ぱぱげりおんIFのif・第壱話
14歳
平成12年11月3日校了
モニターに映るシンクログラフは、どうにか安定を取り戻していた。
「弐号機シンクロ率、降下をはじめています。
300を切りました。
急速に低下」
「ふぅ・・・」
リツコの安堵のため息。
彼女がそれほど緊張するのは、とても珍しいことだった。
「初号機、神経パルス反応!
パイロットの物と思われる自我境界線が再構築されつつあります!」
マヤの歓喜の声が観測室に響く。
「いよいよ始まるわよ。
レイ、医療班に連絡して待機させて。
ユイカちゃん、あなたのお父さんが帰って来るのよ」
「初号機、神経パルス反応増大!
・・・、パイロットの生体反応がでました!!
身体データ異常無し、サルベージは成功です!!」
「モニターに出して!」
「はい!」
リツコの上ずった声に反応して、マヤは初号機のプラグ内をモニターする回線を繋ぐ。
そこには・・・。
「碇君・・・」
「レイおばちゃん、あれが・・・?」
「そうよユイカ、あれがあなたのお父さんよ」
モニターに映る姿は確かに、アスカから写真を見せられて、毎日毎日如何に素晴らしい男性か、アタシにとっては白馬に乗った王子様なんだと教えられ続けた、ちょっと中性的な顔だちの少年の姿・・・。
「でもあれ・・・」
「ふふふ。
エヴァに取り込まれている間はね、年をとらないのよ。
だからシンジ君は肉体的には14歳のままよ」
どういうこと、リツコおねーさん?
パパが14歳?
わたしと同い年?
パパなのに?
パパが同い年なの?
「弐号機、シンクロ率が急速に低下!
エヴァ側から接続が切れはじめています!!」
「どういうことなの、マヤ?」
「はい、まるでエヴァが自らシャットダウンをかけているような・・・」
「アスカ!
どうしたの、アスカ!」
「ま、ママ?」
大人達の騒ぎの中心が自分の母親だと知ったユイカは、慌ててモニターに映る母親を見た。
夢見る少女のように、安心し切った顔で気を失っているらしいその姿。
あれ?
おかしい、なんか雰囲気が違う・・・。
「リツコおねーさん、ママ、なんか、変」
「え?」
ユイカの声にモニターに目をやる。
健康状態のデータを示すグラフは、気絶していることを除けば特に異状は無い。
いつものとおり元気印のアスカそのままだった。
「どこが?
いつもとおな・・・。
いえ、そうね、何かちょっと・・・、こう・・・」
「弐号機、回線途絶!
プラグ排出!」
「ちょっと、アスカ、何をやっているの?
勝手なことは・・・」
はたと気がつく。
プラグの排出は手動だ。
気絶しているのにそんなことができるはずがない。
「これは・・・、弐号機がやっているとでも言うの?」
弐号機の背中の装甲板が開き、プラグが迫り出す。
自動的にハッチが開いた。
「医療班、すぐに弐号機パイロットを救出!
マヤ、弐号機は?」
「はい、完全に活動を停止しています。
一切の呼び掛けに応答しません」
白衣を着た医師と看護婦が弐号機に駆け寄る。
すぐにぐったりとしたアスカが運び出された。
医師は何かに驚いたように看護婦に話しかけると、ガラス越しに盛んに手を振っている。
拡声器のスイッチを入れる。
「どうしたの?」
外部マイクが医師の声を拾った。
『すぐ来て下さい、弐号機パイロットが・・・』
「了解。
マヤ、レイ、後をお願い」
リツコは慌てて観測室を飛び出した。
「初号機、パイロットの神経パルス安定。
あ、シンクロ率急速低下!
