ぱぱげりおんIFのif・第六話
水無月六乃日
平成13年3月3日校了
NERV本部司令室。
いつものポーズで座るゲンドウ、隣に立っているのはリツコだ。
その正面に、黒の第一種制服に身を固めたアスカが立っている。
北総署で報告書を書き上げた翌日の昼に、こうして呼び出されたのだ。
「呼ばれた理由は解っているわね?」
「はい・・・」
リツコの厳しい表情の問いかけに、アスカは素直に頷いた。
ゲンドウが机の上から一枚の紙を取り上げる。
「惣流2尉、今回の事件における独断専行、待機命令無視、碇2尉の無免許運転幇助。
各種の違反行為により、一階級降格を命ずる。
何か異論はあるか?」
「ありません・・・」
アスカは力なくうなだれた。
少しの沈黙の後、ゲンドウがにやりと笑って眼鏡のズレを治す。
「ならば現時点を持って君は惣流3尉だ」
「はい・・・」
「惣流3尉、ここに君宛の文書が一通ある」
なおも処分があるのかと、アスカは暗い気分になったが、それだけのことをしてしまったのだ。
シンジを止めることができたはずの場所にいた自分も、一緒になって行動したのだ。
結果、シンジは大ケガをし、今は病院のベットの上だ。
アスカは覚悟を決めた。
「惣流3尉、今回の事件における功績を大なるものと認め、一階級特進、2尉に任命する」
「え?」
「信賞必罰、悪行は罰するが善行には栄典を持って報いる。
NERVは昔ほどには非人道的組織では無い」
ゲンドウはにやりと笑った。
リツコもくすくす笑っている。
アスカは理解できずに唖然としている。
「さて、惣流2尉宛の文書は、もう一枚、これが最後だが、まだ聞く気力はあるか?」
「あ、はい・・・」
とりあえず返事はしたが、これ以上何があるのかアスカは少し嫌な予感がした。
それはある意味当り、ある意味外れた。
「惣流2尉、作戦部副部長に任ずる。
兼ねてサードチルドレン、及びその娘の専属警護官に任ずる」
「ふえ?」
アスカの目が点になる。
「あなたに渡したIDは作戦部のものよ。
今回の事件を契機に、作戦部を復活させることにしたわ。
あなたの知識ならば技術局でもよかったんだけど、過去の実績と経験から、作戦部配置としました」
「作戦部って、エヴァもナシに何を?」
「保安諜報部から元チルドレン2名の要人警護部門を独立させる。
君にはそこで兼任で警護官をやってもらう。
君の担当はサードチルドレン、及びその娘だ」
「つまり、シンジ君とユイカはあなたが守りなさい、ということよ」
唖然とするアスカに、ゲンドウが話しかけた。
「アスカ君、君には感謝している。
シンジが帰って来れたのは君のおかげだ。
私にはこの程度しかしてやることができんが、シンジとユイカをよろしく頼む」
「あなたにはNERV職員として正式に給料も支払われるわ。
これで少しは家計も楽になるでしょ?」
そうなのだ。
表向き、技術局の惣流アスカ・ラングレー博士は行方不明であり、その間は休職扱いのため、給料の支給は停止されている。
惣流アスカ・ツェッペリンとしてのアスカはただの中学生だ。
ここ1ヶ月、シンジとアスカはパイロット時代からの貯金を取り崩して生活していた。
「司令、リツコ・・・」
「人事部はうるさかったがな、これも親の務めだ」
「アスカ、あなた気がつかなかったの?」
「何がよ、リツコ?」
「あなたのIDカード、ラングレーじゃなくて、ツェッペリン名義なのだけど・・・」
「う゛そ゛!」
慌てて自分のIDカードを取り出し、名前の欄を見る。
「あぁ〜っ!」
「そういう部分は、渡された時に確認しなさい」
リツコがあきれ顔で呟く。
「さぁ、公式行事はおしまいよ。
行きましょうか、ゲンドウさん」
「あぁ、そうだな」
「行くって、どこへ?」
「子供が入院した親が、当然行くところよ」
「シンジのところ?」
「他にどこがある?」
ゲンドウが意地悪く微笑む。
その笑みは、初めて国連から指揮権を譲渡された第参使徒戦の時に、国連軍の指揮官に「そのためのNERVです」と言い放った時の笑顔によく似ていた。
