汝、刮目して見よ……、程々にね

 

作者/K-2さん

 

 

 

 

『ふうっ』と、軽く息をする。

 

 

 

お臍の下あたりに『氣』を置く感じで、

 

肩幅より僅かに広く足を広げて立つ。

 

左足が僅かに前、引いた右足に体重がかかっているのは、利き足が右だから。

 

軽く握った両拳を額の前辺りに、手の平を相手に向けるように掲げる。

 

我流だけど、まぁ、強いて言うならムエタイの構えに似たファイティング・ポーズ。

 

 

 

――――これが、もはや見慣れた、彼の構え。

 

 

 

アタシは無構えから右足を一歩、左足の後ろに引いて 左半身の姿勢を作る。

 

後方の右足にほぼ全体重をかけ、左足はつま先立ちのように緩く上げる。

 

手は上げない。腰の辺りに緩く垂らす。

 

 

 

 

 

  ―――― 一瞬、彼の黒い瞳とアタシの視線が交錯する。 ――――

 

 

 

 

 

それが合図となったように、体技場の畳を蹴る足音が響いた!

 

 

 

 

鋭い踏み込みと共に 繰り出される左の順突きを、

 

アタシは 跳ね上げた左の裏拳で、自分の背中側に弾いた。

 

アタシが返しに打った右ストレートを、彼は 潜るように頭を下げて躱す。

 

そのまま踏み込んで来ようとする彼の頭目掛けて、右膝を跳ね上げる。

 

彼は何とか左腕一本でガードしたが、威力に押されて一歩後退し、

 

改めて間合いを取って 構え直す。

 

 

 

  ( 強く……、なったわね…コイツ )

 

 

 

ふっと、自分の表情が緩むのがわかる。

 

初めの頃は、初弾の右ストレートすら躱せなかっただろう。

 

それが今や、間合いを外す事まで覚えてる。

 

 

 

 

  ( ………だけど まだ、負けてらんないのよね、コイツには!! )

 

 

 

アタシは 再び踏み込んできた彼の左足の踝(くるぶし)に、左ローキックを合わせる。

 

彼は ほとんど足払い気味に放たれたそれに、僅かに体勢を崩し動きを止めてしまう。

 

アタシは左の蹴り足をそのまま着いて、右の前蹴りを突き出した。

 

鳩尾辺りに浅く刺さった前蹴りで、更に体勢を崩したのを見ながら、

 

右肩を前に下げ、そのまま体を回転させる。

 

裂帛の気合と共に放たれたアタシの得意技――

 

 

 

――『胴回し回転蹴り』が、彼の頭を畳に叩きつけた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

                             ☆でん様リクエスト☆

 

 

          ―― 汝、刮目して見よ……、程々にね ――

 

 

 

                                 by;K−2

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

医務室に、『シュッ』という 自動ドアのエア抜けの音が響いた。

 

アタシは目の前の、少し広いおでこに濡れタオルを置いてから、音のした方に振り返る。

 

 

 

「何だ………、レイか」

 

 

 

レイは何も言わずに、ただ『コクン』とだけ頷いて、

 

ベットサイドの椅子に座るアタシの横まで来た。

 

アタシと並んで、目の前のベットに寝てる人物――シンジを見る。

 

 

 

「フィニッシュブローは、何?」

 

 

 

感情を表さない、レイの声。

 

事実のみを、ただ淡々と確認するようなその口調は、未だに慣れない。

 

まぁ、初対面の時程に嫌じゃなくなったんだけど、

 

なんて言うか、その、苦手意識って言うのかしらね?

 

 

 

「イヤ……『ぶろ〜』って言うかぁ〜

 

 『胴回し』だったから、『きっく』なんだけどね。

 

 な〜んか、綺麗にテンプル(こめかみ)を直撃しちゃってサ……ア、アハハ、ハ、ハ……」

 

 

 

アタシがあげた乾いた笑いに、レイは黙したまま、ジト目で答えてくる。

 

ち、沈黙がイタい……。

 

 

 

「あ、あの、でも、だ、大丈夫なのよ?!

 

 さっき念の為にリツコに看てもらったけど、どこにも異常無い って言ってたから!」

 

 

「……そう」

 

 

「そ、そう! ま、タダの気絶だもん。そのうち、目ぇ醒ますわよ。

 

 ど〜って事無いって!!」

 

 

 

別にアタシが威張る事でもないんだろうけど、何となくいつもの癖で

 

胸を張ってそう言い切ってしまう。

 

レイは そんなアタシを、やや冷ややかな目で見て、

 

 

 

「気絶『させられた』方の意見も、参考までに聞いておきたいわ」

 

 

 

ポツリと、そう言った。

 

 

 

「あぅ……」

 

 

 

  ( ……辛辣だわ。こういうトコ、ちょっとリツコに似てる )

 

 

 

「………いつも、いつも、いつも思うんだけど、

 

 アスカの方が強いのに、どうしてKOするまで組手するの?

 

 少しは、加減してあげたら?」

 

 

「シ、シンジだって、最近そんなに弱く無いわよ?」

 

 

「その分、アスカも強くなってるもの。差は、埋まってないわ」

 

 

 

  ( ぐぬぅ……、いつに無くツッコミ厳しいわね? 今日のレイは )

 

 

 

恐る恐ると言う感じで 隣に目を向けると、意外にも 表情のあるレイの顔。

 

最近、随分人間らしい顔つきをするようになったとは言え、

 

あの『鉄面皮』の印象の強いレイの顔に 表情が浮かんでいるのを見ると

 

やっぱり少し驚いてしまう。

 

 

 

そこに浮かんでいるのは、気遣わしいような、困ったような、心配気な表情。

 

シンジの事を心配してる、

 

でも、同じ位アタシの事も心配してる………そんな顔。

 

 

 

  ( ……………こんな顔、されちゃあ、ね )

 

 

 

そう、レイにも………知る権利はある。

 

こんなにもバカシンジの事、心配してるんだし。

 

それと同等に、アタシの事も心配してくれているし。

 

 

 

レイが、アタシの事どう思ってるのか知らないし、知ろうとも思わないけど

 

アタシ自身は、レイの事友達だと思ってる。

 

初めの内は色々あったけど、今じゃヒカリと同じくらい 大切な友達だから。

 

 

レイは……多分知ってるのだ、アタシの気持ちを。

 

普段、シンジにキツイ叱責を浴びせたり、

 

からかったり、

 

揚げ足を取る様に馬鹿にしたり、

 

素直に『ありがとう』も言えなかったりするアタシの、―――

 

 

―――アタシの、ホントの気持ちを。

 

 

だからこそ、訓練の度毎に『やりすぎて』しまうアタシの行動が理解できないのだろう。

 

 

 

 

………教えてあげなくちゃ、ね。

 

 

アタシは、椅子から立ちあがって シンジの寝ているベットの端に腰掛けた。

 

突っ立っているレイを、さっきまでアタシが座ってた椅子に座らせて、軽くその手を握る。

 

ひんやりと冷たくて、でも、握るとなんだか落ち着く手。

 

アタシはその手を握ったまま、レイから目を逸らして

 

自分の肩越しにシンジの顔を見ながら、話始めた。

 

 

 

「ね? レイ?……最近、シンジが 朝何時に起きてるか、アンタ知ってる?」

 

 

「……あさ?」

 

 

 

”それが、何の関係があるの?”

