ぱぱげりおんIFのif・第零話
邂逅
平成12年11月3日校了
壁に掛けられた時計の針が回る。
ついに、それが作業開始時刻を指し示した。
リツコは緊張の面持ちで、たった一言、号令を掛けた。
「サルベージ、開始!」
コンソールのスイッチが次々と入れられる。
モニターの一つがシンクログラフを表示する。
「MAGI、初号機との接続完了。
シンクログラフ安定、ハーモニクス異常なし。
弐号機、接続スタンバイ!」
マヤのやや緊張した報告の声が、ケージを一望できるガラス張りの観測室に響く。
弐号機のコックピットで、シンジに呼び掛けるべく待機していたアスカも、緊張に目を固く閉じている。
アスカは14年前のことを思い出していた。
最後の戦いのさなか、ゼーレの手先として攻撃を仕掛けて来た白い量産型エヴァ。
アスカの乗る弐号機を蹂躙せんと襲いかかるそれを見た瞬間、シンジの感情が爆発した。
「僕のアスカに触るなぁ!」
前日の夜、何かを感じた二人は、初めて同じベットで夜を過ごした。
これが最後とばかり、人のぬくもりを忘れぬよう、互いに過ごした時間を忘れぬよう、荒々しい、嵐のような時を過ごした。
そのことが、シンジを変えた。
阿修羅のごとく戦う紫の巨人。
シンジは生まれて初めて、自らの意志でエヴァを操り、次々と襲い来る敵と戦った。
結果、白いエヴァは一機残らず壊滅した。
しかし代償も大きかった。
ミサトが止めるのも聞かず、感情のままに戦った代償、過剰シンクロがもたらした代償。
シンジは、再び初号機に取り込まれた。
「アスカ、準備はいい?」
リツコが呼び掛けると、アスカは静かに目を開いた。
『いいわ、いつでもやって』
「マヤ、弐号機とMAGIを接続して」
マヤの指がコンソールを走る。
別のモニターに新たなシンクログラフが表示される。
「MAGI、弐号機との接続完了。
シンクログラフ安定、ハーモニクス異常なし。
相互接続スタンバイ!」
「相互接続開始!」
「了解」
リツコの声にMAGIを間に挟んで初号機と弐号機のリンクが形成される。
「さぁ、ここからが本番よ。
アスカ、シンジ君に呼び掛けて」
最後の戦いは、様々な被害をNERVにもたらした。
その一つがMAGIの破壊。
ゼーレによるクラッキングを受けた時、危ういところでその侵入を防いだと思われていた裏で、密かにまぎれ込んでいたウィルスによって、一部のファイルが破壊されていた。
厄介なことにウィルスは、書き戻そうとしたバックアップファイルにまで触手を伸ばすというトラップ付きで、破壊されたファイルの復旧を、永遠に不可能にした。
局限状態の究極の選択の結果、直接戦闘に関りがないと放置されていたそれが、戦いの後始末を付ける段になって、あまりにも巨大な影響力を持ったファイルを破壊していたことを知ると、リツコは呆然と立ちすくみ、ミサトは真っ青になってくずおれ、アスカは半狂乱になって泣き叫んだ。
破壊されたファイルの中に、サルベージ技術に関するものがあったのだ。
そして同時に侵攻して来た戦略自衛隊の手によって、本部内のあちこちを破壊されてもいた。
その中にはエヴァの関連施設が多く含まれ、特に第七ケイジは、エヴァを取り逃がした戦自の腹いせで仕掛けられた爆弾による被害のせいで、物理的にもサルベージ作業を不可能な物にしていた。
結果、取り込まれたシンジを取り戻す術が、NERVから失われたのだ。
しかも戦後、NERVは対使徒戦の役目を失い、予算も規模も大幅に縮小されてしまった。
弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂、次から次へと押し寄せる不幸の波のせいで、結局サルベージを行えるだけの設備が取り戻されたのが今年の始め、そして実動にこぎつけたのがやっと昨日のことだ。
それですら、第拾四使徒戦後の時のような完全な体制は見込めない。
それを準備するにはなお数年を要するからだった。
リツコが現時点で取り得るもっとも成功率が高い策として提案した物、それは、弐号機に乗ったアスカから、MAGIを通じて初号機のコアに、そこにいるシンジに呼び掛け、この現実世界に引きずり出そうと言う物だった。
それですらMAGIは、成功確立をたったの8,9%と示し、賛成1、条件つき賛成1、保留1という、恐ろしく消極的な回答を寄越している。
何せこの方法はシンジをサルベージするどころか、下手をするとアスカが弐号機に取り込まれる危険すらあるのだ。
しかしアスカはそれを、二つ返事で引き受けた。
自分を守って戦ってくれた愛しい人、14年間、ただこの日のためにだけ全てを、自分の娘すら犠牲にしてきた日々。
それを思えばたかがもう一度弐号機に乗るくらい、何の躊躇いがあろうか。
「ママ・・・」
モニターに映る母親の姿を心配そうに見つめる少女。
あの夜シンジがくれた愛の証、今日まで生きて来たアスカの心の支え、愛娘のユイカ。
あの頃の自分とうりふたつの顔だち、少し濃い色の髪、少し濃い色の瞳。
『大丈夫よ、ユイカ。
シンジは、アンタのパパは、ちゃんとアタシが連れて帰ってあげる。
だからそこでおとなしく見てなさい』
自身たっぷりに微笑むアスカに、ユイカは幾分緊張をやわらげてモニターを見つめ返した。
「シンジ。
いるんでしょう?
