ぱぱげりおんIFのif・第弐話

同級生!?


平成12年11月3日校了




 うららかな午後の日差し。
アスカは昨日までの後始末のためにNERVへ出勤している。
ユイカはミユキと朝から出かけていた。
そんなわけでシンジは一人、ぼぉっとしている・・・、わけではなかった。
彼の前には紅茶の入ったティーカップ、その向こうには手作りクッキーの盛られた皿、さらに向こうに、自分のと同じティーカップ、そしてその向こうには・・・、レイがいた。

レイは、あの戦いの後、その自出のせいで全くなかった戸籍を取得するにあたり、シンジとの絆を求めて碇の姓を、シンジの姉を名乗ることを選んだ。
彼女の個体データはユイそのものである。
そこでNERVで考えられたレイのカバーストーリーは、シンジとは双子の姉、幼い頃に生き別れたのでお互いの存在は知らなかった、知らされたのは最後の戦いが終わってから、最後の戦いに己の身を犠牲にし、世界を救うのと引き換えに最後のゼーレエヴァと刺し違えて戦死した(と、公式には発表されていた)シンジにまつわる話を、ゲンドウがレイに全て話した時、ということになっている。

「じゃぁ、あやな、じゃなかったレイが僕の姉さんっていうのは解るけど、僕はいったい・・・」
「あなたは、戸籍上は碇司令とリツコさんの子供、そういうことになってるの」
「ははは、NERVらしいや」
「どういうこと?」
「いつもながらの無茶苦茶、ってこと」
「そうね・・・」

シンジは今朝、朝食の席でアスカから、

「レイなら隣に住んでるから。
 あの子にもいろいろと世話になってるんだし、挨拶くらいしときなさいよ」

という話を聞かされており、一通りやることを済ませた後、さっそくこうして訪ねて来たというわけだ。

「つまり今の僕はレイとは、生き別れの姉弟じゃなくって、異母姉弟なんだね」
「そうね・・・」

軟らかな微笑み。
最後に見た母の姿によく似ていた。
思わずどきっとするシンジ。
様々なレイとの思い出がフラッシュバックする。
はじめて見た時の包帯だらけの姿。
ヤシマ作戦の月の下で語り合った時の儚げな印象。
パスを渡しに部屋を訪ね、見てしまった裸・・・。

ぴくん!

ぼ、膨張しちゃった・・・。

「どうしたの?」
「あ、あ、いや、あれは事故で、その・・・」
「そうね、帰れなくなったのは事故みたいなものね」
「う、うん」

勝手に取り違えてくれたのをいいことに、シンジは生返事をしてごまかした。

節操のないヤツ、夕べはアスカとあんなに・・・。

ぴくん!

あ、また・・・。

「どうしたの?
 顔が赤いわ」
「いや、その、ちょっと熱いかな、なんて・・・」

シンジは、しどろもどろになって俯いた。

「フフ、夕べのことでも思い出してたの?」
「レ、レイ?」

イタズラっぽい笑み。
あの頃のレイからは想像もつかないような表情だ。

「あんたバカぁ?
 私があの後、誰と一緒に住んでたか忘れたって言うの?」

アスカの口癖を真似て見せるレイ。
シンジは思わず苦笑してしまった。

「なんだかなぁ、もぉ・・・」

ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん!

けたたましくならされるインターホン。

誰かがどすどすと上がり込んで来る気配。

「レイ!
 シンジそこにいるんでしょ!」

アスカの元気な声が響き渡る。

「あ、いた。
 シンジ、すぐ帰って来て。
 リツコが呼んでる」
「え、リツコさん?
 何だろ・・・」

立ち上がろうとするシンジをレイが止めた。

「これ、ユイカに持っていってあげて」

テーブルの上のクッキーを包んで渡される。

「あ、ありがと」
「バカシンジ、ボケボケしてないでさっさと来る!
 じゃぁレイ、おじゃまさま」

嵐のように去っていくお隣さん。
閉まったドアに向かってレイは、溜め息をついた。

「ホント、お邪魔様ね・・・」

振り返った視線の向こう、レイがシンジに注いだ3杯目の紅茶は、まだ半分ほどしか手が付けられていなかった。

 アスカに引き摺られるようにして自分達の部屋に帰って来たシンジは、リビングでくつろいでいるリツコに迎えられた。

「お帰りなさい、シンジ君。
 大事な話があるの、座って」
「え、何ですか?」

父さんのことかな?
リツコの向かいに座りながら、シンジは目覚めた日に父から聞かされた話しを思い返していた。
アスカは人数分のお茶を淹れて持って来ると、シンジの隣に腰掛けた。

