ぱぱげりおんIFのif・第七話
奇跡の勝ちは?
平成13年3月31日校了
七月というのは、学生という身分を持つ者たちにとっては水戸黄門のテーマ曲さながらの月だ、という意見がある。
つまり「人生楽ありゃ苦もあるさ」だというのだ。
どういうことかと言えば、夏休みが始まるのが7月21日ということが「楽」だ。
約40日間に渡って訪れる長期休暇、社会に出てしまった大人達にとっては、海に山にと毎日毎日駆け回る子供たちの姿が、ある種の羨望と郷愁を持って迎えられる時期だった。
よく勘違いされるのが、教師もこの期間休んでいるのだから羨ましい、ということだ。
これは大いなる勘違い。
教師は実際には世間一般と同じく、盆休み期間ぐらいしか休めない。
成績の悪い学生がいると、補習授業を行わねばならないこともある。
進学校では夏期講習という名の特別授業を組んでいたりもする。
新学期からの3ヶ月を反省し、長い2学期に備えて準備する期間でもある。
卒業学年担当などになると、進路決定前の重要な時期だけに、進学、就職などのための資料集め、授業体形の再構築、会議などもある。
授業を受け持っていない期間だからこそできること、やらねばならないことが山積しているのだ。
余談はさておき・・・。
では「苦」とはなんなのか?
思い返してほしい。
夏休み前、何か大きなイベントがなかったかを・・・。
学歴偏重社会、成績至上主義の学校という場所において、1学期の学業の総決算となる巨大イベント。
そう、期末試験であるっ!
2029年の日本でも、学生達にとっては悲しい事に、セカンドインパクトを乗り越えてその制度が存在した。
1年間の学校生活を3分割している学期に合わせて言えば、これはまさしく、ファーストインパクトに他ならない。
そして今、第壱中学校2年A組に在籍するクラスメートとして、あるいは警護官とその警護対象という肩書きをもって日常を送る親子3人の目の前にも、このファーストインパクトという一大危機が迫りつつあった。
もともと右脳的才能に恵まれ、文系にはさほど苦痛を感じない上、将来展望のおかげで理系にも目覚ましい発展の兆しを見せつつある一見少年、実は御歳28歳の碇シンジ氏。
両親の勤め先が世界最高権威の学術研究団体、実の祖母2人と母、そして継祖母までもが天才科学者という周囲の環境が幸いし、人並みに努力すれば人並みの成績を十分に維持できた御歳14歳の花も恥じらう乙女、正真正銘マジリッ気ナシ100%、掛け値なしの美少女(ちとしつこい・・・(^^;・・・)、惣流ユイカ嬢。
飛び級で若干14歳にして大学をも卒業した天才的頭脳の持ち主、加えて愛する夫を取り戻すべく青春の全てを捧げて研究生活に没頭し続けた一見少女、実は御歳28歳の惣流アスカ嬢。
この家族3人にとってなら、世間一般的な基準からすればファーストインパクトなど物の危機では無いはずだ。
いや、「だった」と言うべきだろう。
なぜなら、家族3人の中で最も恵まれた頭脳を誇るはずのアスカには、とてつもないハンデがあるからだ。
「で、どこが解らないのさ」
リビングのテーブルに端末を乗せ、授業を聞きながら記入したノートを前に、七転八倒する妻の姿を見かねたシンジは、なかば諦めにも似た心境で苦笑を浮かべながら質問した。
「ここよ」
端末のパッドに白魚のような指を滑らせ、ポイントした部分。
シンジは「やっぱり」という言葉を苦笑と共に飲み込んで、そこを発音して聞かせた。
それを数ヶ所繰り返す。
それだけでアスカは問題をすらすらと解いて、正解を導き出した。
「アスカ、漢字、今でも苦手?」
「パーツの組み合わせで読みも意味も変化する文字なんて、美しくないわよ!」
その言葉が、微妙にシンジの琴線を刺激した。
「日本語は世界でも上位にランクされる美しい言語だよ。
そう言ってたのはアスカじゃないか」
シンジにつられて、アスカのボルテージも上がる。
「アンタバカぁ?
あれは会話よ、かぁ、いぃ、わっ!
言葉の流れだけで言えば、美しさはフランス語の次くらいだと思うわ。
でも、文章にしたとたん世界で一番美しくなくなるのよ!」
「ママは理数系だもんね・・・」
ユイカも半ば呆れて、見ていたテレビドラマから目を離して会話に加わる。
「確かに漢字って、絵画的センスが必要かもしれないね。
へんとか作りとか、そういう部品単位で組み合わせるだけで、色々なことを表現するから」
「アルファベットの並びだけで文章を書く言葉に慣れてるママには、やっぱりキツいのかな?」
「例えばアスカ、これはなんて読む?」
シンジは手近にあった紙に「富士山 双子山 大山」と書いた。
「フジヤマ、フタゴヤマ、オオヤマでしょうが」
「ちがうよ。
これはフジサン、フタゴヤマ、ダイセンだよ」
「なんでよっ!
全部山の名前でしょ?