これは・・・、弐号機と同じ!?」
「マヤさん、医療スタッフを初号機に。
私も行きます」
レイも観測室を飛び出すと、リツコとは反対側、紫の巨人が格納されている方へ走っていく。
その間にも、初号機は弐号機と全く同じパターンで活動を停止、プラグを排出した。
観測室の窓から心配げに見守るユイカの視線の先で、レイはプラグに入り込むと、シンジを抱えあげて出て来た。
すぐに到着した医療スタッフに引き渡す。
観測室を見て、ユイカがこちらを見ているのに気付いたレイは、安心させるように大きく腕で丸を出してにっこりと微笑んだ。
少しして、リツコが帰って来た。
しかしその表情はさえない。
「あ、先輩、シンジ君は医療班が今・・・」
「困ったことになったわね・・・」
「え?
でも、シンジ君のデータは異状ありません。
あと4時間もあれば・・・」
「いいえ、そちらは心配していないわ。
問題はアスカよ」
「ママに何かあったんですか?」
「アスカ、一度は弐号機に取り込まれたようね。
ある意味、あのアスカは以前のアスカじゃないわ」
「それって・・・」
「アスカはね、一度弐号機に取り込まれて出て来た。
もちろん健康状態に付いては問題無いし、じきに気が付くと思うわ。
深刻なのはもっと別の問題よ。
こればっかりは、私達にもどうしようもないの。
ユイカちゃん、驚かずに聞いてね。
アスカは、あなたのお父さんと同じ、14歳に若返ってしまったのよ・・・」
「えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
3時間後、NERVのメディカルセンターにある病棟、その303号室。
かつてアスカが第拾五使徒から精神攻撃を受け、長らく入院していたその部屋で、並んだ2つのベットに、それぞれ黒色の髪の少年と紅茶色の髪の少女が寝かされていた。
その傍らには同じくらいの年齢の栗色の髪の少女が、蒼銀色の髪と金髪の女性と一緒に付き添っている。
寝かされているのはシンジとアスカ、横にいるのがユイカとレイとリツコだ。
アスカのまぶたがゆっくりと開いた。
「アスカ、気がついた?」
「レイ・・・。
シンジ、シンジは?」
「隣にいるわ」
がばっと起き上がったアスカは、隣りのベットで安らかな寝息を立てるシンジを見た。
「帰って来たんだ・・・」
「ママ・・・」
「ユイカ、これがあなたのパパよ」
「うん・・・」
浮かない表情で自分を見つめるユイカを、アスカはいぶかしんだ。
「まぁ、こんな同い年の男の子をパパだって言っても実感が無いのは解るけど・・・」
「違うの、ママ・・・」
表が騒がしくなった。
「シンちゃんが帰って来たんですってぇ?」
「ミサト、病室で騒がないの。
だいいちあなた、どうやってここに入って来たのよ?」
元作戦部長のミサトがなだれ込んで来たのだ。
後ろには、あの戦いの後ミサトと結婚した加持の姿も見える。
加持と結婚したのを機にNERVを退職したミサトは、一人娘のミユキが幼稚園に通うようになったのを機に、昔取った教員免許を活かし、第壱中学校に数学教師として勤務している。
娘のミユキ、そしてユイカのクラスである2年A組の担任でもあった。
加持は今もNERVで保安諜報部長をしており、今やその階級も2佐にまで出世していた。
「リツコォ、細かいこと言いっこなしよン♪
旦那に無理やり連れて来られたんだから。
あら、ユイカ、あなたまで寝込んじゃってどうしちゃったの?
心配でぶっ倒れちゃった?」
「ミサト!
もうボケちゃったの?
いくらなんでもアタシとユイカを間違わないでよ!」
「ユイカ、こないだの居残り、まだ恨んでるのォ?
あれはあなたが宿題忘れたから・・・、って、あれ?
