ぱぱげりおんIFのif・第八話

家族旅行



平成13年5月2日校了



 全ての園児、児童、学生に対して、7月21日という日付は、等しく夏休みを運んで来る。
セカンドインパクト前は、一部の豪雪地帯に対しては夏休みを削って冬休みを長くすることで、休みの開始と終了のズレがあったりもしたが、気候の変化のせいで滅多に雪が降らなくなったこの国土では、このような地域格差と差別化は意味がない。
今の日本は、7月21日から8月31日までの40日間、全ての子供達が等しく夏休みをエンジョイする期間になっている。
普通休み期間と言えば、普段学校にいるはずの子供がずっと家にいることで、親達はなぜかうっとおしい思いをするらしい。
何せ社会人にとっては夏休みはお盆期間の数日間のみだし、主婦たちにとっては元からそんな物は無い。
ただでさえ暑い日々をただただゴロゴロゴロゴロ、ぐうたらぐうたら、食っちゃ寝食っちゃ寝で過ごすことができる期間を有する子供たちに、羨望と嫉妬の感情から発展して、総じて「うっとおしい」という言葉をあてはめる大人達が多いのだ。

 第三新東京市に住むとある家族にも、夏休みがやって来た。
ところがこの家族は世間一般常識のまるで通用しないような環境のせいで、子供が夏休みの期間、その両親までが夏休みなのだ。
そう、この物語の主人公、シンジとアスカ、そしてユイカの親子3人である。
期末試験を無事突破し、終業式を迎え、ご褒美のフルコースディナーをその日の夜に満喫した一家が迎えた7月21日の朝はそんなわけで、世間一般で見られるような

「何だ、あの子はまだ寝てるのか?
 いいかげん起さないと遅刻するんじゃないのか?」
「あなた、何言ってるんですか。
 あの子は今日から夏休みでしょう?」

などという間抜けな会話は無い。
というよりも、学校に行く必要が無いため、朝早く起きる必要もない。
おかげで元から学生の娘サンは心ゆくまで夢の世界を満喫することに全てを捧げ、最近ちょっとした事故で学生をすることになったご両親は、昨夜の運動で消耗した体力を回復すべくスリープモードのまっただなかにいたりする・・・、ワケではなかったりするのだから、なんだかなァ・・・(^^;

 一家の主夫、我らが主人公のシンジ君は、悲しいかなその体に染み込んだ生活習慣のせいで、今日も定時に目覚め、寝姿を紹介して行間を稼ごうという作者の野望をもろくも打ち砕いてくれたりするのだった。

「ふわぁ〜〜〜〜っ!」

ベットの上で大きく伸びをすると、隣で気持ちよさそうに眠っているアスカを起さないように、そぉ〜っと起き出して普段着に着替えて、いつものように洗面所に向かった。
歯を磨き、顔を洗い、洗濯機のスイッチを入れ、風呂の準備をしようとしたところで手が止まった。

「あ、今日から夏休みだっけ・・・。
 だったら日曜と同じで、昼前まで起きて来ないよね」

毎日が日曜日、などという古いアイドルソングのタイトルを思い浮かべつつ、風呂の準備を中止する。

「じゃぁ、朝ご飯もいらないよね・・・」

アスカはもちろん、ユイカにしても出掛ける用事が無ければ滅多にこの時間から起きては来ない。
下手をするとアスカは、用事があっても起きて来ないこともしばしばで、そういう時はシンジが起してやらなければならないのだった。
そこでシンジは、食パンを2枚だけトースターに入れ、ベーコンと卵を炒めて皿に乗せると、一人だけの朝食を始めようとした。

「ぱぱ、おふぁよ・・・」

ユイカがダイニングに入って来た。
まだちょっと眠そうだ。

「あ、おはよう。
 まだ寝てればいいのに・・・」
「へへへ、匂いにつられちゃった・・・」

ちょっとはにかんだような仕草がかわいい。
彼女のファン達を魅了してやまない笑顔だ。

「食べる?」
「うん」
「じゃぁ、すぐ作るね。
 顔洗ってくれば?」
「うん♪」

母親を出し抜いて、先に朝の挨拶が出来たというだけで機嫌がよくなる。

ちゅっ!

キッチンに立ったシンジのほっぺたにおはようのキスをしたユイカは、ととととっと走って洗面所に消えた。
まだ感触の残るほっぺたに手をやったシンジは、にこっと微笑むとすぐに朝食の準備を始めた。
すぐにベーコンと卵の焼けるいい香りがして来る。
ユイカが洗面所から戻った時、ちょうどトースターから食パンが跳ね上がった。

「ぐっどたいみんぐぅ♪」

ユイカは鼻歌交じりに、シンジがベーコンエッグを乗せてくれたお皿を受け取って、トーストを置くとテーブルに持って行った。

「ユイカ、ご機嫌だね」
「朝からパパの顔見れたから。
 あ、ジャムとって」
「はい。
 僕の顔見ると、嬉しい?」
「うん♪」

「そう、よかったわね」

優しげな声に振り返ると、そこにレイが立っていた。

「あ、レイ母さん、おはよう」
「おはようユイカ、シンジ君」
「おはよう、レイ、早いね」

レイもいつもの椅子に腰掛ける。
シンジはキッチンに立つと、手早く朝食を準備している。

「今日、本部に呼ばれてるから」
「そっか、レイは僕達と違って社会人だもんね」

何気ない会話をしながら、シンジはレイの前にも同じ物を置いてやった。

サルベージされたシンジを驚かせたことはいろいろとある。
娘のユイカもそうだし、なぜか同い年に若返ったアスカのこともそうだ。
ゲンドウが威厳もポーズもかなぐり捨てて普通の父親してくれることも、あのリツコがしっかり主婦していることも驚いた。
みんなに時間が流れていたことを実感させてくれたのだが、一番それを実感したのはレイのことだ。
レイはアスカの言葉、

