ぱぱげりおんIFのif・第壱拾弐話

過去との出逢い・その1



平成13年12月24日校了

新たなる年は、世界の全ての人々が笑顔で過ごせることを祈って・・・



 遭難騒ぎから3日後、久々のオフを満喫するジャーナリストの家の電話が鳴った。
彼の妻が受話器を取る。

「もしもし、鈴原です。
 ・・・あら、相田君?
 え、トウジ?
 ええ、いるわよ」
「ヒカリィ、誰やぁ?」

リビングでぼぉっとワイドショー番組を見ていたトウジから声がかかる。

「相田君よ」
「なんじゃいな、たまの休みくらい寝とったらエエのに・・・」

ぶつくさと文句を垂れながら受話器を受け取る。

「何の用や?」
『何のじゃないよ、大変なんだよ』

トウジはケンスケのうろたえぶりに驚いた。

「どないしたんや、そんな声出しよって」
『今、時間あるか?』
「そらまぁ、オフやしなぁ・・・」
『じゃぁ、今すぐ俺の家まで来てくれ。
 できれば、委員長も一緒に』
「何でヒカリまで行かなアカンねや?」
『電話じゃマズイかもしれないから・・・。
 これは直接話さないといけないと思うんだ』

そのケンスケらしからぬ声の調子にトウジも、ただならぬことが起っているらしいことを察した。

「よっしゃ、わかった。
 ほな、今から行くわ」
『なるべく早く頼むよ。
 じゃぁ』

切れた電話を見つめて溜め息をついたトウジは、すぐさまリビングに戻った。
足音で気がついたヒカリが声をかけてくる。

「何だったの、相田君」
「すぐ来てくれ、やて」
「遅くなりそう?」
「そら判らんなぁ」
「じゃぁ、晩ご飯どうしよう・・・」
「お前も来て欲しいて言うとった。
 晩飯は外で喰おうや」
「私まで?
 何なのよ、いったい・・・」
「行ってみな判らん。
 とりあえず、仕度してぇや」
「解った。
 ちょっと待ってね」

ヒカリは着替えるために寝室に入っていった。
こういう時、子供がいないというのは楽だ。
結婚して5年、周囲からは「もうそろそろ」の声もあるが、トウジは世界を股にかけるジャーナリスト、ヒカリは近所の惣菜屋でパートタイマーと、お互い忙しい身ではなかなかそうもいかない。

「おまたせ」
「ほな行こか」

2人は連れ立って家を出た。


 トウジの家から歩いて5分ほど。
旧市街の外れにある同じ住宅地の中に、ケンスケの家はあった。

「これだけ近いんやし、自分で来てくれたらエエのになぁ・・・」

言いつつも、トウジの指が門柱のインターホンのボタンを押す。

ピンポ〜ン

『はい』

すぐに声がする。

「ワイや、来たで」
『今開けるよ』

カシャ

電子ロックの作動音。
トウジは門を押し開けると、玄関先に続く敷石の上に踏み込んだ。

「いつ来ても神経質よね」

ヒカリは、背後で自動的に閉まった門を見、その上にある監視カメラに目線を向けながら呟いた。

「しゃぁないやろ。
 そういう仕事やねんから」
「うちはどうなのよ?」

ヒカリの呟きに答えるトウジに、ちょっと心配げに聞き返す。

「うちは物書きやさかい、どぉっちゅうことあらへん。
 せやけどあいつは写真屋やしな。
 はっきりと形に残るんや。
 見られたらマズイもんを残してみぃ。
 思いっきり狙われるだけや」
「たいへんね・・・」
「まぁ、パパラッチはとうに卒業しとる。
 今のご時世、そうそう心配はあらへんにゃけどな・・・」

軽い苦笑を浮かべる。

「悪かったね、神経質で」

玄関の扉が開き、苦笑を浮かべたケンスケが顔を出す。

「こんにちは、久しぶりね」
「委員長もお元気そうで」
「何の用や、いったい」
「立ち話もなんだから、入ってよ」

ケンスケは鈴原夫妻を招き入れると、リビングに案内した。

「あいかわらず奇麗にしとんなぁ・・・」
「いつ何時帰れなくなってもいいように、身辺整理だけはしておかないとね」
「あほくさ。
 そんな仕事はとぉに卒業しとるやろぉが」

半ば呆れながら笑みを浮かべる。
キッチンに行って飲み物を用意するケンスケの背中に、トウジはここ最近いつも口にすることを、また繰り返した。

「嫁さん、拾わへんのんか?」
「それは言いっこナシだろ」
「まだ忘れられんか、惣流のことが・・・」

学生時代、ケンスケがアスカに密かに思いを寄せていたことは、今では誰もが知っている。
大親友のシンジが相手、その上子供までできてしまったとあっては、諦めざるをえなかった。
しかしまた、シンジが戦死したあとも、女手一つで子育てと仕事で忙しいアスカの、精神的支えになってやれないかと本気で心配してもいたのだ。

「忘れたよ。
 恋愛感情に関しちゃね」

アスカが事故で行方不明となってしまった今、アスカは過去の人だ、もうどうでもよくなった、と無理やり自分自身に言い聞かせることで、半ば自棄ぎみに心の整理を付けたケンスケだった。