何とかヤマって呼べばいいじゃない!」
「英語じゃ全部マウントなんとかだもんね・・・」
「日本語は、同じ字を書いても発音が変わるんだよ」
「あぁ〜っ、もぉ!」
アスカは苛立って、その紙をくしゃくしゃに丸めると、ぽいっと投げ棄てた。
「英語が公用語だったらなぁ・・・」
「役所の書類とか、仕事の論文とかって、どうしてたのさ?」
「それ、この前ユイカにも言われたのよね・・・。
役所は外国人窓口で英語使ってたわ。
論文だってドイツ語で書けば、MAGIが自動翻訳してくれたし・・・」
「科学で守られてるわけか・・・」
「そうよ、科学万能の世の中ッたって、結局はあたしたち人の力で実現したんじゃない。
利用しない手はないわ」
「その怠慢がこの悲劇を生んだって、考えないのかな・・・」
「でも、おかげでこうして助かってる人もいるわ。
せっかくあるものは使わなきゃ損でしょ?」
「損してでも、ちゃんと自分の手でやってるって実感できる生活を望むよ、僕は・・・」
「わたしも・・・」
話は数日前に遡る。
第壱中学校では、中間、期末の定期試験の他に、各教科で授業カリキュラムの単位ごとに小テストが行われている。
2−Aの分の結果通知が担任であるミサトの机の上に置かれている。
ミサトは頭を抱えて悩んでいた。
「どうしたんです、加持先生?」
隣の机に座る副担任の教師、山岸マユミが声をかけて来る。
「あ、山岸先生・・・。
これよこれ・・・」
「この前の小テストですか?」
「そうなのよぉ。
あの転校生がねぇ・・・」
「碇君と惣流さんですか?」
「こういうの、信じられる、あなた?」
ミサトが指差すところを見て、マユミも目を丸くする。
「わぁ、碇君、すごいじゃないですか!
前回から平均値が8も伸びてるわ。
こういうのも、才能なんですかね」
「まぁ、NERVの跡取り息子だし、シンジ君はいいのよ、シンジ君は・・・」
転入生だったため50音順の一覧の下に付け加えられたシンジの欄の下、アスカの欄にいくつもの赤いアンダーラインが引かれている。
中には数字そのものが赤いところもある。
「あっちゃぁ・・・。
これ、碇君と平均値で50近く開きがありますね」
「でしょう?
やんなっちゃうわよ、もう・・・」
「結構まじめに授業受けてるみたいですけどねぇ・・・」
「同じ惣流でもユイカはけっこういい成績なんだけどなぁ・・・。
やっぱり、帰国子女っていうのがハンデなのかしら・・・」
「お姉さんはNERVきっての天才科学者だったんでしょ?」
「育つ環境とか条件で、例え双子だって能力には差が出るわよ、そんなの」
「そうですね・・・」
「このままじゃオール2、いえ、国語と社会は間違いなく赤よ、この子・・・」
「困りましたね・・・。
私、補習なんてやりたくないです」
人間誰しも少しでも休みたい。
夏休みに余計な仕事が増えるか否か、瀬戸際に立たされたせいで、思わずマユミの口から本音がこぼれる。
「あたしもよ。
・・・ようしっ!
ここは一つ担任としてじゃなく、お隣のよしみで特別に鍛えてあげなくっちゃね」
終礼の後、シンジ達は3人揃って進路指導室に呼び出された。
小テストの結果通知を片手にしたミサトが口を開いた。
「シンちゃん、よくがんばってるわ。
かなり伸びてるわよ、成績」
「あ、はい・・・」
複雑な表情を浮かべて、曖昧に返事をする。
「ユイカも、けっこういいわね。
このぶんだと、中の上。
あんたも安泰ね」
「えへへ」
照れ笑いを浮かべる。
「よかったわねぇ、2人とも、お誉めに与って」
皮肉っぽく流し目をするアスカに、シンジとユイカは曖昧な笑顔で答えた。
なぜ今揃ってここにいるか、何となく理由が解った気がしたからだ。
1人気付かないアスカは、身を乗り出して聞いた。
「アタシは、アタシは?
もちろんこの2人が足下にも及ばないような成績でしょ?」
「そうねぇ」
ニヤッと笑って見せる。
「確かに足元にも及ばないわ。
シンちゃんやユイカのね♪
あぁなぁたぁがっ!」
最後の「あなたが」を特に強調して、びしっと顔に指を突き付けて言ってのける。
「ミサトぉ、日本語は正確に使うものよ」
「あんたに言われたかないわよっ!
自分で見てみなさい・・・」
アスカの皮肉に憮然とした表情を浮かべたミサトが、3人分だけの欄をプリントアウトした物を、テーブルの上に置く。
「何よこれぇ!」
「アスカ、あんた15年近くこの国にいて、まだ日本語が苦手とは思わなかったわ」
まるでリツコが話しているような、抑揚を押さえた厳しい言葉だ。
「たかが中学生のテストの設問にあんな難しい字を使うからよっ!
だいたい、国語のテストでもないのに、正しい漢字で答えなきゃマルをくれないなんてっ!
ずぇったいにおかしいわよっ!」
「日本じゃそういうわけにいかないのよ。
あんた、郷に入っては郷に従えって言葉、知らないの?」
「そんなの知ってるわよ、あれでしょ。
防空壕に入ったら、そこでの指示に従っておとなしくしてなさいってヤツよね。
避難したシェルターで行動を統制するための言葉よ」
胸を張って堂々と答えるアスカ。
あまりにも突拍子もない答えに、他の3人は目が点になる。
「な、何よ・・・」
「あんた、よく防空壕なんて古い言葉知ってるわね。
とにかくよ、今度の試験で赤取ったら、アスカは夏休み無くなるからね」
「何でよっ!?」
「補習授業やるからよ」
「でぇ〜っ」
「規則じゃこういうことするのは禁止なんだけど・・・。
あんたには特別に試験対策の課題をあげるわ。
出題範囲と対策用模擬試験問題集よん♪
これやっとけば間違い無いはずよ」
渡された大容量メディアディスクと、出題範囲のプリントアウト。
受け取ったアスカは、その容量の表示と紙の多さを見て驚いた。
「えぇ〜ッ!
