ふわっとした風がそよぐ。 ベランダに干した洗濯物が、緩やかにうねる。 その下、時折漏れる光が揺れる白い長椅子の上に、レイは座っていた。 読んでいた本が傍らに転がり、白い手がこぼれ、胸は呼吸にあわせて静かに上下し、目は閉じられている。 レイは、うたた寝の真っ只中にいた。 派手な色に塗られたマイクロバスが止まる。 ドアを開けて降りて来た女性が、続いて降りて来る子供達に手を貸してやる。 「せんせー、さよならー!」 「ばいばーい、またねー!」 「はぁい、さようなら」 手を振って元気よく玄関に走り込んで行った子供達を見送った女性は、バスに乗り込むとドアを閉める。 『市立雲雀ヶ丘幼稚園』と書かれたバスは、軽やかなモーター音と共に走り去った。 キーボードを叩く手を止めたアスカは、大きくため息を付くと傍らのマグカップを取り上げた。 既に冷たくなってしまったコーヒーを一口すすると、デスクの傍らにあるフォトスタンドを見やる。 それは今年の春に行われた、ユイカの入園式の時に撮影した写真だった。 雲雀ヶ丘幼稚園は、紅白の垂れ幕や万国旗などが飾られ、華やいだ雰囲気に包まれていた。 バドミントンのコートが一面取れるかどうかという程度のサイズの講堂兼用の体育館には、ずらっと椅子が並べられ、その日の主役達に座ってもらうのを待っている。 受け付けで手続きを済ませたアスカとミサトの前を、1週間ほど前に購入したての真新しい制服を着て元気よく跳ねまわるユイカとミユキ。 『まもなく、9時30分から入園式を行います。 ご父兄の方は講堂へお集まりください』 「ゆり組のみんなはこっちに集まってねぇ!」 「さくら組はこっちですよぉ!」 「はぁい、うめ組のひとはこっちでぇす!」 親達を集める放送と、子供達を集める先生の声に、ひときわにぎやかになる園内。 中には片時も親と離れたがらず、駄々をこねる子供もいたようだが、「おともだち」と遊ぶことのほうが楽しいことを知っている子供達は、にぎやかに走りまわりながらも、担任となる先生のもとへ集まりだしている。 ユイカやミユキは後者のグループにいた。 「行きましょうか」 「そうね」 連れ立って運動場を歩いて行く2人は、アスカが浅葱色の、ミサトが桜色のスーツをきっちりと着こなしているおかげで、違和感なく父兄の中に溶け込んでいた。 特に2人は、アスカは白人系の強いクオーターという外見からちょっと年上に、ミサトは未だ維持し続けられているスタイルと肌の張りのおかげでちょっと年下に見られる事から、ぱっと見にはほとんど年齢差が見うけられない。 しかも、美人揃いで知られるNERVでも、一二を争う美人と評判だった2人のこと、周囲のお父さん達の好奇の視線とお母さん達の羨望の眼差しが集まる。 2人が通った跡を、小さなざわめきが船の航跡のように広がって行った。 そこへ全く別の波紋が乱入した。 その発生源は、正門前に止められた1台の黒塗り高級車だった。 運転席を降りたダークスーツにサングラスの男が後席右側のドアを開ける。 それと同時に、助手席を降りた紺のスーツ姿の男が後席左側のドアを開ける。 右からは長身痩躯の中年男性が、左からは淡いアイボリーのスーツを着た女性が降り立つ。 一礼した運転手だけがもう一度乗り込んだ車が走り去ると、3人が揃って園内に入って来た。 紺のスーツを着た男は顎には無精髭、後頭部には降ろせば意外と長さのありそうな髪の毛を一本に縛っており、妙に落ち着いたというか、座った目つきで周囲に目を配っている。 一歩後ろを歩く顎鬚を貯えた長身痩躯の中年男性は、眼鏡の奥から鋭い眼光で真直ぐ前を見つめている。 その隣を歩く女性が、3人の中で一番めだった。 太陽の光を浴びて輝く艶やかな蒼銀色の髪、ルビーのような色の瞳、透き通るような白い肌を持ち、化粧っ気の無い素っぴんのままなのに、絵画から抜け出て来たかのような物静かで控え目な美しさで、軽やかに足を運んでいるのだ。 先程の2人が動の美と言うなら、こちらは静の美と言えるだろう。 それが幼稚園という雰囲気に不釣り合いな、怪しげな男2人と共にいるのだ。 どこかの大企業の社長と秘書と部下というトリオと考えるた人はまだましなほうで、中にはヤクザの親分と愛人とボディーガードのトリオだろうなどと想像する者までいた。 3人は真直ぐ、先にざわめきを起した2人の所まで歩いて来た。 「よぉ、おまたせ」 「間に合ったわね、リョウジ」 「わぁ、レイ、カッコイイじゃん」 「ありがとう」 「司、あ、会長、ありがとうございます」 「ああ、問題ない」 出逢った2人と3人が親しげに言葉を交わし、講堂へ入って行く。 それまで水を打ったように静かにしていたギャラリー達に、一斉にざわめきが帰って来る。 5人が講堂に入って行ってもなお、それが何者なのかを噂し合うざわめきは、しばらく収まらなかった。 「俺達、目立ってますね」 「問題ない。 我々が目立つのは今に始まった事ではない」 「いいのいいの、言わせとけば」 「はぁ、有名人はこういう時不便よねぇ。 特にアンタは外見が外見だし」 「そうね」 並んだ椅子を囲むように、壁際に並んで立つ父兄達の視線が、ある物は遠慮がちにちらちらと、ある物ははばかり無くじろじろと、集中している。 5人ともが、揃って苦笑を浮かべた。 『ただいまより、2020年度入園式を行います。 新入園生が入場します。 皆さん、拍手でお迎えください』 担任の先生を先頭に、子供達が入って来る。 何かの指示があったのか、一応足並みを揃えて入って来るが、それが様になっていないのはご愛敬だ。 