「ほなエエやないか。
 何にこだわっとんネン」

ケンスケが運んできたグラスに手をつけると、トウジは半ば呆れながら聞き返した。

「俺はいつでもOKだよ。
 あいつを越えられるような女性が相手だったらね」
「それをこだわるっちゅうンじゃ」

トウジの苦笑混じりのツッコミに、寂しげな笑みを浮かべたケンスケは、その向かい側に座ると表情を引き締めた。

「それより、これを見てくれ」

ケンスケが差し出したのは、何枚かの写真。

「こないだの?」
「遭難してた子供達だよ」
「これがドナイかしたんか?」

言いながら写真をめくる。
反応を示したのは、トウジではなくヒカリだった。

「相田君、これ、本当に3日前のなの?」
「そうだよ」
「だってこれ・・・」
「気がついた?」
「何やねん、2人して」
「トウジ、気が付かないか?
 その左端に写ってる2人」

言われてみて、じっくり観察したトウジの目が見開かれる。

「ンなアホなっ!
 どういうこっちゃ!
 心霊写真かいっ!!」

写真を持つ手が震えている。

「似てるだろ、あいつらに・・・。
 それもあの頃の」
「似てるなんてものじゃないわ。
 どう見たってこれ、碇君とアスカじゃない」

ヒカリの顔色も悪い。
使徒戦役の最後に戦死したはずのクラスメート、つい3ヶ月ほど前に事故で行方不明のはずの親友。
今は会うことがかなわないはずの2人が、しかも出逢った頃の姿でそこにいるのだ。

「一緒に写ってるンは、ユイカちゃんに見えるなぁ・・・」
「あぁ・・・。
 それから、もう一人はミサトさんとこのミユキちゃんだと思う。
 こっちは綾波、今は碇レイ、だったっけ・・・。
 それからこれはNERVの伊吹3佐と日向2佐だね」

一人一人指差しながら言うケンスケに、トウジとヒカリは頷くことしかできなかった。

「心霊写真っちゅうには無理があるなぁ。
 写真撮る前からちゃんと8人おったんやし・・・」
「そうなんだよなぁ・・・」

大きな溜め息をついて黙ってしまった男共を尻目に、ヒカリが立ち上がった。

「行きましょ!」
「行くてヒカリ、どこへや?」
「アスカの家に決まってるでしょ。
 ユイカちゃんに聞けばいいのよ」
「せやかてなぁ・・・」
「お化けじゃない証拠を掴めばいいんでしょ?
 本人に会えばはっきりするじゃない」
「お前なぁ・・・」

トウジは半ばあきれ顔だ。

「俺もそう思うんだ」
「ケンスケ・・・」
「結果がどうだっていいよ。
 でも、気になったら確かめなくちゃ気がすまないんだ、俺は」
「しゃぁないなぁ・・・」

トウジも諦めたように呟くと、立ち上がった。

「自分の目で確かめるンは、ジャーナリズムの基本やしな」

不器用にウインクしてみせる。
ヒカリとケンスケは、その奇妙な表情に思わず吹き出した。


 うららかな午後。
ベランダに折り畳み式の長椅子を持ち出して微睡む少女。
時折吹く風が栗色の長い髪を優しく撫でる、ちょっとメルヘンチックな雰囲気。
ところが敷居を挟んだ内側には、対照的に緊張感と焦燥感をはらんだ空気が重く堆積している。
そんな鈍重な空気をかすかに震わせるため息が一つ・・・。

「はぁ・・・、お気楽なもんよねぇ・・・」
「やってなかったのは自分が悪いんだろ」
「だってほら、旅行とか、ハイキングとか」
「もっと早いうちにやっとけばよかったんじゃないか」

ベランダで優雅にお昼寝真っ最中のユイカを起さないように気を使いながら、小さな声で言い合いをする2人。
シンジとアスカだ。
カレンダーの日付は8月29日。
ということは・・・。
彼らが何をもめているのか、勘のいい人はもうお気付きだろう。
全国の児童・学生が等しく与えられている夏の試練。
そう、夏休みの宿題だ。
7月中にさっさと片付けてしまったユイカ、毎日こつこつと進めていたおかげでいつの間にか終わっていたシンジに比べ、毎日をぐうたらと過ごしたアスカは、いまだに半分以上を残しているのだった。

アスカの協力要請にユイカは、お小遣いアップの条件闘争に出た。
アスカの回答は最初こそベアゼロだったが、ストライキをちらつかせるユイカに20%アップを提示した。
しかしユイカは50%アップを要求、結果として労使交渉は決裂した。
次に泣き付かれたシンジは、家事手伝いの回数を増やすことを要求した。
直接収益に響くお小遣いアップに比べれば、使役の方が遥かに楽だ。
そう判断したアスカは、9月のシンジの当番を全て引き受けることを提示した。
アスカの口約束がどういう結果を招くかをよく知るシンジは、アスカにきちっと一筆入れさせるというしっかりモノぶりを発揮し、ここに無事(?)交渉が妥結した。
経緯を知ったユイカは最初のうちこそムクレたが、愚痴を言いに行ったレイまでもが、ユイカの欲張り過ぎが原因と指摘するにいたっては、黙って諦めるしかなかった。


