もうひとりのシンジ。

第二話 共鳴(前編)

作者/イングサンさん

 

 

 

 

「そうだ、関係書類はすべて処分しろ。 

 ・・かまわん、すべてだ。一切の痕跡を残すな。」

 

・・ガチャッ

 

手にしていた受話器を置くと、ゲンドウは目の前に立つ

人物に視線をうつした。

 

ここは、司令執務室。ネルフ総司令であるゲンドウの部屋である。

広大な広間には余計な物は一切ない。

これほどの広さが必要なのかと疑いたくなるような場所であった。

床と天井には、巨大なセフィロトと呼ばれる図版が描かれている。

セフィロトとは、カバラというユダヤ密教の象徴的な図版で

10個の球体と、22の経で構成されている。

さまざまに解釈をされているが、

人間にとって到達可能な最高度の精神までの道筋を示すと言われ

他にも、瞑想の階梯図、認識に至る地図、人類の予定された歴史など

様々に読み解く事ができるとされている。

それは、人類を守る使命を与えられたネルフにとっての指標でもあるのだろう。

そのために、執務室に描かれているのだ。

 

ゲンドウの目の前に立っている人物は2人。

ひとりは金髪に白衣の女性、赤木リツコ。

もうひとりは、学校の制服を着た少年だった。

リツコは、横に立つ少年にチラチラと視線を送りながらも

ゲンドウの言葉を待っている。

少年の方は、冷ややかな視線でゲンドウを見つめていた。

 

「待たせたな。・・それで、テストの結果はどうかね?」

 

ゲンドウはリツコに視線をやると、簡潔に尋ねる。

まわりくどい事の嫌いなゲンドウらしい言葉だった。

 

「はい・・シンクロ率、ハーモニクス共に

 理論値を大きく上回っています。・・こんな事が。」

 

リツコはファイルに目を通しながら・・震えを抑えられなかった。

このようなテストの結果は、常識ではありえないのだ。

 

「インダクションモードではどうかね?」

 

インダクションモードとは、脳波シンクロではなく

トリガー・・つまりは銃操作を優先させるモードの事である。

 

「そちらも、完璧な結果をあげています・・。

 いかなる状況でも、目標を補足してから発射までの

 所要時間が平均0.79秒。

 これは、エヴァのセンサーがロックオンするよりも

 2秒以上は早い事になります。」

 

「つまり・・どういう事かね?」

 

「はい・・この結果から、パイロットはエヴァのセンサー類を

 使用していない。つまり、すべてマニュアルで動かしている事になります。」

 

リツコは自分達の会話を興味なさそうに聞いている少年をチラリと見た。

 

「こんな・・ありえません。」

 

「だが、実際にそういう結果が出ている。・・それでいい。」

 

ゲンドウは、なおも信じられないといった表情のリツコを尻目に

今度は少年の方に視線を向けた。 

 

「真治、エヴァに乗ってみてどうだ?」

 

「別に問題ない。」

 

真治は素っ気なく答えるだけだ。

相変わらず、冷ややかな視線をゲンドウに向けていた。

 

「そうか・・。」

 

ゲンドウの方も負けず劣らず、素っ気ない返事をするだけだ。

横にいるリツコは、この2人がお互いに気を許してない事を感じとっていた。

 

「もう・・いいか?『シンジ』に気付かれる前に戻らないと面倒なんだ。」

 

「ああ・・かまわんよ。」

 

「じゃあな・・。」

 

真治はそれだけ言うと、司令室から去ろうとする。

 

「待って!」

 

リツコは真治の肩に手を置くと、引き止めた。

 

「離せよ。」

 

振り返った真治は、リツコを睨みつける。

 

「!?」

 

リツコは真治に睨まれただけで、背筋が凍るような感覚におそわれた。

 

・・なんて、なんて冷たい目をしているの。

 

リツコはあわてたように、真治の肩に置いた手を引っ込めた。

真治はそれを確認すると、リツコに触れられた肩に

ホコリを払うようなしぐさをする。

 

「気安く俺の身体に触るな・・。」

 

「・・悪かったわ。」

 

再び真治に睨まれると、リツコは怯えたように謝罪した。

 

「ふっ・・で、なんだよ?」

 

必要以上に怯えるリツコを鼻で笑いながら、真治は尋ねる。

 

「え?」

 