シンジは、味気ない夕食を終えたベットの上で、何をするでもなくぼうっとしていた。
ノックの音がして看護婦が入って来る。
その後ろから、ゲンドウとリツコが顔を出した。
「父さん、母さん・・・」
看護婦は食器を下げると、一礼して出て行った。
「シンジ、具合はどうだ?」
「だいぶいいよ。
今週中には退院できそうだって」
「そうか・・・」
「シンジ君、本当にごめんなさい。
私の不注意で、あなたまでこんな目に・・・」
「いいよ、母さん。
もう全部解決したんでしょ?」
「あぁ、害虫はあのリヒャルト・ローレンツが最後の一匹だ。
ゼーレなどという組織は、もうこの世には存在せん」
ゲンドウの力強い台詞に、シンジもにこやかに頷いてみせた。
「アスカは?」
「安心なさい。
もうそろそろ家に帰っている頃だから」
リツコが微笑む。
夕方学校帰りに見舞いに来てくれたユイカから、アスカが本部に呼び出されていることを知ったシンジは、ずっとそれが気がかりだったのだ。
「よかった・・・」
「よくやったな、シンジ」
「ユイカのために必死だったから・・・」
「あなたはいい父親になれるわね」
「あぁ、間違いない」
「・・・ありがとう・・・」
そう言ってシンジは大きなあくびをした。
「疲れたか?」
「痛み止めの薬効いてるから、ちょっとね・・・」
「そうか・・・。
ゆっくり休め」
「うん・・・」
横になったシンジは、すぐに寝息を立てはじめた。
リツコがそっとシーツをかけてやる。
しばらくじっと見守っていた2人は、優しく微笑むとそっと病室を出て行った。
コンフォート17マンション。
アスカとユイカがキッチンに立っている。
「ママ、それ違う!」
「うそぉ!
これでいいって書いてあるじゃない!」
「いいかげん字を覚えたら?」
「これ、とかす、でしょ?」
料理の本を開いているアスカが、印刷された文字を指差す。
「それは、ねかす・・・」
「じゃぁ、こっちは?」
「まぜる」
「うう〜ん・・・」
指を額にあてて考え込む仕草をするアスカに、ユイカは大きなため息を一つついた。
「ママ、今度私の国語の教科書貸してあげるから・・・」
「バカ、同じもの使ってるでしょ」
「小学校のヤツ!」
「アンタねぇ・・・」
いちいち反応して手を止めるアスカ、喋りながらも手を休めないユイカ。
「学校で恥ずかしいの、私なんだからね」
「何でよ?」
「娘より成績の悪いくせに、学歴だけは大卒の母親持つ身になってほしいわよ」
「言葉なんて、会話ができればいいのよ!」
胸を張って言うアスカに、ユイカは浮かんだ疑問をぶつけた。
「ママ、今まで論文とかレポートとか、どうしてたの?」
「書類は全部マヤがやってくれたもの。
自分で書く時はドイツ語か英語で書けば、MAGIが自動翻訳してくれたし」
「手書き、したことなかったの?」
いくらペーパーレス化社会とはいっても、役所の提出書類など、手書きが残っている部分もある。
「お役所は在日外国人窓口。
どうしてもっていう時は加持さんかミサトかレイがいたし、気にしたことないわよ」
「ママ、手抜きの天才ね」
「そうよ。
真の天才は全てにおいて天才なのよ」
「ママ、さっきから手が止ってるよ。
そんなので明日に間に合うの?
自分でやるって言ったの、ママでしょ?」
「う、うっさいわね!
やるわよ!」
ちょっとむくれて作業を再開したアスカの横顔を眺めながら、こういう大人にだけはなりたくない、と心に誓うユイカだった。
雲雀ヶ丘のゲンドウ宅。
居間の机の上にリボンを掛けられた小さな包みが乗っている。
「シンジ・・・」
ぼそっと息子の名前を呟く。
ゲンドウは2日前のことを思い出していた。
発令所の司令席、隣りには内務省国家安全保障局の局長が、まるで使徒戦役当時の冬月のように立っている。
スピーカーから流れる報告にじっと耳を傾けるゲンドウと、苛立ったような局長。
『容疑者らしい男に姿を見られました、追いかけます!』
「シンジ、動くな!
