『黙示録』第一章〜至上命令〜


作:神楽 社






7月最初の日曜日
6月も終わりを告げ、7月に入り日差しが日に日に強くなり植物はここぞとばかりに青々と茂っている。
しかし今年は異常気象とかで7月に入った途端真夏の猛暑を思わせる日差しだ。
太陽も必要以上に存在を主張している。
だがそんな異常気象に負けもせず、今日も通称森里屋敷は平和であった。




朝から元気な声が聞こえている


「あ〜ウルドそれあたしのおかずっ!!」

ウルドがスクルドの目の前にあるお皿から、卵焼きをひょいっと奪って自分の口へと運ぶ。

「別に一切れくらいいいじゃない」

「よくないっ!お姉様がつくったのなんだから!!」

スクルドが今にもウルドにつかみかかろうとしているのを蛍一はやれやれと言った表情で見ている。
しかしその表情に嫌悪はなく、むしろおだやかだが、このままほうっておく訳にもいかないので二人をなだめようとすると・・・
ベルダンディーが自分の皿から卵焼きをスクルドの皿に乗せる。
「私のあげるから機嫌直して、ね?」
スクルドもベルダンディーに言われるとそれ以上事を荒立てるわけにもいかず、おとなしく朝食を口に運ぶが目はウルドを睨み付けている。
しかしウルドはそれを気に留めるでもなく、テレビでやっている天気予報を厳しい表情で見ている。
スクルドはウルドを睨んでいたため、蛍一の皿からベルダンディーの皿に卵焼きが移動したのに気が付かなかったのは幸運だっただろう。


テレビには7月上旬で30℃を越える例年にない異常気象を淡々とした声で告げる気象予報士が写っている。
「これからもっと暑くなるのか」
蛍一が嫌そうな声を上げる。

確かにこの調子で気温が上昇すると真夏にはどうなることか。確実に東京では水不足にみまわれ、異常気象による熱射病で病院はてんてこまいになるだろう。
それらを想像すると蛍一は朝からなんとなく気分が滅入ってくる。
ふと顔を上げると、ウルドが厳しい表情でテレビを凝視していることに気付く。
「どうかした?ウルド」
蛍一が声をかけるとウルドはテレビから視線をはずした。
「いや、なんでもない」
そういってさっさと自室に戻ってしまった。

「あれ蛍一さん、姉さんは?」
そこにお盆をもってベルダンディーがやってきた、お盆の上にはお茶が入った湯のみがある。
「ああ、ウルドなら部屋に戻ったよ」
蛍一はベルダンディーから湯飲みを受け取りながら答える。
ベルダンディーはスクルドにも湯飲みをわたし、蛍一の横に座ると少し考える仕種をした。
「姉さんすぐ部屋に戻るなんてどうしたのかしら?」
森里屋敷では食後はみんなでお茶を飲む、というのが半ば慣習となっていたので、よほど時間がない時以外は食後にベルダンディーの煎れてくれたお茶を飲みながらたわいも無い話しをするのだが・・・

ジリリリリン

食後のまったりとした時間にけたたましいベルの音が鳴り響く。
「あ、私が出ます」
ベルダンディーはパタパタとスリッパを鳴らして電話を取りに行った。

「はい、森里です」
『私だ・・・』
「か、神様!?」
ベルダンディーは相手からの突然の電話に驚きの声をあげた。
その声は蛍一たちの居間にもはっきり聞こえ、スクルドは慌てて電話のある玄関へと向かった。
「はい・・・はい・・・えっ!?そんな・・・でも・・・はい・・・わかりました」
ベルダンディーの受け答えから考えてあまり良い話ではないことを感じると、スクルドの顔に不安の色が浮かんでいく。

チン

ベルダンディーは沈痛な面持ちで受話器をおいた。
「またウルドがなにかしたのお姉様!?」
スクルドの口をついた言葉がこれなのはこの際しょうがないだろうが、ベルダンディーはゆっくりと首を横に振った。
「じゃあ・・・なんだったの?」
ベルダンディーがここまで沈痛な面持ちになることは蛍一か自分の姉妹以外には考えられないスクルドはさらに不安な表情になる。
「それはこれから話すわ・・・スクルド、姉さんを呼んできて頂戴」
「・・・わ、わかった」

