新世紀エヴァンゲリオンより
ぷれぜんと
平成年8月22日校了
「みゃあのお家」壱百五拾万来客突破記念投稿作品
Written by J.U.Taylor
1 コンフォート17マンション 2019年12月31日16時30分
あの戦い(後に使徒戦役と命名された)からはや4年、僕は今、第三新東京大学に通っている。
あの最後の戦いでたくさんの人がいなくなった。
綾波、ミサトさん、リツコさん、そして父さん・・・。
初号機は僕をあの不思議な赤い色をした海の波打ち際に放り出して、今は衛星軌道を周回しているとかで、回収する目処もたっていないらしいって、NERVの指令になった冬月さんが言ってた。
アスカは、傷が癒えるとすぐ、誰にも何も言わずにドイツに帰ってしまったらしい。
委員長がアドレスを教えてくれて、一度思い切ってメールを出して以来、アスカからも極たまにメールが来ることがあるけど、季節の挨拶とか、ちょっとした近況報告とか、その程度だ。
僕がまだ、あの頃の複雑な思いを吹っ切れないでいることなんておかまいなし。
最近は、だんだんそれも薄れて来たような気がする。
多分、錯覚なんだけどね、それだけは・・・。
全てが終わって、疎開していたみんなは、ほとんどが帰って来た。
トウジ、ケンスケ、委員長、みんな親身になってくれたし、何とか僕を励ましてくれようとしていたんだけど、亡くしたモノが多過ぎた僕は、素直にその輪に入れなかった。
高校に上がって少しは環境が変ったせいと、それなりに時間が経過したせいと、そんなこんなでどうにか人付き合いだけは人並みにできるようになったと思う。
それでもやっぱり、根本的な性格は結局もとのままだった。
NERVのみんなも時々は顔を出してくれたし、本部に入れるパスは今も生かしておいてくれるって言うけど、行ったことは無い。
公式には殉職扱いの父さん、父さんが後見人だった綾波、同居人だったからとミサトさん、なぜか三人の遺産は、全て僕が受け取った。
加持さんの資産は、同じパターンでアスカが受け取ったらしい。
そして僕のパイロット時代の給料も含めて、僕の手元にはかなりの額の貯えがある。
ちょうど1年前の誕生日、18歳を機に全てが自由に使えるようになったんだけど、別に何がしたいということもなかったので、それはほとんど手をつけないまま、今も僕の口座で眠っている。
何で18って?
なんか、責任年齢とか言う法律だか何だかのせいで、それまでは基本的生活費ぐらいしか出なかったんだ。
あれでも僕は結構もらってたと思ったんだけど、のちのちに本当の支給額を聞いた時は本気で驚いた。
今にして思えば、あれだけの危険なことをやってたんだから、当然と言えば当然なんだけどね・・・。
どこでかぎつけたのか、妙な慈善団体、宗教団体などが寄付を求めて押し寄せて来たこともあったけど、全てNERVの護衛のおかげで二度と近付くことはなかった。
何とか言う保証規定で、20歳の成人を迎えるまでは、パイロット時代と変らない護衛を付けてくれるらしい。
これだけは、嫌な思い出の方が多いNERVでも、ありがたいと思うことのひとつだった。
今僕は、ミサトさんが遺してくれたモノの一つ、あのコンフォート17マンションに一人暮らししている。
はじめのうちはリビングにいても、襖が開いてミサトさんやアスカが出てきてくれるような錯覚に陥ったこともあったけど、今はもう慣れた。
毎日、学校とこの部屋の往復、時々気晴らしで喫茶店や映画館に行くけど、それくらいかな。
この部屋も、ほとんど変らず殺風景なまま。
昔の綾波の部屋ほどじゃないけど、飾り気は無いし、別に何か絵を掛けようとかも思わないし。
アスカが「あとは全部いらないから好きに始末して」と書き置きだけして置いて行った荷物の中にあった時計だけが、おしゃれという言葉に近いモノを主張している唯一の存在かな?