「好き嫌いは良くないわ」

を無視し、

「シンジの料理は絶品よ」

という言葉で心が揺らぎ、

「ユイカの教育にもよくないわ」

という言葉で勇気を持って箸を付け、

「アンタ、シンジが悲しむわよっ!」

という言葉が止どめを刺した。
レイは魚介類を2年、鶏肉を4年、豚肉を7年、牛肉を10年かかって克服した。
おかげで今は、レアのステーキでも平気で平らげるようになった。

「赤い色・・・。
 血の色、LCLの匂い。
 赤い色は嫌い」

などと言っていた頃から考えれば、格段の差だ。
ゲンドウが言う「レイは普通の女性になった」などというのも、このあたりからも来ているのだ。
ただし、おかげで微妙に血色が良くなり、アルビノということを考えても、あまりにも儚げで神秘的ですらあった14歳のころからすれば、普通になり過ぎたことを惜しむ意見も一部にはある。
かく言う作者もその一人だったりするのだ(^^;
なによりシンジにとって、情感豊かで健康的なレイ、というのは想像をはるかに超えていた。


 常に夏の季節だけが支配する日本、10時ともなるとけっこう日差しは強い。
燦々と降り注ぐ陽光に洗濯物が揺れる。
開け放たれた窓から、洗濯物を揺らせた空気の流れがリビングを過ぎる。
流れの先には、家事を終えてぼうっとソファーに座っていたシンジの頬。
気持ちよく風に撫でられる頬の感覚に、休みだという気の緩みが重なり、試験勉強で溜まった眠気が襲って来るのを、抗う気分にはなれなかった。
そんなワケでシンジは今、ゆったりとした微睡みの中にいた。
揺らめくカーテンが織り成す微妙な光と陰、高台にあるおかげで気持ちよく吹き込むそよかぜ、ソファーに凭れて眠る少年の姿は、一種独特の詩的な空間を演出している。
夏休み後半をゆっくり過ごすために宿題をさっそく攻略にかかったユイカが、ひと区切り付けて休憩をしようと部屋を出て来たところで目撃したのは、そんな風景だった。

起さないようにそっと近付いたユイカは、テーブルを挟んだ反対側にちょこんと座り込むと、ガラスのテーブルに頬杖をついて、幸せそうな笑顔でシンジの顔を見つめた。

パパの寝顔、カワイイ♪

人間、満ち足りた気分になると思わず眠くなって来る。
天使のように穏やかな父親の寝顔をしばらく眺めていたユイカも、例外ではなかった。
閉じかけた瞼を開いてシンジの様子を窺う。
シンジの左側に空いたスペースが、まるで自分を呼んでいるような気がした。
少し迷ったユイカは、シンジを起さないようにそぉっと腰を降ろすと、お腹の上に組まれた腕が作った小さな隙間に自分の腕をくぐらせ、引きつける代わりに自分の体を傾けた。

ぴと!

右肩に感じる体温に嬉しそうに微笑むと、頭も右に傾けてシンジの左肩に預ける。
そのまま目を閉じると、すぐに静かに寝息を立てはじめた。


「ふわぁ〜〜〜〜〜〜っ!」

カーテンの隙間から漏れる日差しが眩しい。

「何時よ、今・・・」

ぼやけた目を擦って枕元を見る。

「11時半か・・・、お腹空いたぁ・・・」

むくっと起き上がったアスカは、部屋の隅に置かれた姿見を見て、慌ててシーツを羽織った。

ゆうべのままだったっけ・・・、てへへ・・・。

手早く下着とタンクトップ、ホットパンツを身に着けると、襖を開けた。
その正面に・・・・・・。

パターン青!

仲良く寄り添って眠る、最愛の夫と目に入れても痛くない愛娘。
2人掛けのソファーは既に埋まっていて、彼女の入り込む隙間は無い。

Asuka MELCHOR  『右側が空いているわよ』
Asuka BALTHASAL 『ユイカの反対側にしなさい』
Asuka CASPER   『アンタの場所は足元よ』

アスカの中のMAGIは、全会一致で結論を下した。
とてとてとてっとソファーに近付くと、シンジの右側の足元にぺたんと座り込む。
そのまま頭をシンジの右の太ももに預けた。

ひっざまっくら♪

嬉しそうに目じりを下げると、そのまま目をつむった。


 シンジは、空腹感のおかげで目を覚ました。
左肩と右ひざに重みを感じる。
目鼻立ちがそっくりで、微妙に髪の色合いの違う少女がそれぞれのスペースを侵食している。

Shinji MELCHOR  『問答無用で起床せよ』
Shinji BALTHASAL 『優しく起してやってから、自分の行動を開始せよ』
Shinji CASPER   『このままの状況を保留せよ』

