ぱぱげりおんIFのif・第弐拾話

アスカとレイの子育て日記・その5

EPISODE:05 Rei II


〜 想いの重さ・後編 〜




平成14年11月24日校了



●2015年某月某日深夜 二子山仮設基地

 第五使徒の荷電粒子ビームを受け、楯が溶解してもなお、機体そのものを使ってでも初号機を守り抜いた結果、零号機は大きな損害を受けて倒れ込んだ。
シンジは慌てて零号機の背部装甲板をはがすと、エントリープラグをつかみ出した。
高熱に爛れる初号機の手から、その痛みが伝わる。
しかしシンジはためらうことなく自身もプラグを排出すると、まだ熱気が渦巻く外へ飛び出し、零号機のプラグに駆け寄った。
荷電粒子ビームの熱はプラグにまで伝わっていたらしく、表面が溶け、歪んでいる。
かなり高温に熱せられている緊急ハッチハンドルに手を掛けるが、悲鳴を上げてのけぞる。
しかしシンジは、かまわずにハンドルに手を掛けると、渾身の力でそれを回した。

「綾波!
 大丈夫か!?
 綾波!!」

レイは、ゆっくりと目を開けた。
シンジは目にいっぱいに涙をためていた。

「自分には、他に何もないなんて・・・、そんなこと言うなよ。
 別れ際にさよならなんて・・・、悲しいこと言うなよ・・・。
 うくっ・・・、ぐす・・・、くっ・・・」
「何泣いてるの?」
「うく・・・ぐす・・・」
「ごめんなさい、こんな時、どういう顔すればいいか判らないの」
「笑えばいいと思うよ」

顔を上げたシンジの表情が、ある表情と重なった。
レイは、その笑顔が同じものであることを理解した。
次の瞬間シンジが見たレイの表情は、まるで花が咲いたような、澄み切った笑顔だった。


●2020年3月9日深夜 コンフォート17マンション 1101号室 レイの部屋

 窓から見上げる月が、白い円形の光を投げかける。
それがレイに、ずっと前に見た光景を思い起こさせる。
その夜と同じような月が天から見つめる下で、彼女は「絆」という言葉の本当の意味を認識した、ように思っていた。
始めてこの世界に現れた時は、ただ単に自分をここに送り込んだ存在から教えられた「単語」以上の意味をなさなかった言葉だった。
やがて一人の男が、それがどんな物かをおぼろげに感じさせてくれた。
暖かく包まれるように、絶対の庇護を与えてくれる存在、安全を保証してくれる存在。
そしてその男を通して、次々とレイの世界は広がっていった。
唯一の例外は、最初の自分が、何も考えずに、教えられた言葉をぶつけてしまった相手、赤木ナオコだけだったろう。
だから、新しく自分と同じチルドレンが来ると言う話を聞かされた時、レイは不安におののいた。
その子供が自分を守ってくれる存在の実の息子だと知った時、一身に注がれる庇護が奪われるような気がして、平凡な言葉を使えば予想される孤独と喪失感に恐怖を持ち、精神に恐慌を来したのだ。
その結果が起動実験の失敗という形で我が身に降り懸かった時でも、レイは自分の力を解放し、心を飛ばしてその少年に逢いに行った。
そして確認した姿は、自分をこの世界に送り込んだ存在から教えられたとおりの、ガラスのように繊細な心を持った、線の細い少年だった。
その少年はしかし、始めての使徒が現れた時、エヴァに乗るのを嫌がり、まだ傷の癒えない自分を病室から引きずり出した。
自分を守る絶対的な存在を信用せず、反発してみせた。
死の不安を口にし、自分が守るという言葉すらも受け入れてくれようとはしなかった。
レイにとっては到底受け入れられないようなことを、しかも立て続けにしでかす少年のことを、彼女は異質の者として拒絶しようとすら思った。
しかしそれは、たった一度の出来事で流れ去り、「絆」という言葉の意味を確固たるものにしてくれた。
だからレイは、素直な気持ちで笑顔を見せることができたのだ。
それはレイが、少年を、碇シンジを意識した初めての出来事だった。

「碇君・・・」

思慕の情を含んだ呟きが、月を見上げるレイの口から漏れた。


●2015年某月某日夕方 コンフォート17マンション 1101号室

 地球の裏側から来た少女は、レイの世界に突然現れた「闖入者」だった。
刺々しい心をむき出しにして、自分という存在にしか絶対的価値を見いだせない哀れな心を持った彼女を、レイもまた受け入れることはできなかった。
ユニゾンの訓練をしている時も、彼女はシンジを受け入れようとはしなかった。

「このシンジに合わせてアタシのレベルを下げるなんて、うまくいくわけないわ!
 どだい無理な話なのよっ!!」
「ふぅ〜ん・・・、じゃぁ、やめとくぅ?」

激昂するアスカに、ミサトはチェシャ猫のような笑みを浮かべた。

「他に人、いないんでしょ?」

アスカはさも、自分以外に適任者がいるはずがない、という態度でふんぞり返った。

「レイ」
「はい」
「やってみて」
「はい」

レイは、素直に従うと、アスカの代りにマットに立った。
ぴたっとシンクロした動きに、周囲から何とも言えない声が漏れる。
レイにしてみれば、単にシンジとの絆を感じ、その動きを心で捉え、合わせたに過ぎない。
しかしそれを理解することができなかったアスカは、怒って家を飛び出した。
この時アスカを追ったシンジの行動が、アスカに彼を意識させる結果となった。
そしてアスカはレイという存在をライバルと認識し、負けず嫌いからシンジの気を引き付けておこうと思ったにすぎない。
ところがそれが、いつのまにかアスカにとって、常に隣りにいるべき存在、一緒に時を過ごすことが当たり前の存在、そんな言葉でしか顕せないような「大切な人」に昇格してしまっていたのだから、その後に起きた全てはまさに、この時から始まったと言ってもよかった。


