ぱぱげりおんIFのif・第壱拾話

落ちて来たヤツ・後編

「ちょびちょび更新…できたらいいな月間」協賛作品(^^;



平成13年6月24日校了



 川沿いに下流に向かって歩いていたシンジ達は、ちょっと開けた河原に出た。
樹海内部のことだからそんなに広くはないのだが、5人が座って休むくらいはできそうだった。

「ね、ちょっと早いけどここでお昼にしない?」

シンジが頃合いを見計らっていたように声をかけた。

「賛成ぇ!」

言うが早いかユイカは、さっさと荷物を降ろすと、今朝早起きして準備した弁当を取り出した。

「へっへぇ。
 今日はわたしが作ったんだよぉ!」

自慢げに言いながら、包みを解く。
コテージを提供してくれたお礼にとマナの、元から期待できないからとミユキの2人分も含めて、今日のハイキングに参加する5人分は全てユイカが作って来たのだ。
パカッと蓋を取った瞬間、壱中の食欲魔神、宇宙の胃袋を持つ少女こと加持ミユキの目がきらっと光った。

「うっひょぉ!
 すっごいすごいぃ!
 やるじゃないのよぉ!」

仕出し弁当と言ってもさしつかえないような豪華な弁当が木漏れ日を浴びて出現したのだ。
ミユキでなくとも目を光らせるだろう。
さっと手を伸ばして、卵焼きを一つまみ。

ぱくっ、もぐもぐもぐ、ごくん。

「うっ、うっ、うっ、うぅっまぁっいぃっぞぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

拳を握り締め、紅白のまん幕と紙吹雪を背負い、異様なボルテージで盛り上がるミユキ。

「なによ、大げさね。
 普段よっぽど酷いもの食べてるのね」

言いながら手を伸ばしたマナも、ヒョイっと卵焼きをつまんだ。

ぱくっ、もぐもぐもぐ、ごくん。

「ぶ、ぶ、ぶ、ぶらぼぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

どこから取り出したのかわからない日の丸扇子を振りかざし、どどぉ〜んと砕ける波濤をバックに、滝のように涙を流しながら盛り上がるマナ。
笑顔をピキッと凍り付かせて一歩下がったミス味ッ子ことユイカは、シンジに肩を叩かれて我に返ると、おむすびの入った物、おかずの入った物と、弁当箱をシンジの広げたレジャーシートの上にいそいそと並べはじめた。
横ではアスカが水筒を取り出してお茶を準備している。
このあたりの気の利かせ方と手際良さは、さすがに伊達に14年も主婦(?)をやっていたワケでは無いようだ。
もっとも、ここ数ヶ月のシンジの教育の効果が大きいということは否めないが・・・。

「さて」
「「「いっただっきまぁっす!」」」

レジャーシートの上にちょこんと正座したユイカ、ぺたんと座り込んだアスカは、シンジのかけ声でいつも家でするように食事を始めた。

「あ、こらっ!」
「ずるいぞぉ!」

幸せに浸り切っていたマナとミユキは、慌てて座り込んだ。
その後のことは多くを語るまい。
ただ一つ、食後の弁当箱にはゴマ粒一つすら残っていなかったことだけは確かだった・・・。


 御殿場市を越えて富士の裾野に入って来たVTOLは、青木ヶ原の樹海上空に指しかかると、速度を緩めた。
キャビンの窓から周囲を見渡していたマヤが、目的の物を見付けた。

「日向君、右!
 あのオレンジ色のパラシュート!!」
『了解!』

急角度でバンクを取った機体が旋回する。

「きゃぁっ!
 もうちょっと優しく飛ばしてよっ!」

突然かかったGに、シートに押しつけられるようによろけたマヤが抗議の声をあげた。

『そうも言ってられないんでしょ?』

マコトは返事をしながらも、目的の場所周辺に着陸できる場所が無いかを探していた。
かろうじてVTOLが着陸できそうな場所を見付けたマコトは、ゆっくりと接近して行った。

『降りるよ。
 二人とも座って』

ゆっくりと降下したVTOLはランディングギア(着陸脚)を出すと、すっと着陸した。
エンジンが停止するのと前後してキャビンのドアが開く。
マヤはすぐさま飛び出した。
後からレイが、そしてマコトが地面に下りたった。
周囲を見れば、機体はほとんどが生い茂る樹木に隠れ、着陸した際に折れたらしい傷痕のある木も何本かがある。
ジェットブラスト(ジェット排気)によって拭き散らかされた枯れ葉や枝などの堆積物が、周囲に吹き溜りを作っていた。
その一角が大きく崩れていることから、マコトはそこをマヤが通ったらしいと見当をつけた。

