エヴァ

■もうひとりのシンジ。■

-第一話「暗闇の少年。」(前編)-

作・イングサンさま


 

 

「きゃあぁぁっっっ!!」

 

絶叫がこだましていた・・。

声の主は10代半ばの少女だ。

一見すると華奢に見える同じく10代半ばの少年に

組み敷かれ、電車のシートの上で暴れていた。

肩くらいまでの長さの髪を振り乱し、首を振って少年を拒絶する。

少年は、少女の両手首を掴んで馬乗りになっている。

少女は激しい抵抗を続け、抑えられていない足をジタバタさせる。

抑えられた手首も振りほどこうと必死だった。

・・その甲斐があったのか、やがて左手首だけは拘束から

逃れる事に成功したのだ。・・が、

 

・・バシッ!  バシィッッ!!  バシッ! バシッ!

 

「あううっっ!・・ううっっ・・くぅっっ」

 

少女が拘束から逃れたわけではなかった。

ビンタなどの生易しいものではない。

少年が少女の抵抗する姿に業を煮やし、右の拳を容赦なく

少女の顔面に叩きこんだのだ。

激痛と、あまりの恐怖に少女の抵抗しようという意思が削がれていく。

 

「あ〜ッッ!!拳が痛ってぇぇ!

 余計な手間をとらすんじゃねーよ!・・ったく。」

 

抵抗が弱まったのを確認した少年は、自分の拳にフゥフゥと息を

吹きかけると機嫌が悪そうに言い放つ。

その様子を見た少女は声も出せず・・ガタガタと震えていた。

 

「そうだよ・・そうやって震えてりゃいいんだよ!!

 さてと・・時間がないんだ。手早く済まさせてもらうぜ!」

 

・・ビリッッ!!  ビリリリィィィッッッ!!

 

少年は、いきなり着ていた服・・おそらく学校の制服だろう・・を

胸元から破いていく。夏服で薄手とはいえ・・素手で服を破くのは

かなりの力が必要となる。先ほどまで抑えられていた手首が

うっ血している事といい・・少年は見た目では考えられないほどの

腕力の持ち主だった。

 

「!?・・いっっ!! いっやあァァァァぁーーーー!!!」

 

 

 

・・・・・!?

 

「はぁっっ!!」

 

シンジが目を開けると・・そこは病院のようだった。

簡素なベッドに寝かせられ、医療機器の作動音が耳に流れてくる。

廊下からは、わずかだが人の声もしていた。

 

「ここは・・病院?」

 

自問するようにつぶやくシンジ・・。

 

「どうして・・病院なんかに・・確か、僕は・・。」

 

「そうだ・・エヴァとかいうのに乗れって言われて・・

 それで・・それで、どうしたんだ?負けたのか?

 あの・・使徒とかいう奴に。・・でも、生きてる。」

 

シンジは写真の女性、葛城ミサトの車に乗って

ネルフ本部のあるジオフロントに連れてこられた事・・。

 

父親と最悪の再会を果たした事・・。

 

瀕死の重傷を負った少女と対面した事・・。

 

そして・・自分がエヴァに乗って出撃した事・・。

全てを思い出していた。

もちろん、ここに来る前に駅であった出来事も。

シンジはあの後、逃げ出すように電車に乗り込んだのだ。

そう・・信じたくない事件から逃げるように。

 

「僕は・・なぜ、逃げてしまったんだ。」

 

先ほどの夢が脳裏に浮かんだ・・。

泣き叫ぶ少女。夢の中の少年は少女を・・

まるで、おもちゃのように弄び・・陵辱したのだ。

まるで・・悪魔のように。

 

「僕は・・碇シンジ。そう・・碇シンジなんだ。」

 

 

・・・・。

 

「サードチルドレン、意識回復しました。

 身体、脳波ともに異常は認められません。」

 

ネルフ本部にある発令所。

伊吹マヤは、シンジの意識が回復したのを確かめると

葛城ミサトに報告する。

 

「よかったぁ・・大丈夫だったみたいね。」

 

ミサトは安堵のため息をつくと、手に持っていたコーヒーに

口をつけた。

 

「リツコ、ちょっち・・様子を見てきてもいい?」

 