手拍子をする者、子供の姿をカメラに収める者など様々いるが、みんな目尻を下げていることは共通していた。 やがて入口に、ユイカの姿が見えた。 きょろきょろと会場を見まわしてアスカ達の姿を見つけたユイカは、手を振って大きな声を出してしまった。 「ママ! レイおばちゃん! おじいちゃん!」 会場がどっと沸く。 「パパ! ママ!」 ミユキも負けじとその真似をした。 アスカは苦笑を浮かべつつ、レイはにこやかに、手を振り返す。 リョウジも苦笑を浮かべつつ、ミサトもにこやかに、手を振り返す。 そしてその中央では、御歳54歳のゲンドウが、満面の笑みを浮かべて両手を振り返していた。 ()()()()(;^^)(;^^).... \(^O^)/ ....(^^;)(^^;)(”)(”)(”)(”) ()()()()(;^^)(;^^) \(^O^)/ (^^;)(;゚゚)(”)(”)(”)(”) ()()()()(;^^)(;^^) \(^O^)/ (;^^)ヾ(゚゚;)(”)(”)(”)(”) ()()()()(;^^)(;^^) \(^O^)/ σ(;゚゚)(^^;)(”)(”)(”)(”) ()()()()(;^^)(;^^) \(^O^)/ (。_゚★\(^^;)(”)(”)(”)(”) ()()()()(;^^)(;^^) \(^O^)/ヾ(^^;)....(^^;)(”)(”)(”)(”) ()()()()(;^^)(;^^) \( ^^)/ヾ(^^;) (^^;)(”)(”)(”)(”) ()()()()(;^^)(;^^) (((^^ )( ^^)))...(^^;)(^^;)(”)(”)(”)(”) ()()()()(;^^)(;^^) ( ^_^') (^^;)(^^;)(”)(”)(”)(”) ()()()()(;^^)(;^^) ( ・_・;) (^^;)(^^;)(”)(”)(”)(”) ()()()()(;^^)(;^^) ( -_-,) (^^;)(^^;)(”)(”)(”)(”) ()()()()(;^^)(;^^) ( -_- ) (^^;)(^^;)(”)(”)(”)(”) ()()()(;^^)(;^^).... (。-_-。) ....(^^;)(^^;)(”)(”)(”) \(^^\) その話は (/^^)/ おいといて、と 多少(?)のハプニングはあったものの、おおむね順調に式も終わり、それぞれの教室での話も終わっって、その日の行事は全て終了となった。 表に出た一行は、この日のためにとアスカが買った新品のカメラで、正門前でそれぞれ記念写真を撮った。 7人全員、加持家3人、ゲンドウ込みの惣流家3人、惣流家2人、ゲンドウとユイカの2人、そしてユイカとミユキの2人と、次々と組み合わせを変えて撮影が行われる。 シャッターを押したのは、ゲンドウ達本部に帰る3人を迎えに着た黒服の運転手だった。 アスカは写真を見ながら、その時のことを思い出してくすっと笑うと、再びキーボードに向かった。 しかしろくに続きの仕事をしないうちに、その日の帰宅時間を告げるアラーム音が流れた。 「・・・・・・まぁ、いいっか」 その日は早仕舞をしなければならなかったアスカは、全てのデータを保存して閉じると、端末の電源を切って帰り支度を始めた。 もう一度忘れ物が無いかを確認したアスカは、ユイカの写真の隣に飾ったもう一枚の写真にそっと声を掛けた。 「お休みシンジ、また明日ね」 部屋の電気を消したアスカは、娘と親友の待つ我が家へと帰って行った。 新任のため担任クラスを持たないことを幸い、まだ子供が小さいからという言い訳をくっつけたミサトは、職員会議などのどうしても外せない行事のある時以外は、自分の教える授業が終われば帰宅できるように学校側に頼んでいた。 ある意味パートタイマーとも言えなくもないが、それが言い訳として通用するあたり、実に平和な世の中である。 そんなわけで今日も2時には帰宅できていたミサトの耳に、廊下に響き渡る、たたたたっという小さな足音と元気な声が聞こえた。 子供達の身長でも届くようにと、低い位置に配置されたスリットにカードを通すと、ドアが開く暇も有らばこそ、飛び込んで来るミユキの声。 「ただいまぁっ! いってきまぁっす!」 「まぁちなさぁいっ! ミユキっ!」 「やだぁっ!」 「ちゃぁんと着替えてからにしなさぁい!」 「だめぇっ、すぐにユイカちゃんとあそぶのぉっ!」 「おやつ抜きよっ!」 ぴたっ! ミユキの頭の中で、ミサトの「おやつ抜き」という言葉が何度も何度もリフレインする。 おやつと友情をはかりに掛け、悩みながらも既に心は思いっきりおやつに傾いていた。 もっとも、この年齢の子供にとって人生最大の楽しみとも言えるおやつよりも、他の何かを優先しろと言うほうが間違っているのも事実だ。 おやつはその時を逃せばそれまでだが、ユイカと遊ぶのはおやつの後でもできる。 その程度の判断は、いくら小さな子供でもできる物だ。 いや、人付き合いだの何だのと言ったややこしいしがらみの無い子供だからこそ、「食う・寝る・遊ぶ」の順番どおりに、自分の欲に忠実に行動することができるのかもしれない。 つっ・・・、つつっ・・・、とっ 後ろへゆっくりと引き戻した足が地に付くと、ミユキはくるっと回れ右して駆け出した。 たたたたたたっ! 「ただいまぁっ!」 「こんにちはぁっ!」 「あなたはあっち!」 