 国・数・理・社・英の5教科。
そのうち英語と理科はとっくに終わっていた。
数学も今朝からの夫婦による共闘が功を奏し、もうそろそろ片付くだろうという所まで来ていた。

「後どのくらい?」

シンジのノートを写すアスカに、良く冷えた麦茶を出しながら訊く。

「あ、サンキュ。
 えっと・・・、5ページ」
「今日はそこまでにしようか?」
「だめよ。
 今日中に国語の半分くらいまでは片さないと、明日がキツいわ」

どうして切羽詰まらないとやらないのかなぁ・・・。

苦笑を浮かべたシンジが、お盆をキッチンに戻そうとした時だった。

ピンポ〜ン

「誰だろ?」
「隣のミユキじゃないの?」
「かもね」

ミユキは悲しいことに母親に似たのか、どんなことでも切羽詰まるまで何もしない。
それどころか、切羽詰まると笑い飛ばしてシカトしてしまうことすらしばしばだった。
しかしことが学校関係となると、さすがに親のメンツという壁に阻まれてそうはいかないらしく、夏休みの宿題などは、決まってこの時期にユイカに泣き付いて来るのが毎年恒例になっていた。

「加持さんに似てくれればよかったのにね・・・」

苦笑を浮かべたシンジは、壁にしつらえた受話器を取りあげた。

「はい」
『こんにちは、ユイカちゃんいますか?』

誰だろ?
聞いたコトあるような、無いような声だな・・・。

シンジはその女性の声に、軽い警戒心を抱いた。

「あの、どちら様ですか?」
『鈴原です』


 見慣れたドアの前。
とりあえず一番の顔見知りということで、ヒカリがインターホンのボタンを押すことにした。

ピンポ〜ン

『はい』
「こんにちは、ユイカちゃんいますか?」

今の、誰?
ユイカちゃんのボーイフレンド?

ヒカリは耳慣れない少年の声が聞こえたことに戸惑いを覚えた。

『あの、どちら様ですか?』
「鈴原です」


 その名前を聞いたとたん、シンジの心拍数が跳ね上がった。
ドアの向こうにいる人物の予想が付いたのだ。


 スピーカーから聞こえる声、そのおずおずとした話し方に、トウジの目つきが変った。
今話している人物が、ある人物と重なったのだ。

「・・・ワイや、シンジ。
 入れたってんか」
「俺も来てるよ」


 シンジは、来るべき時が来たことを悟った。
いつかはこの時が来る。
それは、今でもこの街に彼らがいることを知った時から、ずっと覚悟していたことでもあった。

「はい」

返事をして受話器を降ろしたシンジは、リビングを振り返った。

「アスカ」
「何?」
「トウジ達が来たよ。
 ケンスケと委員長も一緒みたい」
「!!!!!!!!」

アスカも手にした鉛筆を落してしまうくらい驚いていた。
こういう時のために、NERVが用意してくれたカバーストーリーに基づいてごまかす練習はいつもしていた。
と言っても、相手が中学時代の親友だけに、どこまで通じるか、不安が無いわけではない。

「ドア、開けるよ」
「うん・・・」

2人揃って玄関まで出ると、壁にあるドアの開閉スイッチを押す。
スライドしたドアの敷居を境に、一瞬14年の時間差が出現し、そして消えた。

「こ、こんにちは、はじめまして。
 えっと、確か、ユイカのお母さんのお友達、ですよね?」
「姉がいつもお世話になってます」

シンジとアスカの先制ジャブ。

「いや、お前らの友達や」
「どういうことなんだ、教えろよ」
「アスカ・・・、どうして言ってくれなかったのよ」

トウジ、ケンスケ、ヒカリはストレートで打ち返して来た。

「すみません、よく判らないんですけど・・・」
「ユイカ、今お昼寝中なんです。
 よかったら僕の部屋に行きませんか?」

レイはペン太との実験で夜まで帰って来ない。
シンジはそちらに用意されたもう一つの「自分の部屋」に3人を誘った。

「どこでもかまへん。
 きちっと納得行く説明してくれるンやったらな」
「納得って言われても・・・」

隣の家。
カードをスリットに通してドアを開ける。

「どうぞ」

こちらの部屋は、アスカ達の家とはちょうど裏返しの部屋割りになっている。
リビングへ案内したシンジは、ペン太の家(?)の横にある冷蔵庫を開けると、レイが作り置きしていたアイスティーをグラスに入れて持って行った。

「なにもないですけど」
「かまへん。
 それより、チャンと話してくれるんやろな?」
「何から・・・」
「まず、お前らは誰や?」
「名前は碇シンジ。
 2015年生まれの14歳です。
 父の名前はゲンドウ、母はリツコ。
 ご存知だと思いますが、NERVの会長と副会長です」

