ぱぱげりおんIFのif・第九話

落ちて来たヤツ・前編



平成13年6月6日校了

Happy Birthday To You, Shinji!
Wellcom To Present World.




 それがいつ、どこで、どうして始まったのか、今となってはもうどうでもいい事なのかもしれなかった。
始まりが解ったとして、今の状況から逃げ出す術がない彼らには、それが解決策を与えてくれるワケでは無いのだから。

「お腹空いたね・・・」
「喉も渇いた・・・」
「ナンか、寒くない?」
「シャワー浴びたい・・・」

ユイカ、ミユキ、マナ、アスカ。
第壱中学校の美少女ランキング上位を独占する4人に囲まれて、本来ならウハウハ物のはずの少年、碇シンジはその日何度目になるかわからない返答を返した。

「しょうがないよ・・・、道に迷っちゃったんだから・・・」


 事の起こりはほんの1週間前の事だった。
パトカーの中でした約束(※第五話参照)を果たすべく、むくれるユイカを宥めすかしてようやくのことで2人きりで出掛ける事ができたシンジとアスカだったが、ウインドーショッピングの途中でばったりユイカとミユキとマナの壱中姦し娘に出くわしたのだ。
元々ユイカは一人でこっそりあとをつけようとしていたのだが、途中でミユキとマナが合流してしまったのだ。

「ユイカ、何やってんの?」
「あ、マナ」
「珍しいじゃん、あんたが一人なんて」
「そういうマナは何してたの?」
「私?
 私はミユキとお買い物」
「おまたせぇ!
 あ、ユイカじゃない。
 珍しいわね」

何かの袋をぶら下げたミユキが店から出て来た。
どうやらマナを外に待たせて買い物をしていたらしい。

「ユイカ、何してたの?」
「あ、うん、ちょっと、買い物」

まさか両親のデートのあとをつけていたなどとは言えない。
適当にごまかすしかなかった。
おかげで当初の目的はどこへやら、そのまま街をぶらつくことになったところが、運悪く(?)デート中の2人と鉢合わせしたのだ。

「おやぁ、シンジ君ってば、今日もおアツイんだぁ♪」

イタズラっぽい笑みを浮かべてからかうマナに言い返せずにいるシンジ。

「そぉよっ!
 アタシのシンジだもん。
 アンタなんかにゃずぇったいに渡さないんですからねェだ!!」

煮えきらないシンジにカチンと来たアスカは、実力行使に出た。
ぐいっとシンジの腕をとって、自分の腕を絡ませるとぴたっとくっついたのだ。
面白くないのはユイカだ。
まるで網の上に乗せた餅のように、みるみるほっぺたが膨らんでいく。
この状況を面白がっているのは、それなりに裏を知っているミユキだけだった。
いや、もう一人、別の意味でそれ以上に面白がっている人物がいた。
最初にからかって火種をまいた事を全く自覚していないマナだった。

「はいはいはい。
 お惚気は家に帰ってからやってよね。
 ただでさえ日本は暑いんだからさぁ」
「ぬわんどぅえすっとぅえぇ!?」
「言ったと〜りの意味よ、判んない?」
「だから何が言いたいのよ?
 言いたいことがあるんだったらはっきり言えばいいでしょ」
「いいの?
 言ってもいいのね?」

マナがニヤッとした妖しい笑みを浮かべる。

「まずい・・・」
「マシンガンが出るぅっ!」

ユイカとミユキは慌てて耳を塞いだ。

「さっきから黙って聞いてれば言いたいことを、何よアンタ。いつも人気投票でダブルスコアで負けてるからって根に持っちゃってるワケェ?だいたい若さと元気だけじゃ何事にも限界あるってこと。可愛いだけじゃ世の中渡って行けないってぇのよ。おまけに性格ブスだし我が侭だしシンジ君がかわいそうよ。地球はアンタを中心に回ってるんじゃないのよ。ちょっと髪の毛が長いからっていい気になってるとそのうち首まで長くなっちゃってお化けになるわよ。ハーフで胸がデカいのは判るけど態度までデカくちゃお仕舞いよね。ついでにケツもでっかいし重そうだし靴がかわいそうね、すぐにだめになるんじゃないの?胸のデカいのは頭が悪言って言うけどホントよね、この前のテストはどうか知らないけど小テストなんて下から数えた方がずっと早かったみたいだし。未だに漢字がわからないなんて今時小学生でもいやしないわよ。だいたいアンタ転校生のくせにもう天下取った気分でいるの?生意気なのよねぇ。ホントやんなっちゃうわ、あぁ馬鹿馬鹿しい、同じ空気を吸うのもヤだわ、寄るな触るな近寄るな、あっち行ってよ、病気が移るわ、顔も見たくないのよ、いつもアンタバカ、アンタバカって言ってるけど、アンタがバカよね。ふふん!
 あぁ、すっきりした」

一気にまくしたてたマナが様子を窺おうとアスカを見ると、俯いてわなわなと震えている。

ニヒヒ、効果バッチリね。
この私に口で勝とうなんて10年早いのよ。

「よくも・・・、よくも言ってくれたわね・・・」
「言ったが何よ?」
「アンタはノータリンでおバカさんだから適当に罵詈雑言並べてりゃいいかもしれないけどそれじゃぁおテント様が許してもこのアスカ様が許さないってもんよ。自分が貧乳だからってひがんでんじゃないわよ。病気よ病気。アンタはどういうつもりか知らないけどこっちは世界一の科学の国から来た大天才超絶美少女のアスカ様なのよ。だいたいアンタなんて馬みたいな栗毛の天パで中身まで天然だし外見はちょっとマシだからっていい気になってさ。そうやって盛ってるぐらいだからホルモン過剰なんでしょうけどツルンペタンのズンドーなんだもの、そりゃぁかわいそうよねぇ。*****も○○○○だったり**だし○○○○は***だから○○○○○ぐらいだから○○○○なんだわ、*****で○○○○○でおまけに○○で***だから○○○○○なのね。○○○○○は○○○○○○で******だわ。○○○○○なくらいで****なんだもの、もう○○○○○○よねぇ。
 どぉだ、まいったか?」