スクルドは急いでウルドの部屋へと向かった。
それを見てベルダンディーは蛍一のいる居間へと入った。
「ベルダンディー電話なんだったの?」
蛍一も相手が神様だとわかってるので少し不安そうであるがベルダンディーは
「姉さんとスクルドが来てから話します」
とだけ言って自分も座った。


ウルドの部屋前


ドンドンドンドン
容赦なく戸を叩くスクルド。
「ったく人が考え事してるのに騒々しいわね」
ウルドは不機嫌そうに答える。
「いいからお姉様が呼んでるんだってば!」
「ベルダンディーが?何のよう?」
「わかんない・・・でも神様から電話があったからその事だと思う」
「そう・・・わかったわ」
ウルドはなにやら厳しい表情で部屋を出てきた。


再び居間


森里屋敷の住人が集っている。

いつもなら騒々しいはずだが、この時は水をうったかのように静まり返っている。
ウルドは厳しい表情で考え事をしてるし、ベルダンディーは沈痛な表情で押し黙っている。
いつもなにかとうるさいスクルドも、尊敬し愛して止まない姉の沈痛な表情に不安を隠せず黙り込んでいる。

蛍一もそんなベルダンディーの表情を見て口を開けなかったが最初に沈黙を破ったのは蛍一だった。
「ねえベルダンディーさっきの電話なんだったの?」
ベルダンディーは蛍一の言葉にビクッと肩をふるわせた・・・そして数秒の沈黙の後口を開いた。
「神様から私たち3人に強制帰還命令が出ました・・・」

帰還・・・それは蛍一とベルダンディーの別れを意味する。
それを聞いた時蛍一は驚愕し愕然としたが
「それで・・・いつ帰ってこれるの?」
口をついたのは絶望では無く希望だった。
ここで悲しんでもベルダンディーを困らせるだけだと蛍一はわかっていた、
彼女たちはその上位者である神様の命令に逆らえない事は今までで知っているのだから、快く送り出すべきだと蛍一は思ったのだ。

「・・・わかりません・・・」
ベルダンディーは俯いて答えた。
「そう・・・」
蛍一はそれしか言えなかった。

そして、沈黙が降りかけたがスクルドがわめいた。
「それでいいの!?蛍一はそれでいいの!?」
スクルドはキッと蛍一を睨み付ける。
「だって神様の命令には女神といえども逆らえない・・・そうだろ?」
蛍一に見据えられスクルドは一瞬ひるんだ、
その目にはこの状況にあっても揺るぐ事ないベルダンディーへの信頼が秘められていた。

しかし、スクルドはおさまらなかった。
彼女が愛して止まない姉は、蛍一の傍でこそ光り輝くのだ。
それがわかっているからこそ、蛍一と姉の間にちょっかいを出すのだ。
その時に自分に向けられる姉のすこし照れたような笑みが大好きなのだから。

「お姉様もこのまま帰ってもいいの!?たとえ神様でも契約を侵す権限はないはずよっ!その契約を忘れたのっ!?」
ベルダンディーは俯いたまま頭を激しくふった。
「そんなことないっ!!そんなことないっ!!あの日の事を忘れた事は一日だってないわ!」
その目には涙が浮かび、頭を降る事によって瞳から零れ出す。
その涙はキラキラと、まるで宝石のように輝いている。

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あの日・・・まだ蛍一さんが男子寮に住んでた頃・・・
電話番を任された蛍一さんは一人で寮にいて、出前を取ろうとして私たちの回線とつながった。
そして私は蛍一さんと出会った・・・

「君のような娘にずっとそばにいて欲しいっ!!」

蛍一さんの願いは届けられた・・・
雨の中やっとたどり着いた古いお寺・・・
その時私は力を使いすぎていた・・・
蛍一さんは私を気遣って毛布をかけてくれた・・・
自分も寒いのに・・・
私が目覚めた時蛍一さんは真っ赤な顔で倒れていた・・・

今となってはなつかしい・・・でも色褪せない大事な思い出・・・
私にとってかけがえの無い思い出・・・
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スクルドは、姉を泣かせた事を後悔していた。