安保局の者が行くまで待っていろ!」
ゲンドウはマイクに向かって叫んだ。
冗談では無い。
思い詰めて倒れないように現場に出したのであって、最前線に立たせる気は毛頭なかったのだ。
それを知っている加持は当然返事ができないだろう。
ゲンドウがさらに言葉を続けようとした時、シンジが叫んだ。
『事件はNERV本部で起きてるんじゃない!
現場で起きてるんだっ!!』
ゲンドウは目を見張った。
これが本当にあのシンジか?
自分の目を恐れ、いつも嫌々エヴァに乗っていたシンジか?
『加持さん!』
唖然とするゲンドウの耳に、なおもシンジのじれたような声が響いた。
ゲンドウが固まっている間に、加持が叫んだ。
『シンジ君、確保だぁっ!!』
スクリーンの中で加持が椅子を蹴って立ち上がった。
「加持2佐、どこへ行く?」
『現場ですよ』
ゲンドウの問いかけに、加持はフッと男くさい笑みを浮かべると部屋を出て行ったようだ。
「碇さん、この件は上でも問題になりますよ・・・」
「そんなことはどうでもいい」
「そんなことですとっ!?」
「君は気が付いたかどうか知らんが、突入の許可を求めてきたのは、私の息子だ」
「だからどうしました?」
苛立ち紛れに冷笑を浮かべる局長を、ゲンドウは14年前もかくやと言わんばかりの視線で睨みつけた。
「君には解るまいな、自分の息子を最前線に立たせる気持ちなど・・・」
「すみません、軽率でした・・・」
局長は素直に詫びると、フッと寂しそうに笑った。
「実は私、今から5年前に息子を無くしましてね。
私の真似をして、内務省の公安官になりました。
強盗事件でしたよ。
常に勇敢であれと言い聞かせていたせいで、強行突入の時にも先頭にいました。
一発、食らいましてね・・・。
・・・ここでしたよ」
そう言って人差指でこつこつと自分の頭を突く。
ゲンドウは黙って聞いていた。
「防弾チョッキもくそも無い。
帰って来た息子は、頭の半分が無かった。
妻と娘には、見せられませんでしたね、あれは・・・」
再び寂しげな笑み。
「息子さん、勇敢ですね。
いい捜査員になれるでしょう」
「あぁ。
私の息子だからな・・・」
ゲンドウの言葉に、局長は羨ましげに頷いた。
しばらく後、保安諜報部員の報告が入る。
『本部、本部、どうぞ』
「私だ」
『11時11分、容疑者の身柄を確保しました』
「ユイカは?」
ゲンドウは、最も気になっていたことを聞いた。
『はっ、ご無事です』
「そうか・・・」
思わず安堵のため息が出る。
無線機の背後で誰かの叫び声がする。
何を騒いでいるのかは判らないが、ただならぬ雰囲気だけが伝わってきた。
『司令、現場の捜査員が撃たれて重傷です』
報告していた捜査員が、慌てた様子で報告してきた。
「誰だ?」
『作戦部の碇2尉です』
「そうか・・・、ご苦労だった」
言うなりゲンドウは、すぐさま立ち上がった。
「碇さん・・・」
「気にするな、君のせいではない」
「私も行かせて下さい」
一瞬目線を会わせた後、ゲンドウは一言呟いた。
「いいだろう」
ゲンドウは走った。
発令所から、エレベータ内を除いて、車に乗り込むまでの全てのルートを走った。
駐車場に駆け付けた二人の目の前に、一台の車が走り込んできた。
「司令ッ!