 

 

 

――とでも言いたげな 不思議そうな顔で、レイはアタシを見てくる。

 

アタシはチョットだけ意地悪に見えるように 口元を歪めて、悪戯っぽくレイを見た。

 

 

 

「レイは、天下無双の低血圧だもんねぇ〜♪

 

 『午前5時』なんて時刻は、レイの日常には存在しないでしょ?」

 

 

「ごぜん……5じ…?!! ………碇君、そんなに早起きなの……?!!」

 

 

 

『☆ がぁぁぁ〜〜ん!! ☆』

 

 

 

という効果音が、アタシの耳に響いた様な気がした。

 

レイの目は、まさしく『驚愕に見開かれてる』といった感じだ。

 

この娘、目の前にイキナリ使徒が現れても ここまで驚かないんじゃないかしら?

 

 

 

「そ。土日も休まず、毎日、毎日、ね」

 

 

「まいにち……まいにち………」

 

 

 

虚ろに呟くレイ。

 

自分が『毎朝5時に叩き起こされる』ことを想像でもしたんだろうか?

 

心なしか、顔色も悪い。

 

 

 

 ( そないに、驚かんでも……。何もアンタに早起きしろって言ってる訳じゃないんだから )

 

 

 

「アタシもさ、気付いたのは 2週間ほど前なんだけど、

 

 ミサトを通じて保安部に確認取ったら、かれこれ一ヶ月近く前かららしいわ」

 

 

「……一ヶ月? それって……」

 

 

 

レイの言葉に、アタシは一つ頷く。

 

 

 

「そう。一ヶ月前って言うと、丁度アタシがこっち(第三新東京市)に来た頃よね。

 

 アンタと一緒にユニゾン訓練して、そのまま同居が決まった頃。

 

 そして多分……シンジがアタシと、初めて格闘技訓練をした頃……」

 

 

 

レイは『どうにもよく判らない』といった調子でアタシを見つめてる。

 

この娘も、鈍感魔王のシンジに比べりゃ鋭敏な方とは言え、

 

他人の『感情や思考の機微』みたいな物には、まだまだ疎い所があるもんね。

 

……と言うよりは、そういう物の存在を測りかねてるカンジかしら。

 

 

ちょっと不器用なのよね、要するに。

 

 

 

 ( そういうトコ、シンジと ちょっと似てる。 )

 

 

 

アタシは、視線をレイの方に向き直して話を続ける。

 

 

 

「保安部によるとね、シンジの行動パターンは

 

 『AM5:10に葛城宅を出て、30分間、約7kmのロードワーク。

 

  その後、葛城宅最寄りの展望台にて、

 

  ストレッチ、ウエイトトレーニング、シャドウ、巻藁打ち等のトレーニングを

 

  これまた30分間。

 

  葛城宅を出てから、きっちり1時間後のAM6:10に帰宅』

 

 ……で、この後 アタシ達の為に朝風呂の準備と、朝食に、お弁当の準備もしてるワケ」

 

 

「碇君……たいへん……」

 

 

「そーね。アイツ、夜は翌日の授業の予習とか、お弁当の下拵えとか、朝食の準備とか、

 

 まぁ、あれやこれやを手ぇ抜かないでやるから、『寝るのは日付変わってから』って事が多いもんね。

 

 睡眠時間5時間切ってる事も多いんじゃないかしら?」

 

 

 

そこまで聞いたレイが、何だか恥ずかしそうに俯いて ぽそぽそと呟くように言った。

 

 

 

「朝起きてからの家事は、手伝えればいいのだけど……」

 

 

 

それはもっともな意見だ。

 

至極もっともな意見だ。

 

………もっともな意見なんだけど……。

 

 

 

「それは………止した方がいいわね。

 

 レイって睡眠時間8時間を切ると、シャレじゃなく使い物になら無くなるから。

 

 そんな状態のレイが 包丁持ったり、お皿洗ったりしてるのを見たら、

 

 シンジ、いよいよ心労がたたって倒れちゃうわよ」

 

 

 

それなら 寝る前の家事の方を手伝えばいいのでは? って事になるのだが、

 

実際の所そうは行かない。睡眠不足のレイは、ホントにシャレにならないのだ。

 

この間、登校途中にふと姿が見えなくなったので、慌てて振り向いて見たら

 

 

 

            「すぴー すぴー」

 

 

 

なんて 可愛い寝息をたてながら、5m手前で通り過ぎた筈の電柱に寄り掛かって眠りこけていた。

 

アレ以来、アタシとシンジは固く誓い合って、レイには必要十分な睡眠を取らせるようにしている。

 

 

まぁ、かような理由により レイは『シンジお手伝い権』を放棄せざるを得ないワケ。

 

ならば、残るアタシとミサトはどうなるのかと言うと……

 

 

 

「でも、アスカと、ミサトさんは問題外……」

 

 

「あうぅぅぅ……」

 

 

 

アタシの内心に答えるように、レイがボソッと呟く。

 

 

か、かなり辛辣な意見だけど、否定する材料が無いのよね。残念ながら……。

 

ミサトは『スーパーで売ってる食材でBC兵器(生物・化学兵器)を作れる』って言う、

 

ある意味希有な才能の持ち主で、掃除も駄目。出来るのは洗濯ぐらい。

 

アタシはと言えば、何故か家事一般に関しては、自分でも笑っちゃうくらい不器用で……。

 

料理はミサトより遥かにマシだけど……比較対象が悪すぎて、何の自慢にもなりゃしない。

 