時計に目が行ったことで、時間が気になった。
あ、もうこんな時間か、出かけなきゃ・・・。
身仕度が終わって時計を見るともう18時。
その横のカレンダーを見ると、12月31日、そう、もうすぐ今年も終わる。
トウジ達が年越しパーティーをやるって言うんで、これから僕はトウジの店に行く。
トウジは、高校を出ると委員長と結婚して、小さな居酒屋をはじめた。
そこで昔からの仲間を集めてパーティーをやるらしいんだ。
って言っても、トウジ夫婦以外はケンスケ、日向さん、青葉さん、マヤさん、それくらいのものだ。
冬月司令も呼んだそうだけど、忙しいとかで来れないらしい。
元教授なだけに師走は忙しいのかな、って、座ぶとん取りあげられそうだね、これじゃ・・・。
2 居酒屋「やまびこ」 18時30分
ささやかなパーティー。
トウジの居酒屋「やまびこ」は、今日だけは貸切だ。
最近板前姿が板について来たトウジが場を仕切る。
僕にとって、今集まっているみんなの笑顔だけが、僕が苦しい戦いを生き抜いて来たことを実感させてくれる、あの苦しみが報われる、そう思わせてくれる唯一のものだ。
没交渉にならずに、それなりに必要な範囲で付き合いが残っているのはこれが理由なんだと思う。
ただ、やっぱりもう一つ、どうしても欠けたものがある。
僕があのサードインパクトのさなか、一つに溶けてしまうことを拒絶した最大の理由が、その原因を作った存在が、今なおここに欠けているんだ。
みんなで四方山話に花を咲かせる。
それぞれが近況報告をする。
一番波乱に満ちた人生を送っているのは、中学を出てすぐ報道カメラマンの助手になって、最近独立して世界中を飛んで歩いているケンスケだろう。
この前見た新聞に、ケンスケが写した写真が載っていたけど、それはアフリカの奥地で起きた小さな民族紛争を取材したモノだった。
日向さんは作戦部長の肩書きでがんばっている。
青葉さんは作戦副部長だ。
マヤさんは予想どおり、技術部長になった。
最後の戦いの時、かなり職員の被害があったから、はじめのころは人材不足でたいへんだったらしい。
今でも、僕も帰って来ないかと誘われている。
その気があるのかどうか自分でも解らないんだけど、大学の学部は生物学、それも人類進化の研究だ。
父さんや母さんの遺してくれた資料が役に立った。
NERVはああいうことをやっていたんだから当然なんだけど、例え個人資料の中にも極秘資料もあるから、他の人には、それがゼミの教授ですら、見せることはできない。
成績優秀なのは、蛙の子は蛙という周囲の噂を否定しないことと、リツコさんたちに鍛えられたからということでごまかしてある。
赤城リツコ博士。
うん、リツコさんのネームバリューは効果覿面なんだ、この分野じゃ。
にしてもホント、僕ってあいかわらず主体性がないよね・・・。
ちょっと考え事をしてたら、トウジが顔をのぞき込んでるのに気が付いた。
「コラ、シンジ、何シケた顔しとるんや。
ほら、まぁグッと行ったらんかい」
「あ、ありがと」
いつの間にか空になっていたジョッキにビールを注いでくれる。
未成年なのにいいのかって?
気にすることないよ。
大学の新入生歓迎コンパでしこたま飲まされたんだけど、驚いたことに僕はかなりアルコールに強い方だったんだ。
多分ミサトさんとでも、最後まで付き合えたんじゃないかなって思う。
「ほら、またぼぉッとしてる」
「あ、ゴメン、ケンスケ・・・」
いなくなった元同居人の顔を思い出す。
それに連れてもう一人、永久に会えなくなったわけじゃないけど、今のままだったらそれに近い状態の、あと一人の元同居人のことも思い出した。
今ごろどうしているんだろう。
確かこの前、クリスマスのグリーティングメールが来てたっけ・・・。
思い出したら急に懐かしくなっちゃった。
このへんが、未練がましいぞお前は、なんてケンスケに笑われる原因なんだろうけどね。
ダメだよね、パーティーの席で暗くしてちゃ・・・。
よし!
「一番、碇シンジ、物まねやります!」
ジョッキを一気に煽る。
「んぐんぐんぐんぐんぐんぐ、ぷっはぁ〜〜〜〜〜〜〜、やっぱこれよねぇ!」
「似てるゥ!」
マヤさんの歓声、続いてみんなが大爆笑した。
「あんたバカぁ?