「シンジ君。
 あなた、来週から学校へ行きなさい」
「え?」
「来週はちょうど連休明けでしょ?
 あなたにはユイカちゃんと同じ、第壱中学校へ通ってもらうわ」
「連休?」
「あなた、今日が何日か、わかってる?」
「へ?」
「2029年5月3日木曜日よ」

隣からアスカが助け船を出してくれる。

「あはは、カレンダーなんて見てなかったや・・・」
「あんたバカぁ?
 朝からユイカが出掛けたので気付きなさいよ!」

頭をこづかれた。

「とにかくそう言うわけで、来週の月曜日、7日からあなたは学校に通いなさい。
 これは決定事項ですから、拒否はできません」

まるで発令所で指示を出すように言うリツコ。

「ははははは・・・・」

乾いた笑いのシンジ。

「あなたが戸籍上、ゲンドウさ、あ、いえ、碇司令と私の子供ということになっているのは・・・」
「あ、さっきレイから聞きました」
「あなたは実は司令との間に生まれた私生児で、生まれてからずっと、私が親戚の家に預けていた。
 碇司令にそれがバレて責任を取る形で入籍、あなたを呼び寄せた。
 でも家にいてはやっと夫婦になった2人の邪魔になると遠慮した。
 そこで両親と同じNERVに務める異母姉弟のレイを頼って2人暮らしをはじめた。
 つまり記録上、あなたの家はここじゃなくて隣り、レイのところよ。
 これがあなたのカバーストーリーよ。
 友達を呼んでもいいように、それらしい身の回り品はあっちにも揃えさせるから安心して」
「何か、恐ろしく無茶苦茶で強引な話ね・・・」
「アスカ、あなた、人ごとじゃないのよ」
「へ?」

混ぜっ返したアスカを見据えて、リツコは再び話しはじめた。

「アスカ、あなたにも話があるの。
 元の、28歳のあなたは実験中の事故で行方不明というとになっているの」
「ちょ、ちょっと、リツコ!」
「あなた、今さらエヴァに乗って若返りましたなんて機密事項、表に出せると思っているの?」

そうなのだ。
公式記録上、初号機は最後のゼーレエヴァと刺し違えて消滅、弐号機も損害が激しく修理不能で廃棄処分とされ、2015年末の時点で既にエヴァはこの世に存在しないことにされてしまっていた。
それを今さら初号機どころか、廃棄されたはずの弐号機が存在したことなど、表沙汰にできない。

「あなたの名前は今日から惣流アスカ・ツェッペリン、ドイツから来たユイカの親戚よ」
「親戚なのに、元のアタシと同じ名前なの?」
「記録上は、アスカ、あなたはNERVドイツ支部で生まれた人工受精児なの。
 もちろん遺伝子解析の不都合を防止するストーリーはあるわ。
 あなたは保存されていたキョウコさんの卵子と、あなたのお父さんの精子の掛け合わせ。
 あなたのお父さんと再婚したお母さんは不妊症だった。
 そこであなたのご両親は、卵子の提供を受けて人工授精で子供を産むことにした。
 お父さんは日本に行ったきり帰って来ないアスカと同じ名前を付けて、その子を可愛がっていた。
 言ってみればあなたは二人目のアスカね」
「たいして変らないような・・・」
「いいえシンジ君。
 無いはずのエヴァで若返ることに比べれば、これはずっと自然なの。
 今のNERVは、主にエヴァで培われた生体技術の民需転用を研究する学術研究団体。
 表向きはそいうことになっているわ。
 不妊治療としての人工授精なんて、初歩の初歩なの。
 アスカの父親、キョウコさんの元夫という特権を利用して、もう一人アスカを生んでもらった。
 その子がひょんなことから事実を知り、ショックを受けて大げんかの末、親元を飛び出したのよ。
 そして遺伝子上の姉となる惣流アスカ・ラングレー博士を訪ねて日本に来た。
 ところがその姉はすれ違いで事故により行方不明。
 でもドイツの親元には今さら帰れない。
 ということで、姉の娘であるユイカと日本に住むことにした。
 これが、アスカのためのカバーストーリーよ」
「リツコ・・・、NERVって小説家か劇作家でもいるんじゃない?」