「え?・・じゃないよ。 何か用が残ってたんだろ?」

 

「あ・・ええ、そうだったわ。あなたに聞きたい事があるの。」

 

リツコは思い出したように言うと、右手に持っていたファイルから

使徒との戦闘時のものを取り出した。

 

「あなたの操縦技術は認めるわ。・・でも、ひとつ気になるの。

 あなたは使徒との戦闘で破損した左腕を復元させた。・・そうよね?」

 

「左が動かないと不便だったからな。修理費が浮いて助かったろ?」

 

そんな事かよ・・。とでも言いたそうな態度で真治は答えた。

 

「なぜ、そんな事まであなたは可能なのかしら。

 ・・エヴァの開発に携わった者としては、とても興味があるの。」

 

リツコには、その事が最も信じられなかったのだ。

いくらシンクロ率が高くとも、パイロットの意志でエヴァの復元など

絶対にありえないのだ。

・・ゲンドウは、どう思っているのだろうか?

ふと、そんな事を思ったリツコは、先ほどから無言で

真治とのやりとりを聞いているゲンドウの方を見た・・。

だが、ゲンドウはリツコと視線があっても、眉ひとつ動かさない。

ゲンドウは完全に傍観を決めているような感じであった。

しばらくゲンドウの反応を待ったリツコだったが・・やがて諦める。

そして、目の前にいる真治の返事を待つ事にした。

 

「科学者だったら、自分で解明してみろよ。」

 

だが、真治の答えはリツコにとって期待はずれであった。

どうやら・・真治は教えるつもりはないらしい。

 

「・・そう。わかった、もういいわ。」

 

リツコは、これ以上は聞いても無駄と判断した。

諦めたかのように、取り出したファイルを元に戻す。

 

「・・じゃあな。」

 

真治はリツコの言葉を聞くと、すぐに執務室から去ってしまった。

 

 

 

・・ふぅ。

 

リツコから自然とため息が漏れた。

真治がいなくなった事により、明らかに張り詰めていた空気が軽くなっていた。

 

「司令、彼は信用できるのでしょうか?」

 

リツコは真治の出て行ったドアを見ながら、そう尋ねた。

 

「最初から、信用など望んでおらんよ。 

 互いに利用できるものは利用しているに過ぎん。」

 

「・・ネルフが彼を利用しているのはわかります。

 ですが、彼がネルフに協力する理由は何なんでしょうか?」

 

少なくても、自分の好き勝手な行動の尻拭いのためだけではない・・。

リツコはそう確信していたのだ。

ファイルに残っている過去の真治の行動については、狂っているとしか言えない。

しかし、その行動には裏があるように思えてならないのだ。

実際に会った真治は、高い知性と冷酷な心を持った人間だった。

決して、自分の欲望に溺れるような人間ではない。

恐らくは・・ネルフの手にも余るような危険な存在。

リツコはそう考えているのだ。

 

「赤木くん、君は余計な事を考える必要はない。」

 

ゲンドウは、リツコの心を見透かしたように言う。

 

「はい・・」

 

・・この人は、知っているのね。

・・私はカヤの外か。

 

「ご苦労だったな、君も下がりたまえ。」

 

ゲンドウは、これ以上の話はないとばかりにリツコに言い放った。

だが、リツコは最後にどうしても確かめておきたい事があるのだ。

 

「あの、司令・・マヤ・・伊吹二尉についてですが。」

 

リツコは震える声でそう尋ねた。

マヤが拘束されてから一週間。リツコには心配で眠れない日々だったのだ。

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

・・沈黙。

 

ゲンドウが答えるまでの時間、リツコは瞬きも忘れて返答を待った。

 

「彼女については諜報部より連絡があった。明日より任務に復帰できるようだ。」

 

「そうですか。」

 

リツコは安堵の表情を浮かべた。

諜報部による記憶操作が失敗した場合、彼女は抹消されていたのだ。

復帰という事は、うまくいったのであろう。

 

「・・葛城一尉の方はどうだ?」

 

マヤの話で、シンジと同居を申し出たミサトを思い出したのであろう。

ゲンドウはリツコに尋ねた。

 

「はい・・今のところ、何も問題はないようです。

 葛城一尉より、彼についての話は聞きません。・・シンジ君についても同様です。」

 

「そうか・・」

 

「彼は・・2人を騙しているようですね。」

 