あんなミルクタンクの真似なんてしてんじゃないわよ!」
委員長がアスカの真似で突っ込んで来る。
ご丁寧にびしっと人を指差して、片手は腰にあてている、あのアスカお得意のポーズまで再現してる。
再びみんなが大爆笑した。
委員長って意外と乗りがいいなぁ、知らなかったや。
だったら・・・。
「問題ない、余興を続けたまえ、弐号機パイロット」
さらに父さんの真似で混ぜっ返す。
よほど似てたらしくて、青葉さんたちはお腹を抱えて笑い転げている。
もしかして、僕は妙な所に才能があるのかも知れない。
カウンターの奥にしつらえたテレビが、時計を映している。
第二新東京の銀座中央交差点にある大時計だ。
みんなそれぞれ、グラスやジョッキ片手にじっとそれを見つめている。
『皆さん、今年もあと30秒を切りました』
最近売り出し中のアイドルタレントがカメラに向かって喋っている。
『さぁ、後15秒、カウントダウン、いきますよォ!
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1!
ゼロォ!
ハッピーニューイヤァ〜〜〜〜!』
「明けまして、おめでとォ!」
「おめでとう!」
テレビの声に合わせて、トウジの音頭で乾杯する。
みんな一気に飲み干すと、これがパーティーが終わる合図。
この「やまびこ」ができてからの、僕たちの恒例の新年の迎え方だ。
「それじゃぁまた」
「今年もよろしくね」
「じゃぁ」
それぞれに挨拶を交わしながら「やまびこ」をあとにする。
僕は、最後に片づけをちょっと手伝ってから、最後に店を出た。
少しづつ季節が戻ってきているおかげで、ちょっと寒気がした。
3 コンフォート17マンション 2020年1月1日10時30分
とにかく暇だった。
トウジ達は夫婦水入らずで初詣だって言ってたし、ケンスケは今朝一番の飛行機で今度は南米に取材だって言ってた。
僕は特に信心深い方じゃないから、初詣に行くつもりもなかったし、かといってお正月じゃろくな番組はやっていない。
妙な間違い電話があった以外、ただ朝からごろごろしてるだけ。
このままじゃオヤジ化しちゃうなぁ・・・。
ふと目をやったテレビの横のカラーボックスにある写真立て。
そこには、ちょっとはにかんだ様子の僕と、笑顔のアスカ。
僕は、アスカのことをどこまで理解してたんだろうか?
高圧的で、いつも我が侭ばっかり言って。
アスカは、お父さんが再婚して自分は捨てられたって言ってたけど、僕と同じだったんだって、最近になって気がついた。
アスカはエヴァに乗っていれば幸せと思い込むことで、いつも誰かに見てもらいたがっていた。
だから誰にも負けたくなかった、一番じゃなきゃいけないと思い続けていた。
だからいつも周りを傷つけた。
結局、僕とアスカは似た者同士だったんだ。
違ったのは心の鎧の棘が内向きか、外向きか、それだけだったんだ。
それからは、ますますアスカのことが気になるようになった。
お風呂は必ず39度、週に一度はハンバーグ。
まるであの頃のように、生活パターンが戻りつつあった。
唯一、アスカがそこにいないということを除いて・・・。
ピンポン!
玄関の呼び鈴が鳴る。
誰だろう?
トウジ達かな?
NERVのみんなかな?
「はーい」
返事して玄関のドアを開けると、そこには見たことのない女性が立っていた。
ちょっとくすんだブロンドのロングヘア、たぶん白人なんだろう白い肌、淡いクリーム色のワンピース、同じ色のジャケット、サングラス、鍔の広い帽子、手には黒いワニ皮のハンドバック。
「あの、どなたですか?」
「あなた、碇シンジさん、でしょ?」
「え、あ、はい・・・」
「あいかわらず不用心ねぇ・・・」
「へ?」
ぼそっと小声で呟かれて、意味を理解した時には遅かった。
その女性は、僕の肩をとんとつつくと、押し込むように玄関に入って来た。
ハンドバックに片手を突っ込んでる。
もしかしてその先には拳銃が握られてるのかな?
あぁ、僕の命運もここまでか・・・。
そう思ったとたん、一瞬だけど、ふわっといい香りがした。
ローズマリーだ、これ・・・。
何で知ってるかって?