●2020年3月19日正午過ぎ コンフォート17マンション 1101号室

 その日は朝から妙な胸騒ぎを覚えていた。
午前中にアスカの部屋を掃除をした時に、ほんのちょっとした不注意で落とした写真立てのガラスが割れてしまったのだが、シンジとアスカが並んだ写真の、ちょうどアスカを真っ二つにするかのように走ったヒビを見た時、その胸騒ぎは不安に成長した。
ユイカと二人で昼食を摂っていた時のことだった。
電話の呼び出し音に合わせるかのように、心の中に赤色灯が明滅する。
どうか予感が外れて欲しい、杞憂に終わって欲しいと思いつつ、硬い表情で箸を置き、微かに震える手で受話器を取り上げる。

「はい」
『レイ、今すぐアスカの身の回り品を準備して、メディカルセンターに来てちょうだい』

固い調子で告げるリツコの声に、悪い予感が的中したことを悟ったレイは、表情を引き締めた。

「何かあったのね」
『アスカがケガをしたの』
「わかったわ」

そそくさと昼食を終えたレイは、アスカの身の回り品や着替えを準備すると、ユイカを連れて家を出た。
駐車場に行って車に乗り込む。
MAGIシステムとGPSをリンクして構築したオートドライブ・システムの運用試験のため、NERV職員の中から希望者を募り、専用車を使わせているのだ。
アスカとレイは運転免許取得したての初心者ドライバーのケースモニターとして選ばれ、アスカはツードアスポーツの水素エンジン車を、レイはフォードアセダンの燃料電池車を渡されていた。
後席のチャイルドシートにユイカを座らせたレイは、メディカルセンターの位置をナビゲーションシステムに登録すると、自動運転モードのスイッチを入れた。


●2015年某月某日午後 ジオフロント内部某所

 突如起きた停電に、本来独立系統を持っているはずのNERV本部を含めて、第三新東京市全てが麻痺していた。
とにかく急いで本部に向かおうとしたシンジ達だったが、リーダーシップを発揮しようとして全てが空回りするアスカに引っ張りまわされ、道を間違えそうになる度に内部配置をよく知るレイのおかげでそれを回避するというパターンで、ようやく正しい道に戻るというパターンを幾度となくくり返していた。
3人の前に、また二股の別れ道が現れた。

「まただ・・・」
「こっちよ」

自分がリーダーという想いがあるアスカは、次々と道を選んでいくレイに嫌味を言った。

「アンタ、碇司令のお気に入りなんですってねぇ。
 やっぱ可愛がられてる優等生は違うわねぇ」
「こんな時に、やめようよ・・・、」

アスカはシンジの諌めに耳を貸さずに続けた。

「いつも澄まし顔でいられるしさぁ」

何を言っても聞いている風のないレイに、アスカは眉を釣り上げて前に回り込んだ。

「アンタッ!
 ちょっと贔屓にされているからって、なめないでよッ!!」
「なめてなんかいないわ。
 それに、贔屓にもされてない。
 自分で判るもの」

やがて一行の前に、ベークライトで固まってしまった装甲シャッターが現れた。

「これは・・・、手じゃ開けられないよ」
「しかたないわ。
 ダクトを破壊して、そこから進みましょう」

言うが早いかレイは、手近にあった工事資材を掴むと、通気ダクトを叩きはじめた。

「ファーストって恐い子ね・・・。
 目的のためには手段を選ばないタイプ。
 いわゆる独善者ね」

アスカはシンジに囁くように言った。


●2020年3月19日午後 NERVメディカルセンター 第一脳神経外科病棟

 ICUのベッドに寝かされたアスカ。
頭や腕に巻かれた包帯が痛々しい。

「命に別状はないわ。
 問題は別のところよ」
「別?」
「理由は判らないのだけれど、意識が戻らないのよ」

メディカルモニターは、規則正しく脈をきざみ、正常な血圧であることを示している。

「長くなりそうね・・・。
 その間はあなたも出勤しなくていいわ。
 ユイカのこと、お願いよ」
「はい」


●2015年某月某日夕方 NERV本部 第一発令所

 遥か衛星軌道から自分自身を落下させることで目標を破壊しようとする使徒を、エヴァで直接受け止めて撃退するという、とんでもない作戦を成功させた3人。
ロンギヌスの槍発掘のため南極へ出張中だったゲンドウは、結果報告を聞き、シンジに声を掛けた。

『そこに初号機パイロットはいるか?』
「はい」
『話は聞いた、良くやったな、シンジ』

音声のみの通信ながら、レイにはその向こうでゲンドウが浮かべているであろう表情を想像できた。
そしてそれがシンジのみに向けられたものであることも。

これが絆・・・。
私ではなく、碇君に向けられたもの・・・。

しかしレイは、それを寂しいとも、自分が疎外されたとも思わなかった。
なぜなら、ミサトの誘いをうけるにあたって、わざわざ自分も食べられる物を選んでくれたシンジとアスカに、仲間意識という絆を感じたからだ。