一家の主夫としてのシンジは仕事を優先した。
夫として、父としてのシンジは優しさを優先した。
男としてのシンジはこの状況を楽しむことを優先した。

Shinji MELCHOR  『起床だ』
Shinji BALTHASAL 『起してやれ』
Shinji CASPER   『保留せよ』

Shinji MELCHOR  『起床』
Shinji BALTHASAL 『起せ』
Shinji CASPER   『保留』

Shinji MELCHOR  『起床』
Shinji BALTHASAL 『起せ』
Shinji CASPER   『保留』

Shinji MELCHOR  『起床』
Shinji BALTHASAL 『起せ』
Shinji CASPER   『保留』

Shinji MELCHOR  『起床』
Shinji BALTHASAL 『起せ』
Shinji CASPER   『保留』

Shinji MELCHOR  『・・・審議を要求』
Shinji BALTHASAL 『・・・了解』
Shinji CASPER   『・・・了解』

Shinji MELCHOR  『審議中』
Shinji BALTHASAL 『審議中』
Shinji CASPER   『審議中』

Shinji MELCHOR  『審議中』
Shinji BALTHASAL 『審議中』
Shinji CASPER   『審議中』

Shinji MELCHOR  『審議中』
Shinji BALTHASAL 『審議中』
Shinji CASPER   『審議中』

Shinji MELCHOR  『審議中』
Shinji BALTHASAL 『審議中』
Shinji CASPER   『審議中』

Shinji MELCHOR  『・・・回答不能』
Shinji BALTHASAL 『・・・回答不能』
Shinji CASPER   『・・・回答不能』

彼の中のMAGIは、最終判断を下しかねたようだ。

どうしよう・・・。

あいかわらずの優柔不断を全開にして苦笑を浮かべるシンジ。
しかし捨てる神あれば拾う神あり。
朝食抜きだったアスカが、空腹感によって神経を覚醒させられたのだ。

ぐぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!

「おなかすいたぁ・・・」

膝の上から「必殺・上目づかい」が炸裂した。
シンジは困ったような顔をして左側をちょいちょいと指差した。
アスカはちょっと考えるような顔になると、スッと立ち上がった。
ユイカの顔を覗き込むように屈み込むと、ちょんちょん、とユイカのほっぺたをつつく。
あいかわらず反応がないユイカに、にやっと意地の笑いを浮かべる。
やはり親子と言うべきか、あの期末試験の朝にユイカのやったイタズラを、彼女も思いついた。
自分の自慢の髪の毛の先を一つかみ、それをユイカの鼻の下に持って行く。

こちょ。

反応ナシ。

こちょこちょ。

「うにゃ・・・」

効果あり♪
弐号機、続けて攻撃します!

こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ。

「ふ、ふ、ふぇ、ふぇくちょん!」

目標、覚醒。

「ふえぇ?
 ママ?」
「おはよ、寝ぼ助さん♪」

自分が起きて来た時間をディラックの海の底の深ぁ〜〜〜〜いところに沈めたアスカは、にこっと微笑んで、ユイカのぷにっとしたほっぺたをつつきながら声をかけた。

「もうお昼よ」

時計に目をやったユイカは、急に自分のお腹が空いていることを感じた。

ぐぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!

「てへへ・・・、パパ、ご飯は?」
「ユイカ、今日は何曜日だっけ?」

黙って微笑んでいたシンジではなく、腰に手をあてたお得意のポーズで見下ろすアスカが答えた。

「えっと・・・、土曜日・・・」

ユイかは壁に掛けられたカレンダーに目を走らせて答えた。

「火・木・土は誰の当番?」
「わたし・・・」
「ユイカ、アタシはお腹が空いたわ」
「そう、よかったわね」

あくまでも見下ろすポーズを崩さないアスカに、ユイカはもう一人の母親の口まねで答えた。

「アンタねぇ・・・」
「ものまねはいいから、ご飯、作ってくれないかな?」

シンジは、笑みを絶やさないままにユイカに言った。

「はい、パパ」

ユイカはさっと立ち上がるとキッチンに向かった。

「ずいぶんと差があるわね」

むすっとしたアスカの声に、シンジは苦笑を浮かべた。


 その日の夕食。
シンジは念願の家族旅行のことを口にした。

「というわけだから、明日は早起きしないとね」
「そうね、アタシ達じゃ車で行くわけにはいかないんだし」
「ママ、免許あったじゃない」
「バカ。
 今のアタシはラングレーじゃなくってツェッペリンなの。
 中学生が免許取れるわけ無いでしょ」
「パパは?
 この前乗ったんでしょ?」
「僕のは、あれは無免許運転だよ」
「やっぱり、リニアで行かないといけないのかぁ・・・」

ユイカはつまらなそうに呟いた。

「あと2年待ってよ。
 そうすれば僕達も16だし、免許が取れるようになるから」

シンジは苦笑しながら答えた。
今では内務省の内局になった公安委員会は、MAGIによるオートドライブシステムの実用化を受け、第三新東京市の特例事項として、自動車免許の法定年齢を下げ、16歳で取得可能としていた。
現在工事中のオートドライブシステムネットワークの全国への普及が完了すれば、それは特例ではなく道路交通法の改正という形で、全国的に適用されることになっていた。