そりゃもう、いやになるほどこの香りはかがされたもの。
ちょっと赤みがかったブロンドのロングヘア、ヨーロッパ生まれ特有の白い肌、蒼い目、勝ち気な顔、ちょうど目の前の女性のような感じの、元同居人のお気に入りだったから。
って・・・、なんか、やたらと似てないか?
僕は頭の中で、目の前の女性から帽子をとって、サングラスをとって、ジャケットをとって・・・、その姿は、あの夏の日に国連軍太平洋艦隊の航空母艦の上でであった女の子にうりふたつだった。
「そんな・・・、嘘だろ、だって・・・」
「どうしましたの?
私の顔に何か?」
じっと驚いたまま見つめている僕に、不思議そうに声をかけて来る。
この声、間違いない。
疑問が確信にかわった瞬間、僕は自分でも思わぬ行動に出ていた。
4 第三新東京国際空港 2019年12月31日16時45分
とうとう来ちゃった。
アイツの国、アタシの第二の故郷、人生で一番深い心の傷と、忘れられない数々の思い出をくれた場所。
今アタシがここにいることは、誰にも教えていない。
パパにもムッターにも教えずに来た。
だって・・・、ほら、行く先が行く先だし、ね。
入国審査のカウンター。
若くて、ちょっといい男だけど、まぁ、アイツと加持さんと、その次くらいね、こいつは。
「 What is your reason of visit ? 」
型通りの台詞にアタシは、サングラスを取るとにっこり微笑んでから、この国の言葉でこう言い放ってやった。
「カレシに会いに、よ」
「はぁ?」
このバカ!
このアタシが可愛く答えてあげてるんだから、納得しなさいってば!
「解んないんだったらビジネスでいいわよ!」
「お仕事ですね・・・。
で、何か申告するような持ち物はありますか?」
「い〜え、別に何もありません!
もういいでしょ、通しなさいよ!」
「ハイ、ようこそ日本へ」
やっと開放してもらう。
あの係官、ずっと日本語で相手してたって、わかってるのかな?
まぁいいわ。
とにかく、次はリニアね。
あいかわらずゲートから遠いわね。
まぁ、これくらい、今日までの苦労に比べればたいしたことないんだけどね。
切符を買おうとして、いつものクセでカードをスリットに通そうとしていたのに気がついた。
おっと、このカード使っちゃうとあたしがここにいることがバレちゃうものね、気を付けなきゃ。
ポケットからお財布を出して、現金で市内までの切符を買った。
アタシは全てが終わった後、最後の戦いで受けた傷を癒すために入院していた。
あの不思議な海岸で、泣きながらあたしの首を絞めたアイツ。
その涙のワケが解んなくって、頬にふれた。
暖かかった。
慈悲の涙だったんだ、あれ。
コイツには、アタシがこの世界で生き残らないことが慈悲だと思ったんだろうか?
それがたまらなく嫌だった。
だから言ってやった。
「気持ち悪い」
アイツは泣いたまま、アタシから離れた。
次に気がついた時、アタシは病院にいた。
あの子供のころの心の傷をえぐり出してくれた使徒の攻撃からずっといた、ある意味見慣れた天井のあの病院。
アイツは毎日来てくれた。
でも、アタシはどういう顔で相手していいか、何を話したらいいか解らなかった。
それはアイツも同じだったらしく、結局何の会話も無いままだった。
そして退院の日、アイツが再開した学校に通っている時間を見計らって、顔を合わせないようにして、身の回りの必要な物だけまとめて引越屋さんに来てもらって送った後、リビングのテーブルに置き手紙だけして家を出た。
そのまま空港へ行き、アタシはドイツに帰った。
空港へはパパがムッターを連れて迎えに来てくれていた。
心配してくれていたんだろうな、多分。
家に帰るとアタシの部屋はそのままになっていた。
最初の1年は一緒に住んでたけど、やっぱり何かしっくり来ない。
大学院への復学を機会に、アタシは一人暮らしをはじめた。
それから3年して、ヒカリが結婚するってことを知った。
相手は予想どおり、あのジャージバカ。
残念だけど、メールだけ出しておいて、忙しいという理由で式には行かなかった。
その頃、アイツからメールが来るようになった。
どうやらヒカリがアドレスを教えたらしかったけど、とりあえず以前ほど嫌じゃなかったので、季節の挨拶とか、グリーティングメール、ちょっとした近況報告だけは出すようになった。
驚いたのは大学で飛び級して、学生のくせに今や一端の研究者生活だってこと。
そりゃまあ、アイツのママやリツコの遺したものがあれば、生物学なんてちょちょいのちょいだと思うけど、あの鈍感バカがアタシと同じ飛び級ができるほどの頭脳の持ち主だったなんて、やっぱり想像がつかなかった。
そういえばアタシ、アイツのことどこまで解ってたんだろうか?