「かまわないわよ・・こっちは人数も足りているし。」

 

金髪に白衣を着た女性、赤木リツコはミサトにそれだけ言うと

マヤとともにモニターを覗いていた。

心なしか、その表情は厳しい・・。

 

「じゃあ、あとはヨロシクね!」

 

ミサトは笑顔でそう言うと、発令所より出て行った。

それを確認したリツコはマヤに小声で話しかける。

 

「間違いないの?」

 

「ええ・・MAGIの回答も同じです。センサー等の不良も認められません。」

 

「どういう事なの・・。」

 

「わかりません。ただ・・初号機は暴走したわけではないんです。

 確かに、パイロットに制御されていました。」

 

「司令には?」

 

「報告はしました・・でも。」

 

「でも?・・なにかあったの?」

 

「はい・・初号機は『暴走』したとして処理しろと・・

 MAGIのデータの消去も命じられました。」

 

「何か・・隠したいのね。」

 

「どうします?」

 

「どうもこうもないわ・・司令の命令は絶対。」

 

「わかりました・・。でも、司令は何を考えているのでしょうか?」

 

「さあね・・司令の考えを理解できるのは副指令くらいのものよ。

 で?その司令は・・どこに行ったの?」

 

「病室の方に・・レイの様子を見てくると。」

 

「レイの?・・シンジ君じゃなくて?」

 

「はい・・」

 

「そう・・まあ、いいわ。それよりマヤ。」

 

「なんですか?先輩。」

 

「司令のいない間にシンジ君の事を詳しく調べておいて・・

 初号機の件、何かわかるかも。」

 

「いいんですか?司令にバレたら・・」

 

「だから、内緒でお願いしてるのよ。

 技術局としては、これからの戦いでマイナス要素になりそうな問題は

 早期に解決しときたいの。」  

 

「わかりました。先輩の頼みですから・・」

 

「頼むわね。」

 

 

・・・・。

 

 

「確か・・この病室よね。」

 

ミサトはシンジの病室を確認するとドアをノックした。

 

・・トン トン。

 

「シンジ君・・入るわよ。」

 

「・・・。」

 

中からは返事がない。

 

「シンジ・・君?」

 

不安になったミサトはドアを開けて病室に入っていく。

だが、ベッドの上にはシンジの姿はなかった。

 

「あれ?・・トイレにでも行ったのかしら。」

 

ミサトは病室を出ると、あたりを見回す。

すると、少し先の窓辺で外を眺めているシンジを見つけた。

 

「シン・・ッ」

 

「すいません・・通ります。」

 

ミサトがシンジに声をかけようとすると、

患者の乗ったストレッチャーを運ぶ看護婦に通路をあけるように

促された。

 

「あ、ごめんない。」

 

ミサトはあわてて廊下の端へ移動する。

そして、なにげなくストレッチャーに目をやると

それは、身体のいたるところに包帯を巻きつけられた

綾波レイであった・・。

 

「レイ・・」

 

ミサトは痛々しいレイを見て、辛そうにつぶやく。

ふと、ストレッチャーの横に歩いている

上下とも黒の服をまとった男の存在に気付いた。

ネルフの総司令、碇ゲンドウである。

ゲンドウはいかなる時でも表情を崩さない寡黙な男であるが

レイに投げかける視線は、どことなく不安そうだった。

ミサトは、そんなゲンドウをはじめて見る。

レイもゲンドウも、ミサトには気付かなかったようだ。

ストレッチャーはゆっくりとミサトの横を通り過ぎて行く。

・・シンジもストレッチャーの音に気付いたようだ。

通路の方へ身体を振り向かせていた。

とたんにシンジの動きがとまった。

歩いてくる父親の姿を確認したからであろう・・。

ゲンドウもシンジに気付いた様子だった・・が、

数秒ほど視線をあわせただけで、声もかけずに横を素通りしていった。

シンジも父親に声をかける事ができなかった・・。

 

「ひどいわねえ・・傷心の息子に声もかけないなんて」

 

「えっ?・・あっ、ミサトさん。」

 

突然、後ろから声をかけられて驚いた様子のシンジだったが

ミサトの姿を確認すると、そうつぶやいた。

 

「むかえにきたわ。」

 