「副司令と同じで、ほっとくと何するか判んないんだよな、マヤちゃんも・・・」

マコトは一言呟くと、レイに声をかけようとしたが、レイの姿も既にない。

「全く・・・、NERVの女性陣ってのはどうしてこうも・・・」

思わず口に出して愚痴ってしまってから、何かを振り払うように軽く頭を振ると、ゆっくりとマヤの残した痕跡を追いかけはじめた。

「おぉ〜い、マヤちゃぁん!」
「日向君、こっちよっ!」

声のする方向に進んだマコトの目に、木の枝に引っかかったオレンジ色のパラシュートと、傘体からハーネスでぶらさがった金属製のコンテナが見えた。

「探してたの、それ?」
「そうよ」
「そのコンテナ、持ってかなくってもいいんだよね?
 中身さえ無事ならいいんでしょ?」
「そうね。
 今開けるわ」

マヤの指が、コンテナのテンキーに伸び、暗証番号を入力した。
横にあるスリットにカードを通すと、LEDが赤から緑に変り、コンテナのハッチがゆっくりと開いた。

「大変っ!」
「どうしたの?」
「落ちた時のショックで破れたのね・・・」

マコトが覗き込むと、空のコンテナを通して向こう側が見えた。
何のことはない、ハッチと反対側の壁がそっくりなくなっているのだ。

「こうしちゃいられないわ」
「解った。
 捜索しなきゃならないんだったら装備がいるよ。
 とりあえず一度VTOLに戻ろうよ」
「そうね、そうしましょ」
「ところでレイちゃんは?」
「いないの?」
「先に来てると思ったんだけど?」
「これ以外の目的があったんじゃなかった?」
「でも、一人で大丈夫なのかな?」
「彼女は大丈夫よ。
 いざとなればATフィールドだって使えるわ」
「それもそうか」

ユイとリリスの遺伝子を併せ持つレイのことだ、よほどのこと、それこそ生身で使徒と対決するようなことがない限りは大丈夫だろう。
と言っても第17使徒と生身で対峙したという実例もあるにはあったのだが・・・。
ましてや全てが解決した今、使徒が現れることは絶対にあり得ない。
ある意味、本気を出したレイは、この世で最強の存在と言えなくもないのだった。
そこに思い至ったマコトとマヤは、レイのことは放っておき、自分達の仕事をするべくVTOLの方へと戻りはじめた。


 食事を終えたシンジ達は、ゴミをまとめると袋に入れ、携帯用の分解炉に放り込んだ。
昔はバクテリアを使って2週間以上をかけて分解していたゴミも、今ではプラズマ放電式分解炉が、ラジカセ並みの重量とサイズという小型軽量さで販売されていた。
分解炉の蓋をしてスイッチを入れると、内蔵バッテリーによってものの30秒ほどで1キロ程度のゴミを分解してしまう能力があった。
とはいえ、価格自体は新品の原チャリが2〜3台は買えるほどもするため、町内会や中小企業以上などのレベルならばともかく、個人で持っている家庭は少ない。
今持って来ているのも、NERVが職員のレクリエーション用にと保有している物をシンジがレンタルして来た物だった。

チィン!

軽妙な鐘の音がして、分解炉が停止する。
ふたを開けると、周囲の地面に散らばっている堆積物と見分けがつかないようなカスが少々入っているだけだ。
残りのほとんどは水と炭酸ガスに分解されてしまっていた。
このうちの炭酸ガスの排出を押さえる方法についても、温暖化防止のためにと現在研究が進められている。
分解炉を逆さにして中に残ったカスをぱっぱっと払ったシンジが、畳んでおいたレジャーシートと一緒に自分のリュックに仕舞い込んだ。

キィーーーーーィーーーーーーーイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーィィーーーィーーーィィ・・・・・ン

