|
ミサトと同居する事となったシンジ・・。
今はミサトの車に乗って、マンションへ向かっていた。
しかし、その表情は曇ったままであった。
・・言わないと。あの事を。
・・でも、言っても信じてもらえるのか?
・・いや、信じてもらうしかないんだ。
・・ミサトさんのため、そして僕のためにも。
「なあ〜に ブツブツ言ってるの?
言いたい事があるなら言ってもいいのよ?」
ミサトは隣で物思いにふけっているシンジに話しかけた。
「あ、あの・・ミサトさん。」
ミサトに促され、シンジはついに決心した。
「ん?・・なあに?」
「僕・・ひとりでいないとダメって言いましたよね?」
「うん・・言ってたわね。」
「理由を教えます・・。」
「いいのよ、言いたくない事なら。人には内緒にしておきたい事もあるわ。」
「いえ・・聞いてほしいんです。」
「そう・・なら聞くわ。」
シンジの言葉に何らかの決心を感じたのだろう・・。
素直にシンジの言葉に耳を傾ける事にした。
「僕は・・向こうに住んでいた時から病院に通っていました。」
「聞いているわ・・確か、エヴァに乗る条件として本部の病院を
利用させてくれって言ったんでしょ? そんなに・・重い病気なの?」
ミサトはチラッとシンジを見た。
全体的に線の細い少年ではあるが・・衰弱のためとは思えない。
顔色も悪くはないし、別に体調が悪いという印象は受けなかった。
「はい・・とても重い『病気』です。
とても多くの人に迷惑をかけてしまうような。」
「そうなの・・それでか。」
「えっ?」
「一緒に住むと、その『病気』の事で迷惑がかかるから・・
ひとりでいる事を希望したのね。」
「そうです・・。」
「優しいのね・・シンジ君。
でもね、だったら余計にひとりでいる必要はないわ。
あなたの身体に異常が起きたとしたら・・ひとりじゃ大変よ。」
「違うんです・・。」
「何が違うの?」
「確かにミサトさんに迷惑をかけたくないって言うのは本当です・・
けど、僕の『病気』はミサトさんの思っているようなモノじゃない。」
「どういう・・事?」
ミサトにはシンジが何を言おうとしているのか、まったくわからなかった。
黙ってシンジの次の言葉を待つ・・。
「僕の病名は・・『解離性同一性障害』」
「えっ・・かいり?・・何?」
「簡単に言うと二重人格です。」
シンジの言葉に・・さすがにミサトは固まってしまう。
「二重・・人格?」
「はい、そういう事になってます。」
「そういう事になっているって・・本当は違うの?」
「・・僕の中にはもうひとり『碇 真治』という人間がいます。
医者は彼を『別の人格』と思っているようですけど・・
本当に『別の人間』なんです。」
「別の人間?・・どういう事?」
「信じられないと思うでしょうけど・・
僕の身体には、『2つの魂』が存在しているんです。」
「え゛?」
あまりに突拍子のないシンジの言葉にミサトは思わず
間抜けな声を出してしまった・・。
しかし、その後のシンジの言葉は・・さらにミサトを混乱させた。
「『真治』は・・僕の兄です。」
「あ、あにぃ!?・・何を言ってるのシンジ君。」
「信じられないというのはわかってます・・。
でも、本当なんです。」
「なんで・・そんな事がわかるの?」
「『真治』が・・本人が言ってました。」
「本人て・・はぁ、なんだか頭が痛くなってきたわ。」
ミサトは左手で頭をグチャグチャに掻きむしると、
運転していた車を路肩に停車させた。
「やっぱり・・信じてくれないんですね。」
ミサトの態度を見たシンジは、がっかりしたように俯いた。
「シンジ君が嘘を言っているとは思ってないわ・・
でも、私にはあまりにも突拍子のない話で・・正直、混乱してる。」
自分の考えを正直に言葉にするミサト。
しかし、それがシンジには嬉しかった。
・・頭から嘘と決めつける人間。
・・信じたような態度をとるが、決して本心ではない人間。
ミサトの態度は、そのどちらでもなかった。
言葉の通り・・混乱しているだけであろう。
そう理解したシンジは、話を続ける事にした。