「ほら、座りましょ」
「へいらっしゃい!
 何しましょう」
「私、ニンニクのりラーメン、チャーシュー抜き」
「アタシ、フカヒレチャーシュー、大盛りね」
「僕、博多とんこつ」
「・・・あたしはワンタン緬、大盛りで」
「へいよ!」


●2020年3月25日午後 第三新東京市郊外 雲雀ヶ丘商店街

 アスカは入院から1週間たっても意識が戻らず、未だにICUを出ることができないでいる。
ユイカを連れて見舞いに行った帰り、レイは商店街を歩いていた。
『アンジェリカ』の前まで来たところで、ユイカがぴたっと足を止めた。

「れ〜い〜お〜ば〜ちゃ〜ん、けーきーっ!」
「まだよ、晩ご飯のおかずが先」
「やだぁ!
 ゆいか、けーきっ!!」
「ユイカ、我が侭はダメ」
「やだぁっ!」

表の騒ぎを聞きつけたのだろう、ナオトが出て来た。

「やぁ、いらっしゃい」
「ああっ、なおおじちゃんだぁ!」
「こんにちは、ユイカちゃん」
「ごめんなさい」
「大変だね、レイちゃんも」
「ええ。
 よほどここのケーキがお気に入りなのね」
「買い物?」
「ええ、夕食の」
「じゃぁ、相手をしてて上げるから、行っておいでよ」
「いいの?」
「いいよ」
「ありがとう」
「さぁ、ユイカちゃん、おいで」
「うん♪」


●2015年某月某日午前 NERV本部 第二実験場

山・・・。
重い山。
時間をかけて変わるモノ。

空・・・。
青い空。
目に見えないモノ。
目に見えるモノ。

太陽・・・。
一つしかないモノ。

水・・・。
気持ちのいいこと。
碇司令。

花・・・。
同じ物が一杯。
いらない物も一杯。

空・・・。
赤い、赤い空・・・。

赤い色。
赤い色は嫌い。

流れる水。
血。
血の匂い。
血を流さない女。

赤い土から作られた人間。

男と女から作られた人間。

街・・・。
人の作り出したモノ。

エヴァ・・・。
人の作り出したモノ。

人は何?
神様の作り出したモノ。
人は人が作り出したモノ。
私にある物は命。
心・・・。

心の入れ物。

エントリープラグ・・・。
それは魂の座。


これは誰?
これは私。
私は誰?

私は何者?

私は何モノ?

私はナニ者?

ワタシハナニモノ?

私は自分。
この物体が自分。
自分を作っているカタチ。

目に見える私。
でも、僕が僕じゃない感じ・・・。

とても変。
カラダが溶けてく感じ。

私がわからなくなる。

私の形が消えて行く。

私でない人を感じる。

誰かいるの?
この先に・・・。

これは誰?

碇君?

この人知っている。
葛城3佐。

赤木博士。

みんな。
クラスメート。

弐号機パイロット。

碇司令・・・。

あなた誰?

あなたダレ?

アナタダレ?

次々と浮かび上がるイメージ。
レイは、最後に自分の顔が浮かび上がって来たことで、驚いたように目を見開いて、海中から浮かび上がるように現実世界に戻って来た。

『どう、レイ?
 初めて乗った初号機は?』

通信機からリツコの声が流れる。
レイは初号機のコックピットにいた。

「碇君の匂いがする・・・」

レイはぼそっと呟くように答えた。


●2020年6月6日深夜 コンフォート17マンション 1101号室 レイの部屋

 レイは、満月になるとオカシクなる。
いつの間にかNERVには、そんな噂が流れるようになった。
まだ傷が癒えないアスカを見舞った時も、妙にアブナゲな、浮ついた感じを受けたと言うのが、メディカルセンターで彼女を目撃した人達の一致する意見だった。

「碇君・・・」

夜空に懸かる月を見上げ、そっと呟く。
やがて月の形が歪み、流れる。

私、泣いてるの?
なぜ泣いてるの?
なぜ心が痛いの?

自分に「絆」を感じさせてくれたあの笑顔は今、自分をここに送り込んだ存在と共に、紫の巨人の中で眠っている。
レイが始めての機体相互互換試験で初号機に乗った時、そこにあったシンジのイメージの中で、自分が一番大きなウェートを占めた存在であることが判った。
最もはっきりと、そして暖かみを持って焼き付けられたイメージとして、自分がそこに存在していたのだ。
しかし結局、最後に彼が笑顔を向けたのは、自分ではなかった。
もし、もし彼が・・・。
言いようのない切なさが込み上げる。
掃除中に見つけたシンジのYシャツ。
納戸の中に積み上げられた段ボール箱や衣装ケースなどを整理していて見つけたものだ。
アスカが取っておいたシンジの持ち物の中から、それだけがまるで存在を自己主張するかのように、袖口がケースから飛び出していたのだ。
19才になり、それなりに成長したレイが着ても、それは少し余るサイズだった。