 翌日、学校へ行くのと変わらないくらいの時間に家を出た3人は、第三新東京市から外に繋がる唯一のリニアの駅である新箱根湯本駅に来ていた。

「でも、意外よねぇ・・・」

ホームで列車を待つユイカがぼそっと呟いた。

「何が?」

列車の中で食べようと買って来た大量のおやつが入った袋をさげたアスカが、その顔を覗き込む。

「だって、私とパパが起きた時に、ママが先に起きてるなんて・・・」
「アンタねぇ・・・」

アスカは思わず苦笑した。

そう言えば、アスカ(ママ)ってば昔っからこういうイベントだけは張り切ってたっけか・・・。

シンジとユイカは、密かに顔を見合わせて苦笑しあった。

『まもなく4番線に列車がまいります。
 危険ですから、白線の内側まで下がってお待ち下さい。
 まもなく4番線に列車がまいります。
 危険ですから、白線の内側まで下がってお待ち下さい』

JRの伝統となった女性のアナウンスがホームに流れる。
少しして、今度は駅員によるアナウンスが流れた。

『4番線、列車がまいります。
 お客様は、白線の内側まで下がってお待ち下さい。
 この列車、車内点検の後、折り返し8時48分発、新厚木行きとなります。
 4番線到着の列車は、車内点検が終了いたしますまでご乗車になれません、ご注意下さい』

入って来た列車が定位置にぴたっと止まる。
コンピューターでセンチ単位で列車を制御する技術は、今から半世紀近くも前、今の旧東京から新大阪までを結ぶ東海道新幹線の開業によって確立された技術だ。
その路線のほとんど、特に関東〜東海エリアはセカンドインパクトによって水没してしまったが、技術は生き残った。
セカンドインパクトが起った2000年と言えば、今の東西幹線である中央新幹線がリニア試験線として実験が繰り返されていた頃だ。
その技術がそのまま継承される形で、新生日本の鉄道を支え続けていた。
中央リニア試験線の技術は東海道新幹線から来ており、その東海道新幹線は旧国鉄が逓信省鉄道院、鉄道省、日本国有鉄道と名前を変えながらも「汽笛一声新橋を〜」から連綿と続いてきた鉄道技術の産んだ、世界に誇る最高傑作だった。
今シンジ達の目の前に、ぴたっと定位置に列車を止めてみせた技術も、その一世紀以上にわたる伝統の正統後継者と言える。

『ただいまより列車内の点検を行います。
 お客様はまだご乗車になれませんのでご注意下さい。
 到着しました列車は、ただ今より車内清掃を行いますため、いったんドアが閉まります。
 閉まるドアにご注意下さい。
 業務連絡、4番線、M104列車、閉戸願います』

場内アナウンスが流れる。
列車のドアが一斉に閉まる。
ゴミカゴを引き摺った係員達が車内を清掃して回る。

「この時間って無駄よねぇ・・・」
「そう?」

誰ともなしに呟いたアスカに、シンジは意外そうな顔で聞き返した。

「そうよ。
 別に点検とか掃除なんて、車庫に帰ってからでいいじゃない」
「長距離列車はそうもいかないんですよ、お嬢さん」

後ろを振り返ると、駅員がにこにこして立っていた。

「この列車は朝車庫を出た後、夜に最後の列車として新厚木に帰るまで6往復の間、走り続けなんです。
 だから、こうして終点の駅で折り返すたびに清掃と点検をしないとね。
 夜には車内がすごいことになるんですよ。
 お嬢さんだって、網棚に古雑誌が山になって、座席のポケットに弁当のカラオリが溢れてる、
 なんていうのには乗りたくないでしょ?」
「そうですね・・・」

にこやかに説明してくれる駅員に、アスカは頷いた。

「これが乗客サービスって言うんです。
 日本の鉄道は世界一っていうのは、こういう細かな所から来てるんですよ」

アスカの外見から日本人では無いと見た駅員は、親切に話をしてくれた。
その割には2人とも日本語で話しているのだが・・・。

「もうそろそろです」

清掃係のリーダー格の男性が出て来ると手をあげて合図した。
駅員はワイヤレスマイクを手にすると、口元にあてた。

「業務連絡、4番線、車内清掃終了、M104列車、開戸願います。
 大変お待たせいたしました。
 8時48分発、新厚木行き、ただいまよりドアを開けます」

にこっと微笑んだ駅員は、

「お待たせしました、どうぞ」

そう言って開いたドアの前でホテルマンのようにおじぎしてみせた。

「あ、あの、ありがとう・・・」
「いいえ、良いご旅行を」


 走り出した車内で、アスカは感心したように車内を見回した。

「たかが列車って思ってたけど、すごいのね・・・」


『本日はJR新箱根線をご利用頂き、まことにありがとうございます。
 間もなく新厚木、終点、新厚木に到着いたします。
 到着ホームは3番線、お出口左側となります。
 どなた様もお忘れ物なさいませんよう、今一度身の回り品をお確かめ下さい。
 間もなく新厚木、終点、新厚木に到着いたします。
 新厚木での、乗り換え列車のご案内をいたします。
 新東海道線下り、新鎌倉、新静岡方面、急行「東海3号」新浜松行き。
 到着ホーム、階段を上りました反対側、2番線より10時25分の発車です。
 新東海道線下り各駅停車は・・・』