シンジと視線があうと、にこやかに手を振るミサト。

 

「身体は大丈夫みたいよ、怪我も大した事ないようだし。」

 

「・・そうですか。」

 

「もう、退院の許可も出たわ。

 だから、あなたの家まで送っていくわ。本部のほうで

 シンジ君専用の個室を用意したそうだから。」

 

「はい・・。」

 

返事をするシンジの言葉には覇気がなかった。

視線も虚ろで、あきらかに他の事を考えている様子だ。

ミサトはシンジの心情を読み取っていた。

 

「いいの?ひとりで・・。」

 

「えっ?」

 

「司令と・・お父さんと住みたいんじゃないの?

 申請すれば一緒に暮らせるのよ・・。」

 

「いいんです。ひとりの方が気も楽だし・・

 一緒にいたってギクシャクするだけですから。

 僕らは、お互いがいない方が当然なんです。」

 

心配しているミサトを気遣ったのであろうか。

シンジは少しだけ微笑みながら、ミサトに答えた。

明らかに無理をしているシンジの言葉に、ミサトは決心した。

 

「ちょっと、まってて!!」

 

ミサトはポケットから携帯を取り出すと、手早くボタンを押した。

・・10秒ほどすると、相手が電話に出たようだ。

 

「あっ、もしもし・・リツコ? うん わたし。」

 

相手は赤木リツコのようだった。

ミサトはシンジの状態をリツコに説明している。

シンジは、ぼーっと様子を見ていたが・・ミサトの発した意外な言葉に

目を見開いた。

 

「シンジ君ねぇ・・私のマンションで一緒に暮らす事にしたから。」

 

『えェッ?! 何をバカな事を言っているのよ ミサト!』

 

電話の向こうでリツコの怒鳴る声が、少し離れたシンジの耳にも届いた。

シンジ自身もリツコと同じ考えでもある。

 

「大丈夫よ。子供に手を出すほど飢えちゃいないから。」

 

『当たり前でしょ!!まったく・・あなったって人は・・』

 

「文句は後で聞くから! とりあえず、上の許可を取っておいて。」

 

『ちょっ・・葛城一尉!!』

 

・・プー  プー 

 

ミサトは言いたい事だけ言うと、一方的に電話を切ってしまった。

 

「・・と、いうわけでー 行きましょうか?」

 

「そっ・・そんな!勝手に決めないで下さい!!」

 

ミサトの一方的な行動に反論するシンジ。

 

「なんで〜。私と暮らすのはイヤ?」

 

「イヤとかじゃなくて・・。」

 

「ならいいじゃない。一人で暮らすよりは寂しくないわよ。」

 

「とにかく・・ダメなんです!!・・僕は、ひとりじゃないと。」

 

「何か・・不都合な理由でもあるの?」

 

ミサトはシンジの表情が曇った事に感づいた。

 

「そうです・・」

 

「どんな理由?}

 

「僕は・・・だめだ、言えません。」

 

「言えないのなら、理由が無いとみなすわ。さっ、行くわよ!!」

 

シンジの煮え切らない態度にイラついたのか、ミサトは無理矢理

シンジの腕を引っ張っていく。

 

「ちょっ・・ミサトさん!!」

 

「つべこべ言わないの!・・上司の命令が聞けないの?」

 

「うっ・・」

 

ミサトの目は完全にすわっていた・・。

そんなミサトにシンジは反論もできなくなり、なしくずし的に

ミサトと同居生活がスタートする事となった。

 

 

 

・・・・。

 

「はいっ・・ええ、葛城一尉が責任を持つと。

 わかりました。では、お願いします。」

 

「ふうっ・・」

 

リツコは電話を切ると、イスに深く腰を降ろした。

そして机の上にある冷めてしまったコーヒーに手を伸ばす。

 

「ミサトったら・・後でたっぷり文句を言ってやるから。」

 

なんだかんだ言いながらも、ミサトの頼みを断れないリツコは

担当部署に連絡して、シンジとミサトの同居をとりつけたのだ。

 

「でも・・ミサトらしいか。ふふっ」

 

リツコは責任感の強いミサトらしい行動に微笑を浮かべた。

・・そんな時だった。ドタドタと廊下を走る足音が響いたと思うと

 