こんなに範囲が広いのぉ?」
「そうよ。
4月からのあんたの成績と、各教科の先生の出題傾向からの予測されるデータを元に構成したの」
「試験までの期間でこれって、ものすごいことですよ?」
シンジも思わず呟く。
「これ位やっとかないとアスカ、あんた根こそぎ赤のオンパレード、夏休みは全てなくなるわよ。
そんな訳で、あんたたち3人、協力して試験対策やりなさい」
「ミサトさん、この模擬問題って、どうやって決めたの?」
今まで黙っていたユイカが口を開いた。
「勘よ」
「「「勘〜んっ!?」」」
「そうよ、女の勘よ」
「なんちゅうアバウト・・・」
「ミサトさん、宝くじ一度もあたったことないよね、わたしが生まれてから」
「違うよ、ユイカ。
僕が知り合ってからずっとだよ・・・」
「コリャ、奇跡だわね・・・」
「奇跡は起してこそ価値がある物よん♪
そうねぇ、アスカが赤点免れたら、みんなにステーキ奢ったげるわ」
「ホントっ?」
「約束するわよん♪」
「やったぁ!」
最近家計の苦しいことを実感しているユイカとシンジは素直に喜んだ。
アスカはちょっと表情をゆがめると、意地の悪い笑顔を浮かべる。
「とか何とか言って、ごみぃん、今ちょっち厳しいのぉ、はナシよ。
今回は、いつぞやみたいにラーメン屋じゃ勘弁しないからね」
「あら、懐かしいわねぇ。
大丈夫よぉ。
こうみえても旦那と合わせりゃけっこうな稼ぎなのよん、ウチ」
「決まった!
勝負よ!」
「期待してるわねん♪」
帰り道。
ユイカが腕を組んだシンジに話しかけた。
「パパ、さっきミサトさんが言ってた、懐かしい、って、何?」
「あぁ、あれ?
昔ね、この街に使徒が落ちて来るのを、手で受け止めたことがあったんだ」
「そうそう、あの時も勝ったらステーキ奢るって言われたのよね」
「へぇ、すごい!
ねぇパパ、それってどのへん?」
シンジは街並みを眺めて、一点を指差した。
「ちょうどあの辺りかな?
ほら、あの団地があるあたり」
「ふ〜ん・・・」
「そうね、今でこそ住宅地になっちゃってるけど、あのあたりに小さな山があったのよね」
「その上にドカン!
あの時は必死だったけど、後で見に行ったらすごいクレーターができてたよ」
「あの時って、珍しくレイがアタシに指示出したのよ。
弐号機、ATフィールド全開!って」
「そうだったよねぇ・・・」
ユイカは両親の顔を眩しそうに眺めた。
この2人が、間違いなくこの街を救ったんだ。
私に未来を与えてくれたんだと実感できたからだ。
「パパもママも大好きッ!」
ユイカは、ガードレールに手をかけて街を眺めながら昔話をする2人に飛びついた。
「何よ急に、おかしな子ね」
「いいの♪」
「さぁ、帰ろうよ」
「「は〜い」」
夕焼け空に照らされて長く伸びた三つの陰が、仲良く家路についた。
夜の寝室。
ダブルベットに並んで寝ているシンジに、アスカがそっと声をかけた。
「シンジ、起きてる?」
「うん・・・」
「アンタ、どうして勉強するの?
お義父様とかリツコに誉められたいから?」
「違うよ。
NERVに入るためさ。
僕は父さんの跡を継ぐ、そう決めたからだよ」
「ふぅ〜ん・・・」
「僕の一生は、アスカとユイカを守るためにあるんだって、そう実感したんだ、この前」
「それとNERVが何の関係があるのよ?」
「今のNERVは、僕達の世界をよりいい物にするためにあるんだ。
そこで僕が一生懸命やれば、アスカやユイカだけじゃない。
世界のみんなを幸せに出来る。
これくらいだったら僕にもできるような気がするんだ。
昔みたいに恐い思いもケガすることも無いしね」
「そっかぁ・・・、考えてんのね、ちゃんと・・・」
「アスカはどうなのさ?」
「アタシ?
・・・解んない。
この前までは、アンタを取り戻すことしか考えてなかったから。
それが叶っちゃったら、何だか気が抜けちゃって・・・」
「まだ、ユイカがいるじゃない」
「え?」
「ユイカはまだ14だよ。
あと6年。
ユイカが成人するまでは、守ってあげるのが僕達の役目なんじゃないの?
それに成人してからもさ・・・。
誰か好きな人が出来て、その人がユイカのことを守ってくれるようになるまで。
今のユイカには、僕達しか頼れるものなんてないんだよ?」
「そうね・・・。
シンジ・・・、アンタ、変ったわね」
「そう?」
「そうよ、絶対変ったわ。
昔だったらそんなこと、絶対言わなかったもの」
「そうだね・・・。
僕もそう思うよ。
何て言うかさ、やっと実感できるようになって来たんだ、このごろ。
ユイカが僕の娘なんだって・・・」
「この前の事件?」
「そうだね。
父さんに逆らって、加持さんに迷惑かけて・・・。
それでもやらなきゃって、必死になってた・・・」
「かっこよかったわよ、アンタ」
「そう?」
「そうよ。
これからもよろしくね、ダンナ様・・・」
「こちらこそ、奥さん・・・。
でもその前に、ね・・・」
「やん♪
またぁ?