車内アナウンスが流れる中、シンジ達は網棚に上げていた荷物を降ろしはじめた。

「次はこの「東海3号」よね?」
「そうだよ、アスカ」
「重いぃ・・・」
「あ、ユイカ、無理しちゃだめだよ」

シンジはユイカの手が支える荷物を横から受け取ると、椅子の上にどすんと降ろした。


 新鎌倉の駅で「東海3号」を降りた一行は、駅前のバス停に向かおうとした。
ところがそこで、声をかける人物があった。

「作戦部長の碇1尉ですね」

見ればそこに、湘南荘と染め抜いたはっぴを着た、黒縁眼鏡の壮年の人物が立っている。

「迎えに来ましたよ」
「え?」

聞いていない話の上に、ついこの前にあんなことがあったばかりのシンジは警戒した。

「覚えちゃいませんか、私のこと?」

シンジはその人物の顔をじっと見つめた。

「中本ですよ、中本。
 ほら、錨田とコンビであなたの護衛に付いてた」

言いながら中本と名乗った男は眼鏡を外すと、保安諜報部のトレードマークになっているセルフレームのサングラスを掛けてみせた。

「思い出した!
 ナカコウさんだ!」
「正解です」

中本はにこっと笑ってサングラスを外した。

中本コウイチ、通称ナカコウ。
錨田とコンビでシンジの護衛を担当していた男だ。
シンジとの出逢いは、第四使徒戦後に先生のところへ帰ると言い出したシンジを新箱根湯本駅まで送った時に遡る。

「あの、少しいいですか?」
「5分だ」

駅でトウジとケンスケに声をかけられた時、時計を確認して別れの挨拶をする時間をくれた男が彼だった。
その後トウジを殴ることで新たな関係を作ったシンジ達を見て、

「青春してるよなぁ・・・」
「あぁ・・・」

と、しみじみと錨田と語り合ったものだ。
その中本が今、湘南荘の迎えとして駅まで来ていたのだ。
荷物をトランクに積め込んで車内に乗りこんだシンジは、中本に話しかけた。

「ナカコウさん、こっちにいたんですか?」
「あの最後の戦いの時に戦自にやられてケガしましてね。
 総務に回してもらったんですよ。
 で、今は湘南荘の支配人です」

車を運転しながら、中本は懐かしそうに話しだした。

「それよりあなたも、1尉で作戦部長なんて、出世しましたなぁ。
 錨田から電話もらった時はびっくりしましたよ、ホント。
 あのサードチルドレンが、今じゃあの頃の葛城さんと同じとこにいるんだから」
「っていっても、僕とアスカだけですよ。
 エヴァも無いんだし」

ちょっと自嘲ぎみになったシンジに、中本は微笑んでみせた。

「そんな物、無くっていいんですよ。
 世の中平和が一番です。
 私は事情を知ってるから、あなた方が若いままなことには別段驚かないんですがね。
 それでも作戦部って名前聞いた時は、正直驚きましたよ。
 もっとも、よくよく聞いてみればようは普段の生活をそのまま仕事にしただけなんでしょ?
 そう考えれば、あの堅物司令もなかなかやるなぁっていうンで、錨田と笑ってたりしたんですがね」
「ははは。
 怪物じゃなくてですか?」

シンジは笑いながら返した。

「こりゃまた、言うようになりましたねぇ!
 あはははははは!」



「ぶわっくしょん!」
「あら、ゲンドウさん、カゼ?」
「この季節にか?
 誰かが噂をしているに決まっている」



「さぁ、着きましたよ」

止められた車から降りたシンジ達は、その建物の姿にびっくりした。
テレビの紀行番組で紹介されそうな、立派な佇まいの純和風旅館だったからだ。

「驚きましたか?
 ここはその昔さるやんごとなきお方もお泊りになったとかっていう由緒ある旅館なんですよ。
 ゲヒルン時代に買い取ったそうなんですがね。
 さぁ、こっちです」

中本の案内で玄関をくぐる。

「「「「いらっしゃいませ」」」」

ずらっと居並ぶ仲居に迎えられたシンジ達は、半ば唖然としながらも靴を脱いでスリッパにはきかえた。

「こちらです」

仲居が案内してくれるのについて行ったシンジは、さらに目を丸くした。
どう考えても、この建物の中で一番立派だとしか思えない部屋に案内されたからだ。

「ここって・・・」
「はい。
 総司令から承ったお部屋です」
「父さんが・・・」
「総司令がおいでの時は、必ずこのお部屋でした。
 最高級のお部屋は別にあるんですが、お庭の眺めはここが一番ですから」

シンジは、何となくゲンドウの心の中の一部を垣間見た気がして、嬉しかった。
純和風趣味は、雲雀ヶ丘のあの家で何となくわかった気がしていたが、ここまで徹底しているとなると、趣味を通り越して「粋」の領域まで来ているような気がした。
それはアスカやユイカも同じだったらしい。
庭に面した濡れ縁に出ると、その眺めを見ながらうっとりとした表情を浮かべている。