これは、あまりにも突飛な話を聞かされたアスカの皮肉だった。
しかしリツコは、それを気にもしないように受け流すと、ニヤッと笑って答えた。

「ええ、それはそれは優秀なシナリオライターがいるわ。
 あなたたちのこの話を考えついたのは、保安諜報部長その人よ」
「「加持さんがぁ!?」」

二人は思わず叫んだ。
脳裏には、隣に住むあいかわらず長髪と不精髭の、愛娘の親友の父親のにやけた顔が浮かぶ。

「そうよ。
 加持君、ホントNERVに置いとくのは惜しいわ。
 小説家にでもなれば、さぞかし売れっ子になるでしょうね」

そう言ってクスクスと笑いながら、リツコは封筒を取り出した。

「はい、今の話、プリントアウトして持って来たわ。
 よく読んで、月曜日までには完璧に頭に叩き込んどきなさいね」
「シンジはいいとして、アタシまで月曜日?」
「あら、私言わなかった?
 アスカ、あなたも第壱中学校に通うのよ」
「でぇぇぇぇぇぇ!
 アタシまでぇ!」
「日本じゃ、中学は義務教育よ。
 あなた、今何歳?」
「何言ってんのよ!
 28でしょうが!」
「それは、事故で行方不明の惣流アスカ・ラングレー博士でしょ?
 今私が話している相手は、惣流アスカ・ツェッペリンさんよ」
「う゛・・・」
「明日か明後日には制服も届くわ。
 楽しみに待っててね」

固まるアスカ、頭を抱えるシンジ、優雅にお茶を飲むリツコ。
再びリツコがニヤッと笑って、

「あ、そうそうシンジ君。
 ゲンドウさんとは月曜日に入籍を済ませる予定だから。
 そんなわけで、人前では私のことをちゃんと、お母さんって呼ぶのよ、いいわね?」

ぴんぽん!

来客を告げるチャイム。
今だ固まっているアスカをちらと見て肩をすくめると、シンジは玄関に応対に出て行った。
そこにいたのは、長身の髭眼鏡、そう、シンジの父、ゲンドウだった。

「話は聞いたか?」
「うん」

ゲンドウは上がり込むと、すたすたとリビングの方へやって来た。

「話は全て済ませたわ」
「あぁ、問題は?」

今だ固まっているアスカをちらっとだけ見やってから、にっこりと微笑む。

「何も無しよ」
「うむ」

「たっだいまぁ!
 パパ、ママ、お客さん?」

ユイカが元気よく帰宅して来た。
呆然として固まっている母親に声をかける。

「ママ、どしたの?」
「あ、あら、ユイカ、お帰り・・・」

ようやっと現実世界に帰って来たらしい。
再起動した母親に安心して、リビングに見知った顔を見付けて微笑む。

「あ、おじいちゃん、リツコおねーさん、いらっしゃい」
「違うよ、ユイカ」
「え?
 なんで、パパ?」
「おじいちゃんと、お婆ちゃんだよ」

誰の息子であるかをはっきりと解らせるようなニヤリ笑いを浮かべて、特に「おばあ」にアクセントを置いてシンジが言った。

「シンジ君、ちょっと・・・」
「だって母さん、さっきの話、ユイカのことは含まれてないんでしょ?
 14年前碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの間に生まれた子供がユイカ。
 碇シンジの父親は碇ゲンドウ、ということはゲンドウはユイカのおじいちゃん。
 だったらその奥さんである母さんは、ユイカのお婆ちゃんで間違い無いと思わない?
 そうだよね、アスカ?」
「そうよね、シンジ♪」