トウジはシンジが話している間、じっとその目を見つめていた。
シンジもその視線を真っ正面から受け止め、淡々と話している。

「彼女はユイカのいとこで、アスカ。
 惣流アスカ・ツェッペリンです。
 年齢は僕と同じ。
 親同士が決めただけなんですが、一応僕のフィアンセです」
「同じ名前なのね・・・」
「姉の代わりだったんです、アタシ。
 体外受精の試験管ベビー・・・」

視線を泳がせながら言った後、伏し目がちに俯くアスカ。
しかしそれは、ヒカリの攻撃を阻めなかった。

「アスカ・・・、あなた、その癖変ってないのね」
「え?」
「あなた、嘘をつく時に鼻の頭掻くでしょ。
 親友の目はごまかせないわよ」
「シンジ、ホンマのこと言うてくれ。
 ワイかて一度はNERVの中にいた人間や。
 何聞かされたかて、ビビることあらへん」
「俺だってな、今は確かにマスコミの人間だけど・・・。
 こんな事、他に話したりしない、いや、できないよ。
 信用してくれよ、友達じゃないか・・・」

詰め寄る3人に、シンジもアスカも黙って俯いてしまった。
流れる沈黙。
軽いため息をついてソファーに凭れたトウジは、ぼそっと話しはじめた。

「なぁ、シンジ・・・。
 ワイなぁ、お前に謝らなイカン思ぉてたんや。
 お前、ワイが足無くしたことで、ごっつ落ち込んどったやろ?
 あれなぁ、ちゃうねん・・・」


 松代の第二実験場。
四号機の起動実験中の事故で第二支部が消失したのを受けて、これ以上の被害を受けたくないという恐怖心を抱いた米国政府の圧力によって、NERV本部に移管された参号機の起動実験が、物々しい警戒の中で行われようとしていた。
ロッカールームでプラグスーツに着替えたトウジは、係員の案内で特設ケイジに向かった。

「何や、誰もいてへんのやな」
「いろいろとあるからね。
 ここは無人になっているんだよ」
「ワイだけ、なんか・・・?」
「大丈夫、何かあればすぐに対応できるようになってるから」

教科書的模範解答。
オタメゴカシであることは、言っている本人も、聞かされているトウジにも解っていた。

「シミュレーションと同じだから、気を楽にしてくれればいいから」

エントリープラグのハッチが閉まる直前、そう言ってにこっと微笑んだ係員のその目には、憐れみが感じられたような気がした。


「ただいまより、エヴァンゲリオン参号機の起動実験を開始します。
 赤木博士、指示を」
「了解、全システム再確認、起動実験、開始」

ミサトとリツコの号令に、職員が慌ただしく動きはじめる。

『停止信号プラグ、排出完了』
『エントリープラグ、エントリー位置へ』


 かすかな振動が、プラグが移動を始めたことを教えてくれた。
まだ灯の入らない内壁は何も映し出すこともなく、外の様子をうかがい知ることはできない。
シートに座ったトウジは緊張感から、右の拳を握ると左の掌にパァンと打ちつけた。

「落ち着け、落ち着け・・・、何もあらへん、大丈夫や」

自分に言い聞かせるように、何度も呟く。
やがて振動が止まり、足元に向かって軽い落下感が来た。


『エントリープラグ、挿入』
『エントリープラグ、固定完了。
 第一次接続、開始』
『了解。
 データ受信、再確認。
 パターングリーンです』


 内壁が虹色に輝き、不思議な幾何学模様が映り、それが何度か交互に繰り返された後、外部の様子が映し出された。
周囲には、誰一人として人がいない。
コンソールの左隅に小さなスクリーンが開く。

『鈴原君、気分はどう?』
「別に、ナンもありません」

話しかけて来たミサトに、トウジはぶっきらぼうに答えた。

「緊張しなくっていいわよん♪
 ンじゃ、始めるわね」


『主電源接続』
『全回路動力伝達』
「了解」
「第二次コンタクトに移行」
『A10神経接続、異常なし』
『初期コンタクト、全て正常』
『ハーモニクス、全て正常』
「第三次接続を開始します」
『オールナーブリンク、終了』
『全システム、リンク完了』
『絶対境界線まで、1,5、1,2、1,0、0,8、0,6、0,5、0,4、0,3、0,2、0,1、突破します』

そのとたんグラフが乱れ、警報が鳴り響いた。


 プラグの中に、真っ赤な光が溢れ、警報が乱舞する。
トウジは慌てて周囲を見渡して、足元に目線が行ったところで目を見開いた。

ムニュルルルル

白っぽい粘液質の何かが、内壁から染み出すように入り込んで来る。

「な、なんじゃこりゃぁ!」


 警報音と真っ赤な光。
特設管制室は、大混乱の渦中にいた。
しかしたった一人、何事かを予想していたのだろうか、リツコはいたって平静に指示を出した。

「実験中止、回路切断!」
「は、はいっ!」

リツコの声に、外部電源が切り離される。
オペレーターの手がコンソールを走り、赤いカバーを跳ね上げると、中にあった緊急停止スイッチを操作する。
それにつられて、全てのスイッチがオフ位置になる。

「ダメです!
 体内に高エネルギー反応!
 参号機、止まりませんっ!」

モニターの中の参号機は拘束具を引きちぎるべく暴れると、顎部ジョイントを外し、大きく口をあけた。

ふぅおおおおおぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜ん!