途中から、とても文字に表わせないような方面にネタをシフトさせて行ったアスカは、両手を腰に当てるとぐいっと胸をそらせてマナを睨みつけた。

「どうしてもって言うんならもっと言ってやるわよ。
アンタみたいなおバカさんは相手にすんのも疲れるだけ損だっていうのよ。だいいちちょっと色が白いからって自慢しちゃってまぁ、=====書くの疲れたから中略=====
 へへんだ!」
「まだまだぁ!
アンタみたいに真っ黒けっけの丸焼き女に言われたかぁ無いわよ。どこが髪の毛か顔か地面か解りゃしないわ。ホント不細工なのよね、=====めんどくさいから中略=====
 どぉよっ!」
「なにこのぉ!
 =====まだやる気か、以下略=====」
「させるかぁっ!
 =====えェ加減にしなさい、以下略=====」
「くっ・・・、な・・・、なかな、か、やる、わね」
「アンタも、アタシとタメ、張れるなんて、たいした、もん、じゃない。
 気に入ったわ。
 特別にアスカって呼ばせてあげるわよ」
「私もマナって呼ばせてあげるわ」

荒い息をしながら2人は顔を見合わすと、同時に吹き出してしまった。
その横には塩の柱と化した3人、そして遠巻きにして何事かと伺う野次馬たち。
ある暑い夏の昼下がりの出来事だった、めでたしめでたし・・・、で終われば苦労はなかったのである。
ところがマシンガントークの応酬ですっかり意気投合してしまったアスカとマナは、そのまま次の週末にみんなでどこかへ遊びに行こうかなどと盛り上がってしまっている。
よく男の友情は拳で確かめるというが、女の友情は拳が無い分言葉の応酬で確かめるのだろうか?
男と生まれて三十数年、女の友情を知らない作者にはよくわからなかったりもする。
※あたり前や!ヾ(^^;)

\(^^\) 余談は (/^^)/ さておき・・・。

こうして盛り上がったアスカとマナに、優柔不断が災いして断れなかったシンジが引きずり込まれ、シンジにくっついて行く形でユイカが飲み込まれ、面白そうだからというノリでミユキが自ら渦に飛び込んだおかげで、1時間後には次の週末に5人だけで遊びに行くことが、なしくずし的に決定してしまっていた。
行く先は最近少しづつ開発と整備が進み、格段に安全性が増した青木ヶ原の樹海の森林公園にしようということになった。
近くにマナの父親が持つコテージがあるとかで、宿泊もできるのだから泊り掛けで出掛けようというのだ。
嫌な予感のしたシンジは、とにかく親に相談しよう、というもっともらしい意見を出した。
しかし頼みのゲンドウもリツコも反対しなかった。
かえって、何かあったらNERVの全力でバックアップするから楽しんでこい、という頼もしいお言葉まで頂戴している。
ミユキは両親が両親だけに、シンジとアスカがいるという事を聞いたとたんに、あっさりとOKが出た。
マナは言い出しっぺである上に自分の家のコテージに行くのだからと、何も考えていない親は二つ返事で許可した。
こうしてシンジが頼みの綱とした全てのブレーキは効果なく躱されてしまったのだ。


 泊まりがけのハイキング当日、乙女峠を越えて御殿場に抜けるバスから青木ヶ原森林公園行きのバスを乗り継いで目的地に到着した一行は、まず霧島家のコテージに荷物を置くと、さっそく連れ立って森林公園の中に入って行った。
小鳥がさえずり、時折そよぐ風に揺られる木々がざわめき、木漏れ日が様々な陰影を投げかける森の中の小道を歩くと、都会の喧騒を忘れてリラックスした気分にしてくれる。

「ん〜〜♪
 やっぱ、自然っていいわねぇ」

大きく深呼吸したマナが声に出す。
両手を思いっきり広げて伸び上がる姿は、森のエルフのようだ。
そんな不思議な感覚に見とれるシンジの耳に、ちょっと耳慣れない物音が響いて来た。

「あれ?
 ナンだろ?」

キィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
シュゴゴゴゴゴゴォーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーォォーーーォーーーーーーーォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーォォォォォォーーーー

あっという間に近付いて来た金属音が、強烈な爆音と共に長い残響を響かせて通り過ぎて行った。

「な、何今のっ!?」
「光ってたわよ!」
「もしかしてUFOじゃない?」
「きっと宇宙人よ、宇宙人っ!」

何が通り過ぎたのかをてんで勝手に騒ぐ。
しかしそれは、次の瞬間聞こえて来たかすかな響きに強制的に途切れてしまった。

ズズズゥーーーーーーーーーーン・・・・・・・

「え?」
「落ちた・・・、の?」
「まさか・・・」

この手の音を嫌というほど経験して来たシンジとアスカが素早く反応した。
それ以上に、目を輝かせて反応したのがミユキとマナだった。

「行ってみようよ!」
「行こう行こう!」
「「「えぇ〜〜〜〜っ!」」」

目を輝かせて提案するミユキとマナに、不穏な空気を敏感に感じ取る能力に長けたシンジとアスカ、そして恐い物が苦手のユイカが抗議の声をあげた。

「ほら、行きましょうよぉ!」
「あ、マナ、待ってよ!」
「シンジ君男の子でしょう!
 先頭に立つのよっ!」
「あの、ちょっと待ってよ。
 こういう時は、勝手に動くとマズイと思うよ」