碇君の匂いがする・・・。
碇君に包まれている感じ。

ふわっと抱かれたような感触に、レイの脈が跳ね上がる。

「碇君・・・」
『綾波・・・』
「いかり・・・くん」

きゅっと自分を抱くように腕をまわす。

とくん、とくん、とくん、とくん

規則正しくリズムを刻む音が、まるで耳元にあるかのように大きく聞こえる。
素肌に直接触れるシャツの生地がぴりぴりした感覚を生み、体の中心が熱くなるのを感じる。
レイは、熱の中心にそっと手を這わせてみた。

「ん・・・」


●2015年某月某日午後 第壱中学校 2年A組

 放課後の清掃時間。
箒がけをしていたシンジは、その手を止めて、レイが雑巾を絞っている様子をじっと見ていた。


●同日夕方 NERV本部 第55エレベーター内

 シンクロテストを終えて帰宅する時、シンジは偶然、レイと同じエレベーターに乗り合わせた。
翌日に、3年ぶりの父との墓参りを控えていたシンジは、レイにそのことを話した。

「明日、父さんに会わなきゃならないんだ。
 何話せばいいと思う?」
「どうしてそんなこと私にきくの?」
「いつか、綾波が父さんと楽しそうに話してるの見たから・・・。
 ねえ、父さんってどんな人?」
「判らない」
「そう・・・」
「それが訊きたくて、昼間から私の方見てたの?」
「うん・・・。
 あ、掃除の時さぁ、今日も、雑巾絞ってたろ。
 あれってなんか、お母さんって感じがした」
「お母さん?」
「うん・・・。
 なんか、お母さんの絞り方、って感じがした。
 案外、綾波って主婦とかが似合ってたりして」
「・・・・・・何を言うのよ」


●2020年6月6日深夜 コンフォート17マンション 1101号室 レイの部屋

『ママ・・・』

シンジの笑顔を満月に重ね、いつものように、そっと胸に手を這わせた瞬間、ユイカの声が聞こえたような気がして、慌てて入口を振り返る。
しかしそこには閉じられた襖以外、誰もいなかった。

「ユイカ?」

気になったレイは、ユイカが一人で寝ている、アスカの部屋に行ってみた。

「ぐすっ、ぐすっ」
「ユイカ、どうしたの?」
「ぐすっ、ママがね、ぐすっ、いないの、ぐすっ」

広いベッドの上ですすり上げるユイカ。

「そう、あなたも寂しいのね・・・」

ユイカの頬を伝う涙が、乱れた心を静めてくれる。
ベッドに腰掛けたレイは、ユイカの小さな体をきゅっと抱きしめた。

「れいおばちゃ〜ん・・・」
「ユイカ、泣いちゃダメ。
 私がいっしょにいてあげる。
 だから、泣いちゃダメ」

落ち着かせるように、何度も何度も頭を撫でてやる。

「れいおばちゃん、ママみたい・・・」
「何を言うのよ・・・。
 あなたのママはアスカでしょ。
 いっしょに寝てあげるわ、さぁ、いらっしゃい」
「うん♪」

レイには、なぜシンジが自分ではなくアスカを選んだか、それが判っていた。
今までずっと、割り切ろうとして割り切れなかっただけで、その原因は解っていた。
彼を守ろうとして身を犠牲にし、今の自分、つまり3人目になってしまった時、レイはシンジの事を想っていた自分も、シンジへの想いも、その時流した涙といっしょに、全てをあの炎の中に置いて来てしまったのだ。
人の機微に敏感なシンジにとって、残された存在はアスカしかなかった。
言ってみればシンジは、レイを選ばなかったのではなく、アスカ以外を選べなかったのだ。
レイは心の中で呟いた。

さよなら、碇君・・・

壁に掛けられたカレンダーの、その日の数字に大きく記された赤い丸に目を止めたレイは、静かに微笑んだ。


●2015年某月某日 第三新東京市

 レイは、使徒に融合されるというこれまで感じたことのなかった感覚に、生まれてはじめてとも思える恐怖感を味わっていた。
その心の中で、もう一人の自分と対峙していた。
オレンジ色の水の上に立つ自分と、太もものあたりまでが水に漬かった自分。

「誰?
 私、エヴァの中の私。
 いえ、私以外の誰かを感じる。
 あなた誰?
 使徒、私達が使徒と呼んでいる人」

彼女の姿を借りてイメージを投影した使徒は、俯いたままレイに話しかけた。

『私と一つにならない?』
「いいえ、私は私、あなたじゃないわ」
『そう。
 でもだめ。
 もう遅いわ』

そのとたん、体じゅうに走るミミズ腫れ。
それは自分に使徒が侵入して融合した証拠。

『私の心をあなたにも分けてあげる。
 この気持ち、あなたにも分けてあげる。
 痛いでしょう?
 ほら、心が痛いでしょう?』

言いながら使徒が顔を上げた。
その紅い瞳が真っ直ぐ自分を射貫く。

「いたい・・・。
 いえ、違うわ。
 寂しい。
 そう、寂しいのね」
『寂しい?
 解らないわ』
「一人が嫌なんでしょう?
 私達はたくさんいるの。
 一人でいるのが嫌なんでしょう?
 それを、寂しい、というの」