「パパ、おじいちゃんの趣味って、すごいのね・・・」
「そうだね」

それでは後ほど昼食をお持ちしますので、それまではごゆっくり、という決まり文句を言って仲居が下がった後、シンジも2人に並んで庭を眺めていた。
目の前にゲンドウの家が建っている土地くらいの面積の前庭があり、その向こうには池が見える。
池には小さな橋がかかり、さらに奥の小さな築山の横に繋がっていた。
庭には濡れ縁から降りられるようになっているようで、そこには草履が人数分揃えて置かれていた。

「ね、パパ、降りてみようよ」
「うん、そうだね」

ユイカに促されるままに、揃って庭に出てみた。
ゆっくりと敷石を渡って池のほとりまで歩いて行く。
日差しは強いが、時折流れて来る風が気持ちいい。

さわさわさわ・・、さわさわ・・・。
ぽちゃん!
かこ〜〜〜〜ん!

枝葉の揺れる音、時折跳ねる鯉が立てる水音、猪脅し・・・。
時の流れが止まったかのような贅沢な空間を今、たった3人だけが占有していた。

「レイも連れて来ればよかったかな?」

あまりの贅沢さに、思わずシンジが呟いた。

「来ているわよ」

突然の声に振り返って驚いた。

「レイ、父さん、母さんも!」
「お前たち3人だけというのも考えたんだがな、せっかくだから私達も来させてもらった」
「二人揃って来ちゃったら、NERVは?」
「加持君が留守番よ」
「お前をケガさせた罰だな」

ゲンドウはにやりと笑った。

「父さんが待てって言わなければもっと簡単だったよ」
「あぁ・・・、うむ・・・」

自分と良く似たニヤリ笑い付きで痛いところを突かれたゲンドウは、思わず苦笑した。

「シンジ、アンタ最近時々キツいわね・・・」
「手術の時、かなり輸血してもらったからね」

再びにやっと笑ったシンジに近付いたリツコが顔をしかめる。

「酒臭いわね・・・。
 まさか、シンジ君に飲ませたのっ!?」

驚いて聞き返す。

「列車の中でちょっとね」

アスカはしれっと答えた。

「だって、たかが350mlの缶ビール半分よ?」
「それだけ飲ませれば十分よ・・・」
「どういうこと?」

いまいち状況が見えなかったレイが疑問を口にした。

「レイ、これは六分儀の血筋だ」
「「「血筋ぃ?」」」

アスカ、ユイカ、レイが揃って声をあげた。

「あぁ、血筋だ。
 アルコールにある程度慣れないうちは、飲むとこうして性格が変化する。
 一種の暴走だ」
「だって、飲んだのってずいぶん前よ」
「それも血だ。
 量にもよるが、一気飲みでもしない限り、かなり時間がたってから出現する。
 周囲の者は誰も酔っているとは思わん」
「おじいちゃんもそうなの?」
「あぁ・・・、シンジとはいささか症状が違ったがな・・・」
「症状?」
「私の場合は女だ。
 ユイもリツコも、酒の勢いで口説いた」

照れた表情のゲンドウというのも珍しいが、それよりさらに恥ずかしげな表情のリツコも珍しい。

「でも、あの時のゲンドウさんはかっこよかったわよ」
「あぁ、問題ない」

しれっとのろける2人に、他のみんなは周囲の気温が上がったような気がした。


 部屋に戻ると、ちょうど昼食の準備ができていた。
気をきかせた中本の指示で、シンジ達の部屋に全員分の食事を運んでくれていた。

「いっただっきまぁ〜っすっ♪」

大皿に盛られた山海の珍味に、さっそくユイカが手を伸ばした。
セカンドインパクトのせいで起きた海流と気候の変化のせいで、日本近海に回遊して来る魚の種類にはかなりの変化が出たが、それでもタイやヒラメというのは今でも新鮮な物が取れる。
そういった高級魚が、ど〜んと舟盛りにされているのだ。

昼間からこれでは、夕食はどうなることやら・・・。
書いている方の身にもなって欲しいメニューだな・・・(^^;