すぐにでも動き出そうとするマナの腕を取って、シンジが引き止めた。

「どうして?」
「もし何か変なのが出て来たらどうするのさ?
 14年前のことは歴史で習ってるでしょ?」
「なに言ってるのよ。
 あれはシンジ君のお兄さんが全部退治してくれたんでしょ?」
「そ、それはそうだけど・・・」
「いいわよ。
 シンジ君が行かないんだったら私だけでも行くから」
「わたしも行くぅ!」

一人息巻くマナにあわせるように、ミユキが元気よく手をあげた。

「アンタらねぇ」

アスカは半ば呆れたように呟いた。

「ね、シンジ君、おじいちゃんに電話してみたら?」
「あ、そうか!
 父さんに確認してみればいいんだ」

シンジはユイカの助け船に飛びついた。
ポケットから携帯電話を取り出したが、その表情が一瞬にして曇った。

「だめだ・・・、圏外だよ」
「ほぉら。
 私達が行くしかないのよ。
 それに報告だったら、何が落っこちたのか見てからだって遅くないでしょ?」
「あ・・・、えと・・・、うん・・・」

マナの勢いに負けたシンジが、おずおずと頷く。

「はい、これで3対2よ。
 アスカとユイカはどうするの?」
「しゃぁない・・・、行きますか」
「じゃぁ、わたしも・・・」

諦め気分100%で返事をしたアスカのおかげで、自分一人がここで置いて行かれそうな気になってしまったユイカも決心した。

「ほい、決まった!
 それじゃぁ、れっつごぉ!」

マナが元気よく声を出し、5人は音のした方に向かって歩き出した。


 厚木市の郊外にある巨大な空軍基地。
関東地方の防空を一手に引き受ける、戦略自衛隊厚木航空隊と国連空軍日本管区厚木航空隊の共同使用する基地だ。
共同とはいえ、日本管区駐留の国連軍はセカンドインパクト後の組織改編で供出された自衛隊であり、戦略自衛隊は国防のためにという名目で国内に残された陸海空の三自衛隊を統合した物なので、いずれも元は同じ航空自衛隊だ。
その厚木基地に、けたたましくサイレンが鳴り響いた。
エプロン(駐機場)脇に建てられた待機所から、パイロットや整備員が走り出る。
何機もの偵察機やVTOL、ヘリなどが格納庫から引き出され、慌ただしく飛び立つ準備が始められた。

「非常招集、それも実動なんて、15年ぶりじゃないか?」

取材に訪れていた眼鏡をかけたカメラマンが、隣に立った、大学卒業以来ずっとコンビを組んでいるジャーナリストに話しかけた。

「そうやな・・・。
 ワイらが中学の頃・・・、ちょうどワイがこの足無くした頃以来や・・・」

義足のジャーナリストは、今でも時々『指先が痒くなる』ことがある強化プラスチック製の左足を見やり、発進準備を進める航空機に視線を戻すと呟いた。
サイレンの事情を聞きに行っていた広報官が駆け戻って来た。

「安田1尉、どないしたんでっか?」
「富士の樹海に何かが落ちたらしいんですが・・・」
「それを捜索しに?」
「ええ。
 監視のレーダーサイトも、一瞬の出来事だったせいで、正体を掴めなかったらしいんです」
「なるほど・・・。
 何モンが来よったんか、直接見に行くワケでんな・・・」
「こりゃ、午後の空撮はキャンセルですね・・・」
「あ、その件は戦自の航空隊長に確認しました。
 捜索機の1機に乗っての同行取材ってことで、許可を取付けましたよ」
「いいんですか?
 実動でしょ?」
「かまいませんよ。
 私達も使徒戦役以来、国際救助隊のあだ名の方が本業みたいなものです。
 これほどの規模の実動は滅多にありませんからね。
 広報活動にはもってこいの状況です」
「さては安田1尉、隊長サンにねじ込んだんでっしゃろ?」

義足のジャーナリストが笑みを浮かべる。

「はははっ。
 解りますか?」
「わからいでかいな。
 何の貸しをチャラにしたんでっか?」
「この前、釣りで勝負しましてね。
 隊長はボウズだったんですよ」
「なるほどね」

眼鏡のカメラマンも思わず表情を緩めた。

「あの機体です。
 行きましょう」

安田は駐機場の一角でスタンバイしている大型の救難ヘリを指差した。
歩き出した安田について、カメラマンとジャーナリストも歩きはじめた。

「こっから樹海やったら、ウチの上通るんとちゃうか?」
「そうだな・・・。
 ちょうど第三新東京市の上がルートだよな」

Mil-55URという形式ナンバーを与えられた年代物の救難捜索ヘリコプターは、エンジンをかけ、ローターを回転させながら3人が乗り込むのを待っていた。
まず安田が乗り込むと、続いて乗るカメラマンに手を貸した。
乗り込んだカメラマンが、今度は自分の相棒に手を差し出す。

「手貸せよ」
「おぉ、すまんの」

義足のジャーナリストは、眼鏡のカメラマンに引っぱり上げられるようにヘリに乗り込んだ。

「これって、もしかして昔乗ったことあらへんか?」
「覚えてないか?
 中学の時に空母につれてってもらったの?」
「おぉ!
 あん時のか!」
「あれと同じシリーズだぜ、このヘリ」
「さすがや、よぉ覚えとるわ」
「イメージが強烈だったからね」
「何の?」
「惣流のパイロットスーツ着たシンジがさ」
「そらそぉや」
「「イヤァ〜ンな感じィ、ってな」」