「問題がなければいい・・しばらく様子を見るとしよう。」

 

「はい・・」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・まだ、何かあるのかね?」

 

しばらくの沈黙の後、見つめあう2人であったが・・

それを拒むかのようにゲンドウは言葉を発した。

 

「・・いいえ、では失礼します。」

 

 

 

 

 

・・・。

 

 

 

 

 

「・・ミサトさん、待っててくれたんですか?」

 

カウンセリングを終え、診察室から出てきたシンジは

診察室の近くにある長椅子に座るミサトを見つけた。

 

「ふあぁぁ・・。 あら、シンジ君・・やっと終ったの?」

 

よほど長い時間を待っていたのだろう。

ミサトは大きなあくびをしながら、疲れたような様子であった。

 

「わざわざ待っててくれなくても良かったのに・・。

 仕事の方はいいんですか?」

 

「いいのよ。一応、私が保護者って事になっているんだし・・

 付き添いしたって文句は言われないわ。」

 

「でも、すいません・・随分と待ったでしょう?」

 

「ええ・・。 カウンセリングってこんなに長いものなの?」

 

「いえ・・こんなに長いのは、初めてです。

 向こうの病院と違って、丁寧なのかも知れないですね。」

 

「まっ、ネルフにしてみれば・・大切なパイロットですもの。

 当然といえば・・当然か。で、今日は何をしたの?」

 

「はい・・催眠療法とか言ってました。

 診察室に入って、すぐに寝ちゃったような気がします。」

 

「寝てたの?・・じゃあ、『真治』が出てきたのかしら?」

 

「さあ・・先生は何も。『君は何も心配しないでいい』とだけ。」

 

「ふーん、3時間も催眠状態にして何してたのかしらね?」

 

「さあ・・」

 

「・・まあ、いいか。先生には先生の考えがあるのよ。  

 それより、もう帰りましょうか?

 病院なんて長居するような場所じゃないしね。」

 

「はい。」

 

2人は、車に乗り込むと病院を後にした・・。

 

その帰り道、相変わらずのスピードで突っ走るミサトであったが

ふと、助手席で考え込んでいるシンジが目に入った。

 

「どうしたの・・シンジ君?」

 

「えっ?」

 

ミサトに話しかけられ、慌てたように頭をあげるシンジ。

 

「眉間にしわ寄せちゃって・・何か考え事?」

 

「ああ・・いえ、大したことないんですけど。」

 

「そういう言い方されると、気になるのよねー。何なの?」

 

「はい・・ミサトさんと暮らし始めて一週間はたちますよね。」

 

「そうね・・どう?少しはこっちの生活に慣れたかしら。」

 

「ええ・・だいぶ。」

 

「で、何が気になるの?」

 

「ええ・・ミサトさんも気になりませんか?『真治』の事。」

 

シンジの言いたい事をミサトは理解していた。

・・確かにミサトにも気になっている事があるのだ。

 

「全然・・出てこないわね。」

 

ミサトの声のトーンが急に下がった。

 

「はい・・あいつが、『真治』がミサトさんと・・

 女性と2人きりという状況で出てこないなんて。」

 

シンジはミサトと生活するうえで、『真治』がミサトに危害を

加えないかという事を一番に心配していた。

特に夜。シンジが眠りにつく間、『真治』に対してはまったくの

無防備な状態なのだ。

シンジは『真治』の暴挙を抑えるために、自分の部屋の窓には

鉄格子をはめ、ふすまだった部屋の入り口も鉄製の外側からしか

開錠のできないドアに変更していた。

まるで監獄のようでもあるが、ミサトを『真治』から守るには

こうするしかないと思ったのだ。

が、そんな心配をよそに『真治』の現れた様子はなかった。

部屋から出られないからといって諦めるような奴ではない。

シンジはそう思っている。

きっと、無駄なあがきと知りながらも暴れ狂うはずだ。

しかし・・そういった痕跡も見当たらない。

『真治』は本当に、なりをひそめていた。

 

「・・『真治』の作戦かしら?