乗って下さいッ!!」
窓を開けてマコトが叫んだ。
二人が乗り込んだのを確認したマコトは、ものすごい勢いで車をスタートさせた。
リニアエレベータに車を入れるまでは猛スピード。
地上についてからはサイレンを鳴らし、パトライトを点灯し、外国映画のカーチェイスのように街を疾走する。
メディカルセンターの駐車場に走り込むのと、加持の車が到着するのは同時だった。
現場からまっすぐ来た加持と地下深くから上がってきたゲンドウ達が同時なのだから、マコトがどういう運転をしてきたかは推して知るべしだろう。
ドアを閉めることも忘れて飛び出したゲンドウは、ストレッチャーに乗せられて運ばれて行くシンジを追いかけた。
「司令!」
「加持2佐、君はすぐ現場に戻って指揮を取れ。
シンジには私がつく」
「はい!」
加持が走り去る。
「おじいちゃん、パパなら大丈夫。
寝てるだけだよ」
ユイカが眠い目をこすりながら告げる。
「寝て、いる?」
ゲンドウの目が点になった。
「アイツ、3日間寝てなかったんです。
傷はたいしたことないみたいだから、安心して下さい」
アスカの説明に大きくため息をついたゲンドウは、全身の力を抜いた。
そこへマコトに案内されて局長が近付いて来た。
アスカの目が注がれたのに気付いた局長が自己紹介する。
「私は内務省国家安全保障局局長の立花です。
お嬢さんは、負傷した捜査員の妹さんか何かですか?」
「負傷したのはアタシのフィアンセです」
「これは失礼・・・」
「その声・・・。
アンタが、管轄うんぬんで騒いだおっさんね!
シンジがケガしたのはアンタのせいだわ!」
「アスカ君、よさないか・・・」
「でも・・・」
「内務省を呼んだのは私の判断だ」
アスカは立花を睨みつけたままぐっと押し黙った。
そこへ看護婦が走って来る。
「司令、碇2尉、傷はたいしたことないのですが出血が意外に酷くて・・・」
「私のを使え、血液型は同じだ」
「碇2尉の血液型は?」
「AB型RH+です」
立花の問いに看護婦が答えた。
「なら、私も同じです。
付き合いましょう。
あなた一人で足りるかどうか解らんでしょう?」
「立花君・・・」
「そちらのお嬢さんじゃないが、責任の一端が私達にあるのは事実です。
私の血で贖えるなら安いものです。
碇2尉の受けた苦痛にくらべればね」
ふっと照れたように笑うと、ゲンドウと頷き合う。
「日向3佐、すまんがあとを頼むぞ」
「了解です」
マコトの返事を確認すると、看護婦について治療室に消えて行った。
その後初めてシンジの姿を見た立花は、その若さにものすごく驚いた様子だった。
「碇さん、あなた・・・」
「ここだけの話だが、シンジはかの有名なサードチルドレン本人だ。
ちょっとした事故で時が止まっているだけだよ、14年ほどな・・・」
「しかし・・・」
「君はシンジの命の恩人だから話しただけだ。
解っているとは思うがな・・・」
「もちろんです。
こう見えても、私の記憶力は人並み以下ですからね」
不器用にウインクして見せる立花に、ゲンドウはいつもの調子でにやりと笑った。
「ゲンドウさん、まだ起きてたの?」
「あぁ、もう寝る」
リツコの声に記憶をたぐるのをやめ、寝るために立ち上がったゲンドウは、テーブルの上の包みを一瞥してふっと微笑むと、電気を消して寝室へと向かった。
翌日放課後、惣流家のキッチンは戦場だった。
朝学校へ行く前、レイに続きを頼んだ作業を、学校から大あわてで帰ってきたアスカとユイカが手伝ったのだが、アスカの担当部分がとにかくうまく行かないからだ。
とうとう限界に達したユイカの怒声と共に、アスカはキッチンを追い出されてしまった。
「ハイハイハイ、シケた顔しないで。
アンタもこっち来て一杯やんなさいよ♪」
「担任教師が生徒にそういうことすすめていいワケ!?」
リビングのテーブルにビールとつまみを広げていたミサトに、アスカは腹いせ代わりに悪態を付いた。
その横でミユキがジュースとポテトチップスを忙しく口に運んでいる。
「いいじゃない、あんただってナリはともかく中身は28でしょうが。
いっつものことじゃないのぉ♪」
「学校へ行きだしてからは週末だけって決めてるのっ」