掃除は自分の身の回りの、必要最低限な所をするだけだしねぇ。

 

 

 ( ちなみに、アタシの座右の銘の一つに『埃で人は死なない』がある。…金言よね? )

 

 

…………………………………………(汗)……………………………………。

 

ま、まぁ、このような 諸般の拠ん所(よんどころ)の無い理由により、

 

どう好意的に考えても、アタシやミサトに シンジの家事の手助けが出来るとは思えない。

 

碇シンジは葛城家の『孤立無援のライフライン』な訳だ………シンジには申し訳ないけど。

 

………………………………………………………。

 

 

 

話と言うか、思考と言うか………逸れたわね。

 

 

 

「………………………………えっとね、

 

 まぁそんなカンジで、シンジの奴『強くなろう』って頑張ってるみたいなのよ。

 

 だからね、アタシも組手、手ぇ抜けないの。

 

 チョットぐらいの怪我を恐れて『なあなあ』でやってても強くなんかなれないし、

 

 シンジが真面目に強くなろうとしてるのに、手を抜いたら失礼でしょ?

 

 だから、シンジが強くなりたいのなら、アタシも手加減抜きで鍛えてやるの。

 

 アタシ、不器用だからさ、『それとなくサポート』みたいな事、苦手だしね」

 

 

 

アタシの言葉を聞いて、レイは納得したのか、安堵したように微笑んだ。

 

綺麗な………同性のアタシから見ても『ハッ』とさせられるような微笑み。

 

でも、その微笑みはすぐに消えて、何だか思案顔になる。

 

 

 

「どうしたのよ? まだ、何かあるの?」

 

 

「ええ………。何故………

 

 何故 碇君は、急に強くなりたいだなんて、思ったのかしら?

 

 どうして、突然………………」

 

 

 

そう………、レイの持った疑問には、アタシも当然思い当たった。

 

アタシは、レイに向かって一つ頷くと言葉を続ける。

 

 

 

「そう………アタシも最初、それが判らなかった。

 

 シンジは、第三使徒来襲直前にサードチルドレンにとして登録されて、

 

 殆ど何の説明も無しにEVAに乗せられたと聞いていたから。

 

 付け焼き刃の訓練したって、一朝一夕には強くなれないって事ぐらい、

 

 素人のシンジにも判るだろうし。

 

 もっとそれ以前に、何の訓練も受けてないのにオトナの都合でEVAに乗せられて、

 

 『世界人類の為に、命懸けで頑張れ!』なんて言われたら、

 

 『イヤになって逃げ出す』ってのが、正常な中学生の思考でしょ?」

 

 

 

アタシがそう言うと、レイは何か辛そうな表情をしてコクンと頷く。

 

 

アタシの言う事に同意したと言うよりは、『辛い事を思い出した』って、そんな表情。

 

 

 

「そう………。碇君は………実際一度……逃げ出したわ。アスカが来る前に」

 

 

「ウン………知ってる。ミサトが、教えてくれたわ」

 

 

 

レイは俯いたままだ。

 

心なしか落ちた肩が、少しだけ震えている。

 

 

ミサトは、『シンちゃんは、自分の意志で返ってきてくれたわ』と言っていた。

 

 

それは結局、そこまで追いつめられていたシンジに、レイは何も出来なかったと言う事。

 

追いつめられない様に支える事も、追いつめられたシンジを励ます事も………。

 

 

だから………だろう。レイが辛そうなのは。

 

ミサトが言うには、アタシが来日する少し前までのレイは、

 

今のレイに輪を掛けて感情表現が苦手で、言葉は悪いが、人形みたいな娘だったそうだ。

 

シンジが一生懸命に話し掛け、廃屋の如きビルから葛城家の隣に転居させ、

 

少しずつ、少しずつ、心を解きほぐしていったと言う。

 

 

レイ自身にも、きっとそれが判っているのだろう。

 

だからこそ、シンジが大変だった時、感情を持て余すばかりで、

 

何の助けにもなれなかった自分を思い出すと、歯痒くて、辛くって、俯くしかないのだろう。

 

 

 

アタシは、その件を人伝(ひとづて)にしか知らない。

 

アタシ自身は、どっちかと言うと『感情表現』って言葉に手足がくっ付いてるような人間だから、

 

レイの気持ちも、想像しか出来ない。

 

だから、在り来たりの慰めなんか言えないから、言っちゃいけないと思うから、

 

ただ、レイの手を握る力を少し強めた。

 

 

「大丈夫だよ」って、

 

 

「アンタが悪かった訳じゃないよ」って、

 

 

そういう気持ちが伝わるように。

 

 

 

レイは、少しぎこちなく顔を上げて、済まなそうに微笑んだ。

 

きっとこの娘、励まされる事にも慣れてないのね。

 

 

 

 

「なんか、しんみりしちゃったわね。

 

 

 え〜と? シンジが、何で急に強くなろうとし出したか? だったわよね」

 

 

 

アタシは努めて明るい声を出して、話題を元に戻した。

 

自分でも「かなり強引な話題転換ね」と思ったけど、レイは素直に頷いてくれた。

 

 

 

「黒川って格闘技教官いるじゃない? あの、スキンヘッドで厳つい顔したおっちゃん」

 

 

「ええ。………黒川健児教官。NERV保安部所属。確か、番竜会空手五段」

 

 

「………や、やけに詳しいわね。

 

 ………その黒川のおっちゃんとね、シンジ、訓練してるらしくってさ。

 

 何か判るかな? って思ってさ、訓練メニューを聞いてみたのよ」

 

 

 

黒川健児――レイの言った通りの経歴。

 

加えて言うなら、『NERV最強(最凶)の生物:葛城ミサト』を、

 

素手で黙らせる事の出来る、アタシの知る限り唯一の人物だ。

 

保安部の大男達を片手で圧倒するような、殆ど超人的と言っていい立ち回りを見せるミサトを、

 

1対1で、苦も無くひねったのを見た時には、サスガのアタシも我が目を疑ったものだ。

 

何でもNERVにスカウトされる前は、戦自の伝説的な格闘技教官だったそうだ。

 

 

ただ………寡黙で、『拳で語る』を実戦してんじゃ無いかって思う風貌は、ハッキリ言って怖い。

 

 

 ( ミサトとアタシは、影でこっそり『岩顔面』なんてあだ名で呼んでたりする。 )

 

 

大体、ど〜も体育会系の人間って、馴染めないのよねぇ。やたらと精神論に逃げたがる所とか、さ。

 

ま、黒川のおっちゃんは、その限りじゃ無いけど。

 

 

 

 ( 精神論云々以前に、殆ど言葉を発しないもんね、あのおっちゃん。 )

 

 

 

いずれにしても、『温厚・柔和』を絵に描いたようなシンジとは、まるで対極の人間。

 

 

 

「………訓練メニュー、どんなモノだったの?」

 

 

 

レイの声に、ふと我に返る。

 

そうそう、今はシンジの事、考えてるんだった。

 

 

 

「え………っとね、シンジはどうも『1 対 多数』で、どれだけ巧く立ち回れるか、

 

 って言う訓練を主にやってるんだそうよ。

 

 黒川のおっちゃんに頼んで、保安部の格闘技に長けた連中を5人ぐらい見繕ってもらって」

 

 

「………『1 対 多数』?