んもぉ、バカ・・・」
何を勘違いしたのか、アスカの頬が赤く染まる。
シンジが思わず苦笑した。
「勉強だよ、アスカ」
「アンタバカァ!?
せっかく盛り上がったムードぶち壊すんじゃないわよっ!!」
「ムードって・・・、アスカってスケベだなァ・・・」
「ふふん、ココをこんなにしといて言う台詞じゃないわよぉ♪」
「あ、ちょ、ちょっと!」
「アンタはこっちのお勉強してもらわないとね」
「ちょっと、アスカってば」
「なによ!」
のしかかって来たアスカの肩を押さえるシンジ。
怒っていない証拠に目が優しい。
「ムードないのはどっちだよ・・・」
「バカ・・・」
ちゅっ!
〜〜〜〜〜以下、数十行に渡って自主規制(^^;〜〜〜〜〜
え?
するなって?
そういうこと言っちゃあ、ダァメェダァメェ X(^^;)
その日は日直で、一人だけ帰りが遅くなったシンジは、ちょうど仕事を終えたミサトの車に乗せてもらって帰宅することになった。
「シンちゃん、ちょっち寄り道するわよん♪」
そう言って、本部からコンフォートマンションに帰る途中にある、あの高台の展望台に誘ったのだ。
「ねぇシンちゃん、あなた前に、なぜあたしが教師になったかって訊いたわよね」
「え、はい・・・」
展望台から茜色に染まる街を見下ろしながら、ミサトが口を開いた。
「あたしはね、あの時あなたたち子供だけを戦わせて、自分は地下の安全な場所にいたわ・・・。
全てが終わった後ね、そんな自分が嫌になったの。
覚えてる?
昔ここであなたに、あたしがNERVに入った理由を話したの・・・」
「はい」
「最後の戦いの後、使徒はもう来ないんだ、全部終わったんだって思ったら、空しくなったの。
人類のためとか何とか格好いいこと言っといて、結局最後まで父の復讐っていうのが消えなくって。
それに思い至った時、あたしは何してるんだろう、何してたんだろうって、そう思えて。
だから、リョウジが私と結婚してくれるって言ってくれた時、とても嬉しかったの。
この人と幸せになるんだって、目標ができたから。
で、ミユキが生まれて。
元気に育ってくれて、手がかからなくなった時に思ったのよね。
アスカは、あんな環境でもユイカを育てて、あなたを取り戻す研究もして。
レイだってユイカやミユキの面倒見てくれて・・・。
そんな中であたしは何してるんだろうって。
自分の幸せだけで、リョウジとミユキとに囲まれて、一人だけの幸せでいいのかなって。
でも、作戦部はもう無いし、あたしにはサルベージのことなんて理解不可能だし。
あたしにできることって何、って、ずっと考えてたわ。
だから私は教師になったのよ。
免許もあったしね。
あの頃のあなたたちへの罪滅ぼしの代わりに、その子供たちを・・・、ってね」
「ミサトさん・・・」
少しの沈黙。
「さぁ、帰ろっか」
振り向いたミサトの目に、光るものがあったような気がした。
だからシンジは、
「はい!」
たった一言、とびっきりの笑顔で答えた。
帰宅したシンジを、キッチンで夕食の仕度をするユイカと、リビングで課題に頭を悩ませるアスカが出迎えた。
「お帰り、パパ」
「あ、お帰り、シンジ」
「ただいま・・・、どう、アスカ?」
「まぁ、ぼちぼち、ね」
「なるほど・・・」
苦笑を浮かべて自分の部屋に戻ったシンジが、着替えて出て来る。
「解んないとこ、いつでもきいてよ?