「何の音?」

かすかに響いて来て、すぐに途切れたその音に最初に気が付いたのは、やはりと言うかさすがと言うか、アウトドア派のマナだった。

「飛行機の音・・・、だよね?」
「国連のVTOLに似てるわね」

ミユキの疑問にアスカが答えた。

「僕もそう思う。
 でも、飛び去ったって言うよりは、どこかに着陸したみたいな感じだったね」
「まさか、さっき落ちたのを探しに来たのかな?」

シンジの言葉にユイカが疑問を口にする。

「だめよっ!
 あれは私達の獲物なのよ!
 こうしちゃいられないわ、急ぎましょっ!!」
「獲物ってなによ、獲物って」

アスカのツッコミを無視してぱっと立ち上がったマナは、方位磁針で方角を確認するとさっさと歩き出した。

「あ、待ってよぉ」
「ぐずぐずしてると置いてくわよぉ!」

ユイカの声を無視して、マナはどんどん森を分け入ってしまう。
4人は慌ててその後を追いかけた。


 救難ヘリがゆっくり機体を傾ける。
体にかかるGの変化に、うつらうつらしはじめていたトウジは目を覚ました。

「何や・・・、降りるんか?」
「ん・・・・、ふわぁ〜〜〜〜・・・。
 着いたのか?」

大きくあくびをしたケンスケは、眼鏡を外すと瞼を擦った。
思わず苦笑を浮かべるトウジ。

「よぉ寝とったなァ・・・」
「・・・あれ?」

窓の外を見たケンスケが首をかしげた。

「街やな・・・。
 御殿場かぁ?」
『給油のために、御殿場駐屯地に降ります。
 ベルトをして下さい』

タイミングを見計らっていたパイロットの声に、2人は慌ててシートに座り直した。


 VTOLへ戻ったマコトは、キャビンに入るとパネルを開いた。
何種類か入っている中から、必要になりそうな物を取り出すと、床に並べていく。

「そんなに持って、何するの?」
「足りないくらいだよ」
「だって、本部からそんなに離れていないのよ?」
「ここはそういう所なんだよ・・・、と。
 このくらいかな?」

水、携帯食糧、救急キット、無線機、衛星ナビゲーションシステム、銃。

「銃はいらないと思うんだけど・・・」
「探してるのが俺達だけとは限らないからね」

返事をしながらも、ナビシステムを立ち上げたマコトは、現在位置をインプットした。
これで、迷うことなくこの場所に帰って来ることができるというわけだ。

「あんなの、誰が持って行くのよ・・・」
「世の中、物好きは多いさ。
 はい、これ」
「え?」
「自分の分の食糧と無線機くらいは自分で持ってくれよ」
「あ、うん・・・」

マヤは、小さなナップサックを受け取って背負った。

「さ、行こうか」
「行くって、どっちに行ったかわからないのよ?」
「まずはさっきのコンテナのあった場所に行くんだよ」
「あ、なるほど。
 何か跡が残っていないか探すわけね」
「そういうこと」


 織田は、乗って来た覆面パトカーを御殿場インター近くのドライブインに乗り入れた。
エンジンを止めると車を降りる。

「お?」

錨田が見上げた先に、ヘリが飛んでいるのが見える。

「今日はやたらと飛んでますね」
「よく判らねぇけど、忙しいみてぇだな」
「演習でもやってるんですかね?」
「俺に聞くな。
 それよか飯だ飯。
 腹減っちまったよ」
「はいはい」

さっさと店に入ろうとする錨田に、織田は苦笑を浮かべた。

『今、ドライブインに入りました』

ドライブイン前の国道に止まった車の中から見ていた男は、無線機に報告をあげた。

『そのまま監視を続けろ』
『了解』


 樹海の中、ガサゴソと大きな音を立てて、周囲の状況を気にすることなく、道なき道を行くレイ。
蒼銀色の髪と額に浮いた汗に木漏れ日が反射し、時折キラッと光る。
ふと歩みを止めると、周囲を窺うように見回した。

「そう・・・。
 こっちにいるのね」

何かを感じ取ったのか、一点をじっと見つめると再び歩き出した。


 先頭を行くマナの様子がおかしい。
さっきから方位磁針を確認する回数が増えているのだ。
しかも時折地図を取り出しては首をひねっている。
マナ本人としては目立たないようにやっているつもりなのだろうが、やはりというか、悲しい少年時代の体験によって人に対する観察力を局限まで引き出されてしまっていたシンジには、バレバレだった。
そっと目立たないように近付いたシンジが、小声で話しかける。

「どうしたの?」
「な、何でもないわ」
「そう?
 さっきからやたらと地図を見てるみたいけど・・・」
「・・・・・・・だ、だいじょうぶよ・・・・・・・」

言葉にも態度にも説得力がない。

「迷っちゃったんだね?」
「ちちち、違うわよっ!
 迷っちゃったり、ここがどこか判んなくなったりしてないもん!
 それに、どっち向いて歩いてるか判んなかったりするんじゃないのよっ!」

人、これを「墓穴を掘る」と言う・・・(^^;