 昼食後の一時をゆっくり過ごしたアスカは、温泉に行きたがった。
とにかく風呂好きなのだ。
どんなに忙しい時でも朝シャンを欠かさなかったのも、実はそれが理由なのだ。

旅館の広大な敷地の奥に設けられた露天風呂。
敷地で言えば確かにそこは奥なのだが・・・。

「わぁ〜っ♪
 海だぁ!」

ユイカは脱衣場を抜けて風呂場に入ったとたん目に入った光景に、竹垣に駆け寄るとその先を眺めた。

「何度来てもいい眺めね、ここは」

リツコもユイカの隣に並んで呟いた。

「リツコ、よく来たの?」
「ええ、たまにね」

同じように海を眺めるアスカの問に、リツコも海を眺めたまま答えた。

「海・・・。
 青い海・・・。
 広いもの。
 どこまでも続くもの・・・」
「わぁ、レイ母さんってしじ〜ん!」

レイはいつものクセで呟いただけなのだが、ユイカはそうは取らなかったようだ。

「いつものことよ」

くすっと笑ったリツコは、ちゃぷんとお湯に漬かった。


 一方こちらは男湯。
岩風呂に漬かったシンジに、ゲンドウはぼそっと囁きかけた。

「シンジ、こっちに来てみろ」
「なに?」
「声を立てるな。
 ここだ・・・」

手招きされて竹垣の隅に来たシンジに、ゲンドウはある一点を指差した。

「覗いてみろ」

いつもと少し違う、イタズラっぽいニヤリ笑いを浮かべたゲンドウに言われるまま、シンジは竹垣の隙間をのぞき込んだ。

ごく・・・。

「こ、これ・・・」
「どうだ?」

自慢げに言うゲンドウも、その隣から竹垣の向こうを覗いていた。

「すごいや・・・」
「さすがに若いな」

生つばゴックンものの表情で、すっかり向こうの風景に熱中するシンジの熱膨張を見て、ゲンドウは羨ましそうに呟いた。

2人が何を見ていたのか、それは永遠の謎、ということにしておこう・・・(^^;
まぁ、ユイをして「ゲンドウはかわいいところがある」と言わしめた一端は、こんな所にあるということだ。


 風呂から上がったゲンドウは脱衣場に置かれた販売機で、昔懐かしいビン入り牛乳を買うと、器用に片手でキャップを開け、腰に手をあててクイッと呷った。

「父さん・・・、オジン臭いよ」
「何を言う。
 これが正しい風呂上がりの作法だぞ」
「そ、そうなの?」
「あぁ、お前もやってみろ」
「う、うん・・・」

シンジも牛乳を買うと、ゲンドウをまねてキャップに親指を突っ込む。

きゅぽ!

んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、ぷはぁ〜〜〜〜っ!

「おいしい!」
「そうだろう?
 私が子供の頃は、それが当たり前だった」
「でも、なんか似合わないよね、建物の雰囲気と・・・」
「あぁ、はじめはなかった。
 ここの販売機は、私が置かせたものだ」

ゲンドウは自慢げな笑みを浮かべた。

銭湯じゃないんだから・・・。

シンジは思わず苦笑した。


 湯上がりの爽やかな気分でロビーまで来たシンジの耳に、アスカとユイカの声が聞こえた。
思わずそちらに足が向いてしまった。

「あぁ〜っ!
 ママずるいっ!!」
「何言ってンのよ!
 ひっかかる方が悪いんでしょうが!」
「よぉし、こんどこそ!」

かこん、ぱこん、かこん、ぽこん、かこん、ぱこん、かこん、すかっ!
・・・・こん、こんこんこんこん。

「ナインティーン、オール」
「でへへぇ!
 やったねっ」
「こぉのぉ!」

かこん、ぱこん、かこん、ぱこん、かこん、ぱこん、かこん、ぱこん、かこん、ぱこん、かこん、ぱこん、かこん、ぱこん、かこん、ぱこん、かこん、パコッ、カッ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、すかっ!
・・・・こん、こん、こん、ころころころころ・・・。

シンジの足元に、明るいオレンジ色のプラスチックでできた小さなボールが転がって来た。

「ピンポンダマ?」

「あ、パパ!」

卓球台を前にした浴衣姿のアスカ、ユイカ、レイ、リツコ。
あまりにも定番過ぎるその風景にシンジは、すぐ後ろを付いて来ていたゲンドウを振り返った。

「父さん?」
「なんだ?」
「父さんって、純和風趣味なんじゃなくて、ただのアナクロなの?」
「どういう意味だ?」

シンジはそれに答えずに、父親の真似をしてにやっと笑ってみせた。

「いいだろう。
 私が郷愁だけでこうした物を揃えているわけではないということを教えてやろう」

ゲンドウは発令所に立っていた時のような表情を見せると、アスカに向き直った。

「アスカ君、すまんがラケットを貸してくれ」
「え?」

わけがわからないながら、迫力に押されたアスカは、手にしたラケットを渡した。

「シンジ、何をしている?」
「何をする気なの?」
「勝負だ。
 ユイカ、シンジにラケットを渡してやれ」

ユイカは、ゲンドウの台詞にピンと来たのか、にやにや笑いを浮かべながら、手にしたラケットをシンジに渡した。

「はいパパ。
 頑張ってね」

それでもわけがわからないシンジは、握らされたラケットをじっと見つめていた。

「どうした、シンジ?
 やるのなら早くしろ。
 やらないのなら帰れ」
「バカシンジ!
 ボケボケしてないで、ほら!」
「あ、うん・・・」

アスカがオレンジ色のピンポン球を押しつけると、そのまま背中を押して卓球台の前に立たせた。

「さぁ、どこからでもかかって来い!」

ゲンドウは既にやる気満々だった。
レイは隣に立つユイカに、そっと耳打ちした。

「あ、それナイス!
 パパ、ちょっと待っててね」

ぱっと表情を輝かせたユイカは、たたたっと売店の方へ走っていくと、何かを販売機で買って帰って来た。
手にした缶のふたを開けると、シンジに手渡した。

「はいパパ、まずはこれで気を落ち着けて」
「ありがと・・・」

んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ・・・・、ぷはっ。

レイは、一気に缶の中身を飲み干したシンジの側に近付くと、耳元にぼそっと呟いた。

「初号機、起動。
 ATフィールド全開」

シンジの目が妖しく光った。

「ふおぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜ん!」

それまでのボケボケオドオドが嘘のように雄叫びをあげたシンジは、まるで中国人選手のようにきびきびと構えに入った。

「ちょっとユイカ、アンタ、シンジに何飲ませたの?」
「てへへ、ビール」
「あ、アンタねぇ・・・」
「でも、これで負けないでしょ?」
「そういう問題じゃないでしょうがッ!」
「そういう問題よ、アスカ」
「レイ、アンタまで」