ミサトもこの日だけは特別とばかり、ありったけのパワーを動員して仕事を終わらせ、定時に下校していたのだ。
アスカとユイカが急いで帰宅できたのも、ミユキ共々ミサトの車に乗せられたおかげだ。
「だいたい、今から出来上がっちゃったら向こう行ってからどうするのよ?」
「いいのいいの、どうせ向こうじゃ飲めないんだから」
キッチンを追い出されてしまったことがまだ納得できないアスカは、どすんと座り込むと手近にあったクッションをぎゅっと抱きかかえる。
「あんた、そういうとこ変わらないわね、ホント・・・」
ミサトが懐かしそうに微笑む。
確かに、クッションの代わりにペンペンを抱きかかえていれば、まさに14年前のそのままだ。
「ミサトのビールもね」
「ふふっ、そうね♪」
アスカが逆襲するが、それもミサトの笑みに跳ね返されてしまった。
元作戦部長のATフィールド、なおも健在。
「ところで、アンタのところは準備できたの?」
「当然じゃない。
うちはそれなりに優秀なコックがいるのよ」
「コック?」
驚いたアスカに、ミユキがそっと耳打ちする。
「パパですよ、アスカさん」
「加持さんが?」
「新婚の時、ママの手料理で3日間寝込んでから、パパが担当するようになったんですって」
「それからずっと?」
「最近は私もやるけど・・・」
「んじゃ、ミサトってば、まだ一度もキッチンに立ってないの?」
「はい」
ヒソヒソ話のつもりだったのだろうが、耳をダンボにしていたミサトの音響センサーに、見事に引っかかったようだ。
「ミユキぃ、あんた来月のお小遣い、いらないのね。
助かるわぁ、あたしのビール代にまわしちゃおっと♪」
「ママァ・・・(T.T)」
ニヤッと笑うミサトに、ミユキは情けない顔で縋り付いた。
元作戦部長の情報探知能力、恐るべし。
やがてキッチンからユイカとレイが出て来る。
その手には大きな箱が抱えられていた。
「できたわよ」
「んじゃ、行きますかぁ」
「ミユキ、リョウジ呼んで来て」
「はいっ!」
これ以上心証を悪くしてたまるかとばかり、ミユキは脱兎のごとく駆け出して行った。
加持の運転する車内。
後ろに座るアスカに、助手席からミサトが声をかける。
「そういえばあんた、作戦副部長ですって?」
「って言っても形だけよ。
ようはシンジとユイカのことは自分で守ってやんなさいッてことだから」
アスカは面白くなさそうに答える。
「いいじゃないの。
親の務めでしょうが。
それでお給料もらえるんだもの、ありがたく思わなきゃ」
ミサトはあいかわらずいつもの調子で返した。
「でもさぁ、ってことは、部長は誰よ?」
「それはアタシも聞いてないわ。
加持さん、なんか知らない?」
「さぁな。
おいおい解るさ」
加持は軽く笑みを浮かべると、それだけを答えた。
「リョウジ、何か知ってるんでしょ?
隠すなんて面白くないわね」
「いいからいいから。
さぁ、ついたぞ」
広い駐車場の一角に車を止めると、手に手に荷物を持っており立つ。
玄関を通って顔見知りを見付けた加持は、手をあげて合図した。
「首尾は?」
「はい、言われたとおりにしてありますが・・・。
本当にいいんですか?」
「いいさ。
司令の許可は取ってある。
というよりは、司令直々の指示だぞ、これは」
「ならいいんですが・・・」
「君も、暇なら参加してもいいんだぞ?」
「はぁ・・・」
ぱちっとウインクしながらそっと囁くあたりは、まさに加持リョウジだ。
ぽっと頬を染めた話し相手の態度から何が行われているのかを察したミサトが、後ろからそっと囁く。
「リョウジ君、あたしのカレー、食べたいのかなぁ?」
「おっとイカンイカン、早いこと準備しなきゃな」
一瞬青い顔になり、それでも何とかしれっと躱した加持は、先頭に立ってエレベーターホールに歩いて行く。
「冗談はともかく、来てもいいわよん♪
こういうのは、人数が多い方が楽しいんだから」
「は、はぁ・・・」
困ったような顔で曖昧に返事をするその女性を置いて、一行はぞろぞろと加持の後を追った。
部屋には既に、ゲンドウとリツコが来ていた。
加持に続いて入って来たミサトが挨拶をする。
「司令、ご無沙汰してます」
「あぁ、久しぶりだな」
「やっほ、リツコ、無事で何より」