内罰的で、人の顔色ばっか窺って・・・。
でも、アタシそういう所しか見てなかったんじゃないだろうか?
アイツ、子供の時髭眼鏡に捨てられたとか言ってたけど、よく考えたらアタシと同じだったんだって、最近は解って来た。
アイツはエヴァに乗っていれば必要とされると思い込むことで、いつも誰かに必要とされたがっていた。
そのくせ戦うのが嫌で乗りたくないと言って、自分を追い込む一方だった。
だからいつも自分を傷つけた。
結局、アタシとアイツは似た者同士だったんだ。
違ったのは心の鎧の棘が外向きか、内向きか、それだけなのよね。
そう思えるようになってから、不思議とアイツのことが気になってしかたがなくなった。
ふとした拍子に、アイツならこう言うだろうとか、アイツならこうするだろうとか、もしアイツが隣りにいたらって想像することが多くなった。
アイツがあたしのことをどう思ってるかなんて、とっくに解ってた。
でも、実はあたしもアイツのことを・・・、それに気が付いたのもアイツのことが解るようになってからだった。
リニアが懐かしい駅に着いた。
町は年の瀬真っ盛りで、あちこちに人があふれている。
とてもあの頃と同じ町だとは想像できないくらい復興して、賑やかになったのね、ここも。
今日のところはとりあえず市内のホテルに泊まった。
いろいろと確認しなきゃいけないこともあったし、準備もあったし。
ここでもカードは使えない。
どうせ今もMAGIが一枚噛んでるに決まってるし、あたしがここにいることがバレたら、今までの苦労が水の泡。
だから、かなりの量の現金を用意していたんだけど、考えてみればこれって、うら若き乙女の一人旅としちゃぁ、かなり危険なシュチュエーションよね。
まぁ、あと一晩の辛抱だし、どこにも出歩く気もないんだし、いいよね、これぐらい。
『皆さん、今年もあと30秒を切りました』
よく判んないアイドルタレントか何かが、カメラに向かって喋っている。
『さぁ、後15秒、カウントダウン、いきますよォ!
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1!
ゼロォ!
ハッピーニューイヤァ〜〜〜〜!』
付けっぱなしのテレビが、新年が来たことをアタシに教えてくれていた。
5 第三新東京国際ホテル 2020年1月1日09時00分
朝、起きてまずバスルームへ。
隅々まできれいにして、仕上げはお気に入りの香水。
着ていく服は、アイツと初めて逢った時のと同じデザインのもの。
今のサイズに合うのを探すのに、結構苦労したんだからね。
さすがに季節が戻りつつあるせいか、肌寒いので同色のジャケットを羽織る。
ついでに、大きめの帽子とサングラス。
まぁ、バレるとは思うけど、あっさり素顔で顔を合わすのもなんだかちょっと嫌だし、すぐに気が付いてくれるかどうか、賭けたいって気分もあるから・・・。
チェックアウトを済ませて、タクシーに乗りこんだ。
アイツ、今でもあの部屋に住んでるって言ってし、今この時間に出かけてないことは、さっき間違い電話を装って確認できた。
タクシーを降りると、道にはトラックが一台止まっているだけで、あいかわらず閑散としてる。
勝手知ったるなんとかで、エントランスをくぐる、っていうか、あの時のカードキーが、いまだに使えた。
これはちょっと不用心よね。
世界を救った英雄とかなんとか騒がれ、色々な意味で危ない環境にいるはずなのにね、アイツも。
いいわ、ちょっと脅かしてやろう。
郵便ポストを見ると、未だにあの部屋以外に名前がない。
もしかして、今もこの建物ってアイツ以外いないのかしら?
エレベーターホールを出てドアの前まで歩きながら、アタシを見た瞬間のアイツの顔を想像してみた。
びっくりしてあんぐり口をあけっぱなし?