「迷った・・・・の?」

大声で叫んでしまったマナの声を耳にしたミユキが、恐る恐る尋ねる。

「ちゃははぁ・・・・・・・、ご・・・・、ごめん・・・・」

笑ってごまかそうとしたマナに、アスカが詰め寄った。

「アンタ、悪い冗談はよしなさいよ!」

一気に凍り付いた空気を、ユイカの一言が切り裂いた。

「ねぇねぇ、ここってどのへん?」

500mlのペットボトルくらいありそうな巨大な冷や汗と苦笑を浮かべた4人の視線に、ユイカはきょとんとした顔で尋ね返した。

「ねぇ、どしたの?
 マナ、ここってどのへん?」
「解んない・・・」
「へ?」
「私、あんたが解んない・・・」
「なんで?」

顔の上半分にずらっと縦線を刻み俯いたままのマナは、すぅっと大きく息を吸った。

「だからどぉしてあんたはそんなにお気楽なのよ。今道に迷ったって言ったじゃない。ここがどこかもどっち向いてるかも獲物があるのがどっちかも判んないのよっ!さっきご飯食べた場所だって判んなくなっちゃってるし、ましてコテージに帰るなんて無理よ無理。こんな太陽も見えない森の中じゃ天測で方角見ることもできないのよ。こんなにいっぱい木があるんじゃ目印だってないし、もぉ全然ダメなのよ、帰れないのよ、どこにも行けないのよ、ここで死ぬのよ、明日の朝刊に行方不明の記事が出るのよ、50年くらいして誰かが白骨死体を見付けてくれるのよ、それで2週間くらいかけてDNA鑑定してやっと私達だって解るのよ、そうなのよ、私の命もここまでなんだわ!」
「目印、あるよ?」

なぜ自分がマシンガントークを浴びせられたのか解らずに、きょとんとした表情で一言。

「だから目印なんてどこにもないし、旧道も遊歩道も場所が解んないし、どこをどう歩いて来たかなんて全然ダメなのよ。元来た道を引き返すことだって無理なのよ判る?私達は完全に道に迷っちゃったのよっ!」
「わたし・・・、ずっと木に印付けて歩いてたモン・・・」

半ばパニックぎみにヒステリックに喚くマナに、涙目になりながら呟くように返す。

「いつから?」

愛娘の危機に、シンジが助け船を出した。

「遊歩道を外れたトコから」
「どうやって?」

ミユキも心配げに顔を覗き込む。

「ヘンデルとグレーテルって知ってる?」
「今は関係ないでしょ?」
「あるんだもん・・・。
 あのお話、森の中でパンを千切って置いて行くんだよ。
 でも小鳥が食べちゃうから、目印が消えるの。
 だからわたし、木の幹にずっと引っかき傷つけて来たの。
 あれだったら消えないもん」

微妙に幼児化しながらも答えるユイカに、シンジは飛び付いた。

「えらい!
 エライぞユイカっ!」
「ホント?」

あまりにも大胆に抱きしめられたユイカは、頬をほんのり赤く染めながらも上目づかいに聞き返した。
それを見て額の血管が脹れ上がるマナとアスカ。

「うん、すごいよ。
 すご過ぎて何も言えないくらいすごいよっ!」
「えへへぇ」

父親譲りの大きな目を嬉しそうに細めて照れるユイカ。
ラブラブカップルに見えるその様子に、マナやアスカの頬が引きつっている。
ミユキは暴発が起きる前にユイカに話しかけた。

「で、それってどんな目印なの?」
「これ・・・」

ユイカが差し出したのは、今や骨董品となった肥後の守だった。

「ずっと木に傷をつけて来たの。
 それを追っかければ戻れるよ」

ユイカは近くの木に駆け寄ると、自分が付けた傷を示した。

「ほら、これ」

くっきりと刻まれたカタカナの「ユ」の字。

「よし。
 じゃぁ、とにかく戻ろうよ」

今度はシンジとユイカが先頭に立ち、目印を頼りに元来た方向へ戻りはじめた。


 コンテナの周囲に、かすかに痕跡を見付けたマコトは、マヤと連れ立って森の中をゆっくりと歩いていた。
時折ナビシステムで方角を確認するのは忘れない。

「なんかさぁ・・・。
 時折うろついてるみたいではあるけど、ほとんど真っ直ぐ歩いてない、これ?」

マップ上にプロットされた航跡は、微妙に蛇行しながらも、ほぼ一点目指して進んでいる。

「何かあるのかな、この先に?」
「誰かがあれを拾ったのかしら」
「そんなことは無いと思うけど・・・。
 まぁ、こんな場所で見かけるモノじゃないよね、普通は・・・」
「とにかく追っかけましょ。
 そうすればはっきりするわよ」
「そりゃそぉだ」


 御殿場のドライブインを出た覆面パトカーは、そのまま富士山の麓に向かった。
やがて林道を抜け、ちょっと開けた場所に出る。
車を降りた錨田が、正面に広がる森を見据えて呟いた。

