もうひとりのシンジ。

第二話 共鳴(後編)

作者/イングサンさん

 

 

 

 

                   ☆警告☆

 

      今回の話は、内容の一部に暴力などの残虐な描写が含まれています。

      そういった物が苦手の方、もしくは嫌悪される方の閲覧はおすすめできません。

      あらかじめ、その事についてのご理解をお願いします。

 

 

 

 

深夜の繁華街・・。

午前二時を回っても、静寂などは無縁の場所。

きらびやかなネオンが街を照らし、闇を拒絶する。

そこは、人々に眠る事を忘れさせるかのようであった。

常に人が行き交い、喧騒に包まれた空間。

だが、光があれば影もある・・。

たった一本、細い道に入っただけで表の喧騒が嘘のようになる。

陰鬱な空気が辺りを支配するような場所へ変化するのだ。

ある種の人間以外は、決して足を踏み入れない場所へと・・。

 

そんな場所を場違いな少年が歩いている。

Tシャツに短パン、素足にスニーカー。

まったくの無防備な格好である。

その少年とは・・むろん、真治であった。

真治は、あたりの雰囲気などまったく気にしていなかった。

この周辺は、シンジの通ってる中学校では昼間でも

立ち入りを禁止している。

遷都計画により完全に管理された第三新東京市であったが・・

広大な土地には手の届かない場所も出てくる。

そういった場所を温床にして暗躍する人間というのも存在する。

こうして、影の部分は誕生するのだ。

ここは、その中でも最も治安の悪い場所であった。

麻薬、売春、暴行、殺人。

それらがまるで日常のようになっている空間。

率直に言えば『無法地帯』なのだ。

セカンド・インパクトから15年・・。

かつて『安全神話』を誇っていた日本。

その回復には、まだ莫大な時間が必要なようであった。

 

「辛気臭い場所だな・・ヘドがでる。」

 

真治を、奇異や好奇といった視線で見つめている

『住人』たちを挑発するように真治は言い放った。

だが、その声は聞こえなかったのであろうか?

直接的な行動をしてくる人間は、いなかった。

しかし、無数の視線は真治を舐めまわし続けている・・。

まるで値踏みでもするかのように。

 

・・その理由はすぐに判明した。

ここでは、少年売春も行われているらしい。

歩いていた真治は、自分と同年齢くらいの少年を何人か見かけていた。

こういった場所での売春は、裏で組織がまとめているのが普通である。

子供だと思って下手な行動をすれば、危ないのは自分なのだ。

『商品』を傷つけられた組織の報復・・。それを恐れているのであろう。

こんな場所で、真治にちょっかいを出してくる人間がいないのは、

真治もそういった『商品』と勘違いされたためであろう。

この場所で、こんな時間に普通の少年が無防備に歩いているはずがないのだ。

 

「あんた・・新入り?」

 

小さな路地から突然、姿を見せたのは15〜16歳くらいの少女であった。

こんな場所には似つかわしくないようなセーラー服。

髪も真っ黒なセミロングで、化粧もほとんど施されていない。

一見すると、おとなしそうな普通の少女である。

・・だが、雰囲気でそれが作られたモノである事がわかった。

恐らくは、そういったキャラで売春をしている少女なのであろう。

 

「新入り?・・なんの事だ。」

 

真治は、いきなり話しかけてきた少女を一瞥すると言った。

 

「大和さんの所の人じゃないの?」

 

「やまと?・・そんな奴は知らん。」

 

「じゃあ・・もぐりってやつね。ここで、もぐりなんて・・いい度胸ね。」

 

真治の言葉を聞いた途端、少女の声色が変化する。

まるで真治を脅しているかのようなトーンである。

 

「ふん・・貴様らのような連中と一緒にするな。オヤジになど、俺は用はない。」

 

「誤魔化したってムダよ!!だったら・・あんたみたいなガキが、

 この場所に何の用よ?・・遊びにきたとでもいうの!」

 

「遊び?・・そうだな、そんな所か。」

 

怒声を放つ少女とは反対に、真治は静かに言う。

 

「嘘はもっとうまくつきなさいよ。・・まあ、関係ないけどね。

 あんたはもう終わりよ。」

 

気がつくと、2人の言い争いを聞いた『住人』達がゾロゾロと集まってきていた。

その数は、わずかな時間で50人以上に膨れ上がり2人を囲んでいた。

 