固まって何も言えない?
昔みたいにうつむいて逃げる?
何だっていいや。
アタシのことを気が付いてくれるかどうか、まずはそれからだもの。
あのドアの前。
そのままカードキーで開けて「ただいま!」って言いたくなるのをぐっと我慢して、呼び鈴を鳴らす。
誰かが出て来る気配がする。
アタシは心のうちで呟いた。
「行くわよ、アスカ」
アイツが出て来た。
「あの、どなたですか?」
「あなた、碇シンジさん、でしょ?」
「え、あ、はい・・・」
「あいかわらず不用心ねぇ・・・」
「へ?」
ぼそっと小声で呟いて、驚いているアイツの肩をとんとつつくと、押し込むように玄関に入る。
背後でドアが閉まる。
アタシはハンドバックに片手を突っ込んで、何かを取り出すような真似をしてやった。
「そんな・・・、嘘だろ、だって・・・」
ふふふ。
びびってる、びびってる。
「どうしましたの?
私の顔に何か?」
ちょっと意地悪かなと思ったけど、さらに追い打ちをかけてやった。
でも・・・。
次の瞬間、アイツは想像もしなかった行動に出ていた。
「ちょ、ちょっと!」
アタシは、がばっと抱きしめられていた。
触れる頬が湿っぽい。
あ、コイツ、泣いてるんだ。
アタシだって解ったんだ・・・。
「アスカ・・・、会いたかった・・・」
シンジは、それだけを言った。
もうダメ、あたしもダメだ・・・。
つられるように、一気に涙腺がゆるむ。
「シンジ・・・、シンジ・・・、シンジぃ」
あたしもそれだけ言うのがやっと。
6 コンフォート17マンション 10時35分
訪ねて来た女性が誰か解ったとたん、僕は思わず抱きしめてた。
「アスカ・・・、会いたかった・・・」
それだけを言うのがやっとだったんだ。
頬を涙が伝うのなんて、おかまいなし。
あ、あれ?
アスカも泣いてるの?
「シンジ・・・、シンジ・・・、シンジぃ」
そうやって僕達は、玄関でしばらく抱き合ったまま泣いてた。
ようやく落ち着くと、何だか急に恥ずかしくなって、ぱっと離れた。
「と、と、と、とにかく、上がってよ」
「う・・、うん」
アスカもちょっと頬を赤くしてうつむいてる。
僕は、あの頃アスカが使ってたスリッパを出して、ならべてあげた。
「あ、これ・・・」
「うん。
アスカが置いてったもの、みんなそのまま置いてあるんだ」
アタシは驚いた。
みんな置いてあるって・・・。
「アンタ、それじゃ寝泊まりはどうしてるのよ」
「ミサトさんの使ってた部屋、あっちに寝てるよ」
「ふぅん・・・」
見に行ってみると、本当にあたしが使ってた部屋はそのままになってた。
襖の「入ったらコロス」の看板までそのまま。
違うのは、あの頃のシンジの部屋が元の物置に戻ってて、ミサトの部屋がシンジの部屋に変ってたこと。
「紅茶でいいよね?」
「うん」
昔の自分の部屋を見に行ったアスカに声をかけると、僕は紅茶の葉とポットを準備した。
確か戸棚に・・・、あったあった、この前買って来たクッキー、これけっこう美味しいんだ。
やっとアスカが出て来た。
「どう?
変ってなかったでしょ?
今でもちゃんと掃除もしてるんだよ」
「驚いちゃった。
ホントにそのままなんだもん」
「座ってよ」
「あ、アリガト」
アスカに紅茶を注いでやり、クッキーのお皿を真ん中に置くと、僕もソファーに座った。
「いつ来たの?」
「ん、昨日の夕方」
「こっちにはしばらくいるの?」
「まぁ・・・、ね」
「市内のホテル?」
「うん」
シンジ、もっと他に聞くことないの?
もっと大事なこと、聞いてくれないの?
「ね、アスカ・・・」
「え?」
あ、真剣な顔。
けっこういい男になったじゃん、コイツ。
「アスカ、どうして日本に来たの?」
来た!
「何でだと思う?」
とりあえずちょっとはぐらかしてみた。
あれ?