その雄叫びと共に強力なATフィールドが発生し、モニターがブラックアウトした。


 プラグ下部から、じわじわとせり上がって来る粘液質の何か。
LCLが満たしているので音は聞こえないはずなのだが、トウジにはそれが無気味さを持って、直接脳に響いて来るような気がしていた。

ビシャ、ニュル

「うわわわわ、来んな、来ンな、来ンナぁ!」

粘液質の物が、徐々に右足を包むように這い上って来る。

「来んな、来んな、来んな、アカン、来たらアカンのやぁっ!」


 シンジは、じっとトウジの独白を聞いていた。
シンジだけでは無い。
トウジ以外の誰もが、じっと息を詰めてトウジの話を聞いていた。

「ほんでなぁ・・・。
 ワイ、コイツが消えてくれるンヤッたら、足ごと無くしてもエエ。
 せやさかいに何とかしてくれ。
 そう思たんや。
 ほんだら、ビビったで。
 ホンマに足が、ここからふっ飛びよった・・・」

コンコンと、太もものあたりを叩く。
その硬質の音が、彼が生身の足を片方しか持たないことを、嫌でも思い出させた。

「それ見た瞬間、頭ン中、真っ白や。
 気ぃ付いたら病院のベットでなぁ。
 お前が隣におったわ・・・」

大きく息をつくと、トウジは一口アイスティーをすすった。

「じゃ、じゃぁ・・・あれは・・・」


 夕闇のせまる山間部に、陽炎に揺られて立つ参号機の姿。
弐号機と零号機は既に倒されて沈黙してしまっている。
対峙した初号機が最後のエヴァだ。
参号機の手が初号機の首にかかる。
ぎりぎりと締め上げられると、シンクロのフィードバックで自分の首も絞まる。
ゲンドウの反撃命令に、参号機に取り残されているパイロットを傷つけたくない思いが反発する。
業を煮やした発令所から、初号機のシンクロが切られた。
そして再起動した初号機は、ダミーシステムの支配下にいた。
目覚めた初号機が、参号機の首を締め返す。
嫌な音がして、頚椎が折れる。
ダランとしてしまった参号機を地面に叩き付けた初号機は、頭部を叩き潰し、装甲板を剥がし、露出した素体をバラバラに引きちぎりはじめた。
周囲に散乱する参号機の装甲板、四肢、肉片、体液・・・。
三流スプラッタームービーのような光景に、誰も言葉を発することができない。
次の瞬間、初号機の右手に参号機のエントリープラグが握られる。

「やめろぉっ!
 やめろぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜っ!」

グシャァ!


 シンジの脳裏を駆け巡る記憶のフラッシュバック。
まるでその場にいるかのように脂汗が滲み、真っ青な顔になっている。

「あれは・・・、初号機が潰したからじゃなくて・・・、あれは・・・」
「せや。
 初号機がプラグ潰したからやあらへん。
 ワイが自分で吹っ飛ばしたんや。
 いろいろ調べたわ。
 あれがATフィールドのせいやっちゅうんを知ったンは、つい10年ほど前や」

ATフィールドは心の壁。
それが人の外見をも決定している。
ただでさえエヴァは人の持つATフィールドの力、心の力を増幅する機能を備えている。
自分の足を飛ばしてでも拒絶する。
その想いに忠実に作用したATフィールドが、本当に足を切り離したのだ。

「せやから、お前のせいやないねん。
 すまんかったのォ」

頭を下げるトウジ。
シンジは、まだショックから抜け切らないながら、少し顔色がよくなっていた。

「・・・もう・・・、もうやめよう・・・。
 こんなの、僕達らしくないよ・・・。
 いいよね、アスカ?」
「そうね・・・」
「僕も、アスカも、トウジも、ケンスケも、委員長も・・・。
 あの頃の僕達は、みんなが何かを失ったんだ。
 でも、それを補う何かを手に入れたと思う」
「ずいぶんカッコいいこと言うじゃないか」
「そう思えるようになったの、けっこう最近なんだよ、ケンスケ」
「ちゃんと話してくれるんでしょ?
 碇君、アスカ」
「そうね・・・」
「どこから話そうか・・・」
「最初っからや。
 ワイが入院してからのこと、全部話してくれ」


 第壱拾四使徒戦の結果取り込まれ、1ヶ月も掛かってサルベージされたシンジは、あいかわらず病院のベットに寝かされていた。
目が醒めた時、ベットの傍らにはレイがいた。
本を読んでいたレイは、物音に気付いて顔を上げた。

「もう、いいの?」
「うん」
「そう、よかったわね」

優しげに微笑んだレイが病室を出て行く。
ドアが開いた時に、一瞬赤い物がちらっと見えた。
それが何か解ったシンジは、思わずくすっと笑った。
レイが出て行き、ドアが閉まる。
やがて・・・

トントン

「はい」

遠慮がちのノックの音に顔を上げて返事をする。
入って来たのは予想どおり、アスカだった。

「アスカ・・・」
「良かったわね、帰って来れてさ」
「う、うん・・・。
 どうしたの、突然?」
「ほら、これ、アンタがいない間のノートよ」
「あ、ありがと・・・」