 

 ……どうして、1対1の訓練じゃないの?」

 

 

 

レイの疑問はもっともね。

 

 

アタシ達は、EVAで闘う時の『イメージ上での助け』とする為に格闘技訓練をやってる。

 

その訓練内容は、『格闘技術を習得する』と言うよりも、

 

間合いの計り方を教えたり、闘いに対する『場慣れ』をさせる事を旨としたものだ。

 

 

大体、『対人戦闘用』とも言える格闘技を、使徒と闘うアタシ達に教えても仕方が無い。

 

だって、いわゆる格闘技術は、有効に機能させるに当たって、

 

相手が『人型』をしてる事が暗黙のルールとして存在するのに、

 

残念ながらアタシ達の相手にする使徒は『人型』であったためしが無いんだから。

 

一応、アタシが来日する前に襲来した第三使徒が、

 

まぁ『人型』と言えなくも無いカッコだったらしいけど。

 

アタシの日本デビュー戦の相手だった第七使徒にしたところで、首も無ければ関節も無かった。

 

人体の急所と呼べる所が殆ど見当たらないモノを相手に、

 

対人格闘技術を習って、何程の役に立つって言うのよ。

 

 

ま、勿論、チルドレンとしての最低限の護身術の意味合も含むんだろうけど、

 

ただ………仮にチルドレンの命を狙うバカが居たとして、ソイツラとアタシ達が、

 

直接闘う状況になったとしたら、アタシ達はまず間違い無く助からないだろう。

 

なにせアタシ達には、恐らく世界最高の技術と錬度を誇るであろう

 

NERV保安諜報部のガードが、常時張り付いているのだ。

 

いざとなればその身を挺してでもアタシ達を護る、彼らは筋金入りのプロ。

 

それを退けてアタシ達の前に立てる敵組織が居るとしたら、どんな抵抗を試みても無駄だ。

 

 

(まぁ、アタシがたま〜に、しつこくナンパしてくる街のチンピラ共を蹴散らす時なんかは

 

 保安諜報部も見て見ぬふりだけど)

 

 

つまり、まぁ、平たく言うと、アタシ達は実戦レベルで強くなる必要なんか無いって事。

 

例えばEVAで『回し蹴り』をしたいと思ったら、

 

生身の訓練では、その『型』のみを覚えれば良いワケ。

 

EVAは覚えた『型』通りに動いてくれる。(この時の動きの切れに、シンクロ率が影響する訳ね)

 

レイなんかは、実際そうしているので、組手にはあまり加わらない。

 

アタシが、幼い頃から一生懸命 大人に混じって組手をして己の技を磨いてきたのは、

 

「護られてるばっかりじゃ嫌だ」なんて思っていたからだ。

 

それも、今は意味の無い子供の強がりだって判っているので、

 

今も続けている訓練は、身についた習慣というか、半分趣味の領域。

 

だから、余り実戦的とは言えない、派手な蹴り技主体の格闘技である

 

『テコンドー』とか『サバット』とかの技を、好んで練習するようになった。

 

 

 

………………『1 対 多数』

 

 

 

これはある意味、究極的に『対人戦の実戦』に即した訓練だ。

 

使徒は、とりあえず今までの所、複数体での来襲をした事は無いし(第七使徒は分裂だから例外)

 

逆にこちらはEVA3体がちゃあんと起動して実戦に就役してる。

 

 

『1 対 多数』になる事は、まず有り得ないって事。

 

 

 

 

と、ここまでを、順を追ってレイに説明………と言うか、確認する。

 

レイは時折『コクン』と頷きながら聞いていた。

 

 

 

「シンジは、『強くなろう』と努力している。

 

 でも、それは『EVAでの戦闘の為』だけでは無い――

 

 ――ここで、この聡明な天才アスカちゃんは、

 

 『1 対 多数』に秘められた、もう一つの意味に思い至ったワケよ!」

 

 

「聡明……?…………は、ともかく」

 

 

「コラ、ちょっと! ナニが『ともかく』なのよ!」

 

 

「と・も・か・く、『1 対 多数』の、もう一つの意味って、ナニ?」

 

 

 

アタシのツッコミを事も無げにいなして、質問を口にするレイ。

 

 

 

「………何だか、ひっっっじょぉぉぉぉに釈然としないものを感じるけど、ま、いいわ。

 

 

 レイ、アンタさぁ、街を一人で歩いてる時とか………、

 

 あ、アタシやヒカリとかと歩いてる時なんかでもいいんだけど、

 

 よくナンパされるっしょ?」

 

 

「なんぱ?」

 

 

「そ! なんだか脳味噌の比重が水素より軽そうなア〜パ〜男共が

 

 『カノジョ達かぁ〜わい〜ねぇ! どう? 

 

  ヒマならさ、俺らとどっかアソビに行かない?

 

  退屈させねぇヨォ??』

 

 とか何とか言いながらフラフラ寄ってくるアレよ!!」

 

 

 

言われて、レイは一瞬 思案顔になった後、

 

左手の平を 右拳の小指の所で『ポンッ』と打った。

 

 

 

「ああ、あのアスカにパンチドランカーになるまで殴られたりする、

 

 ああいう人達の事ね?」

 

 

「そ、その件はもういいでしょ!!