二人してニヤッと意地の悪い笑い。

「あなたたち・・・」
「ふ、問題ない」
「ゲンドウさんまで!」
「え、なになに?
 わたしにも教えてよ」

シンジとアスカは、今までの話を一通り、ユイカに話して聞かせた。

「じゃ、私のパパとママは?」
「シンジ君は今まで通り戦死。
 アスカはあなたに対しては表向きの発表と同じ、行方不明よ」
「そんなぁ!」

ユイカはみるみる落ち込んでいく。
見かねたシンジは、一計を案じた。

「ね、父さん、さっきの加持さんのシナリオに、ちょっと手を加えてもいい?」
「あぁ、あまり派手に変えなければな」
「大丈夫だよ」

そう言って話しはじめたシンジの思い付きとは、こういうことだ。
碇ゲンドウと赤木リツコの間に生まれたシンジは、サードチルドレンの碇シンジ、つまりユイカの父にそっくりだった。
そこでユイカは、隣に越して来た男の子、シンジに「パパ」というあだ名を付けた。
一方、惣流アスカ・ラングレー博士を頼って日本に来た惣流アスカ・ツェッペリンは、若い頃のアスカにそっくりだった。
そこでユイカは、同居することになったその女の子、アスカに「ママ」というあだ名を付けた。
二人ともユイカの身の上を聞き、かわいそうに思ったので、そう呼ばれることを承諾した。
そうすれば、自分達3人の関係はこれまで通り、まかり間違って学校で「パパ、ママ」と呼んでも、3人の間だけで許されたあだ名だからで話がすむ。
ユイカの気持ち、そして学校での懸念までを見事にカバーした、上出来のストーリーだった。

「むう・・・、シンジ、成長したな・・・」
「このくらいなら問題無いでしょ?」
「ああ、シナリオにも予定外のことは起り得る。
 加持君にはいい薬だよ」
「ならば決まりだね。
 ユイカ、良かったね。
 これまで通り、僕はパパ、アスカはママでいいんだよ」
「パパァ!」
「シンジぃ!」

両側から抱きつかれたシンジは、ちょっと照れながらも優しく抱き返してやった。

「そんなわけで父さん、みんなにもこの話は忘れずに伝えておいてね」
「あぁ、問題ない」
「ちょっと待って!」
「どうしたのアスカ?」
「シンジ、一つ大事なこと忘れてるわよ」

そう言ってイタズラっぽく笑うアスカ。
この笑みが出た時は、決まってろくなことを考えていない時だと、シンジは心配になった。
そのアスカの思い付きはこうだ。
アスカが親と喧嘩した理由は出生の秘密を隠していた以外に、もう一つあった。
アスカの父親は、キョウコの卵子の提供を受けるにあたって行った裏工作を碇司令に捕まれ、息子の婚約者として娘を差し出すなら不問に付すと脅された。
彼は二人目の愛娘を再び日本へやってしまうことを、自分可愛さのために承諾した。
それを怒ったアスカは、大げんかの末に家を飛び出したものの、どんなヤツが相手かと気になって、同じNERV職員なら何か知っているだろうと、これまで会ったこともない姉を頼りに日本へやって来た。
ところが姉は事故で行方不明、一人残されたユイカを不憫に思っていた所、何かと親切にしてユイカを慰めてくれる、隣に住む心優しい素敵な少年と出逢う。
密かに募る恋心。
しかしアスカは、実はそれが碇司令の息子だと、親が勝手に決めた婚約者、碇シンジだと知ってショックを受けた。
シンジは、ショックに打ちひしがれるアスカを慰める。
最初はすれ違い、ぶつかり合いながらも、やがて通いあう心と心。
アスカが日本に残る決意をしたのは、シンジと一緒にいたいからだったのだ。

「どぉ、この完璧なまでの究極のラブストーリー!
 超絶天才美女の面目躍如の快心のヒット作でしょ!」
「しかたがないわね・・・」

リツコは、こういう時のアスカに逆らうことがどんな結果を招くかよく解っていたので、まるで三流メロドラマ並みのそのシナリオを、しぶしぶ承諾した。
それ以上にアスカをよく知るシンジとユイカは、内心苦笑しながらも、ただただ黙ってご高説を拝聴する以外になかった。
こうして、なしくずし的にシンジとアスカはフィアンセという間柄になってしまったのだ。