なんせ豪華フルコースディナーが待ってるんだから」
「ただのステーキじゃないの、パパ?」
「帰りにミサトさんに乗っけてきてもらってさ。
約束させたんだ。
アスカの赤点防いだらステーキ、僕とユイカの成績も上がったらフルコースって」
しれっと言うシンジに、アスカは唖然とした。
「アンタってば、あっくにぃ〜ん!」
「僕の父さんは誰でしたっけ?」
それを思い出させるようなニヤリ笑い。
「なるほど・・・」
アスカは思わず苦笑した。
「パパ、ママ、ご飯できたよぉ」
「「は〜い、今行く」」
ダイニングのテーブルでも、話題はそのこと。
「ご馳走もいいけど、夏休みどっか行こうよ!」
「アンタねぇ・・・」
「だってぇ、今までそういうこと、一度も無かったもん」
「そうだっけ?」
アスカは「う〜ん」とうなって考え込んだが、やがて苦笑しながら顔を上げた。
「そ、そう言えば、そうよね・・・。
シンジ取り返すので一生懸命だったし」
「だから、ね、ね、いいでしょ?」
「そうだね。
たしか新鎌倉の近くにNERVの保養所があるはずだし、今度父さんに聞いてみるよ」
「やった!」
「空いてるかどうか解んないよ」
「おじいちゃんが会長なんだし、コネで何とかなるんじゃないの?」
「んなワケないでしょうが、バカ」
「ママが赤点取らないで、ちゃんと夏休みが取れたら大丈夫よ、きっと」
「まぁたその話ぃ?」
アスカとユイカの視線がからみ、火花が散る。
「まぁまぁ、どっちにしても、アスカの奇跡に期待しなくちゃいけないのは同じだしね」
「シンジまでそういうこと言うわけぇ?」
「がんばってよね、大卒の天才科学者さん」
「2人とも意地悪いぃ!」
ぷいっと横を向くアスカに、シンジとユイカは大笑いした。
「とにかく、ミサトさんと約束したんだから、頑張らないとね」
「そうよママ、勝負よ、勝負」
「うおっしゃぁ!」
アスカがカレンダーに赤いマジックで○を付ける。
それが決戦の日、つまり期末試験当日だ。
2日間に渡って行われる試験に向けて、3人の猛スパートが始まった。
シンジが問題を出し、アスカが答える。
字を間違えると、ユイカが容赦なく手を定規ではたく。
夜遅くまでリビングでがんばって、そのままうたた寝してしまったアスカとシンジに優しく毛布を掛けるユイカ。
朝起きるとなぜかユイカまでが一緒に毛布にくるまっていたが・・・。
レイが昔アスカにもらった会話術の本を貸してくれ、辞書を片手に出て来る漢字の書き取りをする。
様子を見に来たリツコが、臨時家庭教師として3人に教える。
トイレのドアを閉めると、目の前に小学生向け漢字一覧表が貼ってある。
陣中見舞に来たミサトは、3人の様子を見て安心して帰宅した後、ふっと微笑んで鞄から出した封筒をそのまま破り捨てた。
中には、彼女が担当する数学の試験問題のコピーが入っていた・・・。
試験3日前から、ミユキが勉強会に合流した。
ねじり鉢巻きのアスカに、シンジがコーヒーを入れてやる。
ソファーで眠りこけるユイカをそっと抱えて、ベットに運んでやるシンジとアスカ。
そして・・・。
「さぁ、いよいよ決戦は明日よ!」
「ママ、すごいよね。
あの課題、全部やっちゃったもんね」
「あ、もうこんな時間。
今日はもう寝ようか」
「そうね、夜更かししてテスト中に寝ちゃったら大変だし」
「ねぇ、シンジ、ユイカ、今晩はここで寝ない?」
「ここって、リビングで?」
「親子3人、川の字になって、っていうの・・・、ダメかな?」
「いいよ、アスカ」
「うん、そうしよ、ママ」
シンジを真ん中に、右にアスカ、左にユイカ。
「シンジ・・・」
「アスカ、まだ寝てないの?」
「ここで寝るのって、ユニゾン以来ね」
「やっぱり、あのこと思い出してたんでしょ、アスカ・・・」
「何だ、シンジもか・・・」
「何となく、あの時と似てるなって・・・」
「覚えてる?
アタシが寝ぼけて隣に潜り込んだの」
「もちろんだよ。
ドキドキしちゃって・・・。
落ち着くまで大変だったんだから・・・」
「今も?」
「大丈夫。
隣にユイカがいるから・・・」
「それもそうね・・・。
お休み、シンジ」
「お休み、アスカ」
ちゅっ!
朝、シンジは両腕がしびれているのに気が付いて目が覚めた。
見回すと、右腕をアスカに、左腕をユイカに取られている。
「今日は当番だし・・・。
少し早いけど、目、さめちゃったからね」
ころん、ぴと!
ころん、ぴと!
起き上がろうとしたシンジを、まるで「逃がすか!」と言わんばかりに2人揃って寝返りをうち、さらにひっつかれる。
「う・・・」
左右の胸にふわっとした山の感触と、鼻孔をくすぐる髪の毛の甘い匂い・・・。
平常心、平常心、平常心・・・。
シンジは仕方なく、そのまま目をつむった。
ユイカは、いつもと違う暖かい感触に違和感を覚えて目を覚ました。
目の前には・・・。
鏡?
じゃなかった、ママか・・・。
そこではたと気が付く。
目の前にママがいるってことは、これ・・・?
自分の姿勢に気が付き、ユイカは真っ赤になって飛び起きた。
きゃぁ〜っ、きゃぁ、きゃぁ、きゃぁ〜っ!
わたし、パパに抱きついちゃった!
改めてシンジの顔をじっと見る。
幸せそうな寝顔だ。
右腕はアスカの背中に回され、アスカもぴったりとくっつくように寝ている。
ちょっと嫉妬したユイカは、イタズラを思いついた。
寝てるから、いいよね?
そっと屈み込むと、自慢の長い髪の毛で鼻の下をくすぐる。
こちょこちょこちょ。
シンジの顔がちょっと歪むが、すぐまた元に戻った。
こちょこちょこちょ。
「う〜ん・・・」
シンジがもぞもぞと動いたせいか、それに違和感を感じたアスカが反対側に寝返りを打った。
それでも二人とも起きない。
こちょこちょこちょ。
「う〜ん、あにすゆんらよ、あしゅかぁ・・・、むにゃ・・・」
む!
ユイカは、それでも起きないシンジにより大胆なイタズラを思いついた。
えへへぇ、題して「眠れる森の美女」作戦!
くすぐるために覗き込んだシンジの顔に、そぉっと自分の顔を近付けた。
どきどきどきどき。
そのまま・・・。
ちゅっ!
がばぁ!