 

 もう、ミサトにも、リツコにも、冬月副司令にも、黒川のおっちゃんにも、

 

 さんざっぱら、それこそ『耳タコ』に叱られたし、ア、アタシだって

 

 『チョットやり過ぎたかなぁ?』って反省してるんだから!!」

 

 

 

アタシは頭を抱えてひとしきり『イヤンイヤン』をしてから、

 

やおら真顔に戻って話を続ける。

 

 

 

 ( イヤ、やっぱ、切り替えの速さって重要だと思うのよ、うん。 )

 

 

 

「でさ、あ〜ゆ〜ナンパヤロー共は、何でか知らないけど集団で涌くでしょ?」

 

 

「涌くって………、まあ、そうね」

 

 

「だからよ!」

 

 

 

アタシが『これで判ったでしょ?!』とばかりに胸を張って――

 

 

――最近、またチョット大きくなったのよね、ど、どうでもいいけど――

 

 

――言ってやる。

 

 

 

「『だから』って………何が?」

 

 

 

………何で、そう『きょとん』とした顔でアタシを見るのよ?

 

 

 

「ワカンナイの?! シンジは『1 対 多数』の訓練をしていて、

 

 ナンパ共は集団で涌くのよ?」

 

 

「………?………………あ!」

 

 

 

そこでようやく判ったのか、レイが顔を上げる。

 

アタシも『ウンウン』とばかりに満足げに頷いてやってから―――

 

―――おもむろにシンジの方を振り向く。

 

 

 

「そ! つ・ま・り! この『タヌキ寝入り』のバカシンジ君は! 身の程知らずにも、

 

 アタシ達を『護る』つもりでいるワケよ! ね?! バカシンジッ♪♪」

 

 

 

そう言うと、アタシはいきなりシンジの左の頬っぺを、右手で思いっきりつねり上げた!

 

シンジは、アタシの不意打ちに慌てて目を見開く。

 

 

 

「はがが………! いひゃぃ! いひゃぃっへば、あふかぁ!!」

 

 

「ナァニが痛いかぁ? こぉのバカシンジめぇ!!

 

 乙女の語らいを盗み聞きするなんて、ヤらし〜のよ!

 

 こんのスケベシンジ!!」

 

 

 

そう言いながら、両手で頬っぺをつねって、伸ばしたり縮めたりしてやる。

 

シンジは痛そうにしてるけど、シンジの頬っぺは妙に柔らかくって、

 

正直チョット面白い。顔もなんか変だし。

 

 

そしたら、シンジが涙目になりながらも疑わしげな目付きで、

 

トンでもない事言いやがった。

 

 

 

 

「………おひょめ(乙女)??」

 

 

 

     『ぷちっ』(X2)

 

 

 

「ほほぉう?その『くぇすちょん・ま〜く』はどぉいう意味よ?」

 

 

 

そう言いながら肩越しに、レイの方に振り向く。

 

『乙女的存在』を否定されたレイは、親指を立てた拳を首の高さで

 

『きゅっ』っと横にスライドさせた。

 

………いわゆる『殺れ』のサイン。

 

 

 

「ア・タ・シ・も・レ・イ・も! 充分過ぎるくらいに乙女でしょうがぁ!!

 

 そぉゆぅ失敬なコト言うのは、このクチかぁ?! こぉのクチかぁぁ!!」

 

 

 

シンジの頬っぺたを両手でつまんで、

 

 

   『アスカ、行くわよ!』

 

 

せぇのっ!

 

 

むにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむに!!

 

 

むにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅ!!!

 

 

むにむにゅむにむにゅむにむにゅむにむにゅむにむにゅむにむにゅ!!!!

 

 

 

………ってカンジで3分後。

 

 

 

そこには、そこはかとなく『ズタボロ』になったカンジのシンジが横たわっていた。

 

無論、頬っぺは真っ赤で、涙目になっている。

 

虚ろな目付きで何やらブツブツ呟いてるのが、とっても印象的な雰囲気♪♪

 

 

アタシはとりあえず、3分間の有酸素運動で乱れた髪を 手櫛で軽く整え、

 

「ふぅ」と一つ嘆息する。―――シンジの方から視線をはずし、医務室の窓を見やる。

 

時刻は4時を少し回った所だろうか?

 

ジオフロントの緑は、集光ビルから射し込む淡い光に照らされて、

 

まるで蜃気楼に霞むオアシスのよう。

 

その幻想的な光景に目をやりながら、一言。

 

 

 

「………勝利とは、いつも空しいものね………」

 

 

「だったらやらないでよ!!」

 

 

 

敗者が、忘我の底から復活したみたい………ま、とりあえず、どうでもいいけど。

 

 

 

「闘争が何も生み出さないのは 歴史が証明しているのに、

 

 人は何故争うのかしら??」

 

 

「ナニ、悟り切ったような事言ってんだよアスカ!!

 

 大体『争い』じゃなくって『蹂躪』って言うんだよ、さっきみたいなのはっ!!」

 

 

「アスカ………、闘争は、人の性なの。嘆いても仕方ないわ」

 

 

「あ、綾波まで…………」

 

 

「レイ………アタシにもそれは判ってるの。

 

 それでも! それでもいつか、争いが無くなる日が来ると信じたいの!!」

 

 

「あのぅ………二人共?」

 

 

「そうね………貴方のそんな想いが、報われる日が来るかもしれない」

 

 

「レイ………アタシ……アタシ、アンタならそう言ってくれるって、

 

 信じてたわぁぁ〜!!」

 

 

「はぁ………もぉ、いいから。

 

 わかったから、僕が全て悪かったから。

 

 きっと郵便ポストが紅いのも、僕の所為なんだよね………」

 

 

 

アタシとレイは大きく頷くと、ガッチリと握手をする。

 

 

 

「レイ、ど〜やら、アタシ達のオスカー級の演技は、

 

 シンジの心を確実にGETしたみたいよ」

 

 

「ユニゾン………ばっちりね」

 

 

「頼むから二人共………ワケの判らない盛り上がり方するの止めて?

 

 僕、今日はちょっと疲れてるから………」

 

 

 

何だか、妙に弱々しい声を上げてシンジが抗議しているが、無視。

 

アタシはベットから降りるとシンジに『ビシィッ』と右手人差し指を突きつけた。

 

 

 

「も〜意識も回復したし、平気でしょ? 帰るわよ!!

 

 アタシとレイは先にリニアの駅に行って待ってるから、

 

 その汗臭い胴着を着替えてすぐいらっしゃい!!