「他には変更希望は無いわね?」

黙って頷く一同。

「うむ、これで決まりだな」
「よろしくね、お婆ちゃん♪」

にっこり微笑んで言うユイカ。

「う゛・・・」

今度はリツコが固まる番だった。


 翌日の朝。
キッチンで朝食の支度をするシンジの耳に、バスルームからけたたましい声が聞こえて来た。

「ママずるい!
 一番は私って決まってたでしょ!」
「何言ってんのよ、アタシだって夕べのでガビガビなんだから、早くきれいにしたいの!」
「やだぁ、もう!
 ママったら不潔よぉ!」
「そうよ、不潔だから一刻も早く洗い流したいの!
 だからアタシが先よ、判った?」

アスカは体だけでなく、精神まであの頃に若返ってしまったみたいだ。
これを見越してのあのストーリーだったとしたら、加持さん、さすがだなぁ。
などと呑気に考えるシンジだった。

「ぶぅ!
 パパァ!
 ママがいじめるぅ!」

ちょっと涙目になってとてとてと走って来たユイカがシンジに縋り付く。
包丁を握るシンジの背中に、パジャマ越しのユイカの軟らかな二つの山の感触がヒットする。

「あ、あ、あの、ユイカ?
 ちょっと、あぶな・・・」
「パァパァ♪
 パパは私の味方でしょ?」

甘えた声でさらにぎゅっとしがみつかれたシンジは、危うく包丁を取り落としそうになった。

「パパ?
 どうしたの?
 顔が赤いよ?」
「いや、あの、その、背中に、あたって・・・」
「あ!」

ユイカも、自分の体勢を見て、それに気がつく。
これじゃまるで、朝から夫に甘える新妻みたいじゃないの。
そこに思い至ったユイカは、ボン!と音がしそうなくらい真っ赤になった。

「パパのエッチ!」

あわてて離れると、べぇっと可愛く舌を出す。
それでも怒っているようには見えない。

「朝から仲がいいのね」
「あ、あや・・・、レイ、おはよう」
「おはよう、いか・・・、シンジ君、ユイカ」
「おはよう、レイおばちゃん」
「ユイカ、昨日も言ったでしょ、おばちゃんはナシだよ」
「あ、ごめんパパ、おはよう、レイ母さん」

昨日、新しい家族としてこれからやっていくのだからと、あれからレイも交えて夕食を食べながらみんなで決めたことの一つ。
まだ30にもなってないし独身なんだから、レイをおばちゃんと呼ぶのはよそう、アスカみたいに呼び捨てにするのは無理かもしれないけど、せめてレイさんくらいにしようよと、話し合ったのだ。
その時ユイカは、レイはもう一人のママみたいなものだからと、レイ母さんと呼ぶことに決めたのだ。
シンジはレイを「綾波」と呼びそうになるのをなんとか治そうと努力し、姉弟だからと「碇君」ではおかしいというアスカの提案でレイもシンジを「シンジ君」と呼ぶことに決まった。
もう一つ決まったことは、どうせだからと、これからは食事は全部シンジ達の部屋で、4人揃って取ろうということだ。
今朝は、新しいメンバーでの朝食の第1日目ということになる。

「ユイカ、シャワー空いたわよ。
 あ、レイ、おはよ」
「おはよう、アスカ」
「わたし、シャワー行って来る」

ユイカはシンジのほっぺたにちゅっとキスをして、バスルームに駆け込んで行った。

「何あれ?
 シンジ、あの子になんかした?」
「べつに」
「そぉ?」

「へへへ、おはようのキスしちゃった・・・、きゃ♪」

一人にやけるユイカだった。


 そしてとうとう、この日がやって来た。
お定まりのシャワー争奪戦と朝食のあと、惣流家のインターホンを鳴らす人物。
レイと反対側のお隣さん、加持ミユキ嬢(14)だ。
母親譲りの紫がかった長い黒髪にダイナマイトボディー、父親譲りのちょっと垂れ目がチャームポイントの、ユイカの同級生。
「ユイカぁ、支度できたぁ?」
「あ、おっはよぉ!
 ミユキぃ、ちょっと待っててねぇ」

少しして、ユイカが出て来る。
その後ろには、アスカとシンジ、そしてレイ。
アスカとシンジも、今朝は制服を着ている。
今日は5月7日月曜日、そう、2人にとって、実に14年ぶりの第壱中学校への登校の日を迎えたのだ。

「あ、アスカさん、シンジさん、おはようございます」
「ミユキぃ、ダメよ。
 外じゃパパもママも同い年の友達なんだから、敬語はナシって言ったでしょ?」
「ユイカ、あんたもパパとママって言ってるじゃない」
「あ、いけなぁい♪」
「さぁ、そろそろ行かないと遅刻するわよ」