「はぁ〜い」 たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた・・・・・・ 「油断も隙もあったもんじゃないわねぇ、ったく・・・」 両手を腰に当てて苦笑を浮かべたミサトが振り返ると、ミユキがおやつのシュークリームに手を伸ばそうとしているところだった。 「ミユキっ! 手を洗って着替えてらっしゃいっ!」 「はぁ〜いっ」 この頃から既に、ミユキの食欲魔神の片鱗は顕れていたと言えるエピソードだった。 「ただいまぁっ!」 ミユキが立ち止まったから立ち止まり、引き返したからついて行っただけという、後の天然の片鱗を顕したユイカは、大急ぎで自分の家に駆け込むと、洗面所に向かった。 「んしょ」 ユイカ専用に買ってもらったお風呂場用の椅子を持ち出して来て洗面台前に置くと、その上に立って手を洗いはじめた。 ついでに小さな黄緑色のコップを使ってうがいまでしている。 アスカとレイの熱心な躾教育の賜物だった。 「はい、お〜しまいっ」 全部終わると椅子を片付けて部屋に行く。 ぱぱぱぱぱっと制服を脱いだユイカは、私服に着替えると今度は、制服をハンガーに掛けていく。 わざわざ低い所にバーを設け、ユイカの背でも届くようにした物だ。 しかもハンガーも、サイズに合わせて小さな物が準備されていた。 それも終わったユイカは、通園鞄から出した弁当箱を持ってダイニングに向かった。 「きょうはなにかなぁ?」 しかし、テーブルにもキッチンにも目指す人物がいない。 躾教育に従って弁当箱を流しに置いて、きょろきょろと様子を窺う。 わざわざテーブルや椅子の下も覗いて見るが、どこかに隠れているような気配も無い。 「あれぇ? ・・・・・・。 ああっ、そぉだぁ!」 ちょこんと首を傾げたユイカは、まるで世紀の大発見をしたかのような笑顔を浮かべると、リビングに入って行った。 ところがそこにも目指す人物の姿がない。 「あれぇ・・・? おるすかなぁ?」 だんだん不安になったユイカは、そっと襖を開けて目的の人物の部屋に入ってみた。 「ふみぃ? どしてぇ?」 人差し指の先を唇で挿んで、泣きそうな表情を浮かべたユイカは、とぼとぼとリビングに出て来た。 いつもなら、ダイニングかリビングのテーブルになにがしかの手作りの、時には「アンジェリカ」のお菓子とミルクティー、そして大好きなレイおばちゃんの、週に一度はアスカの笑顔が自分を出迎えてくれることになっている。 幼稚園に通いだしてからは、帰って来たらおやつにちょうどいい時間なのだ。 しかし今日はおやつも無い、レイもいない、アスカもいない。 瞳の降水確率が限りなく100%に近づいた時、風をはらんでカーテンが揺れた。 カーテンの外側、ガラスの向こうに一瞬見えた何か。 一挙に降水確率を0%にしたユイカは、慌ててベランダへ飛び出した。 「いたぁっ!!」 ようやく見つけたレイの姿に、ユイカは満面の笑みを浮かべた。 「レ〜イお〜ばちゃ〜ん」 「すぅ・・・、すぅ・・・」 「レイおばちゃん、おっきして」 「すぅ・・・、すう・・・」 あいかわらず寝息を立てているレイに、ユイカは一計を案じた。 以前、アスカがレイを起すために使ったイタズラを思い出したのだ。 「よぉし・・・。 きんくーしえー、きんくーしえー! こーあせったほえーせんに、しとしつえん! そーいーたいっすせえとはーち! せーこーき、はしい、すたーぱいっ!」 「ぷっ! 違うわよ、ユイカ、こうするの」 「ママっ!」 帰って来たアスカは、ユイカのいたずらを見つけてこそっと近づいて様子を窺っていたのだが、我慢し切れなくなって吹き出してしまったのだ。 慌てて振り返ったユイカに唇に人差し指をあてて黙らせると、怪しげな笑みを浮かべてそっとレイの耳元に近づく。 「いい、よっく聞いてなさい。 すうっ・・・。 緊急指令、緊急指令! 駒ヶ岳山頂に使徒が出現! 総員第一種戦闘配備! 零号機、発進スタンバイ! くり返す、緊急指令、緊急指令! 駒ヶ岳山頂に使徒が出現! 総員第一種戦闘配備! 零号機、発進スタンバイ!」 ぱっと目覚めたレイは、そのまま自分の部屋に行くと、すぐさま第壱中学校の制服を着て出て来た。 そしてベランダで呆然と見ているアスカに一言。 「非常招集、先行くから」 それだけ言うとさっさと出て行ってしまう。 玄関を出た所で、夕食の買い物に出かけようとしたミサトとばったり鉢合わせ。 「あんた、何してるの?」 「非常招集」 「へっ? ちょ、ちょっと、レイっ!?」 慌てたミサトに腕を掴まれる。 そのショックではっとしたような表情を浮かべたレイは、じっと見つめるミサトの視線に気付き、自分の服装をまじまじと見つめた。 「・・・・・・・・・? これはなに?」 どうやら寝ぼけていたらしい。 天使のような笑みを浮かべたレイは、くるっと回れ右すると、ゆっくりと部屋に戻って行った。 レイが戻って来ると、アスカとユイカはダイニングでおやつのケーキをぱくついていた。 「あら、お帰り、どうだった、今度の使徒は?」 「レイおばちゃん、ケーキおいしいよ」 くすくす笑いながらのアスカの突っ込みと、ユイカの無邪気な一言。 笑みを絶やさず、無言のまま座ったレイは、ミルクティーを一口すすった。 「どうしたの?」 「なんでもないわ」 「レイおばちゃん、おかおがまっかっか」 「( ̄m ̄)ぷ」 ユイカの指摘に、更にレイの頬の色が濃くなる。 じゅうぶんに堪能したアスカは、レイの服装をまじまじと見つめた。 「にしてもアンタ、物持ちいいわね」 「どうして?」 「その制服」 「絆だから」 「なるほどね。 あっ、そぉだっ! アタシも今度、虫干ししよ!」 