 

 い〜わね?! すぐよ? す・ぐ!!」

 

 

「………………了ぉ解」

 

 

 

シンジが、やや景気の悪い返事を返した所で、アタシはクルリと踵を返して、

 

レイを伴って医務室を出た。

 

扉の前でふとレイと目を合わせる。

 

 

………お互いに、込み上げてくる笑いを堪える顔。

 

 

アタシ達はクスクス笑いながら、リニアの駅に歩いていった。

 

 

 

 

 

リニアの駅で16分48秒待った所で、ようやくシンジがあらわれた。

 

レイは本読んでたから平気みたいだけど、何もする事が無かったアタシを約17分待たせた罪は、

 

そりゃもう万死に値するわね。

 

コレは償ってもらわねば!!

 

 

 

「おぉ〜そぉ〜いぃ〜!! 遅いわよバカシンジ!!

 

 こぉ〜んな美少女二人を、『18分』も待たすんじゃないわよ!!」

 

 

「ゴ、ゴメン、急いだんだけど………、一応シャワーも浴びたかったし………」

 

 

 

む? そ〜言えば、髪濡れてる。

 

そっか、前に、

 

 

 『訓練の後、アタシと一緒に帰る時は、どんなに急いでてもシャワー浴びなさい!

 

  レディーの前で汗臭いまんまで居るなんて、サイテーよ!!』

 

 

………って、言い付けといたもんね。よしよし、良い子ね、バカシンジ。

 

 

 

「オムライス! カボチャのビシソワース! マグロとイカと甘エビのカルパッチョ!!」

 

 

「え? え〜と、何?」

 

 

「遅刻した以上、晩御飯は言う通りのメニュー作れってこと! OK?」

 

 

「碇君………ガーリック・チップスも、お願い………良い?」

 

 

「ハイハイ。………えっと帰りに、スーパー寄っても良いかな?」

 

 

「うむ! 許可する!!」

 

 

「構わないわ」

 

 

「あはは、は、ありがたき幸せ………って、リニア、来たね」

 

 

 

シンジが言うまでもなく、リニアが到着して扉が開く。

 

今の時間は特に利用客が少なく、4両編成のリニアは空っぽ。殆ど貸し切り状態だ。

 

リニア車内の、内壁に沿って並んだソファーの様な長椅子に、人影は皆無。

 

………だから、こんな事しても平気なの。

 

 

て〜い♪♪

 

 

    『ごろりん』

 

 

 

「アスカ………だめだよ、シートに寝転がるの。いつも言ってるだろ?」

 

 

「い〜じゃん、だぁれも乗って無くて、こんなに空いてるんだもん。

 

 システムは、利用する為にあるのよ!!」

 

 

 

そう言ったアタシの頭の上から、困惑気味の声が降ってくる。

 

 

 

「………それはともかく………アスカはどうして、私の腿の上に頭を置くの?」

 

 

「あ、コレ? コレは『ひざまくら』って言うのよ」

 

 

「答えになって無いわ、アスカ」

 

 

「だぁって、レイの膝枕、気持ちいいんだもん!! いいでしょ?」

 

 

「アスカが気持ち良いなら………別に構わないわ」

 

 

 

アタシを覗き込むようにして、レイは軽く微笑んだ。

 

それに微笑み返して、ふと視線をずらすと、シンジが向いの椅子に腰掛けて、

 

―――そんなアタシ達を見つめて、柔らかく笑ってた。

 

 

幸せそうな、本当に幸せそうな微笑み。

 

 

      『どきん』

 

 

そんな音を立てて、アタシの心臓が脈動する。

 

やだな………、どうしてもシンジのあの微笑を見るとドキドキしちゃう。

 

顔も確実に赤くなってるわよね、やっぱ。

 

あぁ! レイも、見下ろしながら含み笑いとかしてるし!!

 

うぅ〜はぢかし〜///

 

 

 

アタシは2・3回深呼吸をして、気を落ち着かせてから、シンジに声を掛けた。

 

 

 

「ね、シンジ?」

 

 

「ん? 何、アスカ?」

 

 

「さっきの、医務室での話なんだけどさ。

 

 ………聞いてたんでしょ? アタシの話」

 

 

 

シンジは僅かにバツが悪そうに頭を掻く。

 

 

 

「うん、ゴメン。………目が覚めてみたら僕の話してたろ?

 

 声、掛けにくくてさ………」

 

 

「うん………それは良いんだけどね。………あのさ?

 

 アタシが言ってた事、当たってんのよね?」

 

 

「言ってた事って?」

 

 

「シンジが、アタシやレイを護る為に、強くなろうとしてるんじゃないかって事」

 

 

 

レイの目も、シンジに向けられた。

 

シンジは、恥ずかしそうに俯いてそれでもはっきりとした声で言った。

 

 

 

「そう。アスカや……綾波を、護れる強さが欲しくて、訓練してる

 

 世界人類なんていう、顔も見た事無い人達を『護れ!』なんて言われても、

 

 今一つピンと来なかったけど、アスカや、綾波は、………仲間だから」

 

 

 

アタシは、その言葉が凄く、凄く凄く凄ぉぉぉく嬉しかったけど、

 

あえて厳しい目付きと口調を、シンジに向ける。

 

 

 

「おこがましいわね。現段階において、アタシ相手に手も足も出ないアンタが」

 

 

 

シンジは俯いたまま、それでも沈黙はしない。

 

 

 

「おこがましいって事は分かってる。

 

 いつまで経っても、アスカには追いつけないかもしれないし、

 

 それ以前に、保安諜報部のガードの人が居るから、僕の訓練なんか、

 

 意味の無いただの自己満足かもしれない。

 

 だけど………」

 

 

 

シンジはそこまで言うと顔を上げた。

 

意志のこもった………強い意志が込められた、凛々しい表情だった。

 

 

続きを口にしようとしたシンジを遮って、アタシがその先を言う。

 

 

 

「………自分で決めた事だから、でしょ?