「あしゅかぁ・・・♪」
ユイカはそのままシンジにきゅっと抱きしめられてしまった。
どきんどきんどきんどきん。
背中にまわったシンジの手が右は首筋に、左は腰に・・・。
おかげで、くっついた唇が離れない。
次の瞬間、お尻に違和感。
シンジの左手が下り、さわさわと撫でていたのだ。
「きゃっ!」
ユイカは慌ててシンジの手から脱出すると、自分の部屋に駆け込んだ。
どきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどき土器土器土器土器、縄文土器、弥生土器、泣くよ坊さん平安京、いい国作ろう鎌倉幕府、いや誤算なれペリーさん、進め進め兵隊進め、赤い赤い日の丸赤い、アメンボ赤いなあいうえお・・・。
ユイカは実に中学生らしい・・・のか?
これ?(^^;
とにかく奇妙な方法で早鐘を打つ胸を静めた。
どうにか落ち着いて洗面所へ行く。
鏡に映った自分の顔は、真っ赤だった。
急に重みの無くなったシンジは、うっすらと目が覚めた。
うまい具合にユイカはいないしアスカも離れている。
あ、そっか、アスカがまた寝返りうったんだ。
勝手に勘違いしたニブチン君が時計を見ると、起きるのにちょうどいい時間だ。
アスカを起さないようにそっと起き出すと、洗面所から音がする。
「ユイカ?」
「あ、パパ・・・」
ぼん!
真っ赤になって俯く。
「おはよう。
どうしたの、顔赤いよ?」
「にゃにゃにゃ、にゃんでもにゃいよっ」
「そう?
ならいいけど・・・」
逃げるように洗面所を出て行ったユイカを見送ったシンジは、顔を洗うとお風呂にお湯をため、洗濯機のスイッチを入れて、着替えるために部屋に戻った。
箪笥を開けて制服に着替えると、キッチンに行く。
ご飯が炊けているのを確認し、みそ汁を作るために水を汲んだ鍋を火に掛ける。
具を入れて煮立ったところであくを取り、出汁の元を入れて火を緩める。
お風呂のお湯を止めて、帰りがけにユイカの部屋の前に立つ。
「ユイカ、アスカまだ寝てるから、今のうちにお風呂入っちゃえば?」
「はぁ〜い」
元気な返事を確認して、キッチンへ。
頃合いよく煮えた鍋にみそを溶かし込む。
冷蔵庫から鮭の切り身を出して、グリルに放り込む。
火の加減を調整して、リビングへ。
まだ寝ているアスカを起すと、すぐさまキッチンに戻って朝食の準備の続き。
眠い目をこするアスカがとてとてと歩いて来た。
「おはよ、しんじ」
ちゅっ!
ほっぺたにキスをするとアスカは、周りを見回した。
「あれ、ユイカは?」
「朝シャン」
「あっそ・・・。
アタシも入っちゃお」
「だから今ユイカが・・・」
「いいじゃない、そんなに狭いワケじゃないんだから」
言ってアスカは部屋に戻ると、着替えを持って風呂場に向かった。
と、廊下から顔だけだしたアスカがニヤッと笑う。
「シンジも一緒に入るぅ?」
「あのねぇ・・・」
「うっそ。
なぁに赤くなってんのよ、すけべ」
『おっはよぉ、ユイカ、よく眠れたぁ?』
『ママ!』
『何よ。
いいじゃない、女同士でしょう?』
『ちょっと、あんまりくっつかないでよぉ』
『いいじゃない、減るもんじゃないし。
しかしアンタも、立派に成長したわよねぇ・・・』
『ちょ、ちょとお、やだぁ!』
『何言ってんのよ、親子のスキンシップでしょうが♪』
『やん、もぉ!
パパぁ、助けてェ!』
がら!
「大丈夫っ!?
ユイカ!」
「きゃぁ!
パパの痴漢、エッチ、スケベ、変態!」
今朝もまぁ、それなりに平和なようだ・・・(^^;
決戦の時が来た。
いつもは教師が来る瞬間までざわついている教室が、今は水を打ったように静まり返っている。
その静寂の中、チャイムが鳴り響く。
すぐにドアが開き、ミサトが入って来た。
同一科目を同時にやらねばならないので、各クラスの試験官は担任が務める。
代わりに各教科の担当教師は、質問を受けるために各教室を巡回するのだ。
1限目は社会。
裏を向けて伏せられたテスト用紙が配られる。
「みんな行き渡った?
はい、それでは、始め!」
ミサトの合図に配られた用紙を表に返す。
いよいよね・・・。
行くわよ、アスカ!
フルコース、フルコース、フルコース・・・。
ふぁいとぉ、いっぱぁつ!
逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ・・・。
フィールド、全開!