「よう、どうしたんだ?」

 

「このガキ、よそ者のもぐりよ。」

 

「もぐり?・・ここでか? はっはは!!そいつはどんだ馬鹿だな。」

 

「ねえ、少年。ここで勝手な行動するとどうなると思う?」

 

「・・・。」

 

「俺が教えてやろうかぁ?」

 

「・・黙ってて。これは、こっちの問題だから。」

 

「へい、へい・・。」

 

「ねえ、どうなると思う?」

 

「・・さあな。」

 

「ふふふっ。こうなるの!!」

 

少女の顔が笑顔から狂気を含んだものに変化すると、

スカートのポケットに仕込んでいたらしいナイフを取り出し、

真治の右ふとももに突き立てた。

ナイフの扱いに慣れているのか、その動きはあまりに鋭く・・

油断していた真治はかわす事ができなかった。

 

「あちゃ〜。痛いねぇ・・ボク。」

 

周りを囲んでいる『住人』達は、ふざけたように言う。

真治の愚行を嘲笑っているようであった。

・・だが、次の瞬間にはニヤついた笑顔は凍りついた。

 

「どうなるんだ?」

 

「・・なによ、これ。」

 

少女の突き立てたナイフは、真治の太もも直前で静止していた。

しかし、少女の意志によるものではない・・。

 

「くっ!!くっっ!!」

 

慌てた少女はナイフを再び振りかざし・・二度、三度と同じ場所に突き刺す。

だが、何度やっても結果は同じであった。

真治にナイフは届かないのだ。

この異常な事態に、周りにいる『住人』達もざわめいている。

 

「楽しいのか・・それ?」

 

慌てる少女に対し・・真治の表情は嬉々としていた。

慌てふためく少女の行動が愉快でたまらないのだ。

 

「このガキ・・何をしたんだ。」

 

「お前らみたいな、脳みそが半分溶けているような連中には

 一生かかっても理解できないね。」

 

そう言うと真治は、なおも振り下ろし続けられている

ナイフの刃の部分を、右手の親指と人差し指だけで掴んだ。

 

「くっ!?・・は、離せ!!」

 

ナイフを掴まれた少女は、真治の手を振り放そうとするが、

真治の掴んだナイフはピクリとも動かない。・・やがて。

 

「物騒な物を振り回すなよ・・。」

 

・・ビギッ!!  ピキッピキ・・  パリンッッ!!

 

真治の掴んだ箇所からナイフの刃の部分に亀裂が走ると

一瞬にして、ナイフの刃は粉々に砕け散った。

 

「!?」

 

「・・なんだ、もろいオモチャだな。」

 

真治がつぶやくと、少女は柄だけになったナイフを信じられないといった

表情で見つめた。

野次を飛ばしていた『住人』達も、同じような反応をしている。

 

「さて・・もう遊びはいいだろう?

 今度はこっちの番だ。・・少し、付き合って貰おうか。」

 

「な・・何だよこいつ?」

 

『住人』のひとりが、ポツリと言った。

 

「おかしいぜ、絶対・・。」

 

「なんか、ヤバくねえか・・」

 

たったひとりが言った言葉が、徐々に『住人』達に伝播していく・・。

その波は徐々に広まっていき、やがて恐慌を引き起こした。

 

「ヤッ・・ヤベェ!!おれぇ・・行くわ。」

 

「まっ・・待てよっ!!ひとりで逃げんじゃねえよっ。」

 

ひとり、またひとり・・真治達を囲んでいた『住人』達が

足早に離れていく。・・その足取りは段々と早くなり、

ついには全力疾走になっていった。

自分達が優位な時は、驚異的な連携を誇る『住人』であったが、

自分を脅かす存在に対しては、彼らは極端に弱気になる。

弱肉強食の世界では、逃げる事も生きるのに大切なのだろう。

恐怖というものは、一瞬で辺りを支配する。

もはや『住人』達は我先にと逃げ出し・・

あれほどの人数が蜘蛛の巣を散らすようにいなくなってしまった。

 

「まっ・・待ってよぉ!!私を置いてかないでぇぇ!!」

 

呆然となっていた少女は、我に返ると自らも逃げようとする・・が、

 

「お前には・・まだ用が残っている。」

 