朝のにぎやかな会話を、レイが制する。
今日は転校挨拶ということで、姉として、そして隣りの子供たちの面倒を見る女性として、レイも一緒に学校へ行くことになっていた。

これから通うことになる第壱中学校の職員ということで、ミサトも交えて一通り話し合いを持った時にも、

「大丈夫よ。
 うちの学校は昔と同じ、NERVの影響力はそのままだから」
「そうね、手は回しておいたから、心配はいらないわ」

元作戦部長、元技術部長にして現副司令の親友コンビに自信たっぷりにそう言われると、反論はできなかった。
レイの訪問にしても、形だけの挨拶だからと、実際には来なくてもいいようなことを言っていたのだが、周囲の生徒への配慮というシンジの提案と、レイの強い希望で受け入れられた。
通学は、今日に限ってはレイの運転する車だ。
と言っても、MAGIのコントロールするオートドライブだが・・・。
第三新東京市は、新しい試みとしてMAGIを中心に据えたコンピュータネットワークにより一元管理される先進科学技術都市のモデルとして、NERVの全面協力によって復興と再建が行われた。
対使徒戦という目的を失ったMAGIのあり余るパワーに目をつけた日本政府と、影響力を維持し続けたかったNERVの利害が一致した結果だ。
その一つがこのオートドライブシステム。
車載コンピュータと衛星ナビゲーションシステム、そしてMAGIのリンクにより、大は交通事故の局限から小は渋滞の緩和まで、至れり尽くせりの管理が行われており、スイッチをオートモードに入れれば、居眠りしたままでも勝手に目的地にまで運んでくれる優れものだ。
ミサトが収拾するようなクラシックカーにまでシステムの搭載が義務付けられているのだが、ミサトは密かにMAGIをシャットアウトする装置を取付け、今も時折暴走(?)を楽しんでいる。

「もう一度、この服を着ることになるとはねぇ・・・」

アスカは、14年前と何一つ変っていない第壱中学校の制服を見て、感慨深げだ。
無論それが表面上のことだと言うのは、シンジにはよく解っていた。
夕べはいそいそと自分とシンジの制服のアイロン掛けをし、今朝もわざわざあのインターフェースの髪どめで、髪型まであの頃のとおりにしている。
再び訪れた青春をエンジョイしているのはみえみえだ。
アルバムでしか見たことのなかった母の姿をまのあたりにして朝食を準備する手が止ったユイカ、自分の制服姿を鏡で見て懐かしげに遠い目をするシンジ。
今朝の惣流家はちょっと異様な雰囲気だったわと、後にレイは周囲に漏らしている。

第壱中学校。
復興で人口が増え、必然的に生徒数も増えたため、校舎が拡張され、あの頃から比べるとかなりのマンモス校になった印象を受ける。
以前と変らぬ佇まいは校門と、今では旧校舎と呼ばれるシンジ達のクラスのあった校舎、それくらいの物だろうか。
その旧校舎に玄関があり、生徒たちのげた箱が並んでいる。

「二人とも、適当にその辺の空いた所へ突っ込んどけばいいと思うよ」

ユイカの声に、とりあえず名札の貼られていない場所に靴を脱ぎ、持参した上ばきに履き換える。

バサバサバサ!