「先輩!!」

 

マヤが息を切らしてリツコの研究室に飛び込んできたのだ。

腕には何かのファイルがしっかりと握られている。

 

「どうしたのマヤ?・・そんなにあわてて。」

 

「こっ・・これを!見てみて下さい。」

 

マヤから差し出されるファイル。リツコはそれを受け取る。

 

「これって・・シンジ君の? さすがマヤね。

 もう調べてくれたの。」

 

リツコはマヤに礼を言うと、ファイルに目を通した・・。

途端に、表情が凍りつく。

 

「これ・・本当なの?シンジ君が・・。」

 

「私も驚きました・・。でも、間違いないです。

 あちらの病院と警察の資料とも一致します。」

 

「なんてこと・・それじゃ、あの『暴走』は・・」

 

「おそらくは・・」

 

「そう・・これで、つじつまがあうわ。」

 

「え?」

 

「シンジ君・・ネルフに来る条件として、本部の病院施設の利用を

 提示していたの。『病気』があるからって事だったんだけど・・

 そういうわけだったの。」

 

「彼・・父親に会いに来たわけじゃなかったのね。」

 

リツコは黙りこんでしまった・・。

先の初号機の事故を『暴走』として処理した碇司令。

つまりは・・この事を知っていたのであろう。

リツコの心境は複雑であった。

 

「あっ・・そうだ、言い忘れてました。」

 

「まだ・・何かあるの?」

 

「ええ・・昨日の新湯本の駅での事件、知ってますか?」

 

「新湯本?・・ええ、あの高校生の事件ね。」

 

リツコはあえて、事件の内容を口にしなかった。

こういった事件は、潔癖症のマヤが嫌悪する犯罪だと知っているからだ。

事実、今のマヤも機嫌の悪そうな顔をしている。

 

「・・で?その事件がどうかしたの?」

 

「被害者の証言から・・今日になって犯人が逮捕されたんです。」

 

「犯人て?」

 

「21歳になる大学生です。前にも前科があったらしくて、

 警察が尋問したところ犯行を自供しました。

 ・・その後、警察署内で投身自殺しています。」

 

「犯人が自殺ね・・それと、シンジ君の事が関係あるの?」

 

「それが・・この事件。うちの諜報部が一枚かんでいる形跡があるんです。」

 

「諜報部が?・・どうして?」

 

「うちのホストコンピュータから、警察署の端末に侵入した者がいます。

 作戦部には、その人物は確認できませんでした。

 おそらく・・諜報部の行動です。」

 

「情報を操作したって事?・・他に犯人がいるというの。」

 

「そう考えるのが自然です。なにしろ・・この事件、不信な点が多すぎます。

 あまりに簡単に犯人が逮捕されていますし・・

 その犯人の目撃者もいません。被害者の証言というのも本当かどうか・・。

 被害者は病院に搬送された際に、一度『心身喪失』と診断されているんです。

 すぐに誤診として撤回されたそうですが・・そんな事があるんでしょうか?」

 

「なるほど・・被害者が証言したとして、偽の犯人を逮捕する。

 そして、嘘がバレないうちに抹消。自殺として処理・・。

 被害者が本当は『心身喪失』ならば・・真実は明るみにでない。

 よくできたシナリオね。」

 

「いえ・・もっと徹底されています。実は・・被害者の女性も、

 昨夜のうちに病院で自殺しているんです。 

 それどころか・・大学生を逮捕した警察官も自宅に帰る際に

 事故に巻き込まれて死亡しています。」

 

「本当に徹底しているわね・・。しかも、そこまで露骨にやられたら

 他に真実を知る者がいたとしても、証言するような事はしないわね。

 悪魔の策略・・うちの諜報部のやりそうな手口ね。」

 

「これらをまとめると・・真犯人は・・。」

 

「ネルフの人間。それもかなり重要なポストにいる人物ね。

 少なくても・・諜報部に命令した人物は、殺された3人よりも

 真犯人の価値の方が上と判断したのね。」

 

「ヒドイ・・女の子はただの被害者なのに。」

 

マヤは淡々と語るリツコの言葉に瞳をうるませていた。

リツコもマヤほどではないが・・やはり不快感は拭えなかった。

しばらく、2人は無言であったが・・

思いついたようにリツコは口を開いた。

 