 自分はもう消えたと見せかけるつもりとか・・」

 

「いえ、そんな事をしても誤魔化せないって事は

 あいつが一番よく知っているはずです。

 僕達は、お互いの存在を感じる事ができるんですから。」

 

「ねえ、『真治』のときって・・シンジ君には意識があるの?」

 

「なんですか・・突然。」

 

「いや、疑問だったのよ。」

 

「『真治』のときの記憶は僕にはありません。

 ・・ですけど、夢としてあいつの記憶を見る時があります。」

 

「『真治』はどうなのかしら・・。」

 

「えっ?」

 

「もし・・シンジ君の時にでも、『真治』の意識はあったとしたら・・

 私達の行動は筒抜けってわけよね?・・考えたくないけど。」

 

その言葉でシンジにはミサトの言いたい事を悟ったようだった。

 

「僕達の様子を伺っているって事ですか。」

 

「勘・・だけどね。」

 

「勘ですか。」

 

「そう、ただの勘よ。」

 

・・シンジは何も言う事ができなかった。

もしも、ミサトの勘が当たっていたとしたら。

シンジの顔には、さらに不安が広がっていく。

 

シンジのそんな様子を見て、ミサトは次の話をするべきか?と悩んでいた。

次の話は、さらにシンジを不安にさせるかも知れない・・

・・だが、いずれは知る事になるであろう。

ミサトは覚悟したように話を切り出した。

 

 

「ねえ、シンジ君。『真治』って本当に女性を恨んでいるだけなの?」

 

「・・どうして、そんな事?」

 

またもや唐突なミサトの質問に、シンジは困ったように返事をする。

 

「実はね・・今日、シンジ君が病院にいる間に

 ほら、例の新湯本の事件を調べて見たの。」

 

事件の話と聞いて・・シンジの表情は曇る。

 

「シンジ君、犯人は『真治』だって言ってたわよね?・・どうして?」

 

「それは!・・言ったじゃないですか。僕は現場に。」

 

「実際に・・その、レイプ・・した記憶はないんでしょ?」

 

「はい・・。でも、夢を見たんです。」

 

「夢?」

 

「あいつの記憶は、僕の夢に現れるんです。

 あいつは、女の子を殴って・・服を切り裂いて!!

 そんなの絶対に犯人じゃないですか!

 父さんだって、あいつを守るために人を殺してるんですよ!」

 

「落ち着いて・・シンジ君。」

 

「はぁ、はぁ・・す、すいません。つい興奮しちゃって。」

 

ミサトの言葉で落ち着きを取り戻したシンジは、ゆっくりと深呼吸する。

 

「落ち着いたみたいね・・いい?」

 

「はい。」

 

「じゃあ、もうひとつ聞くわよ?

 その夢の中で・・『真治』はレイプしてた?」

 

「だから・・殴って、服を。」

 

「その先は?」

 

「いえ、そこで目が覚めたから・・。」

 

「つまり、その先はどうなったかわからないのね?」

 

「何が言いたいんですか?・・ミサトさん。」

 

あの状況で、『真治』が犯人ではないというのか?

シンジには、ミサトの真意がわからなかった。

 

「被害者の女の子の顔には・・犯人のモノと思われる体液が付着してたの。

 鑑定の結果、それは捕まった大学生の体液だったのよ。

 つまり、本当に犯人はその大学生って事よね?」

 

「そんなの・・信じられない。」

 

「私も情報操作されていると疑ったわ。・・でも、そんな痕跡もないの。」

 

「嘘だ!・・ミサトさんが気付かなかっただけなんですよ。

 だいいち、あいつには何回も前科が・・。」

 

「それも調べたわ。」

 

「えっ?」

 

「確かに、シンジ君が向こうに住んでた時に暴行事件はあったわね。

 シンジ君も警察にも捕まっているし。」

 

「そうですよ・・『真治』は何人も女の子を。」

 

「思い込みってすごいわよねえ。」

 

「思い込み・・?」

 

ミサトの言葉にシンジは訝しげな視線をミサトに向けた。

シンジにはミサトの言いたい事がまったく想像できないのだ。

 

「シンジ君は、警察に『暴行事件』の犯人として捕まったんでしょ?

 それで・・『真治』がレイプをしていると知った。」

 

「それ以外ないじゃないですか。」

 

「不思議よねぇ・・女の子への『暴行事件』って

 何でレイプって決めつけられるのかしらね?