「いっ! イヤッッ!!は・・離して!! お願い、離してよぉ!!」

 

真治は逃げ出そうとした少女の左の手首を掴んだ。

少女はそれを必死で振り払おうとするが、ガッチリと掴まれた手首は

自由を奪われていた。

 

「大人しくしてろ・・別にとって食ったりはしない。

 俺の言う事を素直に聞けば、すぐに開放してやる。

 ・・だが、これ以上騒いでみろ。この手首を握り潰すぞ。」

 

真治は警告とばかりに、少女の手首を握る右手に力を込めた。

ミシミシ・・と、骨の軋むような音が聞こえてきた。

血流も妨げられているせいか、少女の手首から先は紫に変色していく。

 

「いっ!!痛いっっ!・・わかったわ!言う通りにするから!!」

 

少女は涙を浮かべながら叫ぶと、抵抗をやめた。

それを確認すると、真治も力を緩めた。

 

「・・2人だけになれる場所に案内してもらおうか。」

 

「・・わかったわ、こっちよ。」

 

真治に渋々といった感じで従う姿勢を見せた少女は、

真治に手首を掴まれたまま、さらに街の奥の方に真治を誘導した。

 

5分・・10分・・。少女に言われるままに歩き続ける真治。

そうしているうちに、いつの間にか街の郊外にまで来てしまっていた。

途中、何人かの『住人』たちと接触し・・少女は助けを求めたのだが、

真治にひと睨みされると・・慌てたように姿を隠してしまうだけである。

たかが14歳の少年を相手にして・・である。

 

「・・街から出てしまったぞ。まだか?」

 

「慌てないでよ・・もう少しで着くから。」

 

やや苛立ってきた真治は、機嫌悪そうに少女に尋ねた。

だが、少女の方はお構いなしといった感じに歩いていく。

それから更に5分くらい歩いたであろうか・・。

街外れにある倉庫に真治は連れてこられていた。

 

「ここよ、まだ使える場所があるの。」

 

倉庫といっても、今は稼働してないのであろう。

コンクリートで整地された地面も、いたる場所でヒビが入り

そこから背の高い雑草が伸びている。

守衛が駐在していたと思われるプレハブ小屋も窓は割られ

外壁にはスプレーで卑猥な落書きが施されていた。

外灯はまだ生きてはいるが、蛍光管が切れかかっているのか

チカチカと点滅を繰り返してる。

そのためか全体的に暗く、辺りの様子を伺う事はできない。

 

だが、そんな状況にも関わらず少女の歩みは早かった。

恐らく、敷地の状態を身体で憶えているのであろう。

 

「この「7」って書いてある倉庫よ。私達の隠れ家なの。

 今の時間なら・・他に人間はいないと思うわ。・・そこでいい?」

 

真治は返事をする代わりに、顎をあげて少女を促した。

少女はそれを見ると「7」と書かれた倉庫の、巨大な青い扉の方へ歩いていく。

その扉は人間の力では到底開けられないような大きさではあったが、

すぐ横に人間が出入りするための小さなドアがあった。

大きな扉は、荷物を搬入する時に開放されていたのであろう。

 

「入って・・」

 

少女は鍵のかかっていないドアを開くと、まだ真っ暗な倉庫に入っていく。

そして、入り口の側にある配電盤のスイッチを次々にオンにしていった。

だが、倉庫などに使われている水銀灯はすぐには明るくならない。

まだ倉庫の内部はぼんやりとした光が照らしているだけであった。

それでも真治は中に入りドアを閉めると、

ようやく掴んでいた少女の手首を離した。

 

「上着を脱いで、仰向けに寝ろ。」

 

「なによ・・せっかちな奴ね。

 こんな汚くて硬いコンクリートの上でしようっていうの?」

 

真治に掴まれていた手首を右手でさすりながら少女は不平を漏らした。

 

「お前がここを選んだんだろうが・・。」

 

「ここじゃないの。ちょっと奥にベッドがあるのよ。

 言ったでしょ?隠れ家だって・・。私、ここに住んでいるのよ。」

 

少女はそう言うと、奥に歩いていく・・。

照明はだいぶ明るくなり、徐々に周りが見渡せるようになっていた。

・・が、少女の言葉とは異なり・・倉庫の内部は殺伐としていた。

あるのは古びたドラム缶とダンボール。

それに妙に新しい事務机がいくつか置いてあるだけである。

とてもではないが、人の生活している気配は感じられなかった。

 