アスカはうんうんと何度も頷くと、ケーキの残りに取り掛かった。 明けて月曜日、出掛ける準備を済ませたアスカは、押し入れから出して来た第壱中学の制服を、ベランダに干した。 並んで揺れる自分とシンジの制服の様子に満足げに頷く。 「レイ、あと、よろしくね。 ケーキはあたしが受け取って来るから」 「ええ、わかったわ」 「んじゃ、行って来るわね」 「いってらっしゃい」 リビングで食後のコーヒー片手にくつろぐレイに一声かけて出勤。 ユイカはとっくに姿が無い。 今の惣流家で、一番早いのがユイカ、次がアスカとレイだった。 駐車場に止められた真っ赤な車。 それは半世紀近く前に一世を風靡したドイツ製のスポーツカーのレプリカで、わざわざ本国から取り寄せた程のお気に入りだった。 キーをひねると、水素エンジン独特の軽やかなエキゾースト・ノートが沸き起こり、微かな振動が感じられる。 本当はガソリンエンジン車を望んだアスカだったが、残念ながら環境保護法と車両運送法という足かせがあった。 何人も、以下の各号に掲げる場合を除き、温暖化ガスの個人排出量の既定値を越えて、温暖化ガスを発生させてはならない。 1 一般家庭の家事等、生活のために排出される温暖化ガス。 2 届け出により許可を受けた内燃機関搭載自家用車両が排出する温暖化ガス。 3 届け出により許可を受けた事業者の営業行為に伴って排出される温暖化ガス。 4 その他、法の定めにより、許可を受けた者が排出する温暖化ガス。 ※環境保護法より抜粋 何人も、以下の各号に掲げる全てに該当しない限り、ガソリン、軽油、重油等の化石燃料を燃焼させる内燃機関搭載車両を運行してはならない。ただし、国家行政組織、地方公共団体においては、別に定めるところによる。 1 運転免許の交付を受けて5年以上が経過した者。 2 法に定める試験に合格した者。 3 運行する車両の排出ガス濃度が、環境保護法の既定値を下回っていること。 ※車両運送法より抜粋 これらの規定は、セカンドインパクト後の温暖化と砂漠化を防止するための規定で、少しづつ昔の環境を取り戻しつつあるとはいえ、旧世紀末から続く国際的温暖化防止事業の事を考えれば、永久に撤廃されることがないだろうと言うのが、大方の予想だった。 \(^^\) 余談は (/^^)/ おいといて つまり、初心運転者のアスカにガソリンエンジン車を使わせることは法の規定が許さず、断念せざるをえなかったのだ。 それでもアスカはご機嫌だった。 この車のことを知ったシゲルからもらった、古いアイドルソングをカヴァーしたCDをかけ、アクセルを踏む。 「♪みぃどりぃのぉ中を、走りぃ抜ぅけぇてぇくぅ、真っ赤なポルッシェ〜♪」 アスカは、スピーカーから流れるユミコの声に合わせて鼻歌を歌いながら、車を走らせた。 大人達にとっては、単なるお役所仕事用の紙が2枚分、という認識しか無いA3というサイズの紙は、しかし子供達にとっては、無限の広さと可能性を秘めたキャンバスとなる。 子供達には子供達にしか判らない独特の芸術的感性で、そのキャンバスを埋めてしまう才能がある。 と、難しい言葉を並べ立てると難解になって訳が判らなくなってしまうのだが、たった一言で顕すという簡単な方法もある。 「おえかき」 しかも課題無しで、好きな物を描かせてみるのだ。 実に様々だが、一般的に子供達は、強烈な印象を受けた物をおおげさに描く傾向がある。 「ミユキちゃんは何を描きましたか?」 「うんとねぇ、しゅーくりーむとぉ、あいすくりーむとぉ、けーきとぉ、かれーらいすとぉ・・・。 それから、はんばーぐとぉ、すぱげってー!」 『三つ子の魂百まで』であった。 「ユイカちゃんは何を描きましたか?」 「ママのくるまっ!」 ユイカはアスカの赤いポルシェがお気に入りで、出掛ける時は近場だろうとなんだろうと、車に乗せてもらいたがる。 丸みのあるボディーと黒いタイヤ、そして黒いキャンバストップ、をそれぞれ表現しているらしいクレヨンの線は、確かに車ではあった。 詳しい車種をいうとポルシェカレラ・カブリオレということになるのだが、細かいことは言ってはいけない。 子供の「おえかき」に文句を付けてはいけないのである。 うまく才能を伸ばしてやれば、将来第二のピカソや手塚治虫にと大成するかもしれないのだ。 と・・・、それ程おおげさな話かどうかは別にして、と・・・(^^; この頃の子供は、明確に悪いことをしたのでなければ、何かやったら誉めてやるだけで、大きな喜びを持つ。 幼稚園の先生達は、その点は心得たもので、 「はぁい、よく描けたわね。 うん、上手ですよぉ」 と言いながら、頭を撫でてやることも忘れないのだった。 「はぁい、おえかきはおしまぁい! お弁当の時間ですよぉ」 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「は〜い!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」 「♪ Fly my to the MOON, And let me play among the stars♪」 鼻歌交じりで食事の準備をするレイ。 食事といってもたいしたものではなく、袋入りのインスタントみそラーメンに、軽く塩コショウで味付けした炒め野菜を乗せ、缶詰のコーンと小さく切ったバターを乗せただけのものだ。 お菓子は凝ったものを作ることが多いレイだったが、自分一人の食事には結構無頓着で、こういった簡単なメニューで済ますことも多かった。 