シンジはちょっと躊躇いがちに、それでも嬉しげな表情を浮かべてノートを受け取った。

「早く退院してよね。
 アンタがいないとウチの中が無茶苦茶なのよ」

ぶっきらぼうに言いながら、プイッと横を向く。
その頬が少し赤く見えたのは、シンジの気のせいだったのだろうか・・・。


「あいかわらず、素直じゃないんだな、惣流は・・・」
「う、うっさいわね」


 それから1週間、ようやく家に帰ることを許可されたシンジは、家の中の惨状にげんなりした。
まるで廃墟か魔窟か、そんな様子の部屋を元に戻すのに、2日も掛かったのだ。

「いいリハビリになったでしょ。
 ほんと優しいわよね、アタシってば」
「そういうもんじゃないと思うよ」
「そういうもんなのよ」
「アスカってば意識しちゃってまぁ、かぁいいじゃないのよぉ」

ビールを開けながら冷やかすミサト。
その冷やかしにアスカの頬が赤くなる。

「と、とにかくよっ!
 アンタしか家事が出来るのいないんだからね。
 これに懲りたらちょっとは入院するの減らしなさいよっ!」


「なるほど、ワイが片足でじたばたしとる時に、お前らラブコメしとったんかい」
「はぁあ、おアツイおアツイ」
「ちょっとトウジ、相田君も」

横目でにらむヒカリ。

「なんかさぁ・・・、落ち込んでるコイツ見てたら・・・。
 どうにもほっとけなくってさぁ・・・。
 アタシなりに精一杯だったんだけどね」


『最終安全装置解除、撃鉄起せ』

弐号機の手が巨大なボルトを操作し、マガジンにセットされた1発目のヒューズをチャンバーに送り込んだ。
それをセンサーで検知したモニターの表示が「」から「」に変る。
アスカの目の前に、バイザー型のヘッドセットが降りて来る。
定位置で固定されたヘッドセットの中に備えられたモニターに使徒の姿と、そこに照準を合せようと移動するレティクルが表示された。

「なかなか揃わないわね・・・。
 どうしてこっちに来ないのよぉ・・・、苛々するわねぇ、もぉ」

モニターには地球の自転による偏差を補正するべくX、Y、Zの各軸のデータ、大気の揺らぎを補正するための風力と気圧のデータが表示されている。
くるくると数字が変る小数点以下6桁まで表示された各データが、レティクルの修整に合わせて限りなく零に近付いて行った。

ピピピピピピピピピピピピ。

電子音が鳴りはじめ、ロックオンが近い事を報せてくれた。
アスカは操縦桿をぐっと握り直すと、改めてトリガーに指をかけた。

「もうちょい、もうちょい・・・」

アスカは緊張をまぎらわせるように声を出していた。
その瞬間だった。

「キャァァァァァァァァァァァッ!」


フィーン、フィーン、フィーン、フィーン、フィーン。

発令所に警報が鳴り響き、サブスクリーンに「警報」の文字が踊る。
メインスクリーンに映し出された弐号機に、スポットライトを投げかけるように光線が照射されていた。

「敵の指向性兵器っ?」
「いえ、熱エネルギー反応はありません」

ミサトの叫びにシゲルが答えた。

「心理グラフに異状!
 これはっ!?
 精神汚染が始まっていますっ!!」

モニターを見ていたマヤが振り返って叫んだ。

「使徒の、心理攻撃・・・?」
「まさか・・・、使徒に人の心が理解できるとでもいうの?」

マヤの報告に反応したミサトとリツコが呟いた。

「光線の分析は?」
「可視波長のエネルギー波です。
 ATフィールドに近いものですが、詳細は不明です」

ミサトの問いかけに、マコトがモニターの表示を読み上げた。

「パイロットの状態は?」
「危険ですっ!
 精神汚染域、Yに突入しました!
 このままでは深層心理レベルまでやられますっ!!」

リツコの問いかけに、マヤは叫ぶように答えを返した。


「それでもぉメタクソよ。
 アタシ、エヴァの起動すらできなくなっちゃってね」
「そうそう、私の家にずっと泊まり込んでたわよね」


 第壱拾六使徒戦で零号機が自爆、街は大半が消し飛んでしまった。
そのせいで、疎開でほとんど残っていなかった人達の、ほぼ半数が街と共に消し飛び、かろうじて生き残ったほぼ全ての人々が住む家を失い、御殿場や厚木、小田原や松代などの近隣の街へと疎開してしまった。
誰かと顔を合わせることが嫌で、本部はもとより、コンフォートマンションにすら帰ることができなかったアスカは廃墟を放浪し、とある廃屋のバスルームでぼんやりと空を眺めている所を保護された。
その1週間、アスカは何も口にしておらず、見る影もないほどやせ細り、自慢の髪もぼさぼさになっていた。
とりあえずメディカルセンターに搬入されたものの、精神安定剤と栄養剤の点滴以外は採れない状態が続いた。
シンジは毎日、そんなアスカを見舞った。
入室は許可されていたが、話しかけても、体に触れても、アスカは何の反応も示さないでいた。
シンジにはそれでもよかった。
シンジは毎日通っては、その日あったことをアスカに語りかけ続けた。
そんなある日、シンジがアスカの病室に姿を見せない日があった。