「両手をあげて、動くな。」

 

・・カチャリ。

 

突然、背後から男の声がしたかと思うと・・

真治の後頭部に、冷たい筒のようなものが押し付けられた。

状況からして拳銃であろう。

・・真治は、すぐに自分の状況を理解したらしく

慌てた様子も見せずに背後の声に従った。

 

「うまくいったな・・。おい、かすみ・・こっちだ。」

 

「大和さんっ。」

 

今度は前方より、更に男の声がする。

真治が声のした方向に視線を送ると、そこにはスーツ姿の男がいた。

少女は男を確認すると、嬉々として走っていく。

かすみ・・。少女の名前であろう。

少女・・かすみは、男を大和と呼んだ。

かすみに最初に街で会った時にも聞いた名前だ。

 

・・こいつが売春やらせている元締めか。

 

・・この場所は、こいつらの『営業窓口』ってところだな。

 

「街の連中から連絡受けたときにはビックリしたぜ・・

 かすみをさらったガキがいるってな。」

 

そう言葉にしたのは、奥から現れた3人目の男である。

男はかすみの無事を喜ぶかのように肩をバンバンと叩くと、

今度は殺気に満ちた目で真治を睨みつけた。

・・ようやく、水銀灯は完全に点灯していた。

 

「お前か・・もぐりの問題児は。」

 

「なるほどな・・。緊急時には、ここにおびきよせるワケか。」

 

「そういう事だ。残念だったな。」

 

「おい、誰がしゃべっていいと言った・・。」

 

銃を持つ背後の男は更に真治の頭に銃口を押し付ける。

 

「やめろ・・2人とも。」

 

「しかし・・大和さん。」

 

「源田、いいから黙れ。俺はこの少年に話がある。」

 

大和の横に立つ男、源田はそう言われると反論を止めた。

源田がおとなしくなったのを確かめると、大和は口を開く。

 

「さて・・少年。まず名前を聞こうか。」

 

「・・匿名希望。」

 

「はっはっ・・この状況で冗談かね。」

 

「・・おもしろいのか?」

 

「ふざけるなっ!!」

 

銃を突きつけている男が声を荒げる。

 

「島村・・お前も落ち着け。子供相手に大人げない。」

 

「・・すいません。」

 

銃を突きつけている男は島村というらしい・・。

この男も、大和にたしなめられると大人しくなる。

大和という男の命令は絶対なのであろう。

 

「さてと・・失礼したね。

 そうか、名前は言いたくないのかね?」

 

「言いたくないんじゃない・・。言う必要もないだけだ。」

 

「そうか・・では少年でいいかな?」

 

「好きに呼べ・・。」

 

「では、少年。いくつか質問に答えてもらおうか。」

 

「イヤと言ったら?」

 

「利口じゃないな・・。」

 

大和の声色が若干であるが、低くなる。

同時に背後の島村の銃口が押し付けられた。

 

「ふう・・なんだよ。」

 

「答えてくれるかね?」

 

「・・ああ。」

 

「では、質問だ・・なぜ、かすみをさらった。」

 

「確かめるためだ・・。」

 

「確かめる?何をだね。」

 

「貴様には言ってもわからん事だ。」

 

「少年・・君は目上の人物に対する礼儀を知らんようだな。」

 

「目上・・誰の事だ?」

 

真治は大和を挑発するように笑みを浮かべた。

 

「この状況でも強がる事ができる根性は認めてやる。

 だが・・命は大切にしないとな。

 まだ死にたくはないだろう?・・さあ言え!!」

 

「やっと、化けの皮が剥がれてきたな・・。」

 

大和の語気が強くなったのを聞いて、真治はさらに挑発する。

そして・・さらに。

 

「なあ・・取り引きしようぜ。」

 

「取り引きだと・・?」

 

「ああ・・その女を置いて消えろ。

 そうすれば、お前ら3人は見逃してやるよ。」

 

「はっはっはっ!!バ、バカかぁ・・お前ぇ。」

 

大和たちは、真治の提案を聞いて笑い転げた。

あまりの絶望的な状況に、真治が狂ったとでも思ったのであろう。

だが・・かすみだけは笑っていなかった。

むしろ怯えたように大和のスーツの裾を掴んでいる。

 