「こっからは歩き、だな・・・」
「歩くんスか、ここを!?」
「いやならいいぜ、ここで待ってても」
「行きますよ、行ぃきぃまぁすぅっ」


 給油のついでに食事を済ませたケンスケとトウジは、再びヘリに乗り込んだ。
飛び上がったパイロットが、何やら交信している。
その様子を不審に思ったトウジは、パイロットに話しかけた。

「何ぞありましたん?」
「先行している偵察機が、何か発見したようです。
 ちょっと飛ばしますから、しっかり捕まってて下さい」

言うが早いか、ぐいっと機体を前傾させると、スロットルレバーを最大に叩き込む。
大型救難ヘリとはとても思えないような猛加速。

「わっ!
 わたたたたた、痛ってぇ・・・」

身を乗り出すようにしていたケンスケは、背中をシートにぶつけてしまった。


 ユの字の目印を頼りに森の中を歩いていたシンジ達は、ようやく昼食を取った河原まで戻ることに成功した。

「ここまで来れば一安心ね。
 ちょっと休憩しましょ」

アスカは荷物を降ろすと、手近な岩に座り込んだ。

「・・・・・・・・」
「どうしたの、マナ?」

あいかわらず暗い表情のマナに気付いたミユキが話しかけた。

「実はさぁ・・・。
 ここ来た時、もう全然判んなくなっちゃってたの・・・」
「でもさ、ここからしばらくは川を遡ればいいじゃん」
「じゃなくて、川に出逢った時にはもう判んなくなりかけてたのよ・・・」
「えぇ?
 あの川の話、ウソだったの?」
「ううん。
 あれはホントよ。
 それにこのあたりの川、わりと旧道の方向に向いて流れてることが多いから・・・。
 追っかければ行けるかなって思ったんだけど・・・。
 この川は違ったみたいね」
「まぁ、ここまで戻れたんだし。
 もう安心しても大丈夫だよ」

にこやかにコップを指し出すシンジ。
優しげなお茶の香りが鼻をくすぐると、マナも軟らかな笑みを浮かべた。

「ありがと」
「ところでシンジ、今何時頃なの?」

アスカの問いかけに、腕時計を見る。

「2時35分。
 この調子だったら、多分4時くらいにはコテージに帰れるよ」
「そうね」


 ケンスケは、慌てたようにバックからカメラを取り出すと、窓の外に向けてシャッターを切った。
トウジがいぶかしげにその方向を見る。

「あれか・・・」

木々の間に覗くオレンジ色の何か。

「パラシュート・・・・かな?」
「ケンスケ、あれ、何や?」

トウジが、ちょっと離れた場所を指差す。

「国連軍のVTOLだ、多分・・・」
「何でこないなトコにおんねん?」
「あれが探し物、なんじゃないか?」
『あそこの隣に降ろします』

パイロットの操縦で、VTOLの隣にヘリが着陸する。
降りにくそうにしているトウジに手を貸したケンスケは、すぐさまVTOLに駆け寄った。

「トウジッ!
 これッ!!」
「なんやなん・・・、!!!
 ・・・NERVやんか・・・」

ゆったりと近付いたトウジの目から失笑が消え、大きく見開かれ、そして伏せられた。

「何でこないなトコにおんねん?」

さっきと同じ台詞だが、微妙に感情の入り交じった声。

「これは・・・、本部のモノですね」

機体を調べていた空自の士官が答える。

「こんな物が・・・」

救難員の下士官が、ヘリの機長に見せたのは、開封されて空になったサバイバルキットのコンテナだった。

「何かのトラブルでここに緊急着陸したのか?
 すると乗員はどこに?」
「あちらの森に足跡がありました。
 自力で麓に出る気だったんじゃ・・・?」
「バカ、方角が逆だ。
 あっちは樹海の奥だぞ」
「行ってみますか?」
「そうだな。
 どこかで遭難していると大変だ。
 湊2尉、上田曹長と長野士長を連れて地上から捜索しろ。
 私と倉田2曹でここに残って連絡を待つ。
 遭難者を発見したらすぐに連絡を入れてくれ」
「「「はっ!」」」
「俺達も・・・」

言いかけたケンスケの腕を掴んで、トウジは大きく首を横に振った。

「やめとけ。
 トーシローのワイらが行っても、足手まといになるだけや」
「でもさぁ」
「同行取材するんやったら、それなりの装備がいるんはワイらが一番よぉ知っとるはずやろ」