 

 

 自分で決心して、ここまで努力してきたから、

 

 

 誰が認めてくれなくっても、自分で正しいと思ってるから、

 

 

 無駄だとしてもやり遂げたい。

 

 

 ………違う?」

 

 

 

シンジは最初驚いたように、その後、嬉しそうな、安堵の微笑みを浮べて言った。

 

 

 

「………違わない。アスカの言う通りだよ。

 

 すごいね、アスカ。さっきの医務室での事といい、僕の事、何でもお見通しだ」

 

 

 

 

       ( アンタの事、ずっと………ずぅっと見てたからね )

 

 

 

 

「アンタ、単純なんだもの。短絡的思考と行動。推理の必要も無いわね」

 

 

 

やっぱりと言うか、何と言うか………本心は口を滑り降りなかった。

 

………………まぁ、しょうがないよね。

 

14年間、こうして生きてきたんだもの。

 

イキナリ器用には………なれないわよ。

 

 

 

アタシはレイの膝から身を起こして、立ち上がった。

 

レイに手を差し伸べて立たせ、シンジも立たせる。

 

 

 

「シンジ、アンタここに立って、動かないで。

 

 レイはこっち、………こう、そうよ、動かないでね?」

 

 

 

アタシは、シンジとレイを片方の肩だけを密着させた背中合わせの状態に立たせ、

 

さらにアタシ自身も二人と背中合わせになるように立つ。

 

椅子と椅子との真ん中の通路に、三人が背中で正三角形を描くように、

 

背中合わせで立つ、………そんなカンジ。

 

 

アタシはそのままシンジの左手を右手で、レイの右手を左手で握る。

 

 

 

「シンジ………。アタシはね、アンタに護ってもらう必要は無いの。

 

 

 別に、アンタに護られたくないんじゃないよ?

 

 

 誰にも、護ってもらう必要、無いの」

 

 

 

シンジは黙って聞いてる。

 

 

レイは………力付けるみたいに、握った手に力を込めてくれた。

 

 

 

「アタシは護ってもらうなんて性に合わない。

 

 

 むしろ、アタシにとって大切な人達を、

 

 

 NERVで一緒に闘ってくれるみんなを護りたいって思って、

 

 

 EVAに乗り、訓練をし、勉強をしてるわ。

 

 

 一時期、そんな気持ちを忘れて『EVAのエース』っていうコトに、

 

 

 妙に固執しちゃった時もあったけど、それも止めた」

 

 

 

 

「アタシには、EVAっていう、闘う為の力がある。

 

 

 格闘や銃戦闘の才能も、どうも人並み以上にあったみたい。

 

 

 勉強だって、12で大卒の資格取れるぐらいだから、

 

 

 それなりの才能って奴があったんでしょうね。

 

 

 だからね………、自分で闘えるから、

 

 

 『護ってくれる』って言うあんたの力、

 

 

 アタシには必要無いよ」

 

 

 

そこまで言って、アタシは言葉を止めた。

 

 

………シンジの左手が、小刻みに震えてる。

 

 

 

「アスカ………僕はそれでも「でもね!」

 

 

 

シンジが何か言おうとするのを、やや大きな声で遮る。

 

 

 

「でもね、シンジ。

 

 

 アタシだって、人間。

 

 

 まだ14歳。

 

 

 天才って持てはやされてるけど、そんな事無いのは自分で判ってるし、

 

 

 ミスっちゃう事も、多分いっぱいあると思うのよ。

 

 

 アタシは闘えるけどさ、一人は辛いかもしれないじゃん?

 

 

 だからさ、そういう時――――――

 

 

 ――――――背中任せられる仲間が欲しいな。

 

 

 支えあってさ、闘ってる時でも安心して背中任せてさ。

 

 

 今みたいに、三人で、良い意味で背中合わせで居られたら、イイじゃない?」

 

 

 

アタシは、二人の手を強く、『ギュゥッ』って握る。

 

二人も、アタシの手を握り返してきてくれる。

 

 

 

「アタシだって、レイだって、自分で闘えるんだからさ、

 

 

 シンジ一人で、アタシ達を護る必要なんて無いのよ。

 

 

 アタシやレイの、闘う意志を尊重してよ。

 

 

 アタシ達三人、セカイでたった三人の『チルドレン』でしょ?

 

 

 アタシ達三人の間では、『護る強さ』なんて必要無い。

 

 

 必要なのは『護る強さ』じゃなく『一緒に闘える強さ』なの!

 

 

 シンジ………アンタ、強くなりたいんなら、そういう強さを目指しなさいよ。

 

 

 アタシが戦闘中に背中預けられるように、そうなりなさい。

 

 

 アタシも、―――協力するから」

 

 

 

 

 

我ながら、クサイ事言った気がする。

 

背中合わせで、面と向かってじゃなかったから、何とか最後まで言えた。

 

それでもやっぱ、かなりハズカシイ。

 

 

 

けど、これはアタシの本心だ。

 

 

紛れも無い、『惣流・アスカ・ラングレーの本当』だ。

 

 

シンジが、アタシの為に強くなってくれようとしてるのに気付いた時は、

 

正直メチャクチャ嬉しかった。

 

でも、同じ位、嫌だった。

 

 

 

シンジは多分強くなる。

 

 

レイよりも。

 

 

アタシよりも。

 

 

NERVの格闘技教官達よりも。

 

 

もしかしたら、ミサトや黒川のおっちゃんクラスまで強くなれるかもしれない。

 

 

 

 

 

戦闘に対する才能云々で言うなら、シンジは駄目だ。

 

運動神経も今一つだし、冷静さに欠けるきらいもある。

 

 

ただ、………強さを求めるひたむきさ、貪欲さを感じる。

 

愚直に強さを追い求めて、いつか極みに達しそうな、そんな気がする。

 

 

 

ただ、その道程の半ばで、彼の手に余る敵と遭遇したらどうなるか。

 

 

 

シンジ一人なら、或いは逃げるかもしれない。

 

でも、そこにアタシやレイが居たら、シンジは逃げずに闘うかもしれない。

 

そして、アタシ達を護って倒れるかもしれない。

 

 

………………………死ぬ、かもしれない。

 

 

そんな事になったら、アタシも、レイだってやりきれない。

 

シンジの気持ちは嬉しいけど、絶対に駄目。

 

そんなのは………………駄目。

 

 

 

 

 

アタシ達はシンジを真ん中にして、手を繋いだまま席に座った。

 

シンジは、ちょっと潤んだ瞳を前に向けたまま、静かに話し始めた。

 

 

 

「………アスカの言う通りだと思う。

 

 僕は、アスカの為に、綾波の為にって、頑張ってたつもりだったけど、

 

 同じチルドレン同士、誰か一人が他の二人を護るなんておかしいよね?