「ん?・・どうした、かすみ。」

 

大和は、かすみの様子に気付いたらしい。

 

「だ、だめよ・・。」

 

「何がダメなんだ。」

 

「そいつが言ってるのは、冗談なんかじゃない・・。

 ねえ、大和さん・・あんな奴、とっとと撃ち殺して!!」

 

「なんだ・・何を怖がっている。たかが子供だぞ。」

 

「違うわ・・そいつ変なのよ。」

 

「変?」

 

「街から連絡があったんでしょう?・・そいつの事。」

 

「ああ・・いかれた奴が、かすみを連れてったってな。」

 

「いかれたって・・意味が違うのよ。」

 

大和と話しながらも、真治の様子を伺っているかすみ。

ふと、真治と視線がぶつかった・・。

その瞬間、かすみは慌てたように大和の背中に隠れた。

 

「・・わかったよ、かすみ。」

 

「交渉は・・決裂かな?」

 

真治は会話を聞きながら・・そうつぶやいた。

 

「かすみのお望みでね・・悪いが、話はこれまでだ。」

 

大和がそう告げると、横にいた源田はニヤリと笑った。

同時に背後の島村が、押し付けていた銃口をわずかに離した。

 

「残念だな・・。」

 

そう言ったのは真治である。真治は、この期に及んでも

動揺すらしていなかった。

 

「少年・・君のような子なら、客もついただろうに。

 残念だよ・・共生の道を選べなくて。」

 

「そっちも残念だったな・・生きるチャンスを逃して。」

 

「島村・・殺れ。」

 

・・バーン!!

 

一発の銃声が倉庫に響いた・・。

至近距離で撃った島村の弾丸は、的確に真治の頭をとらえていた。

この距離だ・・外しようもない。

 

「終ったな・・。さあ街に戻れよ、かすみ。今日はそんなに稼いでないんだろう?」

 

大和は、真治に背を向けると後ろにいたかすみに話しかけた。

だが・・かすみの視線は大和ではなく、彼の後ろに向けられている。

その瞳は驚きで見開かれているようだった。

ふと・・横を見ると、源田も同じような反応をしている。

 

「・・まさか。」

 

大和は慌てて真治の方へ振り返った。

 

「!?」

 

そこで大和の見たものは・・頭に銃弾を受けても、平然と立っている真治だった。

真治は何事もなかったのように・・上げていた両手を下に降ろす。

 

「両手を上げてる人間を背後から撃つなんて・・

 臆病なチンピラのやりそうな事だよな。」

 

真治は後ろを振り返ると、震えながら銃を構えている島村を見た。

島村は、とても信じられないといった顔をしている・・。

そんな島村を見て、真治はにっこりと微笑んだ。

そして・・その瞳が徐々に殺気に満ちていった。

 

「う・・うわぁっっーー!!」

 

・・バーン! ・・バーン!! ・・ バーン!!

 

そんな真治に恐怖を感じた島村は、狂ったかのように

3発たて続けに銃を乱射した。

だが・・弾丸は3発とも真治の顔面に飛んでいくが、命中する寸前に

はじかれて地面に落ちてしまうのだ。

 

「ひとり・・。」

 

真治は、そうつぶやくと同時に・・右手の手刀を島村の手首に振り下ろした。

次の瞬間、拳銃を握っていた島村の両手首がポトリと落ちる・・。

2秒ほど遅れて・・そこから鮮血があふれだした。

 

「うっっ!?・・うっ・・うわぁぁぁァーーーー!!!!」

 

 

自分の両手が落とされた島村は、すさまじい絶叫をあげた。

傷口から血を噴きだしながら・・のたうちまわる。

 

「うるさい・・。」

 

真治は島村の下顎を右手で掴むと・・力を込めて骨を粉砕した。

 

・・ベギッ!!  ・・バキッッ!!

 

骨の砕ける耳障りな音が倉庫に響き渡った・・。

 

「・・・かぁ!!!??」

 

顎を砕かれた島村は・・声を出す事さえままならず、

ただ、のたうつ事しかできなかった。

 

・・ベキッッ!!