異様な緊張感をまといつかせて燃え上がる3人。
50分後、チャイムと共にミサトが終了を告げ、用紙が回収された。
2限目は英語だった。
もともと慣れ親しんだおかげで鼻歌交じりのアスカ。
それなりに勉強していてなんとか答えるユイカ。
エヴァに睨まれた使徒状態のシンジ・・・。
3限目は数学。
ミサトは担当教科の教師として巡回に出ている。
変わりに試験官は副担任のミユキが務めた。
「シンジ君達、どうだった?」
「ふえぇ〜ん・・・。
こ、恐かったですぅ・・・」
山岸ミユキ嬢、恐怖の50分間を体験・・・。
4限目は音楽。
シンジの独断場だった。
ユイカとアスカもシンジのおかげでけっこうはかどった。
趣味とはいえ、音楽に興味がある者が身近にいることの幸運だといえる。
初日はこれにて終了。
「どうだったの、アスカ?」
「手応えバッチリよ!」
「いつもそれでどっかぁ〜ん、って言うの、ママのパターンよねぇ・・・」
「今回はずぇえったいに、サクラサク、よっ!」
NERV司令室。
ゲンドウの前に、「作戦部は日向で持つ」といわれた手腕を買われて総務部長に大抜擢された日向マコト3佐が立っていた。
「新鎌倉の湘南荘。
作戦部長の名前で取っておきました」
「あぁ、ご苦労・・・」
「では、失礼します」
マコトが帰った後、リツコが口を開いた。
「ゲンドウさん、本当によかったの?」
「あぁ、問題ない」
「本当かしら・・・」
「私はあの3人を信用している」
「それはまぁ・・・、あの3人だから・・・。
ミサトも手を尽くしてくれたようだし・・・」
「ならば問題ない」
「そうね・・・」
翌日、まずは理科から始まる。
日本語さえ読めれば、アスカにとっては難なくクリアーできる物だ。
特訓の成果があらわれ、すらすらと問題を解いて行く。
ユイカとシンジも、アスカに付き合ったおかげでかなりいける。
何よりミサトの予想が大きく外れていなかったことが幸いした。
2限目、技術家庭。
2年生なので、男子の技術科と女子の家庭科は別で受けなければならない。
しかしこれも「ミスター究極のメニュー」にかかれば、アスカの勝利は間違いなかった。
家事一般に通じた元専業主夫が家庭教師をしたおかげだ。
3限目、保健体育。
特に保健分野が出題されるのだが、人体構造、応急処置などはもともと軍事組織の一員だったシンジとアスカにとって、特にここ最近作戦部職員として時折訓練を受ける身では、中学生レベルの問題など鎧袖一触だった。
ユイカにしても、シンジが錨田からもらった本、長年NERVで叩き込まれた知識を持つアスカによるレクチャーなどのおかげで、かなりのレベルにある。
環境によって能力に差が出るというミサトの言葉を、図らずも証明したかっこうだ。
そして4限目。
いよいよ最大の難関、「最後のシ者」国語が襲来した。
裏を向けて伏せられたテスト用紙が配られる。
「みんな行き渡ったわね?
はい、それでは、始め!」
ミサトの合図に配られた用紙を表に返す。
行くわよ、アスカ!
ふぁいとぉ、いっぱぁつ!
フィールド、全開!
異様なオーラをまといつかせて燃え上がる3人。
元作戦部長殿曰く、
「あんな真剣な顔、あの頃でも見たことなかったわ・・・」
だそうだ・・・。
全てが終了し、生徒達が開放される。
試験休みという名の夏休みの前渡し期間中に、各教科の教師がフル回転で採点をする。
採点が終わった試験用紙を終業式の日に各生徒に渡すためだ。
ミサトも遅くまで採点のために残業していた。
休み前の期末試験は担任教師に各クラスの試験用紙をまとめて届ける必要があり、これさえ終われば生徒たち同様試験休みをエンジョイできるとあって、後半の授業の1回目で用紙を直接生徒に返せばよい中間試験と違って、期末試験の時はどの教師も猛スピードで採点している。
作戦部長時代に苦情処理などで書類の始末には慣れていたおかげだろうか、教師として仕事を始めて以来、毎回毎回、採点が終わるのはミサトが一番早かった。
もっとも本人にしてみれば、書類処理に慣れた原因が原因だけに、あまり嬉しい状況とは言い難かったのだが・・・。
理由や経緯はどうあれ、三々五々集まって来る試験結果に、ミサトはシンジ達3人専用の結果通知速報版を作る余裕があった。
「ほぉ・・・」
「へぇ・・・」
「おぉっとぉ!」
「うわぉ!」
各教科の試験用紙が集まって来るにつれて、ミサトの表情が変化する。
「わは!」
「ひょえぇ!」
「うむうむ」
もともと手元にあった数学以外の7教科の全てが揃ったところで、速報版を完成させてプリントアウトしたミサトは、校長室に入って行った。
「どうだったね、加持君?」
「ご覧のとおりです」
「これはすごいな・・・」
冬月は受話器を取ると、勝手知ったるなんとやらで目的の直通番号を押す。
相手が相手だけに、回線が繋がると同時に秘話通信のためのガリッというノイズが入る。
「私だ・・・。
碇、すごいことになったぞ」
『すごい?
冬月、お前らしくもない・・・』
「おぉ、これはすまん・・・。
それがな・・・」
冬月の言葉がゲンドウに伝わる。
「どうした、碇、黙り込んで?」
『・・・ア、・・・あァ、問題無ヒ・・・。
葛城3佐はソこにいルのか?』
「は?
あ、はい、司令」
『よくヤッてくれタ、葛城3佐』
ミサトの名前を旧姓で、しかも階級付きで呼ぶあたり、ゲンドウも舞い上がっているのだろう。
実際、その声も妙に上ずっていて、時々ひっくり返っている。
「ありがとうございます、司令」
『冬月、後ハよろシく頼ム』
「あ、おい、碇!」
電話が一方的に切られる。
「あいかわらずなヤツだな・・・。
まあよい。
加持君、ご苦労だたっな。
今日はもういい。
早く帰ってあの子たちに報せてやりたまえ」
「しかしまだ通知表の・・・」
「私が代ろう。
なに、雑用を押しつけられることには慣れている」
電話を指差しながら、にこっと笑って見せる。
「生徒達の教育が私達の使命だ。
その程度の雑務なら、むしろ喜んでやらせてもらうよ」
「はい、ではお言葉に甘えて、そうさせてもらいます」
「うむ。
あぁ、そうだ。
これを持って行きたまえ」
「校長?」
「君があの子たちと賭けをしたことは私も聞いているよ。
それは私の友人がやっているレストランの物だ。
独り者の私にファミリーチケットではもったいないのでな。
使ってくれたまえ」
「ありがとうございます」
「礼には及ばんよ。
シンジ君達によろしくな」
「はい」
ミサトは通知表作成に必要な全てを冬月に預けると、オートドライブどころかMAGIのコントロールまでも切って、コンフォート17マンションに文字どおりすっ飛んで帰った。
ぴんぽ〜ん!