そして、心のどこかで姉と帰れるのを喜んでいた自分を恥じた。
蛍一と離れるのはスクルドにもつらかった、「愛」ではないが好きではあった。

ただ、それは恋愛感情に発展するものではなく、あくまでも姉が好きな人、そして自分の家族として蛍一を認めていたからである。しかし、姉のつらさは自分とはくらべものにならない、家族としての蛍一との別れではなく、愛する人としての蛍一との別れは想像を絶するつらさだろう。

スクルドは口調を穏やかにして言った。
「じゃあなんでなのお姉様?」
ベルダンディーは涙を指で拭いながら
「しょうがない・・・しょうがないのよスクルド」
ベルダンディーの瞳からは拭っても拭っても涙が溢れてくる。

蛍一は右手をベルダンディーの肩に乗せ
「待ってるから」
優しく言い聞かせるように言った。
ベルダンディーは蛍一の手に自分の手を重ね、頷いた。
まるで蛍一の優しさと信頼がその手から伝わってくるようだった。

「ラグナロク・・・」
今まで厳しい表情で考え込んでいたウルドがつぶやいた。
その呟きを聞いて、ベルダンディーがはっと顔を上げた。
「姉さん・・・なんでそれを・・・」
ウルドは厳しい表情のまま
「今年の異常気象はユグドラシルの誤差範囲外なのよ、これだけの異常気象が発生するということはユグドラシルになんらかの異常があると見るべきだわ。そして、それに前後して神様からの強制帰還命令・・・ユグドラシルの異常なら私だけを呼び戻すだけですむのに・・・今回の帰還命令は私たち全員への命令・・・すくないけど状況証拠から導かれる結論は一つ・・・ラグナロクだけ、ベルダンディー貴方が残りたければ・・・いえ貴方は残るべきだわ」
最後は表情を柔らかくして言った。

「姉さん・・・でも・・・」
ベルダンディーの瞳から溢れる涙は止まっていたが、沈痛な面持ちは消えない。
「ちょっと待ってくれウルド、ラグナロクってなんだよ?それにどうしてベルダンディーは残っていいんだ?」
蛍一が当然の疑問を口にする。
スクルドはラグナロクの単語を聞いた途端に小さくなり、下を向いている。
「蛍一さん・・・それは・・・」
ベルダンディーが口を開くが、蛍一の目に見つめられ「聞かないでください」と言えなかった。

「ベルダンディー・・・あんたね蛍一を心配させたくないのはわかるけど、真実を伝えない方が酷いと思わない?」
「でも・・・でも・・・」
「ベルダンディー・・・無理に言わなくてもいいよ・・・」
ベルダンディーの肩にある蛍一の手に少しだけ力が入る。
まるでベルダンディーの揺れる心をささえるように・・・

ベルダンディーは頷きかけたがウルドの怒声がそれをさえぎる。
「ベルダンディー!あんたねいつまで蛍一の優しさにすがる気なの!?このまま私たちが帰って蛍一が納得すると思うの!?真実も知らされず、ただあなたが帰ってくるのを待っているだけの蛍一の事、すこしは考えなさい!!」
ウルドがまくしたてると
下を向いていたスクルドが立ち上がり
「あたし部屋に戻るね」
そう言って部屋に戻って行った。
今のベルダンディーの表情を見てるのがつらくなったのと、ラグナロクという言葉がスクルドの心に重くのしかかっていたからだった。

「あとは自分で考えなさい、どうするべきなのか残るのか帰るのか、話すのか話さないのか」
ウルドはそう言うと自分の部屋へと戻った。

居間には、蛍一とベルダンディーだけが残った。
気まずい沈黙が流れる中ベルダンディーが立ち上がった。
「蛍一さん・・・私の部屋に来てください」
ベルダンディーの顔には沈んだ色が浮かんでいるが、その表情には先程までの不安定さはなく何か決意を秘めた表情だった。
蛍一は、一つ頷くと立ち上がった。

続く



後書きという名の自己主張(爆)
始めて二次創作を書きました・・・
原作の時間軸をまったく無視していますのでまだ蛍一は大学生です
原作との関係もほとんどありませんので設定だけ借りてあとは完全に別物です
全3話くらいかと思います
もう読みたくないと言う人は多いと思いますが・・・自己満足のため書きます(爆)
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