 

さらに真治は床を転げ回っている島村の胸の辺りを足で踏みつけた。

骨の砕ける音が再び響き渡り・・島村は口からも血を噴きだし、動かなくなった。

 

・・その様子を動く事も出来ずに眺めていた大和と源田。・・そして、かすみ。

真治は大和たちの方を向くと・・姿勢を低くしながら、一気に近づいていった。

 

「!!?」

 

大和は反応する事さえできなかった。

真治が向かってきたと思った、次の瞬間・・。

真治の右腕が、大和の腹に突き刺さり・・身体を貫通して背中から飛び出していた。

 

「ふたり・・。」

 

「ひっ・・ひいっっ!!」

 

それを目撃した源田は、懐に忍ばせている銃に手をかける。

・・が、大和を引きずったまま接近してきた真治は

源田が銃を抜くよりも早く、左手の爪を立てると・・

源田の首筋からわき腹にかけて斜めに一気に切り裂いた。

その切れ味は人間の爪とは思えず・・腹を裂かれた源田の腸が地面にぶちまけられた。

 

「さんにん・・。」

 

真治は冷たく言い放つと、大和に突き刺していた右手を引き抜いた。

・・真治にもたれるようになっていた大和は、地面に崩れ落ちる・・。

驚いた事に・・真治の身体にはまったく血が付着していなかった。

返り血はおろか、大和に埋まっていた右腕にさえも・・。

 

・・源田は、すでにピクリとも動かなかったが

大和の方は、虫の息であるものの・・かろうじて生きていた。

しかし、もはや助かる見込みのないほどの重傷である。

 

「まだ・・生きているのか? 

 ショック死しなかっただけでも、褒めてやるよ。」   

 

「こ・・殺せ。 ひとおもいに・・殺して・・。」

 

大和は、視線だけ真治の方に向けると・・かすれた声でうめいた。

しばし呆然としていたかすみであったが、大和の声を聞くと

慌てたように駆け寄り・・全身が血まみれになるのも気にせずに

大和の頭を自分の胸に抱え込んだ。

 

「い・・いや、大和さ・・ん。大和さぁん・・死んじゃ・・いやぁ!!!」

 

かすみの嗚咽が物音のしない倉庫に響き渡った・・。

だが、真治は眉ひとつ動かさずに大和を見下ろしていた。

 

「たのむ・・殺し・・てくれ。」

 

真治に向かって、残った力を振り絞り右腕を伸ばす大和・・。

もはや大和の耳には、かすみの声すら届いていないようだった。

もはや・・苦痛より開放されたい思いしか残されていない。

 

しかし・・そんな大和の懇願にすら、真治は情けをかけようとしなかった。

かすみに身体を抱えられ、うめく大和を見下ろすだけである。

やがて・・

 

「た・・の・・む。」

 

「!?・・大和さんっっ!!!」

 

大和は苦しみの中で、その生涯に幕を降ろした・・。

目は見開かれ、その顔は苦悶の表情を浮かべたままに。

 

「・・ちっぽけな人生の結末ってところか。」

 

真治は、冷笑を浮かべながら・・つぶやいた。

その言葉を聞いて、かすみは真治の方を振り向く・・。

その表情は、大和を殺された怒りに満ちていると思われたのが・・

かすみはただ、真治に怯えているだけのようであった。

 

かすみは、別に大和に特別な感情があったわけではない。

それどころか、自分の事をただの商売道具として扱う大和を

恨んでさえいたのだ。

だから、かすみの流した涙は愛情のためではない。

自分を守る事のできる人間がいなくなるのが怖かっただけなのだ。

 

「・・さあ、今度こそ邪魔者はいない。

 俺の言う通りにすれば、お前は生きていられる。」

 

真治は、かすみの心を見透かしたように言うと

そっと手を差し伸べた・・。

 

「ほ・・本当に?私は殺さないでくれるの?」

 

「ああ・・こう見えても、俺は約束は守る。」

 

「・・・。」

 

かすみはまだ、真治が信用できない様子のようだ。

ガタガタと震えているだけで、返事はしない・・。

 

「なんなら・・こいつら3人も助けてやるよ。」

 

「!!? た・・助けるって。」

 

かすみは自分の耳を疑った。

そんな事は不可能に決まっているのだ・・。

自分の腕の中には、すでに絶命している大和。

その横には、腹を切り裂かれて内臓をブチまけている源田。

少し離れて・・両手を切断されて、血の海の中で動かない島村。

・・どんな優れた医者だとしても、治すのは不可能であろう。

だが、真治は・・

 

