

 君の『病気』がさらに悪化するかもしれない。

 幸いにもお父さんのいる施設は世界でもトップの医療技術もあるんだ。

 お父さんと過ごして・・あっちで治療を受ければ『病気』だって

 治るかもしれないんだ・・チャンスなんだよ。シンジ君。」

 

伯父の言葉にシンジは黙りこんでしまった。

確かに伯父の言葉には一理あった。

シンジとて、心のどこかで父親と仲良くしたいという気持ちもあるのだ。

しかし・・理屈ではわかっていても、素直にはなれないものだ。

 

「シンジ君・・行きなさい。」

 

伯父の最後の一言に・・ついに、シンジは無言で頷いた。

納得はできない・・でもシンジには、反論の言葉がなかったのだ。

伯父を・・そして自分を苦しめている『病気』。

父と会うというよりも・・『病気』を治すために

シンジは第三新東京に行く決心をしたのだった。

 

・・プシュゥッッ。

 

・・そんな事を思いだしていたシンジであったが

停車した電車のドアが開く音で我に返った。

しかし・・どうやら、まだ降りる駅ではないようだ。

シンジは軽いため息をつくと、電車に乗り込んでくる

乗客を見た。女子高生のようだ。

今は通学の時間帯でもないので、おそらく寝坊でも

したのであろう。席に座るとバッグの中からブラシを取り出して

髪をとかしはじめた。

・・この時間帯は、よほど人が少ないのだろうか。

シンジの乗っている車両には、シンジの他には女子高生以外はいなかった。

 

『ドアが閉まります・・ご注意ください』

 

・・ドアが閉まり、電車が発車する。

目的の駅まではあと20分以上はありそうだった。

聞いていた音楽も、幾度となくリピートされていたために

さすがに飽きはじめていた。

しかし、他に暇つぶしになるよな物もない。

と、ふと思い出したようにシンジは手紙と共に入っていた写真を取り出した。

『シンジ君へ、私が迎えに行くから待っててね!』

その写真には、胸を強調したポーズで女性が写っていた。

丁寧に『胸の谷間に注目』とまで書かれ、キスマークまでついている。

 

「この人・・父さんの何?」

 

シンジは飽きれたようにつぶやいた。

愛人という事はないだろうが・・その写真の人物と

『人類を守る立派な仕事』が、あまりにも結びつかないのだ。

いろいろと考えてみたのだが・・ピンとくる答えは見つからなかった。

そんな事を考えながら、ぼんやりと写真を眺めていると・・電車はトンネルに入っていく。

それとほぼ同時にシンジをめまいが襲った・・。

 

「なんだ・・頭が・・重い。」

 

シンジの目の前の景色が暗転していく・・。

同時に意識が希薄になっていくシンジ。

闇に飲み込まれそうになるシンジの脳裏に、

薄ら笑いを浮かべる少年の顔が現れ・・消えた。

 

「君は・・し・・ん・・」

 

右手を宙に差し伸べ、何かをつぶやきながら

シンジの身体は電車のシートに倒れこんだ。

・・異変に気付いた同じ車両の女子高生がこちらに歩いてくる。

その様子を眺めながら・・シンジの意識は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を取り戻したとき、シンジは別の車両に座っていた。

中央の車両に座っていたはずなのに最後尾の車両にいるのだ。

ドアが開いているので駅なのだろう・・

いつ、止まったのかもシンジは気付いてなかった。

 

「どうしたんだ・・僕は。」

 

「そうだ・・さっき気を失って・・」

 

シンジは倒れた事は思い出していた。

なぜ、移動しているのか・・シンジは考えた。

しかし、移動した事はまったく記憶にはない。 

あわてて駅の看板を見てみると、降りるべき駅を

5つも過ぎていた。

 

「僕は・・どれくらい気を失っていたんだ。」

 

・・ピーポー ピーポー ・・。

 

サイレンの音が聞こえる・・。

 

「どこかで・・事故でもあったのかな。」 

 

まだハッキリとしない意識で、ぼんやりと考えるシンジ。

ふと、駅が騒がしいのにシンジは気付いた。

サイレンは駅の前で止まったようだった。

何人かの大人の声が駅に響いている・・。

シンジは身をのりだして、駅の様子を伺った。

すると・・タンカを持った救急隊員2人が中央の車両に乗り込んでいた。

ちょうど、シンジが先ほどまで乗っていた車両のようだ。

 

「ほらっ!!・・下がって! どいて下さい!」

 

救急隊員の叫ぶ声がしたかと思うと・・タンカに人を乗せてこちらに向かってくる。

どうやら、救急車はこちらに止めてあるらしい。

シンジは邪魔にならないようにと身体をひっこめた。

救急隊員の足音が大きくなってくる。

そして、シンジの目の前を通ったタンカの上には・・

先ほどの女子高生が身体を震わせながら乗っていた。

 

「あの人は・・確か、同じ車両にいた・・」

 

「そうだ・・僕が気分が悪くなって・・そしたら・・近くに。」

 

「ま・・まさか!!」

 

それはヒドイ有り様であった・・。

顔は真っ青に腫れあがり、制服は切り裂かれていた。

下着も同じように破られたらしく、両手で身体を隠している。

その両手、特に手首は強い力で掴まれていたのだろう・・うっ血していた。

さらに・・よく見ると、顔や髪には白い粘液がこびりついていた。

シンジがそれを見ていると、あわてたように救急隊員が

シンジの視界を遮った。そして・・

 

「ほら、見ないで・・おーい!!毛布とかないのぉー!

 これじゃ、可哀想だよ!!」

 

大声で救急車にいる仲間に叫んだ。

あわてたように救急車からもう一人走ってくると

女子高生に毛布をかぶせる。女子高生は毛布の端を掴むと身体に巻きつけ

泣きじゃくりはじめた・・。

よほどの恐怖だったのだろう・・。

シンジもその様子を痛々しそうに見つめていた。

 

・・・まさか・・まさかッッ!!

 

・・・でも、あのときの・・あの顔は。

 

女子高生は、あきらかにレイプされた様子であった。

顔や髪にこびりついていた粘液は・・おそらく精液であろう。

白昼の電車での大胆な犯行である。

 

ふと、タンカで運ばれる女子高生とシンジの視線がぶつかった。

女子高生はぼんやりとシンジを見ていたが、やがて・・

 

「いっ!?・・いっ!・・いやあぁぁぁーーーーー!!!!

 こ、こないでぇぇぇっっ!!・・おねがいよぉぉ!!

 もうっ・・もうっっ・・許してェェッッ!!」

 

目を見開いたかと思うと、発狂したように叫びだしたのだ。

いきなり様子が豹変した女子高生に救急隊員は驚きつつも

タンカから降りて逃げ出そうとするのを必死で押さえ込んでいた。

 

「は、はやくしろっ!・・早く車に運ぶんだ!!」

 

隊員の一人が叫ぶと、タンカはあわてて救急車へと運ばれていった。

 

「・・そうなのか。」

 

シンジはつぶやくと、両手の拳から鈍痛がしているのに気付いた。

見ると女子高生の顔のように青く腫れている。

あきらかに何かを殴った形跡が残っているのだ。

 

・・女子高生の豹変ぶりを見たシンジは、犯人に気付いていた。

いや、はじめから感づいていたのであろうか。

唇を噛み締めながら・・苦々しくつぶやいた。

 

「また・・君なんだね。『真治』」

 

 

 

つづく。

 

 

 


(update 01/02/18)