言われたケンスケは、自分がTシャツとGパンにスニーカー、そしてカメラマンがよく使っているポケットのたくさんついたジャケットを羽織っているだけの軽装だということに気づいた。

「そうだな・・・」
「ここで待っとったかて、見つかったら連れて行ってもらえるさかい。
 そうでっしゃろ、雨宮1尉?」
「ええ、お約束しますよ」

機長はにこやかに頷いた。


 休憩で一息ついた一行は、再びユイカとシンジの先導で川に沿って歩き出した。
目印はほぼ20m間隔で付いている。
まず見落とすはずがなかった。

「ん?
 これは?」

「ユ」の他に「川」という印が付いていた。

「あ、それ?
 ここで川に出会ったから、印付けといたの」
「ナイス!
 じゃぁ、ここから森の中に入ればいいんだよね?」
「うん」

再び誉められたことに気を良くしたユイカは、満面の笑みで頷いた。


 しばらくかすかな痕跡を追って森の中を来たマヤが、何かを見付けて屈み込んだ。
マコトも後ろから覗き込む。

「これって・・・」
「だよね?」
「まだ新しいわ。
 そんなに遠くに行ってないわよ」
「どうやらゴールは近いようだね」
「がんばりましょ」

言うが早いか、マヤはさっさと歩き出した。

「ちょっと、マヤちゃん!」

マコトは慌てて後を追った。


 川を離れて森の中。
来た時と違う風景に戸惑いが広がる。

「これは・・・、絶対通ったことないわよね」

アスカが感情の抜けた抑揚のない呟きを漏らす。

「だよねぇ・・・」

マナも頷く。
目の前に巨大な風穴、周囲には大きな岩がごろごろしている。
ここに出て来たとたん、全員は大きな徒労感に苛まれた。

「でも、目印はずっと・・・」

ユイカも不思議な物を見る目で風穴を見る。

「そぉなんだよね・・・」

ミユキは改めて周囲を見まわした。

「こういう時はあまり動き回らないほうがいいよ。
 僕がもう一度あたりを見て来るから、みんなはここで待ってて」

シンジは荷物を風穴に置くと、全員をそこに待たせて外に出た。
風穴のある場所は、少し盛り上がっているように見える。
少しでも高いほうがいいと考えたシンジは、苦労してその上に登った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

眼前に広がる風景に唖然として言葉が出ない。
慌てて駆け降りると、風穴に飛び込んだ。

「み、みんな!
 早く来てっ!」
「なになに?」
「どしたの?」
「なによぉ?」
「いいからいいから」

5人して登った上に、辺り一面、大きくえぐられ、部分的に焼けこげた跡。
その先に何か金属製の物が見える。
えぐられた跡を駆け抜けて近付いてみると、それは墜落した航空機の残骸だった。

「もしかしてこれって・・・、え、獲物?」

マナが恐る恐る触れてみる。

「迷った挙げ句に探してた物に出会うなんて・・・」
「そんなの、ありィ・・・?」

ミユキもユイカも唖然と言うか、何と言ってよいやらよくわからない表情を浮かべている。
アスカは機体の外板の破片らしい物を拾うと、コンコンと叩いてみた。

「セラミックタイルに超電磁コーティング・・・。
 これってHSSTかなんかの外板よ」
「あっちのは何?」

ミユキが指差した方向に、派手な赤と白のシートのような物が見えた。
行ってみるとそれは、HSSTの脱出カプセルから繋がったパラシュートだった。

「これが堕ちて来たんだ・・・」
「一体どこから?」
「待って・・・、見てこれ・・・」

アスカが指差す場所。
カプセルと機体との接合面の隔壁、派手なイエローグリーンに塗られた部分にリベット止めされた銘板。



「これって・・・」
「C7っていえば、空自のHSSTよね?」
「じゃぁ、空自の救難隊も探してるんじゃない?」
「でも、堕ちてもう6時間ぐらいたってるよ?」

「食糧めっけ!」

いつの間にか脱出カプセルに潜り込んでいたアスカが、何やら小さなコンテナをぶら下げて出て来た。

「これ、サバイバルキットよ。
 ほら!」

コンテナのハッチを開くと、携帯食糧、医薬品、蒸留水などが入っていた。

「こっちは毛布よ」

いつの間に入り込んだのか、中からマナの声がする。

「うわぁ、いろいろある!」

4人乗りのカプセル内には、2人分のサバイバルキットが残されていた。
それを全て持ち出した5人は、もう一度風穴に戻ることにした。
これだけ目立つ目標が地上にあるのだから、待っていれば空自の救難隊が来るだろうと判断したからだ。
カプセルにとどまらなかったのは、雲行きが怪しくなり、雨が降りそうになっていたからだ。
カプセルは着陸のショックでだろうかウィンドシールドが砕け散り、パイロットが脱出の際に吹き飛ばしたのか非常ハッチもなくなっていたので、もし雨が降って来ても、濡れないでいることができない状態だったのだ。
とにかく戦利品を全て風穴に運び込んで一息ついていたところに、ぽつぽつと雨が降り出してしまった。
風も出て来た上に、雷鳴まで聞こえる。