「シンジ君とアスカのおかげよ」
「でも、二人してここに来ちゃって、イイの?」
「えぇ、問題ないわ。
留守は日向君とマヤに任せてあるもの」
「昔と違って人任せなのね・・・。
まぁ、いっか。
さてと、じゃぁ、準備しますか」
持って来た荷物を準備されたテーブルに置き、必要な物の入った包みを開けると、準備に取りかかった。
「それはこっちのほうがいいだろう」
とゲンドウが言えば
「いいえ、このほうが」
と加持が答える。
「あ、ユイカ、それ取って」
とアスカが言い
「はい、ママ」
と言われた物を手渡す。
「こんな感じ?」
とミユキが確認し
「そうね、いい感じよ」
とミサトがOKを出す。
「どう、レイ?」
とリツコが自慢げに問えば
「問題無いわ」
とレイが返す。
そんなやり取りがしばらく続き、準備は順調に進んで行った。
「さぁてできた。
後は、アイツが来るのを待つだけね」
アスカが全体の出来具合を確認して言った。
うなりを上げていた検査機が止まり、カバーが開く。
シンジは看護婦の助けを借りて起き上がると、松葉杖をついて立ち上がった。
緊急処置カプセルと、エヴァの細胞復活技術を利用した治療で、本来ならいまだにICUのベットにくくりつけられているような負傷をしたシンジも、ここまでの回復を見せていたのだ。
検査データを見ていた医師は、シンジを座らせるとにこっと微笑んだ。
「経過は順調だ。
この分なら金曜日には退院できるだろう。
まぁ、杖はしばらく放せないと思うが、来週から学校へ行くのも問題なかろう」
「はい、ありがとうございます」
医師はちらっと横目で時計を見て、約束の時間なのを確認した。
「今日の検査はここまでだ。
戻っていいよ」
「はい」
シンジは、看護婦がくすくす笑っているのに気が付き不思議そうな顔をしたが、一瞬足を止めただけですぐに検査室を出た。
扉が閉まったとたん、耐え切れなくなった看護婦が笑い出す。
「先生、役者の方が向いているんじゃないですか?」
「医者と役者は芝居ができなきゃ務まらんよ。
しかし、司令の我が侭にも困ったものだな・・・」
言って胸ポケットからタバコを取り出そうとする。
「先生、喫煙は」
「はいはい、解ってますよ。
じゃぁ、あと頼んだよ」
「はい」
まだおかしそうにくすくす笑う看護婦を置いて、医師は休憩所の喫煙コーナーめざして消えて行った。
シンジが病室の前に戻って来た。
昔と同じく個室が与えられている。
床面積は一般病棟と同じ広さなので、かなり贅沢に感じる配置だが、何度も何度もの戦闘の負傷でこの環境に慣れてしまっていたシンジには、たいして気にならなかった。
キーロックのボタンを押す。
数字は20010606、自分の生年月日だ。
覚え易いので、パイロット時代からずっと愛用している数字だった。
ロックの外れる音、圧縮空気の音。
ドアが開かれたとたん・・・、
ぱん!
ぱぱぱん!
ぱぱん!
破裂音に続いて、細い紙テープが舞う。
「シぃンジっ」
「「「「「「「「お誕生日、おめでとう!」」」」」」」」
アスカの声に続いて、全員が声を重ねる。
ベットが脇に寄せられた病室の真ん中に大きなテーブルが置かれ、色とりどりのご馳走と、上座にはケーキも置かれている。
シンジは、今日がキーロックの数字と同じ日付けだったことを思い出した。
「み、みんな・・・」
「さぁ、座った座った」
アスカとユイカが席に案内する。
上座に座らされたシンジに白いたすきが掛けられる。
赤い派手なリボンで縁どりされたたすきには、「本日の主役」と書かれている。
ケーキの上には蝋燭がずらっと・・・。
「多くない?」
「今年は何年?」
「何年って、アスカ。
2029年でしょ?」
「お前の生まれは何年だ、シンジ?」
「2001年だよ、父さん」
「パパ、算数の問題です。
29引く1は?」
「28だよ、ユイカ」
「つまりシンちゃんは28歳なのよ、今日で」
「う゛・・・」
蝋燭に火が灯される。
部屋の照明が落とされる。
「いちにのさん
Happy birthday to you
Happy birthday to you
Happy birthday dear Shinji
Happy birthday to you.