もじもじしちゃって・・・、どうしたんだろ、コイツ・・・。
「ぼ、ぼ、僕に会いに来た、なんて言うのは自惚れかな?」
「ババババババババ、バカ!
恥ずかしいこと言ってんじゃないわよ!」
きゃー、きゃー、きゃー、いきなりど真ん中に直球!
シンジってば、ずいぶん成長したわねぇ!
「あははは、そう、だよね・・・」
あ、アスカ真っ赤になって、可愛い。
ほんの冗談だったんだけど、もしかして、ストライク?
なわけないよね・・・。
「って言いたいんだけど、実は、そうよ。
アタシ、アンタの顔を見に来たの」
「え?」
アスカ今、なんて言った?
僕の錯覚?
僕に会いに来てくれたって、そう言ったよね?
ね、今そう言ったよね?
「それだけじゃないわよ」
アスカはそう言うと、携帯電話を取り出して何か話しはじめた。
「あ、もしもしぃ、惣流です。
はい、予定通り、運んでもらえますか?」
あたしが電話したのは、このマンションの前に止まってたトラックの運転手。
そう、引越屋のトラック。
運ぶ?
アスカってば、何言ってるんだろう?
ふふふ、シンジ、驚くのはこれからよ。
あたしが一度決めたらとことんやる性格だってこと、忘れたとは言わせないからね。
アスカがにやにや笑ってる。
この笑顔が出た時って、ろくなこと考えてないんだよな、アスカは。
ピンポン!
誰かが来たみたいだ。
「はーい」
インターホンの受話器を上げて返事する。
モニターに映ってるのは、つなぎみたいな服を着た二人の男。
「どうも。
カバさんマークの東亜引越センターです!」
「引越?」
「あ、アタシアタシ」
「へ?アスカ?」
すたすたとやって来たアスカが、ドアを開けてその男達を招き入れる。
「こっちの部屋よ。
どんどん運び入れちゃって」
「へい!」
唖然とする僕の前で、次々と荷物がアスカの部屋に運び入れられる。
ふふふ、驚いてる驚いてる。
どんどん、と言ってもたいした量じゃないけど、運ばれて来る荷物を呆然と眺めてるバカ面は、あの頃とちっとも変ってないのね。
ちょっと安心したわ。
「アスカ、これ・・・」
「あのね、シンジ。
アタシ仕事の都合でしばらく日本にいなくちゃいけないのよ。
第三新東京大学の平沢研に客員研究員として招かれちゃってさぁ。
こっちでアパート探してもいいんだけど、どうせだったらさ。
ほら、昔取った杵柄って言うじゃない」
「平沢研って、僕の所?」
「あ、そうか、シンジもあそこの研究員なんだっけ」
我ながらけっこう白々しいわね・・・。
この出張、アタシが行かせてもらうためにどれだけ苦労したことか。
「だいたいその諺、違ってるよ」
う、うっさいわね!
一言余計なとこは治ってないな、コイツは。
「シンジは、アタシと一緒じゃ、嫌?」
「嫌とかじゃないけど・・・」
「それとも、誰か、アタシがここにいたら困る人がいるの?」
「そんなのいるワケないじゃないか!」
「じゃ、決まりね」
僕は5年前のことを思い出してた。
あのユニゾンの訓練の後、そのまま居着いた時も、こんなパターンじゃなかったっけ・・・。
「と言うわけで、改めてよろしくね」
アスカは、あの頃みたいに可愛く微笑んでいた。
7 コンフォート17マンション 2020年6月6日22時50分
みんなが集まって開いてくれた僕の誕生パーティー。
もちろん場所はおなじみ「やまびこ」だった。
ついさっき、お開きになって僕とアスカは部屋に帰って来た。
みんなからもらったプレゼント。
アスカだけは、帰ってからのお楽しみだって言って、その場ではくれなかった。
今さら裸にリボンを巻いて「あたしをあげる」なんて古典的なギャグはしないと思うけど・・・。
それは2月14日に一度やっちゃってるから、二度とは使わないと思うんだ、いくらなんでも。
だいたい、僕たちは再会して1週間とたたずに恋人の関係になってたから、そんなの今さらって気がするしね。
先週だって、
「ねぇ、何か欲しい物ある?」
「何でもいいよ」
「アタシ、なんて言う座ぶとん取り上げられるようなギャグは、お願いだからかまさないでね」
って、自分で言ってたんだし。
それに、今日だけは、この方が都合がいいんだ。
「シンジぃ!