 ただ殴られただけでも『暴行事件』なのにね。」

 

「!?」

 

ここにきて、ようやくシンジはミサトの言いたい事を理解した。

ミサトは、今まで『真治』が女の子に起こした『暴力事件』は

レイプではないと言いたかったのだ。

 

「・・それじゃ。」

 

「ええ、調べてみたら・・シンジ君は、数人の女の子の顔面を

 殴打したとして逮捕されてたわ。

 もっとも・・何故か毎回、女の子の服を切り裂いているから

 『レイプ未遂』とも言われてたかも知れないけどね。

 けど、そんな事実はないわ。」

 

「・・じゃあ、今回の事件も。」

 

「女の子を殴って、服を切り裂いたところまでは『真治』でしょうね。

 でも、その後に気を失っている女の子をレイプしたのは

 逮捕された大学生って事よ。」

 

「それだったら、なんで父さんは・・」

 

「早とちり・・って事は絶対にないわ。

 他に他人に知られてはマズイ事があったと考えるのが妥当ね。」

 

シンジの頭は混乱していた。

今まで『真治』は女性を憎み、快楽の対象としてしか見ていない。

そう思っていたのだ。

・・いや、『真治』がそう思い込ませようとしてたのかもしれない。

シンジは、もはや『真治』の事がわからなくなっていた。

 

「女の子を殴って・・服を破る。この行動には意味があるのよ。

 いえ・・もしかして、服を破く事だけに意味があるのかも。

 殴ったりしたのは抵抗されないようにするためかも?」

 

ミサトはここで言葉を区切ると・・頭の中を整理する。

 

「たぶん、女性が憎いなんて単純な理由じゃないわ。

 そして、その本当の理由を司令は知っているのよ。」

 

「その理由を知られないための、証拠隠滅ですか。」

 

「ええ・・今日も、この事を調べていたら途中でデータが

 すべて消されてしまったの。・・気付かれたかも知れないわね。」

 

「それじゃ・・ミサトさん、ヤバイんじゃ!?」

 

「大丈夫・・私だってバカじゃないわ。絶対に正体だけはバレてない。

 ・・疑われるかもしれないけどね。」

 

「・・・。」

 

苦笑しているミサトに、シンジは何も言葉を返せなかった。

 

・・何を考えているんだ『真治』。

 

・・何に協力しているんだよ、父さん。

 

・・もう、何もわからない。

 

・・いったい、僕の知らない所で何をやってるんだよ2人して。

 

 

 

 

その後、2人は何もしゃべる事はなく・・車はマンションに到着した。

 

今日は、ミサトが食事当番であった。

例のごとく、レトルト食品が食卓にずらりと並ぶ。

一週間たって、多少は慣れたものの・・シンジはいつもの光景に苦笑していた。

そんなシンジとは裏腹に、さっさと風呂を済ませたミサトは

うまそうにビールを飲んでいた。

先ほどまでの車内での暗い雰囲気など・・とうに忘れたかのようだった。

いや、忘れたフリをしているのかも知れない。

しかし・・それはシンジも同じであった。

極端な状況の変化に、気持ちがついていけないのだ。

それゆえ、束の間の事だとしても・・2人は忘れたいのであろう。

 

「ミサトさん・・あんまビールばっか飲んでると、太りますよ。」

 

「い・い・の・よ。これが楽しみで生きてるんだから。」

 

ミサトは、さも楽しそうに言うと・・さらにビールのフタを開けた。

 

・・確か10本目じゃなかったかな。

 

底なしに飲むミサトにシンジはただ飽きれるだけであった。

 

シンジは食事を済ませると、風呂に入る。

そして、出てくると部屋に入り・・ミサトが外から鍵を閉める。

これが日常であった。

 

ただ困るのは、夜中にトイレに行きたくなった場合などである。

さすがに部屋の中で用を足すわけにもいかず・・

電話の子機を部屋に置いていて、内線でミサトに知らせるのだ。

だが、『真治』がシンジになりすましてミサトを呼んだりする

可能性も拭えない。

そのためにシンジは、万一のために手錠をはめて寝ていた。

これならば、いくら『真治』であろうとミサトを襲えない。

そう考えたのであろう。

仮に襲ったとしても、相手はネルフの作戦部長。

そこらのかよわい女性とは訳が違う。

戦闘訓練も受けているミサトに両手の使えないハンデを負っては

『真治』も勝てないだろう。そうシンジは思っていた。

こうして、『真治』対策は万全だったのだ。

今日の話で、さらに『真治』を野放しにするのが怖くなった2人は

当分の間は、これを続ける事を決めていた。

 