リツコ、どうしてユイカが二人いるのよ?」
「へ?」
鳩が豆鉄砲を食らった顔というのはこういう顔ですよ、という見本のような表情のアスカの前に、ユイカは無言で鏡を差し出した。
「こ、これって・・・、えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「アスカ、あなた、事故で若返ったのよ」
「それじゃ・・・、リツコ。
アタシ・・・、アタシ今いくつくらいなの?」
「データ的には、ちょうどあの頃よ。
だいたい14歳といったところね。
ねぇ、エヴァの中で何があったの?」
アスカは、シンジを迎えに行った中で起きたことを思い返してみた。
「最初、シンジは初号機の中で寝てた。
アイツのママが出てきて目がさめても、帰りたくないって駄々を捏ねてた」
「ユイさんに会ったの?」
「うん。
でね、アタシ、シンジに言ったの。
アタシが迎えに来たのに何してるのって。
一緒に帰ろうって。
それから、出逢ってからのことを思い浮かべて、あの頃に戻ろうって、そう呼び掛けた」
「それね。
そのあの頃っていう思いが強過ぎたのよ。
それがあなたの体の再構築にまで影響を及ぼしたとしか思えないわ」
「再構築って?」
「あなたも一度取り込まれたのよ、弐号機に」
「そっか・・・、それでアタシのママやアイツのママにも会えたんだ・・・」
「それがもう一つの問題なの。
あなたたちが帰って来た時、エヴァが自動的に活動を停止した。
プラグ排出まで勝手にやったのよ。
何か覚えてない?」
「そういえば・・・。
アイツのママが言ってた。
最後の力を貸してあげるって。
アタシのママも、まるでもう会えないみたいな、そんなことを言ってた・・・」
「そう、そうなの・・・。
ユイさんも、キョウコさんも、もう逝ってしまったのね・・・。
おそらくエヴァは、もう二度と起動しないわね・・・」
「どういうこと?」
それまで黙ってことの成り行きを見守っていたミサトが口をはさんだ。
「ミサト、あなたも知っているでしょう?
初号機にはユイさんの、弐号機にはキョウコさんの魂が込められていた。
だからこそ、それぞれシンジ君やアスカが専属パイロットとして選ばれたのよ。
でもそれは、この二人を再構築するために全ての力を使って消えてしまったわ。
だから、エヴァは二度と起動しない。
それどころじゃないわ。
もしかすると、昔倒した使徒と同様、コアが消えたことによって素体の構成能力を失うかも」
「それじゃぁ・・・」
「そうよアスカ、ユイさんもキョウコさんももうこの世にはいないわ」
『赤木リツコ博士、赤木リツコ博士、お電話が入っております。
至急、お近くのナースステーションまでおいで下さい』
「ちょっと行って来るわ。
おそらくエヴァね・・・」
リツコはそれだけ言うと病室を出て行った。
大人達の背後で衣擦れの音がした。
「またこの天井・・・」
「シンジ!!」
アスカはベットを飛びおりると、まだぼぉっとしているシンジに飛びついた。
「ちょ、ちょっと、アスカ・・・」
「シンジ、シンジ、シンジ、シンジぃ!」
アスカはシンジに抱きついたまま、わんわん泣き出してしまった。
「ミサト、家族だけにしてやろうか・・・」
「そうね」
加持とミサトは、そっと病室をあとにした。
「アスカ・・・、あれ、もう一人、アスカ?」
「うっく、ぐす、違うわよ。
あれ、えっぐ、アンタの娘よ」
「む、娘って、どういう・・・、だって、え?え?」
「ぐす、そりゃまぁ、すん、混乱するわよね」
「だって、アスカはアスカだし、もう一人いるからって、娘って言われても、その・・・」
「とにかく、すん、あれがアンタと、えづっ、アタシの娘なのよ!