「俺なら、奴らを助ける事もできる・・信じる、信じないは勝手だがな。」

 

「あんた・・何者なの。」

 

「生きていたいのなら・・聞くな。」

 

「・・わかった、聞かないわよ。」

 

「で? どうするんだ。」

 

「信じるわよ。どっちにしても・・それしか道はないんでしょ?」

 

「懸命な判断だな・・。」

 

「でも・・お願いがあるの。」

 

「・・なんだ? 可能なら聞いてやる。」

 

「あの3人は助けないで・・生き返ってもらっても邪魔なのよ。」

 

「・・なるほどな。ただの疫病神って事か。」

 

「そうよ・・稼ぎの半分以上も絞り取られていたのよ!!

 なにが、元締めよ!!肝心な時に役にもたたないくせに!!

 こんな奴ら・・ただのチンピラよ。」

 

かすみは、大和たちへの不満をぶちまけた。

まるで、現在の自分の状況を忘れてしまったかのように・・。

一つ間違えば・・自分も同じ運命という現実を忘れて。

 

・・この女、何かに使えるかもしれん。

 

真治は、かすみの根性に関心していた。

普通の精神の持ち主ならば、この状況で自分の利益を考える事などしないだろう。

・・真治は少し考えた末に、かすみに提案をした。

 

「女・・取り引きしよう。」

 

「取り引きって・・何よ。」

 

真治の声を聞いた途端、現実に戻されたのだろう・・。

かすみは、表情を強張らせながら真治の言葉を待った。

 

「お前は、これからも『仕事』は続けるのだろう?」

 

「・・あんたが、助けてくれるのならね。」

 

かすみは、皮肉をこめてつぶやいた。

 

「そこでだ、死んだ奴らに代わって・・俺がお前らの安全を保証してやる。

 分け前をよこせなんて、セコイ事も言わん。金は全部、お前らが貰えばいい。」

 

「あんたが・・元締めになるって事? 大和たちの代わりに?

 しかも、分け前はいらないって・・あんたに、何の得があるのよ?」

 

かすみは、真治の提案に訝しげに反応した・・。

かすみにとっては、魅力的な提案ではあるが・・真治の望みが不安なのだ。

 

「必要な時に、俺に協力してくれればいい・・。

 俺の活動できる時間は限られているからな・・俺の足となれ。」

 

「・・つまり、あんたの手駒になれっていうの?あそこの『住人』に。」

 

「悪い話ではないだろう・・俺を殺せる奴がいると思うのか?

 お前らの安全は・・今まで以上に保証されるんだ。

 しかも・・稼ぎは今の倍になる。どこに不満がある。」

 

「・・ないわね。今までも同じような状況だったし。

 稼ぎが倍になるっていったら・・皆も了解すると思うわ。

 長いものには巻かれろ・・あそこの教訓だからね。」

 

「交渉は成立・・だな?」

 

「ええ・・今日から、あんた・・いや、貴方が元締めよ。」

 

かすみは、そう言うと・・真治の前にひれ伏した。

それは、この場所における忠誠の儀礼なのであろう。

  

「俺をガッカリさせるなよ・・。」

 

真治は、かすみを見下ろしながら・・静かにつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・。

 

 

 

 

 

 

早朝5時・・。

朝靄に包まれた郊外を真治は歩いていた。

そろそろマンションに戻らなければ、シンジが目を覚ます。

自らの計画をスムーズに進めるためには、シンジやミサトに

自分の行動を悟られるわけにはいかないのだ。

 

真治の顔は満足そうであった。

結局、あの少女・・かすみも、真治の言う『資格』の持ち主ではなかった。

大して期待はしてなかったものの、一応の確認だけはしてみたのだ。

しかし・・無駄な時間というわけでもなかった。

自分のシナリオを円滑に進めるための『手駒』を手に入れたのだ。

それは、真治にとっても思ってもいない収穫であった。

 

 

「・・?」

 

 

ふと、真治は背後に歩いている人間の気配を感じた。

 

・・俺とした事が、浮かれていたようだな。

 

真治の顔は、一瞬にして引き締まると・・相手の出方を伺った。

 

・・誰だ?