「最後の使徒、よね・・・」
「人の姿をしてたんだ」


 人か、ヒトのもう一つの形である使徒か、いずれか一方だけがこの地上に残ることを許される。
自分を好きだと言ってくれたヒト、自分のことを見てくれた初めてのヒト、カヲルを自らの手で屠らざるをえなかった究極の選択。
全身が張り裂けそうな悲しみ、そんなどうにもならない感情をもてあましたシンジはアスカの病室に行くと、未だに反応を見せないアスカに縋り付いた。

「ねぇ、アスカ・・・、僕はどうしたらいいの。
 アスカ、何か言ってよ!
 また僕にバカって言ってよ。
 僕をなじってよ、叩いてよ、アスカっ!」

激情のままにアスカの体を揺さぶる。
かけられたシーツが落ち、パジャマがはだけ、ヘルスモニターのケーブルが千切れ飛ぶ。
まろび出た白い肌に、シンジは別の感情を抱いた。
シンジがゆすった結果アスカの体から離れたのは、ヘルスモニターのケーブルだけではなかった。
暴れたり逃げ出したりできないように、身体機能に悪影響を及ぼさない程度に希釈された鎮静剤が、点滴で投与され続けていたのだが、そのチューブを針ごと引き抜いてしまっていたのだ。
シンジの行為が終わった時、アスカは薬効が切れ、意識を回復していた。

ア、・・・ンタ、何やっ・・・、て、ん・・・の、よ・・・
「ア、アスカ・・・?」
ア、ンタ、バ、カぁ?
 病人だ、と、思って、何もで・・・、
できな、い、アタシ、に、何、やって、んの、よ?
 人が、寝てると、思って、好き、放題す、るん、じゃな、い、わよ、バカ!

カラカラの喉で、途切れ途切れ、精一杯の声を張り上げて、シンジを怒鳴りつける。

「アスカ、アスカ、アスカァっ!」

シンジは感極まって、そのままがばっと抱きついてしまった。


「ナンちゅうことシトンじゃ、オノレは・・・」

トウジは苦笑を浮かべる以外になかった。

「その後さぁ、看護婦やら医者やら、保安部の奴等まで駆け込んで来て、大騒ぎだったんだから。
 あの大人しいサードチルドレンがセカンドチルドレンを襲ったって言ってさぁ」
「そりゃそうだよなぁ。
 俺だって、そんなの今聞かされたって信じられないからね」

言いつつもケンスケの笑いは、かなりアブナイ物だった。


 それから数日、NERVを囲む状況は、いよいよキナ臭さを増して来ていた。
自衛隊の部隊が第三新東京を囲むように配置され、太平洋上には国連海軍が遊弋している。
元からNERVのことを快く思っていない日本政府はおろか、国連までもがNERVを警戒、と言うよりはあからさまに敵視していた。

「これから、どうなるんだ・・・?」
「使徒はこの前のが最後なんだろ?
 どうして警戒態勢が下がらないんだよ」
「見れば判るだろ、酷いもんさ。
 右も左も自衛隊と国連軍。
 蟻の這い出る隙間もないんだぜ。
 あれだけこき使っといて、役目が終わればはいそれまでよ、かよ」
「エヴァの力、よっぽど恐いンだろうなぁ・・・」
「確かにわかるけどなぁ・・・。
 俺だって、NERVを敵には回したくないからね」
「でもさぁ、しょせんは人が動かすんだぜ。
 パイロットがいなくなったら、あんなのただの機械人形じゃないかよ」
「それが狙いなんじゃないのか?」
「狙い?」
「俺達ごとヤッちゃえば、二度とエヴァを使うことはできないんだからさ・・・」

まことしやかに囁かれる噂。
それはいつしか尾鰭をつけて駆け抜け、ついには今日明日にもNERV対全人類の戦いが始まるとまでに膨れ上がっていた。

「ふぅむ・・・。
 既に心理戦は始まっているわけか・・・。
 碇、放っておいてもいいのか?」
「問題ない。
 切り札は全て我々が握っている
 老人達には何もできん」
「現実問題から逃避する気かね?
 あの兵力は、ただ事ではないぞ」
「心配するな、冬月。
 約束の時はもう目の前だ」


 周囲のざわついた状況は、否応なくチルドレンにも届いていた。
何より帰宅を許されず、本部内にある宿舎に缶詰めになっている状況が、自分達を取り巻く環境が大きく変化していることを裏付けてもいた。
それでもやるべきことはやらねばならない。
毎日が戦闘シミュレーションとテストの日々。
しかも学校もなく、出掛けることもできないのでは、息抜きすらままならない。
シンジはまだよかった。
職員食堂に頼み込んで、たまに料理をさせてもらうことで気晴らしになったからだ。
しかしリハビリと訓練というダブルヘッダーのスケジュールを組まれたアスカには、わずかに食事と、自分の部屋に帰って来た後の入浴や睡眠くらいしか、時を消費する手段がなかったのだ。
そのことを気遣ったシンジは、せめて食事だけでも、と、自分の「作品」をアスカに出してやることを日課にするようになった。