迎えに来たわよ。
さぁ、帰りましょう。
アタシと一緒に、あの家に帰ろう」
アスカの意識が、MAGIを通じて初号機のコアへ届く。
アスカの脳裏に、おぼろげなイメージが浮かぶ。
シンジは眠っていた。
暖かな物に包まれて、安らかに眠っていた。
それはまるで、母の胸に抱かれた幼子。
そこへ、眠りを妨げるような心の流れ。
一瞬の不快感と、それを覆い隠して余りある暖かな心の流れが直接触れる。
『シンジ、起きなさい』
「母さん?
母さんなの?」
『シンジ、時が来たわ。
私の役目はここまで』
「母さん?」
『あなたは、ここに居てはいけない』
「なぜ?
やっと会えたのに。
とても気持ち良かったのに」
アスカは、ぼんやりしたイメージの中で、あくまで母に縋り付くシンジを感じ取っていた。
「シンジ、ダメよ。
アタシのこと思い出して。
アタシと一緒にいた時間を思い出して。
あたしの温もりを思い出して!」
アスカは、焦っていたのかも知れない。
やっとここまで来たのに、14年もかかったのに、アイツはまだあんなことを言ってる。
その様子が、モニターにもグラフの形で如実に現われる。
「弐号機シンクログラフ異状!
想定値を突破、どんどん上がって行きます!
75、85、95、100を突破、止まりません!」
「そんな!
アスカ、あなたまで取り込まれるわ!
いったん作業を中止しなさい!」
「ダメよリツコ!
もう少しなの、そこにシンジがいるの。
このままで、もう少しこのままで続けさせて!」
緩やかな上昇カーブを辿っていたグラフが、アスカの感情を反映するかのように急激に昇りはじめる。
「120、145、170、200を突破!
230、310・・・。
このままじゃ!」
「MAGIとの接続を遮断して!」
「だめ、切ってはダメよ」
「レイ!」
それまで黙って様子を窺っていたレイが、初めて口を開いた。
「今切っては、アスカも帰って来れなくなる。
それはあなたも判っているはずよ」
「レイおばちゃん・・・」
心配げに縋り付くユイカの頭を撫でながら、レイは微笑んだ。
「大丈夫よ、ユイカ。
アスカは、このくらいでへこたれるような人じゃない。
信じて待ちましょう。
アスカと、そして碇君が帰って来るのを」
『シンジ!』
なおも母に縋ろうとするシンジの頭の中に、自分を呼ぶ声が響く。
「誰?
これは・・・、あ、あす、か?
アスカなの?」
そう思った瞬間、イメージの激流がシンジの頭に流れ込む。
空母の甲板で見た勝ち気な少女。
ダブルエントリー。
ユニゾン。
学校でのこと。
コンフォート17マンションでのこと。
NERVでのこと。
戦いのこと。
そして、あの夜のこと。
「バカシンジ!
このアタシが迎えに来たっていうのに、何やってるのよ!
さぁ、もう一度あの頃のアタシ達に戻るのよ!」
今度はより明確に、耳元で怒鳴られたかのように、はっきりと聞こえる声。
『行きなさい、シンジ。
あなたはもう、私がいなくても大丈夫。
人はどこにいても幸せになれる。
生きてさえいれば必ず幸せになれるわ。
あなたは生きなければいけないのよ。
それが私の望みよ』
「母さん・・・。
判ったよ。
僕は、ここにいちゃいけないんだよね。
待っている人がいるんだから。
帰らなきゃいけない場所があるんだから」
『さぁ、これが最後、私達の全ての力を貸してあげる。
お帰りなさい、あなたのいるべき場所に。
キョウコ、あなたも力を貸して』
アスカの脳裏にも、自分の母のイメージが浮かぶ。
「ま、ママ!」
『アスカちゃん。
今日までよくがんばったわね。
もう大丈夫よね。
さぁ、お行きなさい』
アスカの前に、シンジがいた。
あの頃と変らぬ姿で。
シンジの前に、アスカがいた。
あの頃と変らぬ姿で。
そして・・・。
ドモドモ、J.U.タイラーでっす!(^^)/
ヒロポンさんの名作、パパゲリオンの設定を借りて、話を一つ書きたくなってしまいました。
読んで頂ければ、どういう話かは解ると思います(^^;
設定を使うことを快諾して下さったヒロポンさん、発表の場を下さったみゃあさん、ありがとうございます。
そして、この話を読んで下さっている皆さん、しばしのお付き合いをよろしくお願いしますm(__)m
次回予告
シンジを取りもどすべく開始されたサルベージ。
ユイとキョウコの力を借りて、アスカは、シンジは、無事帰って来ることができるのか?
次回、第壱話 「14歳」
問題無いわ ( ・_・ )
By Rei Ikari
でわでわ(^^)/~~