2人は互いに顔を見合わせて吹き出した。

『鈴原さん、相田さん、行きますよ』

思い出話に花を咲かせるトウジとケンスケの付けたインカムに、パイロットの呼び掛けが流れて来る。

「あ、あぁ、お願いしまっさ」

トウジは慌ててマイクに向かって返事をした。


 緩やかにうねるようなアップダウンを繰り返す遊歩道を、先頭に立って進んでいたマナはふと立ち止まった。

「どうしたの?」

危うく背中にぶつかりそうになったミユキが顔をのぞき込んだ。

「音がしたのって、こっちの方よね?」

マナが指差す方向は、ちょうど遊歩道が曲がっているのと反対方向、木々が生い茂る森の奥の方向だ。

「そうよね・・・」
「この地図だとさぁ・・・」

マナは、ハイカー用に準備された遊歩道の地図を取り出した。

「こっから先って、遠くなる方向に道が進んでるのよ」
「ホントだ・・・」

マナの肩ごしに覗き込んだミユキが地図を確かめて頷く。
シンジ達も集まって来て地図をのぞき込んだ。

「冒険は終点だね」

半ば安心したようにシンジが呟いた。
シンジが、だから帰ろう、と言う前に、アスカがその安心を吹き飛ばした。

「でもほら、ここ。
 この細い線って、道でしょ?」
「この遊歩道ができる前は、こっちが本道だったみたいね」

アスカが指で示したのは、今いる遊歩道から少し離れたところを通っている道だ。
しかもお誂え向きにそれは、今いる場所から見ればちょうど音のした方向に進んだところを走っている。

「で、今いる場所とこの旧道、そんなに離れてないんじゃない?」
「この地図からすると、ほんの2〜3キロね」
「なんだ、ウチから学校行くより近いじゃん」

マナの言葉に、ミユキがお気楽に言った。

「そうね、行ってみましょ」

いつの間にか乗り気の方が勝ってしまっているアスカが軽く言う。

「大丈夫かなぁ・・・」
「なによ、シンジ。
 恐いの?」
「恐いとかじゃないけど・・・、ちゃんとその道に出られるのかな、って」
「バカねぇ。
 こっちの方角に真っ直ぐ進めば、必ず出られるわよ」
「心配だったらほら、今のうちに方角を確かめといて・・・」

マナは小さな方位磁針を取り出すと、方角を確認した。

「おおよそ300度ね。
 この方角から外れなきゃ、迷うことは無いわ。
 さ、行きましょ」

方位磁針をポケットに仕舞ったマナは、先頭に立って歩き出した。
分け入った森は意外と深く、生い茂る樹木のせいで、太陽の方向すら確認できない。
5人には、5分もするとどこにいるのか解らなくなっていた。
先頭を歩くマナが時々確認する方位磁針だけが頼りなのだが、誰もが、遊歩道が整備された本当の理由を忘れていた。


 NERV本部、と言っても第三新東京市の中心部(もちろん地上)に建てられた現在のものではない。
NERVがまだ国連の非公開軍事組織として、まさに使徒との戦いに明け暮れていた時代に使われていた、ジオフロントの中央にあるピラミッド型の建物の方だ。
今でこそジオフロントも一般に開放されているが、地下本部庁舎本体は、研究内容の保全と危険物(細菌、化学薬品など)の保管などを理由に非公開となっている。 これらの理由付けは完全な建前で、実は残された2機のエヴァを保管しておくことが最大の理由だった。
シンジのサルベージが終了し、初号機と弐号機が存在しなくなった今、その跡地をどう利用するか、あるいは地下庁舎を開放するか否かなど、NERVが抱える検討課題は多い。
それらを検討する中心になっているのは、一般企業並みに組織が改編されてしまった後に強大な権限を持たされて、いや、押しつけられてしまった総務部だ。
その部長に治まり、というか祭り上げられてしまった日向マコト2佐のもとに今、1人の女性が訪ねて来ていた。

「忙しいのに、悪いわね」
「まぁ、他ならぬ技術部長殿の頼みとあっちゃね」

どちらかというと「可愛い」という形容が未だに似合う、15年前とあまり変わらぬ容姿を保つその女性は、その外見の可愛さそのままに小さく拝み手をしながら上目づかいのままに頭を下げた。

「で、何でそんな場所に行かなきゃならないんだい?」
「それがね・・・」

一通り説明を聞いたマコトは、考え込んでしまった。

「それってさぁ、俺よりは加持さんのトコじゃないのかなぁ?
 あっちの方が、探し物は得意だぜ?」
「だめよ。
 これは本来技術部から外には出せない話なの。
 日向君にだって、昔の誼みでもなきゃ、話さなかったわ」
「・・・なるほどね・・・。
 でもさ、本当にVTOL1機貸し出せば、それでいいの?」
「ええ。
 できればパイロットも、信頼できる人がいいわね」
「わかったよ。
 VTOL1機、パイロット付きで。
 すぐに準備するから」
「ありがと、日向君」

マコトは、総務部長執務室を出ようとする技術部長を呼び止めた。

「マヤちゃん」
「なに?」
「話し方がさ、昔の副司令に似て来たね」

言われたマヤが振り返ると、マコトがにやけた笑みを浮かべていた。

「いじわるっ!
 日向君だって、それ、あの頃の司令にそっくりよ」

両手を口の前で組み、不敵な笑みを浮かべる姿は、確かにあの頃のゲンドウを髣髴とさせる物があった。

「そりゃどうも・・・。
 さて、行きますか」
「行くって、どこ?」
「格納庫」
「日向君が直接行かなくても、電話で・・・」
「信頼できるパイロットが欲しいんだろ?
 俺が一番信頼してるパイロットは実は、今君の目の前にいるんだ」

ぱちっとウインクをして立ち上がったマコトは、デスクから受話器を取り上げた。

「あ、日向2佐です。
 これからちょっと出掛けたいんで、VTOLを準備しといて下さい。
 え?
 あ、パイロットは不要です。
 そう、俺が自分で飛ばします。
 そうそう・・・。
 はい・・・、ほんじゃよろしく」