おめでとう!」
シンジが蝋燭を吹き消す。
拍手とともに電気が点く。
「あ、ありがとう、ありがとう、みんな」
「それ、アタシとユイカとレイで作ったのよ」
「さぁ、食べましょ」
リツコの合図で、会食が始まった。
加持家を代表してミユキがプレゼントを渡す。
それは淡いアイボリーのサマーセーターだった。
「ありがとう」
加持が包みを2つ取り出す。
「これは、錨田さんと、北総署一同からだ」
まず「北総署一同より」と書かれた包みを開けたシンジの目が点になる。
それは手錠だった。
「リヒャルト・ローレンツに掛けたヤツだそうだ。
記念にもらってくれってさ」
「あははははは・・・・・・」
シンジは引きつった笑いを浮かべた。
もう一つの包みを開けたとたん、シンジの引きつりが固まった。
「要人警護マニュアル」と題された本だ。
「必要になるはずだって、錨田さんが言ってたぞ」
加持がウインクして笑う。
「あぁ〜っ!
まさか!」
アスカが奇声をあげる。
それを手で制したゲンドウが、シンジに小さな包みとバインダーを手渡した。
「それが私達からだ」
恐る恐る開けると、包みの中は小さな電子システム手帳だった。
続けてバインダーを開いたシンジは、綴られた辞令を読んだ。
1枚目で表情が暗くなり、2枚目で複雑な笑みを浮かべ、3枚目で目が点になった。
「父さん・・・」
「同様の通知はアスカ君には昨日に通達済みだ」
ゲンドウはいつものニヤリ笑いを浮かべる。
バインダーを奪い取ったミサトがそれをめくる。
「なになに?
作戦部、碇シンジ2尉ってシンちゃん、あんた2尉になってたの?
で、今回の事件における独断専行、待機命令無視、無免許運転。
あちゃぁ、なによぉ、勝手に車使っちゃったのぉ?
各種の違反行為により、一階級降格を命ずる。
わぁ、あんた、ずいぶんと派手にヤッたのねぇ・・・」
ミサトがいちいち感想を入れながら読み上げる。
ゲンドウ、加持、リツコの3人はおかしそうににやにや笑っている。
「で、こっちは?
碇シンジ3尉、今回の事件における功績を大なるものと認め、二階級特進、1尉に任命する」
うわお!
あたしでも、ここまではなかったわよん♪
すっごいじゃないの!
コリャ次の辞令が楽しみねん、っと・・・。
え゛!?
司令、マジっすかぁ?」
「あぁ、大まじめだ」
「碇シンジ1尉、作戦部長に任ずる。
兼ねてセカンドチルドレン、及びその娘の専属警護官に任ずる。
あっちゃぁ、あの頃のあたしに並んだワケェ?」
「やっぱりぃ!」
アスカがそれを奪い取って確認している。
「父さん、これって・・・?」
「自分の妻と娘は自分で守れ。
お前にならできるはずだ。
作戦部は総員2名、お前たち2人だけの組織だ。
夫婦で互いに守り、娘を守る。
家族として当然のことをしろと言っているだけだ。
職員としての給与も出る。
これで大学を出るまでの生活費にも困らんだろう?」
「父さん・・・、いえ、司令。
謹んで拝命します」
シンジは表情を引き締めてそう答えた。
「あぁ、問題ない」
「シナリオ通り?」
「あ、あぁ・・・」
ゲンドウ譲りのニヤリ笑いでお得意の台詞を奪って答えるシンジと、困ったように微笑むゲンドウ。
病室に笑いが起った。
「よろしくね、部長さん」
「こちらこそ、副部長さん」
ちゅ!
「おぉ!
シンちゃんってばだぁいたぁ〜ん♪」
それまで黙っていたユイカがとことことシンジの横にやって来る。
気付いた加持とミサトがにやにや笑いを浮かべる。
レイとミユキも興味津々で見ている。
ゲンドウとリツコも何となく解ったようで、微笑んで見守っている。
そっと反対側に近付いたユイカが、ミサトに冷やかされて俯くシンジの肩に手を置く。
アスカに対抗意識を燃やして、その頬にキスをする気のようだ。
「パァパ♪」
呼ばれたシンジが振り向いた。
そこには、頬に第一次接触を試みようと急速接近したユイカの顔があった。
ちゅっ!
沈黙が病室を支配する。
ぼん!