だが・・。

 

・・深夜2時。

規則正しい寝息をたてていたシンジの呼吸が一瞬、止まった。

それから数秒後、閉じていたまぶたがパッと開かれる。

そして、すぐさま上半身を起こすと両手を繋ぐ手錠を見つめる。

 

「・・所詮は、ガキの浅知恵だな。」

 

いつものシンジと違う、1オクターブ低い声。

口の端をわずかに上げてニヤリと笑うと、手錠に強い視線を送った。

すると・・一瞬にして、手錠は開錠されてしまったのだ。

 

「さてと・・行こうか。

 もう、時間はあまりないんだ・・。」

 

真治はベッドから立ち上がると、鉄の扉の方を見る。

しかし、すぐに視線から外すと今度は鉄格子のはまる窓の方に

歩んでいった・・。

 

「しばらくは、お遊びにつきあってやるよ・・シンジ。」

 

真治はそうつぶやくと、鉄格子を両手で掴んだ。

そして、先ほどと同じように・・今度は鉄格子を固定するボルトに

強い視線を送った。・・鉄格子の8箇所のボルトは反時計回りに回転し、

そのまま抜け落ちた。真治はそのボルトを集めるとベッドの上に放り投げる。

さらに鉄格子も外すと、同じようにベッドに放り投げた。

 

「一応、着替えておくか。いくらなんでも・・な。」

 

真治はTシャツに短パンだけという格好であった。

だが、いざ着替えようとしたのだが・・クローゼットの中には

学校指定のYシャツとズボンくらいしか入っていない。

恐らく、シンジは引越しの際にほとんど服を持ってこなかったのであろう。

 

「ちっ・・なんだよ。ろくな服がねえな。」

 

真治は不機嫌そうに言うと、クローゼットを乱暴に閉めた。

 

「仕方ねえな・・まあ、この格好で我慢するか。」

 

結局、真治は着替えるのを諦めたようだった。

 

「靴くらいはあるだろ。」

 

だが、さすがに裸足は不満だったらしく・・

まだ片付いていない荷物の入ったダンボールを調べはじめた。

すると、ほどなくして1足のスニーカーが見つかった。

白の無地。それもやや薄汚れている。

それは体育の授業などの時に履くと思われる安物のスニーカーだった。

 

「・・まあ、無いよりはましか。」

 

シンジの荷物の少なさに苛立ちを感じつつ、とりあえずスニーカーを履く。

 

そして・・真治は窓枠に足をかけると、下を見下ろした。

が、ここは高層マンションである。

ベランダのないこちら側には当然、足場などもない。

外側から止められていた鉄格子も業者が特殊な道具で取り付けたものなのだ。

足場どころか・・足を引っ掛けるような溝すらなかった。

 

「こんな場所・・鉄格子がなくても逃げられるかよ。

 変な所に気を使って・・ご苦労な事だ。」

 

真治はそうつぶやきながら、再び窓の下を眺めた。

 

「30メートルくらいか?・・暗くてよくわかんねえな。」

 

そう言いながらも、躊躇なく窓枠に両足をのせていく。

 

「シンジ・・。俺の能力に気付いていたのか、ただのバカなのかは知らんが・・

 ここにまで鉄格子をつけた事は褒めてやるよ。ただ・・つめが甘かったなあ。」

 

真治はそれだけ言うと、窓から飛び降りた・・。

当然のように引力によって落下していく真治。

はるか下に思えた地面が、一瞬にして間近に迫ってきていた。

だが、真治はあわてた様子もなく・・空中で体勢を整えると、そのまま両足で着地した。

 

「ふう・・。」

 

信じられない事に、真治の身体は何ともないようであった。

普通・・あれだけの高さから落下すれば、即死。

百歩譲って、真治のように着地体勢を整えたとしても・・

着地のショックで足の骨などコナゴナになるだろう。

だが、真治はちょっとした高さの場所から飛び降りたかのように平然としていた。

 

「いってきます。ミサトさん・・。」

 

先ほど飛び降りた窓を見上げながら、うすら笑う真治。

 

「さあ・・この街には、『資格』を持つ者はいるのかな?

 いるのなら・・俺を導いてくれ。」

 

そうつぶやきながら・・真治は真夜中の街へと消えていった。

 

 

 

 

                               つづく。

 

 

 

 


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(updete 2001/03/19)