受話器を戻すと、目が点になったまま凍り付いているマヤの肩に手を置く。

「ほら、行くよ。
 時間無いんでしょ?」
「え、あ、うん」

とっとと部屋を出るマコトに、マヤは慌てて付いて行った。


 青木ヶ原の樹海は、もともとが富士山噴火の時に流れ出た溶岩の上に広がっている。
鉄を中心に磁性体を多く含んだ溶岩が大量に堆積した大地なのだ。
そのせいで、強い磁場があちこちに形成されている場所では、地磁気を頼りに方位を割り出す方位磁針は役に立たない。
古来青木ヶ原は自殺の名所とも、ハイカーの蟻地獄とも呼ばれ、一度入って迷った者が生還した例が極端に少ないことで有名だった。
その樹海の一部を切り開き、磁石無しでも安全に森林浴を楽しめる遊歩道として完成させたのが現在の青木ヶ原森林公園なのだ。
遊歩道周辺は整備に際して、徹底した消磁が行われたおかげで問題無いのだが、旧道を含む森林地帯のほとんどは手つかずになっていた。
当然方位磁針は役に立たないのだが、もちろんのこと、シンジ達5人が今いる森も、その範囲に含まれる。
森の中だからと、2〜3キロ程度の道のりながら1時間ほどだろうと見当をつけていたはずの旧道に、いつまでたっても出合わないことに不安が無いわけではなかったが、小さな頃から遊び場にしていた樹海の公園内で迷うことなど絶対に無いという絶大な自信があったマナは、常に自信満々の態度でパーティーを引っぱって歩いた。
そのマナの態度を信頼した他のメンバーは、何一つ不安を感じることなくついて行った。


 回転翼が空気を打ち据える音が響くキャビンを囲む窓から見える景色が、見覚えのあるものに変った。
時折カメラを構えてはシャッターを押すケンスケの肩をつついたトウジが、眼下の景色を指差した。

「見てみぃ。
 芦の湖や」
「あそこが旧市街か・・・。
 こうして見るとさ、ホント、寂しい感じするよな」

旧市街とは、零号機の爆発で穿たれたクレーターによって蒸発した元の第三新東京市があった場所だ。
戦闘直後に芦の湖の水が浸入したせいで、当時は新芦の湖と呼ばれる大きな湖ができていたが、一般に「最後の戦い」と呼ばれる戦略自衛隊とゼーレのジオフロント侵攻作戦の時に投下されたN2弾頭搭載弾道弾によって、水はおろか特殊装甲ごと蒸発していた。
国連と日本政府、そしてNERV共同の戦後復興事業で、ジオフロントの再整備と、第三新東京市の地面となる天蓋部分の再構築も行われていたが、使徒戦役終結を受けて疎開から帰って来た人々の手によって、天蓋部分の復旧を待たずに新たに開発された周辺部のおかげで、現在ではほぼ15年前の3倍の巨大な都市に変貌している。
第七・第壱拾使徒の爆発によってできた第二・第三芦の湖なども、溜まった水は全て芦の湖に排出され、巨大なクレーターも埋め立てられ、あっという間に住宅が立ち並んだ。
このうち、復旧した天蓋部分は、建築物の工事が最も遅かったこともあって、新たにできた街よりもさびれてしまっている。
そのせいでだろうか、天蓋部分の街のことを、誰ともなく旧市街と呼ぶようになっていた。
ケンスケ達にも、まだ4割近くが更地のままの旧市街の様子が、上空から眺めたせいで、より強調して窺うことができた。

「言うてもなぁ・・・、ワイらにとってはこっちの方がホンマモンの第三新東京市や。
 いろいろとあったさかいなぁ」
「街にウソもホントもあるかよ・・・。
 まぁ、思い出深いってのは認めるけどね」
「あのころの傷なんぞ、跡形もあらへんで・・・。
 ホンマ、平和な世の中になったもんやで」
「そのかわり、親友が1人、いなくなっちゃったけどね」
「ケンスケ・・・」
「それに、この前もう一人もね・・・」
「ケンスケ、それは言わん約束やで」
「あぁ、すまん・・・」

ピクン、と眉を釣り上げて語気を強めたトウジに、ケンスケは気まずそうに詫びた。
それきり会話の途絶えたヘリは、一路青木ヶ原を目指して第三新東京市上空を飛び抜けて行った。


 デスクの上の電話が鳴っていた。
溜まっていた書類を整理する手を止めてちらっと目線を上げると、深津とまともに目が合ってしまった。
深津がついっと顎で電話機を示す。
目が「アンタが出なさい!」と語っている。
織田は、慌てて外した視線を斜め向かいに走らせた。
今度は錨田と目線が合う。
錨田も顎で電話機を示し、目で「お前ェが出ろ!」と言っていた。
さっと目をずらすと、そこにお誂え向きの犠牲者を見付けた織田は、自分がやられたと同じ動作をした。
くだんの人物、三田は驚きの表情を浮かべると、「俺がですか?」と言わんばかりに、顔面に自分の指を突き付けて、周囲を見回した。
3人は一斉にウンウンと深く頷いて返す。
大げさにしょげ返ってみせた後、嫌々の気分がありありと解る態度で伸びた手が受話器に届く寸前、救いの女神がそれを取り上げた。

「はい、北総署捜査一係です。
 え?
 ・・・あ、はい、いますが・・・。
 あの、どちら様でしょうか?
 は?
 はぁ・・・、はい、少々お待ちください」

水野は受話器を耳から離すと、送話口を手で押さえながら振り返った。

「錨田さん、お電話です」
「なんでぇ、俺にか?
 誰から?」
「さぁ・・・。
 髭と言えば判るって・・・」
「髭ェ・・・?
 おぉ!」

錨田は立ち上がると、水野から受話器を受け取った。

「よぉ、どぉしたい?
 お前ぇさんが直に電話して来るなんざぁ、珍しいじゃねぇか。
 ふん・・・あぁ、・・・あぁ・・・、あ・・・何ぃ!?
 おぅ、ちょっと待て」

錨田は慌てて受話器を口元から離すと、自分を見上げていた織田に目線を走らせ、手で物を書く仕草をした。
織田がメモと鉛筆を渡す。

「いいぞ。
 あぁ、・・・あぁ・・・、それで?」

相手の言う言葉を書き止めながら、表情がだんだん厳しくなる。

「しかしなぁ・・・、俺ぁ所轄だぞ?
 完全に越境じゃねぇかよ」

メモを取る手を止めた錨田が、これ以上無いというくらい渋い表情で言う。

「・・・・・・そりゃまぁ・・、いや、しかしだなァ・・・。
 あぁん?
 本気で言ってるのか?
 ・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・、解った解ったァ。
 ったく、しょうがねぇなぁ・・・。
 俺ァどうなっても知らねぇゾ?
 ・・・・ほいよ、じゃぁな」