「『真治』と僕は双子だったそうです。
ですが・・出産の時、あいつは死産でした。」
「・・・。」
ミサトは頭を抱えて何も言わない。
だが、雰囲気で話を聞いている事はわかる。
シンジはさらに続けた・・。
「・・ですが、魂は生きてたんです。
宿るべき身体の元を失った『真治』は・・僕との共存を選びました。
僕の身体に己の魂も宿らせる事で生き延びたんです。」
「・・・。」
「これでわかったと思いますけど・・
『真治』は普通の人間にはない能力を持っています。
他にも能力を隠しているかもしれません。」
「その・・『真治』って、どんな子なの?」
ミサトがついに口を開いた・・。
どうやら心の整理はついたらしい。
ミサトはシンジの言葉を受け止める覚悟をしたようだった。
「狂っている・・そうとしか言えません。」
ミサトの問いに唇を噛み締めながら答えるシンジ。
「なにが、どう狂っているの?」
「・・・。」
ミサトがそう尋ねると、シンジは俯いてしまった。
自分の膝の上に置かれた両手がギュッと握られている。
「あいつは・・」
しばらく考えたすえ、シンジは口を開いた。
「あいつは・・女の人をいたぶるのが生きがいなんです。
泣き叫ぶ女の人を・・おもちゃのように扱う事が。」
「どうして・・そんな事をするの?」
「復讐・・そう言ってました。」
「復讐?」
「あいつは・・自分を生きて産んでくれなかった、母さん。
そして・・恐らく、女性そのものを強く憎んでいます。
それが狂気に変わったんです。」
「司令は・・お父さんはその事を?」
「わかりません・・。でも、恐らくは。」
「なんて事なの・・」
ミサトは、・・ある考えが思い浮かんだ。
「もしかして・・司令は。」
「多分そうです・・そうじゃなければ今さら僕を呼んだりしません。」
「でも、どこで『真治』の事を?」
「父さんは一度だけ、僕の住んでいる所へ来た事があります。
3年前です。『真治』が暴れて・・警察に捕まった事があるんです。
その時に、医者の話でも聞いていたとしたら。」
「そうでなくても・・ネルフの事だもの。
調べはついてたのかも知れないか・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「シンジ君ではなく・・『真治』が必要だったのね。」
しばしの沈黙。先に口を開いたのはミサトだった。
「ええ・・」
「それがわかってて何故・・。」
「今度は・・僕が父さんを利用してやるつもりだったんです。」
「シンジ君が?」
「はい・・先生・・いや伯父からはネルフの医療技術は、
世界でもトップクラスと聞かされました。
そこで考えたんです。・・父さんの仕事に協力すると見せかけて
『真治』を消してやろうと。・・わずかな可能性でしょうけど。」
「でも・・いくら医療技術があったとしても、
『真治』の魂を消すなんて・・可能なの?」
「だから、わずかな可能性なんです。
ここでダメなら、もう打つ手はありません。」
シンジはミサトをじっと見つめた・・。
この話を聞いたミサトの反応を待っているのだ。
ミサトはそんなシンジの視線をそらさずに受け止める。
・・私は、この子を助けたい。
ミサトの中に、そんな考えが芽生えていた。
でもそれは・・ゲンドウ、いやネルフを裏切る事でもあった。
人格はどうあれ・・『真治』は優れたパイロットである。
シンジもパイロットとしての素質はあるのだろうが・・
訓練には時間がかかる。・・使徒はそれを待ってくれないのだ。
先の使徒との戦闘を見ればそれは理解できた。
シンジはエヴァを歩かせるだけで精一杯だった。
訓練もなく動かせたのは奇跡に近い事だ。
が、それでも使徒には勝てない。
・・恐らく、暴走と思われた初号機の動きは
『真治』の操縦なのであろう。
ATフィールドを使いこなし、左腕の復元という
常識では考えられない事までやってのける。
・・ネルフがどちらを選ぶかは明白であった。
だが、ミサトの判断は・・・。
「『真治』はどういう時に出てくるの?
きっと、自分を消されないようにするために抵抗するわよ?