呼び鈴が鳴り、玄関に出迎えに行ったユイカが、ミサトを連れてリビングに入って来る。
ミサトの表情が暗い。
「お邪魔するわよ」
「あ、ミサト!」
「いらっしゃい、ミサトさん」
ミサトがクッションに座ると、ちょうどユイカがお茶を淹れて持って来た。
「あ、ありがとね」
それをずずっと一口すする。
3人はその向かい側にならんで、ミサトの一挙手一投足をじっと見つめている。
「そんなに気になるか・・・」
ぼそっと呟いたミサトは、あいかわらずの表情のまま、口を開いた。
「あんた達、よくやったわ・・・。
あの期間としては上出来だったと思うわよ」
「え、じゃぁ」
アスカの表情が曇る。
ミサトの表情が暗いため、だめだったのかと思ったのだ。
「そうね、アスカ・・・。
残念だけど、あんた達にステーキ奢る話、ナシよ」
がくっ!
目に見えて落ち込むアスカ。
シンジがそっとその肩を抱いてやり、ユイカが心配そうに覗き込む。
「当然、あたし、がフルコースを奢るっていうのも、ナシね」
今度はユイカとシンジも揃って落ち込む。
「い、いいじゃないか、アスカ、ユイカ・・・。
僕達はあれだけがんばったんだ。
だから、今回はたまたまだよ。
次がんばればいいじゃないか、ね・・・」
「でも、でも、パパ・・・。
ママ、補習なんでしょ?
お出かけできないよ、それじゃ・・・」
「あら、そう・・・。
じゃぁあんた達、これ、いらないわね・・・」
ミサトは内ポケットから冬月がくれたレストランの食事券を出して、意地悪く笑いながら3人の前にかざしてみせた。
「じゃじゃぁ〜ん!
おみごと!
フルコースディナーごしょうたぁい!」
「「「えぇ〜ッ!?」」」
「あたしが奢るのはナシだけど、代わりに校長がチケットをくれたのよ」
そう言って鞄から速報版のコピーを出して、テーブルの上に置く。
「どれどれ・・・。
うそ、うそ、うそ・・・、うそ・・・、うっそぉ!
ミサトっ、これっ、マジ?」
「モチのロンよん♪
ホント、あんた達には感心するわ。
まさか、赤点どころかアスカの国語と社会除いてオール4以上とはね・・・」
ミサトは思わす苦笑した。
自分の勘があたったこと以上に、目の前の子供たちの追い詰められた時の努力に、その底力に、運の強さにかけた自分がおかしかったからだ。
電話の呼び出し音が鳴りだした。
シンジが席を立って、受話器を上げる。
『話は聞いた。
よくやったなシンジ・・・』
「ありがとう、父さん」
『みんなそこにいるのか?』
「うん、いるよ」
シンジはコードレスの受話器を持ってリビングに戻ると、ハンズフリーモードにしてテーブルの上に置いた。
『アスカ君、ユイカ、よくやった。
新鎌倉の湘南荘をシンジの名前で取ってある。
ゆっくり羽根を伸ばして来い』
「やったぁ!
おじいちゃん、ありがとう!
だぁ〜い好きっ!」
ユイカは受話器を持つと、そこにちゅっとキスをした。
『・・・アぁ、問題ナイ』
見事にひっくり返って上ずるゲンドウの声。
何が起きたかよく解っているのだろう、みんながくすくす笑っている。
『ア、うみゅ。
かツらぎ3サ、あとハたのムぞ』
唐突に電話が切れる。
その様子を、柱の陰からじっと窺っていたリツコは、くすっと笑うと一言呟いた。
「無様ね・・・」
ドモドモ、J.U.タイラーでっす!(^^)/
はい、第七話をお届けします。
定期試験・・・、私にも覚えがあります。
今からもう20年近くも前のことです。
その頃私は根府川におりましてね・・・、じゃなくて(^^;
思わず懐かしさ一杯になりながら、あの頃の自分を思い返しながら書きました。
平行して書いている別の話がちょうど壱拾弐話をネタにしてたもので、かなり侵食を受けました(^^;が、私本人は結構楽しんで書いてます。
橋田先生の「書いた自分が泣けない話では誰も泣いてくれない」じゃないですが、自分が面白くない話は誰にとっても面白くない、ってなもんです(^^;
まぁ、冗談はさておき、シンジとアスカの将来展望、ミサトの告白・・・。
書きたいことは書けたと思います。
次回予告
いよいよ夏休み。
シンジ達は新鎌倉の保養施設に小旅行に出かける。
次回、第八話 「家族旅行」
はぁ〜っ、極楽極楽ぅ! 〜゚^_^゚〜
By Soryu Asuka Zeppelin
でわでわ(^^)/~~