 

 まして、僕みたいな未熟者が、じゃね。

 

 ………………………………やっぱり、いつも言われてる通り、

 

 ………僕はバカシンジか………」

 

 

 

シンジは、そう言って少し笑った。

 

何だかすがすがしい、憑き物の落ちたような、そんな笑みだった。

 

アタシは繋いでない方の左手で、シンジの頭を軽く小突いた。

 

 

 

「そぉよ♪♪ そんな簡単な事に、今まで気付かないから、あんたはバカシンジなの!」

 

 

 

そう言って微笑みかけてやる。

 

と………、それまで黙っていたレイが、呟くように語り始めた。

 

 

 

「………そうね。

 

 碇君は周りをすごくよく見てるわ。

 

 私やアスカが、周りの人が何を見て、どう感じているかを知ろうとしてる。

 

 その中で、自分がなにをすべきなのかを知ろうとしてる。

 

 

 でも………、碇君は、『周囲の中に自分が居る』、その事を忘れているわ。

 

 自分を除いて、周囲を見ようとしても駄目。

 

 だって、貴方を見てる誰かが、必ず居るのだもの。

 

 

 確かに、自分を客観的に見る事は難しいわ。

 

 

 でも、せめて自分の一部分だけでも周りと溶け合わせて、

 

 周りと溶け合っている自分を客観的に見ないと、

 

 本当に自分がすべき事、自分にとって正しい事は、

 

 見えてこないのではないの?

 

 

 『自分』と『周り』とは、切り離されていない。

 

 切り離す事など出来ない。

 

 

 私に、それを教えてくれたのは、碇君でしょう?」

 

 

 

アタシは少し驚いてレイを見た。

 

 

レイが、こんなに饒舌に話すのを見るのが初めてだった事もあるけど、

 

それ以上に、ここまでしっかりと、自分の考えを口にする娘だとは思わなかった。

 

 

 

シンジも少し驚いたようだけど、頷いて、微笑んで、ただ一言、

 

 

 

「ありがとう、綾波」

 

 

 

とだけ言った。

 

 

 

アタシは………軽く微笑む。

 

レイも…………淡く、淡く微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

そのまま、リニアが駅に着くまでの間、アタシ達は手を繋いで、微笑み合って座ってた。

 

 

言葉は交わさなかった。顔も見合わせなかった。

 

 

言わなくっても伝わるから。

 

 

顔見なくっても判るから。

 

 

 

 

 

 

アタシは、一つ分かった気がした。

 

 

 

アタシ達が『チルドレン』と呼ばれる意味。

 

 

 

言葉じゃ上手く言えないけど、きっと『そういう意味』

 

 

 

 

 

 ( ………………そっか、

 

 

 

   だから………アタシ達は、チルドレンなんだよね。

 

 

 

   ね? レイ?

 

 

 

   ………………………………ねっ?! シンジ………………♪♪)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       ――― Fin ―――

 

 

 

 

 

 

    ◎ あとがき、―――あとがかれ、あとがくとき、あとがこう ◎

 

 

 

こんにちは、或いはこんばんは。………もしかしたら、おはようございます?

 

皆さん既にお忘れかとも思いますので、ご挨拶。

 

K−2です。

 

 

ここまでお読み下さった貴方に、精一杯の謝辞を送りたいと思います。

 

 

        ありがとう、さんきゅー♪♪ (←そんだけかい(笑))

 

 

ここまでお読み下さって、

 

         「つまんねぇよ、こんちくしょー」

 

という、至極真っ当な感想を持たれた貴方に、精一杯の謝罪を述べたいと思います

 

 

        え〜、誠に遺憾に思います(ぺこり) 

 

 

ここからお読みになってるという、高度な手段を用いている貴方に、

 

精一杯の進言を致したく存じます。

 

 

        出来れば………あの、本文も読んでね?(弱気で下手)

 

 

 

え〜と、後書きらしい事を書きましょう。

 

このSSはLASです、一応………………多分………恐らく……きっと………だと、いいなぁ。(苦笑)

 

 

『いざという時、アスカを護れる男になりたい、というのは、現在のシンジには口が裂けても言えないことであった。

 

 何しろ、アスカとの実力の差は歴然なのだ。』

 

 

 ↑は、みゃあ様の『EVANGELION H』の一文です。(みゃあ様、勝手に引用して申し訳ないです)

 

この文を読んで、こんな風にシンジに想われるアスカは、どう感じるのかな?

 

そう考えて書き始めました。

 

 

『エヴァH』の番外編だ、などと大それた事を言うつもりは毛頭ありません。

 

(どっかの馬鹿が、過去にそんなヨタを飛ばしていましたが、忘れてやって下さい(苦笑))

 

ただ、世界観は、大体同じだと考えて頂けると、細かい部分のTV本編との違いが、

 

理解し易いのではないかな? と思います。

 

 

あ! 事後承諾になっちゃいましたが、上記の様な理由で設定をお借りしました。

 

みゃあ様、すみません。ありがとうございます。またよろしく(笑)

 

 

 

 *以下サンクス行進という事で………*

 

 

 ☆でん様☆

 

 

前作(?)『汝、強くあれ………それなりにね』に、感想を頂き、ありがとうございました。

 

さらに、リクエストまで頂いちゃって………………、

 

あれから幾星霜、でん様自身、リクエストをなさった事を御忘れなのでは無いかと思いますが、

 

ようやく完成の日を迎えました。

 

出来栄えは………と、ともかく、感無量です。

 

え〜と、頂いたリクエスト

 

 

  『シンジの事を判ってあげてるアスカ』

 

 

む、難しかったです(汗)

 

リクエスト通りに書けたかどうか………駄目ですかね?(苦笑)

 

 

 

 ☆とれとにあ No.5様☆(笑)

 

 

いつも、お世話になっております(笑)

 

貴方の暖かい励ましと、

 

ありがたい批評及び問題点指摘と、

 

迫り来るぷれっしゃーのお陰で(笑)

 

この作品は完成したといっても、過言ではありません。

 

(書いた私が言うんだから、間違い無いでしょう)

 

 

さぁ、とりあえず私は書きました!

 

次はとれとにあさんの番ですよ!!

 

あ〜楽しみ! 自分が終わっちゃうと、気が楽だなぁ(笑)

 

とりあえず『そいね』が、楽しみで仕方ないでっす(笑)

 

 

 

 

最後に………

 

苦情、或いは罵詈雑言、もしかしたら感想などございましたら、メール頂けると嬉しいです。

 

一行でも良いんで、何か書いてやって下さい。

 

必ずお返事いたします。

 

 

それでは………またいずれ、どこかの電脳世界でお会いしましょう?

 

 

                    嗚呼………LASっていいなぁ(←徹夜明けなので壊れ気味)

 

 


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(updete 2001/08/01)