何の音かと振り返ると、困ったようにはにかむユイカと、げた箱からあふれかえった手紙、つまりラブレターの山。

「またかぁ・・・」
「ははは、あのころのアスカみたいだね」
「アタシはもっともらってたわよ!」
「アスカさんって、こういうのどうしてたんですか?」

ミユキが興味津々に聞いて来る。
こういう時のミユキは、母親を髣髴とさせる目の輝きをしている。

「アタシ?
 全部そのままゴミ箱へポイ!」
「えぇ、もったいない!」
「アタシが欲しいのは、一通だけだったから」

そう言って、となりで娘に微笑みかけて、落ちた手紙を拾い集めるのを手伝っている少年を見やる。

「はいはい、ゴチソウサマ。
 じゃ、私達は先に行きますね」

全てのラブレターを拾い集めて鞄に詰め込んだユイカを引き摺るようにして、ミユキはそそくさと校舎内に消えて行った。

職員室は、昔と同じ場所にあった。
扉を開けると知った顔が手をあげる。

「あ、碇シンジ君、惣流アスカ・ツェッペリンさん、ここよここ!」

レイも含めた3人は、朝からハイテンションに景気良く手を振る人物に近付いて行った。

2年A組の教室。
2年生の教室は、旧校舎に固められている。
2−Aの場所は、偶然にも14年前と変らない場所にあった。
机は洗練された物に変り、端末もほぼ同じデザインながら高機能な物に変り、小さな変更点はあるものの、黒板があり、教壇があり、教卓があり、生徒たちの机と椅子が並び、側面には生徒の荷物入れの棚がしつらえられ、背後には小黒板と掲示板があり、片隅には掃除用具のロッカーがある。
時代が変っても教室などと言うのはそんなモノだ。

「おっはよぉ!」
「あ、おはよう」
「おはよ、マナ」

ユイカとミユキが入って来たのを目ざとく見つけた、2−Aの姦し娘の最後の一人、霧島マナが手を振る。
鞄を置き、教科書などを机に入れはじめた二人のところまでやって来ると、元気よく話しはじめた。

「ねェねぇ、聞いた?」
「何を?」
「転校生の話」
「転校生?」
「そぉ、ウチに来るのかなぁ。
 カッコいい男の子だったらいいなぁ。
 ミユキ、ミサト先生からなんか聞いてない?」
「べつにぃ。
 何も聞いてないわよ」

ミユキは、深く追求されるのを避けるためにごまかした。

職員室でミサトは、シンジ達が来たのを確認すると手を振って合図した。

「来たわね。
 あぁ、思い出すわぁ、あんた達のそのかっこう。
 あたしまで若返った気分ねぇ♪」
「そんなことはいいから、校長先生のとこ、行くんでしょ?」
「あ、そうだったわね、でも、そんなに緊張しなくていいわよ」
「そ、そう言ってもやっぱり、二度目の転校ですから・・・」
「シンちゃん、リラックスなさいって。
 校長、そういうの嫌いな人だから」
「はい・・・」

職員室から続くドア。
それを軽くノックしてミサトが中に入る。

「校長、転入生とご父兄の方を連れて来ました」
「入ってもらいなさい」
「はい。
 どうぞ、入って」

ミサトに促されて入ったシンジ達は、巨大な机の向こうに座る人物を見て、固まってしまった。
レイまで目が点になっている。

「副司令・・・」

シンジがいちはやく立ち直る。
あの頃よりも一段と白くなった頭、増えた皺。
しかしその暖かい眼差しと柔和な笑みで迎える姿は何一つ変っていない、冬月コウゾウがそこにいた。

「久しぶりだね、シンジ君、アスカ君。
 レイ君、だから来なくてもよいと言っただろうに・・・。
 まぁいい、立ち話もなんだから掛けたまえ」
「あ、はい」
「話は碇から聞いているよ。
 良く戻ってきてくれた、無事で何よりだ」
「副司令、どうして・・・」
「全て終わってから、私は引退させてもらったんだがね。
 このところの人口増加で人手が足りんとかでな。
 昔は大学で教授までしていた人材を遊ばせてはおけんと泣き付かれてね。
 4月からここの校長をやっておるよ」
「アスカ、聞いてた?」
「そのころほとんどサルベージの追い込みで泊まり込みだったから・・・」
「レイは?」

無言でフルフルと首を横に振る。

「ミサトさん!」
「いいじゃない、こういうのは驚かせた方が面白いのよォ」
「こらこら、シンジ君、担任教師にその態度はいかんな」
「へ?」
「加持君、それも黙っていたのかね?
 全く、余計なことばかり押しつけおって・・・。
 あぁ、二人とも、クラスは2年A組、加持君のクラスだ」

「どおきゅうせぇい!?
 アタシとシンジがぁ?」
「そういえば、アスカ君、娘さんもそうじゃなかったかな?」
「校長、あたしの娘もです」
「はっはっは、これは楽しいことになるな」
「副司令、笑ってる場合じゃ・・・」
「ああ、スマンスマン、こういう仕事をしていると、楽しみが少なくてな。
 それから君達、ここでは副司令ではなく、校長と呼んでくれねばいかんぞ」

愉快そうに笑う冬月を前に、あっけにとられるシンジ達。
この人がNERVの副司令をやっていたなんて、ちょっと信じられないなァ・・・。
シンジは心の中でそう呟いていた。

やがて時間が来て、朝のホームルーム。
担任教師が入って来る。

「起立、礼、着席」
「おはようみんな、出席を取るわよ、はい、いない人は手をあげて。
 オォ〜し、みんないるわね」

出席簿を片付けると、ぐっと身を乗り出す。

「喜べ諸君!
 転入生を紹介する!!」

がた!