ユイカ、ぐす、おいで」
涙でくしゃくしゃの顔を向け、アスカはユイカを手招きした。
「パパ・・・、パパなのね。
あたしのパパなのね・・・。
パパァ!」
最初は恐る恐る近付いて来たユイカは、感極まったようにわっと泣き出すとそのままシンジに縋り付くように飛び込んできた。
「バカ、泣くんじゃないわよ」
「ママだって・・・」
「あ、あの・・・、はじめまして、碇シンジ、です」
「バカシンジ、娘に変な自己紹介してるんじゃない!」
ちょっと恥ずかしそうに頬を染めている姿に嫉妬したのか、アスカが可愛くぷっと頬をふくらます。
今まで遠慮して、それを微笑ましげに見つめていたレイは、初めて口を開いた。
「碇君」
「綾波・・・」
そのレイの大人びた姿に、シンジはかなりの歳月が経過していることを悟った。
「いったい僕は何年くらい・・・」
「14年よ」
「そうか・・・、長いね」
「ええ、長かったわ」
「でも、じゃぁアスカはどうして?」
シンジには、自分が取り込まれていたせいで年齢が進んでいないことは理解できたが、自分に縋り付いて泣いている、あの頃のままの姿のアスカがいることが不思議だったのだ。
レイは今回のサルベージのことを説明してやった。
「そうか・・・。
たいへんだったんだね、みんな・・・。
ありがとう」
シンジは、両側に縋り付く少女の肩を抱き寄せながら、レイに微笑みかけた。
「問題無いわ」
レイもにこやかに微笑みを返してくれた。
303号室を出た加持達は、ラウンジでコーヒーを飲んでいた。
ちょうどそこへ、電話を終えたリツコがやって来た。
「リッちゃん、電話って何だったんだい?」
「エヴァが消えたわ。
予想どおり、コアと装甲板だけを遺して、きれいさっぱり」
「そッかぁ・・・。
これで、全て終わったのね」
ミサトも、感慨深げに呟くだけだった。
その後ろを、ドタドタとものすごい足音をさせて走って来る人物がいた。
「リツコ君!
息子は!
シンジは!!」
「あ、ゲン・・・」
「挨拶はいい。
シンジの病室はどこだ!?」
噛みつかんばかりにリツコに詰め寄ったゲンドウは、息を整えることすら忘れてまくしたてた。
「さ、303号室です」
「そうか、解った!」
再びものすごい勢いで走り去って行く。
「ひぇぇ!
マジぃ?」
「ふふふ。
彼、夕べはぜんぜん寝てないのよ」
「ずいぶん変わったわねぇ。
あれ、ホントにあの髭眼鏡ぇ?」
一方こちらは303号室。
どうにか気分が落ち着いたアスカとユイカ、そしてレイは、この14年の間にいかに苦労したか、どんなことがあったか、とにかくありとあらゆる事柄を、思い付く限り片っ端からシンジに話して聞かせた。
バタン!!
ものすごい音がしてドアが開け放たれる。
「おぉぉぉぉぉ!
シンジ!」
「と、父さん・・・」
「おじいちゃん!」
「シンジぃ!!」
ゲンドウは飛び込んで来るなりシンジのベットによりかかるように跪き、おいおいと泣き出してしまった。
今日はよく泣かれる日だなァ・・・。
シンジはぼんやりとそんなことを考えながら、肩を震わせている父親を見ていた。
「シンジ、よく帰って来てくれた。
私が悪かった。
済まなかった。
許してくれ、シンジ」
「父さん・・・」
あの父が泣いている。
自分に謝っている。
シンジは、心の中にあった父へのわだかまりが一気に流れていってしまうのを感じた。
「父さん。
僕の方こそ、ゴメン。
むやみに反発して、恐がって。
こんなに心配かけちゃって・・・」
「シンジ、私こそ済まなかった」
「いいよ、もう。
僕もこうして帰って来れたんだし。
これからが大事だよ、ネ。
父さんは、誰が何と言っても父さんなんだ。
僕にはたった一人しかいない父さんなんだし」
「シンジ・・・」
「母さんが最後に言ってた。
もう怒ってないからって。
リツコさんと仲良くね、だって。
父さん、初号機の中で母さんに聞いたよ。
リツコさんのこと、好きだったの?」
「い、いや、あ、あ、ああああ、あ、あれはだな・・・」
「おじいちゃん真っ赤・・・」
シンジはそのゲンドウの様子がおかしくてしょうがなかった。
「やっぱり親子よね、こういう時の反応がそっくり・・・」
アスカもクスクスと笑いだした。
そのゲンドウの口から、更に驚くべき告白。
「シンジ・・・・、その、実は・・・」
「どうしたんだよ、父さん・・・?」
「いや、その、リツコ君のことなんだが・・・。
実は彼女と約束していることがある。
お前が無事帰って来たら、結婚しようと、そう約束していたんだ。
お前は賛成、・・・して、くれるか?」
おずおずと切り出すゲンドウの態度に、シンジはついに吹き出してしまった。
「ぷぷぷぷぷ!