使徒は意地の悪い笑みを浮かべた。

『それはあなたの心。
 悲しみに満ち満ちている、あなた自身の心よ』

レイは何かが自分の膝に落ちる感触にはたと気が付いた。

「これが、涙・・・。
 泣いてるのは、私?」

零号機救出のために凍結を解除された初号機が出撃する。
それに反応するかのように、使徒の先端が初号機を目指す。
その先端が、レイの形に変化した。

「碇君ッ!」

初号機が躱そうとした手を、使徒が捕らえた。

『ふふふふふふふ』
『ふふふふ、碇君・・・』

初号機の手に脹れ上がったミミズ腫れから、ポコポコと盛り上がった瘤の一つ一つがレイの形を作る。

「ひ、ひぃっ!」

シンジは恐怖のあまり、その手にプログナイフを突き立てた。

『ギャァァァァァァァッ!』

使徒の形作ったレイの悲鳴が響く。

『ふふふ、痛いの、碇君』
『痛いの、ふふふふふ』
『ふふふふふふふ』

無気味な笑みを浮かべた使徒の先端が初号機の手から離れると、もう一度接触しようとした。

「これは私の心。
 碇君と一緒になりたい。
 ダメッ!」

その瞬間、使徒が一気に零号機に吸い込まれる。

『ひゃぁっ!』

悲鳴を残して、使徒が全て零号機に吸い込まれてしまった。

『レイ、機体を捨てて逃げてッ!』
「だめ、私がいなくなったら、ATフィールドが消えてしまう・・・。
 だから、だめ」

レイはシートにあるカバーを跳ね上げると、中にあるハンドルを操作した。
零号機の腹部から膨れあがった異様な物体がもう一度零号機に吸い込まれる。
次の瞬間、零号機の気体が真っ白な閃光を放ち、人の形を取った。
巨大な白いレイが寂しげに微笑む。

『さよなら、碇君・・・』

その瞳から、キラッと光る何かがこぼれた。
次の瞬間真っ白な閃光に包まれ、巨大な爆発と共に全てが消え去った。


●2020年6月20日午後 NERVメディカルセンター 第一脳神経外科病棟

 レイが2週間に1度の見舞いに訪れた時、アスカは荒れに荒れていた。
硬質ガラスがはめ込まれた隔離病棟のベッドの上で、手当たりしだいに物を投げ付けている。

『アタシはもうなんともないのよッ!』
『惣流さん、あなたはまだ治ってないんです』
『そんなわけないでしょッ!
 早くここから出しなさいよッ!
 こんなとこにいたら、バカシンジやファーストに負けるじゃない!
 アタシが一番うまくエヴァを使えるの!
 アタシじゃなきゃダメなのよ!』
『今は使徒のことを忘れて、体を治すことに専念してください!』
『だから、アタシは治ってるって言ってるでしょッ!』
『鎮静剤、早くッ!』
『放してッ!
 放しなさいよッ!』

医師や看護婦に押さえられて鎮静剤を打たれたアスカは、それでようやくおとなしくなると、ベッドに寝かされた。

「毎日あの調子ですよ」
「いったいアスカは何を・・・?」
「今をまだ、使徒戦役当時と思い込んでいます」
「記憶障害?」
「ええ、ここ5年くらいの記憶がすっぽり抜けていますね。
 一歩も前に進まないんです」

アスカは入院から1ヶ月程して意識を回復したものの、まともな反応を示さなかった時期があった。
使徒戦役末期に受けた精神汚染がもとで生きる目的を失っていた頃のような、まるでそんな状態が続いたのだ。
アスカの入院から2ヶ月ほどたったある日、レイがアスカの病室に入った時のことだった。

「またアンタ・・・。
 アンタしか来ないのね・・・」
「え?」

久々にアスカが口を開いたことに表情をほころばせたレイだったが、続けて出て来た言葉に、血の気と返す言葉を失った。

「どうしてシンジは来ないのよ・・・。
 どうしてバカシンジは来ないのよっ!」
「碇君は来ないわ。
 それはあなたも・・・」
「なんで、なんで、なんで!
 こんなアタシに用はないってわけ?
 もうエヴァに乗れないアタシは用済みなのッ!?」
「アスカ?」
「気安く呼ばないでッ!
 アンタみたいな優等生に心配されたくないッ!!」

その時も駆けつけた医師の処置でようやく落ち着いたアスカだったが、それ以来ずっとこの調子なのだ。
ユイカのこともまるっきり忘れているのがはっきりしたため、幼い子供にショックを与えるわけにはいかないと、レイは見舞いにユイカを連れて来ることをやめていた。

「身体的には、ご覧のとおり何も問題ないんですが・・・」
「何か策はないんですか?」
「そうですねぇ・・・。
 あくまでも一般論ですが、記憶障害にはショック療法がよく用いられます。
 何か、ちょっとしたきっかけがあれば回復することが多いのですが・・・。
 唯一の難点は、リスクの高さです。
 ショックが強すぎるとそれがトラウマになって、永遠に記憶が戻らないこともありますので」
「子供・・・」
「え?」
「アスカの娘を・・・、ユイカを逢わせてみては?」

たまたまアスカの様子を見に来ていていっしょになったリツコが言ったことに、レイは表情を固くした。

「だめ、逢わせてはだめ」
「どうしたの、レイ?」
「あなたも知っているはずよ。
 アスカの子供の時のこと」
「そうね・・・、ユイカに与えるショックが大き過ぎるわね・・・」