「表、出られないね・・・」
「救難隊、来ないかもしれないわね・・・」
「どして?」
「雷がある時は、飛行機は飛べないんだ」


 突然の雷雨。
空を見上げたレイは、背中のリュックサックから雨合羽を出すと羽織った。

「急がないと・・・」

フードをかぶってリュックを背負い直したレイは、再び歩き出した。


 錨田と織田は、遊歩道近くの小さな山小屋風の休憩所で雨宿りしていた。
売店で買ったアイスクリームを片手に、ハンカチで額を拭う。

「いやぁ、うまいなぁ」

大きな口をあけてアイスをぱくつく織田を尻目に、錨田は懐から写真を出すと、店員を呼び止めた。

「なぁ、あんた、この子達、見なかったか?」
「え・・・、あぁ、この子・・・」

シンジ達親子3人、ミユキ、マナ、3枚の写真の中で、店員が目を留めたのはマナの写真だった。

「この子、この先のコテージの霧島さんとこの娘サンよ」
「コテージ?」
「このちょっと先に別荘地があるのよ。
 霧島さんの所の娘さん、毎年夏休みに遊びに来るから、よく覚えてるわ。
 あんた、警察の人?
 あの子、ナンかやったの?」
「いやいや、そういうわけじゃないんだけどな・・・。
 で、見なかったかい?」
「そういやァ、今朝来てたわね。
 ねぇ、ちょっと」

小首を傾げた店員は、別の店員を呼んだ。

「今朝、霧島さんの娘さん、来てたわよね?」
「あぁ、そうそう。
 この子達ね。
 えぇ、見かけたわよ」
「何時頃だった?」
「そうねぇ・・・、たしか・・・、あ、そうそう!
 ちょうどお土産の配送が来てたから、10時半頃よ」
「10時半頃ね・・・。
 ところでよ、その霧島って子はどんな子だい?」
「元気ないい子よ。
 けっこう好奇心が強いって言うか、この森の中でもどこでも、ホイホイ入っちゃうような。
 そうねぇ・・・、男の子って言ってもいいくらい活発な子よ」
「そうか、ありがとよ」

振り返ると織田は、自分のアイスを平らげてタバコを吹かしていた。

「早く食べないと、溶けちゃいますよ」
「ん、あぁ・・・」

織田は錨田から目線を外すと、片隅にあったテレビに目をやった。
ちょうどワイドショーをやっている。

『・・・・・ということで、桜場さんと新井さんの結婚は本当だったということですね』
『そうですね。
 桜場さん、新井さん、どうかお幸せに。
 つぎの・・・、あ、はい・・・、はい』

慌てた様子でニュース原稿を手渡すADの姿がちらっと映ったかと思うと、司会者の顔色が微妙に変った。

『え〜、今入った情報によりますと、今日午前11時頃、航空自衛隊機が墜落した模様です。
墜落したのは横田基地の長距離輸送航空団所属のC−7型超々音速輸送機で、日本領空に入ったことを伝える交信を最後に消息がわからなくなたとのことで、パイロットの安否が気遣われております。



繰り返しお伝えします。
今日午前11時頃、航空自衛隊機が墜落した模様です。
墜落したのは横田基地の長距離輸送航空団に所属しますC−7型超々音速輸送機で、日本領空に入ったことを伝える交信を最後に消息を絶ちました。
パイロットの安否は不明です。
あ、国防省で記者会見が始まったようです』

画面が切り替わり、国防省の会見場の様子が映し出された。

『本日午前10時58分、横田基地の長距離輸送航空団所属のC−7型超々音速輸送機1機が、日本領空に入ったとの交信を最期に消息を立ちました。
同機は米国のネリスを出発、横田基地に帰還する途上でした。
乗員は2名、氏名と階級は、操縦士が梶谷ユウジ3等空佐、副操縦士が福井シゲトシ2等空尉です。
現在全力をあげて捜索中です』