3人がすっかりシンジ応援団に回ってしまったため、しかたなく審判席に立ったリツコが、試合開始を宣言した。

「これより、ゲンドウさん対シンジ君の試合を開始します。
 サービス、バイ、シンジ」

すぅっ、かこっ、こっ、こっ。
ぱこっ。
かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、こんこんこんこん。

「ワン、エンド、ラブ」

激しいラリーの後、先制点を入れたのはシンジだった。
その後は一進一退、ゲンドウが辛くもマッチポイントを迎えたものの、すぐに取り返されてデュース。

すぅっ、かこっ、こっ、こっ。
ぱこっ。
かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、こんこんこんこん。

「アドバンスド、バイ、シンジ」

まるでオリンピックかワールドカップの決勝戦を見るような緊張感に、シーンと静まり返ったホールに、球を打つ音とリツコの声だけが響く。

「ふっ、やるな、シンジ」
「父さんこそ、年のわりには頑張るじゃない」
「減らず口は、そこまで、だっ!」

カッ、こっ、こっ。
ぱこっ。
かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、ぱこっ、かこっ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、パコッ、カッ、こんこんこんこん。

ゲンドウの変化球サーブをカットで返したシンジ、それをさらにスピンをかけて返すゲンドウ、激しいラリーの結果は、

「デュース、トゥー」

こうして、取りつ取られつの応酬がくりかえされ、とうとう、

「デュース、トゥエンティーナイン」

つまり、どちらかが取ると取り返す、というやり取りが29回繰り返されたわけだ。
卓球は21店点先取、20点のマッチポイントで同点になってからがデュースなので、通算すれば得点は既に49対49ということになる。
実に2セット半を、たった1セットで消費しているのだ。

「えらいことになったわね・・・」
「ホントね・・・」

レイもユイカも、呆然と成り行きを見守っていた。

「何呑気なこと言ってるのよ!
 アンタらがビールなんか飲ませるからでしょうが」

若さとビールパワーのシンジ、長年の経験のゲンドウ。
どちらも譲らない意地と意地のぶつかり合い。
しかしその均衡は、いとも簡単に崩れ去った。
かっこうをつけてサーブしたシンジの上体がふらっと揺れたかと思うと、そのままどたっと崩れ落ちたのだ。
突然のことにあっけにとられたゲンドウは、打ち返すのも忘れて駆け寄ろうとした。

「おい、シンジぃおうわっ!」

ガツッ、ごん、グキッ、どたっ!

年相応に足にキテいたゲンドウは、卓球台の角に引っかかって、足をもつれさせてひっくりがえった。

ダブル・ノックダウン。

永遠に続くかと思われた勝負は、こうして突然の幕切れを迎えた。

 担ぎ込まれた部屋で翌朝を迎えたシンジは、起き上がることができなかった。
病名「二日酔い」、全治12時間。

「う〜ん」
「パパ・・・」
「バカシンジっ!」

部屋から動けないのはゲンドウも同じだった。
病名(?)「右足首捻挫」、全治2ヶ月。
相手に与えた損害程度からいえば、シンジの方が勝っていると言えなくもないが・・・。

「痛たたたた・・・」
「ゲンドウさん・・・」
「なぜ泣いているの?」

直接被害よりも大きな被害は、主役2人が寝込んでしまったことで、家族旅行の残りの日程が全て流れてしまったことだった。

「ぶぅ〜っ」
「アンタバカァ?」
「何をするのよ」
「無様ね・・・」

女性陣の非難を浴びながら、ゲンドウとシンジは呟きあった。

「勝負はまだ付いていないぞ」
「望む所だよ、父さん」
「「「「いいかげんにしなさいっ!」」」」
「「・・・はい・・・」」




ドモドモ、J.U.タイラーでっす!(^^)/

 はい、第八話をお届けします。
今回はちょっと悩みました。
こういうなんでもない日常が一番難しいです。
何と言っても、原作本編には一番少なかった場面ですから、それぞれのキャラが日常生活の中でどういう行動を取るか、それを与える資源は全て私の頭の中から絞り出さなきゃいけないんです。
ですからこの話は、書き上げるのに一番時間がかかってしまいました。
そんなわけでかなりの部分を、いくつかある趣味の一つから取って来ました(^^;
無理やり行数を稼いだ事がバレバレですな、これは・・・。

 今回はゲストとして、錨田特務曹長の紹介で同じグループから、一人出演してもらいました。
まぁ、解る人にはわかりますよね?(^^;
にしてもシンちゃん、サングラスかけなきゃ解らんのか、おまいは?(^^;





次回予告

 クラスメート同士でハイキングに出掛ける事になったシンジ達。
そして起った事件。

次回、第九話 「落ちて来たヤツ」・前編


ん〜〜♪
やっぱ、自然っていいわねぇ (^^)
 By Mana Kirishima

でわでわ(^^)/~~






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