●2015年某月某日夜 NERV本部内某所

 モニターに、高級幹部宿舎の一室の様子が映っている。
ミサトは、じっと画面を眺めていた。

「ふうっ・・・、これで万事OK・・・、かな?」

けしかけるだけけしかけてはみたものの、本当に思惑通りに行くかどうか心配だったのだ。
互いに思いの丈をぶつけ、それでも見事に結ばれてくれたシンジとアスカに安心したミサトは、モニターのスイッチを切って立ちあがろうとして驚いた。

「レイ!
 あなた、いったいいつの間に・・・」
「気にしないで」
「気にしないでって・・・、あなた・・・」
「碇君と弐号機パイロット・・・、絆ができたのね」
「え、あ、う、うん、そ、そ、そうね」
「そう」

しどろもどろに答えるミサトに、それまで見たこともないような優しげで嬉しそうな笑みを浮かべたレイは、黙って部屋を出て行ってしまった。

「なに、あれ?」

あとには、その表情の意味を理解できなかったミサトだけが残された。


●2020年7月11日午前 NERVメディカルセンター 第一脳神経外科病棟

 その日もレイは、アスカの見舞いに訪れた。
あまりにも暴れ続けるアスカに業を煮やした医師達の判断で、点滴の形で希釈した鎮静剤が投与され続けている。
まるで5年前の状態を再現したかのような状況に、レイは表情を曇らせた。

「アスカ・・・」

急に外が騒がしくなり、振り返った先に信じられない物を見たレイは、言葉を失った。

「さぁ、ここにママがいるわよ」

ユイカの手をひいたリツコが、医師を連れて入って来たからだ。
レイの姿を見つけたユイカが駆け寄って来る。

「れいおばちゃ〜ん!」
「ユイカ、どうしてここに?」
「あのおばちゃんが、ママのとこいこって」
「リツコ!」
「これは賭けよ。
 大きな賭け」
「そんなに分が悪いわけじゃありません。
 肉親との面会で記憶を取り戻すことは、よくあることなんです。
 それにこの子は唯一の家族ですから・・・」

医師の何気ない一言が、レイの心に痛みを与える。
敏感に感じ取った医師の表情が曇った。

「あ、と、すみません・・・、あなたも家族でしたね・・・」
「いいわ。
 私じゃ気付いてくれなかったもの・・・」
「逢わせてかまわないわね?」

リツコは発令所で指示を出すかのような厳しい声で、もう一度レイに確認した。

「・・・わかったわ」

レイは、固い表情のまま、小さな声で答えた。
小さく頷いて医師に合図したリツコは、かがみ込んでユイカに話しかけた。

「ねぇ、ユイカちゃん。
 あなたのママね、ずっと病気で寝てたの」
「うん、ユイカしってる」
「そうね。
 それでね、ユイカちゃん、ママはちょっと寝ぼけてるかもしれないの。
 だから、もしあなたのことを判らなくても、泣いちゃだめよ」
「うん、ママいつもおねぼうさんなの。
 ユイカだいじょうぶだよ」
「それじゃぁ、始めましょうか。
 さぁ、おいで」
「うん」

ユイカの小さな手を引いた医師は、病室の扉を開けると中に入っていった。

『ママ』

スピーカーから聞こえる声に、レイは緊張してぎゅっと拳を握り締めていた。


●2015年某月某日午後 NERV本部 セントラルドグマ

 リリスと同化したレイは、ゆっくりと目を開いた。
優しげな瞳で自分を見上げるゲンドウ。
しかしそれは妻に向けられたというよりは、娘に向けられたもののように感じられた。

『お帰り、レイ。
 もういいの?』
『思い残すことはないのかい?』
『ええ、かまわないわ、お母さん、お父さん』
『そう・・・、よかったわね』
『じゃぁ、行こうか』

自分をこの世へ送り出した存在のうちの一つ、父なる存在アダムと母なる存在リリスに想いの全てを伝えたレイは、ゆっくりとゼロエックスを上昇させた。


●2005年某月某日午後 NERV第三支部 メディカルセンター

 窓から見える母親は、小さな人形にぶつぶつと何かを語りかけ続けている。
幼いアスカには、その人形が母にとっての自分であることが理解できなかった。

「まま、あたしはここなの。
 そんなにんぎょうじゃなくって、あたしをみて。
 まま、おねがい、あたしをみて」


●2020年7月11日午前 NERVメディカルセンター 第一脳神経外科病棟

 ユイカは、恐る恐るベッドに近づいた。
アスカが、時々自分にすら八つ当たりしようとするほどに寝起きの悪いことを理解していたからだ。
リツコの合図で医師は、アスカに投与を続けていた点滴を止め、針を腕から抜き取った。

「すぐに目覚めると思います」
「さぁ、ユイカ、ママを起こして上げて」
「うん」

ユイカは靴を脱ぐと、医師に抱かれて背の高い椅子に登った。

「ママ、おっきして。
 ユイカ、ママにおはようしにきたの。
 ママ、おねがい、おっきして」


●2007年某月某日午前 NERV第三支部 メディカルセンター

「ママァ、ママ!
 アタシ、えらばれたの!!
 じんるいをまもる、エリートパイロットなのよ!
 せかいいちなのよ!
 だれにもひみつなの!
 でも、ママにだけおしえるわね!
 いろんなひとがしんせつにしてくれるわ。
 だからさみしくなんかないの!
 だから、パパがいなくてもだいじょうぶ、さみしくなんかないわ。
 だから、アタシをみて、ねぇ、ママ!!」