「マヤ・・まさか、あなた!」

 

リツコにはマヤが何を言おうとしているか、気付いたのだ。

そして・・それはリツコも考えていた事だった。

 

「そうです・・恐らく、真犯人は・・。」

 

「!? マズイっっ!! ミサト!!」

 

リツコはマヤの言葉を最後まで聞かずに電話の受話器をつかんだ。

そして、すばやくミサトの携帯の番号を打ち込む。・・しかし、

 

『現在、電波の届かない場所にいるか・・電源が入ってません・・もうしば・・』

 

「ミサトったら!! 私に文句を言われると思って電源を切っているの?

 ・・それとも。」

 

「マヤっっ!!私はミサトのマンションに行くわ! 

 あなたは諜報部にバレないように注意してっ!!」

 

リツコは急いで研究室を飛び出そうとドアを開けた。

しかし・・そこには。

 

「どこにお出かけですか?赤木博士・・。」

 

黒いスーツにサングラス。ネルフ諜報部の男が3人、リツコの研究室の前に

すでに・・立っていたのだ。

それを見たリツコはマヤをかばうように一歩前に出た。

 

「どきなさい!! 私がどこに行こうと勝手だわっ!」

 

「残念ですが・・命令でしてね。」

 

男のひとりが懐から拳銃をとりだすと、リツコの眉間につきつけた。

 

「ひっっ!!・・先輩!!」

 

マヤが悲痛の声を上げる。

 

「ご安心を・・。命を取ろうなどとは考えておりません。

 ただ・・しばらくの間、本部より出ないで頂きたい。」

 

男のひとりがリツコを抑え込んでいるうちに、残りの2人は

マヤを取り押さえ、シンジのファイルを奪い取った。

 

「せっ先輩ッッ!!」

 

「マヤッッ!!・・あなた達、誰の命令で動いているの!」

 

「・・申し上げられません。規則ですので。」

 

「くっっ!! あなた達っ! わかっているのっ!

 サードチルドレンは・・シンジ君は危険なのよっ!!

 ミサトが・・作戦部長があぶないのっ!・・お願い!!」

 

「それは無理な相談だよ・・赤木くん。」

 

「!? い・・碇・・指令?」

 

騒ぐリツコを黙らすかの様に声を発した人物・・

それは、諜報員の後ろから姿を見せたゲンドウであった。

 

「どうして・・碇司令が。」

 

マヤは呆然としている・・。

が、すぐにすべてを理解する事ができた。

 

「司令!!・・まさかっ!・・昨日の事件も。」

 

「ああ・・私が命じた。サードチルドレンを警察に渡すわけにはいかんからな。」

 

平然と言ってのけるゲンドウにマヤは怒りを覚えた。

 

「なっ・・何もっ!! 3人も殺す必要があるんですかっ!!

 司令っ!!答えて下さい。」

 

「逮捕されたら・・サードチルドレンを釈放させる案もあった。

 しかし、あのような罪でパイロットが捕まったら・・士気に影響がでる。

 特に・・君のような人間はな。

 我々に失敗は許されないのだ・・そのためには多少の被害も仕方あるまい。」

 

「多少って!!人が3人も死んでるんですよっっ!!」

 

「サードチルドレンがいなくなったら人類は誰が守る?

 全人類に比べれば3人くらいの命など安いものだ。」

 

「納得できません!!」

 

「してもらわんでもいい・・伊吹二尉、少し頭を冷やしたまえ。」

 

ゲンドウは諜報員に首を振って合図をする。

諜報員はうなずくと、マヤの首筋にスタンガンをくらわせた。

 

「うっ!・・・」

 

低い呻き声をあげて、マヤの身体は沈み込んだ。

 

「地下で隔離しろ・・このままでは彼女は使い物にならん。

 この件の記憶を消去するんだ・・ダメなようなら構わん。・・抹消だ。」

 

「はい・・了解しました。」

 

諜報員は2人でマヤを持ち上げると、憎々しく睨みつけるリツコの横を通って

研究室から去っていった。

 

「さて・・赤木くん。」

 

諜報員を睨み続けるリツコにゲンドウは話しかける。

 