苦り切った表情のまま受話器を置いた錨田は、ぽんと織田の肩を叩いた。

「ちょいと付き合え」
「どこへ?」
「お出かけだ」
「だからどこですか?」
「いいから黙って付いてこい」
「はいはい」

先に部屋を出て行く錨田の背中を横目でにらむと、深津の顔を見て肩をすくめてみせる。
お返しに「しっしっ」と手を振ってみせた深津の態度に、織田は思わず天井を見上げた。

「あの、私が行きましょうか?」
「あ、いいのいいの。
 どうせまたいつもの気まぐれだと思うからさ。
 水野さんは昇任試験の勉強でもしててよ」
「織田ァ!」

いつまでたっても付いて来ない織田に、出入り口で振り返った錨田の怒声が飛ぶ。

「はぁ〜いぃ!
 いぃまぁ行ぃきぃまぁすぅっ!!」

織田は半ばやけくそぎみに声を張り上げた。

「んじゃ、行って来まぁす・・・」

誰にともなく力なく呟いた織田は、それでもさっと駆け出した。


 目の前に、ちょっとした川が流れている。
差し渡し10mほどあり、深さも50cmを越えており、渡るには足が濡れるのは確実で、ちょっと覚悟がいるだろう。

「どうしよっか?」

ユイカが心もとない声を出した。

「渡れるところを探しましょうよ」

ミユキがあいかわらずお気楽に言う。

「って言っても・・・」
「上流なら川幅が狭いかもよ」

心配げなシンジの声に、アスカが言葉をかぶせる。
ずっと川を見つめて黙っていたマナが顔を上げた。

「こっちよ」

マナは一言だけ言うと、下流に向かって歩き出した。

「どうして下流なの?」
「あのねユイカ、このへんの川ってね、地形のせいで突然現れたり、突然消えたりするの。
 私、音を聞いてたの。
 上流より下流の方が静かだったわ。
 つまり、この先で川が消えてる可能性が高いのよ」

 溶岩流が冷え固まった場所をベースとしているため、冷却の段階で抜けたガスが残した穴がそこかしこに口を開け、降り注いだ雨水や地下水などが作った川が、ある時は地上に、ある時は地下にと、複雑な流れを作っていた。
静かな環境で耳をすませば、水の流れる音と共に、その音の大きさから川の様子を見極めることも可能ではある。
とはいえ、滝や急流などの状況の変化によって極度に変化する水音を聞き分け、川が地下に消えている可能性を言い当てるのは至難の業だ。

「へぇ・・・。
 マナって、けっこう野生児なんだね」
「やせ・・・。
 せめてアウトドア派って呼んでよね」
「あ、そうそう、それよそれ。
 言葉が思い出せなかったの」

苦笑を浮かべたマナに、ユイカは慌ててフォローを入れた。

「思い出せなきゃ言うンじゃないの」
「いったぁいっ!
 アスカ今、ぐーで叩いたァ!」

よっぽど痛かったのだろう、涙目で抗議の声。

「アタシはそんなオオボケな子に育てた覚えは無いわよ」
「私だって育てられた覚えないもん。
 私のママは目の前のアスカじゃなくて、アスカのお姉ちゃんのアスカでしょ?」
「生意気言うんじゃにぁ〜っあわわっ!」

どたっ!

「痛たたた・・・」
「漫才はいいから足元見ないと・・・」
「コケる前に言いなさいよっ、バカシンジ!」

張り出した木の根っこに蹴躓いたアスカは、心配そうに声をかけたシンジを睨みつけて、ぶつけた足をさすっていた。

「いつまで黙って見てんのよ?」
「あ、ゴメン」

シンジは今気がついたかのように、アスカに手を貸した。

「んしょ」
「アスカ・・・、重くなってない?」
「んバババババカッ!
 なワケ無いでしょっ、バカシンジ!!」

顔を真っ赤にして怒鳴り返すが、その慌てっぷりが真実を物語ってしまっていた。

「アスカって、解り易い性格してるのね・・・」
「単純明快にして明朗闊達、お祭り騒ぎが大好きで、騒ぎの中心に必ず姿あり。
 でも我が侭で意地っ張りで気が短くて手が早いたぁ〜いぃ!」
「黙って聞いてりゃ、言いたい放題言うんじゃない!」

アスカの性格をぺらぺらと並べ立てるミユキの頭に拳が一閃。
あまりの痛さに、ミユキは頭を抱えてしゃがみこんだ。

「ったく、アンタといいユイカといい・・・」
「まぁまぁ、アスカだって手が早いのは事実でしょ?
 ミユキちゃん、大丈夫?」
「ここが痛かったのぉ・・・」
「どれどれ」

シンジは立ち上がったミユキの頭をのぞき込んだ。

「ここ?」

シンジが覗き込むのに合わせて頭を下げたミユキ。
それはちょうど彼氏の胸に顔を埋めるような仕草に見えた。

「「「むぅ〜〜〜〜〜〜っ!」」」

周りで見ていた3人が一斉にむくれる。

「瘤にはなってないみたいだね」

呑気なシンジに見えないように、ぺろっと舌を出したミユキがブイサインで3人の非難に答えた。
その姿と表情を見れば、母親が誰かが嫌でもはっきりする。
一人アスカだけが、内心苦笑していた。


 NERV本部地上施設のヘリポート。
格納庫から引き出されたVTOLが、今まさにエンジンをかけようとしているところだった。

『 NERV02, This is Control 』
(NERV02、こちら管制塔)
『 Control, This is NERV02 』
(管制塔、こちらNERV02)
『 Wait to start engin, Passenger is come 』
(エンジンスタートは待て、お客さんだ)
『 Passenger? 』
(客?)