●2020年7月11日午前 NERVメディカルセンター 第一脳神経外科病棟

「ママ、ママ!
 おっきして、ユイカ、ママとおはなししたいの。
 ユイカね、なおおじちゃんのケーキもってきたの。
 ママのだいすきなケーキだよ。
 ママ、ねえママ」


●2015年某月某日午後 第三新東京市某所

「シンクロ率ゼロ、セカンド・チルドレンたる資格無し。
 もうアタシがいる理由もないわ。
 誰もアタシを見てくれないもの・・・。
 パパもママも誰も・・・。
 アタシが生きて行く、理由もないわ」


●2020年7月11日午前 NERVメディカルセンター 第一脳神経外科病棟

「ユイカ、一人じゃないんだよ。
 レイおばちゃんもいるの。
 いっしょにねんねしてくれてるんだよ。
 ママといっしょじゃないけど、レイおばちゃんがいっしょなの。
 えほんもよんでくれるの。
 ねえ、ママ、おっきして」


●2007年某月某日 ドイツ フランクフルト郊外 共同墓地

「仮定が現実の話になったな・・・」
「因果なもんだな・・・。
 提唱した本人が実験台とは」
「では、あの接触実験が直接の原因か?」
「精神崩壊。
 それが接触の結果か・・・」
「しかし、残酷なものだなぁ・・・。
 あんな小さな子供を残して自殺とは・・・」
「いやァ、案外、それだけが原因じゃないかもしれんぞ、ほら」
「なるほど・・・、あの先生様か・・・」

みんなばか。
おとななんてばか。
かってなこといって、かってなことかんがえて。

「アスカちゃん、泣いてもいいのよ。
 我慢しなくていいのよ・・・」
「いいの。
 あたしはなかないの。
 あたしはじぶんでかんがえるの」


●2020年7月11日午前 NERVメディカルセンター 第一脳神経外科病棟

「ふぅむ・・・。
 やはり、だめですかね・・・」
「諦めるのはまだ早いわ。
 精神崩壊を起こしているわけでもないのよ」
「しかし、これ以上はこの子にも酷でしょう・・・」
「原因が解らない以上、少しでも可能性があるのなら、やってみるべきね。
 続けましょう」


●2020年3月19日午前 NERV本部 第75研究室

「パルスジェネレーター臨界点突破、作動開始」
「擬似プラグ内、圧力上昇」
「照射率38%」
「ジェネレーター出力正常」
「擬似プラグ内、圧力異状なし」
「照射率49%」
「ようやくね・・・」
「そうよねぇ」

これがうまくいけば、シンジを取り戻せる・・・。
あの頃みたいに、また二人で、いえ家族三人でやっていける。
ユイカのためにも、頑張らなきゃ・・・。

「でもぉ、今度は大丈夫かなぁ・・・」
「今までの原因が解らない以上、少しでも回数をこなさなきゃね。
 続けましょう」
「そうよねぇ」
「ジェネレーター出力正常」
「擬似プラグ内、圧力異状なし」
「照射率65%」

ユイカには寂しい想いをさせられないもの。
アタシみたいに、パパやママのいない寂しさを、ユイカにも味わせることはできない。

「ジェネレーター出力正常」
「擬似プラグ内、圧力異状なし」
「照射率72%」

アタシにはまだ、エヴァがあった。
でも、ユイカには何もないのよ、逃げる場所がないの。

「ジェネレーター出力正常」
「擬似プラグ内、圧力異状なし」
「照射率88%」

もうあんなの、絶対嫌。

「ジェネレーター出力正常」
「擬似プラグ内、圧力異状なし」
「照射率97%」
「ジェネレーター出力正常」
「擬似プラグ内、圧力異状なし」
「照射率100%」
「このまま30分間、現状を維持」
「はい」


●2020年7月11日午前 NERVメディカルセンター 第一脳神経外科病棟

「ママ、おっきしてよぉ。
 おっきしないとちおくするよ。
 レイおばちゃんにおこられちゃうよ。
 ママ!」


●2020年3月19日午前 NERV本部 第75研究室

「擬似プラグ内、圧力急速上昇!
 温度も想定値を突破しています!!」
「ジェネレーター緊急停止!」
「だめです、止まりません!!」
「主電源閉鎖!」
「圧力限界を突破!
 このままでは!!」
「みんな逃げてっ!!」


●2020年3月19日午前 NERV本部 第二発令所

「それでみんな無事なの?」
『惣流博士が頭部に負傷、重傷です』
「他には?」
『生駒2尉が腕にケガを。
 あとは皆、待避が間に合いましたので』
「了解、すぐ行くわ」


●2020年3月19日午後 NERVメディカルセンター 第一脳神経外科病棟

「なにがあったの?」
「はいぃ・・・ぐす」
「泣いてちゃ判らないでしょ。
 ミツコ、何があったの?」
「ぐすっ、パルスジェネレーターがぁ、ぐすっ、暴走したんですぅ。
 アスカはぁ、ぐずっ、逃げ遅れたぁ、ぐずっ、あた、ぐずっ、あたしをかばってぇ・・・。
 ふえぇ〜〜〜〜〜ん」


●2020年7月11日午前 NERVメディカルセンター 第一脳神経外科病棟

「ママ!
 おっきして!」
「う〜ん、うるさぁい!
 あと5分!!」
「ちおくしちゃうよ!」
「アスカ!
 いいかげん起きなさい!!
 マヤさんにお小言もらうの、私なのよっ!!!」