一瞬にして真っ赤になったユイカがへにゃっとくずれる。
慌てて駆け寄ったレイとミユキが、活動停止したままのユイカをベットに運び上げて寝かす。
「ユイカちゃん?」
「ちょっと、ユイカ、ユイカ?」
「パパとキス・・・、ファーストキス・・・、パパと・・・、ふにゃぁ〜〜〜」
幸せそうにふやけるユイカ。
「だめだコリャ・・・」
ミユキは思わず肩をすくめた。
「バァカシンジッ!
自分の娘になんてことすんのよっ!」
「いや、その、これは事故だよ!」
「シンちゃぁん、ちょっちモラル厳しいんでなぁい?」
「ミサトさぁん!」
「シンジ君、俺を超えたな、君は」
「加持さんまで」
「シンジ、お前には失望した」
「無様ね」
「父さん、母さん・・・」
「あ、このから揚げオイシイ!」
「もがふご!」
「俺の腕もたいしたモンだろ?」
「シンジには負けるけどね」
「うごうご」
「加持君、意外な才能よね」
「りっちゃんの「至高のメニュー」には負けるさ。
この出汁巻きなんて、俺じゃこの味は出せないよ」
「うが、もごう!」
「リョウジ、リツコ、今度対決したら?」
「キッチンスタジアムなら、NERVで準備しよう」
「おおっとぉ、鉄人碇リツコに挑戦者パパは勝てるのでしょうか、注目の対決です!」
「ふがふが」
「シンジ君、かわいそう・・・」
「いいのよレイ!
娘のファーストキス奪うような鬼畜、あれで十分!」
レイが見つめる先には、後ろ手に北総署進呈の手錠を掛けられ、上から「主役」たすきで椅子に縛りつけられ、タオルで猿轡をされて部屋の隅に置かれたシンジがいた。
ベットの上には、いまだ幸せそうにふやけるユイカの姿。
アスカはシンジの所に来ると、手にしたから揚げを目の前にかざす。
「欲しい?」
「うが?」
「これ、欲しい?」
「うごうご」
シンジの首が、せわしなく上下に揺れた。
「あげない」
そのままそれを引き上げ、自分の口に運ぶ。
涙目になってアスカを睨むシンジ。
アスカは手を腰に当てると、ふんぞり返って問いかけた。
「何か言いたいこと、ある?」
「うごうご」
しきりに頷くシンジに、猿轡を解いてやる。
「ぶはっ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「何が言いたいのよ?」
「誰か僕に優しくしてよぉ!」
夜の病院に、シンジの心の叫びがこだました。
ドモドモ、J.U.タイラーでっす!(^^)/
はい、第六話をお届けします。
誘拐事件の書き残し&後日談+シンジの誕生日パーティー。
誘拐事件の方は、どうしても書きたかったシンジ負傷後のゲンドウの動きを書きました。
モデル、というかネタをパクらせてもらった「踊る〜」は本店さんは非情な態度ですが、こちらは何と言ってもサルベージされたと分かったとたん駆けつけて来たゲンちゃんですから、絶対に何かやらかしてくれるはずです。
それが書きたかったんですね。
それにオペレーターズのことも触れておきたかったし。
とりあえず今回はまずマコト君からです。
後日談はというと、彼らの生活についての憂いを消したかったからです。
本家本元のヒロポンさんの「パパゲリオン」はゲンドウが死亡扱いで遺産が、アスカはNERV職員兼学校の先生ということで給与収入があります。
しかしうちの場合、みんな揃って中学生ですから、どう考えても収入が無い。
そこでゲンドウに親馬鹿率400%暴走使徒喰いモード(^^;で動いてもらいました。
後半の誕生日パーティーですが、わたしゃ素直じゃ無いンで、ちょいとシンジ君に意地悪してみました(^^;
まぁ、まだマシな方でしょう。
このメンツで酒が入ったら、多分この程度じゃすまないはず(^^;
病院でよかったね、シンジ君・・・。
次回予告
事件から1ヶ月。
普通どおりの日常。
そこに忍び寄る新たな陰。
アスカに訪れた最大の危機。
次回、第七話 「奇跡の勝ちは?」
奇跡は起してこそ価値がある物よん♪
By Misato Kaji
でわでわ(^^)/~~