ここでチャーシューが乗っていればたいしたものだが、さすがにまだ、自分から進んで口にする気は無いのだろうか、肉類が用意されることは無かった。 『じゃぁ、お友達を紹介してもらいましょうか』 『えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?』 テレビから流れる超長寿バラエティー番組の声と、麺をすする音だけが流れる。 時折、流れる汗にハンカチをあてる他は、静かに時が流れて行った。 『1998年大会から実に22年ぶりに再開されましたサッカーワールドカップ。 本来は日本と、お隣韓国との共同開催で2002年に開催される予定でした。 しかし、前回大会翌年に起きましたセカンドインパクトから始まった世界的混乱。 私達は、大きな楽しみを永遠に失ったと思っていました。 しかし、ようやく世界が落ち着きを見せた今年、とうとう再開されました! 唯一残念なのは、セカンドインパクトの混乱から立ち直ることができなかった韓国でしょう。 代表チームの派遣こそ叶いましたが、国内設備の復旧が出来ず、共同開催を諦めました。 その代りというか、かなりの人々がスタッフやボランティアとして韓国からも参加しています』 つけっぱなしのテレビから流れるアナウンサーの興奮した声。 別に何とはなしにスイッチを切らずにおいたからで、レイがサッカーファンというわけではない。 『開幕戦は何と、前回優勝のフランスと、我が日本との対決となりました。 中山監督率いる日本代表とジダン監督率いるフランス代表の一戦。 ここ、第二新東京オリンピックスタジアムから独占生中継でお送りします』 サッカーファンなら判るだろう。 ワールドカップ史上、初めて得点をあげた日本人と、1998年大会で自国チームを優勝に導く原動力となったスーパースターが、それぞれの代表チームを率いて戦う好カードなのだ。 事実、この中継の視聴率は、実に60%オーバーを記録したという。 しかし、丸っきり興味の無かったレイは、いつとは無しに居眠りモードに入ってしまっていた。 「ただいまぁっ!」 元気な声が響く。 リビングに駆け込んだユイカは、レイがそこにいることを確認すると、安心していつもの通りに手を洗い、服を着替えた。 『右サイドから坂田のセンタリング、三島がヘッドで合わせる! ゴォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ルッ! 前半16分! 日本先制のゴォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ルッ!! 素晴らしいヘディングシュートッ! スタンドは総立ちです! どうですか、稲本さん!』 『三島はいい位置にいましたねぇ! 僕でもなかなかああはいかなかったですよ』 『若き頃はプレミアリーグで技を研いた稲本さんでもですかぁ?』 『いやぁ、今のはすごいですよ。 さすがゴンさんが監督してるだけのことはあります。 この攻撃力はスゴイですよ』 訳は判らないながら、何かすごいことがあったらしいことだけは解ったユイカは、数日前にリビングでミサトとアスカが大盛り上がりしていた会話を思い出した。 「なんたってゴンよ、ゴン。 思い出すわ、中学の時。 見に行ったことあるのよ、レッズ対ジュビロ。 かぁっこよかったんだからぁ!」 「ふん、ゴンだかゴリラだか知んないけどサ。 カーンの守るゴールを破れたかどうかなんて判んないでしょ!」 「言ったわね!」 「アンタバカァ? ドイツはベッケンバウアーから続く伝統があんのよ。 伝説の守護神カーンが監督やってるんだもの。 鉄壁よ、鉄壁!」 「そっちこそゴリラみたいな顔してるくせに、よっく言うわよっ!」 母親達が口角泡を飛ばしている論議を尻目に、ユイカとミユキは静かにお絵描の真っ最中だった。 そんな、どっちが大人か子供か判らないような状態ながら、その時2人がやたらと口にしていた「ワールドカップ」とかいう言葉と、テレビに映し出されている物がどうやら同じ物だと、おぼろげながら解ったらしい。 いつのまにかユイカは、じっと画面に見入ってた。 ちょっと早めに仕事を終えたアスカは、愛車を飛ばして雲雀ヶ丘商店街に向かっていた。 その車中、オートドライブにしたアスカは、ナビの画面に映る札幌ドームで開催中のドイツ対パラグアイという、これまた屈指の好カードの観戦に夢中だった。 『前半戦を終わって3対1、ドイツのリードで間もなく後半戦が始まります。 まぁ、歴史にタラレバは禁物なんですが・・・。 開催されなかった2002年の大会ですが、もし行われていれば、そしてこの同じカードがあったとすれば、 このカードは歴史に残るキーパー対決だったことでしょう。 ドイツ代表を率いるカーンも、パラグアイ代表を率いるチラベルトも、キーパー出身の監督。 それも当時世界のサッカー界を代表するキーパーとして注目される選手でした』 『そうですね、実に面白い試合です。 これがまだグループリーグなのですから、今大会は本当に面白いですよ』 『それにですよ、宮本さん。 このチーム、先月親善試合をして、1対0でパラグアイが勝っているんです』 『そうでしたね。 ある意味これは、カーン監督にとっても復讐戦ですね』 『これはまさに『カーンの逆襲』とでも呼ぶべき展開になって来ました。 さぁ、両チームのイレブンがピッチに出て来ます。 いよいよ後半戦のキックオフです!』 アスカは満足げに微笑むと、チャンネルを切り替えた。 『前半16分に三島、25分に河本のゴールで2点をあげた日本でしたが、35分に1点。 