第三新東京市周辺部の航空交通管制は、近くにある第三新東京国際空港管制部が引き受けており、広域航空管制は入間にある国土交通省航空局関東航空管制所が行っている。
したがって管制塔と言っても、小さな出窓があって、離着陸を統制する管制担当職員が2名ばかり常駐しているだけの物だ。
マコトが風防越しに管制塔の下にあるターミナルの方を見ると、確かに誰かが近づいて来た。
NERVの標準的な飛行服(パイロットスーツ)にパイロット用のヘルメットを被っているために、ボディーラインから女性職員であることは判断できるが、それが誰なのかまではよくわからない。

「マヤちゃん、他に誰か乗るの?」
『いいえ、何も聞いてないわよ』

キャビンからインカムを通して聞こえて来たマヤの声にも、いぶかしげな響きがあった。

「じゃぁ、あれ、誰だ?」

近付いて来た人物は躊躇うことなく、マコトが開けてやったドアからキャビンに入り込んで来た。

『樹海に行くのでしょう?
 乗せて行って』

声を聞いてはじめて、それがレイだと解った。

「レイちゃん!?」
『いきなりどうしたのよ?』
『後で話すわ。
 とにかくお願い』

レイにしては珍しく硬い声だ。
何かあったのだろうという見当だけは付いたマコトは、納得しないまでも、反対はしなかった。
コンソールのスイッチでキャビンのドアを閉めると、マコトは改めて管制塔と連絡を取った。

「 Control, This is NERV02, Request engin start 」
(管制塔、こちらNERV02。エンジンスタート許可を求める)
『 Nerv02, This is Control, Clear to engin start 』
(NERV02、こちら管制塔。エンジンスタートを許可する)
「 Roger Contlor, engin start now 」
(了解、管制塔。これよりエンジンをかける)

狭いヘリポートのため、周囲の安全を確認してからでないとエンジンスタートすらできないのだ。
特にジェットエンジン装備のVTOLは、周囲にエンジンの排気ガスを盛大にまき散らしてしまい、危険このうえない。
そのせいで、NERV本部のヘリポートでは、通常の離陸許可をめぐるやり取り以外に、エンジンスタート段階から管制塔の許可を必要としていたのだ。
ヘリポートに金属音が充満し、VTOLの排気ノズルから盛大に陽炎が吐き出される。

「 Control, This is NERV02, Request take-off 」
(管制塔、こちらNERV02。離陸許可を求める)
『 Nerv02, This is Control, Clear to take-off.
  Wind 145-20, QNH 3041, over 』
(NERV02、こちら管制塔。
 離陸を許可する。
 145度の風、20ノット、気圧高度計設定は3041だ、どうぞ)
「 Roger Control, I have take-off, Wind 145-20, QNH 3041 」
(了解、管制塔、これより離陸する。
 145度の風、20ノット、気圧高度計設定3041を了解)
『 Copy, NERV02.
  Good-luck! 』
(NERV02、確認した。
 気をつけて!)
「 Thank you, Contlor 」
(管制塔、ありがとう)

教科書通りの交信をすませたマコトは、スロットルとノズルコントロールが一体になったコレクティブレバーと操縦桿、ラダーペダルを同時に操作して、機体を浮揚させた。
離陸したVTOLは、そのまま高度を稼ぐと、一路樹海の方向目指して飛んで行った。


 北総署を出た覆面パトカーが、市内から人形峠に通じる国道を疾走している。
ハンドルを握るのは織田だ。

「このまま峠を越えればいいんですよね?」
「そうだ」
「で、どこ行くんです?」
「黙って運転しろよ」
「はいはい・・・」

キィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
シュゴゴ
ゴゴゴゴゴォーーォーーーーーーーォォォォォォーーーー

はるか上空を、VTOLが爆音を響かせて通り過ぎて行った。

「NERVのVTOLか・・・。
 んのやろ、自分でも動きやがったのか?」
「自分で?」
「お?
 いや、いい・・・、気にしねェで運転しろ」

それきり会話の途絶えた覆面パトカーは、ワインディングを快調に走って行った。
やがて車が峠に指しかかったところで今度は、

バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ

派手なオレンジ色と白に塗装された大型ヘリが通り過ぎた。

「国連軍かな?」
「いや、ありゃぁ空自だな」
「空自?
 航空自衛隊ですか?」
「そうだ」
「へぇ・・・。
 兄貴、元気かな?」
「兄貴?」
「梶谷ユウジっていう名前なんです。
 婿養子に行ったんで名字は違うけど。
 たしか横田の長距離輸送航空団にいるはずですよ」
「っつうと、HSSTなんか持ってるトコか?」
「そうです。
 錨田さん、知ってるんですか?」
「知ってるも何もよ。
 HSSTといやァ、使徒戦争ん時ゃぁ司令の国連本部行きの御用達だったんだ。
 保安諜報部警護官として、ちょくちょく乗せてもらったモンよ」
「へぇ、いいなぁ・・・」
「よかぁねぇよ。
 スッチーもいねぇ、機内サービスもねぇ。
 ほんの2時間で向こうに行っちまうんだ。
 面白くもなんともねぇやな」
「そういうもんですか?」
「そういうもんだよ。
 ・・・と、ちょいと止めてくれ」