今行くから待っててね!」
アスカの部屋から声がする。
僕はリビングでおとなしく待ってた。
しばらくして、アスカが何か包みを持って出て来た。
「ハイ、これ。
お誕生日おめでと」
「ありがと。
開けていい?」
「どうぞどうぞ」
それは薄いアイボリー色の、手編みのサマーセーターだった。
とても嬉しかった。
僕にバレないように、夜遅くまで起きてやってたんだろうと思うと、今からしなければならないことに心が痛む。
僕が沈んだ表情をしてることに気が付いたんだろうか、アスカが心配そうに覗き込む。
「どうしたの、気に入らなかった・・・?」
「そうじゃないんだけど・・・」
「じゃぁ、どうして」
「僕の欲しかった物は、こんな物じゃないんだ・・・」
「こんな物って・・・!
そんな言い方!
この前だって何でもいいって!」
アタシは目の前が真っ暗になった。
シンジはいったい何を言ってるの?
アタシのこと嫌いになったの?
シンジ、アタシ何か、シンジに嫌われるようなことした?
いつになく寂しそうな笑顔で、アタシを見つめている。
「も、もう、ダメ?
アタシ達、おしまい?」
あたしは我慢できなかった。
みるみる涙があふれる。
それでもシンジは、それを拭いてくれるどころか、あいかわらずじっと見つめるだけ。
あ、やっぱりちょっといきなりはショックが大きかったかな?
でも、今日を置いてこんなこと言える日は無いんだ。
僕は、勇気を振り絞って、決定的な一言を放った。
「もう、これまでみたいな恋人同士としては、僕たちは付き合えないんだ。
僕はやっと気が付いたんだ。
このままじゃいけないって」
「じゃぁ、じゃぁ、アタシは・・・、アタシはこれからどうすればいいのよ!」
「だから、これにサインが欲しいんだ。
それが僕の欲しい物だよ」
「なによそれ!」
アスカは、僕がさし出した紙に見向きもしないで、ぼろぼろと涙を流しながら怒っている。
気まずい沈黙がリビングを支配する。
「だから・・・、アスカ。
君の残りの人生を全部・・・、僕にくれないか?」
アタシにさし出された折り畳まれた紙は、あとはあたしがサインするだけの状態の婚姻届だった。
「バカシンジ!」
あたしはシンジに飛び付いた。
シンジも優しくあたしを抱きしめてくれる。
「もう放さない、一生放したくない」
「アタシも離れない、一生離れない」
僕たちは、じっと見つめあうと、どちらからともなくキスをした。
僕の手がアスカの服にかかろうとした時、アスカがそれを押さえた。
「待って。
実はアタシ、もう一つプレゼントがあるの」
そう言ってアスカが差し出した小さな本。
緑色の表紙、たいして多くないページ数。
そのタイトルは・・・。
8 コンフォート17マンション 2025年12月4日19時00分
テーブルの上には小さなケーキが二つ。
僕の妻と娘のもの。
僕が妻にプロポーズした日、妻が告白したもう一つのプレゼント、それが今、テーブルの前でケーキに目を輝かせている娘、ノゾミのことだった。
誕生日は偶然にも妻と同じ日、だからこのプレゼントは妻から僕へと同時に、僕から妻への誕生日プレゼントでもあったんだ。
「アスカ、ノゾミ、お誕生日おめでとう」
「ありがと!パパ!」
「ありがとう、シンジ」
父さん、母さん、ありがとう。
僕は今日も、幸せです。
−−−−−おしまい−−−−−
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あとがき、かもしれないもの
みゃあさん、こんにちは、J.U.タイラーでっす!(^^)/
まずは、150万ヒットおめでとうございます。
みゃあさんのHPに来るようになってはや1ヶ月半。
みるみるうちに進むカウンターでしたが、ある日見ると1500495!
※下三桁、数字はうろ覚えです。
あぁ!150万越えてるゥ!
そんなわけで、記念のプレゼントとしてこの作品を書きました。
テーマはずばり、プレゼント。
稚拙で破綻ぎみですが、お楽しみ頂ければ幸いです。
でわでわ(^^)/~~