「どう、アスカ?」
「ん、まぁまぁね」

言いつつもまんざらではないようで、皿の上の料理はみるみる奇麗に片付けられて行った。

「ねぇ、シンジ・・・」
「なに?」

料理を平らげて、食後のお茶に手をつけたアスカは、急に改まった口調で話しかけた。

「アタシ達、どうなるんだろう、これから・・・」
「どうって・・・」

顔を上げたアスカと目が合う。
いつもの彼女では考えられない、どこか不安げな、あるいは儚げな色をその瞳に感じとったシンジは、その後に彼女が何を言うのか、じっと待つことにした。

「考えたことないの?
 使徒はもう来ないってみんな言ってるのに、どうして毎日毎日訓練しなきゃいけないのかって」
「だって、エヴァは2機しかないし、動かせるのは僕達だけだし・・・」

とりあえずは当たり障りのない返事をする。
当然それは、アスカの中に届く前に跳ね返された。

「そんなの、ファーストだっているじゃない!」

サッと感情を高ぶらせるアスカ。
シンジはしかし、少し悲しげな笑みを浮かべると、彼には珍しく、投げやりな声色で答えを返した。
「綾波は無理だよ。
 だってこの前、初号機を起動できなかったんだから・・・。
 それにアスカだって、綾波が弐号機に乗るの、嫌なんでしょ?」
「まぁ、ね・・・」

ちょっと寂しそうな笑み。
アスカは最後の使徒が弐号機を乗っ取ったことに少なからずショックを受けていた。
自分以外の誰かが触れることすら嫌がっているのに、あまつさえ使徒に乗っ取られ、初号機と刃を交えた。
しかも弐号機は初号機によって損害を受け、活動停止に追い込まれたのだ。
最初にそのことをミサトから教えられた時は、怒りに任せてシンジを蹴り飛ばしたアスカだったが、経緯を知った後、彼女にしてはとんでもなく珍しいことに、シンジに素直に頭を下げていた。

「ねぇ、シンジ・・・」
「なに?」

始めと同じ会話。
しかしシンジには、呼び掛けたアスカの声の調子が、いつもとずいぶんとかけ離れた、どこか遠慮がある物に感じられた。

「あとでさぁ、アタシの部屋、来ない?」
「いいけど、何?」
「バカ、そこまでアタシに言わせるんじゃないわよ!
 全く、デリカシーが無いんだから」

ぷっとふくれたアスカは席を立つと、唖然として見上げるシンジの鼻面に指を突き付けた。

「とにかく、アタシの部屋、必ず来るのよ!
 いいわねっ!」
「うん、わかったよ・・・」

アスカは言いたいことだけを言うと、さっさと食堂を出て行ってしまった。
その後ろ姿に、彼女がだいぶ回復していることがうかがえたシンジは、ふっと微笑むと食器を片付けるために立ち上がった。
皿を洗いながらシンジは、ふと、ある言葉を思い出していた。

『彼女というのは遥か彼方の女と書く。
 女性は向こう岸の存在だよ、俺達男にとっちゃね。
 男と女の間には、海よりも深くて広い川があるってことさ』

それは同居人の保護者、そしてシンジにとっても兄とも慕う、しばらく前から行方不明の男性が言った言葉だった。

『でもな、シンジ君。
 その川を渡ろう、橋を架けようってするから面白いんだな、人生ってやつは』

僕とアスカの間にも、橋を架けることはできるんですか・・・、加持さん?

教えてやる、といった態度ではなく、何気ない四方山話の中に織り交ぜて、いつの間にかアドバイスをくれている加持の言葉・・・。
それに従えば、アスカは間違いなくシンジに対して橋を架けようとしていた。
食器を片付け、コックに礼を言ったシンジは部屋に戻ると、悩みをふっ切るようにシャワーを浴び、アスカの部屋に向かった。


「ふぅん・・・、あのアスカがねぇ・・・」
「何よ、ヒカリ」
「だって、あなたから、なんて考えられないじゃない、普通」
「アタシは普通じゃないって言うの?」
「こんな小さい28歳が普通かよ?」
「どないやねん、それ・・・」

楽しげな会話にシンジは、14年という時の断絶を取り戻せたような気分がして嬉しかった。





ドモドモ、J.U.タイラーでっす!(^^)/

 はい、第壱拾弐話をお届けします。


 今回は、前回以上に伸びて四部構成の予定です。
そんなわけで、ネタばらしになっちゃいけませんから、ここではまだ何も書かないでおきますm(__)m





次回予告

 最後の戦い前夜。
大局というという名の激流に翻弄され、それでも必死に抵抗してみせるシンジとアスカ。
その抵抗する心と不安が、急速に二人の距離を縮めて行った。


次回、第壱拾参話 「過去との出逢い」・その2


そうなんだよね・・・ (^^;
 By Shinji Ikari

でわでわ(^^)/~~