そしてロスタイムに入った46分にも1点を入れられ、2対2の同点で折り返しました。 もう一度ハイライトでご覧ください』 再び満足げに頷く。 アスカはミサトと賭けをしたのだ。 なんのことは無い、どちらの贔屓チームがより高い成績を取るか、それだけのことだ。 負けたほうは、勝ったほうの一家に食事をおごるという約束。 自信はあったが、それでも気になったアスカは、こうしてチャンネルを変えて日本戦の中継を見てみたものの、予想通りの展開に安心して、再びドイツ戦の中継にチャンネルを戻した。 『ゴォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ルッ! フォワードのホセ・カルロス、反撃の狼煙をあげたぁッ!!』 「バカッ、何やってんのよっ!」 ゴールを決めた選手が手を高々と差し上げながらピッチを走る場面に、アスカは思わず悪態をついた。 その途端画面が切り替わる。 『目的地ニ、到着シマシタ』 「あぁっ、もぉ!」 商店街の中は車両乗り入れ禁止になっていて、近くにある駐車場に車を止めるようになっている。 買物客は、そこから目的の店までは、歩いて移動しなければならないのだ。 しかもMAGIのオートドライブシステムは、目的地に到着して30秒で、エンジンを停止するようになっている。 強制的に観戦を中止させられてしまったアスカは、更に悪態をつくと、微妙に勝敗の行方の判らなくなった試合を気にしながらも、車を降りて目的の店に走って行った。 ユイカは、ベランダで揺れる服に目を止めた。 やや色は薄いものの、テレビでメガホンを振りかざし、声を張り上げている人達の着ている服と良く似た感じの色に見えた。 しかもおあつらえ向きに、隣には大好きなママの応援するチームの服に似たような感じの服まである。 洗面用の踏み台を持って来たユイカは、一所懸命手を伸ばした。 「んしょ、んしょ。 とれたぁっ」 満足げな笑みを浮かべたユイカは、リビングのテーブルに置くと、自分の机からクレヨンを出して来て、一心に何かを描きはじめた。 「こんにちはっ!」 「やぁ、いらっしゃい、出来てるよ」 「それより、試合はどうなってるっ?」 「試合? もしかして、アレ?」 苦笑を浮かべつつ示されたナオトの指の先に、食い入るように画面を見つめるヒデアキの姿。 「ずっとあれだからね。 もう仕事にならないんだよ」 「どっちが勝ってるっ!?」 ぼやきを無視してテレビに駆け寄るアスカに、ため息と苦笑。 それでもナオトは、今日の新作と紅茶を用意しに厨房へ入って行った。 「あ、いらっしゃい」 「どうなってる?」 「まだ逆転できないんだよね」 『シュタインホフが中央から持ち込む、ヴェルナーッ! しかしバーの上ぇ〜〜〜っ!!』 「だぁっ、もぉっ! 何やってんのよっ!」 「よっし、いいぞっ!」 「え?」 「あれ、アスカちゃん、ドイツファン?」 「アタシはドイツ生まれよ」 「ありゃま、俺とはカタキ同士か」 「えぇ〜っ! アンタ、パラグアイなのッ!?」 「当然じゃん!」 「むぅ〜っ! 今日の新作、アンタのだったら0点!」 「あぁっ、ひっでぇ!」 「今日は僕のだよ」 呆れ顔のナオトがケーキと紅茶を置いても、アスカはそれに見向きもせずに画面に熱中している。 「やれやれ・・・、もうダメだな、こりゃ」 ナオトは肩をすくめると、店先に行って営業中の札をひっくり返してしまった。 『朝比奈、北見と繋いで日下へ。 逆サイドから三島も上がるっ。 河本が中央へ走り込んでいます。 日下持ち込んでそのままシュートッ、これはポストぉ・・・、ッとぉっ!? 上坂ボレー、入った、ゴォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ルッ! ゴール、ゴール、ゴール、ゴール、ゴール、ゴォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ルッ! 日本4点目ぇっ!!』 「うっしゃぁっ!」 突然ガッツポーズをして立ち上がった数学教師に、小テストを受けていた生徒達の視線が集まる。 ポケットラジオのイヤホンを耳に突っ込んでいたのを見つけた最前列の生徒が声を上げる。 「加持先生、ズルイよっ!」 「え、あ、あ、ちゃははっ」 慌ててイヤホンを外しても、生徒たちのブーイングは収まらない。 ノリのいい生徒が赤い定期入れをかざして見せる。 「先生、退場ッ!」 「ええい、もう、やめたやめたっ! 週番、テレビ灯けなさい。 今日のテストは中止、スポーツ観戦に切り替えます!」 「やったぁっ!!」 『フェルナンデスが裁いて全線へ送り込む。 おっと、ハフナーがカットしてカウンターだッ! そのまま行く、そのまま行く、そのまま行く! スルーパス! ヴェルナー、ゴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ルッ! ドイツ、土壇場の追加点で駄目押しッ! あぁッ、ここで無情にもホイッスル、パラグアイ、初戦を落としたぁ〜〜〜ッ!!』 「おぉっし!」 「あぁ〜あ・・・」 「はぁ・・・」 拳を握り締めて立ち上がるアスカ。 むくれ顔で頬杖を突くヒデアキ。 すっかり冷めた紅茶と手付かずのケーキにため息のナオト。 三者三様、初夏の昼下がり。 『キーパーのファレル、すばやくゴールキック。 さぁ、これが中盤から前線へ繋がるか。 時計は既にロスタイム、2分を経過しています。 4対2のまま行くか、行くか、行くか、アンリが持ち込んでゴール前、出田が滑り込む。 