峠を越えるトンネルに指しかかったところで、錨田は右手前にあるドライブインに入るように言った。
織田は、対向車をやり過ごしてからドライブインの駐車場に車を入れた。

「どうしたんです?」
「ちょいと、な。
 年取ると近くなっていけねェや」
「なるほど・・・」

織田は錨田がトイレのドアをくぐったのを確認すると、車の外に出て大きく伸びをした。
ポケットからタバコを取り出して火をつける。
同じとき、錨田は個室の方に入るとポケットから携帯電話を取り出していた。

「おう、俺だ。
 さっきVTOLが飛んでたけど、ナンかやったのか?
 ・・・・、あぁ・・・・・・・・・、ほぉ・・・。
 んじゃぁ、別件なんだな?
 ・・・・・・なにぃ?
 知らねェから多分別件?
 んなのありかよ?
 まぁいいや、お前ェのそういうトコぁ今に始まったこっちゃねェや。
 ・・・あぁ、まかせとけ」

電話を切った錨田は、とりあえず水を流すと個室を出た。
さっと手を洗い、表に出る。
織田は運転席に座って缶コーヒーを傾けていた。

「どぉぞ」
「おぉ、すまんな」

織田がもう一本買っておいたコーヒーを渡す。
錨田はシートベルトを掛けると、コーヒーの栓を開けた。
ずずっと一口すする。

「で、司令、なんか言ってました?」
「いや、何も言ってなかったな・・・、ってお前ェ!?」
「あ、図星でした?」

嬉しそうに、人懐っこい笑みを浮かべた織田は、エンジンをかけると車をスタートさせた。

「どうして解った?」
「カンです。
 デカのカン」
「カン、ねぇ・・・」
「だいたい、錨田さんが"髭"なんて呼ぶって言ったら、司令くらいしかいないでしょ?」
「はァ・・・、お前ェ、いいデカになるよ」
「もう、いいデカのつもりです」
「ナマ言うんじゃねぇや、バカ」

とはいえ錨田の表情は嬉しそうだった。





ドモドモ、J.U.タイラーでっす!(^^)/

 はい、第九話をお届けします。
今回は、書いているうちにどんどん長くなっちゃって、いつの間にやら前後編になりました(^^;
ということで、ストーリーに触れるようなことは書きません。
あ、そうそう、マコト君ですが、昇進しています。
ゲンちゃんを病院まで運んだこと、湘南荘の確保など、イロイロと役に立ってくれてますからね(^^)

 さて、今回は家族旅行の回と同じく、また別の趣味を押し出しちゃいました(^^;
そう、マコトのVTOLが発進するシーンです。
管制塔とマコトのやり取り、あれは基本的に、実際の航空機と管制塔のやり取りから持って来ています。
「基本的に」というのは、この他にもいろいろと交わされる内容があるからです。
今回はVTOLがヘリポートから出発するのであの程度ですが、通常の飛行場の場合は他に、

・タキシングのための許可
 ※(地上滑走。エプロン(駐機場)を出てタクシーウェイ(誘導路)へ入り、滑走路へ向かうこと) ・ランウェイ(滑走路)進入の許可
・離陸許可

のためのやり取り等があります。

『 Nerv02, This is Control, Clear to take-off.
  Wind 145-20, QNH 3041, over 』
(NERV02、こちら管制塔。
 離陸を許可する。
 145度の風、20ノット、気圧高度計設定は3041だ、どうぞ)

 この中で「 Wind 145-20 」(「ウインドゥワンフォーファイブ、ツーゼロ」と発音)は訳文にも書いたとおり、その時点での風向と風速を示します。
風向の単位は「度」、風速の単位は「kt/h」(時速*ノット)です。
「ノット(kt)」は別名「ノーチカルマイル(nm)」のことで、日本では「浬」や「海里」(読み方はいずれも「カイリ」です)と訳されますが、1ノットは約1,8km/h で、km/h に直す時は「2倍の1割引」、逆は「1割り増しの半分」とすると、概算ですが、だいたいの数字は出ます。
 ところで船や飛行機が使う「ノーチカルマイル(nm)」(海マイル)と、アメリカで車の速度表示などに使われる「マイル(ml)」(陸マイル)は全くの別物ですから、混同しないように注意が必要です。
※「1nm」は約1,8km ですが、「1ml」は約1,6km です。

 次に「 QNH 3041 」(「キューエヌエイチ、スリーゼロフォーワン」と発音)の「 QNH 」とは「 Quantity of Nautical Hight 」(直訳すれば「海面高度」になる)の略で、気圧高度計のゼロ設定のための補正データです。
海面上を0mとして、出発地点の高度をセットする際に航空機に与える数値で、単位は「 inHg 」です。
この数値をセットすると、コンピュータが自動的に計算して、現在の海面からの高度が高度計に表示される仕組みです。
3041とは30,41inHg、つまり水銀柱30,41インチをさします。
ちなみに気象庁の呼称で言うところの1013hPa(ヘクトパスカル)、つまり標準大気圧は29,92inHgです。

 気圧の所で書いた「水銀柱」ですが、これは中学校の理科で習った話ですね(^^;
水銀を溜めた桶の中にガラスのパイプを立てると、大気圧に押された桶の中の水銀がパイプを上ります。
その高さが29,92インチになった時が、標準大気圧がかかった状態です。
これを水でやって1013ミリになった時が1013ヘクトパスカル、同じく標準大気圧の状態です。
ちなみに標準大気圧とは、高度0mで気温18度の時の気圧が1気圧(1013ヘクトパスカル)の場合を言います。

以上、J.U.タイラー教授の飛行機&気象講座でした(^^;





次回予告

 シンジ達の目撃した謎の飛行物体とは?
自衛隊の捜索目標とは?
錨田が樹海へ向かう目的とは?
マヤは、そしてレイは、何をしに樹海へ向かうのか?
深い樹海に包まれた謎が、今明らかに!

次回、第壱拾話 「落ちて来たヤツ」・後編


そんなの、ありぃ? (^^;
 By Yuika Soryu

でわでわ(^^)/~~