 

・・ネルフの諜報部か?

 

・・いや、違うな。気配が消せていない。

 

・・ただの通行人みたいだな。

 

あまりに気配が希薄だったので、一瞬だけ警戒したのだが、

どうやら普通に歩いているだけのようである。

しかし、なぜか気になった真治は試しに後ろを振り向いてみるのだが・・

朝靄によって姿ははっきりと見えない。

しばらく止まって、背後から来る人物を待っていると・・

靄の中から、シンジの学校の制服を着た少女が姿を現した。

少女は、頭に包帯、右目には眼帯・・そして、右腕にはギプスが巻かれ

三角巾によって支えられていた。・・かなり痛々しい姿である。

 

・・真治は、この少女に見覚えがあった。

いや、正確には『シンジ』の記憶ではあったのだが・・。

 

・・この女、確かファースト・チルドレン。エヴァのパイロット。

 

・・名前は、綾波レイとか言ったな。

 

こちらに歩いてくるレイを見ながら、『シンジ』の記憶を探る真治。

やがて、レイも目の前にいる真治に気付いたらしく、視線がぶつかった。

 

「やあ・・綾波。随分と早いんだね。」

 

真治は『シンジ』の真似をするべく、声のトーンを上げて話しかけた。

 

「・・碇くん。・・なぜ、ここにいるの。」

 

「いや・・散歩だよ。綾波は?」

 

「家に帰るの・・この先だもの。」

 

「・・そうなんだ。」

 

・・ちっ、無愛想な女だな。

 

「じゃあ・・私、行くから。」

 

レイは、真治には大した興味もないらしく・・

さっさと、真治の横を通り過ぎて行ってしまう。

・・が、真治とすれ違った瞬間、レイは足を止めた。

 

「・・血のにおい。」

 

レイは、振り向くと真治を見つめる・・。

 

 

 

 

・・沈黙。

 

 

 

 

「・・血のにおいがする。・・あなた、誰?」

 

しばらく続いた沈黙・・。

それを破ったのは、レイの驚くべき言葉であった。

 

 

「誰って・・碇シンジだよ。」

 

「違うわ・・。」

 

「違うって・・なにが。」

 

「碇くんは・・血のにおいなんてしないもの。」

 

「においって・・言われても。」

 

真治は、レイの言葉に驚いていた。

先ほどの争いでは、返り血など一滴も浴びていないのだ・・

血のにおいなど、するわけがない。

 

・・こいつ、見ていたのか?

 

・・いや、だとしても俺が気付かないわけがない。

 

・・血の匂い、まさか本当に?

 

真治は、そっと自分の腕を鼻先に持っていき、匂いを嗅いでみた。

が、やはり血の匂いなど微塵も感じられない。

 

「・・気のせいじゃないのか?」

 

「いいえ、わかるの。」

 

レイは真治を見据えたまま、つぶやく。

そして、真治に再度問いかけた・・。

 

「あなた、誰?」

 

「・・・。」

 

真治は何も言わない。

が、右手をそっと伸ばすと・・レイの頭を撫ではじめた。

これには、さすがのレイも驚いたらしい。

見据えるようであった瞳がキョトンとしていた。

 

「なにを・・しているの。」

 

レイが、真治に問いかけてきたが、真治は返事もせずに頭を撫で続けている。

一見すると・・まるで、真治がふざけているように見えるのだが、

真治の瞳は、真剣そのものである。

 

「・・そういう事か。」

 

こうして、1分ほどレイの頭を撫でていた真治であったが

そう言うと、腕を降ろした・・。

 

「・・綾波。」

 

「・・なに。」

 

「俺、帰るよ。」

 

「・・そう。」

 

レイは、それ以上は何も言わなかった。

質問の答えも返ってきてはいないのだが・・

なぜか、これ以上は聞いてはいけないような気がしたのだ。

 

「・・またな。」

 

「・・さよなら。」

 

簡素なあいさつ。

2人はそれだけ言うと・・その場を離れた。

真治は、再び朝靄に消えていくレイを見つめていた・・。

 

・・綾波レイ。

 

・・おもしろい事になりそうだ。

 

・・運は、俺に味方しているようだな。

 

・・『シンジ』、お前との別れも近いかもなぁ。

 

 

 

 

 

                         つづく。

 

 

 


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(updete 2001/05/01)