こぼれ玉を鈴木が処理して蹴り出したッ、ここでホイッスルぅ〜〜〜〜〜ッ! 日本勝利ッ! ワールドカップ史上、初めての勝ち点3をもぎ取りましたぁッ!!』 「うぉ〜〜〜〜〜っ!」 「きゃ〜〜っ、やったぁっ!」 「日本っ、日本ッ!」 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「日本ッ、日本ッ、日本ッ、日本ッ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」 誰かの声に反応して、教室中が日本コールを張り上げる。 ガラッ! ものすごい形相で、隣のクラスの教師がドアを開けた瞬間、水を打ったように静まり返った。 「加持先生ッ!!」 「ちゃはは、ごめんなさい・・・」 「勝ったんですかっ!?」 「へ?」 「勝ったんですねっ!?」 「え、ええ・・・」 「よっしゃぁっ! 日本ッ、日本ッ!」 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「日本ッ、日本ッ、日本ッ、日本ッ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」 そして、止める者は居なくなった。 後に他の教師から報告を受けた、時の第三新東京市立第壱中学校長、川平は、一言こう言った。 「いいぃ〜〜〜〜んですっ。 22年ぶりですからっ!」 結局その後も、試合のある時はテレビ観戦がOKとなってしまったらしい。 第壱中学校、侮り難し(笑) 試合結果に満足したアスカは、ようやく今日の新作に手を付けた。 きっちりと食べ終え、一通りの感想を言ったアスカは、気を利かせたナオトが入れ直してくれた紅茶を片手に、大きく息をつく。 「これで一つ、と。 みてらっしゃいミサト、ぜったいに奢らせてやるんだから」 「なんの話?」 「あぁ、今の? 賭けをしたのよ。 日本とドイツ、どっちが勝ち残るか」 「へぇ・・・」 「さてと」 ヒデアキに答えたアスカは、ナオトが用意してくれた、本来の今日の目的の包みを抱えて立ち上がった。 「ゴメンね、ナオトさん」 「まぁ、たまにはいいんじゃない、こういうのも」 「ありがと。 じゃぁ、また」 マンションの駐車場に青いルノーを止めたミサトは、ちょうど赤いポルシェが入って来たのに気付いた。 車を降りると、意気揚々と出てきたアスカを待って声を掛ける。 「あぁ〜ら、お隣の奥様、ずいぶんとご機嫌でいらっしゃいますのねぇっ♪」 その声と調子にカチンと来たアスカは、パターン青を告げられたかのように振り返った。 「まぁまぁまぁ、ミユキちゃんのお母さま、ずいぶんとハイですのねぇ。 何かいいことでもありましたぁ?」 視線が絡み、火花が散る。 ラミエル対ポジトロンスナイパーライフルのような迫力に、周囲の気温が急激に上昇する。 「「ふんッ!」」 同時にそっぽを向いた2人を、ベランダから眺める視線。 「まぁったく、ミサトもアスカも子供っつうか・・・」 2人のうち片方の旦那である男性は、大きなため息と共にたばこの煙を吐き出した。 「ただいまぁ、レイィ、ユイカァ、帰ったわよぉ!」 「あ、ママァッ! おかえりっ、ねぇっ、みてみてぇっ!」 「何よ何よ、どうしたの?」 「ほらっ、これっ!」 ユイカが得意満面で指差したもの。 テーブルの上には、今朝ベランダに干したはずの第壱中学校の制服が、自分の物とシンジの物と、両方きれいに並べられている。 「ほら、ママのだいすきなわーるかっぷ!」 それをみた瞬間、アスカの感情の針がレッドゾーンへ突入した。 「バカッ!! なんてことすんのよっ!!」 「ひっ!」 いきなり怒鳴り付けられたユイカは、訳が判らず固まった。 「よりによって、このあたしの制服にヤタガラスのエンブレムなんてッ! こっち来なさいッ! おしおきっ!」 ユイカを引きずるようにして自分の膝に抱えあげたアスカは、ユイカのスカートをまくりあげると、お尻を叩き出した。 「アタシのッ!」 ぺしっ! 「びえぇ〜〜〜〜〜〜ん!」 「制服にッ!」 ぺしっ! 「いたいよぉ、ママァッ!」 「日本のッ!」 ぺしっ! 「びえぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」 「エンブレムなんてッ!」 「何をしているのッ!?」 振り上げた手を捕まれたアスカは、鬼の形相で振り返った。 「いったい何があったの? ユイカが何をしたの?」 「これを見れば判るでしょッ!」 「アスカっ!」 ばしっ!! レイの手が、アスカの頬に一閃した。 「なっ?」 「あなた、自分が何をしたか判っているの?」 「なにって・・・」 「あなたは今、落書きを怒っているのじゃない。 書かれた内容を怒っているわ。 ユイカはあなたに喜んでもらおうとしてやっているのよ」 静かに、無表情に語り掛けるような口調が、逆に迫力がある。 その見えない気迫に押されたのか、アスカは俯いて押し黙ってしまった。 「親は、たとえ世界を敵にまわしても、自分の子供を守るのが役目でしょ。 それを、たかがサッカーの事で、あんなにキツく。 今のあなたには、母親の資格はないわ」 頬を叩かれた以上の痛みが、アスカの心に走る。 ゆっくりと顔を上げた先に、襖の隙間からユイカの脅え切った顔が見える。 レイがたしなめている隙に部屋へ駆け込んだユイカだったが、今度はレイが母親に何かを注意しているらしいことに気付き、心配げに柱の影から様子をうかがっていたのだ。 