あははははははははは!」
「シンジ!
私はまじめに話をしている!
賛成するのか?しなければ帰れ!!」
「ゴメン、父さん。
態度があんまりにもらしくなくって、つい。
ダメだよ、こんな時だけ昔のつもりで威厳を出しても。
そうだね・・・、いいよ」
シンジは少し考えたようだが、あっさりとOKした。
父がここまで変れたのは間違いなく、リツコが支えてくれたからなんだろうと、シンジにも理解できたからだ。
「何!?
本当か?」
「あぁ、反対する理由は無い、やりたまえ、碇総司令。
なぁ〜〜〜んてね」
病室に笑い声が響いた。
主治医から退院許可が下りたのはそれから2日後、体の隅から隅まで検査され、徹底的に調べあげられた後だった。
許可の下りた日の午後、ゲンドウが気をきかせて差し回してくれた車で迎えに来たアスカやユイカと共に、シンジは病院をあとにした。
「あの・・・、えっと・・・」
「あ、なに、ユイカちゃん?」
「今日の晩ご飯・・・、何がいいですか?」
どうやらユイカは、自分の手料理で帰って来たシンジを歓迎するつもりらしい。
「ううん・・・、どうしようかなぁ・・・」
「ハンバーグよ!」
ちょっと考え込んだシンジに、アスカはふんぞり返って言い放った。
「え?」
「アンタの作ったハンバーグが今日のメニュー!!」
「ママ!
だってハンバーグは・・・」
「悪いわね、ユイカ。
いくらアンタでも、今日だけは譲らないわよ。
これは、アタシとシンジの約束なんだから♪」
今から14年前、人類の未来を賭けた最後の戦い。
緊張の面持ちでケージに向かう少年と少女。
二人は言葉を交わすこともなく、紫と真紅、それぞれの巨人のもとへと向かって行った。
初号機を起動させるとシンジは、これから共に戦う弐号機に呼び掛けた。
「アスカ、聞いてる?」
『シンジ!』
「僕は大丈夫だから。
必ず帰って来るから。
だから、アスカも必ず生きて帰って来て。
また二人で一緒にあの部屋に帰ろうよ。
そうだな、今晩のおかずのリクエストでも考えててよ」
別れる直前まで、あまりの緊張感に押しつぶされそうな顔で自分の前を歩いていたアスカに、シンジは声をかけられなかった。
そのまま二度と会えなくなりそうで、それがたまらなく嫌で、シンジは戦闘中の私語の禁止というルールを破ってまで、アスカに呼び掛けたのだ。
案の定、アスカは弐号機に乗り込んでもなお、いつもの彼女からは信じられないくらい青い顔をしていた。
初号機はユイが覚醒し、使徒を捕食することでS2機関も搭載している。
しかし弐号機は、NERVドイツ支部で建造された時の、全くのそのままの状態だ。
しかも第拾五使徒から受けた精神攻撃で、いまだにシンクロ率は起動ぎりぎりの線を低迷していた。
戦力的にキツいことは目に見えている。
その緊張感をやわらげてやりたかった。
なんとかして、彼女を生き残らせてあげたかった。
それがこの、一見ふざけたような台詞を言わせた理由だった。
『・・・・・・・・・ハンバーグ!』
「え?」
『アタシ、アンタが帰って来るまで、ハンバーグ食べないで待ってるから。
アタシの好物なんだからネ。
取り上げたりしたら、承知しないわよ!』
「解ったアスカ。
約束する」
『あぁもぉ!