たまりかねたレイは病室に飛び込むと、彼女にしてはとんでもなく珍しいことに、アスカの耳元で怒鳴り声をあげた。

「ひっ!」

アスカは慌てて飛び起きると、耳を押さえながら周囲を見渡した。

「あたたたたっ・・・・
 ちょっとぉ、耳元で怒鳴らないでよぉ。
 今起き・・・、って、あれ、アタシ、何でこんなとこにいるの?
 レイ、アタシどうしたの?
 ユイカまで揃って、何よ何よ、一体なんなのよ!?」
「ママ、おはよ」
「おはよう、ユイカ
 ねぇ、みんなどうしたの?
 ここはどこよ?」
「メディカルセンターよ。
 実験中の事故、覚えてないの?」
「あぁ、そう言えば。
 ジェネレーターが暴走して吹っ飛んじゃったのよね」

リツコの問いかけにアスカは、あっけらかんとした態度で答えた。

「のんきなものね、アスカ。
 あなた、今日が何日か知ってる?」
「さぁ、えっと、あれから4時間くらいかな?」
「その700倍よ」
「ほえっ!?」
「今日は7月11日よ、アスカ」

レイは苦笑を浮かべて、携帯端末の日付画面を見せてやった。

「うっそぉ!
 そんなにぃ?」
「そうよ。
 ねっ、ユイカ」
「うん。
 ママ、ずっとねんねしてたの?」
「みたいね・・・。
 いい子してた?
 みんなよくしてくれた?」
「うん♪」
「そっか、良かったね、ユイカ」
「うん、ユイカ、み〜んな、だいすきっ!」

医師は、目の前で起こったことがにわかには信じられず、ただただ呆然として呟いた。

「き、奇跡だ・・・」
「いいえ、奇跡じゃないわ、これが絆よ」

レイは、楽しげに話すユイカとアスカを見つめ、笑みを浮かべながら言った。





ドモドモ、J.U.タイラーでっす!(^^)/

 はい、第弐拾話をお届けします。
この話は、第壱拾八話から7ヶ月後の、ユイカの1歳の誕生日翌日から約3年間の長きに渡る部分を書いたものです。
最初の予定では1話で終わらせるつもりだったんですが、第壱拾九話を書いているうちにどんどん長くなりまして、結局は前後編に分れてしまいました(苦笑)


 今回の話のキーワードは「絆」、そしてサブタイトルからも判ると思いますが、主人公はレイです。
過去と現在を対比しつつ、前半ではレイのシンジに対する想いを中心に、そして後編ではシンジの中でのレイとアスカのウェイトの変化にあわせて、特に最後の戦いを境に、今度はアスカとユイカの母娘の絆に中心をシフトしつつ、キョウコとアスカ、アスカとユイカの関係を対比しています。
私は今回の話を書くにあたってもう一度原作本編(「パパゲ」ではなく「エヴァ」)を見直しました。
で、こうしてレイの心の動きを中心に抜き書きの形で並べたのですが、アスカとは同居という形で接しているシンジですが、実際には書いたとおり、3人目へのバトンタッチがなければ、もしかするとユイカの母親はアスカではなくレイだったのではないか、という疑問がどんどん大きくなって行きました。
歴史(という程おおげさかどうかはともかく・・・)に「IF」は禁物とよく言われますが、

もしあの時レイが、他の方法でアルミサエルを倒していたら・・・。
もしあの時レイが、助かっていたら・・・。
もしあの時レイが、2人目の全ての記憶を受け継いでいたら・・・。

その後の3人の関係がどうなっていたか、これは面白い展開になってたんじゃないかと思いますね(笑)
※実はこれが、平行して書いている「トリプルイフ」の出発点だったりします。

と言ってはみたものの、私の書いている話もある意味「歴史のIF」なんですよね(笑)
しかもこりゃ単なるIFじゃなくって「IFのif」ときてる(爆)
もっとも、「IF」は原作者であるヒロポンさんご本人がお書きになっていますが・・・(苦笑)
という訳で、私の「歴史への挑戦」はまだまだ続きます。
※おおげさなコトを言うでないヾ(^^;)>自分

 ところで、今回はちょっと、特別メッセージを頂いています。
NERV技術部の生駒ミツコ2尉からです(笑)

こんにちはぁ、生駒ミツコですぅ。

>それにしても、ミツコの鬱陶しい喋り方はなんとかならんのかぁっ!(笑)。

ふぅん・・・、そぉっかぁ・・・、あたしの話し方ぁ、うっとぉしぃんだぁ。
ふぅん・・・。
でもぉ、あたしぃ、ずぅっとぉ、こぉゆぅ話し方してたからぁ。
たぶん治りませんよぉ(笑)
だめですかぁ?




次回予告

 ユイカもとうとう幼稚園
ある日ユイカは、虫干し中のアスカの壱中の制服に落書きしてしまう
シンジとの想い出の品をだめにしたユイカに激怒するアスカ
アスカを諌めたレイの提案したアイデアとは?



次回、第弐拾壱話 「アスカとレイの子育て日記」・その6
EPISODE:06 A Trunk
〜 想い出の品 〜


あはっ、それ、いいじゃない! (^^)
 By Asuka Soryu Langray

でわでわ(^^)/~~