シンジ君に、『真治』は抑え込めるの?」
「ミサト・・さん?」
「ここまで聞いたのに、協力しないわけにはいかないでしょ?」
「ミサトさん・・。」
ミサトは驚いているシンジに軽くウインクをした。
結局・・ミサトはシンジを選んだのだ。
ネルフを裏切るかもしれない・・。
人類の救世主を消してしまう事になるかもしれない・・。
だが、それよりもシンジを救いたいと思ったのだ。
なぜかはミサトにもわからない。
・・しかし、自分の決断に後悔はなかった。
「さあ、教えて?『真治』を抑え込めるの?」
「はい。これは僕の身体ですから・・僕の方が存在は大きいんです。
でも、『真治』は徐々に力をつけています。」
「どんな時に変わるのかしら?」
「前は寝ている時だけでした。ですが・・。」
「今は違うの?」
「はい・・常に自分の存在を意識していないと、
簡単に身体を奪われてしまいます。
昨日も・・ちょっとした考え事をしてた隙に。」
「昨日?」
「はい、ミサトさんに駅まで迎えに来てもらう前に・・。
すでに『真治』は事件を起こしてます。
・・新聞にあったでしょう?新湯本の暴行事件。」
「新湯本の事件?・・あれって犯人が自殺したって。」
「犯人は『真治』です。」
「そんな・・だったら。!?ま、まさか・・。」
「誰かが・・おそらく父さんが『真治』を守るために
犯人をでっちあげたんです。」
「待ってよ!!あの事件、被害者も自殺してるのよ?
まさか・・それも?」
「恐らく・・『真治』の顔を知られたから。」
「なんて事・・そこまでして。」
「僕も悪いんです・・あの時、逃げたりしなければ。」
「逃げた?」
「はい・・僕が捕まっていれば、こんな事には。」
「ちょっと待って・・シンジ君は現場で意識があったの?」
ミサトは何かに勘付いたかのようにシンジに問いかける。
そして、しばし考え込むと・・再び、シンジに尋ねた。
「今回が初めて?」
「えっ?・・何がです?」
「ほら・・『真治』が事件を起こした時に意識があるのって。」
「ああ・・いいえ。いつもの事です。あいつは・・
何か事件を起こすと、すぐに引っ込んでしまうんです。
すべてを・・僕になすりつけるかのように。」
シンジは昔の事も思い出したのか、目つきが険しくなった。
言葉の語尾には怒りも含まれている・・。
「やっぱり、そうか・・」
ミサトはシンジの言葉を聞いて確信したようにうなづいた。
「恐らく・・『真治』は、シンジ君の心を傷つけようとしているのよ。
シンジ君に罪を犯した自分の身体を嫌悪させようとしているの。
シンジ君が心を痛めれば痛めるほどに、精神は弱っていく。
逆に『真治』の強制力は強くなる・・。 それが狙いなのかもしれない。」
「そんな!それじゃ『真治』はワザと!?」
「きっと、そうよ・・。そうやって自分の存在を強化してるんだわ。」
ミサトは『真治』に会った事は、まだない。
しかし・・その存在の恐ろしさの一端を垣間見た気がしていた。
まるで、真綿で首を絞めるかのようにジワジワとシンジを追い込むやり方。
ミサトの脳裏に悪魔の微笑みを浮かべる少年の顔がかすめる・・。
目の前にいる繊細な少年と顔は同じ・・しかし、狂気の瞳を持つ少年。
ミサトは背筋に寒いものを感じていた。
「僕は・・勝てるんでしょうか?」
「シンジ君が弱気でどうするの!そんな調子じゃ『真治』の思うツボよ。」
「そうですよね・・まだ僕の方が存在は大きいんだ。
このまま抑え込んで消してしまえば・・。」
シンジの言葉は自分に言い聞かせているようでもあったが、
ミサトはそれをシンジの決意と受け取る事にした。
「そうそう、その調子。頑張りましょう!」
「は・・はい!」
「うん!いい返事ね。さあ〜て、そんじゃあ
いつまでもこんな所で話しこんでないで帰りましょうか。
そんでもって、シンジ君の歓迎と『真治』打倒の決起を兼ねて
パァッ〜とやりましょうよ!!
いつまでも辛気臭いのもなんだしね!」
ミサトは雰囲気を盛り上げるかのように言うと、路肩に止めていた車を
猛スピードで発進させた・・。
二人はまだ知らなかった・・。
自分達が相手にする存在の真の恐ろしさを・・。
まるで二人を嘲笑うかのように・・
『真治』のシナリオは着実に進行しているのだ。
そう、悪魔のシナリオが・・。
つづく。
ご意見・ご感想はこちらまで
(updete 2001/03/13)