出撃前に背中がかゆいことすんなッちゅうの、このバカップル!
ほら、シンちゃん、アスカ、とっとと出撃!』
ミサトには、自分自身も緊張感でぎりぎりのはずなのに、明るく振る舞うシンジがとても眩しく感じられた。
その彼なりの配慮を無駄にしないためにも、彼女もまるでコンフォートマンションのリビングにいるような喋り方で、無理やり明るく振る舞った。
アスカにも、二人の心づかいが痛いほど感じられた。
だから彼女も、それに調子を合わせた。
『ミサトォ!
もしかして、焼いてんの?』
「アスカ、大丈夫。
ミサトさんには加持さんがいるんだから」
『シンちゃん!』
「はいはい。
出撃でしょ?
いつでもどうぞ」
『ったくもぉ!
司令に代って、お仕置きよ!』
ミサトの叫び声と同時に、初号機と弐号機は勢いよく射出された。
「ふぅん。
そんなことがあったんだ・・・」
「ユイカ、納得した?」
初めて聞く話だった。
アスカはユイカが食事を担当するようになった頃、自分が絶対に食べられない物を伝えていた。
それは納豆、イカ、タコ、そしてハンバーグ。
肉料理が苦手なのでは無い。
ビフテキやビーフカツ、すき焼きだって平気で平らげるアスカが、なぜハンバーグを苦手とするか、それはユイカにとって長年の疑問だったのだ。
それが今、こうして解消した。
ユイカが知らない時間を、今目の前にいる二人は共有していた。
まごう事なき夫婦の絆を見せられたユイカは、自分の小さな野望がとても矮小に感じられて、黙って俯くしかできなかった。
「あ、ユイカちゃん、明日はユイカちゃんに任せるから、ネ?」
シンジはその様子を見て、あわててフォローを入れた。
「うん!」
「全く、現金な子ね。
誰に似たのかしら・・・」
「わたしを育てたのは誰でしたっけ?」
「あぁ、そうか!
レイに似たのね♪」
「ママ・・・」
アスカは、取り込まれたシンジを取り戻すため、自ら志願してNERVに残り、ずっと研究の日々を送って来た。
そのためにアスカは、授乳期の一時期を除いて、自分が留守になる時はユイカをレイに預けていた。
何よりも、戦後復興と再開発の名目で取り壊されることになった団地を追い出されたレイが、ミサトの結婚を機に一人暮らしをはじめたアスカと同居をはじめたことも、大きく影響していた。
元パイロット仲間、そして一人の男の子を取り合ったライバル、あの戦いの後にいつの間にか仲良くなった親友、共に支え励ましあってきた家族にも似た近しい存在、そういった気安さと、特に何をするでもなく、シンジの姉という戸籍とNERV職員の肩書きを与えられていたレイは、アスカにとって幼い子供を預ける相手としては、格好のターゲットだった。
レイはユイカが小学校に上がるようになると、遠慮してその隣に改めて部屋を構えていが、それでもアスカがいない時はユイカの遊び場はレイの部屋で、いつも幼なじみのミユキを交えての大騒ぎが展開されたものだった。
出張の多い加持と、教師という大役のために何かと忙しいミサトの娘であるミユキも、体良くレイに預けられていたのだが、レイはそれをいやがることもなく、ずっと面倒を見てくれていた。
時にはゲンドウも孫の顔を見に来るという名目で訪ねてくれたし、何よりシンジとの絆を間接的にでも感じさせてくれるその時間を、本来なら静寂と孤独を友としていたはずのレイは、喜んでさえいた節がある。
そんなわけで職員といいながらも本部に顔を出すことが滅多にないレイは、いつの間にかNERV職員の間で「保育部長」だの「ユイカ専属保母」だのという奇妙なあだ名が付けられていたりもした。