「君はわかってくれるかね?」

 

「ミサトは・・葛城一尉はどうなるのですか。」

 

返事の変わりにリツコはゲンドウに尋ねた。

 

「彼女は優秀な人材だ・・まだ失うわけにはいかんよ。

 『真治』の行動は計算外だったがな。」

 

「では・・今すぐに連絡を!!」

 

「駄目だ・・『真治』の機嫌を損ねかねん。

 気の毒だが・・葛城一尉には我慢して貰うしかあるまい。

 自業自得の行動をしたのだからな。」

 

「なぜ・・そこまで。」

 

「『真治』は人類に必要なパイロットだ・・

 多少は性格が歪んでいたとしてもな。

 先の戦闘を見た君なら・・わかるはずだ。

 初号機の性能をあれだけ使いこなす人間は他にはいまい。」

 

「やはり・・司令は最初から。」

 

「そうだ・・私はシンジではなく、『真治』を呼んだ。

 シンジもパイロットとしては使える・・たが、それだけだ。

 しかし・・『真治』ならば、いかなる相手でも負けまい。

 あいつは・・他の人間とは比べ物にならない能力を秘めている。」

 

「いつから・・いつから知っていたのですか?

 『もうひとりの』シンジ君の事を・・。」

 

「3年も前の話だよ。シンジが向こうで暴行事件で捕まった時にな。」

 

「そんなに前から・・司令!!では・・。」

 

「私が聞きたいのは!!」

 

リツコの言葉をゲンドウは抑えつけた。

・・これ以上は詮索するな。

そういう意味であると受け取ったリツコは言葉を止めた。

 

「私が聞きたいのは・・協力するか、否かだ。

 君はわたしの『理解者』だと思っている・・失望させないでくれ。」

 

ゲンドウの言葉は穏やかであったが、決して断る事を許さない・・

そんな威圧感をリツコに与えていた。

・・しばらく黙り込んでしまうリツコ。

 自分の良識と、ゲンドウへの想いに心が揺れているのだ。

 

・・・・

 

「わかりました、協力いたします。」

 

出した結論は、リツコの女としての感情が勝利した答えだった。

 

「よかろう・・では、『真治』との契約について話そう。」

 

ゲンドウは、口の端をわずかに上げて微笑んだ。

 

「契約・・?」

 

「そうだ・・『真治』にエヴァに乗って貰う際に、いくつか約束した事がある。

 ひとつは、あいつの行動に一切の口出しは無用にする事。

 ふたつめは、あいつのとった行動の尻拭いはネルフが行う事。

 そして最後に・・シンジに対して、あいつの存在を危ぶませるような

 治療は行わない事だ。

 ・・シンジの方は本部の病院でのカウンセリングを望んでいたからな。

 その対抗処置だろう。」

 

「つまり・・すべて黙認しろという事ですか?・・『もうひとり』の行動を。」

 

「その通りだ・・。そして赤木くん、君には他に頼みがある。」

 

「なんでしょうか・・」

 

「他の者には一切『真治』の事は他言するな・・

 そして、情報の漏洩を徹底的に監視しろ。」

 

「そのへんは承知しております・・ですが、司令。」

 

「なんだ?」

 

「本当に・・よろしいのですか?

 『もうひとり』にシンジ君の身体を奪われてしまっても。」

 

「問題はない・・様は、どちらがエヴァで確実に使徒を殲滅できるのかが

 重要なのだよ。ネルフにとって・・人類の為にもな。」

 

ゲンドウの言葉には確固たる決意が秘められていた。

自分の野望のためには使えるモノはすべて利用する。

それが、碇ゲンドウという男なのだ。

・・リツコは自分の質問が愚問だったと後悔していた。

 

「この話はここまでだ。・・以後一切、何も聞くな。」

 

「承知しております・・。」

 

「時間だ・・私は戻る。」

 

ゲンドウがそう宣言すると、リツコに拳銃を突きつけていた男は

ようやく銃を降ろした。

そして、研究室から去っていくゲンドウの後に続いた・・。

 

「私も、もう戻れないのね・・。」

 

リツコは堕ちていく自分を自覚していた・・。

 

 

つづく。

 

 

 


(update 01/02/20)