ユイカが思わず硬直する。
ミユキが苦笑する。
マナが期待に目を輝かせる。

「二人とも、入ってらっしゃい」

最初に入ってきたのが誰かを確認したとたん、ユイカは机に突っ伏した。
次に入って来た転入生を見たとたん、クラスじゅうの視線がそのユイカに集中した。

「そっくり・・・」

ユイカに耳に、すぐ後ろの席に座るマナの呟きが聞こえた。

「二人とも、自己紹介して」

シンジとアスカは、それぞれ黒板に名前を書くと振り返った。
その動きが見事にユニゾンしているのに気が付いたのは、ショックからようやく立ち直ったユイカだけだった。

「まずはシンジ君からね」
「はい、えと、静岡の新浜松から来ました、碇シンジです。
 これと言って趣味はありませんが、料理は得意です。
 人付き合いは上手い方じゃありませんけど、よろしくお願いします」

にこやかに微笑んで一礼する。
その微笑みに、女生徒のほとんどと、極一部の男子生徒は一発でノックアウトされた。

「ほい、お次はアスカさんよ」
「ドイツから来ました、惣流アスカ・ツェッペリンです。
 そこにいるユイカとは親戚にあたります。
 みなさん、よろしくぅ!」

そのアスカの元気の良い挨拶に、クラスじゅうの男子の視線が釘付けになり、極一部の女子がきらりと目を輝かせた。

「よっし、じゃぁ、恒例の質問タイム、いってみよっかぁ!」
「はい!」
「マナさん、早いわね、どうぞ」
「はい、碇君は、彼女いますか?」

マナは、いきなり核心に触れる質問を投げかけて来る。

「あ、えと、あの・・・、彼女はいません」

どぎまぎしながら答えるその態度に、ますます女子グループの熱気が増す。

「ダメよシンジ、婚約者がいるでしょ!」

アスカの手によって、2−Aの教室にN2爆弾が投下された。

「だ、誰!?
 それってどこにいるの?」

マナは、目の前で獲物を攫われた猛獣のように食って掛かって来た。

「アタシよ、アタシ。
 だからアンタ達、手ぇ出したら承知しないわよ!」
「ホントなの、碇君!」
「う、うん・・・、親同士が決めたんだけどね・・・」
「じゃぁ、まだチャンスがあるんじゃない。
 よかったぁ・・・」

シンジの奥歯に物が挟まったようなあやふやな返事のせいで、マナをはじめほとんどの女子連中は勝手に誤解していた。

「アスカ、独り占めはずるい!
 わたしだって好きなんだから!!」

二発目のN2爆弾は、ユイカによって投下された。

「ちょっと、ユイカ・・・」

突然のことに呆然とするアスカ。

「はぁ、この究極超絶ファザコン娘が・・・」

心の中で呟くミユキ。
その母親にして担任教師は、1時限目が自分の授業であるため、このままこの状況を楽しもうと腹に決めていた。
その表情はまさに、「NERVのワイドショー部長」の異名を欲しいままにしていた当時を髣髴とさせるにやにや笑いだった。
そしてそっと心の中で呟いた。

「お楽しみはこれからだ♪、ってヤツよね、これは」




ドモドモ、J.U.タイラーでっす!(^^)/

 どうわははははははは!
とうとうヤッちまったぞ!
これだけ盛り上げて引いちまったぞ!
続きをどうする気だ?(^^;





次回予告

二発のN2爆弾によって、混乱の大渦にもまれる2−A。
この混乱を収拾させることができる人物はいるのか?
渦中の人物、碇シンジはこの状況を乗り切ることができるのか?

次回、第参話 「アタシとわたし」

お前が一番悪い!
 By Asuka & Yuika

でわでわ(^^)/~~