「いらしゃい、ユイカ。 あなたは悪くないわ」 笑みを浮かべて手招きしたレイに、おずおずと近づく。 「アスカ、何をすればいいのか、判っているわね?」 アスカはゆっくりと顔を上げると、ユイカをきゅっと抱きしめた。 「ゴメン、ゴメンね、ユイカ。 ママが悪かった。 痛かったよね、ゴメンね」 すすり上げながら謝るアスカに抱かれたユイカも、ワッと泣き出した。 「ママァ〜〜〜ッ!」 ことっという物音に気付いたアスカが見ると、小さな防虫防カビトランク。 「制服は明日、私が洗っておくわ。 クレヨンくらい、簡単に落とせるもの」 「落とさなくっていいわ。 せっかくのユイカの作品よ、消しちゃうのはもったいないでしょ」 「いいの?」 「いいわ。 今まではこの制服はアタシとシンジの思い出の品だった。 だけど、今日からユイカもそこに加わるのよ。 そう思えば腹もたたないわ」 微妙な苦笑を浮かべたアスカは、シンジのワイシャツに目を向け、今度は優しげな笑みを浮かべた。 「それにほら、シンジの制服」 「これが何?」 「それ、ドイツ代表のエンブレムよ。 この子、アタシの好み、ちゃぁ〜んと解ってるのよ。 ねッ、そうでしょ、ユイカ?」 「うん、ママのだいすきなどいつさんなの」 いつもの笑顔が戻った母親の問いかけに、ユイカもつられて笑顔で答える。 「うん、いい子! 怒ったりしてゴメンね。 で、このトランクは?」 「私は、ずっとこれにしまっておいたわ。 年に一度干せばじゅうぶんよ。 あなたのも入れておいてあげる」 「あはっ、それ、いいじゃない!」 「碇君との絆を守るのも、私達の役目よ」 レイの笑みが、目に染みた。 「あっ、それで思い出したっ! ね、ケーキッ!」 「年に一度、6月6日の恒例行事ね」 「そういうこと♪」 机の上に置かれた小さなバースデーケーキ。 上にはロウソクが19本。 「せめて、これが30本になる前には何とかしたいわ・・・」 「そうね」 苦笑を浮かべたアスカは、レイと頷きあうと、フッと息を吹き掛けた。 一瞬揺らめいた炎が、少しばかりの煙と蝋の香りを残して消える。 「ハッピーバースディ、シンジ」 「お誕生日おめでとう、碇君」 「ママァ、はやくたべようよぉ!」 このセレモニーの意味をまだ理解できないユイカは、ちょっと遅れてしまったおやつを待ち切れずにいた。 「はいはい、ちょっと待ってね」 切り分けられたケーキが置かれるか早いか、ユイカはフォークを突き刺した。 その様子を見つめる2つの視線。 「この子にも、いつかホントのことを話さなきゃいけない時が来るのよね・・・」 「ええ、そうね」 「・・・・・・・・・・。 今から考えても、しょうがないかぁ」 アスカは、自分の分のケーキを口に運んだ。 ドモドモ、J.U.タイラーでっす!(^^)/ はい、第弐拾壱話をお届けします。 ちょっと書きはじめから投稿まで時間がかかっちゃったんで、ネタがずれましたね(^^; 「時事ネタは風化し易い」という典型例ですな、これは・・・(苦笑) でもまぁ、がちがちの阪神ファンで、普段は「ワシはサッカーっちゅうスポーツはあんまり好きやないなぁ」とまで言い放っていた父までが、阪神の試合よりもサッカーの中継を見ていたという事実もありますので・・・。 たまたま実家に顔を出した時がそうでしたね。 「阪神の試合のある日に、珍しいやん?」 「阪神は放っといても勝つわい。 そんなん見んでもええ。 コッチのほうがオモロイやんけ」 だそうです(笑) ※作者註 当時阪神タイガースは、昨シーズンまでの低迷が嘘のような勝利に次ぐ勝利で、単独首位を爆走していた。 ちょうどワールドカップ閉幕頃を境に、故障者続出で地滑り的に負けが込み出してしまった姿からは、想像もできない強さだったと言える。 \(^^\) 余談は (/^^)/ おいといて さてさて、今回のお話はというと、2021年から2022年の間の出来事が舞台です。 冒頭は、幼稚園の入園式なんですが、エエ、そうです。 先にばらしましょう。 確か三只鷹久さんの「のぞみ」の投稿作品だったと思いますが、ほとんどプロットをそのまま頂いたと言ってもいいくらいに、あの作品にえらく影響されてます(苦笑) ただ、そのままじゃ面白くないんで、ちょっと私なりには仕掛けをやってますが。 あの部分を読んで既視感を覚えた方、かなり古くからのこのサイトの常連さんですね(笑) 続いて中盤以降。 ここはまぁ、なんと言うか、中盤から後半にかけては、昨年の6月にあったことを利用してみました。 いろいろな意味でのアスカの思い入れと、そんなことお構いなしのユイカと、時間が重なりあわない部分を持つ二人を繋ぐ接点としてのレイと、というトライアングル構造を書いたつもりなんですが、うまくいってるかどうか・・・。 なんにせよ、今回はちょっと苦労の連続で、時間も掛りました。 ある意味、ちょっとした中弛みのお話、と言えるかもしれませんね(苦笑) ホント、何でもない日常って、書くのが一番難しいです(^^; 次回予告 最後の戦いで大被害を被った戦略自衛隊。 済し崩し的に関係修復が行われた日本政府とNERVの間に置き去りにされた感情。 しかしそんな政治の闇も、子供達には通用しなかった。 次回、第弐拾弐話 「アスカとレイの子育て日記」・その7 EPISODE:07 The Lilliputian Hitchers 〜 小さくて大きなもの・前編 〜 はい、ご苦労さん (^ー^) By Chief SGT. Kazuhisa Ikarida でわでわ(^^)/~~ |