「そんなわけでシンジ、さっそく買い出しに行くわよ」
アスカの鶴の一声で、ゲンドウ差し回しのVIP送迎用超豪華リムジンは、第三新東京市郊外のショッピングセンターの駐車場に入るという、運転手の黒服にとっても、周囲の客達にとっても、恐ろしく場違いな行動を取る羽目になった。
久しぶりの買い物に目を輝かせ、自分以上の選定眼で適確に肉や野菜を選んではカゴに入れて行くシンジの姿に、ユイカは母親がよく酔った時に言っていた、
「アイツはアタシ専属の専業主夫だったのよ」
という台詞が、実は冗談ではなかったことを思い知らされた。
買い物袋を下げた一団は、駐車場にいる間中周囲の好奇の目に晒されつつ運転席でじっと我慢していた黒服の運転で、再び家路を走り出す。
しばらくして、ようやく見慣れた風景がシンジの目に入る。
それまでは、復興と再開発によって、ほとんど知らない風景が連続していただけに、シンジはやっと帰って来たことを実感しはじめていた。
やがて車が止まる。
見上げるとそこは、夕暮れの赤い光に照らされて佇む懐かしい風景。
懐かしのコンフォート17マンションに帰って来たのだ。
エントランスも、エレベーターも、通路も、全てがあの頃のままだ。
ドアの前、シンジは胸の高鳴りを感じた。
表札にはアスカとユイカの名前。
アスカはカードキーを取り出すとスリットに通した。
「あれ?
じゃぁ、ミサトさんは?」
「加持さんと結婚するっていう時に追い出したわ。
今は隣りにいるわよ」
そういう時は普通逆だろうに、などと言わないあたりは、取り込まれていたとはいえ伊達に14年を過ごしたわけでは無いようだ。
もっとも単に、言うとアスカに殴られそうだという危機感があったという話も無いでもないのだが・・・。
敷居をまたぐアスカ、ユイカ、そして、シンジ。
じっと見つめる二人に、シンジは照れたように俯きながら、万感の思いを込めた一言を言った。
「ただいま・・・」
「お帰り、シンジ・・・」
「お帰りなさい、パパ」
あの戦いの間ずっと過ごしたあの部屋が、一緒に過ごした笑顔が、自分を迎え入れてくれた。
シンジは視界が滲むのを感じた。
アスカも瞳が潤んでいる。
自然と近付く二人の距離。
やがて、それが重なった。
「今日だけだからね」
小さく呟くとユイカは、買って来た全ての荷物を取り上げると、どすどすと足音を響かせてキッチンの方へ歩いて行った。
「もォ、ママったら、わたしだってお帰りのキスしたいのにぃ!
ふん、パパもパパよ、でれっとしちゃって!」
頬をぷっと膨らませ、ぷりぷりと怒りながらもてきぱきと食材を片付けていくユイカ。
全てが収まるべき所に収まっても、まだ玄関に人の気配がする。
「全く!」
ユイカは顔だけ出すと、いまだに玄関で抱き合ったままの二人に向かって怒鳴りつけた。
「娘の前でいちゃつくなぁ!」
ドモドモ、J.U.タイラーでっす!(^^)/
終わったァ。
やっとコンフォートマンションにシンジを連れ帰ることができました。
やっぱり、シンジはここから再スタートを切るべきだと思いましたので、私の話の中ではこのエリアには再開発の手を差し向けませんでした。
さぁ、お次は当然、学校ですよね(^^;
次回予告
いよいよ始まった奇妙な親子の生活。
肉体年齢14歳のシンジは、再び中学生生活を送ることになった。
ところが、それだけでことは収まらなかった。
次回、第弐話 「同級生!?」
お楽しみはこれからだ♪、ってヤツよね、これは (^ー^)
By Misato kaji
でわでわ(^^)/~~