「あ、兄貴・・・」
「空自のヘリは、これか・・・」

呆然と呟く織田。
納得したように鋭い表情の錨田。

「そう言えばさぁ・・・」

店員の一人がテレビを見たままぼそっと呟いたのを、聞き付けた織田が慌てたように振り返る。

「おばちゃん、なんか知ってるのっ!?」
「知ってるっていうか・・・、今朝ね、さっきの霧島さんちの子達が通ってしばらくしたくらいかしら。
 この上をなんかものすごいスピードで火の玉みたいのが飛んでったのよ」
「それで!?」
「しばらくして、小さな音なんだけど、ドカァ〜ンって・・・」
「それだっ!
 その火の玉みたいなの、どっち飛んでったのっ!?」
「えぇっと・・・こっちの方かしらねぇ・・・」

店員が指差す方向は、ちょうど遊歩道が繋がっている方向だった。

「錨田さん、行きましょ!」
「待て待て。
 俺達が追っかけてるのは」
「シンジ君達でしょ?
 彼らだって、それを見て追っかけてるかもしれないじゃないですか」
「そりゃまぁ・・・」
「間違いないですよ、行きましょう!」
「言い切っちまっていいのか?」
「その霧島って子、活発で好奇心旺盛ナンでしょ?
 そんなの目撃して、ほっときます?」
「それもそうだな・・・。
 よし、お前ェさんの勘に賭けるか」


 雨はまだ降りやまない。
雨脚は弱くなったものの、ゴロゴロと響く雷鳴も、いやな感じの風も収まらないでいた。

「とにかく、腹ごしらえしようよ」

シンジの提案で、HTTSの脱出カプセルから持ち帰ったサバイバルキットを開ける。
固形携帯食糧を開封するシンジの手元を見つめていたアスカが口を開いた。

「ねぇ、あのカプセルって4人乗りよね?」
「そうだけど?」
「サバイバルキットって、2つしか無かったのよ。
 パイロット、生きてるんじゃないの?」
「そう・・・、だよね・・・」
「どこに行ったのかしら?」
「どうしちゃったんだろう?」

他のメンバーも固形携帯食糧を受け取りながら、疑問を口にする。

「もしかすると、脱出する気でどこか歩いてるんじゃない?」

アスカは何か思いついたように顔を上げた。

「ということはね。
 どこかにパイロットの歩いた跡があるんじゃないかなって思うのよ。
 それを探してみない?」
「でも、この天気じゃ・・・」

ユイカの言うことももっともだ。

「今じゃなくってもいいのよ。
 雨が止んでからでいいと思うわ」
「そうだね。
 雨が止んだら、そのへんを探してみようよ」


 広いキャビンの中にも、外板を叩く雨の激しさが伝わって来る。
そのキャビンに倉田が駆け込んで来た。

「機長、司令部からです」

差し出された電文に目を落とした雨宮は、大きくため息をついた。

「落とし主は横田か・・・」
「横田?」

トウジの疑問に、雨宮は黙って電文を差し出した。

「長輸空のC−7でっか・・・」
「HSSTじゃ、レーダーも捉まえ切らないよな」
「この天気じゃ飛べませんからね。
 他の捜索機も全機引き上げてます。
 気長に待つしかないでしょう」

捜索員を派遣してしまったために留まらざるをえなかった雨宮機を除き、雷を避けるため、全機に帰投命令が出されていたのだ。


 雨はいっこうに止む気配を見せない。
既に風穴に避難して2時間以上がたっている。
少しづつだが空が暗くなっている。
いよいよ日没時間が近付いて来たのだった。

「お腹空いたね・・・」
「喉も渇いた・・・」
「ナンか、寒くない?」
「シャワー浴びたい・・・」

ミユキ、ユイカ、マナ、アスカ。
口々にぼやくのも、いいかげん聞き飽きていたシンジだったが、結局は言い飽きていた台詞を返す以外になかった。

「しょうがないよ・・・、道に迷っちゃったんだから・・・」





ドモドモ、J.U.タイラーでっす!(^^)/

 はい、第壱拾話をお届けします。
正直に言います。
終わりませんでしたっm(__)m
そんなわけで、まだ続きます(^^;


 今回のゲスト(?)は特に無しです。

 さて、今回はちょっとお遊びとして、挿し絵を入れてみました。
一つはHSSTの銘板、もう一つは休憩所で錨田達が見ているTVです。
特にTV画面の人物画の方は超ヘタッピなので冷や汗たらたらなのですが、指差して笑って頂ければ、と思います(^^;





次回予告

 繋がりはじめた点と線。
墜ちたのは横田の輸送機。
錨田が探すのはシンジ達。
レイは、マヤとマコトは何を探すのか?

次回、第壱拾壱話 「堕ちて来たヤツ」・完結編


日本へようこそ (^_^)
 By Rei Ikari

でわでわ(^^)/~~